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魔王撲殺  作者: 小林晴幸
本編
6/20

―5日目― 賢者撲殺

勤労バット




 犯人の私と、被害者で魔王な瀧本さん。それから瀧本さんの高速飛龍クリームちゃん。

 一風変わった面子のこの道行に、新たな同行者が増えた訳だが。

「乾パン君とビスケとビスマルク、どれが良い?」

「まず聞くけど、何が?」

「あんたの呼び名」

「……ビスで」

 標的と勘違いして瀧本さんをストーキングしていた死神のビスキュイ改めビスも加わり、面子がますますもってカオスになってきた気がした。

 この面子の中じゃ、私って浮いてるんじゃないか。そう思いもしたが、人目を気にするような旅でもない。

 道行も、後は瀧本さんの城に帰るだけだ。猶予(タイムリミット)は今日を入れても後三日。明後日の日暮れまでに帰りつければミッションクリアだ。それもクリームちゃんの飛行速度なら多分余裕。真っ直ぐ飛ぶだけなら、明日にはきっと魔王城に帰りつける。

 心のゆとりもちょっとは出来た感じだ。

 そこで瀧本さんの提案通り、ちょっと寄り道することにしたんだが……

『――その街に寄るのは反対だ』

 瀧本さんは厳しい顔で、寄り道先の希望を上げたビスに相対している。

 ビスがおススメだっていう街の名前は、当然ながら私が初めて聞く名前で。その街の良し悪しも瀧本さんが反対する理由も私にわかる筈がなかった。

 こっちの世界の地理に明るくない私としては、どこのなんて名前の場所だろうと判断材料がない。だから瀧本さんが決めた場所に素直に向かうだけなんだが。

 ……ん? 場所の決定権が瀧本さんに一任されている理由? そんなの聞くまでもないと思うけど、信頼度の違いだ。昨夜初めて顔を合わせた、それも連日瀧本さんを襲っていた死神野郎と不可効力っぽくはあるが私のサポートとして実績を積んでる真っ最中の瀧本さんなら、信頼性の高さとか比べるまでもないと思う。

 魔族の大陸に籠りがちだった瀧本さんより、人の大陸のことなら自分の方が詳しいって死神がやたらアピールしてくるがな……!

『そこまでして、どうしてその街が良いんだ』

「逆に聞くが、どうしてその街じゃ駄目なんだ?」

 頑なに駄目だという瀧本さんは幸い、理由もなしに反対するような理不尽さは持ってなかったようだ。難しい顔で、ちゃんと納得できる理由を教えてくれた。

死神(おまえ)の薦める街は……先日、吾らが宿を取った街の、隣街だからだ』


 ああ、うん。納得した。


 つい数日前、この大陸で宿を取った時。私達はいきなり勇者何某っつう中二臭漂う男に絡まれた。

 そこで不幸な事故(・・・・・)が起こり……偶然とはいえ、騒ぎを起こしたばっかりだ。

 相手は勇者(笑)だが、王族っつう話も噂されてたし。王族=権力者っつう図式がこっちの世界でもまかり通るんなら、偶然の結果(・・・・・)危害を加えてしまった私はちょっぴりまずい立場に立たされることになる。私はまっっったく悪くないんだけどな! 絡まれたのも向こうからだし、私は一寸投げつけられた魔法に驚いて打ち返しただけだから! これで相手が怪我したとしても正当防衛! 正当防衛だから!

 この世界が前世より理不尽じゃないなんて、誰が保証する? ちょっと貴族の気分を害したってだけで粛清される……なんて有り得るかもしれない。

 私としても、ほとぼりが冷めるくらいの時間が経ったとしても、もう二度とあの街には立ち寄れないんだろうなぁー、下手したらあの街のある国丸ごと鬼門認定して足を遠ざけるべきかもなぁ、なんて思ってたところだから。

 そんな街の『隣街』ってなると、きっと近距離……少し距離があったとしても、一日二日もすれば噂が回っていたっておかしくない。こっちの街や村は物騒だから一つ一つ壁に囲われてるけど、人の出入りは規制してなかった。

 絶対に、私達が騒ぎを起こしたあの街から移動してきている人間がいるはずだ。

 そんな場所で心休まる休息なんて、無理だろ。

 私はそう思った。

 そう思ったし、二人にもそう言ったんだが……瀧本さんは、同意した。だけどやっぱり死神がそれを押してその街が良いとほざく。どんな理由があってそこをススメるのか。

 そこまでしてこの街が良い理由ってのが勿論あるんだよな?

 私達の問いかけに対して、死神ビスは言った。

「その街にはここ十年くらいで流行り始めた甘味(スイーツ)があるんだよ! 定期的に新しいメニューが出るし……青首大陸に来た時には絶対寄りたい、一度は食べておきたい味だから! 俺が断言する!」

「菓子? 新しいスイーツって、アンタは女子か」

『神の一種である死の使いがそこまでして執心するとは……何か特別な甘味なのだろうか? 吾の知っているモノだろうか。その甘味の名は?』

 甘い物は結構いける口なのか、瀧本さんが興味を示す。そのまま菓子の情報を要求するが……私達は、死神の言葉に脳の働きを一時停止させることとなる。


「ああ、名前? 一番人気は『あんみつ』っていう……」


 皆まで聞く必要はなかった。

 私と瀧本さんは、『あんみつ』の一言で互いに顔を見合わせる。あんみつがあるってことは……

『もしや、餡子があるのか! それに団子も!?』

「餅は!? 餅はあるの!? バリエーションってどうなってんの!?」

「いきなりすげぇ食いついてきた!? バリエーション、って言ったら……ずんだ、とか? おはぎ、とか。俺は『みたらし』が好きだけど……」

「ッ! 瀧本さん!」

『ああ、ああ……!』

 なんという甘美な響き。私達の故郷の味を代表する、魅惑的な響きだ。

 こっちの世界には、和食文化が定着していない。瀧本さんが言っていたから、確かな情報だ。

 ってことはつまり、和菓子の類とも、自分達で開発しない限りは永遠にさよならかと諦めかけていたんだが……

 そんな、永遠に遠くなってしまったと思っていた故郷の味が、そこに行けばあるという。

 それはもしかしたら名前だけ似ているパチもんかもしれない。姿が似ていても、食べれば別モノということもあるかもしれない。

 だけど、それでも……なお。

 

 これは、行かねばなるまい。


 私と瀧本さんは口で相談することもなく、だけど全く同じだと確信できる思考の道筋を真っ直ぐ行って。

 先程まで繰り返していた異論を無言で封じ、私達は一路……餡子と団子が存在するという桃源郷へと足を進めた。餡子と団子がそこにあるというのなら、少々問題があろうと行かねばなるまい……! 真偽の程を確認する意味でも、実際に見に行くのは重要だ。

 実際に移動したのはクリームちゃんだけど!


 そして私達は、故郷の味と再会することになる。


 瀧本さんは泣いた。泣いていた。

 折角の故郷の味を前に……実食できない幽霊の我が身を悔やんで男泣きだ。

 私とビスは瀧本さんの啜り泣く声(必死に我慢しているようだ)が微妙に漏れ聞こえてくるのを、聞こえないふりでBGM代りにしながら踏み込んだ店……『甘味処』という看板が堂々と掲げられた店内で、給仕のお姉さんに案内されるまま大人しくついた席の上で。

 私達は魅惑の餡子をしっとりと堪能した……うまぁー。まさか、上生菓子まであろうとは! 添えられたお茶も若々しい緑色で、色が似ているだけだろうかと思いきや、味はしっかり緑茶そのもの! まさに文句の一つもつけようのない、完璧なくつろぎの空間が此処にある……!!

 私が頼んだのは梅っぽい花を模した生菓子と、黄な粉を塗した蓬団子っぽい串団子。

 ビスが頼んだのはどら焼きと三色団子。

 ここに来てよかった……! まったりと口の中の幸福を楽しむ。やだな、顔が笑顔になって戻らない! 一度完全に失ったと思ったからこそ、この再会に無上の喜びを感じてしまう。

『く……っ無念だ。今こそ身体があればと切に、切に願うのに………………復活した暁には、必ずや再びの来訪を!』

「その時は私も同伴させてよ、瀧本さん! このお店にだったら何があろうとついて行くから!」

「やー……まさかここまで姐御と魔王の心を掴むとは。けど、新感覚で美味しいもんな。この餡子っての。どうしてこんな黒いのか謎だけど」

 どうやら餡子の原料や作り方は知れ渡ってないらしい。

 異様に興奮する私と瀧本さんを見やりながら、死神は餡子を不思議そうに眺めていた。こっちの世界には豆を甘く煮るって発想がないらしいんで、たぶん大多数の人にとっては未知の味ってやつなんだろうな。

 最後にはお持ち帰りでおはぎまで買ってしまったよ……今日の夕飯にしよう! おかずも勿論食べるが、今日の主食はおはぎだ! いや待て、団子や餅があるんならもち米もあるってことだよな……? 宿! 宿に向かわねば! この街には、きっと探せばおこわやお赤飯がある筈だろう!? 無くても、もち米を買いたい! そう宣言したら、瀧本さんにめっちゃ羨ましがられた。

 この世界に来て、これ程るんるん気分になったことがあっただろうか。いや、ないな。ないない。

 本来、騒ぎを起こしたばっかりの身なんで街への長居は無用だが……こんな素敵なお店があったら長居せざるを得ないじゃないか!

