男祭りのバレンタイン
女性が普段の言動含め、男性を辛口評価して「イイね!」と思った相手にチョコレートを贈るイベント「バレンタイン」……そのように絵麻さんが告知した結果、バレンタイン当日の魔王城は中々に騒々しいことになっていた。
原因はひとつ。
男共が互いの面子を賭けてチョコのポイント数を競い合うのだが……
普段の行いに自身の持てない、あるいは女性と接点のない生活を送っていて評価してもらえる余地がない。そういったイベントの主旨に対して不利な状況にあることは否めない殿方たちが、無駄な足掻きをやっていた。
バレンタインの開催が告知されてすぐに、女性の評価は得られそうにない男性たちが絵麻さん……実行委員長に掛け合ったのだ。曰く、評価を得るには不利な自分達にも起死回生の機会がほしいと。
男だらけの部署で女性とは顔も合わせない日常を送っている者などは、確かに不利だ。
一定の主張に理解を示し、絵麻さんは直訴状を以て実行本部に駆け込んできた哀れな子羊共に言った。
「ここに、バレンタインに合わせた合併企画として、『男祭り』の開催を宣言する!」
それを聞いた時、瀧本さんの脳裏では褌姿でほぼ全裸に近い男共が、神輿を担いで「えいさらー!」とかなんとかそんな掛け声で町々を練り歩く姿を想像した。だがその想像は当たらなかった。
普段、女性にアピールできない哀れな野郎共に救済を!
つまりはアピールチャンスをくれてやれ、ということで。
バレンタイン当日、魔王城は現状ほぼ『頑張って女性に媚びた男子校の文化祭』と化していた。
絵麻さんが再現しようと思ってそうなったのか、男たちが自分で企画を頑張った結果、男子校の文化祭に近しくなってしまったのか……それは謎だ。謎だが、男子校の文化祭と男祭りでは、使用されている名詞の意味が近くても与える印象が大違いだ。
魔王城の門をくぐると、そこにはほら……男達が汗水流して必死の「料理の腕アピール」を行う屋台の群れ。道なりに魔王城の城館まで色とりどりのテントが立ち並ぶ。
普段は目にしない男の料理姿、そして慣れない接客を頑張る売り子(ムキムキ)達。
そこには非日常空間があった。
頑張る男共の血と涙と汗も、屋台から上がる熱気で蒸発していくようだ。必死になってチョコを求め、迷走している。そして女性達は男達の渇望など気付いているのかいないのか、ただきゃいきゃいと普段とは違う空気を楽しみ、男達の屋台を楽し気に冷やかしていた。
「わ☆ このビスケットおいしい! 間に挟んであるのは……アイスクリーム!?」
「すっごぉーい! うわぁ、アイスの種類もすごいよぉ! ね、ね、見てみて! ホワイトチョコとミックスベリー味だって!」
「見た目もかわいー☆ わ、こっちのカップアイスはトッピングがネコちゃん型だよ!」
「こっちのカップアイスはうちの屋台自慢の1番人気ですよ。うちの売りなんで、どうぞ見てってくださいよ。何しろ氷魔法の得意なヤツを集めてますからね!」
ちなみに屋台の出店メニューは絵麻さんと暇を持て余した瀧本さんの監修だ。
ランダムで変化球過ぎるひねり技が混入されていたが、概ね女性受けしそうなメニューとレシピを相談に応じて販売するという小汚い小銭稼ぎが男たちの財布と女性のツボを直撃していた。女性のチョコが欲しい男達は、涙を呑んで女性受けのしそうなレシピを1枚いくらで絵麻さんからお買い上げしていた。このイベント期間中に絵麻さんが野郎共からいくら巻き上げたのかは不明である。
「うわぁあ、ほんっとうに可愛いよ! この髪飾り気に入っちゃった」
「それはメインの石に『緑冥石』を使ってるんですよ。お客さんの目の色とも相性が良いし、水属性の回復魔法に補正が付きます。お客さんの腕章、医務室の職員だよね?」
