表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王撲殺  作者: 小林晴幸
本編
7/20

―6日目― 宰相撲殺

     



 勇者や賢者に代々受け継がれる重要な武器を壊したから、もう元の場所には戻れない?

 私に正座させられた勇者が、泣きごと混じりにそう言った。泣くなよ、良い年した男だろ。

 よくよく周囲を見てみると、勇者を囲んだ仲間達も絶望的な表情で項垂れている。これは、勇者の言葉に同感ってことか?

 むざむざと見過ごしたことで、自分達も同罪として処される。そう言ったのは魔法使いっぽいおにーさんで。

 ぽろぽろと涙をこぼして泣きじゃくる幼女を抱き抱え、孝君も困り果てた顔であやしている。

 何だか全員から物言いたげな目で見られるんだが……うん、これは言外に責任取れって言われてるのかな? いやいや、きっと私の考え過ぎだろ。思いこみ良くない。うん、きっと気のせいだ!

「ねえちゃん、なんてことしてくれたんだ……」

 孝君が恨み事混じりになんか言ってるが、知るか。私、悪いことしてないし?

 むしろ死神(ビス)曰く私のお陰で体乗っ取られずに済んだんだから感謝してほしい。何といっても死神の言うことなんだから、たぶん『勇者』や『賢者』に肉体取られるってのは間違ってない筈だ。

 初対面のどっからどう見てもオレ人間、みたいな野郎に何言われても孝君達にとっては信憑性なんぞ皆無だろうがな! これは死神っぽいビジュアルで自己主張しなかったビスが悪い。あ? 人前でそれは目立つ? それこそ私の知ったことか!

現代(ストレス)社会でも「俺は! 自由だぁぁぁあ!」とか叫んで大空に飛び出していく方が一定数いらっしゃるようだし、ここは心機一転! 新しい自分になって新天地目指してみちゃう☆とか、どうだろうか」

 まあ、それでもちょっぴり悪かったと思わないでもないので、提案とかしてみる。一応。

 ……孝君に重々しい溜息吐かれた。なんでだ。

「ねえちゃん、俺、既婚者なんだけど。この国にお嫁さんとその実家があるんだけど」

「なんと。いやでも孝君がそんな重要文化財か国宝かっつう代物を壊したとなったら、ご家族にも咎が及ぶんじゃない? ここはいっそ孝君が武器の残骸抱えたまま出奔して存在自体証拠隠滅!ってした方がご家族に類が及ばなくって済むんじゃなかろうか。ほら、罰すべき本人がいないし、何があったか不明なら罪もうやむや!」

「壊したのねえちゃんだろ!? さも俺の過失でぶっ壊したみたいに言わないでくれよ!」

 いつになく反抗的に、私をじっとり睨み上げる孝君。うん? なんだね、その眼差しは。おねえちゃんに何か言いたいことでもあるって言うのかい?

 聞けば国家の異世界人(けんじゃ)取り込み政策の一環で(あて)がわれたお嫁さんではあるものの、関係は良好とのこと。しかもこの国の貴族の御令嬢らしく、様々なしがらみがあるとかなんとか。

「でも武器壊れたって発覚するには猶予があるでしょ。おねえちゃん、上手く隠せば数か月はイケると思うな! その間に夜逃げしちゃえよ」

「軽々しく言うなよ……夜逃げって言っても何処に逃げるんだよ!? この国だけじゃなく、同盟結んでる国々にも追われる立場になるんだぞ。嫁さんだってお嬢様育ちだし、質素な生活には耐えられないだろうし」

「チッ……ブリリアントな嫁さんもらいやがって。甘ったれるんじゃありませんって頬張ったれ」

「ねえちゃんは鬼か!? 俺、そんな鬼畜な亭主関白キャラじゃないんだけど」

「つまり嫁の尻に敷かれてんだな」

「ねえちゃん、酷ぇ。けどな、あのな、そう簡単に夜逃げ決行とかホントに無理だから。しかも俺は、俺の場合は……っ」

 何やら重い空気を背負って言葉に詰まる、孝君。うん? なんか悲劇に酔ってる気配がするな?

 何事かと思うが、孝君は貝のように口を開かない。貝か……熱するか? そういやこのバット、炎属性とかなかったっけ。

『ああ、なるほど?』

「うん? 瀧本さん、何かわかったの?」

 私が孝君を煮る為に準備しようとしたタイミングで、計ったように瀧本さんが声を上げる。何か私に知らせたいことがあるんだろうか、この背後霊は。

『孝君とやら、気落ちする根本的な原因は……その首の『輪』にあるのではないか?』

「っ……な、なんで」

『なに、吾は少々魔の道には詳しくてな』

「魔王だもんな、瀧本さん」

『推測するにどうやら、国より離反出来ぬよう従属の首輪を嵌められておるようだ。この輪を解除せぬ限り、許可なく国を離れることすら出来ぬのではないか?』

「………………」

『その沈黙が答えだな。違うのであれば、一言否定すれば良い。だが否定は出来ぬ、そういうことであろう?』

「なんてこと……私の可愛い弟分に、なんてことするの。畜生が」

「畜生は止めなよ、ねえちゃん……女なんだから。あと弟分って、もう俺の方がずっと年上なんですけど」

「は? 年齢なんて関係ないわよ。何歳になろうと孝君は私の従弟で弟分なんだから。どんなに変わっても、一人だけオッサンになっても、孝君は孝君(副音声:私の子分止められっと思うなよ?)」

「ねえちゃん……」

 流石に、娘の前で弟分は止めてほしいんだけど、と孝君が言ったような気がしたけど聞こえなかったことにした。

「とりあえず、まずやるべきことは決まったわね」

「え?」

「まずは孝君の首輪をぶっ壊さないことには話が進まないみたいだから。夜逃げの相談はまずはそこをどうにかしてからでしょ」

「ちょ、ねえちゃん!? 下手に手を出すと爆発するんですけどこの首輪! 俺の首が飛ぶんですけど物理的に!」

「大丈夫、おねえちゃん……問答無用の暴力にはちょっと嗜みがあるの」

「そう言いつつなんでバットを構えるんだよ!? ちょ、そんなもので首殴られたら俺が死ぬんだけど!」

「ビス!」

「へい、姐御」

 私が指を鳴らすと、心得たと言わんばかりにビスが動いた。やべぇな……出会ったばかりなのに、もう私の意図を読んできやがる。

 ビスは迷いのない動作で、孝君を抑え込んだ。

 しっかり、その首をさらすようにして。

 私は慎重に狙いを定め……まずはイメージトレーニングも兼ねて素振りを三回。やあ、空気を切る音が気持ちいいね!

