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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
第二章 開発編
31/315

劇的変化の兆し

 強獣の死体が運ばれた翌日。格納庫は大いにモメた。

 理由はもちろん、強獣の死体にある。

 死体とはいっても血や内蔵が見えているような解り易くグロテスクなものではなく、ぱっと見が不気味なだけの金属の塊であるが。

 どうあろうと『アディン・アハットが強獣の死体を取り寄せた』というインパクトのある情報はあっという間に学園中に知られる事となり、今や格納庫は作業に関係のない生徒どころか一部の教師まで顔を見せ、普段以上にごったがえしていた。

 シプレース大森林の外で強獣の実物を見るなど、まずないことだ。たとえそれが死体であっても貴重なものには違いない。

 問題は、その扱いである。

 既に一部の金属繊維はアディンが取り出してしまったものの、その大部分は残っておりいくつかに切り離されているものの標本としての価値は高い。貴重な標本として保存したい多数の学園関係者が声を上げたのだ。

 だがそれを良しとしなかったのが科学や工学などに携わる教師たち。貴重な標本という点には同意したが、アディン同様その体組織に注目しこれを研究すべきだと解剖を希望した。

 そしてこれを黙っていられないのが事の発端となったアディンである。

 何を勝手に話を進めているのか、と。何よりアディンが強獣を取り寄せたのはあくまでもヘクスイェーガーの開発のためである。本来の用途以外では使用したくないし、なによりそう簡単に入手できるものでもない。

 よってアディンは所有権を主張した。

「アディン・アハット。君の主張はわかるが、これは君個人が扱っていいようなものではないんだ」

「そうだ。この金属繊維は我々の常識を覆す未知の物質だ。今すぐ然るべき手段で研究すべきだ」

「いや、標本とするべきだ」

「解剖して身体の構造を調べるべきだ」

 などなど。大人達は勝手に口にし、勝手にヒートアップしている。アディンが口をはさむ隙などない。

 勝手にヒートアップする教師陣を放置し、アディンて手でサインを送る。

 それを受け取ったヴィールは頷いて応えて、さらにアルとトリアにハンドサインを送る。

 揉めている横からアルとトリアの指示を受けた格納庫の生徒達は強獣の死体を片付けて行く。

「――――だから、あの強獣は、ってアアアアアアッ!?」

「強獣が、ない!?」

 当然だ。鍛冶科や工学科が直接作業し、それを魔法科の生徒がブーストして効率化させる。実に手際のいい作業であった。

「何をするんだ、お前!」

「あの死体は貴重な……」

「いーのかなー」

 あえて目立つようにヴィールが声を出す。

 格納庫中の視線が一斉にヴィールへ殺到する。

「ヴィール・アルバア。どういうことだ!」

「いやーだって、これヘクスイェーガーのパーツに使う為に搬入したんスよ? 本来の用途とは違う使い方をすると、アディンの上の人が出てきちゃいますよ」

 その言葉で教師陣の全身に怖気が走る。

 誰しもがアディンの上にいる人物の顔が浮かんだ。二人ほど。

 片やこの学園の誰もが知っている、かつてのこの国最強の騎士。片や現在の最高権力者。そのどちらを敵に回しても、待っているのは地獄である。

 勿論ヴィールが言う『アディンの上の人物』というのは国王であるレヴァンダ・ウィスタリアの事であり、まさかそれ以外にもう一人――ある意味では国王より恐ろしい女がアディンの上にいるなどヴィール自身は知りもしないのだが、偶然にも彼女の存在がヴィールの言葉を強力な効果を持たせていた。

「え、ちょ……そ、そうだな。今回はアディン・アハットの自由にするということで」

「そうだな。異論はない。だが次に強獣を入手できたらぜひとも解剖を」

「何をいうか。標本として保存をだな」

「どっちでもいいですから、作業の邪魔です。関係のない人は解散してくださーい」

 パンパンと手を叩いて格納庫から野次馬を追い払う。

 少しばかりは人が残るが、作業の邪魔になるほどではないのでそれらは無視して作業が始まる。

 その中には、完全復活したエリマ達三人の姿もあった。

「ふむ。なるほど。面白い試みであるな」

「ていうか、お前何勝手に仕事ふやしてくれてんだよ。まあ、今回はオレの出番はなさそうだけど」

「その分別の仕事回してやる。お前だけ楽はさせない」

「おお、怖」

 アディンから強獣の金属繊維を稼動部に使用するというアイデアを聞かされた時は、流石に面食らったものの自分たちでは煮詰まっていたのも事実であり、その常識外れで前代未聞のアイデアはあっさりと採用された。