 

 だけどマジで、騒ぎを起こした身に長居は禁物だったらしい。

 死神を荷物持ちに市場をぶらついて(米探索)いたら……ね、うん。

 私は出会ってしまったんだ。

 何を置いても、見過ごすことのできない相手と。

 ……それは我ながら宿命の出会いってヤツだと思った。

 市場の混雑する人混みの向こう。私は一目で、認識した。見覚えのない筈の姿が、ダイレクトに脳にヒットして。

 私は頭で考えるより、先に口走って……叫んでいたんだ。



「ちょ、おま…… タ カ シ く ー ん っ !!?」


 

 おかしいな。そいつの顔はどう見ても成人済みで、私よりずっと年上(おっさん)のようだってのに。

 一目でわかったんだ。見間違える筈はないって思ったんだ。

 そこにいる中二病の疑惑溢れる奇天烈な恰好のそいつが、生まれた時から面倒を見てきた……私の弟分、従弟の孝君だろと。

 そしてそいつは、孝君(推定)は、私の声に驚いた顔で振り返った。

 私の顔を認識したんだろうなとわかる、視線のがっつり合い具合。

 おいおい、孝君。その驚愕と困惑でいっぱいの(ツラ)は何ですか。おい。

 っていうか何故おまえがここにいる。

 再会の喜びよりも疑問が先に立つ。私、余裕だな。しかも孝君、お前なんで老けてんだ。身長、五日で十五cmも伸びたのか? 人体の神秘にも程があるだろ。

 ああ、もう、言いたいことが沢山あり過ぎて何から言葉にして良いのかわからん……!!

 胸の奥で次から次と湧きあがる沢山の言葉、それを吟味して挙動不審の私。

 孝君は驚愕していた顔を今度は不審に染めて、何かを言おうとしたんだが。

「だ……「あーっ!! おま、この前のオバケ女ぁ!?」

 孝君の言葉を遮って、やかましい声が聞こえた。

 おい、誰がオバケ女だ。誰が。お化けは瀧本さんであって私じゃないだろ……!

 思わずギラッと睨みつけた先は、孝君の隣。

 再会した従弟にインパクト取られて、今まで視界に入っていなかったが……あんなところに先日の勇者一行(笑)が!

 相手は私に難癖を付けてきた相手。誰かと認識した途端、自分の目付きがより険悪になるのがわかった。

「……殿下、お知り合いで?」

トァカーシ(たかし)! 言っただろう、俺を瀕死の重体に追いやった極悪人だ!」

「ちょっ、お前、人がいないのを良いことに好き放題捏造してんじゃねーよ!! 誰が極悪人だ! そもそもアンタが突っかかってきたのを私は返り討ちにしただけじゃない! いわば自業自得でしょ、自業自得!」

「貴様は黙ってろ! 言い分が正しいとしても、あれ如きで死の淵に追いやるのは明らかに過剰防衛だろうが!! ここぞとばかりに殺しかけた上、追い討ちまでかけてきたと聞いたぞ!?」

「あの、でん、殿下……リチウムさんの言葉ばっかり信じるのはちょっと……」

 どうやらあの勇者(笑)、仲間の中でも脳筋っぽい戦士のおにーさんの言い分だけを鵜呑みにしてるっぽいな。魔法職っぽいおにーさんと幼女はどうやら私の最後の凍結攻撃の意味を理解してるっぽいけど、脳ミソ筋肉じゃ勘違いしてもおかしくないか……?

 元気に活きがよくぎゃいぎゃいと騒ぐ様子は、瀕死のひの字も寄せつけない。あの様子を見るに、どうやら無事に回復できたようだけど……一命を取り留めたのは私のお陰だろうに、恩知らず!

 孝君は私が無為な殺生をする社会不適合まっしぐらのおねーさんだと思っていないだろうか。チラッとそっちに視線をやると、なんだか頭痛を堪える様に額を押さえていた。そのずるずるした服の袖を勇者の仲間の幼女が不安そうな顔で握っている。大変(幼女が)可愛らしい光景だが、何だろう、傍目に漂うこの犯罪臭。脳裏に『幼児性愛者』という言葉が浮かぶ。孝君、おねーちゃんは君を信じて良いのかな……?

「どう、どう、落ち着け勇者!」

「がぅるるるっ」

「野生に還るんじゃありません! 賢者殿、彼女は賢者殿に親しげな御様子ですが……街門の調書によれば、エマージェンシー何某とか。彼女のことを御存知なのですか」

 騒ぐ勇者を、いつの間にか魔法職っぽいお仲間のおにーさんが羽交い絞めにしている。扱い悪いな。王子なんじゃなかったっけ。

 ってか、エマージェンシーって……結局名前間違えたままかよ、あの門番のおっさん。

 一種異様な光景を、無視するように。孝君が一歩を踏み出す。安心させるように幼女の手をぽんぽんと撫でながら……孝君? おねえちゃん信じて良いんだよね?

 私が変な疑いに有罪判決を下しちゃう前に。

 孝君は毅然とした顔で私を見つめた。

「失礼ですが、私のことを知っている様子……貴女はどちら様ですか」

「What?」

 おい、今こいつ、なんて言いやがった?

 いま、私に対して……どちら様だとぅ?

 私はわっと顔を伏せて両手で覆い、取り乱した感じの声で孝君を詰った。あの薄情者を詰った!

