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魔王撲殺  作者: 小林晴幸
本編
2/20

―1日目― 巨人撲殺




 その金棒は、まるで天上よりもたらされた啓示の如く。

 風を伴い、彼の全身を衝撃で貫くようにして……空から降ってきたのだと。

 目撃者Hさん(42)は、そう語った。


 



    【 ―1日目― 巨人撲殺 】





 金属バットで撲殺されてしまった魔王:瀧本清春(霊体)と撲殺してしまった内藤絵麻(健康体)。

 彼女達は三つ隣の大陸まで世界樹の樹液を求め、空の住人と化していた。

 二人を運ぶのは魔王瀧本が手塩にかけて調教した、高速飛龍のクリーム。

「……もちっとマシな名前はなかったの?」

『生まれたばっかりの頃はころころしていて可愛かったんだ……』

「今はごついね。ごついって言うか……すっごい強そう」

『ここまで屈強に育つとは思っておらなんだ』

「瀧本さん……さては、子供にキラキラネーム付けるタイプと見た。子供ってのはいつか大人になるもんなんだから、将来(さき)を見越して名づけてあげようよ」

実例(クリーム)を前にすると返す言葉もないな』

 彼女達が向かう先は、何度も言うが三つ隣の大陸だ。

 本来であればそこに到達するまでに、従来の飛()であれば五日を費やしてしまうことになるらしい。

「五日って。戴冠式は一週間後だっていうのに往復だけで日数オーバーしちゃうじゃん」

『言うたであろう。従来であれば(・・・・・・)、と』

 どうやらクリームちゃんは他の飛竜とは一線を画した存在らしい。

 それもそうだろう。まず形状(フォルム)からして全然違うし。他の飛竜はトカゲみたいなワイパーン型、だけどクリームちゃんは東洋の龍みたいに長い体をくねらせて空を飛ぶ。ただし日本にいた時に見た絵と違うのは、その長い身体に沿って沢山の羽が生えていることだろうか。……まるで刃物みたいな、薄くて鋭利で凶悪なデザインの羽が。

 えっと、マジで同じ種族ですか?

『クリームの飛行速度と能力であれば片道に五日も要らぬ。三日で充分だ』

「それ随分な時間短縮ですね。往復しても一日お釣りがくるじゃん。どっかにショートカットコースでも?」

『あるぞ』

「あるんか」

 龍の背の上、思ったよりも安定したそこで地図を片手に瀧本さんの講釈を受けた。

 いま、私達がいるのは魔族の支配地『黒闇大陸』。どんだけ黒いんだ、その名前。

 ……で、目的地で神々の管理する世界樹が根ざした大陸が、神々の支配地『神聖大陸』。その手前にあるのが神々の恩寵に縋りたい人間達の『青首大陸』(誰だよその名前つけたの。大根かよ)。

 『青首大陸』と『黒闇大陸』の間には、もう一つ大陸がある。

 知的生命体を根絶させる勢いで蔓延り栄える魔獣と、事なかれ主義の妖精が棲息する大陸だそうだ。名前は『蹂躙大陸』。すっげぇ強そう。

 『蹂躙大陸』から空で『神聖大陸』を目指すと、最短ルートである直線経路上に空路最大の難所『ツンドラ山脈』が……いや、だから誰だよ地名の名付け親。なんかおかしいだろ。

『ツンドラ山脈は極寒の地。夏でも常に吹雪が猛威を揮い、生きとし生ける物を凍てつかせる。氷竜であればともかく、飛竜にとっては命を落とす危険がある。他にも脅威があるので、空を行くモノは山脈を迂回するのが常だ』

「それは……やっぱり変温動物(トカゲ)だから、か?」

『……竜属は誇り高い生き物だ。面と向かってそれを言えば、貴女の命はないだろう』

 どうやら当たったらしい。竜といっても、やっぱトカゲなのか。

 けど、待て。そのタイムラグをクリームちゃんなら何とかできるってのは……

「クリームちゃんは? 確かに何故か形状は大分違うけど、クリームちゃんも竜なんじゃ」

『クリームは、卵から吾が育てた特別な()だ。それこそ幼生体(ヒナ)の頃より数々の実けn……ん゛んっ! 魔法的な試みに付き合ってもらっていたお陰か、ほとんどの属性に高い適正と耐性を持つ。吹雪くらいであれば何ともない。真っ直ぐ突っ切ることは叶わぬが、迂回するとしても最小限で済む。他の竜よりも格段に短い距離で、な』

