Ep8
六時間目が終わる頃には昨日の戦いの疲れもすっかり取れていた。
「よし……とりあえず、他に戦う奴でも探しますか!」
そう言ってHRが終わった後、教室を出て新たな試合相手を探す予定だったが……、
「あ! こうじくん!」
雪乃がドアの前にいた。
「お、雪乃! よう」
「うん!」
やっぱかわいいよなあ……。
たぶんかわいい子ランキングなら間違いなく学年一位は行くな。
「あの……ねぇ、お願いがあるんだけど……」
照れながら雪乃は俺に話してくる。
「ん? どした?」
「わ、わたしとコロシアムで戦ってほしいんだけど!」
…………な、そう来るか……。
いや、ウソだろ? 雪乃と俺が?
いや、確かに試合相手は欲しかったけど……。
正直、女の子と戦う気にはならないよな……。
殴る蹴るとかしたくないし、第一に負けたらこっちがめちゃくちゃ恥ずかしいし……。
「え、い、いや、悪いけど……」
「お願い! こうじくん!」
……いや、そんな上目づかいで頼まれたら断れないだろ……。
かわいい子の頼みごとって卑怯だよなあ……。
「わ、わかったよ……」
「! じゃあ明後日の放課後四時! お願いします!」
大丈夫かな……。てかなんで俺なんだ……。
帰り道、今日は柚香も予定がないらしく、いつも通り――光司としてはだが――二人で並んで歩く。
普段は、柚香にペースを取られて、その場その場であれこれしてるうちに解散場所の交差点までついてしまうのだが、今日は違う。
俺の頭の中は完全に雪乃とのコロシアムのことでいっぱいだったのだ。
仮にも、兄貴の命を奪った奴が隣にいるというのに。
俺はそんなことすら思考の外だった。
雪乃はどうして俺に対戦を申し込んできたんだろう。
確かに、俺――小鳥遊光司が学年一位の座を取り戻すために、ポイントを集めようとしてるのは周知の事実だ。
もしかしたら、この機会に普段は対戦を申し込みづらい学年一位の実力者と、一戦交えてみたいという思いからなのかもしれないが、それなら、今の俺が相手になっても意味がないし、そもそもそんな風には見えなかった。
なら、一体何のために?
ただ単にポイントが欲しいだけなら、わざわざ俺と戦わなくてもいいわけで、あんな風に熱心な頼み方をする必要もないだろう。
あぁー、分からない。
どんなに難解な物理法則も、古典的な発想だって理解できる俺なのに、なぜ他人の考えていることは全く分からないのだろう。
特に、女子が相手だと完全に歯が立たない。
俗にいう女心という奴なのだろうが、そんなのはさっぱりだ。
どう考えたって分かりやしない。
と、その時ふと疑問に思ったことがあり、信号待ち中の交差点で、別れ際の柚香に尋ねてみる。
「そういやさ、兄貴って女子とコロシアムとかしてたのか?」
そう。
兄貴のふりをしている身としては、聞いておかなければいけないと気付いたのだ。
もし、兄貴が女子とは戦わない主義だったら、俺はここで雪乃と剣や拳を交えない方が無難だ。
それに、あの兄貴の性格なら、女子との戦闘は控えていてもおかしくない。
柚香の『もしかして、女の子を相手にポイントを稼ごうとしてるんですか? 下衆ですねぇ』という精神攻撃を苦笑いで回避してから、その返事を待つ。
「そうですね。戦ってましたよ。現に私なんて三回くらいやりましたから」
「へぇ。そうなのか。ちょっと意外だったぜ」
若干驚いたような顔で柚香の方を向いたとき、目の前の信号がちょうど青に変わった。『じゃあな』と言って、二人、別々の方向へ進んでいく。
家までの帰路も、雪乃とどう戦うか真剣に考えていたが、考えがまとまらないうちに家までたどり着いてしまった。
今日は柚香も親戚の家に直接帰ったようだし、一人でゆっくり考えようと思って、とりあえず風呂へ向かう。
軽くシャワーを浴びて、お湯につかると、全身から力が抜けて筋肉がほぐれていくのが分かる。
