Ep27
柚香は剣を降りおろす。
だが、その剣は途中で動きを止めた。
「はぁ……ったく、貴方は熱血教師か何かですか? 興が冷めました……今回の勝ちは貴方に譲りますよ……アウェイク・コア 発動……」
そうして、制御装置を発動する。
今度こそ、柚香が帰ってきた。
柚香はその場で倒れる。
――おいおい、まじか……。
……ハハハ……一か八かだったけど……悪くないなこういうのも……。
「ゴフッ……」
口から血を吐く。
足も地面を着く。
……おい……まだ能力出せるか?
――どうだかね……。
……気合で出すぞ……これ以上は水無月がヤバい……傷は俺より浅いけど……長く血を出しすぎ……。
――何言ってんだ、君はこんな時に! ホント……これだから君は……。
水無月に能力を使い、出血を止める。
そして、今、手元にいる柚香を見る。
良かった……やっと……。
俺の肩に頭をのせるように寝ている柚香。
そして思うのだった。
いつでも使える力なんて、最強の力なんていらないって。
ただ…………。
今、隣で安らかな寝息を立て始めている少女を護る力さえあれば、それだけで十分なんだって。
今は心からそう思えた。
「はぁ……ったく、まさかスタンガンとは……こりゃ、ホント厄介なモンスね」
「な……」
月光が起き上がってきた。このタイミングでか……ヤバい、これじゃあ……また……。
くっそ……そうだ、前、皆に酷い言葉かけちまったなまだ謝ってねーや。
てか学校の皆と遊ぶ約束とかしてたっけな……。
ったく……こんな時に思い浮かぶのは思い出かよ……ハハ……そうだ、そう、まだ生きなきゃ……。
「いやぁ、どうやったかは知らないスけど、よくやりますね、さらに興味が湧きました。でも、とりあえず柚香さんを渡してください」
「渡すかよ……お前が、何度来ようが、全部粉砕してやる……」
「口だけは達者スね……体を起こしてから言ってくださいっス」
月光は再びその手に銃を持った。
「口が達者なのはお前だよ、観念するのはお前の方だ」
「あ……七瀬さん!」
入り口から七瀬さん達が来た。
さらに、月光の方の入り口からも新たな部隊と思われる人達が入り、月光を囲んだ。
「大丈夫ですか!」
そう言って、部隊から女性が俺と柚香と水無月の元へ来る。
その女性は医療の能力があるのか俺たちの回復を始めた。
「月光……アンタ……別にその銃を放ってもいいが、そしたら一斉にアンタを撃つ……アンタもまだ死にたくはないだろ?」
七瀬さんが銃を構えながら言う。
「はぁ……そうっスね、降参っスよ、どうぞ……ご自由に……」
そう言って、月光は銃を捨て、手を上げた。
そして、部隊により、手錠を掛けられそのまま運ばれていった。
……よかった、やっと終わった……でも、もう限界だ……あ……な…………。
そうして、俺の記憶は途絶えた。
「ありゃ……ここは……?」
気付いたら家の台所にいた。 目の下には洗い物が残っている……二人分の。
台所から見えるリビングのソファには一人の男が座っていた。
「兄貴……?」
なんで兄貴が……?
ああ……夢か。
そうだ……あの戦いの後倒れて……それで……。
「お疲れだな、影人」
兄貴は俺を見て少しニヤつく。
「なんだよ……兄貴……褒めるなんて、珍しいな……」
って、夢の中の兄貴に対して珍しいも何も無いだろ……。
「ハハ……そうか? まあ……よく頑張ったな」
「頑張ったっ……て何を……別に俺は……」
「何ってそりゃあ……まぁ……いや、頑張ったなんて言い方はおかしいか、お前はそういう奴だしな……」
……頑張った……か。
「いや……でも、俺は兄貴を……」
「兄貴を……?」
「兄貴を……いや、その……なんだ……なんて言えば……」
そうだ、伝えたいことが、聞きたいことがたくさんあった。
いや、夢の中だし、聞いたところでそれは本当の答えじゃあない……。
でも、一つ言えるのは……夢の中でも、言いたいことが出てこないってことだった。
兄貴の事を何も分かってなかった事への贖罪か。
兄貴にはできなかった事を成し遂げた自慢か。
それだけじゃない、兄貴は皆のことをどう思っていたのか……とか。
いや、それに……兄貴は俺のことを……。
「何……別に無理に口に出す必要なんてないさ、影人」
「兄貴……」
そう口にした瞬間、視界が揺れた。
そうして、少しづつ兄貴が見えなくなっていく。
「さぁ影人、いつまでも寝てる場合じゃないぞ、もうおはようの時間はとっくに過ぎてる、皆が待ってるぞ」
「ま、待ってくれ兄貴……俺は……俺は……その、ずっと兄貴を……俺は、今でもやっぱり分からない、兄貴が居なくなったこの隙間を俺は埋められ……」
「はぁ……」
兄貴はため息をつく。
「まだ、そんな事を言ってんのか……『俺は俺、兄貴は兄貴』って考えるようにしたんじゃなかったのかよ」
「そうしたさ……そうしてる……でも、それはあくまでも個人の問題だ……他人は違う、俺はこれからも兄貴が居なくなった世界を……」
「そうかもな……でもな、影人、分かってるだろ? おまえと俺は違う。個人が違かったら立場が同じになれる筈がない……。お前にしかできないことがある。だから…………」
目を覚ます。
視界にあるのは天井。
ここは……病院?
