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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
第二章 開発編
37/315

高速の防衛線3

 力任せに引き寄せる。機体よりもワイヤーが先に悲鳴を上げはじめ、ブチブチと音をたてて千切れ始めている。

 アマティスタの身体は自由が利かず、成すがままにアルトエミスのほうへと引き寄せられる。

 キャストブレードの切っ先を向け、追撃の構えを取る。

「であああああああッ!」

 剣を突き出す寸前に両者を繋いでいたワイヤーが千切れる。同時に自由を取り戻したアマティスタが再び離れようと動きだす。

 だがそれを追うように≪エアロスラスター≫で強引に前進。突き出した刃を強引にアマティスタへと突き刺す。

『――――――!?!?』

 魔女が叫ぶ。痛みに悶える声を上げる。

 だがまだ浅い。もっと深く、と両手でしっかりと握り直しキャストブレードを押し込む。

 そこへ全機体重量と推力を込めて更に押し込んでいく。

 アマティスタも逃げようとするが、アルトエミスもそれに食らいつき、アマティスタが複雑な動きをしているにもかかわらず≪エアロスラスター≫のベクトル変更で強引にその動きにあわせていく為、身体に突き刺さった刃が抜ける事はない。

 むしろアルトエミスは力任せにアマティスタの軌道を制し始めた。

 右手でしっかりとキャストブレードを握りしめ、左の手の指を揃えるとそれを最大出力でアマティスタの身体めがけて突き出した。

 接触すると寸前に限定的に防御術式を展開し、それによって保護された左手はマナを纏った刃と化しアマティスタの身体を容易に貫く。

 その状態で速度を上げていく。

 この時点で軌道のコントロール権は完全にアルトエミスが握っている。

 力任せの軌道修正。弧を描く軌道を描いて強引にUターンし、小島めがけて加速する。

 そのまま叩きつけるつもりでの加速。

 流石にこのままでは拙いとアマティスタも判断したのか、両手の翼を広げて減速をかける。

 それだけではなく、頭部の翼でアルトエミスを叩く。

 何度も、何度も、何度も。

 頭の上から鈍器で殴られ続けるような痛みが、加速による負荷に耐えるアディンの意識を遠のかせる。

 だが仕返しとばかりに突っ込んだ左手を中で捻って反撃する。

 魔女が痛みに悶え、暴れ、乱れた軌道を描く。

 ついには光輪を出現させ、四方八方に光線を乱射し始める。

 何度殴っても離れようとしない敵に対する抵抗なのだろう。だが、光線の射角の内側に入っているのか、その光線がアルトエミスの装甲をかすめる事はない。

 放たれた光線によって小島が次々と粉砕され、かすめた木々が燃え上がる。

 絡みあった二つの影が通り過ぎた後には破壊の跡が次々と残されていく。

 周囲の被害にまで気を配っている余裕のないアディンからすれば、その島々が無人島である事を願うばかりだ。

「っしゃぁんならあああああッ!!」

 左手を横に向け、それを一気に横に薙いでアマティスタの身体を裂きながら指を引き抜く。

『――――――!!』

 絶叫。そりゃあそうだ。人間だって自分の腹に刺さったものを刺さったまま横一線されたら傷口が広がって激痛が走る。

 魔女は出血はしない。だが、痛覚はある。

 強烈な痛みに呼応するように光輪から放たれる光線がひときわ巨大かつ高熱のものが天に向かって放たれる。

「≪ファイヤボール≫!」

 そして出来た横長の傷口めがけて火球を放つ。

 至近距離での魔法の発動は自身へのダメージも伴う。

 火球の熱がアルトエミスの装甲をも焼き、それが痛みとなってアディンにも伝わる。

 自分でやったことだ。覚悟はしている。

 怯んだ隙に左手をアマティスタの首へと突き出して鷲掴みにし、指先に力を入れていく。

 呼吸をしている訳ではないだろうが、苦しそうに呻き声を漏らす。

 きっとこれが生物ならば首の骨でも折れているのだろうが、あいにくとそういった手応えはない。

 手に伝わるのは不思議な触感。

 小さい頃に触ったトカゲやカエルの腹を全力で掴んでいるような、そんな気持ちの悪い感覚。

(子供の頃ならともかく、今触れと言われると御免被る。何なら見るのも嫌だね)

