Ep6
自転車で夜の街を駆け抜ける。
バイト先であるCD屋は家から自転車で七分くらいの所だ。
猫間堂という店で、小さな店だが地元の人気は大きい。
最近は大きいCDショップのチェーン店も駅前にできたが、未だにコアな猫間堂ファンというのが存在する…………だろう。
「お、いらっしゃい、影人くん」
猫間堂に入るとレジに一人の男が座っていた。
この人がこの猫間堂の店長である犬谷隆二さんだ。
本人は大の犬嫌いなので名字で呼んではいけない。
ちなみに、今となっては本当に珍しい、本名で呼んでくれる人である。
「こんばんは、隆二さん」
そう言って、服を制服に着替える。
「あ、そうだ、影人くん、今日から新しく人が入るんだよ、君が仕事を教えてやってくれ」
珍しいな、ここにバイトに来る人がいるなんて。
確かここのバイトに来てる人は俺以外には一人しかいない。
てかそもそもこの店は基本店長一人で回せると思うが……。
扉が開いた。
「お、よく来たね」
ガタイのよく身長の高い男が入ってくる。
俺はその男に見覚えが…………。
「紹介するよ、あれが新しく入る剛毅くんだ」
そう、俺の目の前にはつい五時間前に戦った男がいた。
なんてこった、こんな偶然があるなんて。
剛毅もこちらに気付いたようで大分驚いている。
俺たちの顔がよっぽど驚いていたのか店長は二人の顔を交互に見る。
「ん? どうしたんだい? あ、あぁ! もしかして君達は同じ学校だったりするのかい?」
さすが店長、察しがいい。
いや、だからどうしたって話なのだが。
……正直、剛毅と一緒なのは少し気まずい。
それにさっきの戦いは俺が勝ちを運良く拾っただけであって、剛毅には申し訳が立たないというかなんというか……。
まあ、言われているよりいい奴そうだし話してみたいという気持ちはあったが……よりによって今という。
ん……?
なんか気になる……。
なんだ?
なんか気まずいとかそんな事言っている場合じゃない気がする……。
ここでお得意のシンキングタイム。
……あ、名前だ!
名前問題だ!
この店では影人で通ってるが、剛毅の前では光司っていう体でいかなければ……。
「あ、はい、学校一緒なんですよ、あはははは……」
適当に店長に返事をした後、剛毅に駆け寄る。
「お、おい剛毅」
小声で剛毅に話しかける。
「うぉ!? な、なんだよ……?」
剛毅はまだ俺に驚いていた様だ。
そりゃそうか。
「あーいや、ここでの俺の名前は光司じゃないんだ、影人っていうんだ」
「へー、そうなんだ……って、いや、どういうこと!?」
「えー、あー、後で説明するから、とりあえずよろしく!」
って言っても本当の事を言う訳にもいかないし、なんか理由考えないとな……。
そんなこんなでバイトの時間が始まる。
正直、客は誰一人来ず、店長が一人で話してるだけだった。
店長は相当の音楽マニアで、古今東西いろんな音楽話をしてくる。
まあ、そういうマニアックな所があるからこの店も細々と続いているんだなーと思いつつ……。
バイトが始まってから一時間近くが経った。
と言っても客は誰一人来てないが。
「すまない二人とも、少し買い物があるから仕事は二人にまかせていいかな?」
店長は飲んでいたコーヒーを飲み干し、外に向かった。
「え、あ、ちょ……」
まじか、二人だけは気まずいな……。
さっきまでは店長が喋ってたからいいけど、何も話す事が無い……。
生憎客もいないし、喋らないのは気まずいよな……。
「なぁ、光司」
そんなこんな考えていると、剛毅から話しかけてくれた。
「ん? なんだよ」
「いや……ほら、試合の事なんだけどさ……」
「え? ああ……」
「能力を使ってないお前に完敗なんてな…………」
……ああ、なんか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
剛毅シュンとしちゃってるし。
誰だよ、剛毅の事悪く言った奴!
てんで嘘じゃねーか。
「いや、やっぱまだまだだわ、俺、もっと熱くならなきゃ……」
てかこいつは何でもかんでも熱い熱い言うなあ……。
「あ、そういやよ! 影人だかなんだかって話、あれなんなんだよ?」
「え、ああー、あれはだな……その、カモフラージュって奴だ」
「カモフラージュ?」
「ああ、ほら俺らの学校ホントはバイトダメじゃん? まあ、こんな小さい店だしバレないだろうけど、一応な、見つかっても大丈夫なよう双子の弟の名前で入ってる」
うーん、まあ急ごしらえな嘘にしては悪くないかな?
