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魔王撲殺  作者: 小林晴幸
本編
5/20

―4日目― 死神痛打

 作中、眠気に浸食された絵麻さんのテンションがおかしなことになっております。御容赦を。


 


 相手の小指を狙い、振り下ろした渾身の一撃。

 金属バットは真っ直ぐに命中した――


「きゃひんっ」


 ――それが、世界を支える神聖な樹を食い物として貪り続けた、邪悪なる龍の最期の言葉だった。




『ああ、そうだ。この遺骸を少々貰っても構わぬか。なに、全部等とは望まぬ。このように重量のある物を一度に運ぶ手段もない故な。

――だが、一部を頂戴するくらい構わぬだろう? 具体的には内臓の一部と鱗付きの皮を少々、それからこれ程に沢山あるのだ。牙や爪も幾らか欲しい』

 ぐったりと倒れ伏した、気持ち悪いビジュアルの龍。

 その遺骸を前に、いきなりカナちゃん相手に交渉を始める瀧本さん。実は密かに狙っていたな?

 何の用途で欲しがってるのかは知らんが、どうやらこの気持ち悪い龍の死体(一部)がちょっと欲しいらしい。

 トドメは私が差したが、瀧本さん(と、主にクリームちゃん)にもカナちゃんにも力を借りた。

 こっちでこういうイキモノの死骸をどう処理してるのかは知らんが、ちょっとは権利を主張するのもアリかもしれない。

「だけど瀧本さん、こんなの貰ってどうするの。クリームちゃんに積んで持ち帰るつもりだってのはわかったけど……」

『貴女が召喚されるよりも前、吾の愛用していた武器を『先代』に破壊されてしもうたからな。代用品を作る為に素材が欲しいと思っていたんだ。これだけの材料があれば、前に使っていた武器よりも強力な物が作れる。……貴女の金属バットには、性能面で劣るだろうが』

「魔王が渾身の技術を用いて作る武器(多分)より金属バットの方が性能面で上だとな!?」

『貴女の金属バットはただの金属バットではなく、魔王殺しの金属バットだ。そんじょそこらの武器と一緒にしてはいけない』

「うわー……」

『しかも今回、『龍殺し』を達成したからな……』

「……よく見たら握り(グリップ)の部分、いつの間にかどす黒い紫の得体の知れない革が巻かれてるんだけど。え、これもあの龍ぼこったせい?」

『確実に、その成果だろう。性能も飛躍的に向上している筈だ。その金属バットに迫る程など、贅沢は言わぬが……やはり生き返った時に武器の一つも無ければ心許無い』

「私としては、害獣を始末してくれただけでも重畳。死体を差し上げるのは構いませんけど。だけどお肉はいらないんですか?」

『肉? そんなもの要らぬ。穢れた獣の肉では毒にしかならんからな』

 どうやら瀧本さんにとって、毒は専門外らしい。


 姿を目撃される前に撲殺(即死効果の仕事)したのが効いたのか、どうやら龍は自分を殺した相手……私のことを認識する前に旅立ってしまったらしい。安らかに眠ってくれ。

 お陰で変な呪いを貰うことなく、外傷の殆どない死体に近寄っても霊体に吠えたてられるなんてことはない。

 まあ、化け物龍の幽霊が見えたところで、向こうからは何にも出来ない干渉不可能って言うんだから怖くも何ともないけどな! 鬱陶しくはあるだろうけど!


 


 三日目の夕方には、約束を果たしてくれたカナちゃんの手引きで世界樹の樹液を入手することが出来た。

 流石は世界樹で丑の刻参りを敢行したなんてヤバげな前科を隠す女。犯行の手引きは完璧だった。世界樹を警備する面子の一人ってこともあって、警備の手薄な時間や場所は熟知してやがる。

 邪龍を討伐した場所で採取しても良いんじゃないかって思ったけど、あの場所は殺した龍の影響が強く残っているかもしれないから適していないとのこと。

 私はよく知らないが、どうやらあの龍は毒を持っていたようだ。そんな龍が牙を突き立てていた場所近くから樹液を採取……ってのは確かに危険な気がするな!

 だから私達は安全性の確保されている無事な場所から樹液を採取することにした。

 金属バットじゃ木に傷を付けて樹液を取るとか、そういう細かい作業には向いていない。私はカナちゃんに五寸釘を借りて木に傷を付けた。ここは思い切ってぐっさりいけ、ぐっさり!

