Ep9
「あ……」
「お……」
なんていうか……微妙な空気が流れる。
「あ、あの、先日は……ありがとうございます」
「え? あ、ああ、いやいや、別に気にすんなよ、あ! えーっと……」
「ああ!空です、向井空」
「空か、俺は小鳥遊光司、よろしくな」
俺と空は自動販売機の前に行き、それぞれ飲み物を買った。
俺はコーヒーを買い、空はストレートティーを買った。
「ああ、そうだ……お前さ、あいつらとどういう接点があったの?」
「あいつらって……? 先日のですか?」
俺はうなずく。
「ああ……えーっと……別にこれと言った接点は、クラスが一緒だったって事くらいですかね……どうしてそれを?」
「いや……その三人衆が絡んでんのはお前だけじゃなかったからな……なんていうか……情報収集?」
「僕だけじゃないんですか?」
「ああ、てかこの学校以外の生徒にもな……」
「その話、詳しく聞かせろよ」
「! 剛毅……」
顔を上げると、剛毅がオレンジジュースを持って俺の前に立っていた。
「ああ、てかその隣にいるのは?」
「あ! 向井空っていいます」
と空は答えるが、もしかしたら内心ビビってるかもな……剛毅評判悪いし……。
「そうか、俺は砕刃剛毅、よろしくな!」
そう言って剛毅は手を出す。
それに空もとまどいながら答えた。
まあ仲良くできそうだな……って俺が心配する事でも無いか。
「ん、で? 話聞きたいんだっけ」
「ああ、その三人衆のな」
「んー……いいけど、別に知ってる事あんまねーぞ……」
そして、俺と小野達の話をする……っと言っても雪乃の名前は出さなかったし、小鳥遊組も中学の知り合いって事で話したけど……。
「やっぱか……小野が……か」
「ん? 知り合いなのかよ、小野と」
「知り合いっつーか……いやほら中学の時に学校ごと相手にしたって言っただろ? その中学のトップだったんだよ、アイツ」
そういや、コイツ学校ごと相手したんだっけか……。
「……にしても、アイツのやってる事は許される事じゃないよな……」
「ああ……っても下手に大きく動かねー方がいいぞ、何されるか分からねーしな」
なんて会話を剛毅としてるが……よく考えれば俺が動く事決定なのね。
「でも……仕方ないですよね……いじめられても……」
と、空が横から入ってくる。
「いやいや、何言ってんだよ、いじめに仕方ないも何も無いだろ」
そりゃ、そうだ。
そもそも空が悪い奴ならともかく、こういう奴がいじめられる筋合いは無い。
「でも……僕に力が無いのが悪いですから……アウェイク・コアも使えませんし」
「え?」
俺と剛毅は間抜けな声を出す。
「使えないって……能力が無いって事?」
「はい……なんでか分からないんですけど……才能無いんですよね……」
「いや……そりゃねーだろ……この学校の受験自体が適性判断になってるんだろ?」
「んー……まあ、アウェイク・コアは使えるのに使えないってパターンもあるらしいしな……」
そう、同じ双子でも使え無い俺もいるしな……いや、俺に関しては本当に才能無いのかもしれないけど……。
「そうなんですか……」
「まあ、今度一緒に調べてみようぜ」
なんて剛毅は言っている。
確かに、俺も調べたい……。
「そうだな……ってヤベ! もう行かねーと……」
「どこにですか?」
空が訪ねてくる。
「え? ああー……これから試合だよ、コロシアム」
「ああ、話題になってたな、なんだっけ? 雪乃って奴と戦うんだっけか、お前」
「ああ、そうだよ……」
「ふーむ……今四時前だよな? じゃあまだ俺も時間あるし見ようかな、試合」
「! マジかよ!」
「ああ、あ! 空も来いよ」
「え、いいんですか?」
「いいも何も試合観戦は自由だろーがよ、楽しみにしてるぞー」
剛毅が意地悪そうに笑みを浮かべる。
おいおい……恥ずかしいな、柚香も剛毅も空も見るのか……。
試合開始のホログラムが目の前に現れ、
――コロシアム。レディーファイト。