 なんか孝君の口から「ひぃっ」て小さな悲鳴が聞こえた気がしたけど、たぶん気のせい。

「せーの、」

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……! 助けて死んだお父さん!」

「……南無妙法蓮華経!」

 こんな大ぶり一択の金属バットじゃ、細かい的は狙い難いけど。

 私は孝君の首元で光る金属めがけて、バットを横ぶりに振り抜いた。


  ぱきんっ


 孝君の首輪に命中! 無事に破壊は完了した。……うん、孝君に被害はなさそう。

「奇跡だ、俺……生きてるっ ちゃんと首がある……!!」

「おねえちゃん、やる時はやる女なのよ」

「殺る女……」

 いまなんか、変な意味含めなかったか孝君? 私はバットをちらつかせながら、にっこりと笑って首を傾げる。

 孝君は何故か青い顔で黙り込んだ。よし。

『ところで、貴女のバットだが……』

「ん? どうしたの、瀧本さん」

『また進化していないか?』

「 え ? 」

 瀧本さんに指摘されて、握っていたバットをよく見る。

 ……言われてみれば確かに、また飾り増えてんな? 柄頭のところに、見慣れないでっかい宝石が。虹色にキラキラしてんだが、オパールともまた違うような……

「それ……俺の剣の、柄についてたヤツ!?」

「賢者の杖にも、そんな宝石が付いていたような……」

「つまり、やっぱあの剣と杖をぶった切ったせいか」

 瀧本さんの鑑定によると、新たにバットに増えた能力は勇者の剣と賢者の杖、二つ破壊した分合わせて【精神攻撃付与(強)】と【精神操作(強)】、それから【魔力増大効果】と【剣技上昇】、【命中率上昇】だそうだ。碌な能力ねえな! 使えそうなの命中率上昇くらいじゃん。精神攻撃とか操作とか、なんかヤバそうな能力は言うに及ばず。魔力が増えるとか剣が使えるとか、それって私にはまったく意味なくね? だって私の装備バットだし。そもそも魔法なんて使えないし。

「うっわ、使えねー……精神操作とか使う状況ってどんなだよっていう」

『軽々しく使えるものでないことは確かだな。貴女が人々を弄んで愉悦に浸る性質であれば話は別だが……』

「そんな七面倒臭い性質(たち)だったら物理攻撃一択で処々の問題乗り越えてきてないから。この五日間」

 今までの例を鑑みるに、撲殺した相手の特性や特徴を反映させた能力が増える確率が高いみたい。

 ……この、今増えた能力から考えると、本っ当にあの杖だの剣だのの中にいた奴は碌でもない奴だったっぽい。

 うん、殺っといて正解。死神も万々歳で諸手を挙げて喜んでるし、孝君も乗っ取られずに済んだ。良いことずくめじゃん? ナニかを撲殺してこんなにすっきりしたのは初めてかも! ……そんな比較が出来るくらいの数を撲殺したのかと思うと一瞬気が滅入ったけどね。

「あ、そだ」

 ふと、先日殺ったアレのことを思い出した。もうちょっと詳しく言うと、邪龍退治のきっかけになった女神のカナちゃんを。

 いま私のリュックの中には、カナちゃんにお土産に貰ったアレがあるんだよね。

 そして目の前には、王国のおエライさん達に脅迫されて従わせられてたっぽい孝君。

 ………………いろいろ思うところも、しがらみもあるんじゃないか?

 夜逃げするにしても、しないにしても、どっちの道も困難な理由って……この国のお偉いお歴々が孝君に絡むから、だろ?

 私は良いもん思い出したと、慈愛の笑みを浮かべて孝君にプレゼントを贈ることにした。

「孝君、イロイロ苦労した可愛い従弟に、おねえちゃんから素敵なプレゼントだよ!」

「は? いきなりなに!?」

「今まであげられなかった、孝君の十五年分のバースディプレゼントさ……」

「この流れで、いきなり!? 気にかけてくれるのは嬉しいけど突然過ぎやしない!?」

「アンハッピーバースデイ、たかしく~ん♪」

「否定がついた!? いや、今までの十五年思い返すとアンハッピーであながち間違ってはないけどさ! 嫁と娘が出来たこと以外!」

 怪訝な顔をする孝君の、それでも素直に差し出された両手に。


 私はわさっと 藁 人 形 を積んで差し上げた。


「ほあばおdしあああwweaeufoawaa!?」

「孝君、日本語喋って! 孝君! ほら、深呼吸!」

 孝君の言語中枢にどんな過負荷がかかったというのか、突如として何語とも判然とつかない謎の言語が戦慄く口から垂れ流される。

 そうかそうか、そんなに驚いたか。嬉しいだろう?

 藁人形の小山のてっぺんで、しっとり湿った……ビスの唾液を吸収して以来なんか好きに動くようになった藁人形がいっぴき。

 やあ!とでも言いたげに、フレンドリーさを前面に押し出して右手を掲げてご挨拶。シュールさ満点だなぁおい。

「ねねね、ね、ねえちゃん! これっなに!?」

「おまじない用の藁人形☆ 製作者曰く中級の神相手にこれ使って呪いをかけたらばっちり効果があったって」

「おまじないというよりソレ呪い! っていうかねえちゃん自身、呪いって言ってるじゃん!」

「まあまあ、効果の程は保証付き。それがこれだけあるんだけど……どうする? 孝君。欲しいなら譲ってあげるけど?」

「………………」

 孝君は私のリュックの中にあった藁人形全ての譲渡を希望した。当然譲ってやったんだけど、譲られた後で孝君がどんな用途に用いたのかは聞いていない。



 結局孝君とは、何をするにもまずは嫁との相談が必要とのこと。決断一つ、自分一人では下せないらしい。このへたれが。まあ、こんな重要な大事、嫁への相談なく決めたらそれはそれで殴り案件だけど。

 まあ、ご家庭の事情は人それぞれ。従弟といえど、夫婦間のことには敢えて首を突っ込むまい。

 様子は気になるし、気にかかる。この世界でたった一人再会した従弟のことだから当然だ。

 だけど今の私には、他にやるべきことがある訳で。ひとまず急を要する目的……私達は魔王・瀧本さんの復活を優先することにした。流石に孝君について行く訳にはいかないしね。

 孝君のことについては、瀧本さんの復活から戴冠式にかけての重要項目が無事に片付いてから改めて考えれば良いだろう。その時になったら、もう一度様子を見る為にこの国に来ようと思う。当然の如く、クリームちゃんを借用して!

