種族を超えまくった愛
前話のラストで唐突にまさかの登場を果たした絵麻さんのお兄ちゃん、恵伝さん。
果たして彼の真意とは……?
内藤恵伝。
絵麻さんにとっては一歳年上の兄。
彼が失踪したのは19歳の時、絵麻さんがまだ地球で女子高生をやっていた頃のこと。
前世の恋人を探しに行くという、現代日本では中々に達成難易度の高い言葉を残して家族の前から姿を消したのだが……
それが何故か、目の前で。
この地球ナニそれな異世界の戦場ど真ん中で。
顔面蹴られて顔に靴裏スタンプを頂戴したお兄さんは、実の妹さんに強要されて絶賛正座で反省中だった。
本当に反省しているのか否かはともかく、胸に「反省中」というプレートを下げて正座の真っ最中だった。
ちなみに折り畳まれた足の下には、絵麻さんたってのリクエストで目の荒い砂利が敷かれている。あいたたた。
胡乱な感情を込めて目を眇め、妹は容赦なく兄の背中をぐりぐりと靴の裏で押しながら尋問を開始する。
平然と受け入れてはいるものの、彼女の兄が此処にいることからしてまず何もかもがおかしい。だってここ異世界だよ。
その疑問もちゃんと忘れていないようで、妹は兄を詰問した。
「兄ちゃん、なんでこんなところにいるの」
「それは僕がお前に聞きたい」
妹に足蹴にされているというのに、兄が上げた顔は涼しい表情をしていた。その空気から、兄妹の間に割り込めず傍観するしかない外野の皆さんは思った。慣れてやがる……と。
兄を無碍に扱っている妹の方は嫌そうにしながらも平素とあまり変わらない兄の顔色に「石でも抱かせるか……」と脳内でひっそり検討しつつ、兄のお言葉は無視で尋問を続ける。
「それになんでそんな、コスプレ?みたいな恰好してさ。何やってたのさ」
「それも、僕の方がお前に聞きたい。どういうコンセプトなんだ、その恰好」
兄の指摘に、瀧本さんが生温い眼差しを絵麻さんへと注いだ。
現在の絵麻さんは下半身だけは日本の名残を色濃く残し、日本からこの世界に来た時に着ていたスポーツウェア……平たく言えば下ジャージにスニーカー。そして上半身にはこっちの世界で誂えたぴったり素材のインナーに、背中に大きく『一撃滅殺』と刺繍された陣羽織という謎の格好をしている。陣羽織のデザインもこちらの世界の流行なのか少々独特で、それは陣羽織というか伝説のヤンキー装備『長ラン』をどことなく彷彿とさせる。そして右手には超進化を今なお続け、異彩過ぎる輝きを放つ金属バットをしっかり握りしめていた。もはやスポーツ用品の爽やかさなど微塵も残っていない孝君の金属バットは、今ではどこからどう見ても何かを殴って殺害することだけを目的に作り上げられた打撃武器にしか見えない。
絵麻さんの今のお姿は、なんとも攻撃的で……女子高生☆というかつての肩書との乖離っぷりは既に手遅れなレベルに達していた。確かに格好という点においては、彼女は兄のことを言えそうにない。
薄気味悪そうに実の妹を観察する、兄。絵麻さんはそんなお兄ちゃんをげしっと蹴り倒して感情の溢れた叫びを上げる。
「人の揚げ足を取らないで! わかってるの? 兄ちゃんが家出したせいで父さんや母さんがどれだけ……どれだけ、兄ちゃんを探したか。いくつの興信所に兄ちゃんの足跡調査を依頼したことか!