「待った? 今、なんにも誤魔化せてないからな? 実験したんだな? 実験したんだろ? なあ? もしやクリームちゃんの姿だけ他の竜と違うのは実験のせいですか、おい」

 瀧本さん、温厚なふりしてなんてマッドな……この世界には動物愛護団体はないのか? もしあったら、確実に目の敵にされていそうだ。

 クリームちゃん、幽霊になった瀧本さんの命令でもちゃんと良く聞いていて、躾が行き届いてるし良く懐いてるんだなぁって思っていたんだが……まさか幼い時から虐待されていて、絶対服従が染みついてるとかじゃないよな? な……?

 なんとも疑惑が漂うが、それは確認しようのない事実ってヤツだった。瀧本さんに聞いても、本当のことを言うとは限らないしな。


 とりあえず山は極寒の難所。それは理解した。

 メルクリウス君がやたら防寒を叫ぶ重装備を持たせてくれたのはそういう訳か……

 装備を整える必要もあるし、山越え(上空)を始めたら暫く休憩の時間は取れないそうだ。何しろ一気に超えないといけないそうなので。

 そこで山に突撃する前に、装備の確認と休憩を兼ねたお食事タイムを確保することにした。……仕方ないだろ、お腹が空いていたんだ!


 クリームちゃんは手のかからない良い子との前評判通り、このマジカルなアニマル達が元気に跳梁跋扈する大陸でも力強く生存能力を発揮した。というか竜ってのは本来、この大陸の食物連鎖カーストの上位、ほとんどてっぺん近くに君臨する猛者共らしい。ということで私が何かを用意する必要もなく、クリームちゃんは瀧本さんが「行って良し」と声をかけたら自主的にご飯を捕獲に行ってくれた。それも満足するまで獲物を食いまくってから戻って来る、なんて所要時間の読めない行動ではなく、時間を決めての自由行動の様だ。瀧本さんが一時間半で戻って来るように命令すると、元気に一鳴きしていそいそと森に消えた。……何を食うんだろうか。それを確認する、つまりは巨体な龍の後を追う身体能力は私にはない。クリームちゃんのご飯が何かは謎のままだ。

 一方、私のご飯はメルクリウス君が持たせてくれた携帯食糧だ。言葉の通り携帯と保存に適した『携帯食』だが、これが思ったより美味い。たまに薬局とかで大量買いしてしまうシリアルバーとか、そういうヤツになんか似ている。

 自力で食料調達なんてサバイバル全開の行動を、この生態系も何も未知と謎に満ちた異世界で実行する無謀さは私にはない。携帯食料とか有難い限りだ。悪いな、蛮勇。私は勇敢だと思われるよりも臆病でいたい性質(たち)なんだ。そっちの方が長生きできそうだし。

 瀧本さんは幽霊なので何も食べられない。そりゃ実体がなけりゃどうにもならんよな。なのでこの場で食事をするのは私一人ということになる。モノを食べることのできない、瀧本さんを目の前にして。

 ……気まずい。非常に気まずい。

 それでなくとも相手は私に撲殺された被害者、私は撲殺した犯人。不可効力だったとしても殺害は殺害だ。何もなかったとしても罪悪感が半端ないのに、この上で更に瀧本さんの視線にさらされながら一人ご飯とは……え、なにこれ精神攻撃?

