学園へようこそ3
午後最初の授業。朝に担任が言ったように、演習場で魔法の実習が予定通り行われた。
アディン達は自分たちの教室と同じ配置で並び出席確認を行っていたが、一人だけこの場に居ない生徒がいた。
「サギール。サギール・カタン。ふむ。珍しいな。あの授業態度だけはしっかりしたやつが無断欠席か」
担当教諭がペンで頭をかく。
まあいい、と授業を進めようとする。
そのタイミングでサギールが飛び込んできた。
「はぁ、はぁ……」
「遅いぞ。サギール」
「すいません、おくれ、ました」
全力疾走してきたらしく、息を切らせたサギールはおぼつかない足取りで列に混ざる。
そして列に混ざると同時にアディンを睨むが、それをスルーする。スルーされたことで歯ぎしりまでしてアディンに敵意を向ける。
なぜそこまで睨まれるのかと思い出そうとするも、全く身に覚えがない。
何かやらかしたんだろうか、とヴィールのほうを見るがヴィールも皆目見当もつかないと言った感じだった。
「あの、アディンさん。彼に何かしました?」
隣にいるアルにそう訊ねられる。
「朝、足を引っ掛けようとしてきたから踵で踏んでやった事くらいしか身に覚えがない」
普通それだけでも十分恨まれるのでは、とは思ったもののアルはあえて言わなかった。
「では、実習を始める前に魔法について基本的な確認だ」
教師は魔法についての基礎的な話をはじめた。多くの生徒にとっては今更確認する程の事でもないが、それでも念には念を入れておく事に越したことはない。魔法とは使い方次第では途轍もなく危険なものなのだから。
まず魔法そのもの起こりについては諸説あるが、一番有力な説を採用するならばこの惑星に魔女が出現した数千年前まで遡る。
当時は当然ヘクスイェーガーなんてものはなく生身の人間が魔女と戦っていた訳だが、大きさの差がある上に魔女には物理的な攻撃の効果が薄い。
ちょっと考えて見れば解ることだが人間にアリが体当たりしたところで痛くもかゆくもない。魔女に対して人間の行う攻撃もそれと同様だ。
そして魔女は魔女術と呼ばれる不可思議な術を使い、人間を苦しめていた。
火を操り、風を巻き起こし、雨を振らせ、大地を割る。
それに対抗する為に、魔女術を研究し人間でも使えるようにしたものが魔法だという。
この魔法は人間が体内に取り込んだエーテルを変換して生成するマナを火・水・風・土の四大元素と反応させて引き起こすもので、同時に魔女には有効な攻撃手段でもあった。
魔法の登場によって人は魔女と対等とまではいかないが対抗する手段を得、徐々にではあるが生活圏を広げていく事に成功した。
そしてその後、より効率よく魔女と戦う為の力としてヘクスイェーガーが開発される事になるが、これはまた別の話だ。
ただこの魔法、使い方を間違えると非常に危険なものでもある。
特に複数の属性を混ぜ合わせて使用する魔法はその傾向が強く、調整を間違えるとマナバーストという爆発現象を起こす。もちろん単体属性の魔法でもマナバーストは発生する。
また元々が魔女への対抗手段であった為、必然的に殺傷能力を持った魔法が多い。これを人に使えばどうなるかなど言うまでもない。
「便利なものでもある。だが使い手の実力とモラル次第で危険なものにも有益なものにもなりうる。あ、そうそう。余談になるが我々が使う魔法と魔女が使用する魔女術は原理が異なる。ここは座学でやった範囲だが……トリア。答えてみろ」
「魔法はマナを四大元素と反応させて起こす超常現象。魔女術はエーテルを四大元素と混ぜ合わせて起こす人為的な自然現象です」
「その通り。故に基本的に魔女術のほうが出来る範囲は狭い。だがその分強力だ。諸君が実戦に出た時はその辺りを覚えておくように。それでは、実習を始める。まずは簡単なものから始めよう」
そういうと教諭は簡単な的を用意する。
空中に浮いている的もあり、それは誰かが遠隔操作しているのかゆっくりと動いている。