そのせいで私のお小遣い、減らされたんだからね!? 」
「絵麻さん、そこか。そこなのか」
何とも言えない微妙な空気が発生した。生き別れの兄妹の、こんなに感動できない再会があっても良いのだろうか。
だが実のお兄ちゃんの方はまるで気にした様子もなく、
「そうか、それは悪かった」
さらっと軽く謝罪だけで済ませるつもりのようだ。
「それで絵麻。お前はどうしてこんなところにいるんだ。どうも好戦的な恰好をしているようだが、ここは戦場予定地だぞ? 悪いことは言わないからさっさと帰れ」
それどころか、自分の疑問を出してくる始末。
この様子では教えないと話が進まないなと感じたので、絵麻さんも出し渋ることなく教えることにしたようだ。
そうして絵麻さんは。
相手が魔王の敵対勢力であれば漏れなくショッキングな印象を受けるであろうお言葉を、躊躇い0でぶちまけた。
「なんで私が此処にいるかって、そりゃ私が魔王瀧本さんの護衛隊長だからに決まってるよ?」
「………………は?」
絵麻さんのお言葉に、たっぷり十三秒の沈黙を経て恵伝さんは首を傾げた。寄せられた眉の歪みぶりには、怪訝の一言が大きく表わされている。恵伝さんは、顎に指を当てて思案にくれながら呟いた。
「魔王の護衛……隊長………………絵麻……エマ? エマ・ナイト……?」
考えを巡らせている内に、彼の思考回路は迷路を脱したのか。ナニかを察したようで、目がゆっくりと見開かれていく。
顔をはじめとした身体的特徴はともかく、目に見えない部分でかつてとは大きく変わってしまった妹。
真実の一端に触れた兄は、身内ならではの命知らずぶりで叫んだ。
「魔王の腹心? 撲殺鬼エマとはお前のことか!!?」
あまりお気に召してはいない絵麻さんの二つ名が、遠慮なく叫ばれた訳で。
額に青筋を浮かべた妹さんが、兄に向ってにっこりと微笑み。
「よし、命はいらないものと受け取った」
撲殺上等。ソレで殴ったら死ぬ。重々承知の上で、絵麻さんは殴ったら必ず殺す武器「金属バット」を振り上げて……
「姐御、早まっちゃいけない!」
状況を見てまずいと察した死神に、背後から羽交い絞めにされて止められた。それでも荒ぶる絵麻さんは収まりがつかない様子でバットを振り回しているのだが。
己の命が危険な状況に陥りつつあることに気付く様子もなく、地雷をぷちっと踏んだおにーちゃんは怪訝そうな顔で絵麻さんとバットを見比べている。
「おかしい……僕が話に聞いていた限り、撲殺鬼というのはこんな感じだった筈だ!」
そう言ってバサッと広げたのは、一枚の布で。
白地の布には一面いっぱいに、何かの絵が書き込まれている。よくよく見るとそれは無骨で刺々しい甲冑を纏った大男の筋骨隆々とした上半身を描いたもののようだ。顔面を完全に隠すフルフェイスの口元からは、「ふしゅ~……」という効果音付きで吹き出る靄。鋭い眼光を表そうとしてか、兜の奥からは目と思わしき爛々と輝く二つの光点。盛り上がった太い腕や分厚い肩や胸板も男らしいというよりむしろ野獣の様で、あまりに立派な巨躯はアメフト選手とプロボクサーとプロレスラーの屈強な肉体を融合させて肥大化したかの如く。全身を覆う体当たりだけで人を殺せそうな甲冑は歴戦の勇士を演出してか煤けて汚れ、破損している上に返り血らしき液体で血みどろで。そんな目線だけで殺意を感じさせ、対峙した者をことごとくマッチ棒を薙ぎ払うように殺していそうな血に飢えた大男の絵。律儀に右腕には、成人女性の肉体とほぼ同程度の大きさだろうと思わせる迫力と存在感で金属製の凶悪な棍棒が描き込まれている。
そんな絵の端には『※撲殺鬼イメージ図』と書き添えられた文字が。
「何この捏造イメージ図!! 誰がばら撒いたのか知らねーけど名誉棄損だろ!!!」
案の定、絵麻さん激昂。
「巷に出回っている撲殺鬼の肖像だ。信憑性は確か、という話だったんだけどな……」
「兄ちゃん! この絵ぇ描いたの誰!? 今すぐに抗議(※物理)してくる!」