「瀧本さん……やっぱり、お供えとかした方がいい感じですか」

 お供えするとしたら、やっぱりお茶碗一杯に持った白米に、お箸を二本ぶっ刺すアレだろうか。

 どうしよう、この場に白米なんてないんだが。この世界にあったとしても調達する術も伝手もないんだが。

『気持ちだけ受け取ろう。実際、供えられてもどうすべきかわからぬし……吾のことは気にせず食べると良い。これからは試練も多い。何事も身体が資本だ。きちんと食べねば苦労するぞ?』

「瀧本さん……ありがとう。じゃあ、遠慮なく食べるね!」

『ああ! 食べなさい、食べなさい。申し訳なさそうに遠慮して食事をされるよりも、やはり味わって………………ぇ』

 瀧本さんの言葉が、何故か不自然に途切れた。

 彼の顔を見なくてもわかる。瀧本さんの視線は……いま、きっと、私の手元をガン見していた。

 しかし私は気にしない。今、遠慮するよりも美味しそうに楽しんで食べた方が瀧本さんとしても嬉しいって言ってたし。ちゃんと食べないと身体が保たないとも言ってたし! ここはお言葉に甘えて、ちゃんとしっかり食べないと、だよね!!

 だから、私は食べる。

 背中から下したリュックサック。私が日本から持ち込んだ、バットを除けばほぼ唯一の荷物。……その中から取り出した、食べ物を!

 賞味期限あるし、冷めちゃってて味は落ちたけど、長く置いてても固くなるだけだし。これは今ここで食べちゃうのが正解だと私は全力で思う訳だがどうだろう。


『そ、それは、もしや…………から●げ君ではないか!!』


 こっちの世界に来る前、バイト帰りにスーパーとコンビニ寄ったばっかだったんだよね。夜食用に買っていたのは某コンビニの定番スナックだ。このチープな味わいがついつい癖になる。

 パンコーナーから抜かりなく具を挟む用の二つに切られたコッペパンも買ってあった。私は愛らしい鶏の描かれたパッケージからせっせとパンの間に唐揚を挟んでいき……大きく口を開き、かぶりついた!

『あ、あ、あ……ああっ せめて一口!!』 

「どうやって食べるの。食べられないって言ってたくせに」

『ううぅ……これはなんという責苦。食べられない、肉体のないこの身が口惜しい!! 本当に!』

「なんで撲殺された直後より悔いてんのさ……。自分の殺された経緯を語る時だってすごく達観してたのに。っていうか撲殺の出会いから今までで、こんなに悔しがってんの初めて見た」

『絵麻さん! その唐揚、私が復活する時まで取っておくことは……』

「済まない、瀧本さん……私は、美味しいものは美味しい内に食べる主義なんだ。あと保存環境的に一週間後まで大丈夫かわかんないし! それでいま供えられても食べられないジレンマで苦しむだけじゃない? 親切な瀧本さんを苦しめるのは偲びないなぁ」

『あーっ!! 最後の一個がっ』

「これも今の内に食べとくかな……傷んでも困るし」

『まさか……プッ●ンプリンにヤク●トだと……!?』

 今にも血の涙でも流しそうな顔で、私の食事風景を指を咥えて見ていることしか出来ない瀧本さん。ああ、心が痛い。胸が痛いなぁ……。


 ご飯は大変美味しゅういただけました。


 私の安っぽい舌には充分、大満足のお味です。もう二度と食べられないんだろうなぁと思うと、その分余計に美味しく感じた。


 撲殺されてさえ、事故だと明言した瀧本さん。親切な対応を崩すことのなかった瀧本さんの恨み言を浴びながら思った。

 ――リュックの中にうま●棒とかあるんだけど、今は止めておこうと。

 きっと過剰反応を示す。さっきの唐揚に対する渇望ぶりを思い出し、騒がれるだけだと思ってリュックの奥深くに隠しておくことにした。いや、瀧本さんがうま●棒好きかどうかはわからんけどな? 念の為だ、念の為。

 念の為、食べるのは明日にしておこうと思う。


 ちなみに瀧本さんの機嫌は、一週間後にリュックから取り出した唐揚粉をプレゼントする約束で浮上した。どれだけ唐揚に飢えてたんだ、瀧本さん……。




 一週間後の楽しみを得た瀧本さんはどこかうきうきしていた。

 でもそれも、クリームちゃんが戻って来てその背に乗るまでだった。

 クリームちゃんに私が乗るや否や、瀧本さんの顔がキリリと引き締まる。

 それはどことなく緊張の混じった顔だった。

 山越えは難所だというから、緊張しているのだろうか?

