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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
プロローグ
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プロローグ

 惑星エアリア。浮遊する石、エアリウム鉱石によって構成された大地の上に人々が生活する惑星。

 浮遊大地ごとに様々な国家が乱立し、それぞれが独自の発展を遂げてきたこの惑星において特筆すべき事がいくつかある。

 まずは、惑星には空以外に大地が存在しない。より正確に言うのであればほぼ存在しない。少なくとも人類全てが生存して行けるだけの大地が存在していない。

 見渡す限りの海。それはかつて探索を行った数多の国家の報告によって確認されている。

 次にエアリアの大気中には五つの元素が存在している。ここでいう元素とは酸素や水素といったものではなく、火・水・風・土の四つの元素に第五元素エーテルを加えた物の事である。

 特に第五元素エーテルは非常に有用な元素であり、エアリアの人間はこれを体内に取り込んでマナに変換する事ができる。

 このマナは便利なエネルギーとして様々な機器の稼働に使われ、エアリアの文明を加速度的に発展させた。

 そしてもうひとつ――


 少年はいつも空を見ていた。

 ただ意味もなく見ていた。少年の住んでいる場所がウィスタリア王国の端のほう――ようは田舎で娯楽に乏しいく、暇つぶしと言えばそれくらいしかやることがなかったのも事実。

 けれど、だからといってそれだけでほぼ毎日何時間も空を見続けることが普通の少年にできるだろうか。

 出来るとしたら、それはただ空が好きだったのかもしれない。あるいは本当に意味はなく、少年本人も何となくやることもないから茫然と見ていただけなのかもしれない。

 あえて言葉にするのならば空に対する憧れがあったとしか言い表せない。そんな曖昧な感情だ。

 空を舞う鳥を見ていた。流れる雲を見ていた。

 そういったモノをいつも家の近くの丘から眺めていた。

 そこは少年の行動範囲の中では最も高く、見晴らしがいい場所。少年にとっては知らない世界を、未だ届かない世界に最も近づける特別な場所だ。

 勿論、悪天候の日は別。雨が降れば丘へ向かう道がぬかるんで服が汚れる。雪が降ればただ単純に寒い。

 空を見るならば家の窓からでも十分だった。

 それでも少年は、晴れた日には丘へ出かけて空を見る。

 何か変わったことでも起きないか、などと年相応の夢想を抱いてもみたけれど空を見始めてから今まで、そんな変わったことは起きていない。

 何も変わらない日常と光景に少年はがっかりした。けれど同時にそういうものなんだと納得もしていた。

「アディン。そろそろ帰りましょう」

 母に促され、少年――アディン・アハットは視線を下げる。

 天気がいいからと、母ウーノと共にピクニックに来ていても食事中以外はずっと空を見つめていた。

「アディンは本当に空が好きね」

「うん。いつかぼく、おそらのむこうにいきたい」

 空の向こうには何があるのだろう。そんな少年の好奇心をウーノは微笑ましく思えた。

「そうね。でもまずは、お空の向こうに何があるのか。それを勉強しないとね」

「べんきょう……」

 勉強と聞いてアディンのテンションがみるみる下がって行く。

 周囲の子供と比べて大人しく、達観したように見えるアディンもこういうところは判り易く子供だった。

 興味はあるけれど勉強となるとやる気が出ない。でも勉強しないと空の先に何があるかを知れない。そんなジレンマにしばらく悩んだ後、アディンはまた空を見だした。

「べんきょうしなくても、いつかはおそらのむこうにいけます」

「でも勉強をしないとお空の向こうに行ってもいじめられるかもしれないわよ」

「うーん。それはこまる」

「ならお勉強はしましょうね」

「うん。ほどほどに」

 やる気が微塵も感じられない答えだった。

 だが、そんなアディンが突如目を輝かせて空を指差す。

「おかあさん。あれなに?」

「あれ?」

 アディンが指さした先へ視線を向ける。ウーノの目には何も見えなかった。

 だが目を凝らして見ると、確かに何かがある。遠くてよくは見えないが細かく左右に揺れながらゆっくりと近づいてきているように見える。

 ウーノはその動き方をする何かに心当たりがあった。即座に自分の記憶の中で最も合致する存在を見つけ出し、そして戦慄した。

「アディン。帰るわよ」

「おかあさん?」

「魔女が来たのよ。ここにいると危ないわ」

 アディンはよくわからないといった表情をしながらも、母親の表情を見て何かを察したのか大人しくウーノに手を引かれて歩きだす。

 何度か振り返ると、ウーノが魔女と呼んだ何かが近づいてきている。

 ゆらゆらと揺れながら。ゆっくりとした速度で。無数の異形の獣を携えて。

 幼いアディンにもそれが良くないものであると感じられた。

 魔女と呼ばれるだけあって、それは人型。それも女性型をしている。何故そんな形をしているのかはアディンは勿論ウーノも、この世界の誰も知らない。

 それが何なのか。どうしてそんなものがこの世界に存在するのか。ただ確かな事は一つ。それは、人を襲う人類不倶戴天の敵であると言う事。

 故にウーノは焦っていた。

(こんな田舎に魔女が現れるなんて……!)

