―6日目― 魔王撲殺、再び
まっすぐ飛んで行った、金属バット。吸い込まれるように着弾した先は、美少年の顔面ど真ん中。
バットなのにストライクとはこれ如何に。
なんというべきか、少年の高くて形の良いお鼻が大惨事だ。
一応、言い訳を許してほしい。
ほら、前に勇者にバットが命中した時さ? 跳ね返した回復効果のある魔法越しにヒットしたから、勇者は一命をとりとめた訳じゃん。
だからさ、今回もさ……藁人形っていう緩衝材越しならイケるかなー? とか思ったんだ。
まあ、あの咄嗟の状況でそこまで考えてたかって言われると明後日の方を向くしかないんだけどな! そうさ、正直に言うさ。めちゃくちゃ思いっきり勢い全開だったよ、こん畜生! 苛々していたんだ。翻弄されて、苛々してたからさ……バットで殴ったら死ぬとか、殺したらまずいとか、そういう一切は頭から吹っ飛んどった。
けど実際、それでイケた訳なんだが。
一命を取り止めつつも、半死半生そのものっていうか片足どころか両足の腿までくらいまで棺桶に突っ込んだような有様のメルクリウス君がそこにいた。うつ伏せに倒れた瞬間、更に床に転がるバットに顔面強打してセルフ追い打ち喰らっていたし。うん、死にかけっすね。この辺で救命活動しないと本気でヤバいことになりそうだ。
そんなメルクリウス君が昇天しない様、大慌てでなんか処置を……と思う訳なんだが。
私→素人。瀧本さん→幽霊。藁人形→藁人形。
わあ、なんて使えないこの面子! 私レベルの知識で出来る応急処置の限界を超えた惨状のメルクリウス君に何が出来るって言うんだ! 瀧本さんの知る救命手段も魔法が使えること前提って……使えねぇってだからさぁ!!
この場にメルクリウス君の有様を何とか出来るのが、健常な状態のメルクリウス君だけという救いようのないこの事態。
――仕方がない。そうさ、これは仕方がないことなんだ……この場に医療の専門家がいないから!
だから、私に取れる手段は一つだけ。
ずばり、The 問題の先送り。
え? ナニをするのかって? だから一つだよねって。ほら、前にさ……勇者にもやったアレだよ、アレ。
私は仕方ないんだと呟きながらバットを振りかぶり……仕方のない事とはいえ、死人にムチ打つような真似して、メルクリウス君を死体一歩手前(仮死状態)で冷凍保存することにした。でもまだぎりぎりメルクリウス君死人じゃないし! 後で他の面子と合流出来たら回復作業に入ってもらうから! だからぎりセーフだよね、セーフ! ……だめ?
『メルクリウス、言い遺すことはあるか……?』
「陛下……ふふ、まさか貴方に死に水を取ってもらうことになろうとは」
「ちょっと二人とも縁起でもないこと言わないでよ! まだ死なない! ちゃんと死なせないから! あとメルクリウス君、あんた実は余裕ありげだよね!?」
「けほっけほけほけほっ」
「いや、そこでわざとらしく咳きこまれても……」
「お二人とも、良いですか……よく聞いて下さい。私からお伝えできる、最後の……」
「いや、だから死なせねぇって言ってるじゃん!」
『しかし仮死状態に落とすのだから、ある意味では半ば死んでいるのと同じ状態では?』
「あれ? そう言われるとそんな気も……瀧本さん、私はメルクリウス君を生かそうとしてるのかな。それとも殺そうとしているのかな……?」
『傍目には殺そうとしているようにしか見えないがな』
「お二方、無駄話はそこまでにして下さい。冷凍保存でもジップロックでも何でもしてくれて構いませんから、その前に大人しく静聴してくれって言ってるんですよ! 死人に鞭打つようなことしないでくれません!? 私、いま無理して喋ってるんですから!」
「メルクリウス君、超元気だよ!?」
「だから無理してって……げふっ」
「わあ、メルクリウス君が喀血したー!! 怪我、顔面だけの筈なのに!」
『メルクリウス、しっかりしろーっ!!』
「く……っ私を早く楽にしたいのでしたら、ちゃんと聞いて下さいね」
「『はいっ」』 ←良い子の返事
「陛下、貴方の身体は、いま…………あ、ぐ……っえん、げ、るぅ……ど、が………………(がくっ)」
「メルクリウス君!?」
『メルクリウス、死んだ……!?』
「わ、わたし、の……かた、き、を……」
「あ、まだ生きてた! ぎりぎり! ぎりぎり!」
『仇を!? なんだ、メルクリウス! 仇をどうするんだ。討つのか。討つのか!? 絵麻さんを!』
「ちょ、瀧本さんなんで私!?」 ←直接の死因(仮)
なんだか最後はバタバタとしてしまったが。
このままだと本当にメルクリウス君は死んでしまいそうな状況に移行したので、手遅れになる前に私は手段を実行した。情け容赦は無用。結果的にはこれも彼の為。傍目には完全に私が悪人にしか見えないが……私は、かる~く死にかけメルクリウス君の額にバットを打ち付けた。
ごんっ
……ごんっ ごん、ごんっ
少々手間取りながらもメルクリウス君の冷凍保管に何とか成功し。私達は氷漬けとなった少年(詐欺)宰相をその場に残して扉の前に歩みを進める。安らかに眠れ、メルクリウス君。ちょっと人相は変わっちゃったが……きっと大丈夫! 瀧本さんがこの世界の医療魔法のレベルについては保証してくれたし、きっと元気になれば顔も治るさ!
