蒼炎を裂く2
空から降り注ぐ光の中に、アディンはいた。
質量を持ち始めた光はやがて巨人の姿をとりはじめ、手を差し出しアディンをその上に乗せる。
ゆっくりと胸の位置まで手をあげると、操縦席のハッチを開きその中へとアディンを導く。
「懐かしいな」
シートそのものにちゃんと座った事はない。
母がこの機体を操るその姿をシートの横で見ていただけだ。
その時の母は――ウーノ・アハットの姿は格好よかった。その姿が幼い頃のアディンの目には強烈に焼きついた。
あの日から、アディンの夢と目標は母になった。
母を越える。それは無謀な挑戦かもしれない。
だがしかし。確かに今、アディンはその目標に一歩近づいた。
アストライアのシートに腰を降し、操縦桿を握る。
瞬間、ヘスティオンの時とは違うものを感じた。
「エーテルコンバーター、限界まで出力を上げろ!」
アストライアのエーテルコンバーターにマナを送る。その必要とされるマナの量はヘスティオンの比ではない。
だが、アディンならばそれが可能だ。
そしてアストライアに搭載されたエーテルコンバーターは、ヘスティオンに搭載されたものとは仕様が異なる。
ヘスティオンのものは量産および大量配備を前提として誰でも使えるように調整されたもの。一方でアストライアのものは個人の能力によって無制限にその出力を上昇させる高コストかつ使用する人間を選ぶ特別製だ。
マナを送れば送るほど、アストライアのエーテルコンバーターは出力を上げ続け、それはそのまま機体の強さに直結する。
「神経疑似接続。エーテルリバウンダー、フルドライブ!」
左足を一歩踏み出し、大地を踏みこんで跳ぶ。その直後、最大出力でエーテルリバウンダーが起動しアストライアは弾丸のような速度で飛び出した。
景色があっという間に通り過ぎる。
ヘスティオンの時以上にスピードが出ているというのに、身体に痛みはない。
――これならば、いける。
ぐっと操縦桿を握りしめ、目の前に迫るシアニートに突っ込む。
一方でシアニートも突如現れたアストレアに気付き、迎撃しようと炎を吐き出す。
青い炎。それに触れた時、ヘスティオンならばあっという間に熔かされている。
それはヘスティオンよりも旧式であるアストライアも同様である。
だがしかし。アストライアとヘスティオンでは決定的に違う点がある。
「≪ウォーターウォール≫!」
右手を振って水の壁を張る。
その水の壁は青い炎に触れると当然のように蒸発する。が、蒸発した分が即座に補充され水の壁は破られることなく展開されている。
マナの供給量も安定しており、このままの威力が続くのであれば問題なく耐えきれるほどだ。
だが、そう事が上手く進む訳がない。
火力が増し、水の壁が蒸発する速度が速まる。
「ちっ」
流石に割に合わない。≪エアロスラスター≫を噴射させて離脱。大きく回り込みながら腰の剣を抜いてそれを逆手に持って再び突撃を仕掛ける。
完全に背後をとった。
シアニートも背後に回り込まれたと言う事に気付き、振り向いて迎撃しようとする。が、それよりも速くアストライアがシアニートの横を通り過ぎる。
直後、その胴から黒い液体が噴き出す。
それは瞬時にシアニートの体表から噴き出す炎に引火。一気に燃え上がる。その様は青い炎が噴水のように噴き出しているようにも見える。
「あれがあの使い魔の元か」
「アストライアの操縦者。お前は誰だ!」
オープンチャンネルでガドルからの通信が入ったが、それに応えている余裕はない。
アディンはアディンでいっぱいいっぱいだ。
実際にアストライアを動かしてみて解ったが、何をするにもパワーがありすぎる。その点ヘスティオンがどれだけ扱いやすく調整されていたか。
反応速度も良好すぎてヘスティオンとの落差で操作感覚がおかしくなる。
もう少しだけ、アストライアに慣れる時間が必要だ。
それとは別に解った事がある。
アストライアの剣は魔女の物理耐性を突破できるほどの切れ味だということだ。
これに関しては単純に剣を振り抜く勢いの問題でもあるのだろうが、それでもヘスティオンの時にはわずかな傷しかつけられなかったにも関わらずしっかりと深手を負わせることができている。
(そういえば、母さんもこの剣で魔女を一刀両断してたっけか。あれ? そういえばあの時の砲撃は魔法だよな……)
魔女は物理耐性が、使い魔には魔法耐性がある。にもかかわらず、ウーノが操縦した時は魔法攻撃で使い魔を消し済みにし、魔女を剣で叩き斬った。