 私の予想は半分当たって半分外れた。

『実は……貴女にはまだ、重要なことを伝えていない』

「この期に及んで情報の秘匿とか止めようよ、瀧本さん」

『ツンドラ山脈に関することなんだが……この山々は吹雪に覆われた極寒の地だ。だが、それ以上に竜をも迂回させる大きな理由がある』

 そう言って、瀧本さんが説明してくれることには。

 なんでもこの山には、蹂躙大陸の食物連鎖カーストに置ける真のてっぺん……正真正銘の、大陸最強生物が生息しているのだとか。

 竜をも抑えて頂点に君臨するソレを、人は『巨人』と呼ぶ。

 そして瀧本さんによる『説明』という名の『昔話』が始まった。


 ――昔、この世界に最初に生まれたのは二体の大きな巨人だった。

 彼らが本当にこの世界初の生物だったかはわからない。だが、彼らが生を受けた段階でこの世界に他の生物はなく、ただただ広く遠く果てしなく、どこまでも続く土の地面……荒野だけが続いていた。平坦な地面には起伏すらなく、大地に『地形』という概念もなかった。

 ただ土の地面には大量の骨の様なものが混ざっていたので、もしかしたら彼らが目覚めるより随分と前には他の生命体もいたのかもしれない。二体の巨人が目覚めた時、生きとし生ける者は二体の巨人のみだったので確たることは言えないのだが。

 やがて二体の巨人は何もない大地に一本だけ生えた大樹を見つける。しっかりと根を伸ばし、枝を広げる大樹。『植物』というものを見たことすら巨人達には初めてのことで、どれだけ大地を見回してもその大樹以外のものを見たこともなかった。

 唯一の大樹を巨人は『世界の中心』と定めた。それ以外の物は何もないのだから、何か大地に基点を置くとすれば確かに大樹以外に役割を果たすモノはなかっただろう。

 大地の全てを見て回り、大樹以外にはやはり何もないと確信した巨人達は、やがて二体ともが同じことを思うようになった。

 ――この大樹を独占したい。この世界の中心を、自分のモノにしたい。

 二体の巨人は二体ともがとても強欲だった。そして相手に譲るということもなく、二体は全身全霊の全てを賭けて争った。レスリング大会の勃発だ。

 彼らは大きな足で大地を踏みしめ、踏みならし、そして踏み砕いた。相手の身体を投げ飛ばし、大地を割った。

 巨人達が暴れるのに従い、大地は乱され、隆起し、陥没しを繰り返して地形を生んだ。割れた地の裂け目からは大地の深くから水が吹き出し、海となり川となり湖となった。

 流した血は大地を染め、赤い色はマグマに代わり、気温の変化を生み出した。それだけでなくマグマに変わらなかった血は、やがて生命を育む源となった。

 巨人が暴れるほどに、大地は姿を変える。互いに相手を殺すことだけを考えて殴り合っていた巨人達も、いつしか荒々しい自然の美を描くようになった周囲の光景に目を奪われた。

 彼らが初めて感じる、大地の美しさ。変化していくその様に見入り、巨人達は惜しいと思った。自分達が暴れて、この美しい変化を滅茶苦茶にしてしまうのは、惜しいと。

 互いに殺し合っていたことも忘れ、世界の中心である大樹を巡って争っていたことも忘れ、巨人達は大樹の根元から世界を眺めた。変わりゆく様を眺め続けた。

 やがて大樹以外の植物が芽生えて大地に満ち、土の色一色だった大地は色を染め変え豊かに瑞々しくなっていく。巨人達が争うことを止めた世界には安定と安穏がもたらされた。その安定を受け、大樹から巨人達以外の新しい生命が生まれた。

 巨人の次に、大樹から最初に生まれたのは神と呼ばれる種――……


「瀧本さん、その話長い?」

『程々に。巻くか?』

「巻いて巻いて」

 お伽話っぽいナニかの長さに耐えられず、朗々と語っていた瀧本さんに話の短縮を希望する。

 自慢じゃないが、こういう長々とした話は眠くなるタイプだ。全校集会の校長先生のお話とか、まともに聞いたことないし。小学校一年生の頃から漏れなく眠りこけていた。今では体操座りの状態で居眠りをしてがくっとならないコツまで習得している。