「ひどいわ! 孝君、私のことを忘れちゃったの……? 私達、あんなに仲良しだったじゃない! 一緒に、何度も、何度も、同じ時間を共有したでしょう!? あの日の夜明けも忘れてしまったというの! 一緒に肩を並べて眺めた、あの朝焼け(元旦(はつひので))を……!」

 ちなみに我が家では初日の出を見に行くのは毎年の恒例行事と化している。いつも孝君を連れて、徒歩三十分のところにある御来光ポイントまで家族でわいわい初日の出を見に足を運ぶのが新年一発目のイベントと言えよう。日の出を見ながら新年の抱負を叫ぶところまでが恒例だ。

 孝君の今年の新年の抱負は確か……漢字検定3級に挑戦する、だったっけなぁ。受かっていてもいなくても、こんな異世界まで召喚されちまったら漢検なんて意味ないけどな!

「お、おとうさん……? あのおねえちゃんとお知り合い、なの?」

「エミリー、父さんをそんな目で見ないでくれ! おい、ちょっとぉ!? 誤解を招くようなことを言わないでくれ、娘が勘違いするだろう!? それからあんたは本当に何なんだ! さも人と親密な仲のように……っ」

「親密じゃないとでも!? そんな、孝君、おねーちゃんと孝君の仲でしょう!?」

「だから一体どんな仲だと聞いている……! 俺とあんたは初対面だろう!」

「初対面、だと……マジで酷くね? 孝君、チョー薄情ぉー」

「いや、あの……急に素に戻られると困惑するんだが」

 なんてこった! ちょっと様子見におちょくってみたが、孝君たら本気でわからない、だと……!?

 あとさりげなく気になるんだがお父さんってなんだ、お父さんって! まさか孝君、おねえちゃんの知らない間に……

「お前は一体誰なんだ!」

 娘らしき幼女の惑う眼差しに、動揺したらしい。孝君がヤケクソ気味に叫んだ。

 知らざぁ言って聞かせやしょう! っていうかマジで気付いてないらしい孝君におねーちゃん内心涙目! 早く気付けよ薄情者! 私、最後に孝君と別れてから顔も性格も何も変わってねーだろうがボケぇ!

「誰って随分な言い様じゃない! なんでわかんないの!? 私よ、私! 孝君の従姉の内藤絵麻おねーちゃん!! 孝君のオムツだって換えてあげたの覚えてないの?」

「嘘だーっ!! あとオムツって……換えてもらったことの記憶があったらおかしいだろ!」

「真実なのに速効否定された!? どうして!? 外見なんにも変わってないのに(だって最後に会ってからまだ数日)! ほら、孝君、本当に私のこと覚えてない? 孝君が6歳の時、絵本の影響で「絨毯に乗ったら空を飛べる!」なんて言いだして二階のベランダから落下した時……私が救急車呼んであげたのに!」

「なんでそのことを――!?」

「スイカの種を呑みこむとおへそから芽が出るって信じて相談してくれた時、一緒にホームセンターに植木鉢と畑用の土を買いに行ったじゃない!」

「だからなんで知ってるんだ、俺の黒歴史を! なんなんだ、アンタは。俺のストーカーか!? どうして向こうの世界のことを知っている! 過去視の力でも持っているのか、稀少な!」

 何故か私の正体に否定的な孝君。

 どうして否定するのかと詰め寄った私に向けられたのは、孝君の苦悩に満ちた沈鬱な顔。なんだ、どうした、その辛気臭さ。

 ぐっと拳を握り、振り絞る様に孝君は叫んだ。


「やっぱり信じられない。ねえちゃんは……従姉の絵麻おn……お姉さんは! 生きてればもう四十近……ぐはぁっ」

「ぴっちぴちの十八歳捉まえて誰がアラウンドフォーティーだ、この馬鹿従弟ぉー!!」


 名誉棄損でしばき倒すぞ!? いや、これ言ったのが可愛い弟分じゃなかったら間違いなくしばいてただろう。それでも無罪放免って訳にはいかない。

 真面目な顔で可愛い弟分の吐いた血迷いまくりな疑いに。

 私は思わず流れるような動作で履いていた靴を投げつけていた。運動性能高めのお靴は、よく飛んだぜよ。

「お、おとうさーん!?」

 顔面ヒットして仰け反り転びかける孝君に、幼女が悲痛な声を上げる。すまねぇな、幼女よ……君のパパはうら若き乙女に向かって絶対に許されないことを言った! 私は断固として甘い対応を取るつもりはない。何故ならそれが年長者の躾ってやつだからだ! この私の教育方針に文句を言っていいのは孝君のお母さんと私の両親だけだ。

「こ、この身に覚えのある抉るような痛みは………………まさか、本当にねぇちゃんなのか……?」

「トァカーシの身内だと!」

「っていうか殴られてわかるって……いや、殴られるまでわからないって!?」

 運動靴のヒットした部位を手で押さえて目を丸くする、孝君。

 そして孝君の言葉を受けて、私に虐待の疑いに満ちた目を向けてくる勇者の仲間達。濡れ衣だ。

「いや、でも、だけど! 俺がこっちの世界に召喚されたのは十五年も前なのに! なんで俺より五年先に召喚された筈のねえちゃんがそんなに若いんだ!?」

「は? 何年前って? え? 孝君いま二十九歳なの? ……私がこっちに召喚されたのは五日前なんだけど」

「What!?」

「疑うんなら……ええと、何か証明できそうなモノってあったかな」

『そのリュックに電子端末の類は入っていないのか? 携帯でもあれば日時が表示されるのでは』

「流石は瀧本さん! あったま良い!」

「ちょ、今、さらっと悪霊と会話した!?」

 私はリュックサックに手を突っ込んで、携帯と……それから『●まい棒』を一本取り出した。

『「そ、それはまさか――!!?』」

 瀧本さんと孝君が、同時に驚愕の声を上げる。二人の視線は、私の手に握られた棒状スナック菓子の包装に釘付けだ!

「さあ、とくとご覧じろ! ケータイの日時とー、それからこっちのお菓子の生産年月日とか賞味期限とかー」

「ね、ねえちゃん! いやお姉様! 信じる! 信じるから! だからねえちゃん、それちょうだい!!」

『ま、まさかまだそんな隠し玉を持っておったとは……! 吾はまだ貴女のことを侮っていたようだ!』

 食いつき良いなぁ、二人とも。

 っつうか、孝君よ。おねえちゃんが口でいくら言っても信じなかった物を、お前はうま○棒一本で信じるんかい。

 まあ良いや。とりあえず、ついでに携帯の中に保存していた孝君ご入学の記念写真を表示させてみる。親族証明にはこれで充分だろう。

 私が投げ渡したうま○棒を慌てて受け止めた孝君は、それを後生大事そうに両手で包みこんで涙ぐんでいた。お前、そんなに嬉しいのか。そんなに食いたかったんか、なあ。

「だけど、王国の奴等は……確かにねえちゃんのことを」

『……そなたを召喚したのがこの国の召喚魔法陣であれば、アレは初代賢者が改造したモノ故、男児しか召喚出来ぬ筈だが』

「えっ!? なにこの悪霊事情通?」

 いきなりこの国の召喚事情の一端を、何故か私の背後から暴露する魔王・瀧本さん。何故お前が知っている。

 孝君自身も瀧本さんの唐突なネタばれに驚愕の表情で固まった。

 ああ、そりゃ固まるよな……話の流れから推察するに、どうも孝君はこの国の誰かに騙されていたようだ。その内容は大方、先にこっちの世界に召喚されただろう私の身柄を押さえているとかそんなとこか? その確保されているべき筈の私は、初っ端から撲殺事故を盛大に発生させつつ魔王城にいきなり降臨した訳だがな! しかも五日前に!

 そんな嘘っぱちに騙される方もどうかと思うが、つまり私は孝君にとって人質か何かにされてたってことか? それ以外に誰かが私の所在を知ってるなんて嘘を吐く必要があるようには思えない。しかも十五年間ずっと付き通して来たということは、やっぱり孝君にとって不利益を発生させる嘘だったんだろうし。

 ――で、いきなりそれが嘘でした~!なんてバラされれば、そりゃ孝君も茫然自失となるだろう。まあ、嘘の露見以前に私が此処に若いままいる時点で事実は発覚してるんだがな!

 でも一応、真偽の程を瀧本さんに確かめるくらいはしておくか。瀧本さんが「男しか召喚出来ない」と言い切れるだけの根拠があるんだろうし。

「瀧本さん、それ本当?」

『吾は前々から召喚魔法の研究をしていた。そのことは貴女も知っているだろう。これほどに、国を挙げて大々的に召喚を行っているのだ。吾が興味を持たない筈はなかろう? 文献を調べるに、この国に現存する召喚魔法陣は初代の賢者が後世の勇者や賢者を召喚させる為、原形を留めぬレベルで改造してしまった代物のようだ。勇者、賢者の器に女性は要らぬということであろう』

「……それで野郎しか召喚出来ないって知って、研究の対象から外した、と」

『ああ。伴侶(つま)を召喚するという吾の目的とは合致せなんだからな』

「伴侶!? まさかねえちゃん、それでそいつに……!?」

「ううん? 私が召喚されたのは別件だけど」

『彼女は吾を抹殺出来る存在として、前魔王が己が身の消滅と引き換えに召喚した』

「やっぱり姐御はただ者じゃなかったのか……流石は俺のことを寝ぼけ眼でぼこぼこにするだけはある」

「急に話に割り込んできたと思えば何を言っているのかな? 姐御って、いつの間に私の舎弟になったの。ビス」

「ん? そりゃ勿論。俺が凹られた夜から?」

 それまで事の成り行きを見守っていたのか、他人のふりをしていたのか。傍観体勢に入っていたビスも、私がこっちの世界に召喚されたいきさつには興味があったらしく話に入り込んでくる。そんなに興味を持たれるようなものでもない気がするんだけど……