あの後連れてこられたのか……。
「か、影人くん!」
声の方に向くと、そこには剛毅、雪乃、水無月がいた。
「あ……みんな……」
「オイオイ、やっとかよ、皆心配したんだぞ?」
剛毅だ。
そして、水無月は俺を少し睨んでいる気がする。
「悪りぃ……どのぐらい……?」
「二日よ……ったく……」
二日……二日か……。
取り敢えず体を起こそうとする。
やはり寝起きの分起こしづらいが、それでも、体にあまり異常が無い。
「おかしいな……そんなに怪我した感じってーか、殆ど治ってるぞ……」
回復の能力者とやらのおかげか……?
いや、だったらなんで入院してんだ。
「怪我はね……ただ、アンタ何故か起きないから……。まあアンタ、アウェイク・コアの反応によると、能力を行使しただとか? それが原因かしら」
「能力……あ! ああ……そうだ、それかも……」
そうだ……。
俺の能力は正確に言うと、この俺の能力ではないし、kidsと共有する能力を俺が出してるに過ぎない。
自分とは言えない人格の能力を使ってるわけだからそりゃあんな限界まで使えば倒れるか。
確か柚香も暴走状態の後は倒れていたし、まあ柚香も俺みたいな二重人格状態と考えれば納得……。
「って! ああ、柚香は? 今どこに? 無事なのか?」
「え……ああ……その……」
水無月が目を伏せる。
「え?」
「影人くん……その……あのね……柚香ちゃんは……あの後、スペリオルの施設から救出はしたんだけど……能力の副作用で……その……」
雪乃が目を潤わせながら話す。
「え……それって……どう……いう……? まさか……嘘だろ……柚香が……じゃあ! 何で俺達は戦って来たんだよ! そんな事をあってたまるかよ! 嘘だろ……嘘……だ……」
俺は絶望に顔を歪める。
「ええ、嘘よ」
「嘘なんかい!」
「ゴメンゴメン……少しからかいたくなっちゃってね……大丈夫だよ、柚香ちゃんは」
「ええ……少なくともアンタよりは大丈夫なんじゃない……ホラ、特にアンタの兄が残したデータもあるし……」
ああ、やはり兄貴はデータをスペリオルから取っていたのか……。
「いや……でも、タチの悪い冗談だよ……。まじで泣くかと思った……今は柚香はどこに?」
「今のアンタと同じようなモンよ、ただ、こっちと違って厳重だけどね」
「そうそう、俺達も面会できねーしよ」
「そうか……なぁ皆、ごめんな……こんな事に巻き込んで、いや、それだけじゃねぇ……あの時散々皆に迷惑かけた……ごめん」
と言うと、剛毅からグーが、水無月から蹴りが来る。
「いってええええ!」
「何言ってんだよ! 今更かそれ! いいか? 人はごめんよりありがとうの方が喜ぶんだぞ!」
「そっち!? いや、それもそうだけど……別にまあ過去の事だし、アンタが悪い訳じゃあないし……そんな気にすることないわよ」
「ハハ……そうか……ありがとう……」
良かった……やっと皆と笑えるように……。
いや、まだ、兄貴が居なかった空席は埋められないけど……。
いや、その席を埋める必要はない、そう……言いたかったんだよな兄貴……。
そういや、兄貴って呼び続けていいんだよな………………。
しかし……未だに水無月からの視線が怖い気がする。
「あのー……水無月さん、さっきから凄い睨んでますけど……なんか俺やらかしました?」
「へ? あ、は、はぁ!? いや、違うわよ、目付きが悪いのは元からよ! 別に睨んでる訳じゃないわよ! ただ……」
動揺する水無月。
なるほど、まあ水無月の事だからなんか俺に言おうとして俺を見てる内に厳つくなってきたんだろうな……水無月だし。
「ただ……最後の戦いで……アンタに迷惑かけちゃったし……」
「迷惑?」
「いや、一緒に行くって言った割にはすぐやられちゃったしね……」
「え!? そんな事気にしてたのかよ、第一、アレは俺が悪いだろ」
「いや……別に……アンタは……その……」
水無月は俺から視線を逸らし、床を見て話す。
「何だよ、そんな心配してくれるなんて、案外かわいい所あんのな」
