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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
第二章 開発編
34/315

翼の魔女

 その魔女は――人間によってアマティスタという名を与えられた魔女は明確な目的を持って行動しているように思えた。

 身体を傾け、まるで矢のような姿勢で音にすら近づく速度で空を斬り裂きながら進む。

 浮かぶ島を避け、ただ真っ直ぐに。ひらすらに。がむしゃらに。

 何がそこまで魔女を突き動かすのか。それはわからない。

 魔女の行動原理など、立ちふさがる側にとってはどうでもいいことなのだから。

「各機、攻撃開始!」

 ラキシス一機にヘスティオン三機の小隊が三小隊。

 哨戒機からの魔女出現の報告を受け、基地からスクランブル出動した部隊である。

 出現から既にそれなりの時間は経過しているが、まだこの場に集まる事ができたのはたった三小隊である。

 各拠点の事情や思惑はあるだろうが、それにしても少ない。

 配備され始めたプレスガンを扱う隊長機のラキシスが随伴する使い魔を狙撃し、ヘスティオンが撃ち漏らしをキャストブレードで斬り払いアマティスタへと肉薄する。

 至近距離からの魔法攻撃を狙ってのものであるが、その魔女に肉薄すると気付かされる。

 人間の生き物としての本能が叫ぶのだ。この魔女に近づいてはいけない、と。

「っ!?」

 本能に従ったか、あるいは怖気づいたのか、若い騎士は急制動を掛けて速度を殺す。

「何をやっている!」

 経験豊かな騎士が叫ぶ。攻撃の機会を失うのは、相手の次の行動を許す事。すなわち自分の死に直結すると知っているからこそ叫ぶ。

 恐怖心はある。だがそれを押さえこめるだけの場数を踏んだ騎士は速度を緩めない。

 だからこそ、その騎士は真っ先に死んだ。

「えっ……」

 速度を殺した若い騎士は、一瞬何が起きたのか分からなかった。判らなかった。解りたくなかった。

 熟練騎士の機体が魔女の体当たり――そう呼ぶには鋭すぎる必殺の一撃を受けて四散した。

 生存本能が叫び、研ぎ澄まされた感覚がその光景をスローモーションのように若い騎士の目を通し、その脳へと焼きつける。

 胸を貫かれた瞬間を。錐揉み回転しながら機体を抉り取る魔女の身体を。千切れ飛ぶ機体の四肢を。

 何が起きたかを理解したくはないと、理性が訴える。だがそれを本能が否定する。認めろ、認めて逃げろ、と。

 若い騎士が動きだせたのは、撃墜され落下していく機体頭部と目があった時だった。

 そんな筈はないというのは判っている。だが、その時の彼にはその機体を駆っていた騎士と目が合ったように錯覚してしまった。

「う、うわああああッ、あああああああッ!!」

 若い騎士は逃げ出そうとした。彼はまだ若く場数もこなしていない。恐怖心に押しつぶされて逃げ出しても誰も咎めないだろう。

 何よりも恐怖に押しつぶされてしまえば魔女に殺されなくとも、使い魔に囲まれ潰される。

 その点、この若い騎士は思考を恐怖で塗りつぶされてなお逃げるという選択をとれただけまだマシだった。

 自分の背後で同年代の騎士が使い魔に蹂躙されているのにも気付かず、戦場から逃げようと必死で機体を加速させる。

 群がりはじめた使い魔をがむしゃらに振ったキャストブレードで斬り払い、目の前を覆うもの全てを薙ぎ払う。

 だが使い魔はその密度を増して行く。

 やがて肩の装甲が使い魔の攻撃で弾け飛ぶ。同時に、機体の被弾個所と同じ場所に走る激しい痛み。

 もちろん自分が本当に傷ついた訳ではない。だが、まるで皮膚を剥ぎ取られたような痛みは、真っ当な状態ではない人間を狂わせるには十分だった。

「あああっ、うぅぁ、あああああっ!」

 その場で足を止めてキャストブレードを振り回し、少しでも使い魔を近づけまいとする。

 悪手だ。

「何をやっている! 周りを良く見ろ!」

「へぁ?」

 間抜けな声と共に振りかえると、そこには魔女がいた。

 気付かなかった、と言ってしまえばそれまでだろう。だが、そこまでの接近を許してしまった以上若い騎士に訪れる運命は決まってしまった。

『――――――』

 魔女が魔女と呼ばれる所以、人間の女性を思わせる美しく整った顔が笑う。哂う。嗤う。

 若い騎士の至近距離で、魔女は繭のような状態から一気に拡がる。

 あまりの速度で拡がる魔女の身体は、若い騎士の操るヘスティオンに触れるとその上半身だけを弾き飛ばした。

 飛ばされたヘスティオンの上半身はひしゃげ、その衝撃の凄まじさを物語ると共に、中の人間の生存は絶望的だと知らしめていた。

 露わになる大小二対の翼をもつ魔女は、くるくると回る。

 ふざけている。遊んでいる。余裕を見せている。

 そのどれでもいい。人間にとっては屈辱以外の何物でもない。

「各機、散開して弾幕を展開。他の部隊の到着までこの場を維持する」

「了解」

 使い魔に群がられた機体を救出した二機のヘスティオンが後に下がりつつ、キャストブレードから≪ファイヤボール≫を連射。それに続くように他の機体も魔法を連射し、弾幕を張る。

 その弾幕は使い魔の壁によって悉く防がれて魔女には一切当たっていないが、それでも足止めには十分な効果を見せていた。

 ただ、もともと威力の低い魔法である≪ファイヤボール≫は、距離が離れるほど威力が更に下がる。弾幕としての足止め効果はあっても、退き撃ちでは魔法に耐性を持つ使い魔を相手にするには威力が低すぎた。

 弾幕を張れている間は良い。だが彼等の敵は使い魔だけではない。

「魔女が来るぞ!」

 使い魔の壁を穿ち、繭のような姿に戻ったアマティスタが錐揉み回転しながら突撃してくる。

 初速はそれほどでもないが、一瞬でトップスピードに達して騎士たちを襲う。

 魔女ほどの巨大質量の高速移動は、視覚的にも大きなプレッシャーとなって騎士たちに迫る。

 各機は散開し、一直線に迫る魔女の身体を避ける。

「ぐああっ」

「な、何が……っ!?」

 だが、アマティスタのそばに居た二機のヘスティオンを駆る騎士は激痛に顔をゆがめた。

 二機は丁度アマティスタを挟むような位置に居た機体であり、それぞれアマティスタが通り抜けた場所に近いほうの腕を肩ごと失っていた。

 何が起きたのか。それを考えるよりも先に行動を起こす。

 通り過ぎた魔女のほうを向いてそれぞれが魔法を放つ。

 だが、追いつかない。魔法の弾速が全くと言っていいほど魔女の速度についていけていない。

 大きく弧を描いて、アマティスタは追撃と言わんばかりに再び騎士たちへと突っ込んでくる。

 そのまま逃げきってしまうこともできた筈だ。それをわざわざ戻ってきて追撃を加えようとするのは、間違いなくアマティスタは遊んでいる。

 余裕を見せつけ、蹂躙するかのように突き進む。

 避ける。避けようとするが、速過ぎる。

 紙一重での回避だろうと、どこかが抉られる。

「くそっ、攻め手が足りない」

「せっかくの新装備も魔女には効き辛い実弾武器だからな」

 回避行動をとりつつ、各々が魔法を放つ。

 それを悠々と回避のような動きを見せることなく、ただ飛び去るだけで避けきってしまう。

 単純な速度で、全ての攻撃を避けきる。かつ、そのスピードがそのまま突撃の破壊力になる。

 厄介この上ない。だが、万が一にでも接近できるのならば、それが最大の攻撃チャンスだ。

「どうにかして奴の足を止めれないか」

「たしか報告では≪エアシールド≫を多重展開して突撃を抑え込んだとか」

「それ、たしか学生が作ったとかいうコンバーター二個積みの奴ですよね」

「学生の作った奴に出来たんだ。出力が足りないなら二機で抑え込めばいいんだろ。ついてきてくれるか」

「ああ。貧乏くじは隊長が引き受けないとな。各機へ。これより全指揮権を三隊長機に移譲する! あとは任せた」

 二機のラキシスが前に出る。

「各小隊機、一小隊長機と二小隊長機の援護を。各機、魔法一斉射!」

 再び突撃を仕掛けてくるアマティスタと真正面からぶつかろうとするラキシス二機を、残った一機のラキシスと七機のヘスティオンが魔法で援護する。

 あくまでもそれは魔女の突撃コースを制限する程度のものだ。

 だが効果は覿面。狙った通りに二機の隊長機のいるほうへと誘い込む事に成功した。

「≪エアシールド≫!」

「多重展開!」

 ラキシスが二機並び、両手を前に突き出すような格好で≪エアシールド≫を展開する。

 展開された≪エアシールド≫に真正面からぶつかったアマティスタの動きを止められる――はずだった。

「ぐっ……な、なんだこれは」

「腕が、折れるッ」

 勢いは確かに殺せた。それでもなお押し込んでくる。

 空気の層を重ねた盾は、その切っ先に屈し始めていた。

 ≪エアシールド≫を展開する二機の腕は悲鳴をあげ、フレームごと軋み出す。