しかしメルクリウス君は最後に、一体何を伝えたかったんだろう? 寄りにも寄って肝心なところの言葉が切れ切れで、なんだか良くわからなかった。他の……余計な部分は滑舌も素晴らしく超はきはきだったのに。肝心のところだけうまく伝わらないなんて世の中上手くいかないもんだ。
「瀧本さん、覚悟は良い?」
『恐らくその台詞は、吾が言うべきものと思われるのだが……貴女の覚悟が定まっているのであれば、吾には何も言うことはない』
「それじゃ、開けるよ……オープンセサミ!」
『…………この扉は、手動式だが』
「ごめん、ちょっとだけ見ちゃったんだよ。夢ってヤツをさ……」
そうして私達は、魔王城の中枢……玉座の間に通じる大扉を僅かに開けた。……ちょっとしか開かなかった。くっそ重くて大開きは無理だったんだ。私一人が通り抜けられる隙間を何とか、って頑張ったんだが……この扉、何トンあるんだよ! っつうかどう見ても金属製だよな、この扉! 重たいのも納得だよ、この野郎!
『……城まで攻め入られた際の、真の最終防衛ラインだからな。城攻めに遭った際、玉座の間は王やその一族、重臣が立て籠もって最後に自刃する場所となることがある。その僅かな時間を稼ぐ為、扉は頑丈だ。本来であれば内側の開閉機を兵士が動かして開けるのだから』
「そりゃ鬱ルート全開な話ですねぇ、と……ああ、もう! そんなもん私に開けられるはずないでしょ」
『正規の方法なら、な』
「何か開ける方法あるの、瀧本さん!」
この扉を開ける方法があるなら先に言えよ、と。拗ねた眼差しを送る私。
それに対して瀧本さんは、ひょいっと指を上げて……まっすぐ、私の握る金属バットを指差した。
……。
…………。
私は無言でバットを握り直す。しっかりと両手で、間違ってもすっぽ抜けない様に。
それから大きく振り被って……
殴った扉からは、なんか「ずがぁぁああああんっ」って感じの音がした。
殴ったところから扉はひしゃげ、片側が玉座の間の内部に向けて吹っ飛んだ。
「わあ、良いヒット……」
『開けられたであろう?』
「非正規の方法でならな! 本当、めっちゃめちゃ非正規の方法でな! っていうかこれ開けたって言って良いの? 破壊したって言った方が良くない?」
『とりあえず通れるようになったことは確かだ』
「その通りだけどさぁ……」
「――随分と乱暴な侵入者だな」
「………………ん?」
なんか、聞き慣れた声が聞こえた気がした。
聞き慣れたっていっても、音で聞こえていたのとは違う……空気の振動ではなく、頭に直接注ぎ込まれるような声だった筈なのに。
印象は随分と違う。だけど確実に、同じ声だと断言出来るモノが物理的に聞こえたような……
そんな風にその声を聞いたことなんて、今まで一度もない。それでも耳に届いた瞬間に、私の頭は「同じ声」だと判定を下す。
聞こえる筈はない声なのに。
声が聞こえたのは、玉座の間の奥。
吹っ飛んだ扉さえ、届かなかった場所。
声に惹かれるようにして、目を向けた先には。
………………………………瀧本さん(物理)がいた。
自分を誇示するような、偉そうな顔をして玉座にゆったり腰掛けて頬杖をついたまま。
にたりと笑って、見慣れているのに印象の違う声は言った。
「ようこそ、侵入者よ。我は魔王トァキモート・キョハリュ……貴様らは我が魔王となってより初めての侵入者だ。存分に嬲ってやろうぞ」
「こんなこったろうと思ったよ、こん畜生っ!!」
わあ、お元気そうだね瀧本さん(本体)。なんだろうね、見慣れた人と同じ顔なのに随分と印象って言うかなんか人相が違うよー? 私の背後霊はこんなニヤニヤ厭らしい顔はしない。こんなの私の知ってる瀧本さんと違う。そう、例えるのならまるでハードに入れるべきソフトを間違えたような、体と中身がちぐはぐなような……
……って実際その通りなんだろうね! そんなの分かりきってるよ!
だってあの本体に入るべき魂、めっちゃ私の隣にいるんだもん! すっごい存在感放って浮遊してるんだもん!
「ねえ、瀧本さーん。アレ、瀧本さん(本体)だよね」
『ああ、であるな。すっかり元気になって……額のぱっくり傷も癒えておるようだ。傷跡が少々残って男ぶりが増しておるがな』
「なんでほんの数日であの傷が治ってんだよ。っていうかなんであそこでふんぞり返って居やがんだ」
『……聞くまでもあるまい?』
うん、そうだな。聞くまでもなかった。
なんとなくこんなことになってるんじゃないかとは思ってたんだ。メルクリウス君と追いかけっこしてた時から!
