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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
第二章 開発編
35/315

高速の防衛線1

 クエルチア騎士学園の格納庫の横には大型の滑走路が備わっている。

 主にここは機材の搬入に使われるのだが、時折騎士科の出撃の際にも使用される。

 今まさに一機の輸送機が離陸しようとしていた。

「ったく。アルツ、お前今まで何をやってたんだ」

「アルに頼まれた仕込みをしてたんだよ。一個しかできなかったけどな。まあ、間に合ってよかった」

「操縦は任せるのである。アルツ・エナム。吾輩は機体の修理、凡人眼鏡は追加ブースターの制御がある故な」

「おう。遅れた分は働くさ」

 そう言うとアルツは輸送機の操縦桿を握りしめ、エリマは自分の席に着く。

 シュデムはそのまま貨物室へと向かい、そこでトリア機とヴィール機の修理にかかる。

「エリマ。発進準備は出来たか」

「ああ。ブースターとの連動も問題ない。発信そのものはいつでもいける」

「機内各員、今から二分後に発進する。それまでに安全位置につけ」

 機内放送で呼び掛ける。

 返答はないが、二分も用意すればその間に各々安全な場所に退避している事だろう。

 やや少ない気もするが、状況が状況だ。できるだけ時間の消費は少なくしたい。

 シプレースの事も心配だが、たった一人で先行したアディンの事も心配なのだ。

 少しでも早く。それはこの輸送機に乗り込んだ人間の総意である。

「メイン動力始動。一応カウントダウンは放送しておくか」

「方角はわかってるな」

「勿論だ」

 早く、早くと逸る気持ちを落ち着かせながら、彼等は発進準備を進める。




 一方、アル達三人は自分の機体の操縦席で待機していた。

 乗員が待機する場所はいくらでも用意されているのだが、彼女たちの場合は操縦席で待機しているほうが都合がいい。

 いつでも出撃できるように、と。

 勿論起動はさせない。動かしてしまうと、整備担当の学生が機体の調整をできない。

 何より、操縦席が一番安全である。

「さて、アディンは上手くやってるかね」

「モフモフを通じてさっき話した時、随分辛そうでしたけど……」

「大丈夫。きっと何とかする」

「トリア嬢。随分と信頼してるな」

「それはヴィールも同じ」

 そりゃそうだ、と笑い合う。

 第一、アディンと出会ってからは毎日が何かと騒がしい。そして楽しい。

 無茶苦茶で突発的。かと思えばよく考え込んで、思いつけば実行する。

 傍若無人のようでそうではない。いつだって、彼が無茶をするのは他人のためだ。

 まあ他人を振り回すような言動も多々あるが。

「俺たち、それなりに長い付き合いになったもんな」

「そうですね。なんだかものすごく長い間一緒にいる気もします」

「それもこれもアディンが毎日何かやらかすせい」

「あんまり笑えないなあ、それ。大体とばっちり食らうの俺だし」

 それからしばらく沈黙が続く。

 話題がない。

 緊張しているのかもしれない。

 二度の交戦経験がある。だがたった二度だ。

 動かし方を習ったばかりの学生が、魔女との交戦を二度も経験して全員無事だというのは奇跡的な確率ではある。

 だが運がいいだけだったかもしれない。

 逃げに徹していたから、なんとかなったのかもしれない。

 だが今回は違う。遭遇戦ではなく、自ら魔女に戦いを挑む。

 以前とは戦う意味が違う。

 自分が生き残るための戦いではない。誰かを守るための戦い。

 それはまさしく、彼等がいずれたどり着く騎士としての戦いである。

 だが、まだ彼等は学生だ。

 そのような矜持を持っている訳もない。

 もっと解り易い戦う理由が必要だ。例えば、そう。

 ――友達を助けるために戦う。

 今はそれでいい。各々が同じ想いを抱き、息を吸い込み気持ちを落ち着かせる。

 輸送機の離陸まであと一分。その待機時間が恐ろしく長く感じられた。

 一方、その外ではシュデムが忙しく指示を飛ばしていた。

 シルキーの操作の多くを一人で担当するシュデムは声を出しながらも手を休める事はなく、作業を続けている。

「関節に油は刺したであるか? なら良し。ぶっ壊れた接地脚は最悪後回しでいいのである。問題はウェイトコントロールであるな。修理より交換のほうが早い、か。が、間に合わないようなら両脚とも取っ払うのである。バランスの崩れは感覚のずれに繋がり、操縦する人間にとって不利益な状況を生み出してしまうのである」