「ねえちゃん、一つ頼みがるんだけどさ」

「うん? なーにー?」

「俺の娘を、暫く預かってくれないか?」

「おとうさんっ?」

 おいおい孝君よ、おねえちゃんは今から魔王の城に行くんだぜ? そこに娘も一緒によろしく☆とか、思いきった決断だなぁおい! へたれって言ったのは撤回するわ。

 けどさ、良いの? 娘さんと明らかに相談してないよね? 幼女が驚愕の表情浮かべて、孝君のズボンをぎゅっと握ってるんだけど。わああ……幼女が涙目になってんじゃん!

「お、おとうさ……どうして?」

「良いか、よく聞いてほしい。ねえちゃんも聞いてくれ。……このまま一緒に連れて行ったら、娘は人質にされかねない。だからねえちゃん、お願いだ。ねえちゃんと一緒なら、この大陸の外なら、上の奴らも手は出せないから……!」

「人質、ねぇ……。こんな幼女を質に取るって確信があるってことかよ。この国腐ってんなぁ」

 私のぼやきに、何故か勇者の肩がびくっと跳ねた。あ、そういやこの国の王子だっけ? 知らんがな。


 なんだかんだ、私は孝君のお願いに弱い。仕方ないだろ、相手は可愛い弟分なんだ。元々四歳も年が離れてるんだ。今は孝君の方が年上だけど、そんなことは関係ない。

 どうせ後は戻り道。道中最大の障害物(と、目されていた)巨人はとうに不幸な(撲殺)事故によって昇天している。

 今さら危険もないだろうってことで、瀧本さんも問題はないって言ったし(瀧本さんへの高い信頼)。

 こうなったら孝君の娘と友好を深めるのも悪くない。

「あの、よろしくお願いします……えまさん?」

「絵麻おばちゃんで良いよ! 私、孝君のおねえちゃんだし」

「……えっと、おいくつですか?」

「歳? 十八歳だけど」

「えまおねえさんって呼びますね!」

 なんと驚き、孝君の娘は幼女なのに空気が読めるらしい。良い歳した大人の勇者(笑)にも読めなかったのに。

 こうして私達の同中に聖女の肩書を持つ幼女と、あからさまに魔法使いって感じの格好をしたオッサン(推定年齢三十五歳前後)が加わった。

 ……ん? この魔法使いはなんでしれっとこっちについて来てるんだ? 勇者の仲間だろ。一緒に行けよ。

「いや、それが……拙者、勇者と賢者の秘密に前々からうっすら気付いておりまして。王国の上層部にマークされているでござる。……誰の手の及ばぬ場所にトンズラする好機と判断致した」

「あっれ、オッサンそんな口調だったっけ?」

「絵麻殿にはきちんと対応すべし、と心得まして……」

「それで何故、武士言葉」

「……んむ? 絵麻殿のお国では、これが礼節を重んじた話し方では?」

 間違って……ない? ん? 間違ってはないのか? んんん???

 とりあえず、言いたいことが一つ。

「孝くーん!? なにパツキンのおっさんにござる語尾仕込んでんのさぁ! お前は留学生に変な日本語教える暇な男子学生か!」

「濡れ衣だ、ねえちゃん! 俺も今はじめてそいつのそんな口調聞いたから! 明らかに! あーきーらーかーにっ先代の勇者の仕業だから! 前の勇者、日本からの召喚勇者だったから!」

 孝君の証言によると、志半ばでお亡くなりになったそこの勇者殿下の前の勇者っていうのが、日本から召喚された野郎だったらしい。そんで元々その勇者の仲間だった魔法使いは、その野郎からござる語尾を仕込まれた……と。

 私はこの世界に召喚されてから顔を合わせた、『日本人魂』の持ち主達の顔を順に思い出す。

 嫁を召喚するという理由で召喚魔法の研究を重ね、その為だけに前魔王を打倒した瀧本さん。

 今では下級とはいえ女神様になったというのに、前世から何を引きずっているのか呪いの藁人形を量産する業の深そうなカナちゃん。

「日本人ってマジ碌なことしねーよな」

「ねえちゃんだってその日本人!」

「だから言ってんだよ」

 しれっと返すと、何故か孝君が愕然とした。うん? その顔はどういう意味だい?

  



 ……一通り親睦を深めた後、私達は孝君達の今後は孝君たち自身に託し、一路この世界での始まりの場所である最初の撲殺事件の現場……瀧本さんの身体が保存されているであろう、魔王城を目指した。

 クリームちゃんは流石の快速。黒闇大陸まで帰り着くのに、一日はかからなかった。それでも孝君達とわいわい騒いだお陰で、魔王城が見えてきた時には日付が変わっていたけれど……それでもやっぱり、移動時間そのものは破格の短時間だった。

 だから、帰りついてから目的を達するまでに余計な時間がかかったとして。

 それは全部、クリームちゃんじゃなくって他の要素が原因だ。


 そう、別の要因。

 

 速度以外の原因で、私達は瀧本さん(本体)との対面に時間を取られることとなる。



 何があったのか、気になるか?

 気になるって言うんなら具体的に言ってやるよ。


 数日離れた、魔王城。

 戻ってきたら、知らねぇ奴に乗っ取られてた。っぽい。

「おいおい瀧本さんよ、留守めっちゃ守られてねーんだけど」

『吾も何が何だか……! これは一体、どうしたことか』

 私達はクリームちゃんの背の上で戸惑った。

 飛竜用の発着場は閉鎖され、クリームちゃんは魔王城に降り立てずにいる。

 発着場だけじゃない。魔王城の門も、窓やテラスも塞がれて籠城の構えってヤツか? 要所要所には兵士っぽいのが立ってるし、物々し……ってこっちに何ぞ撃ってきたんですけど!?

