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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
第二章 開発編
39/315

翼の行く先

 輸送機の操縦席でも、スクロール弾が起こした爆発を確認した。

 トリアが放った弾丸がどのようなものであったかを詳しく聞かされていないエリマ達は口を開けて茫然とし、それを実際に制作したアルツだけはその威力を冷静に見ていた。

 エリマは勿論、普段は人を振り回す言動を繰り返すシュデムさえもその光景を茫然として見ていた。

「な、なんだあれ……」

 爆発が収まった後、エリマの口から出た言葉がそれである。

「アルツ・エナム。説明を求めるである。流石の吾輩も混乱して語彙力がマイナスなのである」

「アル考案のスクロール弾だ。二つの術式を組み合わせることのできる新しいスクロールを使った弾丸でな。攻撃術式と起動術式の二つを一つの弾丸に搭載。攻撃術式では使用する攻撃魔法を。起動術式では攻撃魔法の発動するタイミングを指定する。今回の場合は着弾と同時に起動、だな」

「さりげなくお前すげえ事言ってるって気付いてるか?」

「ん?」

 首をかしげるアルツに、エリマとシュデムは思わず顔を見合わせた。

「「はあああああああっ!?」」

 そして同時に怒鳴りつける。

 左右から大声で怒鳴られるものだから、アルツは思わず耳をふさぐ。

「いいであるかこのスットコドッコイのトウヘンボク! お前が作り出したのはこの世界の軍事バランスをぶっ壊しかねないものであるぞ!」

「個人の技量による威力の上下がある魔法の規格統一? そんなふざけた話があるか。それだけで魔女討伐の難易度は格段に下がるぞ。それにスクロールの需要も変わる。軍事だけじゃない。経済にまで影響が出るぞ!」