私がやるせない気持ちと言い表し難い複雑な感情を頭ごと抱えて俯き、ガッカリ感溢れる溜息を吐けば、そんな私の反応をどう受け取ったものやら。
瀧本さん(偽)を搭載した瀧本さん(本体)は、真の瀧本さんならしないであろうビジュアル系モデル立ちみたいな、なんか人の目を意識しまくった立ち姿を披露してこちらをニヤニヤ睥睨してくる。うっわ、その余裕ぶった面ぶん殴りたい。例えアレが瀧本さんの本体だとしても、中身が瀧本さんの偽物を搭載していると思うと一気に腹立たしさが倍増だな。あのポーズを取っているのが例えば私の隣の瀧本さん(霊)だったなら、多分腹を立てるより腹を抱えて指差しながら爆笑で終わりだろうに……なんか言ってて瀧本さんがゲシュタルト崩壊しそうになってきた。
瀧本さんの本体を乗っ取ったナニかは、瀧本さんの身体を我が物面で良い様に扱っているようだ。調子に乗ったポーズかーらーの、こっちをビシッと指差し見下し! そのままぶん殴りたくなる面度三割増の表情で、ねっとり粘着質な声をかけてくる。
「貴様、我が城に入り込むとは命も惜しくないということであろう? ここまで辿り着いたのは見事だが……くくっ貴様の相手をした者共が無能なのか、貴様が見た目によらず能を持っているのか。それがこの我に通用するのか。見せてもらおうか」
うっわ、瀧本さんの声なのに耳が腐りそう! その調子こいた顔殴りてぇ、バットで! そして多分、それが正解だ。
「うっせぇ寄生野郎! 調子こいてっとギョウチュウ検査に突き出すぞ、てめぇ。 パラサイトの分際でナルシスト全開の喋り展開させてんじゃねーよ! この寄生虫が!」
苛々のまま、本物の瀧本さん相手では言わないような口を叩いてしまう。そんな私の足を、くいっくいっとナニかが微かな力で引っ張る気配。くすぐったい。
ちょろっと視線を足下に下げてみると、そこには勝手に動く自由な藁人形がいっぴき。
その胸に誇らしげに五寸釘をちょっとだけ刺して、「かまーん★」とでも言いたげな挑発ポーズで自分を指さす。
好意は有難いが、今はナシだ。後にしてくれ、藁人形。流石に敵前で五寸釘打つような余裕はない。私が微かに首を横に振ると、藁人形がしょんぼりした。
なんだ、この寸劇……。微妙な気分になるが、玉座に座った野郎は私達の小さなやりとりに気付かない。
「……品のない女だ。身の程を知らぬと見える。この城の主、魔王たる我に向かってなんという口の利き様。その愚かな口ごと引き裂いてくれようか……!」
「うっせぇサナダムシの分際で!! 虫下し呑ませんぞごるぁ!」
『落ち着け、貴女の言い方では吾が寄生虫検査に引っ掛かった子みたいではないか。吾の身体にはそのようなモノはいないからな? 吾は綺麗な体だからな! ……寄生しているのは下衆の魂が一つといったところだ。しかもあやつ、本来の肉体ではないからか……吾の肉体を使いこなせてないらしいな。半分ばかり血が繋がっているお陰か完全に不適合という訳ではなさそうだが……感覚に宿る魔力が何箇所か淀んでいる。どうやら吾のことも見えていないらしい』
「ああ、だから余裕ぶって調子に乗った態度取ってやがんのか……家主(魂)のいない間に何やってんだ、あのキチガイ野郎」
『あれでは吾本来の力は引き出せまい。……魔力どころか、身体能力も十全に使いこなせるかは怪しい。いや、無理だな。本来の運用と異なれば、齟齬が生じて無理も祟るだろう』
「へえ、そりゃまた……本来のハードとソフトじゃないからかね。それなら早く取り戻さないとヤバいんじゃ……ハードに本来の規定に合わないソフトぶっ込んだら、大概バグるよね?」
『あれではなぁ……長くは保たないかもしれないな。その内、中身の馬鹿が好きにしている間に魂の緒が完全に切れて……肉体も生命を失い、腐り始めるのでは…………はあ、あんな男の道連れか。短い生涯だった』
「さーて、早くあの体取り戻すかー!! 瀧本さんが死なない内に! 肉体崩壊しちゃわない内にさ!」
「貴様、あの愚弟の関係者か……その口ぶり、もしや我の正体を知っているな!?」
「今更気付いたのか、寄生虫野郎。てめぇの中身なんざ身体と別モノだって随分前から分かりきってんだよ」
は? 中身?
前の魔王だろ。知ってた。
というか、他にいねーだろ。こんな事態に陥る原因は。
ビスも、肉体が滅んだ後に残る筈の魂が行方不明だって言ってたしな。どうやらこの調子じゃ……都合よく魂がお散歩に出ちゃった瀧本さんの肉体に潜り込んでたっぽい。そりゃ気付かねーわ。だってギリギリ生者認定受けてる身体の中にいるんだもん。死神だってそりゃ死にかけた野郎自身の魂だって思い違うわ。
「さて、と……瀧本さんって本来どれくらい強いの? 今ハードに無理やり別のソフト入れてるせいで本調子じゃないにしても、基準に本来の性能くらいは教えてよ」
『氷の巨人とサシでやりあって、勝敗は別としても三日戦えるくらいには』
「その巨人の強さを知らないわ。だってヤツとの邂逅は……既に死んでたし」
『………………吾の肉体強度がどんなものでも、貴女がそのバットで殴れば一撃に違いない』
「え? 殴って良いの? そりゃ殴る気満々だったけど、瀧本さんのお許しありってことで容赦なく殺っちゃって良い? どうせ中身すぽんと叩き出さないといけないんだし」
瀧本さんは私の問いに苦渋の決断とばかり、微妙な顔をしながらも躊躇いなく頷いた。彼もこうなったらやるべきことはわかってるんだろう。
ボディが乗っ取られた。
……となると、中身を強制的に叩き出すのが解決までの一番の早道ってことで。
ついでに死神が合流してくれたら、叩き出した中身も即回収してもらえて面倒がないんだけど。……その死神が、今は地の底(地下室)だからなぁ。
まあ、肉体を再起不能レベルでボコボコにしておけば問題ないだろ。そうしたら、乗っ取られても無力化ばっちり☆だ!
『あの、絵麻さん……? 諸事が片付けば吾が再度使うのだから……それを前提に、程々レベルで加減してもらえると有難いんだが。間違っても、肉体の方まで再起不能の肉塊に変えられては困るんだが。一撃即死で、肉体の損傷は修復可能な範囲に抑えてはもらえないか……?』
「瀧本さん、この非常時だ……私に細かい加減を期待されても困る! 金属バットで殴るに手加減もくそもあるか!」
『きっぱり言い切られた!? え、どうなるんだ吾の肉体!』
一撃入れられれば、私達の勝ち。どんな手段を使っても、どんな方法を取っても私の勝ちだ。
だけど相手は外側も内側も一度は魔王と呼ばれた男……そもそも加減できるような余裕が私にある訳ない!
