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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
第三章 卒業編
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夜の格納庫

 睡眠の重要性。

 一度寝ると思考がすっきりしてきた事をアディンは確認できる。

 同時に、凄まじい空腹感に襲われる。仕方あるまい。

 ずっと食事をとっていなかったのだから。

 おまけに思考を分割して使う事ができるようになってから空腹を感じ易くなった気がする。

 考える、というのは案外エネルギーを使う作業であるというのは理解できるが、空腹を感じるほどエネルギーを消費するものなのだろうか。

 だが起きた時間が悪かった。

 すっかり日は落ち、時刻を確認して見れば食堂は閉まっている時間であった。

 ならば自室にある何かで、とも考えはしたがそもそも自室には食べられるようなものは置いていない。

 と、なればこの時間でも人がいて夜食もでるような所へ行って分けてもらうのが手っ取り早い。

 というわけで格納庫へと顔を出したのだが、珍しくそこには誰もいなかった。

 明りも付けっ放し。道具がそのまま置きっぱなしになっていることから、作業が終わって皆帰ったという訳ではないだろう。

「ふむ……」

 今動いている計画は以前より進めている強化外骨格以外はなかったはずで、食堂が閉まるような時間まで作業を続けなければならないようなものではない。

 何よりあれはまだまだ課題が多く残っており絶賛難航中。というよりは常時格納庫に運ばれる訓練機の整備などを優先している為、当然ながら学生としては余計な業務である外骨格開発は後回しになり作業が全く進んでいない。

 強獣の繊維を使えば解決するのではないかと思われたが、実際に付けて無人で動かした際の結果は、人が乗っていなくて良かったと思えるようなものであった。

 今後、調整さえ出来れば画期的な駆動部品となるのだが。

「ここも三日こないとなんか違って見えるな」

 三日前に来た時はいくつものヘスティオンが転倒した状態で、格納庫そのものがぐちゃぐちゃになっていた。

 だが三日で元通りになり、残されたアルトエミスも元通りになっているように見えた。

 尤も、その中身まではどうか、となると流石に離れていては流石に判断できないが。

「……」

 アルトエミス一号機が置かれていた場所には今、アストライアが置かれている。

 今まで格納庫の隅に置かれていたのに、ぱっと見上げればすぐそこにあるというのは少々違和感がある。

 まあ先日の戦闘で多少なりと損傷しているはずだ。その修理と整備の手間を考えれば、遠くのほうよりに置きっぱなしにしておくよりも他の機体の近くに置いておいた方が余計な手間がないというだけで他意はないのだろうが。

 三日経って、改めてアストライアの受けた傷を見る。

 あの戦い自体、互いにほぼ決定打のない状態で殴り合ったようなものであり、魔女との戦いと異なり腕がもげるだとか脚が消失するだとか、そんな見た目で分かり易く派手な損傷はない。

 だが最後に受けたあの一撃。あれの衝撃は内部機器に多大な傷を付けたであろう。

 事実、アストライアの上半身前面装甲は剥がされており部品の交換が行われている最中のようである。

「ん? なんだアディンじゃないか」

「アルツ先輩? こんな時間にどうして」

「まあ、魔法科のオレはあんまり格納庫に来てこんな時間まで作業する事はないんだがな。今日は特別だ」

 そう言いながらアルツは資料が山積みになっているテーブルの前に置かれた椅子に腰かける。

「ウチの国で使われてる機体の原型機。正直、こいつが動いてるのは奇跡みたいなもんだぞ。何せオレたちの生まれるより前に造られた機体なんだぞ、こいつ。しかもたった九機。予備パーツも入れればもう少し増えるんだろうが実際に組まれたなんて話は聞かない。レアもの中のレアものだ。その整備光景なんてなかなか拝めるもんじゃない」

「ついでに言うのならば、その整備を体験できるのも滅多にないことであるな」

「構造やシステムは古い癖に現行機よりも高性能とか、本当にどうかしてるけどな」

 エリマとシュデムに続き、休憩から戻った鍛冶科と機械工学科の生徒が格納庫へと戻ってくる。

 エリマは木箱を抱えており、それをアルツの近くに置くとそれを椅子にする。

 一方でシュデムはすぐさまシルキーの操作にとりかかり、作業を始めた。

「前は装甲を弄っただけだが、今回はそうはいかない。モロに打撃食らった以上どこにどんなダメージがあるか判らないからな」

「それに、この機体はヘスティオンやラキシスと違って個人の所有物であるからして、アディン・アハットが学園を卒業したら二度と触れなくなる可能性があるのでな。思いきって修理に踏み込んだのである」

