敗北のバレンタイン
く……っ14日の間に最後まで上げられませんでした。無念。
バレンタインに間違った方向で沸く魔王城。
その片隅で、二人の男が再会の時を迎えていた。
「え……に、にいちゃん!? 恵伝にいちゃんか!?」
「おう、孝」
「反応軽っ! ちょ、恵伝にいちゃん本人だよな!? なんで恵伝にいちゃんが此処に!」
「なんだか老けたな、たぁ君」
「たぁ君は止めろ。――じゃなくって、何やってるんだよ、こんなところで!」
「お好み焼きを焼いている」
「そうじゃねーよ!! どうしてこんなところにいるのかって聞いてんだよ!」
屋台の並ぶ一画で、芳ばしい匂いが辺りを浸食していた。
最後にソレを嗅いだのは、もういつとも知れない。
なんとも懐かしく、空腹に直撃する忘れ難い匂い。
そう……お好み焼きソースのニオイだ!
導かれるようにして、というかもう長らくご無沙汰だった匂いに引き寄せられるようにして、日本の味覚を忘れることの出来ない瀧本さんと孝君はふらふら~っとその屋台に訪れた。
そこでは恵伝さんと獅子頭の男(13歳)が、極限まで効率化された動きでテキパキとソースを熱して匂いを空気中に拡散し……空腹テロを巻き起こしていた。
大きな一つの鉄板で、恵伝さんはお好み焼きを焼く。
その隣では獅子頭の男(13歳)が焼そばを量産していた。
「いやもう、ほんと何やってんだよ恵伝にーちゃん……なんでこの世界にいんの?」
「それは、愛故に」
「意味わっかんねーよ!!」
大丈夫だ、安心してくれ孝君。きっとその一言で恵伝さんがこの世界にいる経緯の全てを察することの出来る人間は恐らくこの世に存在しない。
「ああ、もう……しかもなんでこんなとこでお好み焼き…………にーちゃん、俺にもさんまい!」
「あ、吾は5枚!」
「んじゃ俺も試しに1枚」
「まいどありー」
ちゃりーん。
きちんとお金を払って買い物をする魔王と賢者と死神の3人組。
彼らはそれぞれ頼んだ枚数のお好み焼きを受け取り、その温かさに頬を綻ばせる。
「しかしソースなど、どうやって再現したんだ……? この世界の食材では、日本のソースを十全に再現するのも困難であったろうに」
「元々この世界に来るとき、ある程度の調味料は荷物に詰めておいたからな。後はこの世界の料理人にサンプルとして提供し、再現に協力してもらった」
「な……っまさか、その物言い! もしや醤油や味噌も……!?」
「味噌とたまり醤油なら、既に少量だが生産可能だぞ? どうだ、魔王。この三種の神器(調味料)と引き換えに神聖大陸への移動手段を提供する気はないか」
「くっなんと魅力的な提案!」
「……って、いつの間にか話が脇に逸れまくってる!? でも味噌と醤油は俺も欲しいです、おにーちゃん!」
恵伝さんが持ち込んだ、魅惑的過ぎる誘惑。
それを振り切るのに瀧本さんや孝君は随分と労力を削る羽目となる。
やっと落ち着いたのは、お買い上げしたお好み焼きを1枚もぐもぐごっくんした後だった。
「もうなんで恵伝にーちゃんが此処にいるのかは置いとくとしても、なんで屋台なんかしてるんだよ。にーちゃん、そんなことするような性格だったっけ」
「ああ、屋台か? これは……絵麻がな」
「絵麻さんが?」
「去年のバレンタインで絵麻がチョコレートを貰って達成した順位を超えられたら、世界樹の管理に関わっている女神を紹介してくれるというので……魔族の男共に倣い、女性の好感度上げを図ってみたところだ。異世界発の珍しい料理を提供すればそこそこの評価を貰えると踏んでな」
「超打算的な理由での出店だったか……」
「っていうかほんと、何やってんだよ……にいちゃんもねえちゃんも」
げんなりと肩を落とす孝君。
しかし呆れた顔をしながらも、お口はひょいぱくひょいぱくとお好み焼きを摘まんでいた。
「だが、な……挑戦してみたは良いが無謀だったらしい。今も諦念に身を浸していたところだ」
「ん? ちょい待って。っつうか去年のバレンタイン……ねえちゃんがなんだって?」
「絵麻はな、女であるにも関わらず……去年、魔王城の女性陣から大量のチョコレートを受け取ったそうだ。こうして屋台をはじめてから気付いたのだが、去年の番付があそこの城壁に張り出されていてな」
そう言われ、恵伝さんの指差す先を目で辿り。
孝君は、壁に大きく張り出された去年の番付とやらを目に入れた。
絵麻さんは7位だった。
「思いの外、高得点だなぁ……」
孝君の目が遠い。
外に彼の知る面子だと、メルクリウス君が4位、はじめ君が12位にランク入りしている。
瀧本さんは選外だ。
「絵麻さんは豪胆だが、細やかな気遣いも出来るひとだからな」
「細やか? 誰が? 瀧本さん、幻覚はやばいって」
「いや、幻覚でなく。去年のアンケートには絵麻さんにチョコレートを贈った者共の理由も記入されていたが……」
そう言いながら、瀧本さんが思い出したところによると、以下の理由が多かったらしい。
・森で迷った時、怪物に襲われていたところを助けてもらった
・重い荷物を運んでいる時、半分持ってくれた
・昔の魔王のコレクション……呪いのピアノ(的な楽器)の処分に困っていたところ、代わりに粉砕してくれた
・勘違い男に絡まれていたところを助けてもらったことがある
……などなど。
それらの逸話を拝聴し、孝君はひとこと呟いた。
「少女漫画のヒーローかよ」
「最近の少女漫画は呪いのピアノ(的な楽器)の破壊ミッションがあるのか?」
「いや、それ以外な?」
ソースのニオイ漂う場所で、恵伝さんの作ったアレコレを口に運びながら。
なんとも微妙な眼差しで、男達は道行く集団に目を向ける。
そこには見回り中の、絵麻さんがいて。
女性にギブミーチョコレートするあまり、強引に迫る形になってしまった男をしばく光景が垣間見れた。
絵麻さんは大胆不敵にも金属バットのぶっとい方を片手で握り、持ち手の方で男の顎をかちあげる。
「安心しろ、峰打ちだ」
金属バットに峰はねーよ。
そんな孝君のツッコミは、絵麻さんの耳には届かなかった。