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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
第一章 学園編
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学園へようこそ2

 アディンが編入手続きを終えた翌日――ようは初登校の日。

 事前にアルと出会っていろいろ案内をしてもらっていたおかげで特に迷うこともなく中等部の校舎へとたどり着くことができた。

 その後職員室に顔を出し、担任と合流。担任に案内されて自分がこれから通う事になる教室へ連れてこられたアディンは妙な空気を感じていた。

 よくよく考えれば無理のない話だ。アディンは初等部に通ったことがなくいきなり中等部から入ってくるという特殊な事例。変な噂が出るのも無理はない。

 どんな手を使ったんだ、というのが普通の感覚を持った人間の感想だろう。

(やりづらいな)

 別段クラスメイトと仲良くしよう、などとは考えてはいない。だからといって奇異の目で見られるのは気分のいいものではない。

 教室を見渡してみてもそういった目で見てくる人間ばかり。中には純粋な興味からそういう目で見ているのかもしれないが、多くは悪感情を伴っているように感じられた。

 アディンはそういった悪感情のこもった視線を、騎士になろうとする人間故のエリート意識やプライドによるものである、と結論付けた。そうしておいたほうがアディン本人の精神衛生上好ましい。

 ただ当然例外もいる。といっても三人程度であるが。

 一人はアディンを一度見ただけで興味を失ったショートヘアの少女。もう一人は好意的な視線を向けてくる少年。そして最後の一人は――アルだった。

 昨日出会ったばかりの人間とはいえ、好意的に接してくれた面識のある人間がいるというのは非常に心強い。何より困った時に話しかけ易い。

「さて。諸君も知っての通り、彼がこのクラスに編入するアディン・アハットだ。噂を聞いていると思うが、くれぐれも粗相のないように」

 担任の言葉に妙な引っ掛かりを覚えたが、そこはスルーして自己紹介を始める。

「改めて自己紹介を。アディン・アハット。島から出てきて右も左も判らない田舎者だが、よろしく頼む」

 以上。自己紹介終了。教室内の空気は相変わらず悪い。

 アディン自身、自分の態度が悪いのだろうという自覚はある。が、それを差し引いても風当たりが強い。

「えーっと。そうだな。アディン。空いている好きな席に座ってくれ」

「はい」

 担任に言われるまま適当に空いている席を探すが、奇しくも先ほどアディンに奇異の目を向けていなかった三人の席の隣が空いていた。

 そうなると、自ずと選ぶ席は面識のあるアルの隣の席と言う事になる。

 実際アルも隣にくるようにジェスチャーと目線で訴えてきているし、その好意を有難く受け取ることにした。

 アディンがアルのほうへ向かって歩き出すと、突如横から足を出してくる生徒がいた。

 学校でよくある典型的な悪戯。古典的とも言っていい。

 とはいえ机が狭い間隔で並ぶ教室において転倒の危険性があるその悪戯をやるというのは、転倒の危険性がある以上危険極まりない。