「遠距離攻撃にしたって飛距離長くね!?」

『魔法弾だ! 全員、クリームにしがみつけ。緊急回避は酷く揺れるぞ!』

 自力で空にいるビスと、元より浮幽霊状態で攻撃無効の瀧本さん以外は、自力で空なんて飛べやしない。それ即ち、落下=死。わあ、なんてシンプルな方程式なんでしょう! くそったれが!!

 もう空に身を投げ出されそうな大揺れだ。こんな事態が待っているなんて思ってなかったから、油断していた。魔族の大陸に来るってことで警戒していた幼女と魔法使いの二人も目を白黒させて、必死に私の背にしがみ……って何故私にしがみつく!? クリームちゃんにしがみつくとこじゃね!? 私みたいな頼りない小娘の身体を命綱にされても困るんだけど! 特に魔法使い、てめぇの体重絶対に私より重いだろ! そんなもん支えきれるかーっ!!


 私は身を縮めて衝撃に耐えながら、思った。頭の中では瀧本さんやメルクリウス君の話を思い出していて。

 もしや、魔王の座を狙う有象無象が瀧本さんの首を狙って魔王城に攻めてきたんか、と。

 それでそれで、魔王城を守る筈の魔王が不在だったから、乗っ取られたのか、とか。

 色々思ってたんだけど、言いたいことはまず一つだ。


「いつまでもバカスカ撃ってきやがって! 調子に乗ってんじゃねーぞタコがぁ!!」


 言い訳はしない。イラッとしたんだ。

 だってさ、ほらさ、不安定な場所にいるのにめっちゃ揺さぶられるような状況にやられてみてよ。クリームちゃんの背、乗り心地は悪くないけど取っ掛かり少ないんだって。こんな所でぐわんぐわん揺らされてみ? 気持ち悪くなってくるから。

 このままじゃ酔う! と、そう思い至った私には、我慢なんて出来そうになかった。

 だから、さ。そんな事が出来るなんて思ってなかったんだけど、さ。

 体が勝手に動いた。

 右手に握っていたバットを、一閃。


 そしたらなんか、右手のバットが火を噴いた。


「って、え、え、えぇぇえええええええっ!?」

 なんか呪われてんの?って聞きたくなる程ドス黒い、The 地獄の火炎☆とでも呼んでおかしくないような、そんな禍々しいファイヤー。それが、お空の遙か上空から魔王城に襲いかかったかと思うと、こっちに魔法バンバン撃ってた兵士っぽい人達を薙ぎ払っていく。そして炎にまかれて城壁から大いなる大地へと落下していく兵士達……わぁ、ヒトがゴミの様だー(棒)。人じゃないけど。

 正直に言おう。

 めっちゃビビった。

『流石だな、この距離から火炎が届くとは……』

「そ、それより! 瀧本さん!? バットから火が! バットから火が……! 火元なんてどこにもないのに!」

『ん?……ああ、そうか。以前の時は寝ぼけていたんだったな。それでも尚、使いこなすとは……』

「体が使い方を覚えてたんすね、姐御」

「なんでお前ら二人平然としてんだよ!?」

『「前にもう見てるから』」

「一体いつの間に!?」

 どうやら私が寝ぼけてビスをボコボコにした時、既にこの火炎放射(ネタ)はやっていたらしい。何やってたんだ、寝ぼけた私……。

 バットが勝手に良い仕事を達成してくれたお陰で、こっちに魔法撃ってくる無謀な兵士は城壁の上から消えた。

「どうしよう、瀧本さん……大量虐殺は流石に胸が痛む!」

『大丈夫だ』

「何が!?」

『魔の者達は頑丈揃いだからな。骨まで残さず燃え尽きたのであればともかく、城壁から自ら落ちていたであろう? 恐らく火を避けて堀の水に逃げ込んだようだ。城壁から落下した程度では死なぬから、気にすることはない』

「姐御姐御、俺の死神アンテナも特に誰も落命はしてないって言ってるから安心しなよ。まだ誰も死んでない。まだ」

「その『まだ』って強調する必要あった……?」

 何はともあれ、此方に妨害しかけてくる奴等は消えた。水中に。

 長時間の移動で疲れていたところをいきなり狙撃されて、バットがすぐに蹴散らしたとはいえ襲われた心労も大きかったんだろう。

 幼女と魔法使いは、なんかびくびくとこっちを見ている。うん、なんだい? ナニか言いたいのかい?

「それで姐御、どうする? なんか全然歓迎されてない雰囲気なんだけど」

「いやむしろ、これ別の意味で大歓迎されてない?」

『歓迎されているにせよ、いないにせよ、吾らが取るべき道はさほど多くあるまい』

「そうだね。私、余裕を持って帰ってきたつもりだったんだけどなぁ……これでも遅かった、ってことか。ショック」

 瀧本さんの戴冠式、と言われていたのは私がこの世界に来た時点で一週間後に迫っていた。

 そして、今。

 日付はさっき変わったばかりで。


 まだ朝方だけどさ……今日は私がこの世界に来て、六日目に当たる訳で。


 えっとマジで? これどう考えれば良いのさ。

「もしかして瀧本さんの戴冠式、延期!? タイムリミット無効!」

『いや、最早そういう問題ではない。忘れているのかもしれないが、吾の身体は十中八九あの吾らに友好的とは言い難い何者かの手に落ちた城の中だ。メルクリウスが持ち出してでもいない限りは……しかし危うい状況にある吾の肉体を保持する都合上、持ち出せたとは思えぬが』

「Oh……なんてこったい」

 つまり、アレか?

 瀧本さんの肉体の安否が気遣われる。

 あの城を今占領している奴がどういう料簡かは知らないが……魔王の座を狙ってのことなら、正当な魔王に当たる筈の瀧本さん(本体)が無事に済むとは思えない。

 そして死にかけた瀧本さんの肉体は、たぶん魔王城の中に置きっ放しで。

 ……復活させる為には、敵地と化した魔王城の中を兵士っぽい奴ら薙ぎ払って進んで行かにゃならん、と。

 しかも無事に瀧本さん(本体)安置所に到達できたとして、瀧本さん(本体)が無事とは限らないって言う。

 え、何この無理ゲー。難易度高くね?