世紀末な方々を倣って「死にさらせぇ!」とか叫びながら殴りかかるのが精々の私に、瀧本さんは何を期待しているっていうんだか。
「さーて、汚い花火でも上げてくるか……」
『ちょっとお待ちになって!? 吾の肉体に何をするつもりだ』
「さあ、覚悟しな寄生虫野郎! 今からお前が得意げな面して乗っ取ってるその身体ごと、魔王から見事な『潰れトマト』に転職させてやるよ!」
『潰れトマト!?』
「貴様、トァキモートの仲間ではないのか……? その自信に満ちた様子、侮る訳にはいかんな」
様子を見るか。瀧本さんに潜む野郎は言った。
その手がポチッと玉座にくっついていた宝石の一つを押すと、あら不思議。
ずごごごごご……
あの宝石、スイッチだったんか。明らかに野郎がアレを押したのに連動して、玉座の間に飾られていた装飾……かと思われた石像っていう石像が動き始めたんですけど! 動く石像! ゴーレムか!? ゴーレムなのか!? それかガーゴイル? それともそういう魔物!?
なんというドラ○エ的展開……魔王の城で、石像だった筈のブツが動いて襲ってくるとかさ……。不本意ながら、ちょっと滾った。
「瀧本さん、あの仕掛け知ってた? 知ってたんなら、前もって教えてほしかったんだけど。こんな緊迫した状況で知っても、思う存分興奮出来ないんだけど」
『済まぬ、知らなかった……。何分、吾が魔王を倒して城を掌握したのも最近のこと。この城の配置は、前魔王時代のまま故……知らぬ仕掛けも、たんとあろう』
「へー……ところでさ、瀧本さん。私、思ったんだけどさ」
『ああ……』
「私ってさ、人工物相手ってめちゃくちゃ相性悪くない?」
私の最強の武器は、言わずもがな右手に握った孝君の金属バット。その最大の持ち味は、『即死効果』にほぼ由来するといっても過言じゃない。だって今まで撲殺してきた諸々って、最初の瀧本さんを除けばほぼその即死効果を発揮した結果退けてきた訳だし。
だけど今、私の目の前でごごごごごって重低音響かせて動き回っているのは石造りのゴーレムっぽいナニか共で。
即死ってさ、殺すってことさ……相手に魂があること前提だよな? 生きてないと、殺せない。そして即死……つまり死なすことと破壊することは別物なんだと思う。
ゴーレムって言ったら、まず間違いなく殺すじゃなくって破壊する方のアレだろ?
つまり私のバットの最大の持ち味である『即死効果』が図らずも封じられてしまった訳だ。
「瀧本さん、アレってどっかに『真理』とか書いてあったりする?」
『いや、この世界のゴーレムは地球のモノとは違う。ただただ破壊し尽くすより他はない。再生能力はないので、手足を破壊して身動きを取れなくすれば完全破壊まではせずとも良かろうが』
「ふーん……でさ、現役女子高生の絵麻さんの細腕と、金属バット一つであのぶっとい石像の腕だの足だの破壊できると思う?」
『………………』
沈黙が答えってヤツだと思った。
何か真面目な顔で黙り、考え込む瀧本さん。恐らくこの場を私が切り抜ける為の最善の策を模索しているんだろう。だけど私に破壊が難しい限り、やれることは限られる。
私としては他に戦力になりそうな奴もいないし……せめてビスや聖女ちゃんが合流するまで逃げ回るくらいしか切り抜ける方法が思いつかない。けどビスは現世の諸々に不介入ってことになってるからなぁ……。
不幸中の幸いは、あのゴーレム共がそんなに大きくないことか? ゲームのイメージだと巨人サイズって感じだが、私の目の前にいるのは人間より一回り大きいサイズ。前、どっかで見た始皇帝の兵馬俑のレプリカくらい…………って、危なぁ!
『絵麻さんっ!!』
「うっわ、あぶねー……いま掠った! 掠ったよ!」
やべぇ。不幸中の幸い何かじゃない! 大きかったらきっと手強かっただろうなぁなんて悠長に構えている暇はなかった。だって小さいって大きいより小回りが利くってことじゃん? なんでそこに思い至らなかった。
石造りの人形だから、絶対に鈍重で動きが遅いって変な固定観念がどっかに有ったらしい。ゴーレム共は思いがけない速さで此方に踏み込んできて、それぞれが手に持っていた石造りの武器を振るってきた。咄嗟に後ろに下がって避けたのは、完全に勘が働いただけのこと。私が見切って避けたとか、そういう格好良い理由で避けられたんじゃない。なんとなく、「あれ? 此処にいたら危ない気がする……」って脳のどこかが囁いたから、その声に従っただけだ!
『あの動き……メープル・タウンゼント工房製のゴーレムか。魔王城に配置するだけはある。厄介なことに性能はトップクラスだ』
「やめて、その工房名ふざけてんの!? この局面でメープルとかめっちゃ気が抜けるんだけど!」
『名前は置いておけ。それより、あのゴーレムは初動と直線距離の移動が凄まじく速い。完全に一撃必殺、初見殺しに比重を置いていることもあるが……貴女の身体能力では骨の折れる相手だ。気を付けてくれ』
「注意するのは直線距離の移動だけか!? ……ってことは、つまり!?」
『方向転換が苦手だ』
「よっしゃぁあぁあああっ 活路発見!」
『何しろ、基本的に重量級だからな……軌道修正などの細かい微調整は難しいと聞いたことがある』
つまりはそれって何とか最初の攻撃をかわした、後! 背後に回って不意打ちアタックしかけろってことですよね!?