 やがてとろりとした琥珀色の蜜が、木の傷から染み出してきて……

「おお? あかくない!」

『本来はそれが正しい姿だがな』

 ちょっとの小さい傷なのに、思った以上の蜜が溢れる。これはすぐに必要量が瓶に溜まりそうだ。

 というか、えらいだくだく溢れて来るんだけど……これ、大丈夫?

「一応、予備も込みで瓶二、三本分確保しとく?」

『何かの拍子に割れることもある。何本かに分割して持っておくべきだろう』

 メルクリウス君のくれた瓶は見る見る満たされていって、五本目の瓶が満杯になったところでカナちゃんが木の傷に触れた。ぽわっと光ったかと思うと、次の瞬間には木の傷が塞がっている。なんだ、魔法か?

『この樹液は瓶一本でも一財産を築くことが出来る。吾の蘇生が上手くいった際には、余った分を取っておくと良い』

「あれ? これ私に余剰分をくれる流れ?」

『現状、こうして世話になっているんだ。貴女にも見返りは必要だろう?』

「世話になっているというか、自業自得というか……死因の私が自分の責任取ろうとしているだけだし。瀧本さんが気に病む必要はないんだけど」

 それに鞄の中には、メルクリウス君のくれた路銀……軍資金がある。

 あれを大金だって魔王が保証したんだ。それだけの額があるんだよな? それをそっくり貰って良いんなら、謝礼には充分だと思うんだけど。

 まあ、お礼なんて所詮は気持ちの問題だ。これから復活を控えた魔王の瀧本さん本人がそれで良いって言うんなら、私も否やはない。

 ……けどさ、そんな貴重品持ってたって私どうしたら良いんだ? 変に換金しようとして悪人に目を付けられないかって懸念はないのか。

 あー……いっそ瀧本さんに買い取ってもらうって手もあるか。いいや、当座は樹液を換金する必要ないし、その時になったらなったで考えよう。


 

 私達は瀧本さん監督の下、邪龍由来の『素材』をクリームちゃんに積載した後。

 他の神々に見咎められる前にと、頃合いを見計らって神聖大陸を後にした。

 夜陰に紛れることを狙ったので、もう空は暗い。星が出ている。

 これから一晩中、クリームちゃんの背で風を受け続ける訳か。

 ……それって、地味にきついな。

 どうせなら動かない、落ち着いた場所で眠りたい。そう思うのは我儘かな……?


 龍は悠々と空を飛び、時間は深夜帯。やがては海の向こうの陸地が見えてくる。

 やあ、一日ぶりの青首大陸だー☆

 …………ちょっと尋常じゃなく早過ぎね? 大陸間の移動が数時間で終わってしまうクリームちゃんの飛行速度にちょっと戦慄した。

『陸地に到達し次第、地上に降りて野営としよう。貴女も疲れただろう。充分に疲れは癒えぬかもしれないが……少しでも横になって休んだ方が良い』

「ありがと、瀧本さん。何よりその心遣いが嬉しいな」

『貴女のお陰で、予定よりも随分と早く樹液が手に入った(主にバットの功績)。帰りも氷の巨人を警戒する必要がないので時間を短縮できる。……明日一日位は潰れても構うまい。どこか人の街で宿を取り、疲れをゆっくり取るべきかもな。時間を短縮できた分、貴女には強行軍を強いてしまった』

「そんなに気を遣わなくっても良いのに……人の街に行って、また変なの(勇者)に絡まれちゃうかもしれないし」

『その時はその時。後の混乱を度外視するのであれば、クリームを呼んで速攻で去れば良いだろう』

「本当、瀧本さんって開き直ると突っ走るよね」

 出会ってからずっと瀧本さんには気遣われてばかりな気がするぜ。このひと、本当に魔王なのか不思議になるくらい親切だよね。

 ……なんか変な下心でもあるんじゃないかって疑念が鎌首をもたげたが。

「…………………………ねむぃ」

 いい加減、眠気が限界だった。変な疑いも浮かんだ瞬間、速攻で眠気に押し流されて地平の彼方に消え去ったぜ☆ あっれ私、何を疑問に思ってたんだったっけ? うん、なんか心配なことがあったよーな気もするが……どうでもいい! とにかく眠い!