 一方、孝君は何か思わぬ事態ってヤツに直面したのか、頭を抱えて混乱していた。

「前の魔王!? 抹殺!? それに姐御って……ねえちゃん、召喚されたの五日前って言ったよな! それでなんで怨霊に憑かれてたり、見知らぬイケメン従えてたり……たった五日でどんな濃い時間を過ごしたらそうなるんだよ!」

 既に私が濃い時間を過ごしたモノと決めてかかる孝君。

 いや、うん、あのさ……否定は出来ないんだよなぁ。確かに言われてみれば怒濤の五日間だった気がしなくもない。

 っていうか、そういえば瀧本さん達の紹介すらしてねーわ。これは私が失礼だったね!

「瀧本さん、ビス、アレは私の従弟の孝君! 私より年下の十四歳だった筈なのに、気付いたら二十九歳らしい。急成長だね」

『話に聞く、危険物……貴女の持つバットの本来の持ち主か』

「それで賢者、ね。賢者と勇者は死神(おれ)の業界じゃブラックリストものだし、今の賢者のことも話程度には知ってるぜ」

「ビス、その話あとで詳しく」

 とりあえず自分の陣営を優先して、瀧本さんとビスに孝君を紹介する。いきなり始まった紹介作業に、孝君は口元を引き攣らせて歪な苦笑いを浮かべていた。多分、脈絡がないとか唐突とか、そう思って驚いてるんだろう。

 十五年も離れていたせいか、若干私のことを美化してないか? 私ってこういう人だったでしょう?

 そんな孝君にも、ちゃんとおねえちゃんの交友関係のことを紹介しておかないとね。付き合いはまだ最長五日間だけど!

「さて、孝君! こっちの見た目怨霊っぽい霊の人は瀧本 清春さん! アニメのマスコットキャラばりの献身的なサポート役兼、数日後に戴冠を控えた現職魔王陛下だよ☆」

 瀧本さんの立場を明確にわかりやすく伝えてみたが、何故か孝君はじめ、勇者の人とその仲間が噴いた。わあ、唾が飛ぶだろ汚いなぁ。

 さて、もう一人……ビスのことはなんて紹介するかな。

「それでこっちがビスキュイさん。私はビスって呼んでる。私が出会ったのは昨夜らしいけど、寝ぼけてたからよく覚えてないんだよね。私が一方的にぼこぼこにしたっぽいけど。あ、ちなみにガチでマジもんの死神らしいよ☆」

 和やかに有効的なムードを前面に押し出して私が紹介すると、半透明で血塗れの瀧本さんは優雅に、死神といいつつ普通の青年にしか見えないビスは皮肉げな笑みでおどけつつお辞儀をしてみせる。うんうん、人間関係はまずお辞儀からだよね。

 さあ、気になる孝君の反応は?

「なんっで魔王が……なんで思いっきり日本人名なんだよ!! それでなんで、なんで悪霊化してねえちゃんに憑いてんだ!」

 まず気になったのはそこらしい。死神に関しては信じられなかったのかスルーしたな。

 まあ、瀧本さんの見た目はどっからどう見ても日本人には見えないから当然かな。

「ねえちゃん! アンタ本当にこっちに来てから五日で何やってたんだ!? 端的にでも構わないから言え!」

「撲殺」

「端的過ぎるだろぉぉおおおおっ……いや待て撲殺!? ナニ殺ったんだ、ねえちゃん!?」

 遂に一線を越えたのか、と孝君の声なき呟きを聞いた気がした。……孝君?

 私は孝君ににっこりと微笑みかける。

「それで今はバットの餌食にしちゃった瀧本さんへのせめてものお詫びに、樹液の採取に行ってたとこ」

「撲殺ってその魔王のことかよっ! って、魔王を殺したのか!?」

 畏怖めいた表情の孝君は、私が右手に握るバットを凝視している。懐かしいだろう、孝君。君の凶器(バット)だ。

「なんだその中二病臭い金属バットは」

「君の金属バットだよ、孝君」

「えっ? でも俺の記憶では……」

 訝しげな顔の、孝君。変わり果てていても君のバットに違いはない。今は私の固有武器化してるから、私以外は装備出来ないらしいけどね! 本来の持ち主なのに形無し!

 ……思えばこのバットさえ手元になければ、数々のトラブルが起きることはなかったんだよね。

 思わずしみじみとバットの巻き起こした数々の奇跡に思いを馳せていると、身内の話にひと段落ついたと思ったんだろうか。

 金属バットを観察しながら首を傾げている孝君の、脇を抜けて。

 いきなり魔法使いっぽいおにーさんに羽交い絞めにされていた筈の勇者(笑)が。


「話は終わったか、トァカーシ! ならば……もう待たずとも良いな!?」

「ヘリu……ヘリオス殿下!?」


 → 勇者(笑)は空気を読む力が足りていない!

