Ep4
二人は中庭に出て行った。
今日はあまり天気も良くないから人もいない。
だから、この場所を選んだのだろうが……。
一昨日の戦い。
激しい攻防………だったのだと思う。
実を言うとビビって途中から見れなかったのはここだけの話……。
とりあえず中庭に入るドアの前で聞き耳を立てる事にした。
てかいつも俺こんな事してんな……知らない事多すぎ……。
「……ほんと…………なの?」
「べ……あ……か……いこと」
二人の声だ。
しかしドア越しだわ風が強いわでほぼ聞こえない。
もっと大きい声で喋ってもらっていいですかね。
少し中庭の様子を伺ってみる。
こちらからは水無月の顔が見えた。
険悪な表情だ。
そもそもこの二人の関係がよく分からない。
だいたい理事長から聞いた話だと、コロシアムは許可と監督が必要らしいが、一昨日の戦いを見守っていた人は俺以外には見えなかった。
いや、それにこの美人二人の対決ならもっとオーディエンスがいてもおかしく無さそうなのに。
話が終わったのか、水無月は別の出口から出で行った。
「あ、やべ! 教室にいないと怪しまれるじゃねーか!」
「あれ? 光司くん? どうしてここにいるんですか?」
もうすでに柚香が横に立っていた……。
さすがに俺動くの遅すぎ……。
「ここで何……してたんですか?」
柚香は聞いてくる。
やばいッ。
答えなかったら殺されるし、答えても殺されるじゃねーか……。
この理不尽な二択問題はなんなんだ……。
「あーいや、 二人の話が気になって……盗み聞きしてました……。あーでもいやっ、正直風つえーし、ドア越しだし、あんま聞こえなかったし……できれば何話してたか教えてほしいなーなんて……」
正直に答えた。
いや柚香の前では素直に答えざるを得ないというか……。
いや、さすがにアカン気がする……。
やっぱ聞かなけりゃよかった。
お母さん、お父さんゴメンなさい、先に逝く親不孝をお許し……。
「そんなに……私達の話が気になるんですか?」
柚香は尋ねてくる。
お、まさか意外と大丈夫なパターン?
「……コロシアムとか優先権だとか、そういう話は昨日知ったよ」
理事長から聞いたって言うとなんかめんどくさい事になりそうだったのでなあなあに答える。
「ああ、やっと聞いたんですね……でも、それ以外に光司くんの知りたい事があるんですか?」
「…………ああ、一昨日の水無月との戦い、あれはなんだったんだ? 監督もいなかったし、一体……」
ここまで言って気付いた。
昨日の戦い見てたのをカミングアウトしてしまった……。
たぶんそういう抜けてる所が兄貴との違いなんだろうな……。
「別に……光司くんには関係の無いことですよ」
柚香は歩いていく。
「無いって……だいたい兄貴の事だってー」
「ね、光司くん! 早く教室に戻ってご飯食べましょう! 昼休み終わっちゃいますよ!」
柚香は笑顔で言う。
この笑顔は……たぶん踏み入るなっていう最後の警告なんだろう。
俺は黙って柚香と一緒に教室に戻った。
HR開始五分前の予鈴のチャイムがなる。
「やっべー、まじかよ! 今まで学校は遅刻した事無かったのに!」
俺、影人……じゃなかった、光司はパンを口に咥えて猛ダッシュしていた。
いつもは朝早い方だが、連日の疑問の多さで俺は眠れずにいたのだ。
なんとか教室に駆け込むと、丁度HRが始まる所だった。
間に合ったか。
……?
しかしやけに教室がざわついてる気がする。
てか気のせいか俺の方見てるような……。
「おい、座れー、HR始まるぞー」
とりあえず席に座る。
先生は一通りプリント配布や連絡事項を話すと、すぐHRを切り上げ、教室を出て行った。
ぼーっとしながら次の授業開始を待っていたのだが、周りの視線に耐えかね、後ろの水無月に声を掛ける。
「なあ、水無月、俺なんかしたか?」
「へ!? ちょ、急に話しかけてこないでよ! そ、そうね……なんかしたっていうか…………Top1のアンタが、どうしてランキングのTop10どころかTop30にもいないのよ?」
水無月は一瞬慌てふためいていたように見えるが、今はため息をつき疑問を投げかけてくる。
Top1?
ランキング?
なんの話…………って、あぁ!