俺は一度気分がリラックスするまで待って、再び対雪乃戦について考え始めた。
兄貴が今までもそうしてたのなら、ここで無理やりにでも断る理由はない。
もとより、有言実行主義者なので、今更やめようなんて実際は言いたくないのだが、それと同じくらい、女の子を殴るなんてことはしたくない。
まさか、負けるわけにもいかないので、どうにかして「殴らず勝つ方法」を模索する。
が、一向に思いつかない。
底知れぬ絶望感と自分への情けなさに耐えられなくなった俺は、お湯に口元まで浸かり、口から息を吐いて、いじけたように泡ぶくを作り出した。
風呂から上がり時計を見ると、時計の針は八時を指していた。
「ありゃ、意外とまだ早いな」
正直まだ寝る気分でもなく、少し外に出たかった。
……と言って外に出たはいいが、何もやることないな……。
「あ、そうだ、ずっと忙しくて珈琲屋とか行ってなかったな、行ってみるか」
そしてドウトルという店に着いた。
そこでコーヒーとサンドを頼んで三階に上がる。
三階とは言え、結構駅の周りが見渡せてプチいい景色みたいな感じだ。
サンドを一瞬で平らげ、ちびちびコーヒーを飲みながら、外の景色を見ていた。
「ってあれ? あいつは……?」
駅前に、見覚えのある男がいた。
「小野……」
そう、クラスが一緒で、そこそこ長身で眼鏡の銀髪男だ。
「あの不良供が小野って言ってたけど、あいつなのか……?」
「って、あー! アニキ!」
後ろを振り向くと、そこには懐かしい面々がいた。
「お、おまえら……」
烈陶学園の三人組、そう、小鳥遊組……のメンバーだ。
いや、やっぱりその名前はダサいだろ。
「久しぶりですアニキ!」
「なんで、急にいなくなっちゃったんですかアニキ~」
「悪いなっ……って、抱きつくな! 重いわ!」
「寂しかったんですよ、アニキ~」
リーゼントが顔に突き刺さってるんですけど……。
「ってあれ? お前ら今日は二人か?」
よく見たら二人しかいない、一番ちっこいヤツがいない。
「あ! そうなんすよアニキ! 隣のせーそー? なんたら学校みたいな奴等にやられたんすよ!」
せーそー?
もしかして清槍院、ウチの学校か?
と言ってもその事は言わないが……。
「アニキ! 一緒に敵討ちに行きましょう!」
「落着け落着け、どんな奴だった? そいつらは」
「え? えーと、あんまちゃんと覚えてないすけど……リーダーっぽい奴はなんか見た目はやわそうだったような……」
「そうそう! 確か眼鏡で髪が白? 銀? ぽかったような……、あと身長はまあまあ高かったような……」
なに……?
それってまさか……。
……窓を見る。
まだ小野は見える位置にいた。
「……お前ら、今日はもう帰れ」
「え、アニキ……?」
「いいから!」
俺は席を立ちあがり、食器をかたし外へ向かった。
正直、敵討ちなんて俺の柄じゃないが、仮にも俺を慕ってくれている奴がやられたんだ。
小野が犯人かどうか調べることは間違ってないはず。
小野にばれないように近づいていく。
小野は小さなビルに入っていった。
あのビル、たしか今は使われてないって話だが一体……。
「入ってみるか……?」
少し不安はあったが、ここで立ち止まるわけにもいかない。
もしあの小野が昨日の事件にも関わっているなら逃げる訳にも行かない。
「うーん、なかなかに廃ビルってかんじだなあ……」
ビルの中はほぼスッカラカンで、所々何かの破片が落ちていた。
「これは、窓のガラスの破片か? ボロボロだなホント」
窓ガラスは割れている上に、建物内に物がほぼ無いせいか、建物内は寒かった。
「さてと、エスカレーターは動かなさそうだし、階段でちょっくら行ってみますかね、上」
階段を上っていく。
五階まで上がると、人の声が聞こえた。
小野……?