『――つまり、今のこの世界は何もなかったところから二体の巨人が暴れたことで生まれた世界だ。巨人が作ったと言って過言ではない』

「じゃあ巨人は世界のお父さん&お母さんだね」

『……生憎だが二体とも男性体だが』

「おぅ……お父さん&お父さん」

『作った、作られたという関係には強い結びつきが生まれる。その二体、『原始の巨人』は世界の化身といっても良い。他の巨人は全て『原始の巨人』の下位眷族であり、竜と同じか少し弱いくらいの種族だが……『原始』の二体は世界を生み出しただけあって竜等歯牙にもかけぬ』

「へー、そりゃ凄い。……で、なんでこの流れでその『原始の巨人』とかって奴の説明が始まるのかなー……」

『ツンドラ山脈の最も標高が高いところに棲息している。今も』

「その巨人、何年生きてんだよ」

 パッと見た限りでも、この世界は出来て数年なんて馬鹿なことは言わないと思う。ってことは少なくともその巨人って数百年の時を超えて御存命……? 不老不死かよ。

『二体の巨人は生物の枠に捉われぬ存在だ。何しろ『生物』が生まれる以前の『生物』なのだから』

「瀧本さん、言いたいことはきちんと整理してから言おうね。矛盾って言葉知ってる?」

『ニュアンス的な物なんだが……伝えるのが難しいな。本来の巨人は神々の上位種族だったと言えば伝わるか?』

「待て。私の中の巨人の概念をいま何かが軽々と突破していった」

 神々が後に生まれた。巨人の方が先に存在していた。つまりは序列的にそういうことらしい。なんてこった、この世界は盛大な年功序列の世界なのか、知らんかった。御年二十に満たない私にとっては随分と生きにくい世界だな、おい。


 世界の変わっていく様子を楽しく愉快に、和解して見守っていた巨人(×に)。なんか『氷の巨人』と『炎の巨人』っていうらしい。二体セットで『原始の巨人』な。そう言われると原始人の巨人みたいなものを想像するが、私の予想では多分間違っていない。きっと文明とは程遠い存在だろう。だってたかが木一本の所有権を喧嘩で決めるんだぜ? やだ野蛮!

 結果的に世界を眺める特等席、『世界の中心』を二体で巨人が独占してたんだが、やがてそれを面白くないと思う奴らが現れた。おお、不穏だな?

 それは個の力は巨人よりも圧倒的に劣るが、個々でそれぞれに優れた能力を持つ『神』ってやつらで。うん、私の旅立ち前に聞いた説明に間違いないんなら、そいつらが世界を支える世界樹とやらを管理してるんじゃなかったか……?

 なんか話の先が見えたなと思いつつ、瀧本さんの話を聞く。

『神々は自分達が正々堂々と正面から向かって行っても数に劣る巨人に勝てはしないと理解していた。だからこそ謀略を巡らせ、罠にはめることにした』

「神様すごく姑息だな。でもそういうの、個人的には嫌いじゃない」

『二体の巨人は諸共に罠にはまり、氷の巨人は世界の中心を追われ、炎の巨人は神々に囚われた。追い落とされ、神々に敗北したことで巨人達は『神々よりも弱い存在』として世界に刻まれた。全盛期とは比べ物にもならぬ程に弱体化したという。炎の巨人は全身をきつく束縛された上で、世界最大の火山に沈めて封印とされた。彼が『炎の巨人』と呼ばれるようになったのもこの頃からだ』

