客人に来客
エリマの飛び蹴りで吹っ飛んだシュデムはすぐに復活した。
伊達に殴られ続けている訳ではない。まあ、余計な事をしなければ殴られる事もないのだが。
「えーっと、不具合報告はいかなものかな」
結構な勢いで蹴られたはずだが、何事もなかったかのようにアルとトリアから受け取った報告書に目を通して行く。
そして頷いて、ものすごくいい顔で笑う。
「やっぱ駄目であったか」
瞬間、シュデムの両こめかみにエリマの手刀が直撃する。
流石に急所を叩かれては耐えられなかったのか、膝から崩れる。
「そ、そこは流石に駄目、である、な……」
「やっぱ駄目か、じゃねえんだよおい。解ってるか? あ?」
「おい、誰か姐さんを止めろ!」
「いや無理だ。あんな姐さんに近寄ったらこっちがやられる!」
「だったら工具を遠ざけるんだよぉ!」
流血沙汰を回避しようと騒がしくなる。実際、目の前で人が撲殺される場面など誰も見たくないだろう。
「エリマ先輩、落ち着いてください」
「トリア、お前。自分の機体だったんだぞ? 文句の一つくらいは言いたくないのか!?」
「そうですね。別に。でも……」
急所に強烈な一撃を受けて立ち上がれないシュデムの頭をおもむろに掴んでトリアはにっこりと笑う。
「スタンタ……」
「ストォォォォプ!!」
エリマがトリアを羽交い絞めにして引きはがす。
「何か?」
「何か、じゃねえ! 今何しようとした。なあ!」
「いや、ちょっとオシオキを」
「頭に直で電撃なんて当てたら流石に死ぬだろ!?」
さっきまで工具で殴ろうとしていた人間の言葉である。
後が怖いので、お前が言うな、とは誰も言えなかったが。
「……えっと、なんですか。本当になんなんですかここ」
「あーうん。良くある事なんです。本当、なんていうかお恥ずかしい限りです」
「貴女は、たしかあのヘクスイェーガーの」
「アル・イスナインです。一応、あの場に居た四機の操縦者の中ではリーダーって事になってます。よろしくお願いします、レンナさん」
「それで、あの奇抜な格好の彼は何をしたんですか?」
「あーえっと。大したことじゃないんです。ただ試作機の稼動テスト前日の深夜に、操縦する私達に全く相談せず、勝手に新装備つけて動作に不具合を発生させたんですよ。まあ機体そのものは動いたんですけどね」
それは大したことではないのだろうか。
「すいませーん、オウカ国の方々はいらっしゃいますか?」
「はい、私達がそうですが」
「お嬢、俺が対応する」
ゴウトは格納庫にやってきた生徒の対応に向かう。声をかけた生徒からすればガタイの良い成人男性が歩いてくるというのは中々のプレッシャーだっただろう。
「今更ですが、我々がここの施設に居ていいのでしょうか」
「それに関しては問題ないと思いますがね、ムラクモ嬢。何せ、いずれは公開する技術だ」
「ヴィールさん。レンナさんとは初対面なんですからもうちょっと言い方というものが」
「ヴィールさん、ですか。いずれは公開する、といっても現時点では非公開の技術でしょう。我々、オウカの人間がこれらの技術を盗用するとは考えないのですか?」
レンナがそう言うと、ヴィールは少し考える。だが、ニッと歯を見せながら笑って応える。
「規格が合わないから大丈夫だろ」
「いえ、そういう問題では……」
「何せここはあくまでもクエルチア騎士学園の格納庫だ。工廠じゃない。機密保持もクソもないさ」
そんなところで新型機が開発されている。それだけでも驚愕に値する。
危機感がなさすぎる。それがレンナの抱いた素直な感想だ。
「あー、お嬢。ちょっといいか」
「なんですか。これ以上はキャパシティオーバーなんですが」
「この国の王様が来てる」
「よう、やってるか」
「……きゅぅ」
まるで閉店間際の酒屋に入ってくるくらいのノリで現れたレヴァンダを見るなり、気が遠くなって後ろに倒れそうになるレンナをアルが支える。
「オウカの部隊がここにきていると聞いてな。丁度アルトエミスの状況も見てみたくなってつい、な」
「抜けだしてきたんですか!?」
「大丈夫だ。最低限の事は終わらせている。まあ明日の分が増えるだろうが」
それは大丈夫ではない。
「まずは成果のほうを報告してくれ」
「あ、はい。プレスガンの開発ですが狙撃用のプレスナイパーライフル、初期型から小型化させて威力を増したプレスライフルが新たに完成。プレスマシンガンに関しては基本構造は完成。コストダウンのための研究をしているところです」
「部外者がいるのにそういうのを言っちまっていいもんかね?」
と、ゴウトがアルに訊ねるが、今更である。そもそも機密だのなんだのと言い出したら、この格納庫に生徒どころか教師すら立ち入ることができなくなる。
「プレスガンはそのうち同盟国にも輸出するつもりの武器だ。そのうちオウカ用の規格も用意する。遅かれ早かれ、と言う奴だ」
「国王陛下がそう仰るなら、まあ、いいんでしょうな」
訊ねた相手ではなくレヴァンダが答えた為、調子が狂う、とゴウトは頭をかく。
「アルトエミスは?」
「それが……見ての通り大改造されてまして。三号機に至っては大きく性質が異なる機体になった為ヘカティアと改名されました。二号機も二号機で、あんな感じに」
「お、おう……これは、すごいな」
流石のレヴァンダももはや原型とは全く異なる姿の二号機と三号機を見ては言葉に詰まる。
「だが三号機……ヘカティアは動くのか?」
「追加部位に関しては駄目でした」
「だろうな」