と、情熱の欠片もないゴングが鳴った。
ステージが構成され、周囲に煤けたビル群が現れる。
触れば今にも壊れそうなその空間は殺風景で、少し埃の混ざった風が、寂れた雰囲気を醸し出している。
俺としては初めてである『廃墟』ステージだ。
この廃墟ステージではその名の通り廃墟が密集しているため、閑散としている割には視界が悪い。
そのせいか、スタート直後である今、俺は雪乃の姿を視界に捉えられてはいない。
おそらく、どこかの廃墟の陰にいるのだろう。
「まだ、向こうもこっちのことを見つけてないよな」
少し縋るように呟きながら、俺は数十メートルほど先にある塔へと向かう。
まずは見晴らしのいい場所から、俯瞰的にステージを把握しようということだ。
廃墟の影を移動しつつ、塔までたどり着く。
俺が考えた作戦。
それを実行するには、それなりの段階を踏まないといけないと考えている。
その作戦にランダムで決まったこの廃墟ステージの特性を組み込んでいかなくてはいけないのだ。
ピシャの斜塔のように傾いた廃塔の中へと入る。
階を上がる階段は塔の内壁に沿って螺旋状に伸びている。
「塔の外側に階段がなくてよかったな……」
実のところ俺は高いところがあまり得意ではない。
高いところには絶対にいけないと言うほどではないが、不安定なところから真下を見下ろしたり、風に煽られたりするのはごめんだ。
俺は足を踏み出すごとに段から砂が零れ落ちるのを、視界に入れないようにしながら、最上階へとたどり着く。
「ここからなら、割と見渡せそうだな」
俺は階下に広がる、廃都に目を凝らす。
「おっ! 雪乃ちゃん発見……っと」
雪乃はまだ俺のことを探しているようで、廃墟の陰に隠れながらステージを移動し続けている。
雪乃の動きを観察していると、一つ不審な点に気付く。
――雪乃は剣を持っている……。
コロシアムではアウェイク・コアを除く一切の器具が持ち込み不可となっている。
それはもちろん剣も対象内なのであって持ち込むことは不可能なはずなのである。
しかし、では今、階下を走り抜ける少女が持っているものは紛れもない剣……。
――思考が加速する。
コロシアムにおいてアウェイク・コア以外の器具を持ち込むことは不可……。
となると考えられる可能性は二つ。
一つは雪乃の能力が剣を出現させるものだということ。
だが、もしそうなのだとすると不可解な点が生じる。
第一に、俺をまだ見つけていない雪乃がアウェイク・コアを発動するのか、ということ。
雪乃の能力が剣を出すというものだけでなく、他に何かあるのだとしたら話は別だが、単に出すだけでは移動の邪魔なのだ。
それにアウェイク・コアの発動、そして維持には体力を必要とする。
剣を出している状態でただ時間を浪費するということは自分自身の体力を浪費することにつながるのだ。
そしてそれは、時間に応じて体力ゲージを減らしていく。
つまり、このまま俺が廃墟の影に潜み続けていれば、雪乃の体力ゲージは四割を切り、俺の前にホログラムが現れることになる。
「まあ、そんなうまくはいかないよな……」
そう、相手は学年トップの成績を持つ剣士。
向こうからはこちらの姿が見えていないはずなのだが、徐々にこちらに近づいてくる。
この場所がばれるのも時間の問題だ。
といっても、高いところが苦手な俺には、ここから緊急離脱する準備ができているわけでもなく、今から足元に気を付けながら塔から出ていこうにも、こちらへ向かってくる雪乃の視界に自ら飛び込んでしまうという結果が待っているだけだが。
俺は現状把握を手短に済ませ、二つ目の可能性について考える。
もう一つの可能性――それはあの剣がアウェイク・コア本体だということ。
俺が知っている限り、アウェイク・コアには時計型とノート型の二つしかなかったはずだ。
だが、よく考えてみると、今まで雪乃がゴールドランクの金時計を腕に付けていることはなかった。
雪乃はいつも女の子らしい、白色の電波時計をつけていたのだ。
ノート型とて然り。
これもまた見たことがない。
そしてその考えに至ったもう一つの理由――図書館にあった学年上位者専用ルームの存在。
詳しくはわからないが、この学校では優先権というものがあり、成績上位者にはそれなりの権利が与えられ、他の生徒と比べ優遇される。
その仕組みによって、生徒を駆り立て、アウェイク・コアの研究を助長させているわけなのだが……。
そして、その優先権がアウェイク・コアそのものにも関わってくるのだとしたら……。
何らかのアウェイク・コアに対する権利――オリジナルな型、つまり剣型のアウェイク・コアを雪乃が所持しているという可能性が生まれてくる。
「どっちにしろまだこの距離じゃ判別しようにもないよな」
俺は眼下を見下ろす。
雪乃は既に廃塔の入り口にたどり着いている。
コツコツと、近づいてくる足音を聞きながら、俺はこの高度のある円形の廃塔最上階で、剣士の少女と相対するであろうこの状況に覚悟を決めた。
「こうじくん、なんで隠れてたのかは分からないけど、もう……」
「分かってる。コロシアムのスタート……だ!」
俺の叫びと同時に凛とした声が響く。
――『アウェイク・コア展開!』
しかし、なにも起こらない。
一瞬雪乃とその体力ゲージが光ったように見えたが、変化を見破ることはできない。
雪乃は今アウェイク・コアを展開したわけだが、時計が嵌められているわけでもなく、ノートをかざしたわけでもない。
その手に握られているのは一つの剣のみ。
――その剣が雪乃のアウェイク・コアなんだな、と言いそうになるのを抑え込む。
本当の光司だったらそのことを知っていて当然なのだ。
だから少し言葉を変える。
「剣型アウェイク・コアか……。雪乃に似合ってるよ」
「え? あ、そ、そのありがとう……。オリジナルアウェイク・コア『蘇光剣』、こうじくんとは直接戦うのは初めてだよね」
「あぁ!」
声をあげつつ俺は雪乃の方へ駆けだす。
――やはり、雪乃の剣がアウェイク・コアだったのか。
優先権を得るとアウェイク・コアさえ自由自在。
雪乃は確か剣道部だったはずだから、剣の腕は相当なものだと思っていたほうがいいだろう。
あとはその能力がどんなものなのかってことなんだが……。
雪乃の間合いに突入する。
刹那、雪乃の剣閃が俺の左肩から斜め下に横切る。
「ぐは…………っ!」
速い!
俺がその太刀筋を見切れたのは当たる直前。
研ぎ澄まされた剣閃が俺を過ぎる。
まるで空を斬ったかのようにスッと俺の体を抜けていく。
直前で体を僅かに逸らしたものの、どれだけ回避できたのかさえ分からない。
太刀筋が鋭すぎるのだ。
斬られたものが自覚できないほどに……。
コロシアム中は直接斬られたとしても体に傷がつくことはなく、代わりに体力ゲージが減っていく。
これはコロシアムそのものが脳への干渉によって行われているからだ。
痛みは感じるが、死傷を負うことはない。
体力ゲージを見ると、今の一閃で既に一割弱が削られている。
「こりゃ、一瞬でも気抜いたら負けだな」
男として女子に負けるわけにはいかない。
だが、それもまた男故に女子に直接攻撃するというのも気が引ける。
俺は意外とフェミニストなのかもしれないなと思うが、余計なことを考えている余裕はない。
俺はバックステップを刻み、雪乃から距離を置こうと…………しかし、俺の膝が地面につく……。
目の前には剣を横に薙いだ形で間合いを詰めてきた雪乃。
体力ゲージはさらに一割弱減っている。
雪乃の剣閃をクリーンに受ければそれだけで一割弱が持っていかれる。
しかし、バックステップで距離をとろうにもすぐさま間合いを詰められて、一閃。
一方向に躱し続けられたとしても、この円形の廃塔最上階の端に追いやられてしまうだけ。
落ちてしまったら、落下ダメージで間違いなくゲージはゼロに……。
……ッ!
落下ダメージか!
それを上手く利用できれば……。
「こうじくん、なんでアウェイク・コアを使わないの? それに最近なんか変だし……」
「まあ、こっちにも色々とあるんだよ。そんなに油断こいてていいのか? 今度はこっちから行くぜ?」
雪乃の返答を待たずに今度は自分から間合いを詰める。
後ろも横も雪乃の間合いの範囲内。
躱したとしても、雪乃の速さからは逃れられない。
追撃されて終わりだ。
だから、前に行く。
剣の間合いの範囲外――体に近すぎる位置まで詰める。
このステージが『廃墟ステージ』であるため、廃塔最上階は既に、床の砂が空に散乱して舞っている。
障害物の一つとしてない場所に雪乃の剣が閃く。
「く……ッ!」
雪乃の剣が頬を掠める。
近づこうと足を踏み出すのだが、雪乃の剣閃が俺の行く手を阻み、中々間合いを詰めることができない。
意識の全てを両眼集中させ、間一髪のところで躱す。
一刀目と同じく雪乃が右上から斜めに剣を振るう。
俺は雪乃の手首が動き出した瞬間にその後の動きを先読みし、ワンステップ。
体を半身にしつつ、雪乃の正面へ移動。
そして、雪乃の手首をホールドする。
「ん!」
雪乃が苦しそうな声をあげる。
少し強く握りすぎたかもしれないが、こればかりはしょうがない。
千載一遇のチャンスを無駄にしないよう、雪乃の手首を少し捻り、その手から剣を落とす。
剣を落としたとはいえ、それを拾って奪おうにも、俺から離れようとする雪乃を抑えるために両手が塞がっているため、先に拾うことは叶わない。
だが、さっき思いついた策がある。
「おりゃあぁああああああああ!」
俺は渾身の力を込めて床に落ちた蘇光剣を蹴り飛ばす。
砂埃を引き連れながらスライドした剣はそのまま円周上に達し、階下へと姿を消した。
高所からの落下による落下ダメージそれは、コロシアムに出場している本人のみならず、アウェイク・コア本体にも通ずる。
コロシアムのもう一つの勝利条件――相手のアウェイク・コア本体を破壊すること。
アウェイク・コア本体を破壊してしまえば相手が能力を使えなくなるのだから当然だ。
ちなみに、コロシアム中でのアウェイク・コアの損傷・破壊ではポイント全損にはならないらしい。
体力ゲージを減らすことがかなわないこの状況では、相手を降参させる、もしくはそのアウェイク・コアの破壊をするしかなかった。
ポイント全損に追い込まれることはないとはいえ、アウェイク・コアの修理には時間がかかる。
雪乃のようなオリジナルの場合その時間はさらに増加するだろう。
だが、雪乃に降参させる方法が思いついていない以上、こうするしかなかったのだ。
「これで、俺の勝ちだな」
「…………」
雪乃は一瞬なぜか放心したように固まっていたが、すぐさま表情を切り替え、俺の手を振りほどく。
雪乃は俺を一瞥し、何かを考え込むが、それは後に回したのか、すかさず、廃塔最上階から地上へとつながる階段へと駆けて行った。
「え? もう試合終わったんじゃないの?」
妙な不信感を抱いた俺は、数秒ほどおいて雪乃の後を追いかける。
廃塔の地上フロアへと降りつく。
登るときと違い、進行方向を見ると不可避に吹き抜けの下方の、階下が目に入ってしまうため、かなりの精神力を消費した。
そのせいか、または試合が終わったと油断していたのか、廃塔の外へと身を出した瞬間、俺の意識が消えそうになるほどの衝撃に見舞われる。
理解が現状に追いつかない。
廃塔と並んで立っていた寂れた家屋の壁を突き抜け、瓦礫の中に埋もれる。
視界を遮るように立ち込める砂埃が、俺の頭の中でも思考を打ち止める。
砂埃の向こうに揺らめくシルエット。
こちらへと一歩一歩近づいてくるスラっとした肢体。
その歩みにつられて揺れているポニーテール。
そしてその手に握られている細長い反射光。
「な、なんで?」
俺は思わずつぶやく。
「なんでなんだろうね? なんで、なんでこうじくんがわたしの能力を見誤ったんだろうね? なんでこうじくんはアウェイク・コアを使わないんだろうね?」
一戟、無作法に左下方から右上方に払われる剣戟が俺を廃屋の外――先程入ってきたところとは反対側、木の一つとして生えていない、崩れかけの遊具が置かれているだけの公園に払い飛ばされる。
「うぐ……っ」
俺は払われた衝撃か、雪乃の言葉に対する衝動か、立ち上がることができない。
呼吸が速くなる。
砂埃の消えた視界には、雪乃が。
そしてその手には紛れもなく破壊したはずの蘇光剣が握られている。
雪乃の能力?