「僕も誰が作者かまでは知らない。出回っていた物を譲り受けただけだ」
「じゃあばら蒔いていたヤツ教えて。流れ逆に辿って特定してやる……瀧本さんが!」
「私が!?」
荒ぶる絵麻さんが平常心を取り戻すまで、一時間必要とした。
何とか絵麻さんの事情についてお兄さんの理解が得られた頃。
次は自分が話を聞く番と、絵麻さんは改めて兄を尋問した。つまりは何故、兄が此処にいて。そうして何故、魔王への反乱などという無謀な愚行に参加したのかという。
「参加?」
「さっきのあの状況で、参加してないなんて言い逃れするつもり? 無理でしょ。兄ちゃん思いっきり反乱側の兵達のど真ん中にいて馴染んでたじゃん」
「いや、状況証拠を否定するつもりはない。ただ訂正を要求する」
「訂正? 何が違うって……」
「参加じゃなくて僕がほぼ主犯なんだが」
兄の言葉が皆様の耳の奥に響いた瞬間。
絵麻さんが手に握っていたブツを振り下ろした。
スパーンッという良い音がした。
バットを握っているのは、反対側の手。セーフ。セーフである。
代わりに紙で作った即席ハリセンを食らった頭をさする兄に、妹さんは冷たい目を向けた。極寒レベルの冷たさだった。
「……動機は?」
「愛の為だ」
キリッと真顔で言い放った兄の頭に、絵麻さんのハリセン(二発目)が命中した。
あまりに酷い兄の世迷言を聞いたと、妹さんは頭を抱えている。お兄さん、妹さんは泣いているぞ! 多分心で。
絵麻さんが制圧(蹂躙)した反乱軍の皆さんも、兄の動機はあんまりだと思ったのか拘束されたまま沈鬱な顔でそっと視線を逸らしている。皆さん何故にこの人に従ってたんですか。
「兄ちゃん、あんた確か前世の恋人を探しに失踪したんじゃなかったっけ……」
「それは……また、斬新な家出の理由だな」
「姐御のにーちゃん、そんな理由で失踪したんすか……そんでその失踪したにーちゃんがこれ、と」
「わかってくれる? 兄ちゃんの奇抜で酷い理由には、妹の私も呆れるしかないわ」
一度、兄には正気かどうか聞いてみたかった。優秀な成績の模範生として高校を卒業し、両親の自慢だった兄。名門の大学にも入学試験で合格を貰っていたはずだ。なのにそれが「前世の恋人を探しに行く」という理由で合格を蹴って失踪だ。とても正気の沙汰とは思えず、両親はともに悲鳴を上げたものである。妹としても、頭が良かった筈の兄の馬鹿な行いにポカンとしてしまったのは仕方ない。兄は馬鹿か、狂ったかと聞いてみたかった。既に失踪していて聞く機会は逸していたが……その兄が、いま、目の前に。
冷たい目をした妹さんが見る兄の顔は、家族として培った十八年の経験から見ても……マジだった。狂ったとか、狂言ではなく、マジで前世の恋人の存在を信じているのだと顔色から読み取れてしまう。こんな兄妹の絆は要らない、投げ捨てたい。そう思いながらも兄という生き物への一定の理解が厳正な判断を下してしまった。こうなるともう、兄の残念具合も諦めるしかない。
「それで……前世の恋人は見つかった? 兄ちゃん」
「ああ。後でお前にも紹介しよう」
「え゛。マジで会えたの!!?」
驚きである。吃驚である。驚愕である。同じ表現を三度繰り返してしまうほどの衝撃が、絵麻さんの全身を容赦なく貫いた。
いま、何か信じがたい言葉を聞いたような……現実逃避に、絵麻さんの視線が彷徨う。
どうやら、兄の『前世の恋人』とやらは存在したらしい。それが一方的な思い込みや空想の類でなければ、の話だが。
「だが……悲しいことに、僕の恋人は今、病に侵されている」
「あっれなんかいきなり空気がシリアスに……?」
驚きで反応が鈍くなったままの妹を放置して、項垂れるお兄さん。その思慮深そうな眼差しに、辛い気持ちや遣る瀬無さを封じた苦悩が見える。運命の恋人(疑)とやらは余程重い病なのだろうか? 悲しみを隠そうとしない兄の様子に妹さんは困惑でいっぱいだ!