「え、そう、なのか……?」

 そういうとしばらく考え込む。しばらくして落ち着いて自分のやった事の大きさに気付いたアルツの顔が青くなっていく。

「ど、どうしよう」

「知らんのである! これ、流石に隠蔽とか無理であるよな?」

「アルトエミスの性能についてのレポート作る時、どうやって誤魔化せと?」

 無理だ。いくらなんでもたった一機のヘクスイェーガーで魔女と渡り合いました、という報告は無理がある。

「っと。それどころじゃない。撃破確認がまだだ」

「流石にあの爆発に巻き込まれた故、無事ではないと思うであるが」

 魔女には常識が通用しない。それは身を持って知っている。

「トリアに繋がるか?」

「ちょっと距離が離れすぎてるな。近距離通信じゃ無理だ」

「アル、ヴィール。聞こえたな。トリアと接触。状況確認を頼む。おい変人。あたしとお前は機体の受け入れ準備だ」

「解っているのである。凡人眼鏡」




 爆心地の中にアディンがいる。それを理解してしまったトリアは、操縦席で膝を抱えていた。

 声を出さずに泣いていた。友人を撃ってしまった。殺してしまった。その自責の念に耐えられなかった。

 あの爆発に巻き込まれたのだ。きっと無事では済まない。

 見ることができない。直視して現実を受け止める事が怖い。

 怖くて怖くて、震える身体をしっかりと抱いていないと崩れてしまいそうだ。

 機体の制御は何とかできている。

 といってもただその場に浮いているだけだ。それ以上のことはできない。

 動かす気力が湧いてこない。

『トリア嬢。おいトリア嬢。返事をしろ!』

『トリアさん。聞こえてますか?』

 アディンを殺してしまった。この二人にどうやってそれを伝えよう。

 そう考えると余計に胸が痛んだ。

 何か返事をしなければ。そうは思うが、声が出ない。

『おい、聞こえてるだろトリア嬢。状況の確認をしたい。この距離ではっきりと判るのはお前の眼だけだ』

 嫌だ。見たくない。

 現実を見たくない。

 もし現実を見て、トリア自身の想像通りの結果だった時にどうすればいいのだ。

 その現実を受け止めきれるのか。

 怖い。どうしようもなく怖い。

『トリア・サラーサ!』

「っ?!」

『しっかりしてください。トリアさん。魔女の撃破確認もできてないんです。もし撃破出来てなかった場合、次に狙われるのは私達。あるいは民間人です』

「それは……」

『撃破出来ていればそれでよし。撃破できていないのであれば、即座に次の行動へ移らなくてはなりません。四の五の言ってる場合じゃないんです、今は』

「でも、アディンは……」

『バーカ。アディンがそう簡単に死ぬかよ。どうせアイツの事だ。機体はボロボロでもピンピンしてるだろうぜ』

「……」

 少しだけ冷静になって考えてみる。確かに言われてみるとそういう気もしてくる。

 いつも無茶苦茶で、後先考えないような突発的な行動をするのに、妙に計画的。最初から最後まで計算尽くで行動しているのではないかと疑いたくなるような時もある。

 そう思うと、次第に冷静になってくる。

 あのアディンが何も考えずにトリアに引き金を引かせた訳がない。

 ――そうだ。そのはずがない。

「……」

 震えは止まっていた。

 シートに座り直し、しっかりと前を見る。

 効果が切れていた≪ホークアイ≫をもう一度発動させ、空に浮かぶかすかな手掛かりを探す。

 エーテルの流れを読み取り、それが集まる点を探す。

「流れが乱れてる……良く見えない」

『そうか。大体の方向はわかるか?』

「……行ってくる!」

『あ、おい!』

 そう告げるとプレスナイパーライフルをヴィール機に預け、一気に加速してトリアは二人を置き去りにする。

 これは自分の仕事だ。

 責任を果たさなければならない。引き金を引いたのは自分だから。

 機体の速度が異様に遅く感じられた。

 近づくごとにエーテルの流れの乱れは激しくなり、ただでさえエーテルが乱れて見えづらいというのに更に見えづらくなる。

「邪魔だ」

 一端眼を瞑る。

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 これでいい。視界がクリアになっていく。

 余分なものが消え、目の前には一面の青空が広がっている。

 その中から、違和感を探す。本来あるべきではない、明らかな人工物を探す。

 くまなく探す。絶対に見つける。本体が見つからなくても、その手掛かりだけでも見つけて見せる。

 機体の出せる限界の速度に達し、計器類が危険を知らせるがそれを無視して更に加速をさせようとする。

 だが安全装置が作動したヘスティオンはそれ以上の速度を出すことなく、むしろ失速しはじめる。

「≪エアロスラスター≫!!」

 だが失速した速度を魔法で強引に補って加速する。

 一刻も早く。落ち込むのは後でもできる。今は、とにかく急いでアディンの元へ。

「あっ」

 見つけた。

 宙に浮いている人型の人工物。

 左腕は砕け、両脚は膝から下が砕けて、全身の装甲は融解しているが、間違いなくアルトエミスだ。

 そして機体が浮いているということはつまり、中の人間は生きているということ。

「アディン!」

 機体同士がぶつかるのではないかという勢いで大破したアルトエミスへと接近する。

 実際、そのまま機体同士は衝突し、操縦席が激しく揺れる。

 近づいてみると、あらためてアルトエミスの負った損傷は酷いものであった。

 健在であると思われた右腕も、ワイヤーが巻きついていたであろう跡がくっきりと残っており、指に至って関節ではない場所で曲がっていた。

 頭部も装甲が完全に融解している場所があり、フレームが剥き出しになっている。

「アディン、返事して! お願いだから……」

『聞こえてるぞ。トリア。お疲れさん』

「ああ、生きてる……」

『悪いけど、輸送機まで連れてってくれないか。計器類が死んでてとても自力飛行できそうにない』

「うん、うん……!」

 アディンが生きていてくれた。

 思わず涙がこぼれた。泣き声になりそうなのを堪え、アルトエミスを抱えて輸送機へと向かう。

 こうして、この戦域での戦いは終わりを告げる。そう、この戦域の戦いは、であるが。




 トリア機がアルトエミスを連れて輸送機に戻ると、さっそくチェックが始まった。

 破損状況は見た目以上に酷く、内部フレームはいたるところに亀裂が生じ、計器類は軒並み故障。エーテルリバウンダーによって浮遊する以外の機能はほぼ使用不可能な状態になっていた。