効率が悪いようにも思えたが、すぐさま考えるのを止めた。今はその思考も無駄だ。
今必要なのは思考よりも反射。理性よりも直感。
一瞬の判断に割く時間すら惜しい。
シアニートに接近を仕掛ける度に、装甲が熔けて全身にが炙られるような痛みが走る。
だが、それでも攻撃を止めない。全身に激痛が走っていた先ほどに比べると何倍もマシだ。
スピードを上げて、炎にさらされる時間を極力少なくしていく。
それでいて、すれ違いざまの一撃は確実にシアニートに決して浅くはない傷を作る。
(行けるか? いや、駄目だ。浅い)
決して浅くはない傷。だがそれを作るたびに黒い液体が噴き出し、炎の量と勢いが増して攻撃できる場所が少なくなる。
何より、高温に何度も晒された装甲は少しずつダメージを重ねていっている。
とはいえ、だ。距離をとって魔法による射撃戦を仕掛けたところで、距離を詰めなければ確実な一手にはなり得ない。
特に高温の炎そのものをバリアのように使っている相手では、やはり遠距離攻撃の効果は薄いだろう。
「ああ、もう。まどろっこしい!!」
オープンチャンネルでその場にいる四機に通信をつなぐ。
「アル、トリア、ヴィール! とにかく魔法ぶっ放せ!! ガドル氏も!」
「お前、アディンか!?」
「アディンさん、無事だったんですね」
「アディン。魔法は?」
「なんでもいい。とにかく動きを封じてくれ。でかいのぶっ放さないとこの相手は倒せない」
「了解」
トリア機が≪ファイヤミサイル≫を放ったのを皮切りに、アル機とヴィール機もそれぞれ魔法を放つ。
それに遅れてガドルもシアニートめがけて≪フレアジャベリン≫を放つ。
するとシアニートが奇妙な行動をとった。
第十二班の放った魔法は避けずに自らの炎で弾き飛ばしたが、ガドルの放った≪フレアジャベリン≫は避けたのだ。
「アディン・アハット。どうした?」
引き続きガドルは≪フレアジャベリン≫を放つ。
やはり、他の攻撃は避けずに炎で防いでいるが≪フレアジャベリン≫だけは当たらないようにしている。
妙だ。
四機のヘクスイェーガーから放たれる魔法は、これまでの戦闘でシアニートに対し実際に使用した魔法ばかり。
その全てが大した効果のないものであった。
ひとえにそれはシアニートの纏う青い炎がバリアのような役目をしているからで、それさえ何とかすれば通常の魔法であっても十分に効果は得られる。
実際≪エアロスラスター≫でシアニートの炎を吹き飛ばした後に三機同時で放った魔法攻撃はシアニートを傷つけ、今現在に至るまでの暴走を起こす切っ掛けになった。
そしてその時に放たれた魔法の中にも≪フレアジャベリン≫があった。
その時は大して警戒した様子もなかったが、何故今になって≪フレアジャベリン≫だけを警戒して避けようとするのか。
他の魔法にはなく≪フレアジャベリン≫にのみある特性。
(命中後に爆発する? そういえばアルが火球を撃ち落とすのに≪フレアジャベリン≫を使ってたな)
爆風消化。それによって火球を相殺することに成功していた。
それと何か関係があるのか、とアディンは思考する。
ほんの数秒ほどの考察の後、それしかないと結論付けた。
「やってみるか」
機体のマナ残量を確認する。
十分過ぎるどころか過剰だ。このままではマナの過剰供給でマナバーストを起こして自爆する。
「≪フレアジャベリン≫、マルチセット! ランダムシュート」
無数に出現した炎の槍が次々と射出される。
当たらなくてもかまわない。とにかく過剰供給され続けるマナを消耗しないと、戦う以前の問題だ。
放たれた≪フレアジャベリン≫を回避しながら、シアニートは自身の炎を球体状にして連射する。
放たれた火球めがけて追加で≪フレアジャベリン≫を放ち爆風を以て消失させる。
さらに速度を上げる。
それを追う為にシアニートも加速し、アストライアを追いかける。
この時、アディンは気付いていなかった。
そのスピードは既に他者が入りこめる領域の者ではないと言う事に。
アストライアとシアニートの戦いは苛烈だった。
アル達第十二班の面々は勿論、正規の騎士であるガドルでさえも息をのみ傍観者になるほどだ。
「なんだよあのスピード」
ヴィールの言葉はその場にいる誰しもが思っていた事。
エーテルリバウンダーによって生成されたアンチエーテルがエーテルと反応することで発生した緑色の光が長く伸びた筋を引いていく。
本来はすぐに消えてしまうその光が長く伸びた筋を引く時点で、アストライアの出している速度はヘスティオンやラキシスの最高速度を遥かに上回っている。