しかし運命の恋人(惑)が病気だというのに、それを放り出してこのお兄さんは何をしているのだろうか。魔王への反乱? おやおや御大層な事ですね。回りくどい自殺志願ですか?
「兄ちゃん、なにやってんの。恋人が病気なら側に付き添っといてやんなよ!」
「付き添っていて病気が治るか! 彼女の病気を治す為なら、僕は。僕は……魔王にだって挑んで悔いはない! 彼女を元気にするには、もうこれしかないんだ!!」
「ってなんでそこで魔王倒そうなんて話になんだよ! 超展開すぎて私にゃ理解できねーよ!!」
病の恋人を救う為に、魔王への反逆。なにその重すぎる試練。
愛を試されるにしたって狂った難易度の試練に突貫しなきゃならない理由はなんだ。
一瞬、絵麻さんは兄が都合の良い嘘で騙されているんじゃないかと疑った。前世の恋人を装った女性のハニートラップで、女性の代替えで魔王に戦いを挑ませられているのではないかと。
「瀧本さん、魔王の血肉には病気平癒の御利益でもあんの?」
「もしも本当にそのような効能があれば、とうの昔に魔王なぞ健康を切望する数多の者に寄って集って殺されておろうよ。不死鳥の血肉であればともかく、病を癒す為に魔王を襲うなぞ聞いたこともない。……魔王の城に万能薬かそれに代わる物がある、というのであれば話はわかるが」
「ああ……あの城、めっちゃ広い上に摩訶不思議だもんな」
「えぇ~? 死神的に、そんな重篤な病人が復活を遂げそうな代物……あったら困るんだけど」
「ビスが困っても私は気にしない」
「姐御酷い!」
「地下に古の召喚魔法陣が隠されていたくらいだ。代々の魔王が座と成していただけはある。かつての魔王の研究成果が隠されていてもおかしくはない。その話を漏れ聞いて、となれば私が先代魔王を倒した動機と重なるな」
「そういやぁ瀧本さんも魔王城の召喚魔法陣欲しさにあの往生際の悪い腐れパラサイト魔王を倒したって言ってたっけ。……そんで? そこんとこどうな訳、兄ちゃん」
病の恋人の為に魔王を襲う理由、というモノがあり得るのか否か。絵麻さんと瀧本さんは二人でそれなりに納得できる理由を考え、未だ正座のまま反省を促されまくっている兄に答えを求める。
恵伝さんの返答は簡潔な一言によって成された。
「違う」
「違うってよ、瀧本さん!」
「絵麻さん、私一人の勘違いであるかのように振舞っても事実は変わらない。……貴女もそうだと思ったんだろう?」
「チッ……で? 違うならどんな理由があって魔王を殺せば病気の恋人が救われる、なんて妄言になったの」
「魔王を倒すことは、病気を治すことと直接繋がる訳じゃない。だけど僕には、欲しいモノがある。魔王個人が所有するモノの中に。……魔王、どうやら妹と親しいらしいですね」
「ん? ああ……ただならぬ関係ではある」
「瀧本さん、言葉を選ぼう。情報は正確に」
「撲殺した者とされた者、という特殊な出会いから私達の関係は始まり……」
「すまん、瀧本さん! やっぱり言葉は曖昧にぼかして!」
「絵麻、お前……何の関係もない赤の他人その他大勢に『撲殺鬼』と呼ばれるだけじゃ飽き足らず、魔王まで? ナニがあったんだ、お前達」
兄の半眼が、ひたりと妹に向けられる。それは聞いちゃ駄目なヤツだ! 案の定、絵麻さんは詳しく聞かれたくなくってふいっと目を逸らしてしまった。
「出会い頭に俺のことも攻撃してきたしな、姐御。魔王に攻撃ぶちかましてたって驚きはないだろ、姐御の兄さんなら性格もわかってそうだし?」
