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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
第一章 学園編
13/315

蒼炎を裂く1

 クエルチア騎士学園の実機訓練が、魔女との遭遇戦となっているのと同時刻。

 ウィスタリア城にある玉座の間には国王であるレヴァンダが一人の女性と向かい合っていた。

 その女性はにこにことした笑みを浮かべるが、国王の前にいるというのに跪いて頭を下げる事など一切せず、それどころか柔軟体操を始めた。かと思えばわざとらしい欠伸で退屈さをアピールしはじめる。

 普通ならば周囲にいる大臣が声を荒げるようなことである。

 だがその肝心の大臣たちは皆、その女性に怯えているように見える。というか、実際怯えている。

「おい、貴様等……」

 流石にレヴァンダがその様子を見て額に指を当てながらため息をつく。

 国の政を担う人間が、一国民の女性を前にすると借りてきた猫のような状態になるというのはなんとも情けない。

「し、しかし陛下! 彼女はあの!」

「心得ておる。ウーノ・ミデン。我が国最高の騎士と言われた女だ」

 流石にウィスタリア王国最大の問題児でもあるとは、本人の前では言わなかった。

「いや、今は姓が違うのだったな。確か――」

「ウーノ・アハット。田舎の小島に住むごく普通の専業主婦ですよ。陛下」

 なんとも軽い口調。仮にも一国の王に対する態度ではない。

「それで、陛下はその専業主婦をわざわざ呼び出して何の用です?」

「お前の息子について、だ」

「……」

 ウーノの目つきが変わった。

 良く言っても睨んでいるような目。悪く言うと人殺しの目だ。

 まるで、事と次第によってはこの場で全員殺す、と脅しているかのようだった。

 そんなウーノの雰囲気の変化を感じ取った大臣の一人が短い悲鳴をあげて腰を抜かしてへたり込んだ。

「私はお前が現役時代に行った所業の全てを知らぬが、大臣どもがうるさくてな。学園への編入から今まで監視を付けておいた。まあ、最初から気付かれてはいたようだが」

「ま、当然でしょうね。視線には敏感になるよう仕込んだし」

「その結論から言えば、お前の息子は極めて優秀な騎士候補であると私は判断した」

「なっ!?」

「正気ですか陛下!!」

 大臣たちは一斉に声をあげる。

 彼等の受けた報告を総括すると、ウーノの息子――アディン・アハットは超のつく問題児だ。

 特に、学園施設への破損行為が目立ち、トリア・サラーサとヴィール・アルバアという協力者を得てその暴走は加速。

 素の能力が他の生徒を大きく上回っているだけでなく、多くの部分で教師すらも凌駕してしまっているアディンを止める事の出来る者など学園には存在せず自由勝手に暴れている。

 レヴァンダと大臣たちはアディンについてそういう報告を受けていた。

 実際のところ、自由勝手に暴れているというのは誤解があり、サギールに売り付けられた喧嘩を高値で買い取った結果なのだが。

 とはいえ、だ。そんなアディン本人の事情など知ったことではない大臣達は、自分たちと共通の報告を受けているにも関わらずどうしてそのような判断になるのか全く理解できず、自分たちの仕える王の頭の異常を本気で疑いはじめていた。

「外野は黙っていろ。話が進まぬ」

「しかし……むぅ」

 納得はできないといった風だったが、国王の言葉に従い大臣たちは口を閉ざす。

「学園のほうからはさまざまな被害報告があがってきているが……まあ、この程度どうということはない」

 ――いやいや。問題です陛下。

 大臣たちは黙っていろと言われた手前、口には出せないが皆が皆同じ感想を抱いていた。

「私が重要視したのは、どうやって破壊したかということだ」

「まあ、十中八九魔法によるものだと思いますがね」

「だとしても、だ。訓練場が使用不可能になるほどの損害を出すとなれば、もはや学生レベルとは言えぬ。今すぐにでも正規の騎士に採用したいくらいだ」

「お褒めに与り光栄です、陛下」

「そこでだ。お前の息子には中等部卒業後、特別措置として三学年の飛び級。高等部修了とみなし即座に卒業。本人の希望次第だが、そのまま騎士になってもらおうと私は考えている」