「うわっ、シルキーマジすげえ」

「これ私達も使いたい」

「シルキーの使い方はあとでいくらでもレクチャーしてやるから、今は手を動かせ馬車馬の如く。あ、やっぱなし。手を止めて。もう少しで発進だから作業ほっぽって各員安全位置に。道具類の片付けはオーケイ? 散らばったらあとが大変であるからな。着席したらシートベルトは忘れずに!」

 シュデムは作業中の生徒達にシートへ身体を固定するよう促し、自らも席についてベルトで身体を固定する。だがシルキーを操作する手は止めない。

 宙に浮いているシルキーにとって振動など大した問題にはならない。離陸中でも作業が進められるのは大きな利点だ。

『発進まであと三十秒』

 アルツの声が出発の時を知らせる。

 ――覚悟はいいか。

 きっとアルツはそんなつもりはないのだろう。だが、アル達にはそう問いかけてきているようにも聞こえていた。



 何秒経った。何分、何時間。それがこの高速の世界では曖昧になる。

 五感が敏感になりすぎている。

 アディン・アハットという個人を意識していないと、思考の片隅に追いやられてしまう。

 いや、意識などしていては操作に支障が出る。

 視界は広く持ち、障害物は見逃さずに最小限の動きでそれを回避する。

 大分操作にも慣れてきた、と感じているがそれでも難がある。

 機体の反応が敏感過ぎる。特にこの高速機動中ではその敏感さが過剰だ。

 呼吸は荒く、鼓動は速く。以前よりはそれも気にならなくなった。

 それでも息苦しさはぬぐえないし、過剰な速度の脈拍は身体に少なくない負荷を与え続ける。

 限界は近い。アディンはそれを身に感じていた。

「……≪ホークアイ≫」

 視力の強化を行い、それに加えて首を動かして広範囲の状況を見渡す。

 視界の中の違和感を探す。

 そして、見つける。明らかに島ではない何かを。

 瞬間。思考は一気に覚醒する。

 思考がいくつにも分かれて行く。分散ではなく並列同時処理。

 得物を狩る為の凶暴性。機体を操るための冷静さ。細かい操作をするための慎重さ。

 その全てを同時に制して、更に加速する。

 これが限界速度。これ以上防御術式に回す分のマナを削ると身体が持たない。

 今の状態でも身体は悲鳴を上げている。理性が加速を拒絶し、速度を落としそうになる。

 否、否、否!

 噛みつけ! 食い破れ! 捻り潰せ!

