まずは人材確保から1
アディン・アハットがまた何か問題を起こそうとしている。
その噂は瞬く間に学園中に広まり、中庭にヘスティオンの両腕が突き刺さった一件をもって事実として認識されるようになった。
ただし今回に関してはむしろ、この程度で済んでよかった、と言えるものである。
ヘクスイェーガーの新機能開発。それに伴う実験の失敗であり、施設や実験機の破損や欠損などはあれ、人的被害ゼロというのは不幸中の幸いだ。
「うーん。なんでだろうなあ」
「理論的には不可能じゃないんだがなあ」
アディンが描いたイメージイラストを元に実現可能と思われる形にエリマが図面を引いたものをテーブルに広げ、それとにらめっこしながら、机を指で叩く。明らかにイラついている。
それもそうだろう。何度計算しても数値上には問題がない。あるとすればヘスティオンが持つ構造的な問題。あるいはエリマの書いた設計図になんらかの問題があるとしか思えない。
後者の問題であった場合、エリマは自分のミスで機体の両腕を吹っ飛ばした事になる。しかもその解決方法が皆目見当つかないともなればイラつくのも無理はない。
「これはあれだなあ。機械工学科にも協力を仰ぐか?」
「まあ、こういうのは鍛冶科の領分じゃないですからね」
鍛冶科の領分は主に機体装甲や装備などの製造にある。今やろうとしている内部機構に関しては機械工学科の領分だ。
エリマは鍛冶科専攻ではあるが、機械工学科の分野も基礎知識程度は理解している。
が、今回は基礎知識だけではどうにもならなかったようだ。
「機械工学科で優秀な人材に心当たりでも?」
「あるっちゃあるが……あいつはなあ」
「何か問題でも?」
「いやな。一言で言うとだな。超がつくナルシストで、ウザいんだわ。こっちから頼みごとをすると調子づくだろうからなあ」
「とはいえ、このままだと進みませんよ」
「それもわかってる。だから、ああもう。イライラする」
コップに入った水を一気に飲み干し、机に叩きつける。
後でヘスティオンの整備をしていた鍛冶科や機械工学科の生徒たちはその音に驚き、一瞬ではあるが作業の手が止まった。
が、エリマが睨みを利かせるとすぐ作業に戻り格納庫にまた騒がしさが戻ってくる。
「とりあえずこの件はいったん保留だ。アイツのことは……そうだな。今度紹介してやる」
「楽しみにしてますよ」
「いや、楽しみにはするな。流石のお前でもあいつは引くレベルだと思うし」
「えっ……」
流石にそこまで言われると気になるが、それ以上にそんなレベルの人間がいるのだろうかと思ってしまう。
自分でもかなり常人とは違うという認識のあるアディンでも引くというのは一体どういう意味なのだろうか。
今目の前に広げられた図面の問題点を追及するよりもそちらのほうが気になってしまう。
「おっ、いたいた。おーい、アディン。エリマ先輩、どうもっす」
「ヴィール? どうした。格納庫になんて用事ないだろ、お前」
「いや、格納庫にはないんスけどね。アディンには用があるんだ。俺が、というよりはイスナイン嬢とトリア嬢か」
「アルとトリアが? 何の用だろう」
「さあな。俺は呼んでくるよう頼まれただけだ」
とにかく呼んでいるのならばすぐにでも行ったほうがいいだろう。
アディンは立ち上がり、格納庫の出入口のほうへと歩きだす。
が、三歩ほど歩いた時にぴたりと足が止まる。
「あ、あれか」
その一言がでた瞬間。エリマは何か嫌な予感がした。
「……あれ、ってなんだ?」
エリマは恐る恐る訊ねてみる。
返ってきた答えは――
「新型プレスガンの開発ですよ」
「それあたし聞いてないんだけど!?」
エリマが、バンッと机をたたいて立ち上がる。