「速過ぎやしませんかね」

「何を言う。本音を言えば今すぐにでも騎士になってもらいたいのだがね」

 国王の言葉に大臣たちがざわつく。

 一方でレヴァンダとウーノは互いに笑みを浮かべている。

 まるで旧友と語り合っているかのように。

 レヴァンダの表情は大臣たちも見たことがない。

 何とも楽しそうで、そして愉快だと吊りあがった口元が物語っている。

「優遇、と言うわけではない。能力に見合った評価だと思うが」

「それはどうも。でもそれだけで一般人になった私をわざわざ城に招いたわけじゃないんでしょう」

「ああ。無論だとも。お前を呼び出したのには理由が二つある。一つはお前を見た大臣たちがどのような反応をするか見たかった」

 人が悪いにも程がある。だがレヴァンダの表情から見るに冗談ではなく本気で言っているからタチが悪い。

「それはいい趣味だことで。で、もう一つの理由は?」

「お前にクエルチア騎士学園専属のヘクスイェーガーの実技教官を頼みたい」

「ちょ、え、陛下!?」

「このような者を雇うというのですか!?」

「この女は規則などに縛られぬ傍若無人そのもの。そんな女を学園の教官になど、あり得ませぬ!」

 黙っていた大臣たちも、レヴァンダの言葉に異を唱える。

 それもそうだ。彼等はウーノがどのような人間か良く知っている。だからこその反発だ。

「それならば国王なんだから命令すればいいじゃないですか。教官になれ、って」

「そうだな。それもよかろう。だがそれではお前は納得しないだろう。そのために私がこうして直に顔を合わせて『頼んでいる』のだ」

「!?」

 大臣たちが言いかけた反論の言葉を飲み、ざわつき始めた。

 国王自らが目下の者に頼みごとなど前代未聞。それだけでも驚愕に値するが、頼んでいる相手が元王国最強騎士かつ王国史上最大の問題児であったウーノであるというのも大臣たちにとっては信じがたい、信じたくない光景であった。

 国王からの頼みごと。普通ならばこれを断れる人間はいない。

 勿論ウーノの返事は――

「ヤだ。面倒臭い」

「おいいいいいいい!?」

 大臣が一斉に叫んだ。全身全霊のツッコミだった。

「ククク、ハハハハハハ!! そうか。そうだろうな。クハハハ」

 一方でレヴァンダはウーノの返答を聞いて楽しげに笑った。

「そうでなくては面白くない。いい、実にいい!」

「へ、陛下?」

「私はな、私の意思に迎合するだけの人間は不要だと思っている。このような人間がいるというのがたまらなく愉快だ」

「それはどうも。恐悦至極でございます」

 わざとらしい言い方でウーノは頭を下げる。

「よい。ウーノ・アハット。この話はご破算だ。ならばせめて、お前が息子に仕込んだ訓練メニューとやらを教えてはくれぬか」

「あー。別にそれには構いませんが、実施したからといってウチの息子ほどになるとも限りませんよ。それ以前に投げだす可能性のほうが高いかと」

「それほどのものか。なおのこと興味が湧いた。今後学園の――いや、正規の騎士の訓練メニューに取り入れたい」

「はあ。まあ、そのくらいなら構いませんがね」

「よし。話はまとまったな。後日、使者を送る。その際に訓練メニューを用意しておいてくれ」

「了解しました。国王サマ」

 ウーノはレヴァンダに一礼した後、背を向けて歩きだした。

 一歩、二歩、三歩。そして四歩目が地に付いた時、玉座の間の扉が勢いよく開かれた。

「何をしている! ここが玉座の間であると知っての事か!」

「し、失礼しました! ですが、緊急の報告につきご容赦を!」

 慌てて入ってきた士官は一呼吸ごとに肩を上下させ、時折むせる。よほど急いでいたと見える。

「無礼は許す。して、報告とは何か」

「はっ。先ほど零番格納庫にて大規模なマナの放出を確認。アストライア一号機が消失しました!」

「何?」

 十年ほど前にも似たような事はあった。

 使われなくなったアストライアを保管してあった格納庫から突如アストライアが消失。結果としてそれは警戒網を抜けて攻め込んできた魔女の迎撃に使用されたのだが、それを知らない王都民は国王含めてパニックに陥った。