そう言えば一昨日理事長が言ってたな、ポイントだとかランクだとか。
たぶん柚香が壊して新しいのに変えるからポイントゼロになってるぽいし、その事だろう。
それにしても、兄貴一位なのかよ……。
「んー、あー、時計壊しちゃってさ、たぶん、それじゃねーかな」
「壊したの!? 時計を!?」
よほど驚いたのか水無月は大声を出す。
水無月は思わず大声を出してしまったことを後悔しているようだったがもう遅い。
それにつられて皆が周りに来た。
「おいおい、アウェイク・コア壊しちゃったのかよ!」
「大丈夫なの?」
「コアがコアれたってマジかよ!」
「「「「「「………………」」」」」」
「お願い、そんな目で見ないで?」
うん、放置しておこう……。
「ま、光司なら一位取り返すのも、ものの五分っすよ!」
一位か……。
まじで大丈夫なのかな……これから……。
大教室に行くと、確かにランキングが貼り出されていた。
「うぉ! まじかよ! 柚香一位か!」
ん……?
て事は学年Topカップルだったのか……あいつら。
それに、水無月や雪乃もランキング入りしていた。
てか、そもそもポイント稼ぐと何が出来るんだ?
放課後、俺は理事長室に向かっていた。
帰りのHRで先生に行くよう言われたのだ。
たぶん時計の事だろう。
「失礼します」
そう言って入ると、理事長は椅子に座って新聞を読んでいた。
「来たか、光司君……いや影人君、新しいコアだ。受け取りたまえ」
そう言うと理事長は俺に新しい時計を渡してきた。
「頑張ってくれたまえよ、影人君」
「あ、あのー、一ついいですか?」
「なんだ?」
「兄貴の死体って理事長達が回収したんですよね? どうやって回収したのかも気になりますが、それよりも、今兄貴の死体ってどこにあるんですか?」
「そのことなら心配はいらない。こちらで墓を作らせてもらっている最中だ。もう直に出来るだろう」
「……そうですか、時計、ありがとうございました」
そう言って俺は部屋を後にした。
いつか、墓参り行くからな…………兄貴……。
玄関に行くと柚香が待っていた。
「一緒に帰りましょう! 光司くん!」
満面の笑みで柚香は俺の方に向かって手を振ってきた。
柚香って本当に表裏の差やばいよなあ……と思いつつ、「おう」と返事をする。
この明るさに救われてる部分もあるんだよ…………な。
兄貴を殺した張本人に、兄貴が殺されたっていうおもしを軽くしてもらってるって……可笑しな話だけど。
「あ! あのさ柚香、時計貰ったんだけど、使い方教えて欲しいから家に来てくれないか?」
家に着くと、もう六時過ぎになっていた。
「あー久しぶりですね! 光司くんの家に入るの!」
柚香はまるで小学生のようにはしゃいでいる。
……てか、家でくらい『影人』って呼んでくれてもいいんじゃないですかね……。
「あー、適当に掛けててくれ、ちょっと飲み物とか出すから」
そう言って冷蔵庫からケーキと紅茶を引っ張り出して、一緒に食べた。
「ご馳走様でした! ちょっと硬かったですけど、美味しかったですよ!」
相変わらず柚香は一言多いなと思いつつ時計を手に取った。
「どうやって使うんだ、これ」
「えーっと……見てたんじゃないんですか? 『アウェイク・コア 展開!』って言えば出ますよ」
「オーケー、じゃ行くぜ! 『アウェイク・コア 展開!』」
しかし何も起こらない。
「あれ……? なんで? おかしくない?」
かれこれ十回くらい試したが何も起きない。
「ちょっと貸してみてください。うーん、見た感じ特に壊れてるって訳じゃなさそうですね……」
すぐに嫌な予想がついた。それもとびきりの。
「あー、えー、もしかして俺、才能ゼロって事ですか……?」
「え……? いや、まさか、基本的に双子は同じ能力や似た系統の能力が出るはずなんですけど」
「兄貴の能力って……?」
「光司くんの能力は……光、光を操る能力ですね」
光を操る……?
柚香や水無月は武器を出していたが皆が皆そういう訳では無いのか?
