Ep25
「よし! それじゃあ柚香と空を探しに行くぞ!」
「そうやな。今のところそんなに強そうなやつもおらんし、手分けして探すか?」
「そうだな、じゃあ皆、気を付けて!」
そう言って、部屋を飛び出し、各々、別々の方向に進む俺達。
俺は何となくこっちだと思った方へと足を進めていた。
すると幾らか走ったあたりで研究員らしき男と遭遇する。
男は俺を侵入者だと認識すると、ポケットからスタンガンを取り出し、俺に襲い掛かってきた。
ちっ、ここの連中は大半が危ない武器もってやがる……。
そんなことを思いながら迎え撃とうとする俺だが、ふと、研究員の後ろに見知った影が見える。
俺はそいつとアイコンタクトをとると、拳を構えて研究員の男が近づくのを待った。
そして男がスタンガンのスイッチを押そうとした時、突如、研究員の身体がぐらつく。
「今だ!」
その隙に男の腹に強烈な右拳を埋め込み、続けて首元に手刀を入れる。
男はその二発で気絶した模様だったが、一応男の持っていたスタンガンを借りて念を入れとく。
スタンガンはポケットにしまい、俺は後ろから男にタックルして俺のサポートをしてくれた少年に声をかける。
「ファインプレーだ、空」
「あ、ありがとうございます!」
すると、何かを思い出したように急き立てる空。
「そ、そうだ影人さん! 柚香さんが大変なんです!」
急いで現状を説明する空の言葉を聞いた俺は、一言、空に言った。
「ありがとう空。お前が無事でよかった。だが、ここからは俺に任せてくれ」
そう。
何故ならこれは…………。
「……せっかく柚香が俺に託してくれたんだからな。一人でケリ、つけさせてくれよ」
俺はそれだけ言って、一人、空が言っていた、柚香の待つ場所へと走り出した。
廊下を走る。
「ぬっ!」
目の前には先程の男、山上がいた。
「また相見えたな少年、だが、貴様の道もここで終わりだ!」
そういって、銃口をこちらに向ける。
「! おいおい、銃がすくねぇって嘘かよオイ! ジョーさん!?」
放たれる弾丸。
だが、その弾丸は俺には当たらなかった。
「ったく、何やってんのかしらアンタ」
後ろには同じく銃を持った水無月がいた。
「水無月!」
「いいから! さっさと目の前の男を倒すわよ」
またしても山上から弾丸が放たれていく。
だが、それを全て水無月は銃を使って相殺する。
「っ!? こんな真似どうやって!?」
狼狽える山上。
「もらった!」
その間に俺は山上へと距離を詰め、顔面に思い切り蹴りを入れる。
「ぐ……はっ……!」
「よし……っ!」
地に倒れる山上。
だが、山上は諦めず、銃口をこちらに向ける。
「しつこいわね」
水無月は山上の銃に銃口を向ける。
山上の銃がバキバキと音を立て壊れた。
「ぐっ……く……そ」
蹴りがかなり効いていたのか、山上は意識を失う。
「はぁ……ありがと、水無月」
「別に……礼なんていらないけど、私も話は空君から聞いたわ……行くんでしょ? ユズカの所に」
「ああ……だから一人で……」
そう言うと水無月はため息をつく。
「何言ってんのよ……だからそうやって一人でーなんて言わないでよったく……あたしもついていくわよ」
「水無月……」
「言ったでしょ、一緒に助けましょうって……行くわよ、ユズカの所に……」
そう言って水無月は歩いていく。
「……なぁ……なんで……水無月はユズカを?」
「なんでって……そりