売られた喧嘩
唐突に番外編はじめてみました。
ちなみに二、三話で終わる予定です。
ですが予定より少し長くなる可能性もあります。(予定は未定)
良~ぃ感じに履き古したスニーカーで力強く大地を踏みしめ、滑らかな重心移動によって生じた動きに陣羽織を翻して。
振り被って放たれた一撃は、衝撃波を纏って有象無象を薙ぎ払う。
死神を従えたその姿は、まさに破壊の権化。
暴威に翻弄されるばかりの者共は、彼女のことをこう呼んだ。
――撲殺鬼、と。
「ひ、ひぃぃぃいいいいいいいっ撲殺鬼だ! 撲殺鬼が出たぞぉおおおお!」
「誰が撲殺鬼だ、誰が。そんなもんになったつもりはない。言いがかりつけてっと殴り飛ばすぞ、この野郎!」
「絵麻さん、その台詞……全く説得力がないな」
ある日のこと。
それは新たな魔王が無事に即位して、一年くらいが経った頃のことだろうか。
魔王城に一つの報せが走る。
それは魔族の治める黒闇大陸のとある地方で、魔王の治める現体制への反乱が起きたというものだった。
知らせを受けて驚く者はいない。
何故ならここは弱肉強食を地で行く黒闇大陸。
下剋上も反乱も武力制圧も珍しい事態ではない。
むしろ挑みかかって来る強者共を蹴散らし、己が力を見せつけ、反抗の牙を力技でへし折ってこそ魔王というもの。
命を狙って向かってくる者がいるのであれば、それを踏みつぶして圧倒的な力を見せつけることこそが魔王の器。
だから、反乱事態は歴史の中で何度も何度もそれこそ腐る勢いで繰り返されてきた茶飯事であったのだが。
今代の魔王には、歴代の魔王にも比肩を許さない危険な『右腕』がいた。
魔王の即位から、一年。
今まで伏して大人しく振舞いながら、魔王の実力の程を見定めようと様子見に徹していた者達が騒ぎ始める。
それは狂乱の宴の幕開けなのか、それとも理不尽な血祭りの開催予告だったのか――
起きる筈の騒ぎを、全て。
発生初期の段階で根こそぎ撲滅されるようとは。
魔王に襲いかかろうとした一体誰が予想しえたというのか。
予測できた賢い子以外は、それは酷いことになった。
お馬鹿ちゃん達は皆、身を以て知ることに……知る前に、悟る事になる。
あ、死んだ……と。
魔王の気の向くままに築かれた屍山血河。
それらには少々無視の難しい……打撲痕があったとかなんとか。
そうして一年半が過ぎる頃には、黒闇大陸には魔王に次いでとある人物の名が多いに知れ渡っていた。
本名ではなく、戦場での彼女に名づけられた異名――『撲殺鬼』という、物騒な二つ名が。
撲殺鬼の名が知れ渡るに従い、魔王に歯向かおうという猛者共は成りを潜めていった。
どうやら潜伏期に入ったようだ。撲殺鬼に恐れを成したとかそんな訳ないない、ないじゃないか(汗)。
名前だけで周囲を脅かす域に入り、魔王城にはようやっと落ち着ける時間が……平穏が訪れたかと。
そんな時に聞こえてきた、最早聞き慣れた一つの報せ。
「陛下、反乱です」
それを告げるメルクリウスの目は、呆れたような半眼で。
対して報告を受けた玉座の魔王陛下は妙に凪いだ目をしている。
ああ、愚か者がまた一人……彼の目がそう呟いているように見えるのは気のせいだろうか。
そして魔王の斜め後方に控えていた人物が、すっくと立ち上がる。
「じゃあちょっと潰してくるね」
気軽なその言葉は、報告にかかるものとは到底思えない。
まるでその辺のアリの巣をちょっと潰してくる、みたいなお手軽感覚が音の響きに込められている気がした。
「待って下さい、絵麻さん。貴女は陛下の警護があるでしょう」
「でもメルクリウス君? 私の仕事は瀧本さんを守ること――つまり瀧本さんに喧嘩を売るってことは瀧本さんの警護責任者の私に喧嘩を売るってことでしょ? だったら潰すよね、うん」