『――――――――』

 キィン、という音が響く。

 瞬間、一気に≪エアシールド≫が貫かれ二機のラキシスの半身がごっそりと消滅した。

 一瞬ではあるが、その戦場からは人間の声が消えた。

 その一瞬が過ぎた時、この場に木霊するのは絶望の叫びだった。

「あああああっ! か、勝てるかよこんな奴に!」

「隊長、隊長ォ!」

 二機分の力を合わせても、その突撃を食い止める事が出来なかった。

 かつ、隊長機二機を同時に失ったことが動揺を誘い、恐怖心を掻き立てる。

 ラキシスを撃墜したアマティスタが再び翼を開き、生き残った騎士たちの前に立ちふさがる。

 敵は前にいる。戦力の温存や生存を考えるならば逃げるという選択肢もあるはずだ。

 威嚇射撃で牽制しつつ後退。そういった選択肢もあったはずだ。

 だが、この場にいる誰もが直感していた。

 下がれば、殺される。と。

「まだほかの部隊は来ないのか!」

「接近中の部隊はありますが、まだ距離が……」

「くそっ。こっちが持たんぞ」

「おい、なんだあれは」

 アマティスタの頭の上が光り出す。

 それはゆっくりと広がり、輪のような形を作り出す。

「まるで天使だな……」

「美しい……」

 思わず見とれるような、神々しさを放つそれが魔女でなければ。そんな感想を抱くほどの光景がそこにはあった。

 だがそれは一瞬の閃光によってすべてかき消される事となる。

「ッ!?」

 光の輪から一筋の閃光が放たれた。

 それが必殺の一撃であることは誰が見ても明らかであり、各々が回避行動に移る。

 だが、それで終わらない。

『――――』

 リングの外周を一周するように閃光が動いた。

 突然横薙ぎの動きに変わった事に対応できず、二機両断される。続いて一周して反対から現れた閃光に呑まれてまた一機。

 たった一瞬で三機ものヘスティオンが撃墜された。

 もはや戦線を維持するだけの戦力はない。

 たった五機のヘクスイェーガーで、この化け物をどうやって止めていられるというのか。

「援軍はッ!」

「もう少し……」

「あっ」

 アマティスタの頭部の輪が再び光る。その一撃がこちらに向かってくる援軍を薙ぎ払い、状況を更に絶望的なものにする。

「……駄目だ。撤退するぞ」

「しかし……」

「このままでは犬死だ! 誰か一人でも生き残ってこの情報を知らせるんだ」

 明らかに撤退の判断を下すには遅すぎる。だが、そうできない理由もあった。

 思えば、この場に居る全員が恐怖に呑まれていたのだろう。

 正常な判断すら出来ず、全滅一歩手前までの状況に来てしまった。

 もっと早く逃げていれば。もっと早く決断できていれば。全てが遅すぎた。

「弾幕を張りつつ後退。そのまま各自散開して最大速度で拠点まで撤退!」

 だが逃げると決めればそこからは早い。

 それぞれが魔法を放ちつつ後退をはじめ、それを止めると同時に反転して一気に加速した。

 魔女アマティスタはそれを追おうとはしなかった。

 追う必要がなかったのか。あるいは最初から魔女にとってはただの児戯だったのか。

 ただ魔女は笑う。嘲笑う。

 愚かにも挑み、敗れ、逃げ去る者達の背を見ながら。

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