 これをアディンは、明確な敵対行動として認識した。判断に必要な時間はコンマ数秒。足を出してきた事を認識した上で、その足の甲を思いっきり踵で踏みつけた。

「いってえええええっ!!」

「どうした、サギール」

「こいつ、俺の足を……!」

 足を出してきたサギールという生徒は大げさに叫――いや大げさではなく本気で痛がっていた。痛みのあまり目には涙が浮かんでいる。

 それもそうだろう。足の甲とは人体の急所の一つ。ようは本気で叩かれるととてつもなく痛い場所だ。それを全体重ののった踵で踏まれれば痛いなんてものではない。

 当然、自分のしたことを棚に上げてアディンを睨むサギールであるが、アディンは気にした様子もなくサギールのほうを見つめて一言だけ呟く。

「相手を選べ」

 その一言に僅かばかりの殺気を含ませてサギールを睨む。するとそれに怖気づいたのか顔は青くなり、さっきとは違った涙がサギールの目には浮かんでいた。

 アディンからすれば威嚇程度のものであり、別に涙ぐむほどの殺気ではなかったはずなのだが自分の想定していない反応になんとも気が抜ける。

 何事もなかったかのようにアディンはアルの隣の席につく。

「まさか同じクラスだったとはな」

「はい。今日からよろしくお願いします」

 にこっと笑うアル。それによってアディンに向けられる視線がより一層厳しいものになる。主に男子からの視線が。

 どうやらアルはこのクラスにおいて男子の憧れの的というやつらしく、その隣の席に座れることが単純にうらやましいのだろう。

 アディンはそうとは知らずその席に座ってしまったが、今更立ち上がって別の席に移動するなんて選択肢はない。

 過ぎた事は仕方ないと割り切り、担任の言葉に耳を傾ける。

「今日は魔法の実習がある。攻撃系の魔法を使用することもあるから十分に気をつけるように。アディンは初めての実習だろうから見学でもいいぞ」

「いえ。俺も出ます」

 この空気をぶち壊すためには自身の実力を見せるのが手っ取り早い。

 ならば魔法の実習というのは実にいい機会だ。

「大丈夫ですかアディンさん」

「問題ない。初級の魔法は一通り使える」

「そうですか。なら安心ですね」

「それはそうと、だ」

 昨日から気になっている事がある。

「どうしてあんな場所にいたんだ。あのあたりには目立った店なんてなかったはずだが」

 一通りイーストサイドの店の配置などを調べたが、昨日アルと出会った場所周辺には目立った店舗などはなかった。

 少なくともアルくらいの少女が足を運ぶような店はなかったように思う。

 それなのに、そんな何もない場所にアルはいた。アディンはその理由が聞きたいと思っていた。

 偶然と言えばそれまで。何の用もなくぶらついている可可能性だってある。

 だがあんなに入り組んだ場所にわざわざ一人で足を運ぶだろうか。

「あ、それはですね。あまり大きな声で言えないのでちょっとこっちに来てもらっていいですか」

「ああ」

 少しだけアルに近づく。それだけで男子生徒の殺気が二割増しになる。別にとって食おうというわけではないのだからそこまで殺気立つ必要はないだろうにとは思うが、それを言ってしまうなおのこと殺意が増す可能性が非常に高い。