武器の開発ならば、それこそエリマの専門分野。しかも格納庫の責任者と言ってもいい彼女には真っ先に話が回ってきてもいいはずだが、アルとトリアの二人だけでそれを進めてしまっていた。
それを聞かされていないというのは、なんだか除け者にされたようで気分が悪い。
「今回はどっちかっていうと魔法関係のほうをいじるらしいんで先輩の出番はまだだそうです」
「ならあの二人がいるのは……うわっ。マジか。お前等どこまで周囲巻き込むんだ」
アディン・アハットに関わってしまった学科は騎士科はじめ鍛冶科、機械工学科の三つ。
それに加え今日この日、魔法科を撒きこんでいたことが判明したのだった。
ついにヘクスイェーガーに直接関係のない学科まで巻き込み始めたか、と苦笑するエリマだったが、その直後に魔法科がアディンに振り回されている様を想像してすぐに笑っていられなくなった。
「ああ。明日は我が身か……」
とはいうが、エリマの場合は現在進行形である事は誰が見ても明らかであった。
◆
魔法科とは、読んで字のごとく魔法を扱う学科である。
魔法とは四大元素とマナを合わせて発動させる超常現象。その起源は魔女の使う魔女術と呼ばれるものに対抗する為の術にあるとされる。
魔法科はそんな魔法をよりよく改良し、ヘクスイェーガーの戦闘において応用させる他、人々の生活をよりよく発展させる為の研究を目的にしている……のだが、ここ最近魔法科の生徒たちのやる気は右肩下がりである。具体的に言うと一年ほど前から。
理由はある学生が発表した、スクロールの改良品。
使い捨てのものであるスクロールの生産コストを大幅に削減し、量産を容易にした。
誰もが試みて、壁にぶつかり挫折してきたそれを学生がやってのけたのだ。
この学生がクエルチア騎士学園以外の魔法科に在籍している学生だったのならばまだよかった。
だがそれを成し遂げたのはクエルチア騎士学園騎士科中等部に在籍する少女だった。
名前をアル・イスナイン。
今現在、魔法科の工房の一角を陣取り、あーだこうだともう一人の少女、トリア・サラーサと何やら図面を広げてそれにアイデアを書きこんでいる。
正直、さっさと出て行ってほしい。というか、騎士科の生徒がなぜ魔法科の工房にいるのだろうか。
原因は彼女等が広げている図面に理由があるというのはわかる。
だが専門でもない分野で結果を残した才女がこの場にいるというだけで、魔法科の生徒たちは劣等感や嫉妬からモチベーションがだだ下がりしている。
「トリアさん。やっぱりこのままの出力だと外側が持たないんじゃ……」
「大丈夫。指向性を持たせるから外側は問題ない。問題なのは発射時の反動のほう。下手をすると腕が吹っ飛ぶ」
何やら物騒な単語が聞こえたが、魔法科一同は何も聞いていないことににして各々の研究を続ける。
「何度計算しても、踏ん張りの効かない空中でこの反動を支えるのはヘスティオンのフレームじゃちょっと無理がある」
「なら反動を殺すように発射時に逆方向に噴射させてはどうでしょう」
「それならば発射時の反動を抑えられる。その方向でいこう」
「アル、トリア。俺を呼んでたって聞いたけれど、どうしたんだ」
新しい武器についての話し合いならば、ここではなく格納庫で鍛冶科とやってほしいと誰もが思っていたが、工房にアディンがやってきたことでそんな事はどうでもよくなった。
アディンの噂は直接関わりのない学科でアル魔法科にも伝わっている。というか、学園中が彼の噂を知っている。
個人でヘクスイェーガー・アストライアを所有している。魔女を単独で倒した。国王にも影響力がある。
しかも、それらの噂は全て事実である。それを知らない魔法科一同は、ひそひそと話し始める。
「あ。アディンさん。実はプレスガンの改良案がですね」
「トリア!」
「了解」