「姐御姐御! 一応、鬼籍にアクセスしてみたけど瀧本の名前はまだ載ってないっす!」

「……つまり、まだ一応、肉体は死んでない、と」

『それもいつまで保つか知れたものではないがな。……ふ、今の内に辞世の句を詠んでおくか』

「ちょ、瀧本さん! 世を儚むのは早過ぎる! 諦めちゃ駄目だ!」

 やばい。瀧本さんが絶望的な目の前の現状に何か黄昏だした。一刻の猶予もならんのは確かだが、瀧本さんのメンタル面が一番不安だ。そりゃ自分の肉体がどうなるかわからないとなったら、目が遠くなるのもわかるけど!

 これは時間をかければかける程、こっちが追い詰められるパターンだろ。私達に悩んでいる時間はない。ついでに作戦なんて繊細な物を立てるのも情報を集めるのも時間が許さない! ってこれ、こっちが負けるパターンじゃねーか!

 勝利を確実な物とするには、事前の情報収集と作戦立案が大事! これ鉄則だろ!? なのに私達にはそれすら許されないっていうの。

「姐御、俺からちょっと提案!」

「何か良案があるの、ビス」

「とりあえず、二手に分かれようぜ」

 おいおい、戦力の分散はただでさえ少人数のこっちが不利になるだけじゃ……

「死体の蘇生くらいだったら、俺でもできる。っていうか死神の俺以上に適した人材も早々いないと思う。一方、姐御はアレだ。殲滅担当火力夥多、撲殺の権化……」

「ビス? 好き勝手に言ってるけど、多人数相手なら囲われてお終いだからね? 私、そんな便利なイキモノじゃないから。あとお前、現世にゃ不介入って話はどうなった。」

「戦力配分的には、姐御が最強だと思うんすけど。炎ばらまいて牽制して、隙のあるヤツから討ち()っていく……ほら最強じゃん? あ、あと現世への不介入云々はほら、瀧本ってさ……半死半生じゃん? 予定にない人間がうっかり棺桶に足突っ込みかけてたら、現世に蹴り出してやるのも死神の仕事だから」

 ビスの言い分には文句しかないんだけど……けどさ、なんで私以外の全員がうんうんって真顔で頷いてんの? え、私の意見って少数派?

「瀧本の死体は」

「本体って言え、本体って! まだ死んでないから!」

「……本体は、聞いた話じゃ地下に安置されてんだろ? 召喚魔法陣があるっていう」

『ああ。現状、吾の肉体は危険な状態にあるからな……とてもではないが、惨劇現場から動かせるものではない』

「ってことは、まず瀧本の復活を成功させるには地下に行かないといけないってことで。でも今、城が乗っ取られてるじゃん? この場合、大体城を乗っ取る奴ってのは魔王になりたい誰かって考えるのが妥当だよな」

「まあ、わざわざ魔王城を乗っ取るくらいだから……魔王になりたいんじゃない? 瀧本さんみたいに他に目的があるって言うんならまた違うけど」

「そういう特殊なケースを考え始めるとキリがないから。でも魔王願望の強い調子に乗った奴が、実際に魔王城の占領を達成したとして。そういう王冠に執着のあるヤツが占領に成功した場合、こだわる場所は……?」

『……玉座の間か。確かに王になりたいモノが、最も重要視するのはそこであろう』

「そうそう。そこに侵入者が来たってなったら、指揮系統の都合から考えても城の中枢……鼻を高くしながら玉座でニヤニヤ指示を下すもんなんじゃない?」

 ビスの意見には、不思議な説得力があった。

 なんか、そう言われたらそんな気がしてくるっていう……

「ってことで、姐御にはまず城の中枢、玉座の間を制圧してほしい。その間に俺は瀧本の蘇生しに地下まで忍び込むから。玉座の間を姐御が押さえたら、城の動脈押さえたも同然だし? そこに城を乗っ取った馬鹿がいれば万々歳、いなくっても玉座の間が制圧されたら慌てて駆け込んでくるだろうし、そこを姐御が撲殺すれば一気に解決!ってね」

「なあ、ビス」

「ん? なんだい姐御」

「お前、さも私が遊撃班として城を取り戻しに――みたいに言ってるけどさ、それ要はお前が動く間、視線を集める囮になれってことだよな?」

「………………」

「よし、あの城制圧する前にまずはお前の息の根を制圧してやるよ。乾パン野郎が」

「待って! 勘忍して! 殿中でござる! 殿中でござる!」

「うるせぇ、ここは立派な野外だろうが! またタコにすんぞ、乾パン野郎!」

 しかし悲しいかな、ここでも私は少数派だった。

 時間の勝負って側面があることは確か。だから城の奪還と瀧本さんの蘇生、二手に分かれることを他の面子にまで支持されちゃどうにもならない。

 良いさ……どうせ、元々私は瀧本さんやクリームちゃんとの一緒とは言え、人口的にはひとり旅だったんだ。今更、他の奴らと別行動になったって……って、ちょい待て。おいこらビス?

「いや、だってさ。戦力を均等に分配するとこの班分けが一番しっくりくるし! 姐御も足手纏いがいるより動きやすいだろ? 道案内なら瀧本がいるしな」

「だからってこの班分け、人数偏り過ぎだろ!?」

 戦力の配分ってヤツを考えると、これでも私の方に比重が傾いてる……なんてビスが言うけどさ。こら待て。

「だって聖女ちゃんは回復魔法使えるから瀧本の蘇生手伝ってもらいたいし。流石に俺が直接生き返らせるのもギリギリだから、俺が指示出して聖女ちゃんが実行するみたいな? 魔法使いには聖女ちゃんのサポートしてもらいたいし」

「それでお前らが全員一緒に動くのに対して、私だけ単独行動って私はぼっちか!」

「瀧本がいるじゃん! 姐御と瀧本はいつでもどこでも一心同体だろ、蘇生してない現状は。それにクリームも単独行動だから」

 外側から城を襲って攪乱するっていう重要な役目がクリームちゃんには任された……ってことになってるが、何のことはない。クリームちゃんが巨体過ぎて人間サイズ適応の城に入れないだけだ。だから役割を振っても、城の外側から適当に攻撃をするってところに落ち着いた。破壊し過ぎて城を崩壊させない程度に留まると良いがな?

 それに対して、私は人間サイズでお城にもばっちり対応なのにまさかのぼっち。いや、確かに瀧本さんはいるけどさ……実質ひとりで城を制圧してこいって無茶ぶり過ぎんだろ。なあ、高難易度ミッションにも程があるよな?

