再来の予兆
たった一瞬。たった一度の偶然。あるいは必然の出会い。
飲んだ者をおかしくする――といっても飲んだ人間が人間だけに判りにくかったが――栄養ドリンクの失敗作が、まさかの活躍を見せる。
「……うっそだろ」
「新しいスクロール用紙が完成しました」
にっこり、とアルは笑う。一方でそれが専門であるアルツは顔をひきつらせる。
専攻している分野が異なる上に年下のアルが、またしてもやってくれた。
流石に交流をもってからは初対面の時ほど悪感情はないが、それでもやはり思うところがある。
「あの栄養ドリンク……? の中にはマナの伝達効率を上げる効果のあるハーブが含まれていまして。更に使用された薬草が品質を安定させるんですよ」
「お、おう……」
「すごい発見でした。これで今まで不可能だった高位の魔法もスクロール化できますよ!」
これまでのスクロールは、基本的に中級魔法程度までしか記述しておくことができなかった。
これはスクロールに使う用紙の問題であり、今までのものはマナ伝達効率が悪く、大量のマナを消費する上級魔法はそもそも発動が不可能だったのだ。
だがアルの作り出したあたらしいスクロール用紙は違う。今まで不可能であった上級魔法の使用にすら耐えうる逸品である。
しかも原価が安い。勿論、今までのスクロールに比べると割高であるがその効力を考えれば安過ぎるくらいだ。
「それにこのスクロール、なんと中級魔法なら術式を二種類まで同時に記載することができるんです!」
「マジか!? 一つのスクロールで二つの魔法って、そりゃ革命なんてもんじゃないぞ!」
「はい。そこで思いついたんですけど、ちょっと試してもらえませんか、アルツ先輩」
「うん? 何だ?」
「実は……」
そして、少女の思いつきは天才の技術によって実現する。
◆
その日、格納庫は静かだった。
ここ数日訓練などで出撃することはなく、修理すべき機体はない。
ようは久々にヒマになっていた。
だからこそ、その機体は目立った。
かつてブラックボックスと呼ばれた機体は、新たな装甲と新たな能力を得て生まれ変わった。
「流石に金属繊維の搭載は間に合わなかったが、それでも十分完成度は高いと思うぞ」
「限定的ではあるが、カタログスペックもアストライアを上回っているのである。学生がやった仕事としては及第点であると吾輩思うのであるが、いかがかな凡人眼鏡」
「ハッ。上出来に決まってんだろ。コストも限界まで抑えた。この設計図と術式で提出して構わないと思うぞ」
エリマとシュデムはハイタッチして、その新たな機体の誕生を喜んだ。普段は犬猿の仲に見えるほど口喧嘩は絶えないが、こう言うところでは息が合う。
「問題は装甲が簡単には量産できないってことだな。これに関しては完全にやりすぎた」
「通常の装甲の間に強獣の外殻を加工して挟み込む、であるか。防御性能は驚くほど向上したが、強獣の外殻を使うという時点で難易度バリ高であるしな」
まず強獣の死体を用意します、などとレシピ本のように手軽にはいかない。
ウィスタリア王国において強獣が生息するのはシプレース大森林のみ。大森林の規模も大きく未踏の地区も多く、強獣の生息数も調査できているわけではない。
何より単純に強い。森林ということでヘクスイェーガーではまともに動けない為、人の生活圏に近づいた個体を生身の人間が駆除しているが、あくまでも駆除であり狩りではない。
もし装甲素材としての利用が本格的に始まり狩りが行われると、個体数を減らし過ぎて強獣の絶滅という最悪のシナリオさえ見えてくる。
尤も。人の手で狩る為供給効率もすこぶる悪く、その時点で量産には適さない素材なのであるが。
「とはいえ今回は有効利用だ。有難く使わせてもらおう。奪った命はあます事なく使う。食べるにしろ、利用するにしろ、だ」
「それで、名前はどうするのである? もはやブラックボックスと呼ぶのは流石に味気ないと思われるが」