「まずは地上にある的になんでもいいから魔法を当ててみろ。では前の者から一人一発。外しても気にするな。まともに当てるのは騎士になっても苦手な奴がいるくらいだからな」
教諭に言われ、最初の生徒が前に出る。
マナの光と共に火属性攻撃魔法≪ファイヤボール≫が発動。火炎弾が真っ直ぐと的めがけて飛んでいき、空中で消えた。
これは別に珍しい事ではない。
クエルチア騎士学園において本格的に魔法を学ぶのは中等部からである。初等部においては基礎知識だけで、実習は行わない。
故に中等部一年生時点で教諭が設定した的の距離まで飛ばせればいい方で、今の生徒のように飛ばせても途中で消えてしまうほうが普通なのだ。
続く他の生徒も各々が得意な魔法を披露するが途中で消えたり、的に当たらなかったりと散々な有様だった。
「ふむ。まあ、こんなものか。魔法は使って覚えないと上達しないからな。実習時間以外でも練習したい奴は私のところに申請すればここを解放しよう。では次」
「フッ……ついに俺様の出番か」
サギールが妙にキザなポーズをつけながら的の前へと歩いていく。
「えらく自信があるな。サギール。それで失敗すると恥ずかしいぞ」
「ちょ、先生。この俺が失敗するとでも?」
正直なところすると思ってる。などとは教諭は口に出さず、さっさと始めろ、などと言って誤魔化した。
サギールは教諭の反応には気付かず、ちらっとアディンのほうを見る。その意図することをアディンは理解しなかった。というか待ち時間が長く退屈だったので欠伸をしていた。
チッ、と舌打ちをするサギールは一度アディンへの対抗心を抑えて的のほうを向く。
大きく息を吸い、集中。そして、発動させる魔法の名を叫ぶ。
「≪フレアジャベリン≫!」
火属性攻撃魔法の一つである≪フレアジャベリン≫。操作難易度は≪ファイヤボール≫よりも上で、≪ファイヤボール≫が初級だとすればこちらは中級。
中等部一年生では使えるだけでも大したものだと評価されて然るような魔法だ。
放たれた≪フレアジャベリン≫は真っ直ぐと的へ向かって飛来し、的に命中した。
着弾地点は焼け焦げているが、本来の威力ならばこの演習場に設置された的など簡単に粉砕してしまえる。威力が足りないのは単にサギールの練度不足であるが、そもそも≪フレアジャベリン≫を発動させた事そのものが年齢からすれば大したものである。
「中級魔法を発動させるとは驚いた。だが後の事を考えて魔法は選べよ。自分の限界に近い魔法を使うとこいつ見たいになるぞ」
「はっ、はっ……」
サギールは息を荒くしてふらついてる。
彼のマナ貯蔵量では≪フレアジャベリン≫の使用は一発が限度。しかも一発撃つとマナをほとんど食いつぶしてしまい、結果身体に多大な疲労感が現れる。
「皆も覚えておくように。マナを使いすぎるとこういう疲労状態になる。戦場ではこれが命取りに成りうる。実戦では自信のマナ残量とエーテル変換率に注意すること」
結果、悪いお手本として教材にされてしまったサギールであるが彼の目的を果たす為にはその程度の屈辱を受け入れることができる。
アディン・アハットにぎゃふんと言わせる。それだけの為に年齢不相応の魔法を使用して、自分の実力を誇示して見せた。
だが、これが他の生徒のやる気を損なう事になる。
自分よりすごい魔法を先に放たれては、以後のハードルが上がってしまう。放ったあとの情けない姿はさておいて、未だ初級魔法を使うのが精いっぱいな生徒達はやりづらくて仕方ない。
結果、サギール以降の生徒は上手く魔法を発動させることができなかったり、明後日の方向に飛ばしてしまったりと滅茶苦茶だった。
が、流れを変えた男がいた。
「さて、と。んじゃやっていいんだよな、先生」
「ヴィールか。さて、お前はどんな魔法を見せてくれるんだ」
「えっと。それじゃあ≪ファイアミサイル≫」
六つの火球がヴィールの周辺に出現する。そしてそれぞれが異なる的へと飛来。その中心を穿つ。
一発一発の威力は≪ファイヤボール≫と同等。しかし複数の火球を同時に操作する必要がある為、難易度はその非ではない。これもまた中級魔法に分類される魔法である。