「だったら持ち主に確認くらいしてくださいよ」

「そりゃそうだ。でもまあ、改造するとかじゃないから事後報告でよかっただろ」

「まあ、そうですね」

 戻ってきた生徒達はさっそくアストライアの内部を調べ始める。

 果たしてどの程度の被害が出ているのやら。もし完全に故障していたら、アストライアほど古い機体となると既にパーツが廃盤になっている可能性もある。

 そうなった時の対策も考えなくてはならない。

 万が一の可能性を懸念したアディンは、腕を組み唇に指を当てて考え始める。

「にしてもお前、随分と後輩っぽくなったよな」

「え、はい?」

 エリマから妙な事を言われたもので、あっという間に思考が霧散し、素っ頓狂な声をあげてしまった。

「いや、だってお前。初めて会った時はそんな喋り方じゃなかったぞ」

「ああ、それは。まあ、あれですよ。尊敬してるってことですよ」

「先輩としてか?」

「人間として、ですかね。尊敬できない人間が相手なら、俺はこんな喋り方になりませんよ。それこそ初めて会った時みたいな喋り方になるんじゃないですかね」

「つまるところ吾輩も尊敬されているという事であるな! フフフ。やはりこの大・天・才である吾輩は万人に認められあいたーっ!?」

 背を向けて長々と話しはじめようとしたシュデムの後頭部めがけてエリマが近くにあったペンを投げた。

 投げられたペンは見事にその先端でシュデムの後頭部を突く。まるでダーツだ。流石に刺さりはしなかったが。

「何をするであるか凡人眼鏡!」

「うるせえ。絶対長くなる奴だろそれ」

「だとしても止め方があるのであるな! 徹底抗戦してやるのである。ゆけ、シルキー! 忌まわしき記憶と共に」

「なんか厄介なもんけしかけてきやがったコイツ!」

 操作しているシルキーのいくらかをエリマにけしかけ、追いかけ回す。

 シルキーの作業用アームにはドライバーが握られ、それを振り回しながら迫る姿はちょっとした恐怖映像である。

「てめえ、覚えてろよ!」

「フッ。勝った」

 珍しいシュデムの勝利である。まあ、どうせまた負け越すのだろうが。

「あっ」

 ふと、アストライアの整備を担当していた機械工学科の生徒が声をあげた。

「どうしたであるか。破損個所は勿論、違和感があれば全て報告するのである」

「その、破損個所があったんですけど」

「破損があるなら修理すればいいだけなのである」

「でも、もうこのパーツ製造してないですよ」

「……おぅふ」

「こっちも製造されてません」

「あっ。これもだ……」

 次々と見つかる破損部。そしてその大半が既に製造されていない部品である。

 古い機体であるアストライア故の問題だ。機体に使われているパーツの多くは既に製造していないような骨董品レベルのもの。それが破損したとなれば修理は不可能だ。

「破損した部位だけ新しいパーツに交換するとかはできないんですか?」

 アディンの疑問はもっともだ。古いパーツがないのならば新しいパーツで代替すればいいだけの話ではないのか、と。

「そうもいかないのさ。これが」

 自分を追いかけ回していたシルキーを捕まえ、ドライバーを取りあげた上でシルキーをシュデムに投げつける。

 シュデムは避けようとするが、追撃として放たれたドライバーの柄が額を直撃し、そのまま倒れた。

「え、えっと……どういうことですか」

「なんでもバランスが大事ってことだ。一部分だけ最新式のパーツに交換したって、バランスが悪くなって扱い辛くなる。あるいはマナの循環が悪くなったり、逆に良くなりすぎたりで操縦そのものにも影響が出るなんてこともあるな」