「本当に何も変わった事は無いですか?」
「え、ああ、光がうんたらとかは全然無い。てか刀が出てくるとかならまだしも、光を操れるようになったっでどうやって分かるんだよ」
「光司くんは、できるようになったっていうか、やり方を思い出したって感じに近いとは言ってましたね……」
けど全然そんな感じはしない。
「やっぱ俺才能ねーのかな……悪いけどやっぱ俺、この学校にふさわしく……」
「ん? 光司くん? 今何か言いましたか?」
「いや、なんも言って無いです」
柚香はすごい笑顔を見せてきたが、内心かなり怒っているだろう。
妥協を許さないタイプだからな。
「そうですか? ならいいですけど」
怖い怖い。
死刑囚ってこういう気持ちなんだろうな……。
「あのさ、柚香、ポイントゼロで何か悪い事ってあんの?」
「悪い事もなにも……一ヶ月ポイントゼロだったりしたら間違いなく退学ですよ」
俺……なんか悪い事した?
ポイントゼロなら退学。
退学になったら口封じのためだとかで殺されそう……。
退学にならないために戦うにしても能力無し。
しかも一位に返り咲かないと怪しまれる……。
「……まじでどうすんだ……」
「大丈夫です!」
柚香は笑顔で答える。
おっ、何か案があるのか?
「戦う相手は私が探しておきますから!」
……そこじゃないんだよなあ……大事なのは……。
学校に着くと、またしても教室が騒がしい。
こんな時に頼りになるのは後ろの席の学級委員。
俺は後ろの席に座る彼女に視線をやる。
どうやら彼女は俺に対してだけでなく、周りの人すべてに対して距離を取っているようで、彼女が友達と一緒にワイワイガールズトークをしているところなど見たことがない。
「………………なに?」
数秒後、返答が返ってくる。
俺は教室の騒がしさの原因を尋ねた。
ため息の後に水無月から疑問が返ってくる。
「大教室に貼ってあったけど、アンタ、砕刃と戦うの?」
誰だよ、砕刃って……。
たぶん柚香が探したんだろうが。
「あ、ああ、そうっぽいな」
適当に答える。
「そうっぽいって……アンタが対戦を挑んだんじゃないの……?」
「え、ああ、そうだったな、ははは……。」
「大丈夫なの……? 砕刃って、ランクがとても高いわけじゃないけど、かなりの乱暴者って噂よ?」
「え……? ああ、へーきへーき、うん、大丈夫大丈夫……」
乱暴者って不良かよ!
頭の中で三人組の顔が思い浮かぶ。
おいおい、なんだこの妙な安心感は……。
こんな奴らと戦うって考えると余裕が持てる……うん、楽勝だな…………っておい!
なわけあるかい!
実際そんなうまくいくわけがない。
ったく、どういうチョイスなんだ……柚香……。
「ってか、俺のこと心配してくれるんだな」
「は!? ちょ、突然変なこと言わないでよ! アンタの心配なんてするわけないでしょ…………。どうせ圧勝するんでしょーしー」
水無月はフンと鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまう。
話を続ける術を必死で探したのだが、何も浮かばないので、自分の席についた。
「はい、あーん」
柚香が差し出したコンビニ製のサラダを口に入れる。
…………。
いや、こんなことしてる場合じゃないだろ……。
「お、おい、誰だよ砕刃って……。聞くに隣町のヤンキー校を一人で潰したとか、やばい組織と繋がってるとか、そんな話しか聞かないんですけど……。」
「んー? いや、さすがに初戦で元々のランク内と戦うのは厳しいかなーと思いまして」
「いやいやいや、そこ気を使ってくれるならもうちょい気を使ってくれよ! てかあんまりコロシアム出ないだけで実力は高いそうですけど!?」
「いいじゃないですか。探してきただけ感謝してくださいね」
箸が眉間に寄ってくる。
「うぐ…………ん? てか、じゃあなんであいつは対戦許可したんだよ、あんまりコロシアム出ないんじゃねーのかよ」
「え、ああ、別に彼が出る気が無いんじゃなくて、彼と誰もやりたくないだけなんですよね、……むしゃ……たしか入学当初に戦った人は二週間近く入院したらしい……むしゃむしゃ……ですよ。ウチの学校には、治療の能力を持つ先生もいるんですが、それでもそのぐらいかかったってことは、相当な実力者……むしゃむしゃむしゃ……ってことですねぇ」
サラダをむしゃむしゃしながら柚香は言う。
「むしゃむしゃしてる場合じゃねーよ! なんでそんなヤバそうな奴を……」