描かれた軌跡を目で追っても、それに追いつかない。
時折発生する爆発も、どのようにして起きているのか全く見当がつかない。
「あれが、アストライアの性能……」
「違う。あれはアディン・アハットの才能だ」
「どういうことだよ、おっさん」
「アストライアのエーテルコンバーターはヘスティオンやラキシスに搭載されている物と仕様が違う」
「エーテルコンバーターの仕様が? 一体それは」
「エーテルコンバーターについての基礎知識はあるな。いや、あるだろうな」
空気中のエーテルを吸収。それをマナに変換し、ヘクスイェーガーをはじめとした大型の機械は勿論、過程で使うような小型の機械類などを稼動させる動力にする装置。
エーテルは空気中に無制限に存在する為、一度稼働すれば半永久的にマナを生成する一種の永久機関。
ただし、その起動にはそれ相応のマナが必要になる。人間がマナを送ることで、初めて起動する。
起動の際に必要とされるマナの量はエーテルコンバーターの出力規模によって差があるが、使用されるものによって規格は統一されている。
ただ欠点もあり、マナの量が起動の既定値に達していない場合一切動かない。うんともすんともだ。
「そのエーテルコンバーターだが、アストライアのものは量産機に搭載されているようなものとは要求されるマナの量がケタ違い。しかも起動の際に送り込める上限と言うものが存在しない。そしてその分生み出せるマナは膨大になる」
「は?」
「それはどういう……」
「つまり、だ。乗っている人間が大量のマナを生み出せる人間ならばその分出力が際限なく上昇するってことだ」
「だがそれは同時に欠点でもある」
「そうだ。トリア・サラーサ」
出力が際限なく上昇する。それはつまりその分機体に回せるマナの量が増え、機体の基礎性能もそれに伴って際限なく上昇していくということ。
だが同時にそれは機体の許容限界すら越えたマナ供給という結果にもなる。機体の許容量を超えたマナの供給。それはすなわち、マナバーストによる自爆の危険性が高まると言う事。
「って、待てよ。ということはあのアストライアは!」
「アディンさんの膨大なマナを受けて起動したからマナの過剰供給状態になってる、と……?」
「もしかするとアストライアのあの速度は、過剰供給されるマナを限界ぎりぎりの状態を保つために必要なのかもしれないな」
何度も起きる爆発を見ながら、ガドルは操縦桿を握りしめる。
それは騎士であるにも拘らず何もできない悔しさと、常識外れの出力で暴れ回る機体を操るアディンへの羨望が入り混じったものであった。
加速する。ただ加速する。思考と反射が加速する。
思考と反射のタイムラグすらなく、その二つがダイレクトに繋がりその時々にとるべき動きをアストライアは行う。
動きたい動きを機体がしてくれる感覚に、これまでにない高揚感を感じる。
後ろから追いかけてくる魔女シアニートに目をやると、既に火球を放つ準備ができていた。
即座に速度を少しだけ落とす。その瞬間、目の前をシアニートが通り過ぎる。
超高速の戦闘において、わずかなスピードダウンだけでその位置関係は入れ替わる。
シアニートの後に回り込んだアディンは≪フレアジャベリン≫を複数用意し、それをすべて同時に放った。
それに対応し、シアニートも火球を放ち、アディンの放った≪フレアジャベリン≫を迎撃。相殺させる。
本来はシアニートの放った火球のほうが高火力である。が、それを相殺できるのは≪フレアジャベリン≫が命中後に爆発するという特性を持つからに他ならない。
だがそれを理解できないシアニートにとって≪フレアジャベリン≫は脅威の存在だ。
自身に当たった際に決して浅くはないダメージを受けたそれは、自身の攻撃を無効化するものでもあるのだ。それを危険視しない訳がない。
だがそれだけ危険視していてもなおシアニートは気付いていなかった。
アストライアが≪フレアジャベリン≫を用意する間隔がだんだんと短くなっているということに。
背後から何度も放たれる≪フレアジャベリン≫。それを広範囲に放った炎を何重にも展開することで受け止め、アストライアの視界を遮る。
同時に、広がった炎はアストライアにとっては当たれば即死の障壁となる。
目隠しと足止めを同時に成立させる炎の壁。それにめがけてアストライアは速度を落とす事なく突っ込む。
炎の壁と接触する寸前に何重にも≪ウォーターウォール≫を展開。全身を水の壁で覆った状態で炎を抜ける。