「その名前思いっきり苦境を現してんじゃん。名前として良いの、それ」

『世界の中心を追われた氷の巨人はやがて、この蹂躙大陸に辿り着いて山へと籠る。ツンドラ山脈はその時から吹雪の絶えない山になったという』


 ――神々は本来生命の象徴ともいえる世界樹から生まれた存在。つまりは彼ら自身も生命の持つ活力を象徴するような種族だったらしい。

 それが心に謀略を満たし、害意を持って他者を傷つけた。その事が曇りなく生命の輝きに満ちていた筈の魂に穢れを寄せ付けた。白かった筈が黒を交え、何者にも殺せぬ筈の巨人を殺そうとしたことで神々自身の不死性が失われる。時の流れに干渉を受け、老いる身となった。

 神々はこの世界で生まれた、『世界の一部』。世界の一部に変化が生じたことで、世界全体も変わっていく。寿命のある世界に。それは回り回って世界の象徴である巨人にも変化をもたらした。それまで不老不死だった原始の巨人も、死の穢れに抗えなくなる。

 巨人が殺せぬ存在から殺せる存在になったと気付いた時、だが既に氷の巨人は神々の手の届かぬ地に逃げ果て、炎の巨人はマグマに封じられて何人も手出しが出来ない状態になっていた。

 巨人は不死を失うも、不老までは失っていない。氷の巨人は山脈に姿を隠し、自分を慕う原始の巨人より小ぶりな巨人達を従えながら山に立ち入ろうとする者達を襲うようになった。特に神々の住まう神聖大陸の方から向かってくる者には問答無用で襲いかかるのだという。

『そういう訳なので、特に帰り道では迂回路を……って、寝てはいけない。凍えて死ぬぞ』

「巻いてって言ったのに、全然短くない話をするから……聞いてなくても眠気が襲ってくる」

『そうか、聞き流していたのか……。出来れば今後の為にも聞いていてほしかったんだが』

「そういう世界の成り立ち?みたいな昔話は性に合わないっぽい。とりあえずこの山に住んでる巨人が超危険生命体であることは理解した。けど、遭遇したって私には戦う手段がないし……こうして講釈を受けても、遭遇したらどうにも出来ないでしょ。それで説明なんて受けてどうしろと」

『バットで殴れ』

「あっれ簡潔に物騒な対処法もらっちまった! 殴れって……相手、巨人なんだよね? こんなちっぽけなバットで殴っても…………」あれ、そういえばこのバット、瀧本さんを殺した(仮)ことで伝説の武器化したんだっけ?

 じっと手の中のバットを見つめる。見慣れたバットに、見慣れない黒と赤の荊模様が踊っている。うん、中二病臭い。強そうというよりは痛いという印象が、見れば見るほど湧いてくる。

『色や形には、魔術的な意味がある。このバットを例に挙げるのならば『黒』は死の穢れを意味する『黒不浄』。赤は血の穢れを意味する『赤不浄』。それも魔王のモノによる穢れを受けた物だ。ありとあらゆる生命が抗うことの出来ぬ『死』を直接的に叩き込む『冥府』の力を宿している。それだけでなく、殺された魔王の恨みの念によって通常魔王殺しの武器は凄まじい呪いを受けるのが常だ。だがこのバットにはそれがない。吾が恨んでいないのだから当然だが。つまりこのバットは世にも稀な魔王殺しの強力な武器でありながら呪われていないという……業界初の武器となる』

「うん、もっと簡潔に分かりやすく! 私の理解力を舐めるな。あんまり頭良くないんだから」

『あー……RPGゲーム風に言うと、『魔王殺し』の武器は最強武器にも劣らぬチート武器だが、装備すると漏れなく呪われる。呪いによっては装備した瞬間に死んだり、発狂したり、周囲を巻き込んで自爆したりと呪いのバリエーションも豊かで、しかも解呪出来ぬ』

「最悪じゃん。それ装備して戦闘中に味方の背中斬っちゃうパターン?」

『そこで貴女の持つ魔王殺し(バット)だが、性能は最強(チート)装備並、攻撃には『炎属性』と『束縛効果』、『即死効果』が高確率で付く。しかも呪われていないので装備しても何もマイナスがない。それどころか武器(バット)使用者(あなた)の双方で『魔王殺し』という偉業を分かち合った結果、目に見えない繋がり(きずな)が結ばれ……貴女が生きている限り、貴女以外の者には装備不可能の固有武器化している』

「何それ超強そう。最強っぽい!」

 孝君のバットが!