 こんな日常が恋しいのは初めてだった。切実に。

 三大欲求、馬鹿に出来ないぜ。眠気って極まると人格崩壊しかけんだな。……これ以上眠気が募ったら本格的に崩壊しそうだ。

「瀧本さぁん、ねむぃよぅ~……っ」

『待て、落ち着け。いや、意識が落ちるから落ち着くな』

「どっちー?」

『クリームの背の上で伸びては危ない! 落ちたらどうする、今の吾には実体などない。貴女が落ちても受け止めることすら出来ぬのだぞ!?』

「あっはは、瀧本さんが焦ってるー! けど、ねみぅ……眠すぎて逆に眠れなさそうな気すらする」

『もう暫し待つが良い。地上はすぐそこだ』

「それ信じちゃうよ瀧本さん」

『……もう瞼すら開かないのか』

 そうして私達は、ちょっと乱暴に青首大陸へと降り立った。

 突撃させてごめんよ、クリームちゃん。だけどその豪快な着地、嫌いじゃない。

 お陰でちょっとだけ目が覚めたしね! ちょっとだけだけど!


 瀧本さんに急かされて、慌てて野営の準備をおざなりに整えて。

 無事に私が就寝にありつけたのは、クリームちゃんの着陸から十分足らずのこと。

 それでももう、すぐに、私の意識は夢の世界に溶け消え……



「……・・・・・! ・・っ! ・・・!」

『――!! ッ! ・・・・・・・!! ・・・!?』

  ――真黒な意識を思いっきりシェイクするように。

  闇の向こうで誰かが暴れ騒ぐ音と叫び声が聞こえた。



 溶け消え……て、ない。溶けられない!

 原因は一つ、明白だ!


「こんな夜中に騒いでやがるのは一体どこのどいつだぁぁ――!!」


 その時、その場に。

 怒髪天でも突いちまいそうなほど、安眠を邪魔されて怒りに支配された私が降臨した。

 金属バットを片手に引っさげ、かつてない程の戦意と殺気で満ち満ちていた、と。後に瀧本さんから証言を貰った。


 たじろぐクリームちゃんの背を、一息に駆け上がる。

 クリームちゃんも騒音に関与していたのか、鎌首をもたげてナニかやってたようだったが。

 今はそんなことはどうでも良い。とにかく、私の安眠を妨げた馬鹿野郎の(ツラ)ぁ拝ませろ!

 とぐろのてっぺんから見下ろしたそこは、月光に照らされた夜の世界。

 闇に更なる影を落とす、木々の間に……影そのものみたいに真黒な野郎が二人。それだけ確認すれば充分だ。

 私は十代の乙女にあるまじき形相をきっとしている。だが、そんなもの構っていられるか! 顔がどうした! 迫力出そうと押し出し強かろうと、そんな物はこの苛立ちの前には些細なことだ!!

 眉と眉の間、即ち眉間。そこが盛大に歪んでいる。もしかしたら青筋も浮かんでいるかもしれない。

 仕方ないだろう。私の眠気は限界だったんだ……!! 疲れ過ぎて逆にちょっとの妨害で眠れなくなるくらい疲れてたんだよ!

 今の私なら、安眠を取り戻す為になら鬼にだってなれる。いや、もうなっているのかもな。

 とにかく、ひたすら、ただひたすらに。

 騒音の元凶を夜空の彼方にぶっ飛ばしたくて仕方ない。きっとそうすれば、すっきり爽快爽やかに眠れると思うんだ☆


「おうおうおぅ、人様が寝てるってぇ時に横でナニやってやがんだ。あ゛ぁ゛? 人の迷惑ってもん考えたことあんのかよ、答えてみろや。私の承伏出来ねぇ答え寄越しやがったらタコるぞごるぁ!」