「出会い頭に攻撃……絵麻、お前」
「イロイロあったんだよ!! 世界樹の樹液取りに行ったりとかな!」
「樹液って蝉か、お前は」
「ああ、うん、いきなり樹液とかやっぱそう思うよね……私も最初はそう思ったよ」
「だが、今の会話でわかった」
「なにが!?」
本当に、今の会話で何がわかったというのだろうか。どこにどんな理解を置いたのかがわからず、絵麻さんは自分の兄に困惑を深める。
しかし恵伝さんはこくりこくりと頷きながらもこう言った。
「以前、魔王の保有する『龍』が背に乗せた人間とはお前のことだな? 絵麻」
「えっ?」
魔王の龍……それは、同族の仲間達とは掛け離れた御姿に成長しちまった飛竜クリームちゃんのことだろうか。もしもクリームちゃんのことを指すのであれば、その背に乗せてもらった人間とは間違いなく絵麻さんのことである。それ以外には魔王の竜に乗った『人間』など存在しない。
既に答えを得ずとも確信した様子で、恵伝さんは魔王に真剣な目を向けた。
「魔王、貴方に頼みたいことがあるのです。貴方が妹と親しいというのであれば、倒す必要もありません。妹との縁に縋って、お願いしたい」
「……反逆の兵を率いていたとは思えぬ言葉だな。だが、聞こう。そなたは絵麻さんの兄。絵麻さんとの縁に縋ると言われては、耳を傾けるより他にない」
「有難い。ではお願いを言わせていただきます。――お宅のドラゴン、貸してくれませんか?」
「却下!!」
「「えっ」」
兄がクリームちゃん貸して☆と述べるや否や、電光石火。
何故か飼い主である瀧本さんではなく絵麻さんが両手をばってん交差して「却下」と叫んでいた。
予想外の反応に、瀧本さんと恵伝さんの声が揃う。疑問の声が二重奏になったって、絵麻さんはつーんとそっぽを向いて取り付く島を取り上げるような態度だ。
「絵麻、兄ちゃんが頼んでるんだよ。お前に却下されると困る」
「知らん。とにかく駄目、兄ちゃんにクリームちゃんは貸出不可!!」
「絵麻さん、兄君の言葉を問答無用で却下とは……何か、理由があるのか?」
「だって兄ちゃん、約束破るじゃん。今まで兄ちゃんとした約束の八割は守られなかった!」
「絵麻! お前はいつの話をしているんだ! そんな一々小さい頃の行いを持ち出して……」
「八歳から十年間記録と統計を取った結果ですー。恨むんなら自分の過去の行状を呪いな!」
「八歳から……」
「うん、八歳から」
「十年間?」
「うん、十八歳まで。その経験から断言するね。兄ちゃんは絶対に――クリームちゃんを借りパクする!!」
「流石に兄ちゃん、生きモノは借りパクしたことないだろ絵麻……!」
もう魔王の前ということも、拘束されているとはいえ反乱軍に参加していた者達の前だということも忘れて。兄妹で喧々と言い合う二人を見て、妙に和んだ気持ちで魔王と死神は思った。
――ああ、こいつら兄妹だなぁ……と。
兄妹喧嘩ともいえないような謎の諍いが落ち着くのを待って。
話はひとまず、恵伝さんの『恋人』を御紹介いただいてから続けようということになった。
何事も実際に確かめてからでなければ進みようもない。瀧本さんの目で実際に見て、そうして判断を下すということだ。
逃走出来ない様に拘束した恵伝さんをせっつくように歩かせて。
そうして彼らは、見た。
「――『彼女』が、僕の前世からの恋人……僕の、愛しいひとだ」
天に向かって青々と伸ばされた、丈夫そうな体。
筵によって土ごと覆われ、保護された下部。
それなりに大きく育った、『彼女』の姿を――!