 この流れで襲ってくるって……お前、私と孝君の話も聞き流してただろう! イロイロと聞き捨てならないワードがちらほら踊っていたというのに!

 ってか勇者(笑)! 何の理由で私に斬りかかろうとしてんの!? なんか恨み買ってたっけ……殺しかけたのは悪かったけどさ、この間のアレは完全に野郎の自業自得だろ? そのおめでたい脳内でどう記憶が事実と虚構とを変換・改竄されてるのかわからんが、完全に何か事実とは異なる形に思い込みを突っ走らせてるだろ。

 誰の制止も待たないという風情で、こんな市場の真ん中で。

 か弱い婦女子に上段から(真剣で)斬りかかろうとする勇者。傍目に完全に通り魔です。有難うございます。

 このままむざむざと斬られるつもりはないが(斬られたら死ぬし)、さて、どうする?

 悩む時間は最初からなく、考えるまでもなく脳裏には回答がはじき出される。

 こんな時に、私はどんな対応を取るべきか? 一択だろ、一択。


「ふんぬっ」


 脳天直撃コース、容赦がないな!

 勇者(笑)の剣は素直でまっすぐだ。お陰で動体視力が人並み外れて優れている……ということのない私でも、なんとか刃の軌道が読めた。

 相手が容赦しないんだから、私にも遠慮はいらない。刃の軌道がわかれば……後は、全力で振り払うのみ!


 金属バットで。


 これが他の何かなら……勇者の剣と同程度の硬度と耐久力を持つ何かなら、振り払う攻撃で刃をいなすとか、軌道を逸らせるとか、そういう結果になったんだと思う。

 だがしかし、私の獲物は金属バット。

 魔王の血を啜り、巨人に致命傷を与えて力を取り込み、邪悪な龍に天誅を下した金属バット。生半可な代物ではない。

 ちょっとやそっとの攻撃じゃ、そんじょそこらの武器では、この金属バットをどうにか出来る気がしない! マジで! 打ち合おうものなら、十中八九相手が押し負けるだろ!

 だから、この結果は。

 一応、私が半ば予想していた通りのものだった。

 

  ぺきょっ


 金属とは思えない、軽い音が響いた。バットを握る手に伝わってきたのは、思ったよりも容易い手応え。

「――!」

 間近に、勇者が愕然と目を見張る顔が見えた。近い近い。

 勇者(笑)にとっては予想外の結果だったんだろう。顔どころか、全身が空虚さを纏って硬直している。

 その右手に握られている剣は……バットに返り討たれた部分から、剣としては終わったナニかに変貌していた。直截的な物の言い方をするなら……75度くらいの角度で折れ曲がっていた。

 いやだが、まだこれだと再起不能とは言えないな。ちょっと曲がった部分を伸ばして叩き直せば剣も蘇りそうだ。

 しかし、私は容赦しないと既に決めている。

 というかいきなりうら若き乙女にマジで斬りかかって来るような危険人物に、こんなヤバそうな刃物を持たせてよしとする気にはなれない! 昔から言うだろ? 馬鹿に刃物って。あれ? 気違いだっけ?

 まあ馬鹿も気違いも似たような意味だろう。要は……どっちも刃物を持たせるにゃ値しないってことだ!

「せ・ぇ・のぉ……てやっ!」

「わ、あ、あぁ――っ待て、ねえちゃっ…………あああぁっ!!」

 折れた剣を、大口開けて見たまま呆ける勇者に追い打ち。

 なんか孝君の懇願めいた制止の声が聞こえたような気もするが……そこはそれ、ちゃんと勇者を躾とかなかった孝君の言葉で止まる私ではない!

 私は勇者の握ったままの剣に、しっかりと両の手で握ったバットを振り下ろし直し……


  ぱきーんっ


 勇者の剣は、真っ二つに分離した。やあ、分身の術を会得できたね! 分身って言うか分割だけどね!

 私はやり遂げたという思いで、爽やかな思いのままに微笑みを浮かべる。

 だけど次の瞬間。


  ――ぎゃぁぁあああああああああああ……っ


 そんな爽やかさ心地をは真逆を行くような……怨霊めいた、なんかの断末魔の叫びが聞こえた。

 ……私の聞き間違いじゃなければ、勇者の剣(御臨終)から。 

 次いで、不気味な事態が発生した。そりゃもう……摩訶不思議で珍妙な事態に慣れているだろう瀧本さんから、勇者の仲間や孝君までポカーンとしちまうような事態が。

 剣の折れた断面から、薄紫の煙が天に……え? これもバットの演出なのか?

 ちょっと驚いて、不気味で。

 思わずバックステップで身を引いた私に、それまで傍観体勢だったビスがいきなり勢い込んで首を突っ込んできた。

「姐御、今の……!」

「わからないから! 事故だから、私が意図して怪奇現象起こした訳じゃないから!」

「違う、責めてるんじゃない」

「は?」

「姐御、俺の頼みを聞いてほしい。どうか……あっちの賢者が持つ杖も圧し折ってくれ!!」

「はあ!?」

 年が私より行っていても、変らない。孝君は孝君だ。私の可愛い弟分だ。

 その可愛い弟分の持ち物を、いきなり破壊せよと死神が言う。おいおい死神さんよ、そこには私の納得できる立派な理由があるんだろうな……?