 それで私やクリームちゃんが敵の目を集めている間に、ビス達はこっそり戦闘を避けて忍び込むって言うんだぜ? ……まあ、そりゃさ。孝君の娘はまだ幼女だし? 少しでも安全確率の高い方に振るのに異論はないが。でもなんだ、この釈然としない気持ち!

『……クリームに、なるべく玉座の間に近い場所の壁を破壊させる。そこから突入すれば、玉座の間を押さえるのもそう難しくはあるまい。それで、手を打ってはくれまいか』

「瀧本さんがそう言うなら……けどさ、せっかく私が樹液取ってきたのに! 肝心のところ取られた気がする」

 ずっと、瀧本さんを私が復活させるんだって。

 その為にわざわざ世界樹の生えた大陸くんだりまで出かけて、すったもんだしながら樹液を採ってきて。

 ずっとずっと、瀧本さんの復活を目的にしていたのに。その重要な目的を、最後の最後でビスなんかに譲らなきゃならないのか……

 今の気分は、最後に取っておいた取って置きの好きなおかずを横からかっ攫われた心境に近い。

 本音を言うのなら、単独行動云々よりも、実はそこが引っ掛かっている。

 瀧本さんの復活を他人任せにするのが不満なんだ。

 だけどこの状況は、どう見ても非常時ってやつで。しかも時間との勝負なんて言われた後だろ? だから、素直には言えなかった。 

 私が瀧本さんを復活させたいんだ、なんて。我儘みたいで言えなかったんだ。

「……仕方ない。もう、こうなったら任せられた役割きっちりやりこなしてやるよ! それで鬱憤晴らしといかせてもらおうか!」

 だから最後は、ヤケになって。もやもやする気持ちなんて振り切って。

 無理やり自分を奮い立たせないと、なんかもうやっていられなかった。


 折角の役目、私がずっとやるつもりでいたこと。やりたかったこと。

 瀧本さんの復活。

 

 その役目を譲ってやるんだから……しっかりやらなきゃ、ビス殺す。


「うっ……今なんかぞくってした寒気が!」

「風邪かよ、ビス。体調不良は言い訳にさせないからね」

「なんか姐御の目が怖い!」

「……良いからさっさと行ってこいやぁ!」

 玉座の間は、それがお定まりってヤツなのか魔王城の最上階。

 一方、瀧本さん(本体)安置所は城の地下。

 忍び込むにも、出発点はずらした方が効率的。……ってことで、私はクリームちゃんのすぐ横を自力で飛行していたビスに、気合と激励を込めた踵落としを炸裂させた。まあ、体重を乗せたとは言え、ほんの小娘の踵落としだ。そこまで威力はなかろう。別に私、太ってないし。


 ……が。


「うわぁぁあああああああっ」

 何故かビスは奇声を上げながら墜落していった。

「『「「…………」』」」

 それを何となく見守る、私達。

 あの野郎……私の体重が重いってか!? あ゛ぁ゛!?

 何のパフォーマンスかは知らないが、次にあったら一発殴る。そう決めた。

 私を怖々と見上げる、幼女。その眼差しにある若干の怯えがなんか痛い。心配せずとも、私は孝君の娘さんを龍の背から付き落としたりなんてしないのに! 飛べるヤツしか落したりなんてしないから!




 城の上層で、私はみんなと別れた。

 此処からは私と瀧本さんの二人、実質ひとり。戦力的にも物質的にも私の単独行動だ。瀧本さんはただのナビゲーションシステムと化した。まあ、随分と心強いナビだけどね!

 だって瀧本さん、城の隠し通路とか網羅してるんだもん。

 そのお陰で、玉座の間まではほぼ敵との接触スルーで進めた。まあ、それでも隠し通路から隠し通路へ移動する際、ちょっとだけ廊下に出た瞬間とかに敵兵らしいおにいさん方と接触して色々あったりしたけれど。

 色々……そう、ここまでイロイロあったなぁ。私は額に滲んだ汗を拭って遠いお空に目を向けた。やあ、今日も良い天気だ☆

 私は見ないぞ。絶対に、バットなんて見ないぞ☆ ナニが何だろうと、ちょっとカラフルになっちゃった今のバットを見る気はない。

 ……あいつらが悪いんだ。こんなか弱い女子高生を見るや否や襲ってくるから! ちょっと身の危険を感じて、自己防衛しちゃっても良いだろ? 仕方ないだろ!? これは正当防衛だ!

 だから間違っても、瀧本さんの呟きは私には聞こえない!

『……あやつら、魔王城(ここ)の正規兵だな』

「なんで味方の筈なのに主君(の、亡霊)に襲いかかってんだよ、下剋上かよ!……ハッしまった反応しちゃったよ」

 大丈夫、大丈夫だ。たぶんギリギリ死んでないから! 多分だけど!

 どうやら私達を迎撃してくれちゃった奴等は、瀧本さん曰くお城の正規兵。つまり本来なら瀧本さんの配下。正式な魔王にお仕えする身……ってことだよな。前の魔王は人望なかったらしいし、瀧本さんが倒したし。前の魔王に忠実だった一部の奇特な皆さんは、王位簒奪が成った時点で牢獄送りにしたそうだから。

 だから瀧本さんに従順な奴らしか、正規兵には残ってない……って話だったんだが。これはどういうことなんだろう。つまり、瀧本さんが不在の間に彼らの認めるような新しい魔王が起ったとか? 瀧本さんから鞍替え成立しちゃったのか? ……考えても、私の頭はそこまで良くないからわからない。誰か説明してくれないもんか。

 そう思っていたら、都合よく。

 私達の前に説明してくれちゃうヒトが、本当に現れた。


「――思った以上にお早いお帰りでしたね。陛下、絵麻さん」

『メルクリウス!』


 いま、私達の目の前にいるのはゴシックショタのメルクリウス君(年齢不詳)。

 てっきり瀧本さんの本体を守っているだろうって思われたのに……何故、此処にいる?

 現在地は玉座の間の、前。大扉に隔てられたちょっと広い空間。謁見を望むヒト達の控え室なんかがある回廊の、ど真ん中だ。

 そこで玉座の間に繋がる扉を背後に佇む、メルクリウス君。

 どっからどう見ても、微笑む少年の立ち位置は完璧に敵ポジションです。有難うございます。

 うん、ちょっとそこの君? これは一体どういうことか説明プリーズ?