「絵麻さん……この一年半で、すっかり思考回路が物騒な方面で固まって」
「魔王に立ち向かう時、その前に立ち塞がるのは私の役目なんだから、だったら露払いも役目の一環なんじゃないかな。……っていうか城まで攻めてこられて突入されたら後始末と報告書の作成が超めんどいことになるから遠方にいる今の内に潰しときたい」
「それが本音か、絵麻さん。だが貴女が反乱勢力を潰しに遠方まで出かけている間に城が別勢力に襲撃されたらどうする? それこそ城を空けていた貴女が始末書の提出を求められるのでは?」
「さりげなく自分は城襲撃されても死なないって自信溢れてんね、瀧本さん。でも言われるのも確かかも……」
「っつうか姐御、警護対象から離れちゃダメじゃん」
「むぅー……」
「だからさ、離れられないんで……潰しに行くなら魔王も連れてったら良いんじゃない?」
「は……っ! その手があったね」
「絵麻さん? 正気に戻って。それ、本末転倒ですから」
そんなこんなで、正直者の絵麻さんは。
魔王の護衛を果たしつつ喧嘩を売ってきた無謀な誰かをプチッと潰す為。
魔王を連れて喧嘩を破格のお値段で買い取るべく辺境に向かった。
そそのかした死神がメルクリウスにお小言攻撃を食らったのは言うまでもない。
ついでに絵麻さんが無茶して瀧本さんが巻き添えを食らわないよう、メルクリウス君に言い含められて死神が絵麻さんのストッパーとなるべく戦場に同行するまでが1セットだ。
ただしストッパーという名目ではあるものの、止めきれた試しのない役立たずなストッパーではあったのだが。
そうして血臭の漂う荒野を踏みしめ。
魔王と僅かな手勢を引連れて臨んだ戦地にて……絵麻さんは予想もしていなかった者の姿を見ることになる。
反乱勢力の、先頭。
指導者やそれに近しい立ち位置で率いた者共を睥睨する、その人物。
身長は、180cmほど。
体つきは中肉といったところだが、動きは機敏とはいえない。
隠者のような衣服を纏い、目深にすっぽりと被った分厚いフード。
重たげな布地の端から、象牙色の肌と赤味のない黒髪が覗く。
見るからに直接戦闘は不得手そうな、頭脳労働や魔法での戦闘担当と思わしきその男は……此方の世界ではあまり見ない顔立ちをしていて。
より正確に言うのであれば、あまり見ない人種のようで。
はっきり言ってしまうと、どこからどう見ても日本人だった。
魔族ではなさそうな、だけど反乱勢力の中では重要ポストに居座っていそうな青年の姿を見た瞬間。
絵麻さんはいきなり全力疾走していた。前方……敵方の方向へと向かって。
マッハに届けと言わんばかりの本気の走りだった。
いきなりの行動過ぎて止める隙などありはしないし、瀧本さんすら反応出来なかった。
それくらい唐突に、真剣に、大マジで。
全力疾走する絵麻さんは、真顔だった。
誰の制止も振り切って。
誰何の声は端から反応することもなく。
進みを止めようと立ちはだかった敵兵達は、手に持つバットから放った洒落にならない威力の電撃(ごん太)でぺらぺらの紙人形みたいにふっ飛ばし。
前を阻む者を問答無用で薙倒し、邪魔な障害物が消え失せた戦場を真っ直ぐに敵陣地の最奥まで駆け込んで。
真顔のまま、両足を揃えて跳んで……
「――今までどこをほっつき歩いてぃやがった……っこの、馬鹿兄貴ぃぃぃい!!」
絵麻さんの放った綺麗なフォームの飛び蹴りは、顔面ど真ん中に見事にめり込み男を吹っ飛ばしたのだった。
日本人――内藤 恵伝。
バットで殴らず生身で攻撃したあたり、身内への僅かな情けが垣間見えた。
彼女が顔を見るなり問答無用で飛び蹴りかまして吹っ飛ばした、その男。
絵麻さんの兄、その人である。
蹴られた瞬間。
効果音を付けるなら、「どぐっしゃぁぁああああああああああああああ!!」。
藁人形はじめ君の活躍は次回以降になります☆