 油断をすれば命を落としかねない戦場であるというのに、そんな呑気な事を考える余裕すらある。

 これも気付けば自然と出来るようになった分割思考の恩恵か。

 複数の自分が同時に考え、それぞれが違った方向性の思考を以て現状の解決にあたる。

 それ故に一部の思考は余裕が出て、身体は興奮しているのに、頭のほうは自分でも怖くなるくらいに冷静だ。

 だからこそ、今やるべきことがはっきりと解る。

 少しでも遠くへ。アマティスタが向かおうとしている、シプレースから少しでも遠くへ連れていく。

 こうしている間もずっと、アマティスタは頭の翼で抵抗してくる。

 手を伸ばした為、その攻撃が全て左腕に集中しており、装甲がみるみる変形していく。その痛みがアディンの決意を揺らがせ、今にでもその手を離してしまいそうになる。

「絶対に離さない。離すものか!」

 首を掴む左手に、今にも砕けそうな左腕に力を込める。

 剣の柄を持つ右手にも力を込めて、更に深く剣を刺し込む。

 滅茶苦茶な軌道を描き、既に予定の進路とは異なった場所へと飛んでいくが、目的だけ果たせればいい。

 これはあくまでも時間稼ぎ。

 魔女の侵攻を止める事が出来れば、別に倒す必要はない。

 ただ遠くへ。それだけを考えて加速していく。効かなくなった姿勢の制御は≪エアロスラスター≫で強引に制御して、魔女を連れて空を駆ける。

 だがそれにも限界はくる。

 いくら強固な意志があっても、どれだけ早く思考を巡らせても、それは操縦する人間にだけ作用するものだ。

 確かに痛覚はある。だがそれでも、生身で体感している訳ではない。自身の身体という訳ではない。

 だからこそ見誤る。機体の限界というものを。

「!?!?」

 その瞬間。声が出なかった。僅かな痛みを感じた。だがそれが決定打を受けた瞬間の痛みだと知覚すると同時に自分の決定的な見落としをアディンは知る事になる。

 驚愕に目を見開く事もせず、それぞれが異なる思考を巡らせていたはずの分割思考が全て一斉に叫ぶ警鐘を受け入れて身を反らす。

 刹那、肘の部分で折れた左腕が顔の横を通り過ぎる。

 本格的な痛みが遅れてやってくる。肉を断たれ、骨を砕かれる痛み。

 一瞬その痛みで目の前が真っ白に染まる。だが激しい痛みが意識を失う事すら許さず、すぐにアディンを覚醒させる。

 代りにやってきたのは呼吸の乱れと心拍数の上昇。そして、分割思考が訴えてきた警鐘の答え。

『――――――!』

 魔女と目が合う。瞬間、その口から黒い液体が吐き出された。

 まるで洪水のようなその勢いに呑まれ、剣を掴んでいた右手すら離してしまう。

 機体にまとわりついたそれが、機体表面を這いまわり使い魔の形に成って行く。

 肌の上を這いまわられる不快感と嫌悪感に耐え、機体を回転させて使い魔達を振り払う。

 反撃に移られる前に迎撃を。

 右手から≪ファイヤミサイル≫を放ち、複数同時に撃破を狙う。

 それをすり抜けた使い魔は、脚部に防御術式を集中展開させて蹴り砕く。

 身体を大きく捻って蹴りを放つと同時に、広範囲を見渡して周囲の警戒をする。

 使い魔に気を取られ過ぎて、アマティスタの姿を完全に見失っている。

 センサー類も総動員して相手の位置を特定することに注力する。

「どこだ。どこに行った!」

『――――――!!』

 魔女の声が聞こえる。

 どうやら手ひどくやられたのがよっぽど気に障ったのか、今までとは異なり明確な敵意を持って声を上げる。

 だが、姿が見えない。

 位置の手掛かりといえば、魔女の声がはっきりと聞き取れるくらいの距離にはいるということくらいか。

 スピードで攻めてくる相手に対し後手に回ってしまった。これは拙い。致命的であるとさえ思える。

 事実、分割思考のいくらかはこの状況からの生存率を、ゼロではないにしろ絶望的な数字であると弾きだした。

 一方で、これで一つだけ確信できた事がある。それはアマティスタは、少なくとも今だけは目的を変えたということだ。

 ――推奨。逃走を。

 ――推奨。離脱を。

 ――推奨。撤退を。

 言い方が違うだけで同じ意味合いの言葉が思考を埋め尽くそうとする。

 ――駄目だ。

 逃げるな。そう小さく叫ぶ思考があった。

 その声が徐々に大きくなって行く。

 ――駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!