 この何の変哲もなかった筈の金属バットが、そんな進化を……!

 私は驚いて、まじまじと手の中のバットを見つめた。心なしか、さっきとは印象まで変わってしまったような気がする。きっと気のせいだろうけどね!

『流石に神に世界の中心から追われ、太古の不死性を失ったとはいっても、原始の巨人はただ人には恐るべき強敵だ。だが先にも言ったが、原始の巨人も死なない訳ではない。奴らとて『死』の力には抗えぬ。もしも遭遇して戦闘になったとしても、上手くバットの即死効果が発動すれば……』

「他の武器ならともかく、このバットなら撲殺出来る、と……?」

『ああ。まずは遭遇し敵対しないことが一番だが、いざという時の為に知るだけ知っておいた方が良いだろう。その武器はリスクなしに最強に近い力を振るえる凶器だと』

「うわー。そんなこと言われたら持ってるのが怖くなるって。ただでさえ瀧本さんを殺しちゃったことで気軽に他人には向けられなくなってるの、に………………ぁ」

『………………』


 この手の中にあるバットが、凄い武器だと。

 私に理解させるように何度も念を押して瀧本さんが言うから……!

 ちょっと怖れ多い気持ちと、そんな武器の持ち主だって言う照れ臭さと、強さに憧れる子供心から、つい。うん、ついね?

 つい、龍の背の上で軽い気持ちでバットを二、三度振ってみただけだったんだけど。


 クリームちゃんの飛行速度が速いので、現在地はいつの間にか凍れる山脈の遙か上空。

 下界は一面の銀世界。

 

 どうやら外気温が低下するのに従って、バットの握りの部分もちょっと凍っていたらしい。

 今は手袋してるけど、さっきまで素手で握ってたし。染み込んだ手汗が凍ったかな?


 うん、つまり、何が言いたいかと言うとだな?



 盛大に、手が滑った。




 瞬間、唖然と飛んで行く物体を無言で目で追ってしまう私と瀧本さん。

 何が飛んでいったのかって? 言うまでもないだろ。



 金属バットがすっぽ抜けて()ってしまった。



 一面の、銀世界。真っ白で銀色なそこに、吸い込まれるように消えていく金属バット(中二仕様)。さよなら、金属バット。

 ……って、まだサヨナラと決まった訳じゃないよね!?



『――追え、クリーム!! あの危険物(バット)を見失うなど許されぬ!』

「ぴぎゃ!」

「……っていま本音が出てたよ瀧本さんー!?」

 先程の唐揚云々の時よりも取り乱した様子で、私の背後から身を乗り出した瀧本さんが叫ぶ。

 主人に忠実なクリームちゃんは、命じられるや否や即座に消えていくバットの後を追った。

『く……っこの高度でもギリギリだったというのに。奴の生息域に踏み込むことになろうとは』

「申し訳ありません。ほんと、申し訳ありません」

 私としてはこの失態をぺこぺこ謝る以外にない。本当、済みません。

 クリームちゃんの本気を見せてくれた、もう飛んでるっていうか落下してるだろ!? みたいな速度は本当に速かった。高速飛龍なんて呼ばれるだけはある。

 先に飛んでいったバットを確実に追いかける、龍の背の上。私はバットが紛失しませんように、見つかりますようにと遠い故郷の八百万の神に願った。いや、だってこっちの世界の神様とか祈っても御利益なさそうだったし。


 神のご加護か、クリームちゃんの頑張りか。

 確実に後者のお陰で、私達は一直線に飛んでいった金属バットの……落下地点に辿り着く。


「『……………………」』


 そこには、全長百mに届くかって巨大さの、青白い肌をしたオッサンが倒れていた。こんな巨大なおっさんが隠れ潜んでいたなんて……空からも目立つと思うんだが、どうやって潜んでいたんだろうか。それとも全身青白いせいで保護色か? 保護色だから見えなかったのか?