「って、裏切りかよ! マジで下剋上かよ!!」

 これってつまり、そういうことだよね?

 玉座の間の前で控えて、門番っぽいことしてるってことは……ゲームで言うところの中ボスですか? なあ、メルクリウス君が中ボスなのか? だってそうだよね、大ボスなら玉座の間で待ってるでしょ。そこを前座よろしく露払いですみたいに此処にいるんだから。

 つまりメルクリウス君が主君足ると認めたヤツが扉の向こうに……?

「申し訳ありません、貴方がたの前を塞がざるを得ない私をお許しください」

「え、なんか都合のいいこと言わないでよ。メルクリウス君!」

「仕方がないのです。あんな風に人質を取られては、この城の者は従わざるを得ません」

『人質……? メルクリウス、お前達は無理やり従えられていると? ……城のモノを皆等しく従える質とは、なんだ』

「ふふ、その口ぶりではもう既に察しておられるのでしょう、陛下」

『吾を未だ陛下(・・)と呼ぶ。そういうことか……』

「いやいやちょっとちょっと! 二人で納得してないで私にも説明してよ。私、馬鹿だし二人が知ってる前提とか色々知らないし。話について行けてないから! えっと、人質がどうしたって? ん? 人質がいるの?」

「はい。陛下です」

「んん???」

「ですから、人質です。


  魔王――瀧本清春(本体)陛下が人質に 」


「瀧本さぁぁぁああああん!? ちょ、やばっ! こっちがまさかの本命ですか!?」

 ビス! あの乾パン野郎! 畜生、あいつら何しに行ったんだよ! あいつらが地下まで到達したってそこは蛻のからじゃん空っぽじゃん! 蘇生させようにも何にもねーよ!!

「残念な事ですが、陛下を盾に取られては……ましてや、力量でも叶わぬ相手。陛下をお救いすることも無理だな、と。我らは早々に戦況分析の結果諦めました」

「諦めんなよ! そこで諦めちゃ駄目だろ、忠臣!」

「ですから、我らは現状逆らえないのです。なので絵麻さん、貴女のことも……いくら陛下憑きとはいっても、ここで阻む他にありません。我らに出来るのは貴女方を命令通りに捕縛した後、密かに『世界樹の樹液』をすり取って陛下復活のさりげない機会を窺うこと……くらいでしょうか。長期計画で動かざるを得ないので」

「気が長いにも程がない? 私、ここで大人しく捕まる予定はないんだけど。っていうか長期計画って、そんな長くは瀧本さんの身体が保たないんじゃないの!?」

「逆らえないんですから、他に手がなくて困っています。ですから、絵麻さん。私達は貴女の邪魔しか出来ないので――折角ですから、此処で討ち取ってもらえませんか?」

「え、誰を?」

「私を。邪魔にしかならないので、ここで排除しておいて下さい」

「ちょ、待て。だから諦めないでってば! マジで潔過ぎだから!」

『――絵麻さん』

「え? なに、瀧本さん。メルクリウス君の説得、瀧本さんからもしてよ! しようよ!」

『それより、『世界樹の樹液』は余分に持っているな?』

「……持ってるけど。採取の時、余分に採ったし。ビスにも一瓶渡したけど、予備はあるよ?」

『であれば、是非もなし。メルクリウスがああまで言うのだ。ここは九割九分九厘殺しておいて、後で蘇生させる方が……』

「だから潔過ぎだろお前ら主従ぅぅうううううううっ!! そんなサクッと殺してサクッと復活!みたいに都合よく行くかばかー!」

 おいおいおいおいおいおおおおおい! 正気か瀧本さん! 孝君のバットは即死補正が効き過ぎってくらいに良く効いてるんだぞ!? そんなもんで殴ったら九割九分九厘どころか全殺達成しちゃうだろうがー!! 撲殺しちゃうだろうがぁぁぁあああ!!

 私は頭を抱えた。なにこれ。ねえ、なにこれ。味方の筈のメルクリウス君から喰らう精神攻撃が酷過ぎるんですけど。私に味方殺せって、おい!? 流石に色々事故った結果に私が撲殺犯みたくなってるけど、そこまで堕ちたくないんですけど!

「………………ここは、生捕にして簀巻で放置、くらいのレベルで勘弁してもらえない?」

「ですが私は陛下の身柄を盾に命じられた身。陛下(本体)からの命の上書きでもない限り、全力で抵抗し、全力で貴女の無力化を図らねばなりません。それでもなお、貴女は私を生かして捕らえると?」

「ああ、もう! やるよ、やったるよ! 私も本心から敵対したい訳じゃないヒト殺したくはないの! 無抵抗はまずいっていうなら、抵抗するふりで落とし所としてはどうだろう!」

「……残念ながら」

「もうちょっと融通利かせていこーぜ!?」


 そして、何故か。


 本来味方同士(?)である筈の私とメルクリウス君の死闘が始まった。いや、どっちも生捕目的だけど、メルクリウス君の抵抗がヤバくってさ……


「ちょ、メルクリウス君!? なにそれ巨大化!? 卑怯! 卑怯だ! 巨大化禁止ー!」

「残念ながら、これが私の本当の姿でして……本気で抗わねばならないものですから。申し訳ありません」

「しれっと言うのやめようぜ!? 全然申し訳なさそうに見えないからー!」

 私の武器は孝君の金属バットこれ一本。しかもうっかり殴ろうもんなら即死効果という恐怖のオチがついて回る曰く付きの逸品だ☆ ……使えねえ! 生捕たい時とか、マジ使えねえ! うっかり殴ろうもんなら問答無用で殺しちゃう☆とか使い勝手悪過ぎだろ!?

 最強の武器を封じられた私には、自慢の運動神経に頼ってメルクリウス君のえげつない攻撃を避け続けることしか取れる手段が見つからなかった。

 いや、本当にさ……えげつないんだよ、メルクリウス君の攻撃!

 本当にヤバい攻撃は生捕目的だから控えてもらえてるっぽいし、私の知覚外の攻撃は瀧本さんが教えてくれてフォローに回ってもらってるけど、それでやっと避けるのが精々。マジな本気を出されたら、私……終わる! やだよ、絡め手とか苦手なんだよ! もっとシンプルに単純に、殴り合いとか直接的な手段で白黒付けようぜ!?