 が、その時アストライアを勝手に持ち出した犯人は今目の前におり、涼しい顔をしている。

「ウーノ・アハット。お前、まさか……」

 アストライア一号機。それはかつてウーノが愛機としていた機体。

 かつアストライア一号機は転送術式はウーノしか扱えないはずであった。

「書き換えたのか、承認の対象を!」

「いや、だとしてもおかしい。あれには鍵がなければ……」

 鍵と召喚呪文。この二つがそろって初めてヘクスイェーガーの転送術式は起動する。

 この場合の鍵とは機体に登録された搭乗者が持つマナの波長である。

 機体に登録されていない波長の持ち主が召喚呪文を詠唱したところで、ヘクスイェーガーは召喚されない。

 では、アストライア一号機は、十数年前にウーノが呼び出した機体はどうして格納庫から突如消失したのか。

「ウーノ・アハット。お前は――」

 ――何をしたんだ。

 そう訊ねようとレヴァンダがウーノのほうに視線をやると、彼女の顔色が明らかにおかしかった。

 右親指の爪を齧りながら、ぶつぶつと何かを呟いている。

 先ほどまでの彼女からは想像できないほどの慌てよう。国王相手にも物怖じせずに対等の立場として向き合った女が、である。

「どうした、ウーノ・アハット」

「そこのお前!」

「はっ、はい!」

「アストライアの転移した先わかる!?」

 報告にきた士官の両肩を掴んでウーノは問い詰める。

「いえ、自分はただ格納庫から消失したとしか」

「くそっ。拙い拙い拙い拙い」

「ウーノ・アハット。何があった」

「アディンでもアストライアを呼べるようにはしてあった。けれどそれはあくまでも保険。最後の手段として用意しただけ。あの子がアストライアを呼び出したと言う事は……」

 ウーノがそこまで言ったところでレヴァンダも気付く。

「学園中等部騎士科の現時刻の学科は何だ!」

 どうやってアストライアの転移術式が起動したか。それは今やどうでもよかった。

 今重要なのは、どうしてアストライアの転移術式が起動させられたのか、である。

 レヴァンダは一番近くにいた補佐官に向かって叫ぶ。

 もはや恫喝に近い勢いで、補佐官は一瞬竦む。だがすぐさま持ち直し、補佐官はレヴァンダの問いに答えるべく手元にある資料の束に目を通しはじめる。

 そしてすぐ答えは出た。

「現在、中等部騎士科は多くの生徒が学園の敷地内でエーテルリバウンダーの制御訓練。一部の生徒はヘクスイェーガーの実機を使用しビルケ島までの飛行訓練中であると思われます。授業の開始時刻から計算しますと、そろそろ目的地に到着している頃かと」

「そこの士官。すぐさまビルケ島に最も近い拠点から大隊規模の戦力を出せ! 数が足りなければ近い順に呼びつけろ!!」

「し、しかし!」

「勅令である。急げ!!」

 報告にきただけの士官は訳の分からないまま、最低限の礼儀として敬礼をすると来た道を走って戻って行った。

「陛下。いったいどうなされました?」

「解らぬのか。格納庫からアストライアが消失したという事の意味が」

「それは転移術式が起動したからで……」

「では、何故起動させる必要があったか。それを考えろ」

(アディン……)