と少なくとももう一人はいるだろうな、話しているんだし。
「だ……だい……ね!?……」
この声、女の声?
……ってかどこかで聞いた気が……。
俺はドアの隙間から中を覗く。
流石は廃ビル、ドアがぼろいぜ。
中には小野と…………雪乃!?
なぜ雪乃と小野が同じビルに?
そして、三人の少年がいた。
「あいつらっ!」
そう、空をいじめていたあの男子生徒三人衆だったのだ。
いったい何をしてるんだ?
「杉崎さん、もう一度確認しますが、ここに来たということは覚悟はできてるということでよろしいですよね?」
「だ、大丈夫なのよね!? こうじくんにはまだ何もしてないのよね?」
雪乃が必死に問う。
何の話だ。
なんで俺?
兄貴?
の名前がでてくんだよ。
小野はなにをしようとしてるんだ?
「安心してください。小鳥遊くんにはなにもしてませんから。それより、ボクたちが小鳥遊くんを退学させる計画を邪魔するのであれば、あなたには相応の対価を払ってもらわなければなりません。ギブ&テイクってやつですよ」
小野はメガネを拭きつつ、淡々としゃべり続ける。
雪乃を取り囲むようにして立っている三人はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている。
早く助けに行きたい。
だが、ここで出ていったところであいつらのしようとしていることが分からないんじゃ止めようがない。
今の段階で言うと、小野たちは俺を退学させようとしてるってことだろう。
ダメだ。
それは何としてでも阻止しなければならない。
だが、それ以上に、これから雪乃に何を要求するのか、それを聞かなくてはならない。
「何が欲しいの?」
雪乃は張りつめた声をだす。
「怒っちゃだめですよ? 杉崎さん。こんなところでアウェイク・コアなんて使ったらビル壊れちゃいますからね?」
「っ!」
雪乃はスカートのすそを握りしめる。
「そうですね。まずはこうさせてもらいましょうか」
「ひっ!」
雪乃が悲鳴を上げる。
三人のうち二人が雪乃の両腕を抑え、もう一人が縄で縛りつけていく。
俺は怒りにのまれていた。
だが、まだだ。
まだ、待たなくてはいけない。
あいつらに言い訳をさせないくらいまでは。
「なに……するつもり?」
「簡単ですよ?」
小野はにこやかに言う。
その表情に優しさは含まれていない。
小野は雪乃のシャツの襟をつかむとそのまま下に引き下ろす。
シャツが破け、雪乃の下着が露出する。
「いやぁああ!」
雪乃は涙を浮かべながら叫ぶ。
だが、縄で縛られた体は動かない。
小野を含めた四人はニヤニヤと笑みを浮かべている。
今だ!
俺はそっと開けておいたドアから体を投げ出し、そのまま小野に突進した。
「うおわ!」
小野は突然の衝撃に高い声をあげる。
三人の男が部屋の隅の資材置き場に落ちていく様を見ている間に、俺は三人の男に一発ずつ突きを入れる。
男たちはその場にうずくまり、そして小野を置いておめおめとビルから逃げ去っていった。
本当に情けない奴らだ。
小野が起き上がる前に、雪乃を縛っている縄をほどく。
「こ、こうじくんっ!」
『うわーんっ!』と泣きながら、雪乃が抱きついてくる。
普段なら舞い上がってるだろうが、今は違う。
それ以上の怒りが俺の心に沸いていた。
「てめぇ。雪乃に何してんだよ! 俺に用があんなら直接言いやがれ!」
やっと立ち上がった小野に対してぶつける。
小野はササッと埃を払うと、落ち着いた声で言う。
「まさか、ご本人の登場とはね……。偶然なのでしょうか?」
「だから何だってんだよ!」
「いえいえ、ボクは運が悪いなぁと思いましてね。どうしますか? ここでボクと戦いますか? それともこのまま帰らせてくれますか?」
俺は『帰すわけねえだろ!』と言いたかったが、まずは雪乃を休ませてやるのが先決だ。
小野はビルから出ていった。
まだ、動けずにいる雪乃の近くの壁にもたれかかり、雪乃を見つめる。
別に、露出した部分を見ているわけじゃないぜ?