「んなっ……失礼ね! ホント……そういう所だけはアイツに……」
「ハハ……」
翌日になって、新たな来訪者が来た。
「理事長……」
「久しぶりだな……」
そう言った後、理事長は俺に頭を下げた。
「小鳥遊影人君、柚香君を救ってくれてありがとう」
「んな……ハハ、アンタに頭を下げられるのは違和感あるな……。頭を上げてくださいよ、ほら座ってください」
「すまない……ありがとう」
そう言って、理事長は椅子に座る。
「君のおかげで……柚香君を取り戻せた……。今の所、安定している。今は光司君の残したデータを使って、新たに研究を進めているところだ」
「そうらしいっすね……」
「ああ……そして、ついに能力を……?」
「ええ、まぁ、欠陥品ですけど……そこら辺の相談はまた今度お願いしたいですね」
「そうか……」
「それにしても……一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
そう、それはあの時月光に言われた事……。
「理事長は何で柚香を救いたがっているんですか?」
「? ああ、そうかまだ君には詳しく言っていなかったな……。彼女の母の苗字は彼方だ」
「彼方……? え、それって」
「ああ、私と同じ……だ。そう、彼女があの研究所に来たのは、私に一時預ける為だ」
「じゃあ、アンタは柚香にとっての、叔父? で、もしかして普段から一緒に住んで……る?」
「ああ、君が護衛をしていたのは学校と放課後の少しぐらいだろう。家には私がいるのでな」
「は……成る程……。じゃあ、だったら柚香とスペリオルの関係に気付けなかったんですか?」
「そこはな……まんまとやられたよ。後で七瀬に聞いた話だが、全くいつも……とは言わないが、私や、君や光司君が見られない時は大いにある。その為に付けられる時は付けられるだけ、周りに空いている部下を用意していたのだがな」
「あー……成る程……千家? だっけか……」
「ああ、成る程月光のやる事だ、まんまとやられたよ……そして……今回もな」
「今回?」
なんか悪い予感がする……まさか。
「そうだ……少し君には辛い話になるかもしれないが……月光が、勾留所から脱走した」
「な、脱走……!」
やっぱり、一筋縄じゃいかないか……でも、それって……。
「まさか……警察の内部に通じている奴が……?」
「だろうな、それが私の部下か、そうじゃないかは知らないが……。なんにせよ、奴の影響下にある者は多いと言えよう」
「そんな……」
「すまない……本当に申し訳ない……」
また理事長は頭を下げる。
「いや、理事長は悪くないすよ……。ただ、俺は……柚香を助けられて満足です、今は」
「そうか……そうだ、君はいつ退院だ?」
「あ、明日には退院が……」
「そうか……ならば明日も来る、そしたら行こう……彼の墓に」
そう言って理事長は去って行った。
「墓……兄貴のか……!」
そうだ作るだなんだって言っていたな。
そうか……。
そして次の日になり、退院した。
病院を出ると、理事長が来ていた。
「あ、理事長、おはようございます」
「ああ、おはよう、では早速」
そう言って、俺を車に乗せる。
理事長は助手席に、俺は後方座席に座るが……。
「あ! 七瀬さん!」
そう、運転席には七瀬さんがいた。
「久しぶりだね、元気そうで良かった」
「いやいや……七瀬さんのおかげです、もし一歩でも来るのが遅かったら……!」
「ハハ……そりゃ良かった、まぁ……ただ、まさかね……聞いただろ? 月光の野郎が脱走したって事、アイツ……本当に色んな所にパイプが有るな……」
そう言って、車を発車させる。
「そうですね……」
車が墓場に到着する。
平日の正午近くだからか、人はほとんど誰も来ていなかった。
「ここだ」
七瀬さんは車に残り、俺と理事長で光司の墓へと向かう。
「兄貴……」
その墓を見て呟く。
結局兄貴を最後まで、俺は助けられなかった。
全部、終わってからだった、知ったのは。
俺がクローンだとかは別にいい。