「そうだな、一応はアストライアの完全量産機を目指して作ったが全くの別物になったからな。どうしたものか」
むしろ本来のアストライアにない機能ばかりが搭載されている。既に目指したものとは別ものである。
そして、学生たちが自らの知恵を振りしぼり、持てる技術の全てをつぎ込んだこの機体に愛着を持っている以上、いつまでも仮称のままでいる事に抵抗を覚え始めていた。
どんな機体になるか判らない。完成するまで中身が見えない黒い箱。そんな名前は既に必要がない。
「アルトエミス、というのはどうであるかな」
「中々いいセンスしてるじゃねえか。じゃあそれで」
というあっさりとしたやりとりでブラックボックスは、月の女神に由来する名を与えられたのである。
ただし、問題がないわけではなかった。
抑えられる限り抑えたコストですら、その実ヘスティオンどころかラキシスをも上回っている。さらに元々良好と言えない操作性が、通常時と防御特化状態と速度特化状態といった三形態に変化させることが必要になるために操作が複雑化してしまっている。
はっきり言ってしまうと、万人が扱える事が大前提である量産機としては不合格である。
だがこの時、アルトエミスが完成したという達成感でその問題については誰も考えが及ばなかったのである。
そんな問題を抱えているなどとは頭にないエリマとシュデムは報告用の設計図と資料をまとめ、国王へと提出する準備を始める。
と、そこへ飛び込んできたのは――学生ではなかった。
「アル・イスナインはいるか!」
「ガドル・ストール氏? そんなに慌ててどうしたのであるか。バーゲンセールに駆けこんできたのならば学園ではなく市街に出る事をお勧めするが?」
「違う。彼女に招集がかかった。いや、正確には第十二班にだ」
招集と言う言葉に、空気がひりついた。間違いなく穏やかな話ではない、と。
エリマとシュデムは顔を合わせ、纏めていた資料をファイルに突っ込むと棚に押しこみ、人手を集めて指示を出す。
第十二班のヘスティオンを四機用意。それに必要な人員以外はすべてアルトエミスの最終調整の確認に回す。
一方でエリマとシュデムはプレスガンの調整に取り掛かる。
「彼等ならもうすぐここに来ると思いますよ。それで、具体的には何で招集されたんですかね」
「ああ。以前アディン・アハット等が遭遇した新種の魔女が確認された。場所はビルケ島。現在移動。現在の速度を維持したまま移動しているとすると仮定した場合、最初に接触する都市はシプレース。報告された時間から逆算すると残り三時間だ!」
「シプレース? ビルケから三時間で行ける都市は他にも都市はいくらでもあるだろ」
「それが判らんから不気味なのだ。新種の魔女の呼称はアマティスタ。飛行速度特化型の使い魔を連れて移動中だ。動ける機体は?」
「第十二班の各機。それと出来立てほやほやのアルトエミスだ」
「何でもいい。使えるものは全部搭載して、準備でき次第すぐに出撃だ。集めておいてくれ!」
「了解です」
と、なると必然的にアルトエミスの調整でエリマ達も同行することになる。
それに輸送機も五機のヘクスイェーガーを格納できる比較的大型のものが必要だ。
「最優先は機体を稼動可能状態にすること。終わり次第学園に大型輸送機の使用申請書、アディンの名前で出しておけ! あと複数人でいって学園内から第十二班を格納庫に集めてくれ。機体を運ぶのは流石に手間だ。なんで四機もヘスティオンが必要か? あのバカが無茶した時の予備だ、予備! お前等もそれなりに付き合ってるなら解るだろ!」
「ついでにそこな騎士殿の署名も貰っておくのである。緊急時により細かい部分はすっ飛ばしてくれるはずである。あとキャストブレードとプレスガンの搭載準備も急ぐである! 弾薬も忘れるでないぞ! ああ。そういえばアルツ・エナムはいずこに? 猫の手すら狩りたいデッドヒートのアイラブユーな状態でどこをほっつき歩いているのである!」
「黙ってろバカ! 狩りたいじゃなく借りたいだ!」