「仕方ないじゃないですか。さっき剛毅くんとやりたい人がいないって言いましたけど、光司くんの方がそう思われてるんですから。それに……無名の奴と戦っても意味無いですし……光司くんは学年最強の能力者なんですよ?」
確かに……。
そうなんだよな、俺は一応元一位のエリート……だったらしいし。
そうだ……もう今さら何を言ったって始まらない……。
退学になったら殺されるとかそういうの関係なしに、俺はこの学校を去るわけにはいかない。
この学校に兄貴の死について手がかりがあるはずだ……。
砕刃剛毅、どんな奴かは会ってみないと判断できないが、絶対に負けるわけにはいかない。
なぜなら俺は、小鳥遊光司なのだから。
剛毅とやらとの試合当日、今日まで柚香に稽古をつけてもらっていたものの、未だに俺はアウェイク・コアを使うどころか発動すらできるに至っていなかった。
挙句の果てに、柚香に『まさか、ここまでとは……』とため息をつかれたほどである。
「ため息つきたいのはこっちなんだよ」
と、誰もいない控え室でぼそっと呟くが、六畳くらいの閑散としたスペースに空しく反芻するだけだった。
こっそり控え室のドアを開けて試合会場を覗いてみると、溢れるほどの生徒たちが見物に来ている。
それはそうだ。
なにせ学年一の実力者と学校屈指の暴れ者が闘うという設定なのだから……。
あー、もうやりたくねぇ。
逃げ出してぇ。
このまま世界の果てまで行って何やらかにやらしてぇ……。
なんでこうなるんだよ。
俺が何したって?
能力ってなんだよ?
いきなりそんなこと言われたって処理しきれねぇし。
勝手に展開し続けられてもついていけないんだけど?
………………。
あー、もうやりたくねぇ。
心の中で愚痴と文句が一ループしたのを感じながら時計を見る。
時計と言っても本当はアウェイク・コアなのだが、俺が持っていたらただの時計でしかない。
「……もうそろそろか」
一応やるってなったことはやるタイプだし、幼馴染の柚香が好意で――そうであってほしい――用意してくれた機会なのだから、本当にここで逃げ出すわけにはいかない。
両手で頬を叩いて気合を入れ、勢いよくドアの外に出る。
鳴り止まぬ歓声。
『光司最強!』とかなんとか書かれた応援旗。
改めて見渡すと、控え室から軽く覗いた時に感じた以上、想像を遥かに超えるスケールで会場は盛り上がっていた。
中央の闘技場へ繋がる通路を戸惑いながら進んでいくと、通路の傍に位置取りしていた生徒らが手を振って声をかけてくる。
「光司くんガンバって~!」
「かっこいいー!」
「応援してるからねっ!」
すさまじい人気っぷりだ。
それにしても、女子の声しか聞こえないのは気のせいだろうか。
まったく、美少女(怖)と付き合ってるくせに他の女子からもモテるなんて……。
罪な男だぜ、兄貴。
そのうち嫉妬かなんかでモテない男子勢の恨みかうぞ……。
まぁ、兄貴はいなくなっちまったから被害受けるの俺なんだけどな…………。
そこで、試合開始五分前のアナウンスが流れる。
俺は大きく、ゆっくりと、肺にためた空気を吐き出し、軽く頬を叩いてから、コロシアムフィールドへと向かった。
しかし、あるあるなのだが、やはり、いざ決戦の場に立つと思ってたより緊張してしまう。
足は竦み、寒いわけではないのに鳥肌が立つ。
だが、十メートルほど離れたところに俺と向かい合わせで立っている青年には緊張の『き』の字も見えない。
――砕刃剛毅、身長は百七十センチ後半くらい、髪は燃えるような赤で、ワックスでツンツンにしている。
体格もよく、その引き締まった筋肉からは、俺が見ても分かるくらいのパワーが秘められていた。
やべーな。
こんなやつに本当に勝てんのか……?
またしても逃げたい衝動に駆られたが、それは今となっては不可能である。
これはフィールドに足を踏み入れてから知ったことなのだが、コロシアムフィールドからは、決着がつかない限り外に出ることができないらしい。
そういうのはもっと早くに言ってほしいよな……。
と、またしてもアナウンスが流れた。
――それでは、これより、小鳥遊光司さんと、砕刃剛毅さんのコロシアムを始めます。
静寂さを極めたようなアナウンスとは対照的な怒涛の歓声。
応援席に座っていた生徒たちが一斉に立ち上がって騒ぎ立てる。
その盛り上がりが落ち着いてきた時。
――コロシアム。レディーファイト。