 ――死にたいのか?

 そう訊ねる思考もあった。だがそれに、アディンは声を出して応える。

「違う。そうじゃない」

 死にたい訳がない。生き延びたい。生きていたい。

 けど、ここで逃げたら生きていても後悔が残る。

 一生自分を責め続けても足りないくらいの後悔が。無念が。

 生きていても自分自身に殺される。生きていても、心が死んでしまう。

 だから、これはアディンの意地で、我がままだ。

 自分が傷つきたくないから、生きて逃げるという事を選択肢から外す。

 戦え、戦え、戦え!

 逃げる事を叫んでいた思考達が、変わり始める。

 進め。逃げるな。立ち向かえ。

 そうやって自分自身を鼓舞し始める。

 だがどうやって。どんな手が残されている。

 ワイヤーは先端の推進装置部分が紛失し使用不能。キャストブレードはアマティスタに突き刺さったままで回収は不能。プレスガンでもあれば良かったのだが、あいにくと持ってきていない。

 武装がない状態で今のアディンに何ができる。

『アディンさん! なんとかして魔女の動きを止めてください』

 モフモフからアルの声がする。

「アル? 近くに来てるのか?」

『はい。まだ距離はありますが、そっちをなんとか見れてます』

「策は?」

『今から説明します。魔女の攻撃を避けながら聞いてください』

 正気が見えた気がした。




 大型輸送機の格納庫で一機のヘスティオンが大型のプレスガンを構えていた。

 以前の射程強化型プレスガンを更に発展させた狙撃用プレスガン。プレスナイパーライフル。

 本来の名前はプレススナイパーライフルであるが、何時の間にか一文字だけ省略されるようになった。

 その射程は未知数。なにせ試し撃ちなど一切していない。最低保障は、以前にトリアが行った狙撃の時の距離と同じくらいといったところか。

「試作型の時は魔法増幅装置の搭載が間に合わなかったのであるが、今回のはじっくり時間を掛けて不眠不休で作業し続けた結果、以前と比較すると射程と威力は勝るのであるな」

 とシュデムは言っていたが、はたしてどこまでの物か。

『トリアさん、準備してください』

「了解」

 ヘスティオンの操縦席でトリアはゆっくりと息を吐き出した。

 気持ちを落ち着かせる。失敗はできない。集中する。しなければならない。

 チャンスはたった一発。託された試作の一発。それを外せば、決定的な機会は失われる。

 魔女アマティスタの討伐に複数の部隊が動いているのは知っているが、それでもあのスピードに対処できるかどうかと言われると怪しいものだ。

 緊張しない訳がない。だがそれで引き金を引く指に躊躇いが出るのは避けなくては。

『今この話はトリアさんとアディンさんの双方に聞いてもらっています。ただし、これはトリアさんとアディンさんが直接話せる訳ではないと言う事をご了承ください』

 深く息を吸い込む。何度目かの深呼吸。心音がうるさく感じる。

 緊張しているのが嫌でも解る。

『作戦は単純です。アディンさんが魔女の動きを止めて、そこへトリアさんが狙撃。魔女を撃破します』

 随分と簡単に言ってくれるものだ。実際には魔女の足を止める事も、狙撃する事も困難を極める。

 だが、やる。やらなくてはならない。

『発射のタイミングはアディンさんに。トリアさんはすぐにモフモフを渡しますので、それで直接やりとりをしてください。両者ともに困難な指示ですが、お願いします。それとアディンさん。今回の狙撃は着弾地点から広範囲を巻き込む隠し玉です。発射指示の後はすぐに離れてください。以上です』

 解放したままのハッチからモフモフがトリアの操縦席に飛び込んでくる。

 それを撫でて気持ちを落ち着かせる。

 弱気になりそうな自分の頬を両手で叩き、気合を入れ直してハッチを閉める。

「作戦開始だ」

 輸送機のハッチがゆっくりと開き、トリアは空へと飛び出して行った。

 ≪ホークアイ≫によって強化された視線の先に、揺らぐ二つのエーテルの収束地点を収めて。

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