やった、汚い手超好き。大歓迎!
私の腕力と体重で破壊出来るかはともかく、ゴーレムの真正面にさえ立たない様に気を付ければ何とかなる。瀧本さんの助言は、それを意味した。
丁度良いことに、私はゴーレム共の総攻撃を避けた直後! まだ武器を振り下ろした姿勢のまま、体勢を立て直すことすら出来ていないゴーレム共が目の前にわんさといる。……っていうかこの部屋、ゴーレム何体飾ってたんだよ!
『全部で三十体ほどいるな』
「計上ありがとう、瀧本さん!」
あのくそムカつく寄生虫野郎を殴り殺……げふんげふん、殴り飛ばすには、つまり三十のゴーレムを行動不能にしないといけないってことか。ちょっと私には荷が重くない? だからさ、何度も言うけど無理ゲーだって! ミッションの難易度おかしいから!
とりあえずどうやって潰すか検討する為にも、まずは一発くらい殴って手応えを確かめてみるしかない。歯が立たないにしても、本当に少しも効果がないのか、それとも一瞬動きを止めるくらいの効果はあるのか。その辺りを見極めておかないと、今後に響く。
私は適当に手近なゴーレムに目を付けた。まだ武器を振り下ろした前傾姿勢のまま。背中はガラ空き、今が好機だ。
素早く、手短に、最短で。ヒット&アウェイを心がけて。自分にそう注意を呼び掛けながら、出来る限りの速さでゴーレムの背後に回り込む。他のゴーレムがぎっと鈍い音を立てて私に首を向けるが、まだボディの方は動いていない。猶予はある。やっぱり今の内だ!
「死にさらせぇぇええええっ」
私は気合も十分に掛け声をあげて自分を鼓舞し、手が痺れて痛くなることも覚悟の上で。ゴーレム……というか兵馬俑っていうかな見た目の石像の、広い背中に。
両手に握った金属バットを振り下ろした。
ぼごおぉっ
なんか有り得ない音がした。
なんだろう……乾きかけた粘土人形をハンマーで殴ったような感覚? モロモロとした感触が、手に伝った。
「へ?」
「えっ」
『ふむん?』
その場にいる、魂を持った三者三様の声が重なる。
全く同じタイミングで、その光景を目にした私達は口を開けていた。ぱっかーんと。
私の目に見える現実は……おお、なんということでしょう!
ゴーレムの首と胴体が泣き別れ。
っていうかゴーレムのボディ部分が粉々に粉砕されていた。
私の手にあるバットの所業だ。
「………………おふぅ、なんだろう……この、罪悪感! めっちゃ罪悪感! なんか世界的な考古学的遺産(兵馬俑)ぶっ壊しちゃったようなキモチ!」
やらかしちまった! そんな思いが私の胸を駆け巡る。全然違う別モノだってわかっている筈なのに、見た目がどことなく似ているせいで貴重な文化財を壊しちまったような錯覚に襲われる。なんて心理的負荷! なんて精神攻撃だ!
っていうか、なんで私に壊せちゃうの!? 私、そこまで怪力じゃなかった筈なんですけど! 殴った手応えも、そんな強くなかったんですけど! 私、いつのまに危険人物になっちゃったの!?
自分でも思いがけない結果に、動揺してしまう。心なしか、なんかゴーレム達も動揺したようにまごついている気がする。
自分への疑いにカタカタした動きになってしまう、そんな私の隣で。何かに思い至ったように、瀧本さん(霊体)がハッと息を呑んだ。
『……そうか、【破壊力強化】!!』
「あ! そういえばそんな効果が増えてたっけ、このバット!?」
どうやら前に撲殺したナニかの恩恵だったらしい。
私も撲殺ばっかりで即死効果以外は良くわかってなかったが、このバットも良くわからん変な特殊効果がわさわさ増えてってるからな……まさに気付いたら増えてるって感じで。……その分、ナニかを撲殺しているとか、そんなことはナイよ! たぶん!
瀧本さんが思い出した破壊力云々っていう特殊効果は、なんでも非生物への攻撃力上昇に加えて、文字通り『破壊』……建造物とかイロイロな物をぶっ壊す行為が楽々簡単にこなせちゃう☆っていう代物らしい。って危険だなぁおい!?
しかし、こうなったら話は早い。
孝君のバットは、どうやら生物以外にも有効らしい。
「てりゃ!」
だから私は、無造作にバットを振り回した。
この、最初の一斉攻撃後の……未だに体勢の整わない、ゴーレム共の密集地帯で。
コツを掴んだら、後はさくさく進んだ。
破壊したゴーレムの半数は頭と胴体がさよならバイバイ、ホームランって感じになった。
やあ、生きてないヤツって思ったら、暴力行為も気を咎めないで良いね! 別の意味で良心疼くけど!
「……貴様は破壊神かナニかなのか?」
「人聞きの悪いことを言うな、寄生虫!」
「貴様こそ人聞きが悪いことを言うな! 我が正体を知っているのであれば魔王エンゲルゥド様と呼べ!」
「誰が呼ぶかよエンゲル係数」
「何のことか意味はわからぬが……貴様、我のことを馬鹿にしていないか?」
とっくの昔にしていると思う。そのくらい気付けよ寄生虫野郎が。
私の背後には瓦礫の山と化したゴーレム共の残骸。まさに兵どもが夢の跡ってヤツだ。歴史的遺産に似てるから気が咎めるんだと悟ってからは、むしろ原型も残らないくらい粉々にすることを念頭に置いて破壊しまくった。え? 暴れ過ぎ? 何のこと? 私はただ歩きながらバットの素振りしていただけよ?