 そのテストケースとして、強化外骨格を作成する、というのも了承した。勿論、それがアルの父親からの依頼である事も聞かされ、納得している。

 何よりその強化外骨格にある種の期待があるエリマとシュデムは珍しく意気投合。作業は通常の三倍以上のスピードで進む。何をもって三倍かはシュデムのみが知る。

 ただし、アディンから提示された課題はエリマとシュデムの頭を悩ませた。

 マナに一切頼らない稼動を実現する。それは既存の技術を根底から無視したものだ。

 何せマナ以外のエネルギーを動力として使用するというのが彼等にとっては前代未聞。未知への挑戦だ。

 技術屋としては腕のなるところ。そう意気込んでいたが、そもそもの問題として金属繊維の動かし方がわからない。

「なので。まずマナで動くような仕様をまず作ってみたのである」

「早っ」

「元々アディンがある程度作っていたものを流用しただけなのである。ぶっちゃけノープランでのスタートだったらシルキー?の作業効率を以てしても短時間での完成は不可能だったのである」

 以前シュデムが制作した遠隔作業ユニットを何時の間にか改良していたらしく、外見は以前大破していたシルキーとあまり変わっていないが今度のは爆発はしていなかった。する様子もない。

 肝心の強化外骨格であるが、アディンが昨日作成し、トリアが乗って横転した人型の機械を改造したものだ。

 相変わらず頭部こそないが、各部の稼動を確かめるために外装が取り付けられず強獣から取り出した金属繊維で稼動部を覆っている。

 人間の筋肉の配置にかなり近い配置と量であり、これがちゃんと動くならば新技術の足がかりになるはずだ。

「ていうか、あの繊維をどうやって動かすんですか」

「良い質問であるな、アル・イスナイン。実はこいつ、金属繊維をマナ供給パイプと繋げてマナで無理やり伸縮させているのである。マナの供給はシルキー同様の仕様にしてとりあえずはこの格納庫程度なら自由に動き回ってもマナ切れを起こさないようにはなっている……はずである。いや、うん。流石に吾輩も未知の分野すぎて稼動時間においては保証しかねる。なので、ここはシルキー?にまかせてみるのである」

 パチン、とシュデムが指を鳴らすと一機のシルキーが強化外骨格の操縦席に近づき、アームを伸ばして操作を始める。

 ゆっくりと待機状態からたちあが――らなかった。


 バチンッ!


 という派手な音を立て、勢いよく強化外骨格が立ち上がる。

 あまりにも大きな音で待機中の機体の整備をする手すら止まり、直近にいたアディン達は揃って目を見開いていた。

 この時点で嫌な予感がするが、続いてマニュピレーターを曲げる。


 ガキンッ! ベキッ!


 今度は曲がりすぎて手の部分が肩に激突した。

 またもや大きな音と共が響く。さらには衝突の衝撃で手首の関節が壊れて強化外骨格の手首から先がはるか後方へと飛んで行った。

 幸い手首の落下地点に誰もいなかったが、床に大穴をあけた。

 ――これ、当たったら死ぬよね。

 誰もがそう思ったのか、整備作業の手は止まり、全員の血の気が引いていた。

「……プチロケットパンチ事件」

 その場を和まそうとしたのかどうかは定かではないが、トリアそんなことを呟く。

 それを切っ掛けに、はっとしたエリマとシュデムが再起動する。

「よし。金属繊維の数を減らすのである! めっちゃ危ない! 次は絶対死人が出る!」

「ていうかまず腕だけ作ろう。実験用の! いきなり実機はまずいな、うん!」

 という方向でこの話はまとまった。

 実用に耐えうる強化外骨格の完成はまだ当分先らしい。

「あ、そうだ。ブラックボックスのほうはどうなるんです?」

「ん。ああ。とりあえずそれなんだけど休んでた間も考えたんだがやっぱ思い浮かばなかったんだよなあ。アルツ。お前は?」

「実はな。ブラックボックスは過剰供給分のマナを常時放出してるんだが、それを何とか流用できないかを考えてた」

「そういえば二個もエーテルコンバーターを積んでるから機体を動かすだけなら供給過多になってるんでしたっけ」

「ああ。だからその余剰分を、防御に使えないかと」

 なるほど、とアディンは唸った。

 確かに最初からあるものを使えば機体の大きな改修は必要なく、それが魔法的なものであるのならば術式の更新だけで機体本体には手を付けなくていい可能性が高い。

 手間の事を考えると、現実的な発案に思えた。

「問題があるとすると」

「通常稼働時と戦闘稼働時ではマナの消費量が違う事」

「その通りである。トリア・サラーサ。確かに防御力は上がるのであるが、防御術式を展開してそれを安定させようとするのならば、同じように安定化した入力先が必要になるのである」