だからって人間じゃないわけじゃないし、柚香だって助けられた。
ただ、光司だけは……兄貴だけには何も俺はしてやれなかった。
二人で手を合わせる。
線香の煙が空に消えていく。
兄貴……。
でも、何でだろうな、忙しかったせいか、兄貴がいないっていう実感がイマイチ湧いてこないや……。
「それじゃあ……行きますか」
俺はそう言って、車へ戻ろうとする。
「待て、影人君」
理事長が止める。
「なんですか……?」
「これから君はどうするつもりなんだ……。学校は続けてくれるのか……? こちらが強制的にこの学校に入れてしまったが、君は充分に活躍してくれた……。元の学校に戻りたいのなら戻そう」
俺は立ち止まり、後ろの理事長へ振り返る。
「まぁ確かに……昔の学校も大事ですけど、この学校にも大事な人がいます……それに……」
そうだ、一昨日の夢、兄貴は最後言ってたんだ……。
『そうかもな……でもな、影人、分かってるだろ? お前と俺は違う。個人が違かったら立場が同じになれる筈がない……。お前にしかできないことがある。だから…………』
『柚香を、皆を守る為に戦え』
そうだ、最後に兄貴は言ってた。
所詮夢の中だったけど、でも、多分天国のアイツからの最後のメッセージだ。
「それに……俺は、柚香を……皆を守る為に戦う」
「戦う……それは、月光達や……他にも柚香や、もっと大きく言うならこの学校を狙う組織と戦うということか?」
「はい……それが、今俺にできる兄貴への手向けです。いや、違う……。兄貴がどうとかっていうより、俺が今一番やるべき、やりたい事です」
そして、また俺は歩き出す。もう理事長は俺を止めはしなかった。
また車に乗り、今度は学校へと向かう。
「久しぶりの学校だな……」
「ハハ……遅刻なんて随分重役出勤だな」
「しょうがないじゃないですか、七瀬さん……」
「ハハハ……ん、もう着いたよ、二人とも早く行きな。こっちだって仕事あんだ」
「ありがとうございます七瀬さん」
そして、俺は学校へ駆け出す。
「風のように学校へと入っていったねぇ、あの子。理事長も走らないのかい?」
「そんな年じゃない……。まあ、そうだな若いとはいいものだ」
そうして理事長もまた、学校へと歩いていった。
そして、校門に掲げられる『清槍院高校』の文字を見る。
俺がここに来た経緯は本当におかしなものだった。
兄貴が殺されて、決して癒えない傷を負った俺がここに連れ去られてきて、まだそんなに日が経ってないというのに、なんかもうこの場所に慣れてきている自分にちょっとだけ苦笑する。
それもきっとこの場所で手に入れた、かけがえのない仲間達のおかげなのだろう。
俺は顔を上げて外から見える教室の窓の方へ目をやった。
今日もあそこで新しい一日が始まる。
平穏無事な一日。
何の変哲のない一日が始まるのだ。
それはつまらないのかもしれない。
毎日が似通っていて退屈かもしれない。
だけど実は日が変わるごとに色々なものが変わっていて、俺らはずっと一緒にいるからそれに気づけないだけなんだ。
だけど、今だから、あんなことがあった今だから気付けたことが一つだけある。
この場所は温かい。
もちろん物理的な意味じゃない。
時に本気で怒ってくれるあいつの厳しさが。
いつも心配してくれるあいつの優しさが。
自分は無力だと知りながら強者に立ち向かっていけるあいつの強さが。
表には出さないけど本当はみんなを信頼しているあいつの誇り高さが。
そして、どんなに苦しくたって他人のためにどんな苦しみでも抱えることのできるあいつの存在が。
それら全てが温かくて。
でもその全てが実は脆いんだって。
だから。
だから、その全部を俺が守って見せる。
あの時手に入れた力は多分そのためのものだから。
だから。
俺はこれからもここで、生きていくんだ。
そう決意して、俺は一歩、その足を進め、高校の敷地内へと足を踏み入れるのであった。
一応のところこれでラストです。
3月過ぎまでは用事が詰まっていて更新できないです。
申し訳ありません。