確かに雪乃がアウェイク・コアを展開してから何一つとして変わったところは見えなかった。
俺は今までその剣閃の速さから、移動速度や剣に関する何かだと考えていたのだが……。
一体雪乃の能力は……。
「もし、知らなかったんだとしてもこの剣の名前からして察することもできたんじゃないの? 油断してても絶対勝てるからって思ってるの?」
剣の名前……。
確か蘇光剣だったよな。
蘇光……っ!
もしかして、回復系の能力なのか!?
そういえば柚香も言ってたよな、能力だけで戦ってるわけじゃないって。
ってことは今までの剣閃は雪乃本来の実力だってのか!?
俺は背中に冷や汗をかきながら思考を続ける。
つまり、俺が落とした剣は落下ダメージを受けると同時に回復され、結果として破壊されなかった。
雪乃はそれを知っていたから、塔を降りて、その剣を取りに行った。
ってか、考えてみれば、剣を落としたときに勝利のホログラムが出なかった時点で、気付くべきだったんだ。
そこまで思考した時、俺は重大なことに気付く。
雪乃の剣を落下ダメージによって破壊するなんてことは元から不可能なことだった。
つまり、光司として戦っている俺がそんなことをするはずがなかったんだ!
だからこその雪乃のあの言葉。
一見俺が雪乃を見下してることに対して怒っているようにも見えるが、見方を変えれば、俺が兄貴ではないってことを見破ろうとしている風にも受け取れる。
これはやばいな。
俺の素性がばれるのはかなりまずい。
全校生徒に知られるようなことにならなければなんとかなるだろうという希望的観測はあるのだが、隠せるものならそうしておきたい。
「別に、雪乃のことをなめてるなんてことはないよ? でも俺は今のスタイルを崩すわけにはいかないんだ。雪乃に拳を向けるなんてできないからな」
「…………」
雪乃は少し俯く。
カッコつけのように聞こえる簡単な言葉だったかもしれないが、確かに本心から出たと思われる言葉に雪乃は昔感じた温かさを感じていた。
だが、しかしそれは四月からのこうじと結びつくものではない。
最近の、そして昔に出合った男の子から感じる温かさ。
俺は口に出した決意を崩れかけの両足に注ぎ、俺と同じく崩れかけのすべり台を支えに立ち上がる。
錆びれた鉄の軋む音が、骨の軋む音と重なる。
直接的な傷はできないとはいえ、身体的にダメージは襲ってくるのだ。
当然痛覚も働いている。
俺は痛む体を無理矢理立ち上がらせ、残る五割の体力ゲージを見つめる。
あと一割。
そのラインを超えてしまえば俺の負けだ。
もう一閃も受けることは許されない。
雪乃の能力が回復に関するものだと分かったからには、もう蘇光剣を壊すという選択肢はない。
だが、それは同時に雪乃の弱点でもあるのだ。
雪乃から蘇光剣を奪ってしまえば、彼女は戦えない……。
能力無しに、あれだけの剣閃を放てるとはいえ、武器が無くなってしまえば…………戦えないのだから。
――つまり、武器を奪うことができれば、雪乃を降参させることができる。
「いくぜ!」
相対した二人の足元に砂埃が舞う。