 尤もである。

 出力が安定しない防御術式など、恐ろしくてアテにできない。もし余剰出力を流用するのであれば不安定な出力という問題はどうしても避けられない。

 かといって稼動に必要な出力を削ることが出来るわけでもない。そんな事をすれば重力に引かれてまっさかさまだ。

「先輩。これはあの魔女の攻撃を受けた俺個人の意見なんですけど」

「言ってくれ。貴重な意見だ」

「あの攻撃をまともに受けたら正直回避運動に回す余力なんてないです。というか、当たったら全力防御してもヤバいです」

「ああ、確かにかなりのダメージを受けてたな」

「なので防御の時は機体に回すマナを高度維持に必要な分だけに制限して、残りを全部防御に割り振っても大丈夫じゃないかと」

「……なるほど。確かに。アルツ、術式書けるか」

「もうやってる。出来上がり次第シルキーに上げるが、いけるか」

「勿論である。これで防御面の問題は一応の解決であるな」

 魔法防御によって装甲素材を変更せずその防御力を飛躍的に向上させることはこれで一応はできた。

 防御に稼動に必要なマナまで回すためにその場から一切動けなくなるという欠点こそ抱えたものの、当たると死ぬ攻撃を防げるのならば安いものだろう。

 そこで、当然のような事にトリアが気付く。

「あの、防御に回せるのなら推進の方にも回せるのでは?」

 おおっ、誰からでもなく声があがる。

 言われてみればその通りだ。

「姿勢制御用に最低限のマナ供給にして残りはエーテルリバウンダーの噴射に使う。全身の細かいところにリバウンダーの噴射口があるからその加速性能は飛躍的に上昇する!」

「待つのである! それだけでは乗ってる人間が加速に耐えられないのである。いくら性能が上がろうとそれでは意味がないのである。全部は回さず操縦席の防御にもマナを回すべきである!」

「それもそうだな。よし、ちょっと考える!」

 こう、とんとん拍子にやるべき事が決まると仕事は早い。

 シルキー?によるある程度の自動化による恩恵は大きく、その分人間の負荷は少なくなる。

 そして出来た余裕はまた新たな発想を生む。

「そうだ。いっそのこと装甲の一部強獣の外殻にとりかえるか?」

「名案だな! ちょっと試してみよう」

 技術屋達のテンションが上がってきている。

 こうなると少し触れるのが怖い。

「えっと……」

「もう俺たちが口はさまなくてもなんとかなりそうじゃないか?」

「そう、みたいですね」

「じゃあドリンク用意する」

「「「やめろ!!」」」

 トリアのドリンクだけは絶対に阻止する。そんな強い意志が感じられた。

「あの、ドリンクって何ですか?」

「ああ。アルは知らなかったんだな。実は……」

 トリアの作った栄養ドリンク……のようなものについて軽い説明をした。

「えっと、材料を見せてもらっていいですか?」

「これ、一応本来のレシピだけど。クリアハーブとかいうのが市販してない上に生息地もわからなくて」

「使ってるもの自体は普通のハーブとか薬草とかですね。確かにどれも組み合わせれば強力な滋養強壮効果が見込めます」

「イスナイン嬢、薬草とかにも詳しかったのか?」

「スクロールに使う紙の加工にいろいろ試したので、ついでに試して何度か気絶したことが」

 やっぱり気絶したのか、とトリアの方を見るとトリアはさっと顔を横に向けた。

「えっとですね。正直この組み合わせだとクリアハーブを使わないと効力がキツすぎて……」

 視線が集中する前にトリアが逃げた。

「でもこれ……もしかすると」

「アル?」

 トリアから受け取った栄養ドリンクのレシピを手に、アルは駆け出した。

 この時、歴史が動いたとは誰も思わなかった。

 そう。まさか失敗作の栄養ドリンクが、これまでの常識を覆すほどの発明を生み出すなどとは、誰も思わなかったのだ。

 パラダイムシフト。まさにこの日が、その前夜である。

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