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風見鶏

作者: 昼夜

「ねえ、風ってさ。一体どこに向かって吹いてるのかな」


黄昏ゆく街の片隅で、制服姿の君は背中まで伸びた長い髪を風になびかせた。シャンプーのフローラルな香りが辺りを包み、僕はその香りに夢中になった。


君の髪はいつも風向きを教えてくれた。僕が道に迷った時や悲しみに暮れたとき、君の髪が風になびくのを眺めると自分がどうあるべきか再確認できた。


「風は冷たいところから吹いてきて、暖かいところにいくらしいよ。ヤフー知恵袋に書いてある」


僕が携帯片手にそう言うと君は呆れたように笑った。


「もう。ロマンがないなあ」

「一度気になっちゃうと調べちゃうんだよ」

「あんまりネットに頼ってたら、いざという時に想像力が働かないかもよ? たまには哲学しないと」


君についての哲学なら今もしてるよ。なんてことは言えるわけもなく、僕はただ頭をかいていることしか出来なかった。君の本心についての回答はヤフー知恵袋に落ちていないだろうか。


「私ね、いつも考え事をしてるの」

「なに? 悩みがあるなら相談に乗るよ」

「ありがとう......でも、君には相談しにくいことなんだ」


そういうと君は赤いマフラーに顔を埋めた。

僕には相談しにくいこと。それなら、他の誰かには相談できるのだろうか。僕では務まらない難解な君の相談相手を想像して、少し不安になった。


「風の行方。知りたいなあ」


儚げな君の白い横顔を見つめながら、僕は必死に考えた。気難しい君が喜びそうな答えを。でも、何も思いつかない。こんなとき、せめて気のきいた洒落の一つでも言えたらいいのに。


僕は自分の凡庸さにため息をついた。

君はそんな僕には脇目も振らず、遠い空を見つめていた。



結局、あの空の下に何があるのかすら、僕は君に教えてあげられなかった。



それから数年がたった。


僕はひとり、昔よく君と歩いた遊歩道を歩いていた。

あのとき、風の行方について話し合った二人はもういない。


大人になった今でもたまに風の行方を考える。

そして、一つの答えに辿り着いた。

あの時の君の問いかけに、僕は今ならこう答えるだろう。



風に行き先なんてない。人の行く先がわからないように、風だってどこに行くかわからず、この空をあるがままに漂ってるだけなんだ。


僕たちと同じだよ。



あの頃の君の欲しかった答えとは違うかもしれないけど、僕が僕なりに人生に苦悩して行きついた答えはこんな感じだ。


できればもう一度、過去に戻って君に伝えたい。

そうすれば、ずっと遠い場所を指をくわえながら眺めていた君も、僕のことを少しは気にしてくれたかもしれないから。


僕はひとり電子タバコを燻らせながら、そんなことを思っていた。



そのとき、ちょうど後ろから懐かしい声が聞こえた。

恐る恐る振り返ってみるとやっぱり君がいた。



君は恋人と寄り添って歩いていた。

僕は気付かない振りをして、でも頭の中では君のことばかり考えながら少し歩くスピードを落とした。全力で後方に向かって耳を澄ましてみる。


すると、こんな会話が聞こえてきた。


「ねえ。風ってどこに向かって吹いてるのかな?」

「知らないなあ。気圧とかが関係ありそうだけど」

「私はこう思うんだ。きっとねーー」



ーー行き先なんてないんだよ。



僕は思わず立ち止まった。

君は僕に気付かず、僕の真横を恋人と通り過ぎていった。


そうか。

君も僕と同じ答えに辿り着いたのか。道のりは違うものになってしまったけど、方向は同じだったんだ。


風の行方に答えはない。

でも、あの時の問いかけには答えがあった。

僕はひとり微笑を浮かべた。


そのまま、僕は踵を返す。

二人とは真反対の方向に進んでゆく。



きっと今も、そしてこれからも、君は艶やかな髪を風に踊らせながら誰かに行くべき道を示しているのだろう。あの頃の僕の心を夢中にさせたように。



できれば、他の誰でもない。

僕のことをずっと見つめていてほしかった。



街の建物を見上げてみる。

気まぐれな風に吹かれる風見鶏が、からからと音を立てながら回転していた。あの風見鶏も、きっと風の行く先を見つめていたいのだろう。


まるで君みたいだね。


僕は微笑み、心の中の君に手を振った。

ありがとうございました。

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