 そして爆発の後、アディンが応答しない理由も明らかになった。

「あー、これは多分、アディンさん側の子が気絶してますね」

「スライムって気絶するもんなんだ」

「しますよ。モフモフはスライムですけど、特殊な子なので」

 トリアに同行していたモフモフからアディンのモフモフにアクセスを試した結果、アディン側のモフモフが気絶したためにアディンからの報告がなかったようだ。

 通所の通信機器は、というと距離が開きすぎてそもそも使用不能。使用できる距離にいたとしても、それも爆発の衝撃を受けて故障している為どの道応答不能。

 これでは連絡のしようがない。

 更にハッチの開閉機能すら故障しており、ハッチを切断してやっと機体から降りる事ができた。

「目の前で火花散りながら縦線できてくるの、マジ怖い」

「アディン!」

 格納庫の床に両足を付けると同時に、アディンの身体に衝撃が走る。

 何事か、と少し視線を落とすとトリアが抱きついていた。

「お、おい……トリア?」

「よかった、よかったよぉ……」

 そのまま泣きだしてしまったので、どう声をかけていいもかわからず周囲に視線を向けて助けを求める。

 が、最も頼りになると思われたアルは苦笑い。ヴィールに至っては目が合ったにもかかわらずわざとらしく反らす。

 格納庫で作業している生徒達のほうを見るが、男子からは嫉妬の念。女子はなぜか色めきだってまともな答えが得られそうにない。

 困ったな、と頭をかく。

「お、おいトリア……」

「……」

 ぎゅっとさらにトリアの腕に力が強くなる。

 何かを確かめるように、しっかりとアディンに抱きついている。

「えーっと。とりあえず報告してもらっていいですか?」

「この状況には触れないのか」

「無茶をやってトリアさんを泣かせた罰です」

「泣いてない……」

 そう泣き声で反論するが説得力がまるでない。

「えーっと、だ。魔女についてなんだが、あいつは多分まだ生きてる」

「なっ!?」

 流石に格納庫中がざわつく。

「ちょ、ちょっとまて。あの一撃で魔女は倒せてないってのか!?」

「ワイヤーで縛ったんだけどな。あの爆発でワイヤーが焼き切れて、その直後に逃げやがった。まあ、モロに食らってたから無事じゃないだろうが」

「だとしても、逃がして言い訳があるかよ!」

「大丈夫だ。どうせアイツは助からない。そうだろ、アル」

「えっ……? あ、まさか」

 にっと笑うアディン。それでアルは全てを理解したらしいが、周囲は全く何の事か理解できていない。当然である。説明していないのだから。

「まあ、魔女のほうは問題ない。問題は……」

「……」

「いや、あの。ほんとトリア。流石にちょっと恥ずかしいからそろそろ離れてくれると……あだだだだ! ちょ、痛い。締まってる、締まってるって!」

 結局この状態は我に返ったトリアが羞恥に顔を染めて走り去っていくまで続いた。



 ――なんだあれは。痛い、痛い、痛い。

 全身が焼けるように痛い。身体が壊れる。砕ける。崩れる。

 だが逃げ切れた。あの炎からは逃げ切れた。

 あとは目的地に向かうだけ。それまで身体が持てばいい。

 それまでこの身が崩れなければ、勝ちだ。

 そうそれは思っていたのだろうか。

 崩れる身体で、焼けただれた身体で空を突き進むアマティスタは、シプレースを目指していた。

 翼は砕け、その大きさは元の半分にも満たない。既に光輪を出現させるだけの力も残されておらず、その飛行速度は最大速度と比べるまでもなく遅い。

 ゆっくりと身体は崩れてゆく。

 魔女としての形を維持できなくなっているのは、アマティスタ自身も十分理解している。

 だがそれでも、シプレースを目指して空を往く。

 速度を少しでも上げると、それだけで身体のどこかが崩れてしまう。

 崩れない限界の速度で、今出せる最大の速度で。

 どれだけの間空を駆けたのだろうか。アマティスタを妨害する者はなく、非常に快適な空の旅路であった。

 やっとシプレースの森が見えた。

 この時、この魔女はどう思ったのだろう。

 歓喜か。安堵か。それとも達成感だろうか。

 魔女の思考など、人間には理解できない。そもそも対話不可能な、人類にとっては不倶戴天の敵である。

 だがこの時、きっと魔女は己に課された使命を全うしたかのような満足感に満たされていただろう。

 満身創痍ながらに目的を達する。人間ならば、それに美談を感じるところがあるはずだ。

 だが、そう。これは魔女が人間のような多彩な感情を持っていると仮定する場合であるが――その歓喜は絶望に変わる。

 目の前に立ちふさがる数十もの影。その一つ一つが金属の塊であり、その一つ一つの中には人間がいる。

 さっきまで散々自分を苦しめたモノと似たような姿をした影が並んでいた。

 そのうちの一機が手に持った剣を天に掲げ、それを振り下ろした。

 同時に無数の閃光が一斉にアマティスタへと殺到した。

 崩れかけていた身体に撃ちつける閃光。

 爆ぜる。砕ける。千切れ飛ぶ。

『――――――――――――――!!』

 最期に、魔女は酷く美しく、それでいて憎悪に満ちたような断末魔をあげる。

 全てが終わった時、そこには何もなく、いつもの平和な青空が広がっているだけだった。

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