「へぇ、そうなのか。お前、双子だったんだな」
「ああ、他の学校だけどな」
でも、昔の話なんだよな、双子がいるなんてさ……。
「てか、ダチから聞いたんだが、お前特待生で入ったんだろ? そんな学校に隠してまでなんでバイトやってんだ?」
「え、ああー、まあ、特にやることないからな……剛毅はなんで?」
「ん? ああ、俺の家は両親が昔離婚しててな、妹はオヤジの方に引き取られたんだが、オヤジも去年他界しちまって……妹養わなきゃいけないし……」
うぉ、かなり重い家庭事情が……易々と聞いていい話では無かった……失敗した……。
「だからお前と戦って戦績上げれば優先権システムの一環で学校の金も安くなるって思ってたんだが、アウェイク・コア使うまでも無くやられちまった」
本当に本当に申し訳ない……、何回心の中で謝ってんだ、俺。
てか優先権って学費免除とかもあるんだな。
「ま! ヘコんでても仕方ねえし! むしろ今までは怖がられて戦ってもらえなかったけど、これからは他の人とも熱くなれるかもな!」
剛毅は張り切っている。
きっと兄妹思いなんだろうなあ……。
「あ、そうだ、剛毅、ちょっと、てかかなり聞きづらいんだけど……」
「ん? どうした?」
「いや、友達からお前の事ヤンキー校一人で潰したとかやばい組織と関わってるとか聞いたんだけど……マジ?」
「え!? ヤバい組織となんて関わってる訳ないだろ」
そりゃそうだよな、良かった……。
「まあ、確かに学校まるごと相手にしたことはあるけどよ……」
「そっちは本当なのかよ!!」
「え、ああ、まあな……っても中学の話だがな」
いや、中学でも高校でもあんま変わらないだろ……。
よく勝てたな、俺……。
そんなこんなしている間に普通に話せるようになっていた。
まあ、それはやっぱ剛毅がいい奴だからなんだろうな。
気づけば時間は十時過ぎになっていた。
未だに客はゼロだが……。
そんなことを思っているとドアが開く。
店長が帰ってきた、と思ったがそうでは無く、お客さんが入ってきた。
めずらしいなー、と思いつつ、いらっしゃいませの一言を言う。
お客さんは女の子で、俺たちと同年代ぐらいの子っぽく見えた。
茶色のセミロングの髪でなかなか整った顔立ちだ。
「……美人だな……」
「ああ……熱いな」
彼女は少し店内を見て回ると、俺たちに話しかけて来た。
「あのー、この店オススメのアルバムとかありますか?」
彼女は優しい声で俺に尋ねてきた。
オススメのアルバム……そういや店長がなんか言ってたのがあったかな?
「こういうのはどうでしょうか?」
『Days』というバンドの『Dummy』というアルバム。
イギリスのバンドらしいが、あまり詳しくは無い。
「へえ、じゃあこれをお願いします」
彼女はそう言ってこのアルバムを購入し、帰っていった。
その少し後、店長が帰ってきた。
「ありがとうね、十一時になったら上がろうか」
結局その後、お客さんは来ず、仕事は終わった。
高校生なのにこんなに遅い時間まで働いているのは内緒…………。
剛毅は隣駅にすんでいるらしく、家の方向は少し違うが駅まで一緒に歩いた。
柚香を少し待たせてしまうが、急げば十一時十分ぐらいには着くだろう。
駅までの道には河原がある。
上の橋には電車が通っていてその奥側には見慣れた町の夜景。
今日は星も多く、眺めは最高だった。
「キレイだな……」
「ああ、熱いな」
いや、こういう話は男女でするものだよな?
剛毅と駅で別れた後、俺が家に帰ると、柚香がどこか不機嫌そうに迎えてくれた。
「どうしたんだ?」
「別になんでもないですよー。ただ、女の子を一人こんなに遅くまで待たせるなんてひどいんじゃないですか?」
「いやぁ、ちょっと剛毅と話してたら遅くなっちゃって……」
でも確かにあと少し経てば、時刻は次の日に到達してしまう。
「もう今日はここに泊まっていきますから!」
「えぇえええええ!」
柚香は俺の家に泊まることになった。
実は何回かお泊まり会みたいな事はしていたのだが、二人きりでは当然初めてなので少し緊張している俺。
もう二人とも幼くないんだし、家に二人きりなんて……。
そんなことお構いなしに柚香は……
「じゃあ先にお風呂入ってきますね」
と言いだす。
「お、お風呂ですか!? あ、そ、その廊下を進んだ右側にあります……」
お、俺!
何言ってんだ!?