 私、この時、きっと眠気のあまり人格崩壊してたと思うんだ☆ うん、全部眠気のせいだよ。全部。

 片手に握ったバットを半ば背負うようにして、クリームちゃんの頂上にかけた片足に、もう片方の肘を乗せて。

 首を傾げると言うには顎の上がり過ぎた顔で、間違いなく騒音の原因と思われる野郎二人を睨み下した。

 私の乱入に、硬直したのか。どうやら戦っていたらしい二人は、向いあった姿勢のままで動きを止めている。顔だけが、二人ともこっちを見ていた。

『え、絵麻さん……っすまない、貴女が睡眠を欲しているとわかっていたのに騒がしくして』

 騒音の原因の内、私が知っている片方はまだ素直だった。素直というか、殊勝だった。良いことだ。

 ちゃんと一番に謝罪の言葉が出てきたあたり、ちょっとは勘弁しようって気にもなる。普段から世話になってるしな! 私のことを気遣ってくれているの、知ってるし。きっと瀧本さんには不本意だったんだろうと察せられるので、こっちも彼には寛容になれる。

 ……だが。

 今もって無言のまま佇む、私の知らないそっちの一人ぃ!!

 お前はどういうつもりだと問い詰めたい。というか白状しろやぁ!

 今の私は眠りたいのに眠れなくてぐずっている赤ん坊と同じだ。ひたすらに腹が立って、むかついて、眠れない理由を排除する為なら理不尽上等。孝君のバットが火を噴くぞ、おるぁ!


 そんな言葉が、頭にぱっと浮かんで。

 同時にびしりと正体の知れない野郎にバットを向けたら、


  ――ごぼふぉぉっ


 バットの先端からマジで火が噴いた。


 ここ、平常時なら「えぇっ!?」と驚く場面だったんだと思う。

 だけど眠さのあまり細かいことがどうでも良くなっていた私は、バットから火が出るという謎の現象に何故か膝を叩いて「よくやった!」と称賛していた。多分この時、私の正気溶けてたから。

「おるぁマジで燃やしちまうぞあーっはっはっはっはっは!!」

 うん、そんでもって正気が溶けるついでに謎のハイテンションが乗り移ってた。人間眠すぎると何やらかすかマジで謎だな!

『おち、落ち着け! 悪かったから! すぐ側で騒いで吾も悪かったから! ――最も悪いのはそっちの男だがな!』

「はぁい、瀧本つぁんから申告がありまーしたー! そこのおみゃえ有罪決定にゃ! もえちゃえ!」

『呂律が回ってないぞ!? 一度バットを下そう、な? そうしよう? 危ないから。危ないから……!』

「もんどーむよー!! いざ、じんじょーにぃ!」

『尋常に何をする気だ!?』

「――とうっ!!」

『って、飛んだぁぁああああっ!?』

 眠気で細かいことを気にする思考力が吹っ飛んでいた私は、自分でも驚くくらいに潔く。

 クリームちゃんの背にかけた足を踏みきり、高さがあるのに思いっきり飛び降りた。やあ、風がすっごく身を切るね!

「喰らえ! たーんすーにごぉおん!!」


 ……後に、その夜のことはすっごくカオスだったと瀧本さんが語ってくれた。

 申し訳ない。本当にごめんね、瀧本さん。




 眠さの余りプッツンきたというか寝ぼけていたというか。

 とにかく正気にさよならバイバイしていた私の乱入により、瀧本さんと謎の野郎の死闘に待ったがかかったことは間違いなく。

 ……まともな思考力が残ってたら、霊体で触れない筈の瀧本さんと死闘?ってすぐに疑問も湧いて出ただろうに。そんなことにも思い当たらないくらい、頭のヤバくなっていた私はとにかくもう騒音の原因を排除できたことに満足していた。

 あ、殺っちゃった訳じゃないよ? 始末したとかそういう即効性の高い解決法じゃなく、喧嘩がストップしたって意味での『排除』だ。

 もしかしたら私の介入が消えた途端に再戦し始めるかもしれんが、その場合は私に殴られる覚悟が出来たモノと見做す。……殴れねんじゃね?って疑問は不思議と湧かなかったんだ。 

 霊体の瀧本さんと同じ領域で死闘(バト)ってたらしい見知らぬ野郎も、冷静に考えれば私には触れないんじゃね?って思って然るべき感じだったんだろうな。

 だけど私は何の疑問も持たずに、ノリと勢いで野郎を縛り上げていた。あれだな、やってみたら出来たって感じだ。何事も挑戦あるのみって言ってた昔の人の言葉は本当だったんだ!