「え、本当? それじゃあ職務中つけてても言い訳が立つよね。でもどうしよ……『緑冥石』って冥府由来の石じゃなかったっけ。死の穢れがまとわりつくと業務に支障が……」
「冥府に関係する石は縁起が悪いって思うかもしれないけど、逆だよ。その石は死に瀕した人を引き戻す力があるから。……まあ、気休め程度の弱い力だけどさ。でもここぞって時の後押しにはなる」
「決めた! この髪飾り買っちゃう! でも君、石にくわしいんだね。もしかしてこれも君の手作りだったり?」
「ここに並んでるのは全部そうだよ。俺が作ったんだ。俺、アイテムの制作している部署所属だから」
「あー……あそこかあ。職人さん達のところだよね。業務が立て込むとずっと籠りっぱなしなんでしょ? 他の部署とのかかわりが特に希薄な部署の一つ……」
「まあね……。だから今日はこうして出店を出してるんだよ。情けないけど、こうでもしないと女の人と話す機会なんてないからさ」
「ふーん……決めた! 決めたよ! 私のチョコ、感謝チョコで良ければ君にあげちゃう」
「え、ほんと!?」
「うんうん! だって君の作った髪飾り、本当に趣味いーもん。気に入ったのは本当だよ?」
そこかしこで、出店作戦が功を奏したのかチョコを貰う者もちらほらと出始める。
だが、逆に。
「え、なにこれ……」
「お、おいしくなかったですか? お客さん」
「逆よ、逆! なにこれ、美味し過ぎて腹立つ!!」
「え、ええー!?」
「私の手料理よりずっと美味しいじゃない……むかつくわ!」
「そんな……!?」
……屋台で買った軽食が美味し過ぎたと怒りを顕わにする傍迷惑な女性がいたりと、他にも割と理不尽な理由で逆に好感度を下げる女性陣がちらほら存在した。
美味し過ぎる軽食を売っていたお兄さんの場合は、彼の所属が厨房で元々料理人だったことに起因するのだが。特技を披露しただけなのに、客に怒りを向けられる。遠き日本ではこの現象を「クレーム」という……。
男達が自分の魅力をアピールする場は、屋台に限らない。
賑やかに人々の笑顔は魔王城のそこかしこで響いていた。
物作りや料理が得意な者のアピールの場が屋台であれば、全く別の方面で働きかける者達もいるのだ。
そういった者達は特設会場ごとに披露の場を設けられ、それぞれで自分の力を競い合っていた。
強さこそが自分のアピールポイントだという者は、特設の闘技場でぶつかり合い、肉体美が自慢だといういう者達は半裸の肉体を曝して独特の美を観衆に押し付けた。
他にも魅力の数だけ催し物は細分化し、中には詩作会場や釣り堀まで存在した。
……他にも絵麻さんの企画でミスター美男コンテストやらミスター女装コンテストやら……イロモノの大会も、それなりに存在した。
数々の規格の中には「それアピールになるのか?」と疑問を感じるようなものもあったが……やっている野郎共の方は必死で、全力で、本気で。そして空回っていた。
男達が自分のこれぞという道で競い合い、ぶつかり合う。
その効果としてチョコレートを得られるのなら、それは充実した1日になったはずだ。
男女が普段のしがらみを振り切って、ぐっと近づいたバレンタイン。
あるいは見せてはいけない側面をカミングアウトしてしまい、逆に距離ができたバレンタイン。
上手くいった者達の中には、今まで縁のなかった者と繋がったり、親しくなったり。
男の矜持を賭けてポイントを競い合っていた筈なのに、気付けば女性に媚びる過程で「そういえば彼女が欲しい」とかそういった願望を覚える者もちらほら。
女性にたくさんのチョコレートをもらった男ほど、「あ、俺もしかして女受けするんじゃね?」とあらぬ期待に胸をときめかせる。
だがしかし、別にチョコレートをたくさんもらったからと結婚にはつながらなかった。
これはこれ、それはそれというのがシビアな女性陣の言い分だった。