 今のメルクリウス君、手足がにょっきり伸びた成人男性の姿で、私より余裕で強そうだけどな!

「済みません、私は夢魔でして」

「だからって増殖するのは止めようよ! どれ!? どれが本物!?」

『落ち着け! 殆どは幻覚だ』

「幻覚? セオリー通りなら影がないのg……って全部影あるし! しかも動きに合わせて対応してるし!」

「私の幻術を三流の技と同じと思っていただいては困ります。私はこれでも宰相職を預かる身……魔の大陸で重職をいただくのです。それなりに実力がなければ上になど立てません」

「ヤバい、この幻……質感あるんですけど!」

『……それが本物では?』

「え、マジ!?」

 思わず腕を掴んでいるメルクリウス君を凝視すると、周囲で五人のメルクリウス君が同時に囁いた。

「「「「「済みません、本物はこっちです」」」」」

「っだから、惑わすのは止めてー!!」

 どうしよう。本気で苦手なタイプかもしれない……! さっきから私、なんか翻弄されまくってるんですけど!?


 いつしか現場は、童心を思い起こさせる懐かしの光景……鬼ごっこの様相を呈し始めていた。

 もちろん、私が鬼だよこん畜生! ひらひらひらひらあっちこっち飛び回る三十体のメルクリウス君(二十九体は幻覚)を追いかけまわすという無間地獄。何この疲労の極地。それでいて隙を見せれば、こっちが拘束されそうになって気が抜けない。

 時々瀧本さんが私より先に本物のメルクリウス君を見つけては、指をさして教えてくれるんだけど……指示を貰っても三十体のメルクリウス君が無尽蔵に動き回るものだからどれがどれやら。うっわ、わからねー……。

 もう、幻全部バットで薙ぎ払ったろか……! こっちは体力にも限界ってモノがあるんですけど!

 そんなに気の長い方でもない私は、やがてメルクリウス君の迂遠な精神攻撃に。


 キレた。


「く……っこんな非道で外道な方法、本当は取りたくなかったんだけど!」

「え?」

 私は急いで懐に手を回す。孝君に上げた、たくさんのお土産。その中で一つだけ、受け取りを拒否されたモノがある。

「出でよ! わーらーにんぎょーうー!」

 ぴょこっと頭を出して、ぴこっと手を振り上げご挨拶。

 ……そうさ、あいつさ。

 ビスの唾液を吸収して以来、自立しちゃった藁人形。自分で動くその姿が不気味と、孝君に受け取りを拒否されちゃったアイツ。

 仕方がないから持ってきてたけど、こうなりゃ手段は選ばん。呪殺だろうが撲殺だろうがやってやらぁ!

「行け! 藁人形!」

「(ぴこっ)」

『――って、呪うのではないのか!?』

 ただし、正しい使用方法を守るとは限らない。 

 いやさ、普通に考えてくれよ瀧本さん。こんなドタバタと落ち着かない場で、それも生捕にして来ようとする奴がいるところでさ――悠長に藁人形に釘打ったりとか無理だろ。しかも本来の呪いの作法に則るなら、姿を見られるのはマナー違反だ。呪い返しがこっちに来ちまうだろ!

 だから私は邪道に走った。呪いのアイテムなら……人知を超えた力を持つに違いないと過信して! しかも神様社会の中間管理職を祟れるくらいの力があるんだろ? だったら……魔族くらい、相手取れるだろ! そして藁人形は、私の期待によく応えてくれた。カナちゃん、マジで感謝だ。

 藁人形は私が指示を下すや否や、ぐぐっと姿勢を低く下げ……え、クラウチングスタート!? そのまま暴走特急の如き勢いで走りだしたんですけど! フォームが短距離走選手並みに見事なんですけど!? シュパパパパパッて効果音が聞こえる……!

 カナちゃんの前世は、聞くところによると日本の江戸時代を生きた娘さん。そんな彼女の作った藁人形が、どこでそんな陸上競技の知識を覚えてきたのか……謎だ。

 私と瀧本さんが目を見張る中、藁人形は迷わなかった。

 呪いの力か、それとも人形由来の謎知覚によるものか。

 藁人形は一直線に走る。……何もない方向に向かって。

「どこに行ってんだぁぁああああ…………って、えぇ!?」

 何もない場所だった。何もない筈だったんだが……そう言えば、そこには柱が一本。藁人形がその柱にぴとっと飛びついた瞬間。


「わぷっ」


 確かに聞こえたボーイソプラノ。

 瞬間、私は咄嗟に身体が動くのを感じた。本能が、この機を逃すなと強く叫ぶ。

 私は体を突き動かしてくる衝動に逆らわず、身を任せ……そして流れるような動作で、思わずバットを振りかぶり。


「その(たま)、獲ったらぁぁあああああっ!!」


 力強く、空気を切って。

 孝君の金属バットを振り抜いていた。そのまま勢い任せに、すっぽ抜ける金属バット。私がわざと手を放したからだけどな!


 そして放たれたバットは。

 藁人形に……藁人形越しに、メルクリウス君の顔面にヒットした。めっちゃクリティカルだった。

 




今日のぎせいしゃ

 ・いっぱい


少なくない命がバットの露と消えた昨今。

果たして、メルクリウス君の命運は――!?

そして緩衝材よろしくバットと顔面の間でサンドイッチとなってしまった藁人形は!?

そんな感じで次回の冒頭ははじめさせていただきたいと思います。



「ねえちゃん、連絡手段なんだけど」

「おねえちゃんのケータイは現在電波の届かない所に……」

「そうじゃなくて、娘が俺との連絡手段持ってるから」

「ほほう? ちょっと見せてごらんよ」

「これ……(じゃらり)」

「!! これは……」

「ちょっと娘に持たせるつもりで改造しちゃったんだけど、ちゃんと使える。使い方は……」

「それよりやべぇな! このセンス。女児向け魔女っ子アニメの玩具みてーになってんだけど! え、これ孝君が?」

「反応するのはそっち!?」

「そっちもどっちも、このデザイン以外の何に反応しろって!? スイッチどこだ、スイッチ! ぽちっと押したらピコピコ音がなって光るんじゃねーの!?」


 その後、連絡手段は今後も聖女が持つことで双方の合意がなされたらしい。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