「俺にこのような扱いをしおって……」

「んん? 何か文句ありそーね。けどまずはあの騒音に納得できる理由からキリキリ吐いてもらおうか! 物理的に!」

「あがっ!? あががががっ!」

『それは危険すぎる……! 物理的に吐かせようとするのは止めるんだ! ほら、騒音なら止まっただろう? ねんね、ねんねしな~っ♪』

 傍若無人っぷりが通常時の三倍くらいになった私。そんな私を宥めようと頑張る瀧本さん。……あんなに必死な瀧本さん、初めて見たよ。

「くっ……なんだこの危険な女は! 貴様、こんなトラップを仕掛けるとは何事だ! あの世での沙汰がそんなに恐ろしいか……!」

『今、吾が貴方の身柄を救った場面を見ていなかったのか……? 折角止めて差し上げたというのに文句を付けられては敵わんぞ』

 きぃきぃと悪態やら文句やらを吐き捨てる、謎の男。

 一方、私は一度過ぎ去っていた眠さのピークってやつが再びコンバンハしていた。

 うん、なんかもう、マジで細かいことはどうでも良いや。ただ静かな夜が保たれて、誰も安眠を妨害しさえしなかったら。

 だから私は、今すぐに寝たくって。

 速攻性高くって物理的で安易な解決手段を繰り出した。


「ごっ!?」


 文句をぶちぶち言ってる鬱陶しい口に、私はカナちゃんから貰った藁人形を突っ込んだ。なんでって? 猿轡代りだよ!

 更には吐き出すことが出来ないよう、口を布で覆って人心地。ふう、大分静かになったぜ☆

 これ以上暴れないように、手足を縛って木に括りつけて。

 それで満足した私は、クリームちゃんのとぐろの中に再び消えた。

「おやすみなさーい……」

『あ、ああ、おやすみ……善き夢を?』


「もごーっ!!」


 縛られた野郎が涙目になっていたとか、そういうことは全く頓着すらしなかった。

 安眠妨害野郎のことなんざ知ったこっちゃねーよ!





「ふぁ……」

 むっくり身を起して、大きな欠伸を一つ。

 うん、よく寝た! 良い朝だ。

 空を見ると太陽はもう頂点に近い。若干寝過ぎたような気がしなくもないけど、昨日の夜は遅かったんだから仕方ないよね。

「おはよう、瀧本さん!」

『ああ、おはよう……その、よく眠れたか?』

「ばっちり☆」

『そうか、良かったな』

「ん? なんだか瀧本さん、疲れてる……?」

『………………貴女に一つ尋ねたいんだが、昨夜の記憶はどれほど残っている?』

「え? 昨夜……?」

 瀧本さんは何が言いたいんだろうか。何となく緊張してるっぽい真面目なお顔で尋ねられたんで、私も記憶を辿ってみるけど……

 ええと、昨夜は確か……長くクリームちゃんの背にいて。ものすっごく眠くって。

 ようよう青首大陸にやってきて……………………………………そこから記憶が途絶えてるな。どうも寝落ちしたっぽい?

 目覚めた環境を思えば、どうやら野営の準備はばっちり整ってたらしいけど……瀧本さんが整えてくれたんだろうか? いやいや今の瀧本さんは物に触れないし、違うか。

 でもきっと、眠たくってぐずる私を宥めて野営の準備をするように指示してくれたんだろうな、とは思う。それって凄く、精神的に重労働だったんじゃなかろうか。

「ごめんね、瀧本さん。昨夜の私、随分と迷惑かけたんじゃない?」

『迷惑、迷惑か……ははは(棒)。何をどう迷惑と判断するかにもよるな。吾としては、命拾いしたと言えなくもないが……』

「は? 何言ってるの? 命拾いも何も……既に九割九分九厘死んでるじゃん。だからこそ、こうして樹液取りに行ったんだし?」

 何言ってるんだ、瀧本さん(こいつ)は。

 そう思いながら、クリームちゃんの作る絶対安全圏(とぐろ)から這い出して、直後。

 目の前に見えたブツに、私は絶句した。


 そこには見知らぬおにーさんが、容赦なく木に縛り付けられてぐったりしていた。

 え、なにこれ。


 混乱しながら、青白い顔でぐったりしている様子がヤバ気だったんで慌てて近寄る。

 瀧本さんは何も言わなかったが、もしこれが罪人とかで、正当な理由つきで縛られてるんなら自由にするのは如何なものか。縄を解いていいかどうかわからなかったんで、せめて猿轡だけでもと手をかけた。口だけなら、支障があったら縛りなおすのも簡単だしね。