大根を切るような大ぶりで三体ほど纏めて砕いた時はすっきr……いやいや、なんでもないヨー(棒)
とにかく、もう私の道を阻むものはない。それでも妨害するって言うんなら、やっぱり仕方ないからバットで殴ろう。
「さあ、アンタの盾になる様な物はもうないわ。大人しく私に殴られてトマトになりなさい! ぐちゃっと潰れろ!」
『止めて! 頭をトマトになるほどぐちゃぐちゃ念入りに潰されては、吾が復活できなくなる!』
「貴様、本当にトァキモートの仲間か!? この身体を奪い返しに来たのではないのか! 頭がおかしいぞ、この女!」
「か弱い乙女に対して酷い言い草だなぁ、おい」
「か弱い!? 誰がだ! 貴様は図太い……むしろ、ごん太だ!」
ぎゃあぎゃあと喚く、魔王in魔王。中身の名前は確かエンゲルなんちゃら。
さあ、後はあいつを殴れば全部終わりだ。その後で瀧本さんの修復作業も待ってるけどね。……殴り過ぎて、瀧本さんまで完全死亡してしまわない様に気をつけなくっちゃ!
私はゆっくり玉座に近付きながら、威嚇も込めてバットを素振りする。ぶん、ぶんと風を切る音が暴力的だ。
「止めろ、此方に来るな……!」
「ごめーん、そういうフリ貰ったら余計にやりたくなるのが日本人」
「くう……っあと少しで! あと少しで、この肉体を完全に我のモノとする呪法が成ったというのに!」
「ちょい待て今の聞き捨てならねえ!」
聞き流せない野郎の言葉に、思わず真顔になった。え? この寄生虫、今ナニ言った? 瀧本さんの肉体を……完全にモノにする??? えっ?
『……どうやら、本当にぎりぎりだったようだな。外法に詳しいことは知っていたが、先代は他人の肉体を乗っ取る呪にも通じていたと見える』
「瀧本さん悠長に言ってる場合じゃねぇぇええええっ!!」
「なに!? いるのか!? トァキモート、あいつがこの場にいるのか!?」
「今になって気付くな、ややこしい!」
悔しげに口を噛む、魔王に大きな一歩で詰め寄った。右手のバットを振りかぶる。問答無用で振り下そうとするが、そこは魔王ってことか……ただでは殴らせてもらえないらしい。
私が殴りかかろうとした右腕を、魔王は肘のところで掴んで止める。ぎりぎりと込められた力が、私の柔い肌に痣を量産せんばかりに食い込んでいる。痛い。
「痛いな、この野郎!」
苛々と衝動のままに蹴り上げた足が狙うのは、野郎の足の間。入りそうだった膝は、届きそうで届かない。至近距離だからイケると思ったんだけど……当たる寸前、腿を締めてガードされてしまった。私の膝が、野郎の両足で挟まれて止まる。
『貴女は、なんと危険な攻撃を……』
「ここ一撃で大概の野郎は無力化できるってんだから狙わない手はないだろ」
「恐ろしい女だな、貴様は……!」
何故か二人の魔王から責められてるんだが、特に気にするつもりはない。むしろ私はただの人間なんだ。能力で劣るんだから、手段を選ぶような余地はない。やれることは、やれる限りで、効果があるなら卑劣だろうと危険だろうと構いはしない。
一本足じゃ踏ん張るのも難しい。魔王の腿に挟まれた膝を取り戻したいところだ……が、私は足を引くのではなくむしろ押した。押せ押せだ。押し切って、一撃入れられないものかと思案。しかし此方がムキになればなるほど、何故か魔王は必死さを見せた。膝の攻防に意識を集中させ過ぎだ。だからといって、私の右手を掴む手も離されない。
だけどね? 確かに私のもう一本の足は、私の身体を支える為に地面の上で踏ん張っているけどさ。
私にはもう一本左手っていう素敵な部位があるんだけど、知ってた?
私は右手に握っていたバットを、手首の動きだけで左手に投げ渡す。足に集中していた魔王の反応は、一瞬遅れた。この隙を見逃すまい。
「やれ、藁人形!」
「(ぴこっ!!)」
僅かな隙じゃ、達成できない。相手の反応速度の方が、私より余程速いから。だから。
小さな隙を大きな隙に広げる為に、私は藁人形を指名した。
女神が作り、死神に力を吹き込まれた自由な藁人形は、その胸に五寸釘を軽くぶっ刺したままだった。
私が合図を送った時には、地面に打ち捨てられたゴーレムの瓦礫の一つ、その上に乗っていて。小さな段差でも、小さい藁人形にとっては大きな高さだ。
そこから、藁人形は。
ぴこっと元気に手を振り上げてから、飛び降りた。
胸に指した五寸釘が、最初に地面に当たる様にして。
ぐさっ
「うぐ……っ!?」
堪らずといった様子で、中身の違う瀧本さん(本体)が胸を押さえる。いや、掻き毟る。見開かれた目が血走ってるよ怖い。マジ苦しそう。
瀧本さんと同じ顔(むしろ本体)に、一瞬同情というか情けが湧きそうになるが。
いやいやここは情けなど無用! むしろ心を鬼にして押し込むべし!
その一念で、私は振るった。っていうか殴った。
「 悪・霊・退・散ー!! 」
左手に握っていたバットを、苦しみ悶えて前屈みになった魔王の後頭部に振り下ろす。(1hit!)
殴られた衝撃で倒れそうになった魔王に対し、振り下ろしたバットを右手に投げ渡して下から振り上げた。(2hit!)