「実は、あのあたりに格安でスクロールを売ってる店があるんです」

「スクロール?」

「あれ、知りませんか」

「すまない。いささか知識不足なようだ」

「スクロールというのは、紙に魔法を発動させるための術式を書いてマナを発動させることで即座に魔法を使えるようになる道具です」

「便利なもんだな。それ」

「ただ使い捨てな上に値が張るんで好き好んで買う人は少ないかな、と。それでも便利なんで需要はあるみたいですけど」

「質問だが、それは自分の習得していない魔法でも一回限りで使用できるのか」

「はい。どんな魔法でもスクロールを使えば使えます」

「それは、確かに需要がありそうだ」

 魔法と言うのは個人が持つ魔法属性と才能によって使用できる数が変わってくる。

 個人がもつ魔法属性によって得意な魔法というものはあるが、基本的に魔法属性によって使用不可能になる魔法というものはない。

 重要なのは才能という部分。これがないとどうやったって使えない魔法は使えない。

 人によっては初級魔法は使えないが、中級魔法以上は使えるといった変わり者もいるほどだ。

 その穴を埋めるための道具として、使い捨てではあるがあらゆる魔法を使用可能になるスクロールというのは多少高価であっても需要があるのは納得できる。

「値段が高いというのはやはり、制作に手間がかかるからなのか」

「まあ、そんなところです」

「で、そのスクロールなんてものをどうするんだ」

 話を聞く限り、魔法を多用する人間以外では特に必要な道具というわけでもなさそうだ。学生であるアルにとって必要なものであるとは考えにくい。

「実は私、スクロールの研究を個人でやってまして。その研究材料としてスクロールが必要なんです」

「なるほど。しかし、スクロールは高価なものなんだろう。いくら安値で売っているとはいえ、学生の身分では資金的に厳しいんじゃないか」

「まあ、そこはなんとかやりくりしながら、ですよ」

 そんなやり取りをしているといつのまにかアディンに向けられる殺意が爆発寸前なのではないかと思えるほどに膨れ上がっていた。

「……まあ、話はこれくらいにしよう」

「? そうですか。ではまた何か判らない事や困ったことがあれば、聞いてくださいね」

「ああ。いざとなったら頼らせてもらう」

 しばらくして一時間目の授業担当の教師が入ってきたが、それまでの間アディンはずっと男子生徒の殺意の籠った視線を浴び続けた。


 時は少し進んで昼休み。

 同時に昼食の時間でもある。この時の生徒の行動は大きく分けて二つのパターンに別れる。持参した弁当を食べる者と食堂を利用する者だ。

 前者は主に学園の近くに家がある生徒や自炊能力のある生徒が行う。一方で実家から離れて寮で暮らす生徒のうち自炊能力がない者は必然的に食堂を利用する事になる。

 流石に学生食堂と言うこともあって料金はリーズナブル。味もそれなりに評判がいいとのことで、寮生活で自炊能力が皆無なアディンは食堂へ向かおうと立ち上がった。

 そのタイミングで一人の男子生徒が近づいて来た。

 朝、アディンに対して好意的な視線を向けていた少年だ。

「よっ。新入り。編入初日から災難だな」

「全くだ。それで、お前の名前は」

「そうだったな。俺はヴィール・アルバア。ヴィールでいい」

「ああ。よろしくヴィール。俺もアディンでいい」

 非常に好感の持てる相手だとアディンは思った。

「これからメシだろ。一緒に学食へ行こうぜ」

「ああ。俺も丁度そうしようと思っていたところだ」

 二人で教室を出ると、サギールが待ち構えていた。

 が、それを無視して二人とも食堂のほうへと向かっていく。

 無視されたサギールは一瞬何が起きたのかと固まってしまったが、しばらくして自分が無視されたと言う事に気付き慌ててアディン達を追いかける。

「おい、お前ぇ! 何無視してんだ!」

「アディン。あいつは面倒くさい奴だから無視するに限るぞ。朝のやり取り、あれは失敗だな」

「そうか。知らなかったとはいえ、自分から厄介事を抱え込むような事をするとは。迂闊だったか」

「お前等ぁッ!」

 頭に血が上り易い性格をしているのか、サギールは顔を真っ赤にして二人を睨みつける。

 威勢だけは良い。だが朝のアディンとのやり取りでもわかるようにサギールという男はプライドだけは高くその実小心者。気が弱いというコンプレックスを虚勢で覆い隠しているだけの男だ。