 口に当てられていた布を外すと、存外整っていたおにーさんの口元から藁人形がけろり。耐えかねた様子で開かれた口から吐き出されてきた。そのまま大口を開けて、一心不乱に荒い呼吸を繰り返すおにーさん。

 っつうか、口から藁人形って。誰だよ、こんな酷いことしたの。

「誰がこんな(むご)いことを……」

『貴女ですが』

「は? わたしぃ!?」

 え、ちょっと待った。記憶に全然ないんだが!?

 我ながら素っ頓狂な声付きで瀧本さんをガン見すると、しかつめらしい顔で厳かに頷く瀧本さん。その目はマジだった。

 状況から見て恐らく昨晩、私がやったということなんだろうが……何やらかした、私!

「瀧本さん、彼は私に縛られてしまうような一体何をやったんだい……?」

『貴女は……騒音被害許すまじ、と。安眠妨害のツケを払えと言っていたな』

「ああ、そっか……すっっっっっごぃ眠かったんだね、昨夜の私」

 一度寝入ったら梃子でも動かず朝までぐっすりな私がここまでやったっていうんだから、きっと寝入り端を妨害されたんだろうなぁ。眠気って人を鬼にするのか、知らなかったぜ……。

 この人もなんでこんな人気のない山奥にいたのか、そんでもってどうして睡眠妨害レベルの騒音を発生させていたのかは知らんが……偶然居合わせたばっかりに可哀想だな、おい。

 ちょっと反省すべきだろう、自分(わたし)。眠かったからとは言え非道な真似をしてしまった。

「それじゃあ、すぐに縄を解いて詫びを入れなくっちゃね……」

『ああ、それは少々待ってほしい』

「ん? 瀧本さん?」

『何の準備もなくいきなり自由にしたら、また襲い掛かってくるかもしれない。だから待つんだ』

「って、おい!? 何の罪も穢れもない可愛そうな通りすがりの一般人かと思ったら襲撃者かよ!! 一体どこの手の者だ、おい。なんだ? 勇者か、また勇者なのか!? 王宮で延命処置してやったっていうのに恩知らずな」

 そもそも勇者が延命処置を必要とする事態に陥ったのが私のせいだとかそんな事実はない。ないったら、ない。そもそもあの野郎が突っかかってこなければあんな事態にはならなかったんだから勇者野郎の自業自得だ。

 ……が、それを逆恨みして刺客を放ったのかと一瞬思ったが。

『落ち着いてくれ。貴女に追っ手を差し向けたとしても、勇者と遭遇したのはほんの二日前の事だろう。それから足取りの掴めないだろう私達に追っ手を放ったにしても早すぎる。この男は別件だ』

「やけにはっきり言うけど……なに? 瀧本さん、この刺客に心当たりでも?」

『ああ。彼は…………天の御園の使者、言い換えれば死神というヤツだな。吾の魂を回収に来たらしい』

「って、おいぃぃいいいいっ!! ただの刺客よりそっちの方が性質悪ぃじゃないかー!!」

 私の絶叫が、人気のない山奥で木霊した。

 驚いたらしい鳥類が、周囲から一斉に飛び立っていく気配がする。……私の方が騒音被害を発生させてどうする。済まない、鳥さん。


 この世界の死後ってどうなってんだ、とか。魔王にも死神が来るのかよ、とか。

 果ては死神の癖になにがどうして私なんぞに縛り上げられてんだよ、とかさ。

 色々と言いたいことはあるんだが。

 取敢えず一番捨て置けねぇのはコレだ。


「瀧本さんがあの世にお招きされちまったら、私の苦労が全部パァだろうが。あ゛ぁ゛?」

 気が付けば、私は縛られっぱなしの死神さんとやらに威圧的に迫っていた。

 ついついはしたないとは思ったが……これも壁ドンって言うのかねぇ?

