出立前
ズワウルの整備は滞りなく進んだ。ブラックボックスに触らない、という条件付きではあるが。
その整備を担当しているエリマやシュデムは使われている技術の精密さに驚かされた。
「オウカの小型化技術。噂には聞いていたけど」
「予想以上、であるな。凡人眼鏡。流石にこれは貴様の手に余ると思うが?」
「否定しない。そっちは任せる。こっちは外装の修復や装備の調整だ。土産のほうも用意しないとだしな」
外装を外し、中を見てみればヘスティオンとの違いが良く分かる。
まず大きさからしてヘスティオンより一回りほどは小さい。だからといって機能面で劣るか、と言うと全くそんな事はない。少なくともヘスティオンと同等か、それ以上の機能を有する。
シュデムはその徹底的に効率化された内部構造に一種の美しさのようなものすら感じていた。
そもそも小型化というのは難易度が高い。大型化すればその分内装の収容スペースが増え、様々な機能の拡張が出来、その分高性能化させることができる。
一方で大型化するということは、重量の増加による機動力の低下を始め、重たい機体を動かす為に高性能なエーテルコンバーターの搭載、製造コストと運用コストの増大を招く。
そう言う問題もあり、アルトエミスはヘスティオンと同程度の大きさで出来る限界ぎりぎりまで内部に詰め込む事で性能向上を図っている。まあこれはこれで限界まで詰め込んだせいで、構造が複雑化し整備性の低下を招いているのだが。
それに対してズワウルはどうか。
小型機でありながら、その構造は徹底的に効率化されており必要な機能を有しながらも小型化されている。
流石に内部構造に余裕はない。だがシュデムにとっては実にいい刺激である。
「この技術を解析したい。バラッバラに分解して組み立て直したいのである。いや、我慢である。流石に他国の機体を分解したら洒落にならんである。だが、しかしこの構造は、アレに応用できるであるな。ふむ……」
メモを取り出し、ズワウルの機体構造を描きこんでいく。そしてそれがどこにどう作用する部位であるのかも忘れずに描きこむ。
「シュデムさん。それ、バレたらヤバいんじゃないですか」
ヘスティオンの整備をしていた機械工学科の生徒がそう訊ねる。
確かに、ヘクスイェーガーの構造というのはその機体を開発した国にとっては軍事機密そのものである。それをメモに写すというのは流石に問題行動である。
「バレなきゃいいのである。バレなきゃ犯罪じゃないのである。完全犯罪、オーケイ?」
が、シュデムはそう言い切り、自分の満足するまでメモを取り切り、それをポケットにしまった。
「そもそも、本当に拙いものなら整備など任せないのであるな。何より、パーツの互換性がなさ過ぎて使えるパーツを探す為にもメモ取りは必要である」
「確かに。アルトエミスみたく限界まで詰め込んだ機体なのにサイズは全然違いますもんね」
「あちらさんからすればこれが普通なのであろうが、このサイズは吾輩達にはちょいと難しい仕事になるであるな。が、やる事は一緒である。むしろ既存技術のみで出来た機体故にアルトエミスよりは難易度が低いか同等程度。やってやれないことはないのである。やってみますじゃなく、やるのである!」
うぇひひ、という奇妙な笑い声と共にシュデムが使えるシルキー?をすべて導入し、整備を始める。
よっぽど他国の機体を触れる事が嬉しいのだろう。彼のテンションは今までになく上がっていた。
「失礼します。機体の整備具合はどうですか?」
「うんむ? おや。確かシオ・シラギクよエクウス・セイランであったか? 整備は順調である。とはいえ、この国の規格と随分異なる故、こちらで独自に用意したパーツも多い。使い勝手が変わる事もあるだろう。戦闘に持っていくならば試運転が必要であるな」
「なんかすいません。僕たちの機体、やっぱり整備しにくいですよね」
「まあ、アルトエミスの完成させるまでの試行錯誤に比べたら容易いものである」
製造と整備を比較するのははたして正しいのだろうか。
「しかし、エクウス・セイランよ。よもやまた放心したりはしないであろうな?」
「さ、流石に慣れましたって。いや、うん。強獣の眼がこっち見てる気がするけど。死体ですよね、あれ」
「間違いなく死体であるな。あれも今造っている強化外骨格には使われているのであるな」
「そ、想像できないですね」
「まあここには吾輩以上に発想が狂っている人間がいるのでな。実際、アルトエミスもスタート地点はアストライアの完全量産機を造りたい、とそやつが言いだし、周囲が面白がったのが切っ掛けであるな」
勿論、その発想が狂っている人間とはアディンの事である。
「シュデム先輩。ヘカティアの肩シールドとスカートアーマーなんですが、ちょっとこれ見てもらえます?」
「アディン・アハットか。丁度いい。お前の話をしていたのである」
「は?」
「アディンさん、騎士科の生徒ですよね」
「そうですけど?」
それが何か、と言いたげなアディン。対するシオとエクウスは目を丸くしている。
二人のリアクションを楽しみつつ、シュデムはアディンが持ってきたアイデアスケッチの束を受け取る。
「言ったであろう。吾輩以上に発想が狂っている人間がいる、と。ふむ。面白い。やはり面白いぞアディン・アハット。無理難題な内容も含まれているが、可能性はある。そして違った視点からの解決策も用意しているとは流石であるな」