 田舎であるが故に、魔女に対抗するだけの戦力は常駐していない。そもそも、この周辺に魔女が現れた事などウーノが覚えている限り一度もない。

 早く逃げなければ。そう思うと、自然と手に力が入る。少しばかり息子に痛がられようとも、この手を離す訳にはいかない。

 魔女とと、魔女が引きつれた異形――使い魔達が突如としてスピードを上げた。

 まるで何かに狙いを定めたかのように。

 何に狙いを付けたのか。

 魔女が狙うのは人間。そしてこの一帯で最も開けて見晴らしがいい場所は、今ウーノ達がいる場所。この二つから自ずと答えは出てくる。

「おかあさん、くるよ」

「……ッ!」

 嫌な予感や推測というのはよく当たる。

 魔女とその使い魔はまっすぐ丘の上にいる自分たちを狙ってきていた。

 まずこういう時。魔女は自分より先に使い魔をけしかける。

 この使い魔。数が非常に多い。それこそたった二人の人間を仕留める為には過剰なくらい。

 文字通り視界を黒く塗りつぶすほどの数の使い魔。

 このままではウーノは勿論幼いアディンも殺される。

 それだけは避けなければ。

 ウーノの思考は即座に決断した。

 どんな事をしてでも息子を守る、と。

(だから、また私は!)