人間が動かせる部位しか動かせない。現状のヘクスイェーガーとはそういうものである。
あったらいいな、で追加した装備がまともに動くことなどまずない。出来たとしても、テントウムシのように機能の単純な拡張程度のもので、稼動する装備というものは未だかつて成功した例がない。
が、レヴァンダはヘカティアを見つめながら顎に手をあて、にやり、と笑った。
「面白い発想ではあるな。肩のシールド、動かすつもりだったのだろう。ぜひとも完成させてもらいたい」
「伝えておきます。強化外骨格も一応形はできてますが」
「動くのか?」
「動力の最終チェックをしています。実際に動かすのは明日になるかと」
「流石に二日続けて抜けだすのは無理があるな。残念だ。さて、と。飛燕小隊隊長、レンナ・ムラクモ」
「っ!? は、はい!」
気を失いかけていたレンナはレヴァンダに名を呼ばれて跳び起きる。
「聞きたい事がある。個室を用意させた、付いてきてくれ」
「了解しました」
「なら俺も……」
「……そうだな、ゴウト・アキツ。君の同行も願おう」
◆
クエルチア騎士学園校舎の一角に用意された個室は、簡素なものであった。
急な話でちゃんとした用意が出来なかったというのもあるのだろうが、地味なテーブルと硬いクッションの椅子だけの部屋は国王の居る空間としては不相応のように思えて仕方がない。
「さて、と。まあ座ってくれ」
「は、はい」
やや緊張しながら、レヴァンダに促されレンナは席に着く。
「君も座るといい。ゴウト・アキツ」
「いえ。俺……いや、自分はこちらの方が性に合いますので」
そう言うとゴウトは後ろで手を組み、レンナの後に立つ。
「緊張することはない。アディン・アハットなど初対面だというのに不敬不遜極まりない態度だったぞ」
「いえ、他国の人間である我々がそのような態度をとっては、国の恥になりかねませんので」
「そういうものか。立派なものだ。さて、と。さっそく本題だ」
先ほどまで穏やかだったレヴァンダの雰囲気が変わる。
冷たく鋭く。まるで獲物を狙う肉食獣のような目つき。虚言は許さない、という圧を感じさせる。
レンナは思わず息をのむ。
「輸送任務だと聞いた。だがなぜウィスタリアの近くを飛んでいた」
「それは……」
気圧され言葉が出てこないレンナだが、深く息を吸い込み気を落ち着かせると真っ直ぐレヴァンダのほうを見て答える。
「輸送していた物に関してはお伝えできませんが、輸送先がオウカからは遠く、搭乗員の休憩と物資補給などを兼ねてウィスタリアへ寄港する予定でした。ですが、予想外の襲撃を受け進路の変更を余儀なくされました」
「襲ってきた相手に心当たりは?」
「ありません。ただ装備から見て、あれは対魔女用の装備などではなく対有人機用装備ではないかと」
対有人機用装備。穏やかではない言葉に、レヴァンダは唸る。
「その武装集団にとって君等の運んでいた物は有益か、あるいは運ばれては困るものだったか。そのどちらにせよ」
「オウカに不届き者がいる、と言う事でしょうな。我が国ながらお恥ずかしい」
「この件に関しては帰国後即座に報告します」
「しかし、気になるな」
サギールを操り暴走させた謎の存在。オウカ国の輸送機を襲撃した武装組織。
それを一本の線でつなぐ事は短絡的すぎる。だが無関係とも思えない。
不穏なものを感じずには居られないのは、レヴァンダだけではないだろう。少なくともその両方に関わった者達はレヴァンダと同じように考えたことだろう。
何せ立て続けに起きているのだ。無関係であるとするのは無理がある。
「これは、調べてみる必要性がある、か」
キナ臭くなってきた、とレヴァンダは腕を組む。
「さて。この話はここで終わろう。そしてここからは、政治的な話だ」
「……」
何を言いたいのか、レンナは空気で察した。
ゴウトも察しはしたが、相手が相手だけにどう行動すべきか決めかね直立している。
「君たちの運んでいたものについてだ。いや、勿論君たちの立場を考えれば聞くべきではないのだろうが、ウチの領空で起きた事だ。学生はともかく、私は知っておく必要があると思うが」
「それは……」
「もっと直接的な良い方をしよう。私は、君たちよって大量破壊兵器が持ち込まれたという可能性も考えて入る」
「っ!」
「陛下、それは流石に言いがかりが過ぎるというものです」
動揺するレンナとは対照的に、ゴウトは落ち着いてそう返す。
「細菌兵器。毒ガス。なんでもいい。そういった手合いのものはヘクスイェーガーの内部に仕込んでおけるからな。用心するに越したことはない。たとえそれが同盟国のものであってもな」
「……」
「……お嬢」
伝えるべきか否かをレンナとゴウトは目でやり取りし、結果ゴウトは頷いた。
「お答えします。陛下。ですが、この事は……」
「解っている。お前たちの立場を考えての人払いだ。万が一の時は私が全力を持ってお前たちの立場を保障しよう」
「ありがとうございます」
「……お嬢の決めた事です。もし万が一が起きたとしても、それはお嬢の自業自得というものでしょう。ですが、その言葉を反故にするというのならば、俺は誰であろうと噛みつくぞ」
「ゴウトさん!」
徐々にゴウトの語気が強くなっていくが、レヴァンダは涼しい顔で笑って流す。
「いい部下じゃないか。反故にするつもりはない」
「そうですか。失礼しました」
「……ありがとう、ゴウトさん」
「さて。聞かせてもらおうか。君たちの運んでいたものの正体を」
「それは……」




