旅立ちの前に嵐の予感
ウィスタリア王国国王レヴァンダ・ウィスタリアは頭を抱えていた。
ここ数カ月はずっと頭を抱えていた気がするが、今この時彼が抱えてしまった問題に比べれば些細なことであったと、今は思える。
新品のヘクスイェーガーを五機も学園に送ったり、実験中の事故で壊れた学園施設の修繕費を捻出したり、そういった金で解決できる問題がどれだけ楽なものであったかを実感している。
「どうされますか」
「どうもこうもあるか。まったく、本当に学生なのかあそこの生徒は」
魔女と単体で渡り合える性能を持つ新型のヘクスイェーガー・アルトエミスの登場。
そして魔法の威力を均一化、かつ誰でも高位の魔法が使用可能になるスクロール弾の発明。
期待以上である。だがアディン達が期待以上の働きをしたからこそ、別の問題が発生した。
それは軍事力の突出である。
無論、他国に公表していない以上まだ問題にはならないだろう。
だがいずれこの事は他国にも知れ渡る。
そうなると間違いなく、ウィスタリア王国は突かれる事になる。
そこまで突出した軍事力をもってどうするつもりだ、と。
これは情報を公開してしまえば済むことだ。だが自国の技術をそう易々と公にするほどレヴァンダは愚かではない。
かつ現状では公開できない理由がある。特にアルトエミスは現状技術の公開が不可能だ。
「二つのエーテルコンバーターに、過剰供給されたマナを外部に放出する特殊機構。しかもその特殊機構を応用した防御術式展開能力に加え、保護術式を使ってもなお乗っている人間の身体に多大な負荷がかかるほどの高速化も可能。どんな化け物だこれは」
「工廠のほうも混乱しているようですね。実際、その機構の再現は出来ていないようですし」
「はっ。おまけになんだ。強獣の外殻を装甲素材に使った? こんなもの発表できるか」
おまけに付随資料には、強獣の筋繊維を応用した駆動部の開発計画書まであり、彼等の発想力には感心するばかりである。
「どうしたものか。これは」
「私に聞かれましても」
補佐官はそう冷たく返す。
もはや何も語りたくない。そういった風にも聞こえる口調であった。
「スクロール弾については……そうだな。こちらは量産化の目途が立てば公表しても良いだろう」
「よろしいのですか?」
「こんなもの、独占してたらそれこそ非難の的だ。広めるに当たっては国際的な法整備が必要になるな」
「それほどのものですか、これは」
「例えば、領土不足による人口過密と資源不足に苦しむ小国があったとする。その小国は他国を侵略してでも土地と資源が欲しいだろうさ。生きるためにな。そんな国がスクロール弾という簡単に作れて、強力無比な力を手に入れたらどうなる。それを脅しに使うだろう。我々はこんな武器を持っている。逆らうとこれで国を焼く。まあ、脅し文句はどうでもいいがな」
「ですがそれで終わるとは思えないのですが」
「その通りだ。そこで終わるのならばいい。だが脅された側にも生きる為に必要な土地と資源というものがある。それを奪われない為にはどうするか、となれば最終的に行きつくのは」
――人類同士の戦争。魔女の出現以降も全く起きなかった訳ではない。だがそれはいずれも小規模。
ヘクスイェーガー同士の戦闘に発展したとしても、空の上での戦いでは国土にまで被害が及ぶ事は稀であった。
だが、スクロール弾を使用した戦争は違う。やろうと思えば敵を一掃し、相手の国土を焼き払うなど容易い、まさに大量破壊兵器としての使用が可能なのだ。
「考え過ぎでは?」
「極論だ。極論。だが、私はそこまで頭の回る人間ではない。その私が思いつくような発想だ。もっと頭の回る人間ならそう考えても不思議ではないさ」
テーブルの上のティーカップに手を伸ばしながら、レヴァンダは少し思案する。
どうすればこれを上手く乗りきれるのだろうか、と。
「全く。あの悪童どもは」
「ああ。そういえばその悪童ですが」
「何だ。いえ、そろそろ卒業の時期では?」
「……うん? 何。そんな時期か」
「ひあ。この前ここに来たイスナイン姉妹が言っていましたから間違いないかと。妹が卒業する、と」
「ふむ。卒業までには間に合うか?」
「確認いたしましょうか?」
「頼む」
レヴァンダがかねてから計画していたものがある。
それはアディン達の今後に関する重要な計画であるのだが、この時はまだアディン達には伏せられていた。
そもそも。その計画を知るのはレヴァンダ含め極一部の人間のみ。
きっとそれが公になればちょっとした混乱が起きるだろう。だが、彼ら以外に新しいものに挑むにふさわしい人材はいないだろうとレヴァンダは判断した。
だからこそこの計画を任せられる。この仕事を任せられる。
「しかし、よろしいので? 各方面からの反発は必至であると愚考しますが」