六つの火球をそれぞれの的に当たるように操作。しかも正確に的の中心を穿つようにするのはそれ相応の集中力を必要とする。
同じ中級魔法でも真っ直ぐ飛ぶだけの≪フレアジャベリン≫よりもはるかに難易度が高い。
そんなものをやられたら、サギールのやったことがただ派手な魔法を放っただけになってしまう。
「ぐっ……ヴィール、お前ぇ!」
息がまとまっていないままで、サギールがヴィールを睨みつける。
「いや、だって。これくらいやらないとこの空気どうにもならんだろ。ていうかお前、趣旨履き違えてるよ」
「あ!?」
「これは俺たちがどこまで魔法を使えるかを試すものであると同時に、どれだけ正確に操作できるかを試しているんだ。ってことは、だ。別に派手な魔法をぶっ放す必要はない訳で、重要なのはコントロール力。で、いいんすよね先生」
「ああ。その通りだ。この実習はどれだけの威力を出せるか、ではなくどれだけコントロールできるかを見ていた。確かにお前たちの年齢で≪フレアジャベリン≫を使えるのは驚愕に値する。が、趣旨としては派手な魔法よりもどれだけ正確に的に当てられるかのほうが重要だ。まあ、そこを考えてもらう目的もあって黙っていたんだが……この空気ではバラしてしまったほうがプラスになるだろう」
「な?」
「ぐっ」
流石に教諭がヴィールの言葉を肯定してしまってはもう出るに出られない。
サギールは忌々しくヴィールを睨みながらも、それ以上何か言おうとはしなかった。
それ以後、生徒の魔法の精度が若干上がった。やはり趣旨がはっきりした事で自分のやることを理解したからなのか、的に当てる事ができた生徒もちらほらと出てきた。
そしてトリアの番が来た時、また事件が起きる。
「≪サンダーシュート≫」
「はあ!?」
声をあげたのはサギールではない。教諭だった。
トリアの放った魔法≪サンダーシュート≫は初級魔法である。ただし、初級魔法であるがその難易度は中級に匹敵する。
その理由がこの魔法が複合魔法であるということとコントロールの難しさだ。
水と風の元素を混ぜ合わせて使用する為、当然ながらその時点で難易度が跳ね上がる。そこに狙いをつけるという行為が加われば、より難易度は高くなる。
そんなものを使う生徒は今までまったくと言っていいほど存在していなかった。
第一、複合魔法など中等部一年生では教えない。それを使用されるとは、完全に教諭の予想を超えていた。
「……期待してる」
そうトリアはアディンに向けて呟いた。
しっかりアディンはそれを聞いていたが、さてどうしたものかと。
別に本気をだす必要もないというか、正確に的に当てることが目的なのだからそれさえ出来ればどんな魔法であってもいいのだ。
けれどトリアはそういう事を期待して声を掛けてきた訳ではないだろう。それに応えるべきか否か。
そう考えている間にアルが≪ファイヤボール≫を的のど真ん中に命中させ称賛を浴びていた。
「案外緊張するもんんですね」
苦笑しながらアルが戻ってきた。次はいよいよアディンの番だ。
「アディン。お前は初めての実習だから無理はするなよ」
「はい」
前に出たアディンは少しだけ考える。
自分の使える魔法のうち、どの魔法を使うべきか。
授業の趣旨に従うのならばコントロールしやすい魔法を選んで放つのが正解だろう。
だがアディンにとってこの実習は自分の実力を見せつけて、余計なちょっかいを出そうとするサギールのような輩を黙らせるという目的がある。
そうなるとやはり見た目に派手で、かつコントロールしやすい魔法を選ぶのがベストだ。
「さっさとしろよ」
サギールがアディンのほうを向いてにやけている。
どうだ。お前は俺みたいに中級魔法を使えないだろう。とでも言いたげだ。
今まで相手にしてこなかったアディンであったが、その表情がムカついた。
「……よし」
使う魔法は決まった。
目標は――全ての的。全てを同時に、かつその中心を撃ち貫く。