 私は、木に縛り上げられた野郎の、顔面直ぐ横に。

 立ったままの姿勢から見下ろしつつ、片足を木に押し付けていた。

 ちょっと足の位置をずらせば、野郎の顔面を踏み潰せる姿勢だ。

 持ち上げた片足の膝の上に、肘を置き……上半身を傾けて男に圧をかける。

「んだよ、私に殺害責任取らせねぇつもりかよ。償いってのは大事なんだろ? なあ、そうだって言えや」

『流石だな。昨夜も思ったが、堂に入った恫喝ぶりだ。貴女は何か、以前に経験でも……?』

「瀧本さん、今はお口にチャックだ。今は瀧本さんより、この野郎の言い分を聞いておきてぇ」

 さり気無くなんか経歴を疑われた気がするが、この世界に来るまでの私の前歴は花も恥じらう女子高生ってヤツだ。マニアよ、泣いて喜べ。

 恫喝なんぞ堂に入ってるはずもないだろうに、瀧本さんも存外失礼だ。

「く……っいっそ殺せ」

「死神なんぞどうやって殺せっつーんだよ。お前みたいな野郎がくっころ言ってんじゃねーよ! 私はオークか? あ?」

『貴女ならそのバットで……』

「瀧本さん、今はお口に?」

『済まない、チャックを取り付けて来る……』

「で? 意識がはっきりしてるんならキリキリどういうつもりなのか吐いて貰おうか? ああ、藁人形はもう吐くんじゃねえぞ?」

「お前が俺の口に詰めたんだろうが……! あの藁人形は一体何なんだ!! 時間が経つにつれて勝手に口の中でもぞもぞ動き出したんだけど!? 死の使いに恐怖体験させるなんて!」

「え? 動き出した?」

 顔面蒼白の死神が証言した内容に、ちょっと動きが止まった。そろりと視線を、さっき死神野郎の口から出てきた藁人形に向ける。

 ……唾液塗れのまま地面に投げ出していた藁人形は、いつの間にか正座で待機していた。目も鼻も口もない藁の顔で、じっとこちらを見上げて来る。目なんてないのに、目が合ったと思った。首を傾げる藁人形ってなんだこれ。

 私は見なかったことにした。

「ああ、うん……女神に貰った藁人形だし、そういうこともあるかも? うん? なんか作成者曰く、上司の中級神呪ったら効果があって慌てて隠蔽したことあるとか言ってたし」

「どこで手に入れたのか知らないが、恐ろしいものを……こんなトラップ女を嗾けて来るなんてどういうつもりなんだ。往生際が悪いぞ、冥府の掟に逆らうか魔王!」

「誰がトラップ女だ舌ぁ捩じるぞ、ごるぁ。その物言いはトラップさんへの謝罪を要求する!」

「誰だよトラップさん!? 心当たりのない相手に謝罪なんぞ出来るか!」

「エーデルワイス歌う大佐とそのご一家のことよ! ドレミの歌ぁ耳なし小坊主みてぇに全身に写経してやろうか、あぁ?」

『…………見ている限り、とても気の合いそうな掛け合いだとは思うが。本来の趣旨から離れて行っていることに貴女は気付いているだろうか』

「はっ……ついうっかり!」

「あ、魔王! 死者は冥府に行かねばならんというのに。お前は潔さの欠片もないのか。前評判通りの卑怯者め!」

『吾は卑怯者の誹りを受けるような心当たりがないのだが……清廉潔白とは言わぬが、それなりに身を慎んで生きてきたつもりだぞ?』

「そもそも死者っつうか。瀧本さんはまだ完全に死んだ訳じゃないよね? 本体の方も、まだ仮死状態で留まってるし」

「…………は?」

 あっれー? 何に驚いたのかは知らないが……何故か、死神がきょとんとした顔をした。

 毒気の抜けたような顔で、首を傾げ、傾げて。

 心許なそうな、不安げな……幼さの出た顔で、私達に恐る恐ると問いかけて来る。

「………………仮死? 完全には、死んで、ない?」

「え。驚くの、そこ? 瀧本さん、確かまだ復活許容範囲内だって言ってたよね」

『ああ。魂の緒も切れかけてはいるが、まだギリギリ微かに繋がっているしな』

「えー……? おかしいな。鬼籍に完全に載ってる筈なんだが……アンタ、魔王エンゲルゥドだよな?」

 ……。

 …………。

 ……誰だソレ。エンゲル係数?

 今度は私がきょとんとする番だった。あれ? 瀧本さんって他に名前あったのか?