 逆に、私が納得できるって理由があるんなら、破壊行為も(やぶさ)かじゃないけど。

 果たして、死神の言い分は。

 幸か不幸か、私の納得できる部類の理由があった。

「『勇者』と『賢者』はブラックリストって言ったじゃん! あいつら、俺達死神が現世の事象には原則不介入なのを知っていて、死神に魂を回収されないよう逃れてやがるんだ! 俺達に現世のアイテム破壊は許されていない。今まで指を咥えて『勇者』共の横暴を見過ごすしか出来なかったが……姐御、アンタに出来るって言うんならやってくれ! 俺は飛び出してきた馬鹿どもの魂をきっちり回収してやるからさ!」

「いや、どういうことよ……?」

 なんだか興奮状態にあるビスは、懐から取り出した硝子瓶をぶんぶん振りながら破壊! 破壊! と急かしてくる。

 ……いつの間にか、中身空っぽだったはずの硝子瓶に蛍みたいなオレンジ色に光る何かが混入していた。うっすら顔っぽい模様が見えるアレは一体。

「だから! 古の勇者と賢者がそれぞれ代々に継承される武器の中に自分の魂を故意に封じ込んでるんだよ! それで自分の後を継いだ若い肉体を乗っ取ろうと虎視眈眈!」

「よしきた。ちょっくら破壊してくるからそこで待ってろ!」

 なんかよくわからんが、ビスの言い分から孝君の持ってる杖の中に別人の魂が潜んでいる上、それが孝君に成り替わろうとしてるっつう事は理解した。

「ビス、きっちり回収しろよ?」

 私の可愛い弟分の肉体を乗っ取ろうなんぞ――分を(わきま)えねぇ馬鹿の魂をよ!

 他人の身体をかすめ取ろうなんて薄汚い盗人野郎め。

「孝君! へいへい杖パース!」

「うわぁ、あ、は、は、はいぃ!!」

 私が名前を呼ぶと、何故か孝君の肩がびくぅっと跳ねて首を竦めた。そして何故、敬語。

 あはははは、私を見る目に若干の怯えが滲んでいるように見えるのは――勿論、私の気のせいだよね?

 私は微妙な気持ちになりながら、割と強い口調で杖を投げろと指示を出す。

 孝君は、幼少期からの躾の賜物だろうか……考えるより先に体が動いたという様子で、思わず私に向かって杖を投げ出していた。全力投杖した後で、大きく口を開けて固まっている。その表情は……衝撃を受けたと言わんばかり。

 そしてタカシ君に杖を投げさせておいて、私は。


「さよなら! ほーぉおおおむらん!!」

「わ、あ、ああああああっ『賢者の杖』がーっ!!」


 取敢えず剣よりは強度的に容易(たやす)く、手軽にへし折れた。

 回転しながら飛んでくる杖を、金属バットで手厚く歓迎。……インパクトに耐えきれず杖は真っ二つだ!

 そして二つに分離した杖は……やっぱり回転しながら大空の彼方へと消えていった。


 杖が圧し折れたと同時に上がった断末魔は、やっぱりさっき剣を折った時の声とどこか似ていて。今思うとさっきのアレは昔の勇者って奴の声で、それでこの杖から上がった声が賢者って野郎の声だったんだろう。

 聞こえた叫びは怨み辛みとこの世の未練に満ち満ちていて、聞いてるだけでもとても不快だ。

 だけど私は、胸のすく思いでその声を聞いた。聞きながらお空にさよならしていく杖の姿を見送った。バットを下し、左手を大きく振りながら……。

 私の可愛い弟分(の肉体)を狙った報いだ、ざまぁみろ。

「姐御、遠くに飛ばさないでくれよ! 回収が面倒だなぁ、ったく」

 ぶつくさ言いながら魂の回収に死神が向かったが、ホームランの瞬間はお前の事忘れてたんだ。済まん。


 往生際の悪い悪霊ってのは、たぶん瀧本さんじゃなくってあっち(勇者・賢者)のことだと思う。

 勇者って呼ばれてたなんたら殿下は瀧本さんのことを怨霊、怨霊って呼んでいたけどさ。

 一緒にするなんて瀧本さんに失礼だ。

「――そう思わないか?」

「もう勘弁して下さい……」

 広場の片隅に敷かれた砂利の上で。

 私に正座させられたまま、勇者(殿下の方)は悄然と項垂れて泣きごとを口にした。

 いきなり刃傷沙汰に及ぼうとしたにも関わらず然るべき場所に突き出すことなく穏便に済ませてやったんだから、ここは私に感謝してほしいところである。






今日のえじき

 ・ゆうしゃのたましい(剣)

 ・けんじゃのたましい(杖)

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