「ただでさえマナバーストの危険がある機体だからなあ。アストライアは。バランス崩して自爆なんて笑えない。まあ、いっそのこと全部入れ替えれば話は単純なんだろうな」

「それである!!」

 倒れていたはずのシュデムが急に起き上がった。

「何も考える事はないのである。全部品とっかえてしまうのである!」

「は? お前何を……」

「アディン・アハット! 吾輩はお前にアストライアの近代化改修を提案するが、いかがか!?」

「なるほど。確かにアストライアの基礎部分は残して、その他の部分を新しくすれば……」

「待て変態。アルツもだ。近代化改修についてはあたしも賛成だ。けど、卒業を控えたこの時期にそんな時間があるか?」

「この大・天・才にぬかりなし。アストライアの近代化改修を鍛冶科と機械工学科の共同卒業研究として発表するのである。つまり、卒研のテーマにして本来の卒研に費やす時間をこっちに回してもらうのである! ノーを付きつける人間はほぼいないと見た。近代化改修を、しかもアストライアの改修に携わるなんてレアな体験を逃すような愚か者は、恐らく皆無である!」

 真夜中テンションなのか、やたら熱く語るシュデムの勢いに周りが引いている。

 そんな冷ややかな視線に気付いたのか、シュデムは咳払いをして仕切り直そうとする。

「で、どう思うであるか。アディン・アハット」

「願ってもないことですね。是非とも」

「言質とったぞー! 徹底的にやるのである!!」

 格納庫中が一気に盛り上がる。士気が上がった、とも言う。

 たった三日だというのに、すごく懐かしい気がしてくる。

「時に。アディン」

「はい。なんですかアルツ先輩」

「お前、トリアと会ったか?」

 アルツの言う言葉の意味が理解できなかった。

 なぜそんな事を聞くのだろうか、と。

「なにゆえ?」

 混乱する頭でなんとか口に出すことが出来たのがそれだった。

「いや、だってお前等二ヶ月以上もまともに話してないだろ。同じ班なんだからおもうちょっとコミュニケーションはとっとけよ。何より、あいつが一番お前の事心配してたぞ」

「そうはいいますけど、流石にどういう顔して会えばいいか」

「気にすることか?」

「……アルトエミスを刺した時、いろんな事を考えたんです。あの時のトリアもこんな気持ちだったのかな、とか」

「あの時……ああ。アマティスタの」

 アマティスタとの決戦の時。アディンはトリアに対し自分ごと撃たせることでアマティスタを倒そうとした。結果としてそれは失敗に終わり、アディンの乗ったアルトエミスは大破することになった。

 それでも致命的なダメージを負わす事には成功し、シプレース大森林に降り立つ寸前に待ちかまえていた騎士たちによってアマティスタは討伐された。

 結果だけ見れば、被害は最小限に抑えられて魔女のシプレース到達の阻止に成功。最高とは言えないまでも上々とは言える結果となった。

 だがしかし、トリア個人に限ればどうか。

 彼女は指示された通りに引き金を引いただけだ。それだけである。が、放たれた弾丸は魔女だけでなく仲間の機体すらも炎に包んだ。

 その結果アディンは一時的に生死不明となり、その際の取り乱し方は尋常ではない。狂乱する訳でもなく、錯乱した訳でもない。自責によって心を殺しかけていた。

 アディンとしては死ぬ気など毛頭ないし、生き延びる算段もあったからこそ撃たせたのだが、撃つ側の感情までは流石に考慮していなかった。

 だが、実際自分の知った人間を討たねばならないとなり、覚悟を決めて剣を突き立てた時。身体に冷たいものが駆けたような気がしたのだ。

 攻撃した位置も操縦席の裏。下手をすればサギールも貫いていたかもしれない。

 そう思うと、ぞっとする。

 レヴァンダの言葉もあった。覚悟も決めたはずだ。だが知った相手を手に掛ける不快感というのは簡単には消えてくれない。

 そして、その罪悪感も。

「サギールは生きてた。それでいいだろ」

「でも、アイツはもう」

「何を落ち込んでるん、だっ!」

 アディンはエリマに背中を叩かれた。

 予想していない痛みに思わずむせる。

「確かにアイツはもう自力で歩くことどころか、日常生活すら難しい。だが、あたし達は技術屋だ。不自由になった身体を補助する為の何かを造ってやればいいと思ってる。例えば、あの外骨格みたいにな」

「!」

 エリマの言葉を受けてハッとする。

「勿論あいつがお前を許すかどうかは別だ。だが、何もしないよりも動いたほうが気がまぎれる」

「……そうですね。ありがとうございます。ちょっと考えてみます」

「あ、それはそうとトリアには謝っておけよ。今回の件でアイツの気持ちが解っただろ」

「ははは」

 反応に困って笑って誤魔化す。

 ただ少し。ほんの少しだけ気が楽になった。

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