雪乃には俺の来ていたジャージを被せてやったからな。
「こうじくん、わたし、なにもできなかった。結局こうじくんに助けてもらっちゃって……」
「何言ってんだよ。もとはと言えば俺の問題だったわけだし、俺のために頑張ってくれて本当に嬉しいよ。ありがとな」
雪乃は少し頬を赤らめながら言う。
「でもね、でも、わたしいつもこうじくんに助けてもらっちゃってて、今までもわたしに何かあった時、こうじくんいつも助けてくれたでしょ? ――まぁ、それはわたしが単にゆずかちゃんの親友だからっていう理由なのはわかってるんだけどね……。 だから、今度はわたしがって……。なのに、わたし……。ごめんね、ごめんねこうじくん……」
俺はなんて言えばいいのかわからなかった。
ただ自然に、雪乃の体を自分の方へ引き寄せていた。
「…………っ!」
雪乃が体を硬直させる。
「なあ、雪乃」
「? なに?」
「前にもアイツからこんな事されてたのか?」
雪乃は少しきょとんとした顔で見てくる。
「やっぱり……、忘れてるんだ、こうじくん」
「忘れてる……?」
あっ、まずい、もしかして以前、本物の光司とこういう事があったのか、ってか冷静に考えればその可能性は考慮できただろ……。
「まあ、半年前の事だもんね……、今日はありがとう、こうじくん」
――あの時と同じ温かさだったよ? こうじくん……。
家に帰る。
しかし、半年前の事ってなんだ……?
中学の時から兄貴と雪乃は知り合いだったってことか?
……やばいな、まさか兄貴じゃないとばれることは無いと思うが……。
でも、中学の頃か……。
もしかして柚香なら知ってるかな?
柚香と雪乃は同じクラスだったはずだし、聞けば教えてくれるかも。
――プルルルル。
「もしもし、柚香?」
「ん、どうしたんですか?」
「ああ、夜遅くにごめんな、起こしちゃったか?」
「いや、今から寝る所でした、それで?」
「あ。えーっと……」
そして、俺は今日の廃ビルでの事件を話した。
「半年前の事ってなにか知ってるか? 柚香」
「あー、私も詳しくはないですけど、雪乃さんが言ってましたね」
「!? なんて?」
「雪乃さんは一度光司くんに助けられた事があるそうですよ、ただ、光司くんはその時の事を覚えてないそうですけど」
「そうなのか、わかった! ありがとな柚香」
「いえいえ、それでは」
そして電話は終わる。
なるほど、一度会ってたのか、兄貴の奴……。
て事は、中学の時から小野と雪乃は関係あったって事でもあるのか。
そして、兄貴は小野から雪乃を助けたと……。
……まあ、俺が兄貴じゃないってばれる要因では無さそうなのには安心したが……。
結局、俺と雪乃が仲いいのって、兄貴がいたからなんだよな……。
そして、二日後。
結局あの日から一度も雪乃と話せていない。
数時間後に迫る雪乃とのコロシアムを控えて、不安と緊張が募ってくる。
そのせいか、さきほどから、視線の先で行われている授業は、四割も耳に入ってこない。
考えていることはこれだけ。
どうやって、『攻撃をしないで勝つか』。
だが、いわゆる体力ゲージを、四割削った時点で勝敗が決まる、あの対戦方式では、無撃で勝つことは不可能に等しいと言える。
あの、ホログラムで形成された最先端フィールドと、アウェイク・コアが装着者から読み取った、残り体力の数値バー。
前者を上手く生かしながら、後者を着実に減らす方法。
それを考えるのも、第一、ステージの属性がランダムなのでそもそも無理だ。
「はぁ」
思わず口から溜息が出る。
視線を落とすと、俺の机の上には、教科書、いや、ノートさえ開かれていなかった。