なんで風呂の案内してんだよ!
ふぅ。
落ち着け、俺。
とりあえず風呂から上がるまでは待ってみる事にした。
眠気をこらえ、ベッドでゴロゴロする。
べ、べ、別に変な事を考えてるわけじゃないぞ、ただ単にお客より先に寝るのはどうかなーって思っただけで……。
そりゃちょっと楽しみだけど……。
しばらくリビングでくつろいでいると、柚香が風呂から出てきた。
普段意識してないからかもしれないけど、こうして見るとやっぱり美人である。
いつもはまず見ないパジャマ姿だし、濡れた亜麻色の髪からほのかに香るシャンプーの香りがまたなんとも……。
不覚にもしばらく見入ってしまった。
「なにジロジロ見てるんですか」
冷ややかな視線が突き刺さる。
考えてみればただの変態実況者な俺である。
そもそも兄貴の彼女であって、もはや俺とはただの幼馴染みでしかないし、意識する方が間違っているのかもな……。
柚香もさすがに疲れている様子でそろそろ寝ようかという所だったので、寝る前に一応心配事を聞いておく事にした。
「そう言えば、まだ俺のアウェイク・コアは使えないんだけど……正直これから戦闘していく上で使えないのはきついと思うんだ。どうにかして俺の能力を覚醒する方法はないか?」
すると、柚香はいかにも眠たそうにしながらも
「よく分かりませんが、学校の図書館にアウェイク・コアについての資料があったはずです……参考にはなるかもしれませんね、……それじゃあおやすみなさい」
「おう、お疲れさ……」
俺が返事をする前に、柚香は俺の部屋へと入っていった……って、えぇえええええええ!
ちょ、ちょちょっちょっと待てぇええええ!
なんで俺の部屋で寝るんだよ!?
あいつ俺の部屋だって知ってて入ってったよな?
誘ってるのか?
いや、誘ってるのか!?
…………いや、寂しかったんだよな。
こんな夜遅くまでずっと一人で。
ただでさえ柚香は孤独さの中で凍えてるっていうのに。
柚香が望むなら、俺の部屋くらいいつだって貸してやれる。
いや、もういっそのこと二人で…………。
「いやいやいや! 絶対だめだから! 落ち着け俺?」
俺はなけなしの理性を振り絞り、今日は兄貴の部屋を拝借して寝ることにした。
俺の部屋にありったけの『おやすみ』を残して。
「失礼しまーす……」
何言ってんだ俺?
っていうか、今までここに入ったことなかったな。
恐る恐る兄貴の部屋の中に入る。
「何もないな……」
部屋は閑散としていた。
家具はそのままなのだが、まるで引越しの後のようだ。
生活していた痕跡が薄い。
光司ってこんな部屋で暮らしてたのか?
部屋には、いかにも難しそうな学術書と文房具類しかない。
俺は学術書を一つ手に取ってみる。
――『能動的脳稼働実験と感情制御』
「何だこれ?」
俺はパラパラとページをめくる。
――能動的な脳稼働による通常以上の脳使用効率上昇及びそれに連なる脳への負荷、感情制御値の比較
――実験の結果、被験者となった子供の脳使用効率には上昇がみられた。脳への負荷に対して脳が順応しようと稼働システムの変更をしたためと思われる。
…………。
どういうことだ!?
これって理事長がしてたっていう研究に似てないか?
ってかこんな研究、それ以外に考えられないよな。
柚香の暴走を引き起こしたのもこの研究が原因…………!?
その本に書いてあった研究内容に俺は息を詰まらせる。
それに、なんでこんなのが光司の部屋にあるんだよ!?
頭がパンクしそうだ。自然と持ち前のシンキングタイムに入っていた。
「ん?」
本の中から一枚のICカードが落ちる。
それを拾うと、光司の名前と清槍院高校の名前が入っている。
学校で使うカードだろうか?
とりあえず、それを制服のポケットにしまっておく。
光司のベッドは俺のベッドと一緒だ。
そのため他人の部屋とはいえ、割と寝心地は悪くない。
明日は図書館に行こう……。
こんがらがった頭を整理しつつ、俺は眠りについた。
――キーンコーンカーンコーン。
終業のチャイムが鳴る。
昨日が密の濃い一日だったせいか、今日の授業は一瞬で終わったかのように感じられた。
そして、今日は大事な予定が一つ。
図書館にアウェイク・コアについての資料を探しに行くのだ。
本当は光司の殺された理由も調べたいのだが、誰もが自由に読める資料の中にそんなものがあるはずがなく、ただ能力の使い方を調べるためだけに図書館へ向かった。