思い悩む様な顔で、絵麻さんは眩暈を振り払うように緩く首を振り。
次いで指で自身の眉間を押さえ、数秒という僅かな時間俯いて黙した後。
ピッと無言で人差し指を上げ、真顔で『恋人』を紹介した己の兄を指差した。
「――行け、はじめ君」
「(ぴこっ)」
主人の声に応えて、絵麻さんの陣羽織のポケットからぴこっと出てきた小さな影。その材質、藁95%(各部を縛る紐は麻製)。
藁人形の、はじめ君だ。
彼(?)はくるりんっと回りながら地面に降り立つと、しゅたっと音を立てて立ち上がる。
次の瞬間。
小さな小さな藁人形は、大きく大きく変貌した。
その全長、180cm強。絵麻さんのお兄さんと同じか、ちょっと大きいくらいだ。
見事な八等身ボディを惜しげもなくさらけ出し、勢いよくクラウチングスタート!
藁人形(?)は解き放たれた矢のように、絵麻さんに指差された恵伝さんめがけて一直線にダッシュし始めた。彼我の距離は僅かしかないというのに、どんどん加速する。
真っ直ぐ向かってくる得体の知れない物体に、恵伝さんの目が大きく見開かれる。
拘束されて自由には動かぬ身体を、大きく揺らし。恵伝さんの大きな叫びが響き渡……
「なんぞ、そr」
……る前に、声は強制的に途切れさせられた。
芯の入ってない体であれば、あまりダメージは望めない。それでも不思議なミラクルで動くはじめ君は怯まない! 鞭のようにしなった長い腕(藁)を伸ばし……はじめ君のラリアットが恵伝さんの首を刈上げる!
そのまま地面に引きずり倒される、恵伝さん。藁人形は彼の首に腕を巻きつけたまま、柔軟な全身を使って青年の体に巻き付いた。どこからどう見ても藁人形がやっているのは絞め技なのだが、一体どこの誰が藁人形にそんな知識を植え付けたのか。拘束された恵伝さんはタップも出来ず、ただ藁人形に技を掛けられるしかない。
地面の上でくんずほぐれずな兄と藁人形にはもう、目も向けずに。絵麻さんは何やら悲しそうな色すら滲む微妙な目で、再度兄に紹介された『前世の恋人』とやらを上から下まで丹念に、それはもう丹念に何度も何度も観察し……
そして、ゆっくりと自分を落ち着けるような深呼吸をひとつして。
それでも耐えかねたのか、カッと目を開いて叫んだ。
「 恋人って、桃の木じゃねーかー!! 」
実の兄に紹介された、曰く『恋人』の『彼女』。
『彼女』は植木屋さんが庭木を運ぶ時の様な有様で、何をどうやってかふよふよと空に浮いていた。
種族を超えた愛(動植物的な意味で)。
恵伝さんは絵麻さん達よりもずっと前に誕生したキャラだったりします。
この作品を考えついた時、絵麻さんの名前をどうするかと思った時にふとコイツを思い出しました。
思い出して、そうだ兄妹にしとこうとご縁が結ばれてしまった訳で。なんで二年も前に考えて放置していたキャラをここで思い出したのかは謎ですが、そこから絵麻さんの無駄な苦労が生まれた訳ですね!
ちなみに恵伝さんのお話メモは題名「魔法使いが婿にきました。」
現代日本の美人五姉妹がご両親と暮らすお宅に何の前触れも脈絡もなくいきなり訪問してきて、更には家の誰とも言葉すら交わしたことがないっていうのに一家の大黒柱に「お嬢さんを俺にください!」と土下座をかますっていう……
更には恵伝さんの言葉がさす「お嬢さん」というのが美人五姉妹の誰でもなく、庭に生えていた一本の木(長女の誕生記念樹)のことだったという謎の展開。しかも恵伝さんたら自称「魔法使い」の19歳男子。
得体が知れない奇人まっしぐらなのに謎の勢いがあり、最終的に美人姉妹のお父さんが説き伏せられて折れる羽目になり、魔法使い男子が桃の木に婿入りするという正気を疑う理由から同居を開始する。恵伝さんの定位置は桃の木の側近く(庭)で、同居と言いつつ望んでテント暮らし。居候先のお宅の誰よりも庭で飼われている愛犬と友情を深めていく……主人公である美人姉妹の1人がどんどん目から生気を失っていくお話でした。