 攻撃性を全開に。それでいて理性は捨てない。

「みつ、けたああああああああああッ!!」

 距離が近くなる。近くなると、それがはっきりと見えてくる。

 使い魔に囲まれた魔女の姿が。

 奇しくもそれはかの魔女に接触した三つの小隊が撤退した直後の事であった。

 速度は落とさずそのまま突撃。機体質量をそのまま武器として使い魔を轢き潰す。

 衝突の衝撃で操縦席が揺れるが、それを強引に速力を以て押し切り、一度は通り過ぎる。

 即座に急ブレーキをかけ反転。即座に腰のキャストブレードを引き抜き、魔女アマティスタめがけて斬りかかる。

 その刀身にマナを通わせ、振り抜くと同時に≪フレアジャベリン≫を放つ。

 完全に奇襲。そこから間髪いれずの攻撃。

 それを防ぐのはいくら魔女といえど不可能であった。

 炎の爆槍の直撃を受け、大きくのけぞる。

『――――――!!』

 絶叫。耳触りで美しい音が蒼天に響く。

 その叫びと共に、アマティスタは口を大きく開くと黒い液体を吐き出す。

 どこにそれだけのものが入っていたのか、と言いたくなるほどの量を吐き出すと、アマティスタは口元を大きく釣り上げて笑う。

 吐き出された液体は空中にふよふよと浮かび、やがてそれは分裂し、形を攻撃的なものに作り変えてゆく。

 その光景は手を触れずに作られる粘土細工のようだ。

「使い魔を増やしたか」

 黒い液体は使い魔となり、魔女の周囲を囲い次の攻撃に備える。それと同時に新たに生み出された使い魔が礫を吐き出して弾幕を張る。

 その弾幕を避けつつ、アディンも攻撃のタイミングを図る。

 高速モードから通常モードに切り替える。

「防御モードからは無理だったのにっ。絶対後で文句言ってやる」

 重圧から解放されたからか、軽く愚痴を呟くと、≪ファイヤミサイル≫を多重展開し一人で弾幕を張る。

 互いの弾幕同士がぶつかり合い、相殺し合う。

 全くの互角。いや魔法耐性があるだけやや使い魔側のほうが被害が小さいか。

 だがアルトエミスも相殺しきれなかった礫は回避するか局所的に≪エアシールド≫を展開してダメージを防いでいる。

 その状況に業を煮やしたのかどうかは定かではないが、アマティスタが動いた。

 自らが生み出した使い魔の壁を突き破り、錐揉み回転しながらの突撃。

 一度それを真正面から受けた経験のあるアディンは、それに対して明確な対抗手段を思いついていた。

 それは至極単純な事だ。当たると拙いならば、避ければいい。

 高速モードへの切り替え。瞬時に加速して大きく弧を描く軌道をとる。

 アマティスタの突撃は先ほどまでアルトエミスがいた場所を穿つが、当然そこには何もない。

 想定外の事態に、アマティスタはその場で急停止して翼を広げるて周囲を見渡す。

 その隙が、真後ろに回り込んだアルトエミスへの反応を遅らせた。

「≪フレアジャベリン≫!」

 これで仕留められるとは思っていない。だが、多少のダメージは与えられる。

 放たれた爆槍は魔女の背中に突き刺さり、爆発を起こす。

 爆発によってその姿勢は大きく揺らぎ、少しばかり高度が下がる。

『――――――!!』

 すぐに高度を戻し、さらに使い魔を吐き出す。

 そして吐き出された使い魔達はすぐさま礫を吐き出し、再び弾幕を展開する。

 更にそれに呼応するかのように、先に吐き出されていた使い魔達も礫で攻撃を仕掛けてくる。

「チッ」

 舌打ちをしながら≪ファイヤミサイル≫を多重展開して弾幕を張りつつ、距離を取る。

 その先に居た使い魔の群れを胸部分にあるワイヤーで捕まえ、力任せに島の岸壁へと叩き付け、纏めて潰す。これで残った使い魔はアルトエミスと交戦し初めてからアマティスタが出した新しい使い魔だけになった。

「……あ、しまった」

 叩きつけた後になって、その島が無人島であったかどうかを考えずに叩きつけてしまった事に気付くが、やってしまった物は仕方ないと思考を変える。

 ワイヤーを巻き戻しながら次の一手を考える。

 確かにダメージは通っている。アルトエミスの性能も魔女に対抗するには十分だろう。

 だが、こちらにはあってあちらにはない決定的なものがある。それは敵を倒す必要性だ。

 こちらは必ず倒さなければならない状況であるのに対し、魔女は別にわざわざここで戦闘をする必要性はない。

 出現した以上何らかの目的があって行動しているのだろうが、少なくとも逃げると言う選択肢も魔女側にはある。

 仮に、アマティスタの目的がシプレースへの到達または攻撃であった場合、ここで逃げられるのはアディンにとっては痛手どころか致命的だ。

 ではここで倒してしまえるか。それは否だ。

 一撃で倒してしまえるほど高火力な魔法は、あのスピードの前では使い辛い。

 発動までに生じる僅かながらの隙もそうだが、放った魔法が命中するかどうかすら怪しい。

 かといって先ほどの≪フレアジャベリン≫のように背後から放てば当たる可能性はある。だが、そういった隙がそう簡単に出来るとはとても思えない。

 八方ふさがり、とは思いたくはない。だが打てる手は限られてくる。

 少しだけ考えて、アディンは思考を放棄する。代替案を採用する。

「考えるより行動、だな」

 それは当初の予定通りの行動。仲間がこちらの限界が訪れるよりも早く駆けつけてくれる事を信じての行動。

 つまり、たった一人での魔女の足止め。それがアディンの選択だった。

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