 首を傾げる私に対し、瀧本さんは心当たりがあったらしい。何かに気付いた様子で、お疲れ気味の弱々しい声で否定した。

『いや、吾が名は瀧本清春……魔王エンゲルゥドは先代(あに)、吾とは別者だ』

「「えっ」」

 私と死神の声が重なった。

 っつうか、ちょい待て瀧本さん! 今、さりげなくなんか聞き捨てならないこと言わなかったか!? あに? 兄っつったよな! まさかの兄弟かよ、おいぃ!?

「先代魔王って瀧本さんが殺したんじゃなかったっけ!?」

『人聞きの悪い……未遂だ。殺したわけではなく、アレは自らの起動した召喚魔法に失敗して自滅したのだからな。塵も残さず消滅した。魂も、その時に消滅したのではないか? よもやアレと間違われて死神に付け狙われるとは思わなんだが……思えば、アレの消滅と吾の撲殺は同日のことであったな。紛らわしかったことは認めよう。吾が悪いわけではないと思うが、無駄骨を折らせてしまった死神殿には陳謝する』

「いや、こっちも人違いとか洒落にならねぇし、謝らなきゃだが……消滅? 魔王城を確認したが、他に魔王の魂は……肉体が消滅したとしても、魂は残る筈なんだけど」

「探し方が悪かったんじゃないの? 瀧本さんの存在に先に気付いて、あの城をくまなく探す前にこっちを追ってきちゃったんでしょ。十中八九」

「……確かに、逃げられてなるかと慌てて追いはした。けど、おかしいな……魔王の城も、ちゃんと探した筈だったんだけど」

『何はともあれ、どうやら相互に誤解があったようだ。そのことも、今回のことで互いに理解できたと思う。貴女のお陰だ』

「やだ、瀧本さん。私はなんにもしてないよ!」

『いや、そんなことはない。貴女にはいつも世話になっている』

「っつうかなんにもしてないとか……しただろ。思いっきり、色々としてくれただろ、俺に……!」

「人違いで命を狩ろうとしたんだし、少しの反撃は甘んじてよ。ついでに安眠妨害のおまけまでつけてくれて。私も少しは悪かったけど、アンタが一番悪かった。そういうことで水に流せ」

「く……っ間違えたのは自分だけに言い返せない!」

 

 なんか私の知らない間に、夜が来るごとに死神と熾烈な争いを繰り広げていたらしい瀧本さん。死神側のルールで、現世には極力不介入って決まってるらしく私が寝静まった頃合いを見計らって襲撃していたらしい。

 毎朝、瀧本さんがどことなくお疲れ気味だったのはそういうことだったのか……。

 今回の騒動で、それも誤解だったことが判明した。誤解で軽く済ませられるようなことじゃないと思うけどな……!

 しかし不気味な藁人形を口に詰め込んだりとか、色々可哀想なことをした後なんでぐいぐい責めるのも心が引ける。何か償った方が良いだろうか。死神の方も瀧本さんに何か償った方が良いと思うけどね。

 

 結局、死神も勘違いだったとはいえそれが仕事だったってことで解放した。瀧本さんが標的にさえならなければ私に言うことはないしね。瀧本さんさえ、襲われなければ。

 ……次に瀧本さんを襲ったら、縛った上で服の中に藁人形をわさわさ突っ込んでやる。踊り狂え。

 私が口に藁人形を突っ込んだせいか、死神は私に少し距離を置いている(物理)。

 だけど私達の目的地は一緒だった。魔王の城、そこに瀧本さんの本体があるんだから仕方ない。前の魔王が死んだのもそこで、改めて魂を回収する為に死神もそこに向かうという。

 ついでに他の死神に瀧本さんが襲われない様(死神って何匹いるんだよ?)、魔王城までこいつが同行することになった。

 この死神の名前は、ビスキュイっていうらしい。美味そうだな、おい。だからこの世界の固有名詞ってどうなってんだよ。

 

 何はともあれ騒々しい朝が明けて。

 私達の道行に、同行者が一匹増えた。





さて、前魔王の魂はどこにあるのでしょうか。

 a.衣装タンスの中

 b.絵麻さんのリュックの中

 c.愛人の住む家の中

 d.時空の狭間にあった鳩時計の中

 e.瀧本さんの中

 f.机の引き出しの中

 g.あの子のスカートの中

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