打ち上げられる形で、魔王の足が一瞬宙に浮く。その間にバットを再び左手に投げ渡すと、今度は両手で握って野球本来のフォームで大きく振り抜いた。(3hit!)
かっ飛ぶ魔王。
私の攻撃は、全部頭部に命中した。いや、だって形が良いから……狙いやすかったんだもん。
『おお……あそこまでする必要があったんだろうか』
戦慄する瀧本さん。私も吃驚だよ、だって身体が動いた。まるでバットに誘導されるみたいに、自然に動いてたんだ。(言い訳)
しかしわざわざ回数を重ねて殴った甲斐はあったらしい。
丁度三発目を入れた瞬間、堪りかねたのか衝撃でか、すぽーん!って半透明のナニかがそれこそホームランボール並の勢いで飛び出てったから。
一直線に真っ直ぐつき抜けていったソレは、速度があって良く見えなかったけれど。
瀧本さんと同じくらいのサイズの、男の人のような形状に見えた。
今まで私の背後にぴったりくっついて控えていた瀧本さんが、動く。私の背後からすすすっと離れ、吹っ飛んだ半透明の男の人……恐らくは前魔王の魂に向かって急いで向かう。
『今の内に! 貴女は……あー…………えぇと、私の身体を冷凍保存してくれ! 手遅れにならない内に!』
「そうだよね、また乗っ取られたらかなわないしね。今の内に身動きとれなくしておこう!」
『えーと、ああ、そういうことで良いから……』
正直、瀧本さんがさっさと身体に戻っちゃえば良いと思うんだけど。でもまだ蘇生してないし駄目なのかな……? 魂の緒を繋ぎ直すって言ってたし、ね。
ああ、それに瀧本さんが急いで戻らない理由がわかったかも。
前魔王の霊体に急いで近寄った瀧本さんは、どうやら目を回しているらしい前魔王(魂)を抑え込みにかかった。そうか、霊体同士なら取り押さえることが出来るのか。
つまりビスが合流するまで、瀧本さんが前魔王(霊)を捕まえておかないといけないってことだよね。前魔王は強かったらしいから、瀧本さんがちょっと心配になるけど……でも瀧本さんは、その前魔王を倒した魔王だ。多分、拘束を担当するのにこれ以上相応しい人もいない。
「これで、ひと段落……かな」
瀧本さんがきっちり前魔王を確保するのを、目で確認した。
それを見たら、なんかどっと力が抜けて……気が抜けたのかもしれない。
脱力して、玉座の傍にへたり込む。むしろ玉座の側面を、背もたれにして身体を支えた。
魔王城に戻ってまで、こんな騒動があるだなんて思ってもみなかった。
もう瀧本さんを生き返らせることはできないかもしれない。そう思うと、本当は怖かった。
自分の罪が、逃れられないもののように思えて。
瀧本さんに唐揚粉やう○い棒や……色んな約束をしたのに、それを果たせないかもしれないって思って。
怖かった。
私はただの人間なのに。
荒事とは無縁に生きてきた、女子高生ってやつなのに。
なのにバット一本持たされて、魔族な人とか魔王とか、ゴーレムとか。
そんな想像を超える人外と対峙しないといけないとか、退治しないといけないとか。
無茶なことを要求されて、余裕もないし、本当にそんなことできる気はしなかったしで。
怖かったんだ。
だけどもう、それも終わった。
随分と運とバットと藁人形に助けられて、ね……何はともあれ結果良ければ、全てよし。
ああ、本当。
これで全部終わったんだ。
後は、瀧本さんが生き返ることが出来れば……それで全部万々歳。
全部を清算できたかって言われると、困るけど。
メルクリウス君も治してもらって、瀧本さんとの約束を回収して。
ああ、それから……それから………………それから?
それから、なにをしよう。
っていうか、何をすれば良いんだろう。
あれ?
えっと……あれ?
そういえば、私……瀧本さんを生き返らせたら、その先は?
その先は、瀧本さんの復活っていう目的を果たした先は…………
何をすればいいのか、わからない。
胸の中に、闇がひろがった。
私は前の魔王に、瀧本さんを殺す為の刺客として召喚された。
不本意ながら、本当に殺してしまうところで。
私がやらかした事故の、責任があったから。
瀧本さんを生き返らせる為に、この旅が始まった。
ちゃんと聞いたわけじゃないし、聞くのが怖くて先延ばしにした。
だけど本当は、ちゃんとわかってる。
考えない様にしてたけど、わかってる。
私はもう、元の世界に帰れない。
この世界には従弟の孝君がいる。
でも孝君には孝君の世界が、もう出来上がっていて。
孝君は孝君だけど、手の焼ける弟分はもう私の手を必要としていない。
この世界で一緒にいてくれた瀧本さん。
でもそれも、私が瀧本さんを撲殺してしまったせいだ。
そんな瀧本さんを生き返らせるって目的を果たしたら、私達の間には何もない。なくなる。
この世界には、よりどころがない。
私を世界に繋ぎ止めてくれる、よりどころが。
もう何の約束もない。将来の夢もない。未来が見えない。
何をするべきか、なんてものもない。
将来の保証がないって、なんて怖いんだろう。
瀧本さんが生き返っちゃったら、本当にもうそれで全部終わってしまう。
それから先は、私は一体どうしたら良いの?
どうしたら……どこにいけば、どこにいれば、どうすれば。
誰か、私に教えてくれる人はいるだろうか。
それとも、何も見えない、何もわからないこの状況で、自分で決めないといけないのかな。
本来はそれが正しい形なんだろうけど……何の予備知識もない、この状況で?