 まあ十三歳という年齢からすればある意味仕方ないことではあるのだろうが。

「えっと、誰だっけ?」

「サギール様だ! お前に足を踏まれたな!」

「そうか。足を引っ掛けようとして俺に足を踏まれた間抜けなサギール様か」

 アディンとしては事実をあるがままに言葉にしただけなのだが、サギールはアディンの言葉を挑発と受け取った。

 横で見ていたヴィールは顔に手をあて、あちゃー、といった感じでため息をついている。

「貴様ァ!」

「ふむ。何をそう興奮する。腹でも減っているのか」

「おい、アディン。そろそろ行こうぜ。そのくらいにしないと、そのサギールの脳の血管が切れかねない」

 割と本気で心配してそう言ったヴィールだが、火に油だったのかさらにサギールがヒートアップする。

「勘弁ならねえ。決闘だ! 中央広場に来い。必ずな!」

 そういって返事を待たずしてサギールは走り去って行った。

 そう。返事を待たずに走り去ったのだ。

「……なあアディン」

「なんだ」

「決闘とか言ってたが、受けるつもりなのか」

「冗談。そもそも中等部の校則で模擬戦や訓練以外で生徒同士による戦闘行為は禁止されている。受けるわけがないだろう」

「だよな」

 そういって改めて食堂へ向かって歩き出す。

 途中で既に昼食を終えたクラスメイト達とすれ違い、軽く挨拶をしながら歩くこと五分ほどで食堂へ到着した。

 中等部三学年すべての生徒が同時に訪れても席は確保できるように広めに作られた空間。

「ここが食堂だ。好きなメニューを選んで注文して、ここで料金を払う」

「凄いな。中等部だけでこれだけの人数がいるのか」

「ま、食堂に来るのも一部の生徒だけだから実際はもっと多いけどな。で、どれにする」

 立て看板に書かれたメニューを見ると、実に充実したラインナップが記載されている。

 この学園はウィスタリア王国以外から来た生徒も多いためか、様々な国の料理が書かれている。

「ヴィール。このテンドンというのはなんだ」

「極東の国オウカ国由来の食べ物だな。米の上に揚げた魚介や野菜を乗せてソースをかけたものだな」

「このカツドンというのは」

「同じくオウカ国由来だな。こっちは米の上に揚げた豚肉にスープとあわせて煮た卵をかけたものだ」

「オウカ国は米料理の上に何かを乗せるとドンと後に付けるのか」

 あながち間違いではない。

「まあ、どれ食っても美味いぞ」

「じゃあ俺はこのランチプレートにしておこう」

「んじゃ、俺はオヤコドンだな」

 互いに注文するメニューを決め注文して引換券を貰った後、席を確保しにいく。

 丁度人がいない場所を見つけてそこに腰かけると、少し遅れてもう一人そこへとやってきた。

「お前は……」

「サラーサ嬢? 珍しい。お前が人のいるところに寄ってくるなんて」

「彼に興味があるだけ。あと名字で呼ぶのは止めて欲しい」

「了解だ。トリア嬢」

 ヴィールとそんなやり取りをした少女――トリア・サラーサもまたアルやヴィール同様に悪感情を向けてこなかったクラスメイトの一人だ。

 尤も彼女は他の二人と違い、朝の時点では興味すらないといった感じだったはずだ。どういった心変わりか、今は興味があると言っている。

 そんなに変な行動をとっただろうか、とアディンは午前中の自分の行動を振りかえって見るが、サギールに絡まれた以外は特に目立った行動はしていないはずだ。

 まああれもどちらかといえばアディンの行動というよりはサギールの暴走であるが。

「アディン・アハット」

「アディンでいい」

「アディン。貴方、何者?」

 妙な事を言うトリア。思わず首をかしげる。

 何者、などと言われてもごく普通の人間だ、としか答えようがない。

「おいおい、トリア嬢。何者かなんて質問はどうなんだ」

「答えて」

「難しい質問だな。全く。えっと、トリアと呼んでも?」

 トリアは頷いて応えた。

「じゃあトリア。逆に聞くが、君は何者だ。第一、今朝は興味がないように見えたが」

「当然。私は貴方個人に興味はない。興味があるのは貴方のマナ量」

「お前……マナでも見えてるのか」

 冗談っぽくそう言ってみたアディンだが、トリアからは予想していない答えが返ってきた。

「正確にはエーテルの流れが見える」

 さらりととんでもない事を言い出した。

 エーテルは惑星エアリアに存在する魔法的な元素である火・水・風・土の四大元素と共に語られる第五元素。当然ながら存在は物理的なものではなく、エネルギーのようなものである。

 エアリアの人間はこのエーテルを体内に吸収しマナに変換。それを消費することで魔法を使用することができる。今や魔法が一般生活にも普及している以上、エアリアの人間にとっては切っても切れないもの。まさに空気そのものだと言っても過言ではない。

 マナに変換するエーテルは自身の周囲から取り込むため、流れがあるというはイメージとしては解る。

 だがそれを見れるというのは眉唾である。信じがたい。そもそもエネルギー体であるエーテルを視認できるというのは普通ならばあり得ない。

「……で、どうしてそんなにエーテルが貴方に流れ込んでいるの」

「それに関しては鍛えたから、としか」

「鍛えた……? うん。まあ、そういう事にしておく」

 そういうと自分の注文したものができたのか座る前に受け取りにいってしまった。

 トリアが去ってすぐにアディンとヴィールの頼んだものも出来上がり、引換券に書かれた番号が呼ばれる。

「そういえば午後からの授業、いよいよ魔法の実習だな」

「ああ。ちゃんと食べないとバテるぜ」

「……貴方の魔法、どれほどのものか興味がある」

「なんだよトリア嬢。隣座るのかよ」

 なんだかんだで三人で固まって昼食を済ます。

 そしてこの時、アディンとヴィールはすっかりと頭からある人物の事が抜けていた。

 完璧に。完全に忘却してしまっていた。ほんの数分前まで言葉を交わしていたとてつもなく厄介な人物の事を。

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