アストライアと炎の壁が接触した瞬間、高熱によりアストライアが纏った水の壁が瞬時に蒸発。水蒸気爆発が起き炎の壁が一瞬にして消失した。
大量の水が一斉に蒸発したが為に起きた水蒸気爆発。その中心にいたにも関わらずアストライアの装甲には傷など殆どなく、爆発の中からなおも自身を追いかけてくるアストライアにシアニートは驚きの声をあげる。
声、といっても不快な音というべきか。人型をして口があるからか魔女の出す音は声と表現される事があるが、やはりこれは声というより騒音だ。
そんな騒音を聞きながら、アディンは決めてになる何かを考えていた。
できるだけ高火力で、万が一炎で防御されてもそれを貫けるだけのもの。
真っ先に浮かぶのは回避の難しい雷撃を生み出す事のできる水と風の複合魔法。だが確実にシアニートを倒せるだけの威力となると、必然的に広範囲になり仲間を巻き込みかねない。よって却下。
同様に広範囲でコントロールの難しい魔法はすべて選考対象外だ。
そこで思いだしたのが、かつて母が使い魔を一気に薙ぎ払ったあの閃光だ。
あれならばどうだ。射線は一直線。向きさえあわせれば確実に相手だけを攻撃することができる。
問題は、その魔法についてアディンは一切知識を持たない。
中等部に編入されてから魔法についての授業も受けた。が、その中で該当するような魔法はなかった。
しいて言うならばアディンも使った事のある≪フォトンスピアー≫に近いといった印象はあるが、本当にそれであっているのかまではわからない。
そもそも、術式を知らなければ魔法を発動させることは不可能だ。
だがそこで思いだした。
アディンが初めてアストライアを見たあの時、ウーノの呼び出したアストライアは無人のまま魔法を放っていた。
ただウーノの声に応えて動き、そしてあの閃光を放ったのだ。
もしかすると、という考えが頭を過る。だがどうする。
直接攻撃するのでは火球をぶつけられたり回避されたりでまともに当たらない。
相手の予測を上回る攻撃でなければ意味がない。
例えば、死角からの攻撃や予想外の角度からの攻撃。
逆手に握ったままの剣を見つめて考える。
「……よし」
考えがまとまった。すぐさま剣を順手に握り直すとそれをシアニートめがけて投げつける。
当然投げられた剣の速度はシアニートの移動速度に追いつけない。
だがそれでいい。
「行けぇ!!」
ここで≪フォトンスピアー≫を発射する。
ただしそれはシアニートを狙ったものではない。さっき投げた剣に向かって放たれたものだ。
放たれた閃光の矢は剣の刃に命中すると、それを貫くことなく反射。角度を変えてシアニートの右脚を貫いた。
『――――――!?!?!?』
完全に想定していない角度からの攻撃。かつその一撃で右脚は切断され、動きが鈍る。
その瞬間、アストライアは更に加速し落下し始めた剣を回収。シアニートの真下に入った。
たった一瞬できた隙。それを逃せば二度と攻撃するタイミングはないかもしれない。
ならば、今しかない。何よりこの角度ならば誰の被害も気にせずに高威力魔法を撃てる。
あの、閃光を。
「全部持ってけアストライア! あいつを、ぶち抜けええええええ!!」
アディンの叫びに、アストライアが応えた。
剣の切っ先を真上にいるシアニートに向けると同時に、剣を軸にアストライアが閃光を放つ。
空を裂くような光の柱が真っ直ぐとシアニートめがけて伸びていく。
回避不能だと判断したシアニートは炎を纏い防御態勢を取る。
アストライアの放った閃光が何重にも展開された炎の障壁にぶち当たる。
『――――――!!』
「ぐぅぅ」
マナが急激に消費されていく。
先ほどまでの過剰供給が嘘のように、エーテルコンバーターからのマナ供給がまるで間に合っていない。
このままではマナ切れでアディンのほうが不利になるどころか、確実に死ぬ。
「ならば!」
閃光の攻撃範囲を一気に絞った。
一点だけを集中して攻撃された障壁はついに閃光に穿たれ、シアニートの身体を閃光が貫通した。
『!?!?!?!?!?』
声にならない叫び。
あり得ない、という驚愕の声。
だが、閃光は間違いなくその身を貫いている。
「これで落ちろよッ!」
軸にしている剣を振り抜く。
それに伴い閃光はまるで光の剣のようにシアニートの身体を真っ二つに切り裂いた。
声もなく、シアニートの身体は粒子となって消えてゆく。
その光景はどこか幻想的にも思えた。