 ウーノはただ、何もできないこの歯がゆさを爪を噛むことで紛らわせる事しかできずにいた。



 アディンが落とされた。シアニートの攻撃をモロに受け、吹っ飛ばされてしまった。

 振われた魔女の腕はアディン機の左腕関節を砕き、その勢いのまま胴体にも当たった。それをアル達はしっかりと目撃していた。

「あの音。やばいぞ。下手をすれば……」

「ヴィール。今は集中して」

「トリア嬢……いや、すまん」

 誰もが想像したくない結果。最悪の結果を想像してしまったが故に、アル達三人が受けたショックは大きい。

 だが目の前の脅威を、傷を負い怒りのまま暴走を始めたシアニートを無視することは出来ない。

 動揺を隠せぬまま、先ほどまでとは全く異なった動きを見せる魔女との戦いに挑まざるを得なくなった。

「トリアさん、牽制を。ヴィールさんは攻撃を続行。ただし、危険だと思ったらすぐさま後退」

 トリア機がプレスガンを構えた。

 だがその瞬間、細長い炎が伸びてプレスガンの銃身を切断した。

 トリア機は咄嗟に後退し、炎の直撃は免れたがかすっただけの胸部装甲が融解していた。

「っ」

 胸を炙られた痛みに顔をゆがませながら残されたグリップ部分だけを見つめ、それをシアニートめがけて投げつける。

 プレスガンのデータ収集のために壊さずに持ち帰るつもりではあったが、こうなってはもはや目くらまし代りに投げつけるくらいしか役に立たない。

 シアニートに投げつけられたプレスガンのグリップは、直撃する前に燃え尽きる。

「空中で燃えた? ていうかプレスガンはそんなに簡単に燃える素材でできてねえよな」

「ヘクスイェーガーの武器なんだからそれはもう、ちゃんとした素材を使ってるはずですけど」

「試作品だから安価だけど金属製だとは言っておく」

 つまりは、シアニートの周囲はあっという間に金属すら融解する高温になっているということ。

 迂闊に近づけばそれだけでダメージを負うことになる。厄介極まりない。

『――――――!!』

 魔女の絶叫が鼓膜を揺らす。不快そのものを音にしたかのような声に顔をしかめつつ、距離を取ろうと後に下がる。

 が、そこへすかさずシアニートは接近して腕を大きく振り回す。

 狙われたのはアルだ。

 すかさずガドルがアル機にワイヤーをくくりつけて引っ張りよせる。

 直撃こそ避けた。だがアル機の右手がシアニートの腕に触れ一瞬にして融解した。

「あああああああッ!」

「落ち付け、アル・イスナイン。それは幻肢痛だ。お前の手は無事だ!!」

 言うなれば、手首を斬り落とされるのと同時にその傷口を焼かれたような痛み。

 無論自分の右手がなくなったわけではないが、経験したことのない痛みにアルは取り乱し、泣き叫ぶ。

「イスナイン嬢、下がれ!」

 ヴィールが≪ウォーターウォール≫を展開し、シアニートの放つ火炎を受け止める。

 だが相手の火力が強すぎる。

 ≪ウォーターウォール≫がみるみる蒸発し、その都度マナを送って穴を補強してやるが追いつかない。

「マナが……!」

 供給よりも消費が圧倒的に速い。

「ヴィール、ちょっと我慢してて」

 トリア機が魔法を放つ体勢に入る。

「≪レイザーサイクロン≫」

 キャストブレードはガドルに渡してしまっているため、魔法はトリア機の周りから放たれる。

 射線上のありとあらゆるものを切り刻む暴風がシアニートに向かって進む。

 だが、その暴風はシアニートの火炎の前に揺らぎ魔女の身体を刻むことはなく消失した。

「駄目か。どうやったらあれを倒せるん……だ?」

 ヴィールが突然周囲を見渡しはじめる。

 戦闘中であるにも関わらず、目の前の敵以外に注意を持っていかれているのは危険だ。

「ヴィール、何をしている!」

「音が、聞こえる」

「何?」

「綺麗な音だ。心が安らぐ」

 そんな事を言っている場合ではない。

「あっ」

 だがヴィールに続き、トリアの様子もおかしくなった。

 ヴィールと決定的に違うのはトリアはただ一か所を見つめていることだ。

「トリア嬢、あそこなのか?」

「あの場所だけ、エーテルの流れが変。なんていうか、濃い」

 トリア機が指さしたのは、先ほどアディン機が突っ込んだ小島。

 小島の様子は何も変わらない。そう誰もが思った直後に、異変が起きた。

 空が光り、光の粒子が小島に降り注ぐ。

 その光はゆっくりと巨大な人型になり、しっかりと二つの脚で大地を踏みしめる。

「まさか……」

 ガドルはその光景を知っていた。

 見たことはないが、知識としてその現象を知っていた。

 膨大なマナを消費して行われるヘクスイェーガーの空間跳躍。

 これが可能とされる存在は、膨大なマナを生成可能なとあるヘクスイェーガーのみ。

「来るのか、あれが。いや、だがしかし!」

 あり得ない。

 それを呼び出せる人間などこの国には片手で数えられる程度しかいない。

 それも、実際にその機体を操っていた人間しかあり得ない。

「来る……! あれが、アストライア」

 現れるはずのない機体の出現。それに反応したのは当然、彼等だけではない。

 魔女シアニートもまた、その存在を感じ取り威嚇するようにその口から炎を漏らした。

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