目を爛々と輝かせて興奮しはじめてアルをトリアが羽交い絞めにする。
だがアルの勢いに負けて少しずつあでディンのほうへと近づいていく。
興奮した時のアルのパワーは、その身体のどこにそんな筋肉があるのかと問いただしたくなるほどだ。何せ、この状態の時に掴まれれば骨が軋む。
「アル、ステイ。ステイ」
「そうだ。俺は逃げない。まずは落ち着いてくれ。座ってくれ」
「はっ。そ、そうですね。私としたことが。あはは」
そして何事もなかったかのように先ほどまで作業していたテーブルのほうへと戻り、三人は席に着く。
この一連のやり取り。魔法科の生徒からすれば意味不明なやりとりであるが、アディン達にとっては日常茶飯事のものであり、もしアルを抑え切れなかった場合はアディンの両腕が大変なことになる。
工房中の視線を集めながら、アルは改めて図面を広げ直す。
「これがプレスガンの改良案?」
「そうです。といってもこれはいくつかある内の一つですけど」
「これは射程重視の高威力型。銃身を延長したほか発射に使う魔法の力をさらに強化。それに耐えられるように構成材を変更か、補強が必要。あと最大の問題として反動が強すぎる」
「それを解決する為に、銃口とは逆方向にも発射に使う魔法と同じものを発射する機構の追加をして反動を相殺しようという話をしていたんです」
「ちなみにだけど、その反動ってどれくらいなんだ?」
「計算上だけどヘスティオンなら両腕で持っても両肩の根元から吹っ飛ぶレベル。その分射程は試作型の百倍という計算」
「流石にそれは駄目だろ」
そんなものは武器として使えない。使ったら即座に戦闘不能になる装備など作る意味がない。
まあ設計段階でその問題点が明るみになったからこそ、アルとトリアはその反動を殺すために何をすべきかと議論していたのだが。
「いっそのこと固定装備にしたらどうだ」
「「えっ」」
「えっ?」
何となくアディンが言った一言に二人が同時に反応する。
「そ、それです!」
バン、と勢いよくテーブルを叩いてアルが立ち上がる。
その瞬間、テーブルから嫌な音がした。ミシッとかベキッとか、そういう類の音が。
そっとアディンとトリアは椅子を少しだけ後ろに下げた。
「機体に固定してしまえば本体のエーテルリバウンダーと繋げて反動を殺すようにできるはずです! それに丁度アディンさんが進めてるほうの技術と合わせれば!」
「ああ、それな。残念ながら目途が立たない。何せ何が悪いのかさっぱりな状態でなあ」
「それは困りましたね……」
「でも固定装備化はいい案かもしれない。と、なると外付けにするにしてはこの装備は装備できる場所が限られる」
「バックパックの換装ってことになるのかな、やっぱ」
何やら一人増えた事で議論が白熱し始めたのか、三人の喋る速度も会話のテンポも早い。
繰り返される言葉の応酬。
既に割り込める空気ではなくなってしまっていた。
「おい、お前等」
その時。ややドスの効いた声である男が三人の元に近づいていく。
「そういうのは工房じゃなく、格納庫でやれ!」
誰もが言いだせなかった言葉を、その男がついに告げた。
「いや。この場でやる理由があったんですよ。アルツ・エナム先輩」
アルツ・エナム。魔法科高等部二年生の生徒だ。
魔法に関しては魔法科全体でみてもトップクラスの成績を誇る生徒で、言ってみれば魔法科版のエリマ・ヴェイフといったところだ。
「理由だあ? そもそも騎士科の生徒がここに出入りしてること自体がおかしいんだよ。魔法科は他の学科と違い閉鎖的な場所。普通は他の学科の生徒なんて入れたりしねえの」
「確かに」
「否定する要素がないですね。はは」
アルは苦笑する。笑って誤魔化そうとしている、といった感がある。