……授業を捨ててまで策を練ってるんだ。
これで、何も思いつかなかったら格好悪いじゃないか……。
と、現実世界へ意識が戻ってきた俺の耳に、授業担当の先生の声が響く。
「おいおい優等生君、話を聞いているか? ノートも出さずに……」
「え、ああ! すいません……ちょっとぼーっとしてて……」
「ふむ……まあ優等生君は書かなくても覚えられるのかもしれんがな……」
「いやいや、別にそういう事じゃ無くて!」
てか他の先生からも優等生って呼ばれてんのがなー……。
「まあ、優等生君、書く事っていうのはとても重要な事なんだ」
「は、はあ……」
「当たり前の話、自分が何を考えていようが、書いたり話したりしないと何も伝わらんからな、そういう情報のインプット、アウトプットというのはとても大事な事なんだ」
「わ、分かりました……」
あまりにも雪乃との戦いが頭にありすぎて説教を食らってしまった……。
先生に言われた様に、ノートを取り出す。
まあそりゃ確かに書く事っていうのは重要な行為だとは思う。
ん……?
待てよ?
今何か重要な事を聞いた気もする。
……何を考えていようが、書いたり話したりしないと何も伝わらない……。
それもそうだ。
確かにそうだ。
それを表現するツールがあって初めて客観的な評価で思考は成り立つ。
そう、雪乃や他のみんながどんな能力であろうが……待てよ、もしかしたら……!
「えーと……コロシアムのルールに書いてあるか……? ってもどこに書いてあるんだそんなん……あ、生徒手帳とかに書いてあるか?」
俺は生徒手帳を開く。
生徒手帳なんて基本使わないから分からなかったが、実はアウェイク・コアとコロシアムについて多少なり書いてあった。
おお、別に理事長に聞かなくてもわりとこれで分かったのか……てか理事長も柚香も書いてあるって教えてくれよ……。
「えーと……コロシアムのルールは……あった!」
そして俺はその中の勝利条件の項目を見る。
「やはりか……! これでいける!」
「おーい、ノート出したと思ったら今度は生徒手帳を見てブツブツ言ってるな……大丈夫か?」
授業担当の先生は呆れた顔で俺を見てくる。
「あ……すいませんでした……」
うーん……優等生っていうよりただの頭おかしい奴だな……うん……。
授業が終わり、帰りのHRも手早く終わる。教師を出ると柚香が待っていた。
「今からお帰りですか? 光司くん」
「え、あ、いや、これからコロシアムだよ……」
「あ! そうでしたね! そういえば雪乃ちゃん言ってました」
「ああ……柚香は帰るのか……?」
「いやー、今まで一回も影人くんの戦い見た事無いですしねー、見てみたいです」
……マジか……柚香が見てんのかよ……。緊張するな……。
「しかし、女子と戦ってポイント稼ごうっていう甘い作戦なのかもしれないですけど……雪乃ちゃんは強いですよ?」
「……分かってるよ、雪乃はランキングでも確か一年の十一位だとかそんなんだろ?」
「ええ、能力は知ってますか?」
あ、そうなんだよな……人の能力を他人に聞けないんだよな俺……。
下手に聞くと『お前、前アイツの戦い見てたよな?』みたいな事になりかねないし……。
「いや、知らないけど……柚香は知ってるのか?」
「そりゃあもちろん! 親友ですからねー」
「マジか! じゃあ教えてくれよ!」
「いやですー」
「なんでっ! いや、どうせ教えてくれないとは思ってたけど!」
「ははは……まあ、別に聞いてもあまり意味は無いと思いますよ? 彼女は能力だけで戦う感じでは無いですから、まあお楽しみという事で」
能力だけじゃない……?