ああ、それって。
それって、なんて。
なんて、難しい。
瀧本さんを生き返らせる為の最大の障害、先代の魔王。
その拿捕が何とかなって、瀧本さんを生き返らせる為の目途が立った。
それが、ハッキリとした形になった。
それを悟った瞬間に、なんでだろう。
私はなんだか動けなくなったんだ。
私は、なんだか動きたくなくなってしまったんだ。
玉座に背を預け、ぼんやりと部屋の天井を見る。
あ、シャンデリアがぼろぼろ……
目に見える視覚情報だけを、確認するかのように頭の中で言葉に直す。
それを繰り返しながら、だけど本当は何も考えられないでいる。
急に、何かを考えるって余裕が私の中から消え失せていた。
前魔王と対峙している時でさえ、何かを考えることはできていたのに。
目に見えるものを見ているようで、何も見ていない。
まるで私の心配をする様に、私の服の袖を藁人形が握って見上げていることさえ気付いていなかった。
いつもなら、それに気付いていたら「わあっ」て叫ぶくらいはしていただろうにね。
ただただ無反応。
ぼんやりとしていて、放心しているかのよう。
虚ろだった。
そんな私を、半透明なままの瀧本さんが見ていた。
組伏せた半透明な先代魔王を、膝で封じて踏みつけたまま。
私の様子を、じぃっと真面目な顔で見つめていた。
『絵麻さん、貴女は……』
やがて、何を思ったのか。
全てのものに対して反応の鈍くなった私に、瀧本さんが言葉を投げかけてきた。
『――……………………絵麻さん、魔王にならないか?』
瀧本さんのその言葉に、反応せずにいられるって人がいたら教えてほしい。
全ての反応を放棄していた私でも、反応せずにはいられなかったから。
絵麻さん、燃え尽き症候群になる?
次回:【―帰還― 魔王即位】
次が最終話になります。
皆様、最後までよろしくお願いします。
果たして絵麻さんは魔王に……?
a.なる
b.ならない
先代魔王エンゲルゥド
暴虐の限りを尽し、魔族を力で押さえつけていた暴君魔王。支持率はマイナス寄り。
声も出ないほど苦しみ悶えるヒトを更に踏みつけにして愉悦に浸るタイプ。
表面上はまともで常識的な言動を取るが、真の狂人とは一見して普通の人と変わらなく見えるのだ、と大陸全土に知らしめた。
自称、公私は分けるタイプ。しかし『私』の時間にやらかすことが極悪非道で凄惨なものだったらしい。
好みの女性のスタイルはダルマ。特に何も知らない純朴で無垢な娘さんを好みの女性に変えていく過程がぞくぞくするほど大好き。
かつては魔王城に後宮という名の被害者置場があったが、彼の死後、被害者の方々は手厚く保護された。その後、専門の療養施設がエンゲルゥドの資産から造られた。
実は瀧本さんの父親違いのおにーさんである。
どうやらママンは強い男が好きだったらしく、真偽のほどは不明だがエンゲルゥドの父親はかつての魔王という噂がある。(ママンはシングルマザー)
メープル・タウンゼント工房
主にゴーレムを作っている工房。完全受注製作。
店主はウサ耳で村娘風エプロンドレスのおねえさん。ちなみに旦那は熊耳。
愛息子を交通事故で亡くしており、一時は夫婦そろって心を病んでいた。
馬車に轢かれた愛息子を人造の体で復活させようと試行錯誤している内にゴーレム職人としての才能に目覚める。
今では正気も取り戻し、前を向く為に人造息子の研究は封印。磨かれたゴーレム製作の技で沢山の人の役に立ちたいと仕事に明け暮れている。
しかし何となく自分達の手がけたゴーレムは全部息子に思えて、顧客がゴーレムを大事に愛してくれることを願っている。
ちなみにかつては手芸用品店だった。
藁人形
絵麻さんの真の仲間。あるいは装備の一つかも知れない(多分装飾品枠)。
呪いに長けた下級女神のカナちゃんが丹精込めて作った藁人形が、死神の唾液から魔力だか神通力だかを吸収して他の藁人形とは一線を画すナニかに変貌したもの。絵麻さんのお陰で爆誕したといっても過言ではない。
そのお陰なのか、それとも自分の持ち主だと認識しているのか、どうも絵麻さんに懐いているような素振りがある。
自力で動くようにはなったが自己主張は薄め(?)で絵麻さんに従順。献身的で自己犠牲精神の高さを垣間見せる。
もしも動き出した時点で絵麻さんが不気味がって捨てていたら、きっと素敵な都市伝説になったことであろう。
孝君の金属バット(【血塗られた金属バット】)
称号
【魔王殺し・極】二度の魔王殺しを達成した者の称号
魔に属する者と敵対時強化補正
【巨神殺し】世界創生の巨人、その片割れ殺しを達成した者の称号
持ち主より巨大な者と敵対時強化補正
【龍殺し】世界樹の根を食む邪龍殺しを達成した者の称号
蛇竜に属する者と敵対時強化補正
【勇者殺し】他者に寄生して永世の生を得ようとした魂の虜囚/勇者殺しを達成した者の称号
人間と敵対時強化補正
【賢者殺し】他者に寄生して永世の生を得ようとした魂の虜囚/賢者殺しを達成した者の称号
人間と敵対時強化補正
【死神討伐者】この世とあの世の狭間、死者の魂を導く神を凹した者の称号
神族/冥府に属する者と敵対時強化補正
【冷凍睡眠導入器】三人以上の死体予備軍を仮死状態で冷凍保存した者の称号
能力
【即死効果(極)】【束縛効果】【瘴毒付与効果】【精神攻撃付与(強)】
【炎属性(強)】【氷属性】【時属性】
【破壊力強化(強)】【魔力増大】【命中率上昇】
【剣技上昇】【精神操作(強)】