「アルツ先輩。私は騎士科中等部のトリア・サラーサ。貴方に頼みがあって、あえてここで作業していた」
「オレに頼みがあるからって、工房の一角を占拠する奴がどこにいる」
「こうすればこちらが顔を知らなくても、近づいてくると思った。貴方くらいじゃないと私達問題児に近づこうとしないだろうし」
「むっ」
言われてアルツは気付いたが、周りの魔法科の生徒はアル達を注視することはあれど、目線が合いそうになるとさっと目をそらす。
興味はあるが関わりたくないといったところか。
そんな様子を確認し、アルツは深いため息をついた。
「人見知りが多い、と言う事にしておこう。で、オレに何の用だ」
「実はプレスガンに使用する術式の作成について意見を窺いたいと」
「プレスガン? ああ、噂のヘクスイェーガー用新装備か。確か魔法科も絡んでたな。俺は手を出してなかったが」
「弾丸を打ち出す空気圧を現行の五割増しくらいにしたい。その術式を構築してほしい」
「……とりあえず、その術式を見せてみろ」
トリアはメモ書きをアルツに渡すと、アルツはその術式を読んでいく。そして一言。
「なんだこのふざけた術式は。誰が作った」
明らかに怒っていた。怒気がオーラになって感じ取れるほどに。
流石にそんな状態のアルツを見て、それは私です、などと名乗り出る度胸のある人間はいない。
「術式があまい。マナの伝導効率が悪い。オレなら五割は効率を上げられる。それにマナを魔法に返還する効率もだ。そして極めつけに、組んだ術式規模に対して出せる出力が低すぎる。無駄が多い証拠だ」
「ではお願いしても?」
「それは断る。オレはオレで自身の研究に忙しいんだ」
そういって受け取った術式のメモ書きをトリアに返し、背を向けて歩きだす。
が、そこでトリアが不敵な笑みを浮かべた。
「残念ですね。プレスガンの開発にはエリマ先輩にも協力してもらおうと思っていたのに」
「何?」
「そういえば、プレスガンの事まだ言ってなかったんだって? エリマ先輩、気にしてたぞ」
「術式のほうができてからと思ってたから、連絡してなかっただけ」
踏み出したはずの足が宙に浮き、そのままくるりと反転。アル達のほうに戻ってくる。
「その話、詳しく聞かせろ」
「いいですよ」
そう言いながらにっこりと笑うトリア。
普段滅多に笑わない彼女の笑みに、アディンとアルは不気味さすら感じていた。
その後、少しばかり新型プレスガン開発についての話をした後、トリアの説得もあり魔法科――というかアルツ個人の協力を取り付ける事に成功した。
とはいえ、工房からは追い出された。
当然と言えば当然だが、元々作業する場所はどこでもよく、アルツを誘い出すのが目的であった訳でそれさえ達成できればあとは格納庫のほうへいって作業を続けるだけだ。
「ところで、どうしてトリアさんはエリマ先輩の事を話題にだしたんですか?」
「えっ」
「アル、知らないのか?」
「何をです?」
キョトンとした顔で首をかしげるアルに、アディンとトリアは顔を見合わせた。
「アルツ先輩はな。エリマ先輩に気があるんだよ」
「学園では有名な話。知らないのはエリマ先輩だけだと思ってたけど……」
「えっ、ええっ!? じゃあまさか……」
「あんまりこの手は使いたくなかったけど、ああいうのを説得するには一番効果的」
エリマの名前を出せば、必然的にアルツは食いつく。
そしてアルツとしてはプレスガンの開発に関わればエリマに接近する機会の増える。
そうなればアルツとしては断る理由はあまりない。むしろ断ることでせっかくのチャンスが流れてしまう事のほうが惜しいだろう。
「人の名前をつかっての説得というのは本望ではないけど、結果オーライということで」
ぱん、とトリアが手を合わせ、この話を終わらせた。