まあ、ここまできたら考えても仕方ないが……。
「じゃあ、頑張ってください! 終わったら一緒に帰りましょう!」
「おう、応援よろしくな」
と、一応言ってみるが、やっぱ柚香が見にくるのはなぜかすごい恥ずかしい……。
昨日出された倫理の課題を提出する為に社会科教官室へ向かう。
教官室へ向かう為に一階に下りるが……。
「あれ?」
向かう途中に見える中庭に雪乃がいた。
ベンチの上にやけに丁寧に座っているが……。
「おーい、雪乃ー?」
俺は中庭に入り、雪乃に声をかける。
「えっ、あ! あっ、こうじくん!」
「お、おう、大丈夫か……? なんかやたら丁寧にベンチに座ってたけど……てか、汗もすごいけど大丈夫か?」
「えっ! あ、ほ、ホント!? あー、は、恥ずかしい……」
「いや、気にしなくていいけど……もしかして緊張してる?」
「え……ああー、うん……」
そうなんだよな……あと一時間もせずに雪乃とは戦う事になるからな……。
「いやー、おかしいよね……わたしから戦おって声をかけたのに……」
雪乃は下を見ながら話す。
「いや……別にそれでも試合なんだし緊張するだろ……」
「え?」
雪乃は顔を上げて、キョトンとした顔でこちらを向いてくる。
「な、なに……!? おかしな事に言ったか俺!?」
「いや……こうじくんも緊張とかするの……?」
あ、ああー、そうだったな……緊張するのは影人であって光司ではないのかもな……確かに……。
「え、あー、まあ……そりゃするよ……」
と言っても今からやっぱり緊張しないっていうのはおかしいから隠さないけど……。
「ホントに?」
「ん、ああ、テストの時とかお腹痛くなって一問も解けなかったこととかあったぞ……」
それで受験落ちた訳だけど……。
「へー……意外、こうじくんって緊張とかしないってタイプだと思ってた」
「そんな事ねーよ……今も緊張してるよ」
そういうと雪乃はクスリと笑った。
「な、なんだよ?」
「いや、なんかこうじ君の意外な一面見れたなーって思って……」
まあ確かに俺と違って兄貴は自信家だったしな……。
「そうかもな……まあ、今日はお互いがんばろうぜ!」
「うん!」
ゴトッ。
そんな事を言っていると、頭上に何かが落ちてきた。
「うお!? 痛ってえ……なんだこれ? ブリックパック?」
上を見ると、窓からクラスメイトの男子がこちらを見ていた。
「おー? 光司ー? 何やってんの? 浮気か?」
「浮気ってなんだよ! てか上から物を落とすなよっ!」
なんでみんなすぐ浮気だとかなんだ煽ってくるのか……。
「おう、じゃあ、柚香ちゃんに伝えとくわ」
そう言ってクラスメイトは窓を離れる。
「って、あーっ! 誤解を生むような事はやめろー!」
と言っても別に本当のカップルじゃないからいいか……いやでもとりあえず真っ二つにされそうな気もする……。
「ふふ、楽しそうだね、こうじくん!」
雪乃はベンチから立ち上がり俺に言う。
「いや……楽しい……のか……?」
まあ、そう思うようにするか……するか?
「それじゃあ! 四時に! よろしくねこうじくん!」
「ああ、じゃあまた!」
そうして俺は雪乃と別れ、中庭から校舎に入った。
「って、あ! 倫理の課題出さないと!」
そうして課題を出しに社会科教官室に入るが……。
「ありゃ、先生いないや……まあ机に置けば分かるか」
そうして先生の机にプリントを置いていると教官室の中に人が入ってきた。
後ろを振り返ると、あの小野の仲間の三人衆にいじめられていた男の子がいる。