「≪フォトンスピアー≫、マルチバレルセット」
呟くように魔法を起動させる。
アディンの周囲に的の数と同じだけの透明なレンズのようなものが出現する。
それが光を集め、集めた光が矢の形へと変化していく。
「お、おいアディン。その魔法は……!」
教諭が慌て始めるが、多くの生徒はその理由を知らない。
アディンが使った魔法はこの年代の子供が使えるようなものではない。
その魔法はたった一つ発動させるだけでも莫大なマナを消耗し、そして複数の属性を複合した魔法。
つまるところ、上級魔法というやつである。
「ターゲット、マルチロック。一斉発射!」
宣言と共に光の矢が放たれる。
それらは一瞬で的の中心を貫通し、そのまま演習場の壁まで砕いた。
「貫通力特化の複合魔法。アディン。それをどこで学んだ。いや、それ以前になんでそれだけの数を同時に使ってなんともなってない」
「母から教えてもらいました」
そうしれっと答えるアディンと、そんなアディンを見て困惑する教諭。
なぜ教諭が困惑しているのかが解らず、生徒一同は何が起きたのかとざわざわし始める。
だが、その中でもトリアだけは嬉しそうな表情をしていた。
「トリア嬢? 笑うなんて珍しいな」
「笑う? 私が?」
ヴィールに指摘されるまで自分が笑っている事に気付かなかったが、確かに愉快な気分ではあった。
「アディン・アハット。面白い人。惚れちゃいそう」
「おお。怖い。ウチのクラスの人気トップの二人とお近づきなんて、アディンも災難だな」
「何の話だ」
「いや、こっちの話」
アディンは何事もなかったかのようにアルの隣へ戻る。
そしてサギールがアディンのほうへ歩み寄って鼻で笑う。
「なんだよ、あの程度かよ。俺様のほうが派手でかっこよかったな!」
何の見栄なのだろうか、とアディンはため息をつく。
「何だよ。なんだそのため息はよ!」
「サギール」
「なんだよトリア!」
「アディンが使ったのは上級魔法。それも複数同時に。それでいて全ての的を同時に、しかも中心を射抜いた。これだけの芸当を貴方は真似出来る?」
「なっ……」
ここでやっとアディンのやったことの異常さにサギールも気付き、顔が青くなる。
あり得ない。それだけが頭を占め、目の前にいる少年を得体のしれないモノだと恐怖すら抱いた。
だがここで彼のプライドが折れそうな心をぎりぎりで踏みとどめた。
「ま、魔法が少しくらい優秀だったからって、生身の戦いじゃあ!! 第一、俺との決闘はどうした!」
「はて。そんな約束をした覚えは……ああ。あの時か」
そういえば昼休みにそんな事を言われていた。今の今まで完全に忘れていた。
「サギール、お前俺の返事を聞く前に走り去って行っただろう。最初から俺はそんなものを受けるつもりはないぞ」
「きぃぃ! バカにしやがってえ!」
完全に頭に血が上ったサギールが≪ファイヤボール≫を放とうとアディンのほうに手を向ける。
教諭もそれに反応して止めに入ろうとするが、それよりも早くトリアが動いた。
「≪スタンタッチ≫」
「っ!?」
振れた部位に少量の電流を相手に流し気絶させる魔法である≪スタンタッチ≫でサギールを気絶させたトリアは、何事もなかったかのように自分の元いた場所へ戻って行った。
「とりあえず誰かサギールを保健室へ。そのあとは、そうだな。今回の行動は流石に目に余る。職員会議が必要かな」
教諭はため息をつきながらも、授業を進める。
その後は各々の欠点を補うような練習メニューを言い渡され、授業が終わる頃には生徒たちの多くが的に当てられるようになっていた。
アディンはというと、目立った活躍をしたトリア、ヴィールと共に実習の必要はないということで他の生徒の指導をさせられたのだが、はっきり言ってそれはもう学生の領分ではないが、人に教えるというのは新鮮な気分であった。
一方、サギールの処分は職員会議の結果満場一致で一ヶ月の謹慎となり、サギールは完全にアディンを逆恨み。なおのことアディンへの恨みを募らせるのであった。