 疑惑を感じながらも無視できないのは、おっさんが倒れている原因。推測できるソレに思い当たる物が多すぎて、おっさんの存在に疑問を感じながらも深く考えられない。

 巨大なおっさんの脳天にはこれまた大きな瘤が出来ていて……ぱっくり割れたそこから、だっくだっくと赤い血が流れている。

 そして、本当なら目を逸らしたいんだが…………おっさんの頭の傍に、黒と赤の荊模様が目立つ金属バットが落ちていた。


 なにこの既視感(デジャブ)


 なんかこんな光景、最近見たことある。

 現実を直視するのが辛くて、私はやがて視線を逸らし、顔を両手で覆っていた。

『やはり、『即死』か……この様子では恨みに思う間もなかっただろう。巨人も自身の死に気付くことなく逝ったのではないか?』

「これが、『即死効果』……」

『……帰りは、直線距離を真っ直ぐ飛んで帰るか』

 もう警戒すべき生き物は、此処にはいない。瀧本さんの言葉から、私はその事実を厳粛に受け止めた。


 氷の巨人の投石だったら遙か上空を飛ぶドラゴンだって撃ち落とされてしまうそうだけど、氷の巨人以外の巨人が投石してもドラゴンの飛行高度までは届くことがないらしい。つまり他の巨人に撃ち落とされる心配はないってことだね。

 どうやら私が偶然投げ捨ててしまった金属バットは原初の時代から生きているとかいう世界動物遺産並にこの世界にとっては重要な生物に直撃し……貴重なその生命を奪ってしまったらしい。神々にも奪えなかった物を、まさか孝君のバットが奪ってしまうだなんて……!

 これは事故だ、事故なんだ。決して私が悪い訳ではない、と声を大にして言えないのは何故だろう。

 うん、うん……旅の安全性が向上したね☆と微笑みながら言えない私を、誰かへたれと罵ってくれないだろうか。


 ちなみに若干腰が引けながらも仕方なしに回収した金属バットには、さっきまではなかった筈の装飾が増えていた。

 なんか赤と黒の荊に沿って、薔薇の形に刻まれた蒼銀の結晶が埋め込んであるんだけど……

 何がどうしてそんな装飾が増えたのか深く考えたくはないんだけど、こんな装飾がついて殴ったら割れないかなと少し心配になったりした。

 しかも瀧本さんが鑑定したところ、金属バットの性能が更に上がっているらしい。さっき説明してもらった効果に加え、攻撃に『氷属性』『時属性』とかいうよくわからないモノまで付くようになったみたいだ、とか。

 あははははは、あははははー……本当になんでだろうね?

 わかっていながら、私はやっぱり目を逸らして空笑いを浮かべるのだった。


 





絵麻ちゃんのリュックの中身(在庫)

 財布と携帯電話

 手帳とペンケース

 鏡と櫛と化粧ポーチ(中身は保湿リップと虫さされの薬と携帯用制汗スプレー)

 うま●棒 15本

 ブラックサ●ダー 15個

 メロンソーダ 500ml

 片栗粉

 唐揚粉

 柚胡椒

 トマトケチャップ

 ※どうやらバイト帰りにお使いを頼まれていたらしい



氷の巨人

 相方と世界樹の所有権を巡ってレスリングしてたらいつの間にか世界創造していた偉大な巨人。魔法的な生物なので常識には縛られない。

 本来は神々よりも上位の生き物だったが、罠にはめられて追い落とされた時から立場は逆転。しかもその時に不死性をうっかりぽろりと落っことしてしまった為、寿命はないが誰かに殺害されたら死んでしまう身体になった。

 世界を生んだ親であり、世界を象徴する生命体でもあるが、決して両者は「=」では結ばれない。

 不死性を失ったその時から世界との同調は切れており、互いに影響されない独立したイキモノとなった。

 なので撲殺されても世界に大した影響はない。

 自分を生み出した大地に沈んで深い眠りにつくのみである。

 もしかしたら数百年、数千年の時の向こうで復活することもあるかもしれない。




さて、魔王に引き続きレアな巨人まで撲殺してしまった主人公。

果たして彼女は、次は一体ナニを撲殺してしまうのか!?

次回:【 2日目 勇者撲殺 】をお楽しみに!







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