まさか騎士科の生徒が新型機の開発に携わっていたとは思いもしなかった二人はアディンを凝視する。
もしこの少年がいなければアルトエミスという機体は世に生まれなかったのか、と思う一方で、どうしたら騎士科の生徒がヘクスイェーガーの整備や改造に携わろうという発想に至ったのか疑問でならなかった。
とはいえ、目の前で起きている事は疑いようのない現実である。
アディン・アハット。この少年は他とは違うのだ。そう痛感するしかなかった。
「ズワウル、どうですか」
「うん。まあ客人がいる前で評価をするのはアレであるが、正直ヘスティオンよりも優秀であるとは言えるのである。これだけ小型であると当然全備重量も軽く、ヘスティオンと同程度の変換効率を持つコンバーターを搭載しているからして、機体が出せるパワーについてはこちらのほうが上であるな。それは保障するのである。ただ……これはアルトエミスにも言える欠点ではあるのだが」
「詰め込み過ぎて防御力が低い、ですか?」
「うむ。ズワウルは小型化、軽量化、高出力化を実現した傑作機である。だがこの機体は運動性に極振りし過ぎて万が一のことは考えられていないのである。自画自賛のようであるが、その点アルトエミスは防御術式を展開する事で防御力も確保できている、ズワウルとはまた違った方向性の傑作機であるな。うむ。まあ操作術式の改良はまだまだ必要であるが」
「シオさん、この人凄いです」
「そうですね。ズワウルの欠点、見事に良い当てられました」
「いや、気を悪くしないでほしいのである。機体にはそれぞれコンセプトと言うものがあり、その結果求めていない不要な能力は削られて当然である。全ての能力が完璧な機体など、もし存在するのならばそれはよっぽどの変態が造った機体であるな」
シュデムがそうフォローするが、最初からシオもエクウスも悪い気はしていない。
むしろ純粋にシュデムの慧眼に感服していた。尤も、エリマに蹴り飛ばされたりした情けない姿を見せられてからのギャップによって評価が高くなっていると言う事は十分にあり得るが。
「でも、わたくし達からすればヘスティオンも十分傑作機だと思いますが?」
「汎用性の追求という意味ではそうであろうな。ただ、機動力と運動性の追求という面ではズワウルのほうが勝るのである。それに、魔女との戦いは装甲がいくらあっても足りないのである。ならば、機動力と運動性を上げたズワウルのほうが優れているのではないか、と吾輩は考察するのである」
「へえ。シュデムさん、ヘクスイェーガーの事いろいろ考えているんですね」
「当然である! この大・天・才はいつか世界最高の機体を造り上げる男であるからな! 世界各地のあらゆるヘクスイェーガーの情報は吾輩にとってはこれ以上にないお宝なのである! クハハハハハ、はーっはっはっはんぶらび!?」
自信満々にそう宣言するシュデムが高笑いしながら反り返った瞬間、その額をドライバーが直撃した。そうれはもう、スコーンという音が響くくらい見事な一撃。かつ勿論、柄の部分であり流血沙汰には至っていない。
それでも痛いものは痛いが。
こんなことが出来るのは一人しかいない。
「うるせえぞ、狂人変態マッド変態野郎」
「いろいろ意味が被っているのであるな。あと変態二度も言うのは酷いと思うのである。ついでにいうなら、貴様も技術者を志す者の端くれならば道具をそうポンポン投げるものではないぞ」
抗議のまなざしをドライバーを投げた張本人であるエリマに向ける。
「大丈夫だ。それはお前への攻撃用に造ったもんだ。だから毎回底のほうで当たってるだろう?」
「吾輩の為にわざわざ……きゅん。ってなる訳がないが、なんという無駄な事を」
「はっはっは。なんならもう一発いくか?」
「何本作ってるのであるか!」
「お前に使うのに一本や二本で足りると思うか。シルキーで追いかけ回されたの、忘れてないからな」
「ちょ、それはそのあとしっかり報復を受けた記憶がらっぞ!? また投げたな! 親父にも投げられた事ないのに!」
「……なんなんでしょうね、この空気」
いつも通りのやり取りではあるが、やはりオウカ国から来た二人には刺激が強い。
しかも口喧嘩をしながらも手は止めず、作業は着々と進んでいくのも二人にとっては驚愕に値する。
「すごいですね。普通、こういうのはそのまま取っ組み合いの喧嘩に発展しそうですが」
「あ、僕何度か胸倉つかんんで殴り合ってる整備士の人見たことあります」
「あの二人はああいうやり取りしている時のほうが自然ですからね」
「そんなもんなんですか。僕にはちょっと理解できないなあ」
「そういうもんさ、エクウス」
「……うん? なんで僕は呼び捨て?」
少し引っ掛かったエクウスは理由を訊ねようとしたが、アディンは手を振って格納庫から出て行ってしまった。
それと入れ替わりに彼女等の隊長であるレンナと、彼女に付き添っていたゴウトが格納庫へとやってくる。
「レンナさん、どうでしたか」
「とりあえず三機のズワウルのメンテナンスが終わったら即座に出発です」
「それと、目的地までは輸送機ではなくこの国の新造艦を使う。どうも運用試験をしたいらしくてな。あとは護衛としてこの学園の最大戦力もお借り出来る事になった」
「最大戦力? それって……」
アルトエミスの方を見つめるエクウスの姿を見つつ、レンナは微笑む。
「第十二班、というらしいです。彼等は」