「新しい時代は常に若者の物だ。老人たちには中指突き立てておけばいい」
「……聞かなかった事にします」
報告を受けてはや二ヶ月。その間悩みに悩んだ結果、レヴァンダはとりあえず問題を先送りにすることを決めるのであった。
尤も。自分たちですらどうやっているかわからない技術をウチの国の最新技術です、と発表するのも問題なのだが。
◆
クエルチア騎士学園では、一年で最も忙しい時期を迎えていた。
各学科は研究発表を行う為の資料作成。騎士科に関してはこれまでの訓練成果を見せるための実機演習。
中等部及び高等部の三年生に訪れる卒業という一大イベントに向けての準備である。
これに該当するのがアディン達である。
が、第十二班の面々は暇を持て余していた。
仕方ないのだ。
彼等は既に実戦を二度経験している。しかも使い魔との遭遇戦ではなく、魔女との直接対決だ。
それを乗り切るだけの技量がある生徒に、成果を見せるための実機演習など必要ない。
そうなると、その為の訓練期間がまるごとオフになってしまう。その間に何をするか、というとこれまた何もない。
試したいアイデアはいくらかあるが、実際にそれを組むのは鍛冶科や機械工学科。その生徒たちが自分の研究発表のための資料作りに勤しんでいる以上、今仕事を増やすのはエリマ達の負担でしかない。
なによりそのエリマ達も後輩の手伝いで格納庫を離れている事が多く、格納庫で作業する生徒の数は騎士科がぶっ壊して持ち込むヘスティオンの修理だけで手いっぱいになってしまっている。
「暇だ……」
「暇だな……」
やる事がない。アディンとヴィールはベンチに腰掛け、空を見上げていた。
あまりにも暇すぎるのか、流れる雲の数を数えだしたくらいだ。まあ、それも五分と経たずに飽きて止めたのだが。
「というかアディン。お前なんか最近変わったな」
「ん?」
「いやさ。なんかこう、だらけてる時間が長いっていうか。ぐでーってしてるっていうか」
「そうか? いや、そうかもなー」
二ヶ月前。魔女アマティスタとの戦いが終わってからというもの、どうもアディンはすっきりとしない状態が続いていた。
最初は緊張の糸が切れた結果だと思い込んでいた。だが実際には少し違うようだ。
原因はわかっている。
アマティスタとの高速戦闘中に発現した能力、分割思考だ。
思考の並列処理が可能になるそれは、いわば火事場の馬鹿力のようなもので、普通の人間ができるようなものではない。
だがあの時、たしかにアディンはその能力を使っていた。使いこなしていた。
その反動なのだろう。頭にもやがかかったかのような状態とでもいうのだろうか。やる気がでないというか、力が入らないというか。
とにかく思考がうまくまわらない。考えもまとまりにくい。
恐らくは一過性のものだろうが、流石に二ヶ月も続くとわずらわしくなってくる。
何の代償もなく便利な能力が得られるわけがない。そういうことだろう。
とはいえ、この能力を上手くコントロールすることができれば有用なのは言うまでもない。
一つしかない高性能な演算装置に多くの事を同時に処理させるよりも、それよりも性能は劣る演算装置複数個で同じ処理したほうが処理は早く済むように。
同時に複数の事象を処理する必要のある戦闘中においてはこれ以上に有益な能力はそうないだろう。
尤も、その代償がこれでは割に合わない気もするが。
「早くなんとかしろよ。そのままだと普通の学科試験にも落ちかねないぞ」
「あー。それは困る。非常に困る」
「だろ」
「といってもなあ」
どうやったらすっきりとするのかわからない。
なるほど、これがエルアの言っていたことか、とあの時の言葉を思い出す。
『……それ、つらくない?』
辛いと言えば辛い。
ぐちゃぐちゃとしてもやもやする。
結論が出ない。それが何ともどかしい。
「……気分転換に何か引くか」
「引く?」
「図面」
「……それ、お前の仕事か?」
「いや、うん。なんかやってないと落ち着かないんだ」
アディンは立ち上がって肩を回す。
瞬間、まるで乾燥した小枝でも折ったかのようなパキンッという渇いた音が鳴る。
「おまっ、それ人間の身体から出ていい音じゃないぞ!?」
「うん、今俺もそう思った……」
とりあえずやる事は決まった。そうなると資料を集めるためにまずは図書室へと向かおうと歩きはじめるのだが、その遥か彼方で起きた突然の大爆発に二人は振り向く。
「お、おい今の……」
「格納庫のほうだな。ってことは……」
「やばい。何かわからんが、やばいぞ!」
ヴィールはすぐさま駆け出し、それに少し遅れてアディンも駆けていく。
実験装備が山積みになっている学園の格納庫での爆発。それが意味する事は間違いなく碌でもないことなのだから。