静かだった格納庫は一気に騒がしくなり、手が空く度に新しい仕事へと移って慌しくも手際よく作業ははじめられた。
学生の招集。それは普通の事ではない。だが今回の魔女は今までに出現した事のない新種。少しでも交戦経験がある第十二班が招集されるのはある意味では当然の流れだ。
だが、それでいいのか。そうガドルの良心は訴えてきていた。
魔女がシプレースに向かっている。その情報を聞いた第十二班の面々が格納庫に集まった時点で、ガドルが知らせた時点からして十分が経過していた。
観測した人間の証言を信じるならば、あと三時間に満たない時間で魔女はシプレースに到着。想定される被害はその後の二次被害も考えれば多大なものとなる。
何より、魔女の目的地を聞かされて穏やかでいられない人間がいた。第十二班をまとめるアル・イスナインである。
彼女の家族はシプレースに居る。魔女がそこを目指しているというのは、気が気でないだろう。
更に悪いニュースがあった。それは大型の輸送機を用意したところで、その速度では魔女がシプレースに到着するよりも前に迎撃するのはまず不可能であるということだ。
理由は二つ。単純に速度の問題。そしてもう一つが、正確な移動ルートの算出が出来ていない為だ。
速度の問題ははっきり言ってどうしようもない。その分追加ブースターでの補助でどうにかなるが、時間が限られているこの時間ではブースターを取りつける時間がない。
もう一つの正確な移動ルートを割り出せていない、というのは致命的だがそれも無理のない話だ。
何せ今までの魔女と異なり、今回の魔女は新種。アマティスタと名付けられたそれは今まで出現したどんな魔女よりも速い。ある程度の予測はできても、それが正しいとは限らないのだ。
もっと言えば本当にシプレースに向かっているかどうかすら怪しい。
報告した人間が、魔女の進行方向にあり、その人物の知る人口の多い都市の名前がたまたまシプレースであった。そういう可能性も高い。
だが、それでも無視はできない。
確かに魔女の進行する可能性のある方角にシプレースの街はあるのだから。
――何もかもが不確かであり、どうするにしても時間が足りない。
「だからとって止まる理由はない、だろ」
ヴィールが思いつめた顔をしているアルの肩をたたく。
一瞬身体を跳ねさせて驚くが、アルは笑顔で返して見せた。それが逆に痛々しくも見えるが。
「……」
「どうした、トリア」
「アディン。ブラックボックス……えっと、今はアルトエミスか。その機体の速度なら迎撃が可能なんじゃないかと考えていた」
「ブラックボックスの時の速度から見て、不可能ではないとは思うが……」
到達前に迎撃するのは現実的ではない。何より正確な方角が判っていない以上闇雲に突っ走ったところで無駄に体力を消費するだけだ。
かつアルトエミスは機体そのものはともかく、追加された機能に関しては稼動試験すらしていない。実際にはどう動くかわからないぶっつけ本番である。
不確定要素が多すぎる。その不確定要素をどうやって潰すか、と思考を巡らせるが思いつかない。
「難しい顔してたって、限られた時間で考えている時間が無駄だ。今はさっさと積むもん積んで出発する事だけを考えようぜ、な。アディン」
「あ、ああ。いや、機体の積みこみは終わってるだろ?」
「まだプレスガンの弾があるだろ」
「え、あれくっそ重たいぞ」
「≪フィジカルブースト≫があるだろ」
そう言われてしまうと言い返すことができない。
アディンは観念して自身の身体に魔法をかける。そこでふとある事を思いついた。
「魔法で、強化する……?」
そう呟いて、にやりと不敵に笑う。その笑みは新しい悪戯を思いついた悪童のそれだ。
「ヴィール、トリア。ちょっと力貸せ」
「おう? どうしたアディ……いや、皆まで言うな。何となく察した」
「……私達は何をすればいい?」
その表情を見た二人は諦めてそれに付き合う事にしたのだ。
それが何となく正しい。そう思ったのだから。