 ウーノは走るのを止めた。突然の行動にアディンは驚き、すぐさま母の顔を見た。

 そこに居たのは、母の顔を持った誰か。今まで見たことのない母の顔を少しだけ怖く思った。

「来たれ天秤の担い手――」

 ウーノがそう告げる。誰に聞かせる訳でもない、まるで何もないどこかへ語りかけるかのように。優しく、そして強く願うように。

「汝、正しき怒りと破壊の権化。天秤の裁きを以て邪悪を討ち払え!」

 ウーノが空に向かって叫ぶ。

 その刹那に空が歪んで光の粒子がウーノの目の前に降り注ぎ、それが巨大な人型になって行く。

 使い魔たちは突然目の前に現れたそれに怯んだ様子もなく、速度も変わらずに突っ込んでくる。

 だがしかし。それは愚行であった。

 光の粒子が生み出した人型は腰に携えた剣を抜き、それを地面と水平にした後切っ先を突っ込んでくる使い魔に向けた。

「撃て、アストライア!」

 ウーノの声に応え、光の巨人が吼えながら剣から閃光を放った。

 その閃光は真っ直ぐ突っ込んでくる使い魔の群れを穿ち、瞬時に蒸発させる。巨人は閃光を放ったまま剣を横へ薙いで次々と使い魔をその閃光で薙ぎ払っていく。

 最小限の動きで、視界を埋め尽くすほどであった使い魔が一掃される。

 勿論全てを薙ぎ払った訳ではない。あの閃光を避け、なおも接近する使い魔もいる。

 光の巨人の輪郭がはっきりしてくると、それが全身を装甲で纏った人型の人造物であると言う事がわかる。

 その機械の巨人は跪くと手をウーノのほうへと差し出してくる。

「行きましょう、アディン」

「おかあさん。これなに?」

「この子の名前はアストライア。魔女と戦う為に人間が作ったヘクスイェーガーよ」

 ヘクスイェーガー。機械の巨人。魔女と戦える存在。

 アディンはその存在に興奮した。

「すごい、おかあさん。なんでしってるの!」

「それはね、お母さんがこの子専属の騎士だったからよ」

 騎士。それはヘクスイェーガーの操縦士に与えられる称号にして、王族に次ぐ身分である証明。

 自分の母がそんな身分の人間であるなどと思いもしなかったアディンは今が緊迫した状況であると感じながらも呆けてしまう。

 ウーノとアディンがアストライアと呼ばれたヘクスイェーガーの手の平に乗ると、アストライアはその手を胸のあたりまで上げ、ハッチを開く。

 操縦席があらわになるも、そこには誰もいない。

「いい子ね。アストライア。ほら、アディン。しっかり捕まってて。少しだけ、暴れるから」

 アディンの返事を待たず、ウーノは操縦席に座ると身体をベルトで固定し、操縦桿を握る。

「神経、疑似接続。エーテルコンバーター出力安定。全身へのマナ供給開始」

 ハッチを閉めると、一瞬だけ操縦席が暗黒に包まれる。だが一秒もしないうちさきほどまでアディン達が見ていたものよりもはるかに高い視点の風景が操縦席に映し出される。

 そしてゆっくりとだが、視線が高くなっていく。

 どうしてそうなっているのか、それは幼いアディンにも何となく理解できた。アストライアは、浮いているのだ。

「エーテルリバウンダー起動。フルドライブ!」

 瞬間。アディンの身体は後に吹っ飛んだ。

 だからしっかり捕まっているようにと母は言ったのだと、後頭部を何かにぶつけてから理解する。

 痛みをこらえて前を見ると、みるみる魔女との距離が近づいていくではないか。

 思わず叫びそうになる。けれど、母のそばに居るというだけで妙な安心感があった。何よりも母の真剣ではあるが落ち着いた表情を見ると自然と自分も落ち着く事が出来た。

 アストライアは弧を描くような軌道で残った使い魔を剣で蹴散らしながら、魔女との距離を詰めていく。

「おかあさん」

「大丈夫。外に居るよりは安全だから」

 その刹那、突然視界に使い魔の姿が飛び込んでくる。完全に死角からの出現で反応が遅れた。

「っ! んなくそぉっ」

 そのまま突っ込んでは正面衝突する。だが、即座にエーテルリバウンダーを停止させ腕を大きく振った反作用を利用して機体を旋回。半身がそれたあたりで再びエーテルリバウンダーを起動させて加速。当初の軌道とは異なった軌道で使い魔の突進を回避すると同時にすれ違いざまに剣で両断する。

「邪魔は入ったが……」

 大回りにはなったが、アストライアは本来ウーノが想定した軌道へと復帰。

 さらにエーテルリバウンダーの出力を上げつつアストライアの腕を動かし、魔女へ急接近。自身の間合いに入るなり斬りかかった。

『――――――!!』

 魔女もそれを明確な敵対行動と認識したのか、はたまた使い魔をほとんど葬られた事が腹に据えかねていたのか、絶叫を以て空中に障壁を展開。それで剣を受け止めた。

 が、受け止められたのはほんの一瞬。次の瞬間には障壁ごと魔女の身体は斬り裂かれていた。

 たった一瞬の出来事でアディンには何が起きたのかよく解らなかった。

 けれど。幼いアディンの目には、いつもと違う気高く凛々しい母の姿がしっかりと焼き付いていた。

 この惑星エアリアには特筆すべき事がいくつかある。

 ひとつ。この惑星の大地は空にしかない。

 ふたつ。この惑星の大気には火・水・風・土の四大元素と、第五元素エーテルが存在。人間はエーテルをマナに変換することができる。

 そして最後に。この惑星には人類不倶戴天の敵である魔女と使い魔が存在し、それに対抗する為の武器としてマナで動く人型兵器ヘクスイェーガーが存在している。


 アディンが母のウーノと共に魔女と遭遇してからしばらくしてからの事。

 ウーノは自分の耳を疑った。

「勉強を教えてほしい?」

 勉強嫌いのアディンの口からそんな言葉が出たものだから、思わず洗っている最中の皿を床に落としてしまった。

 幸い木皿だったので割れはしなかったが、ウーノの左足親指を直撃していた。涙が浮かぶくらいの痛みはあったが、それを堪える。

「うん。ぼく、おかあさんみたいなきしになりたい」

「騎士って……大変よ? だって、身体は鍛えないといけないし魔法だっていろいろ覚えないといけないし」

「がんばる」

 アディンの目はいつになく真剣で、鼻息も荒い。完全にやる気だ。

「はあ。騎士になるって言っても試験もあるし本当に大変なのよ?」

「がんばる」

 以後、がんばるの一点張り。流石にこれにはウーノも折れた。

 今回のアディンは折れそうにない。きっとこのまま駄目な理由を挙げていったとしても無駄に時間がかかるだけ。

 絶対にあきらめない。そんな意思が幼い瞳に映っている。

「それじゃあ訓練のメニューを考えないといけない、か。それに、いい教材(アストライア)もあることだし」

 ウーノは既に説得を諦めてアディンの希望に沿った方向で考えをまとめ始めていた。

 あえて厳しめの内容にしてそれで諦めるならばと思っていたウーノであるが、この後アディンはしっかりと訓練メニューをこなして目的へと突き進んでいくのだった。

 そしてアディンは知らなかった。

 自分の母親が、かつてウィスタリア王国最強の女騎士であり王国史上最大の問題児ともと呼ばれた存在であると言う事を。

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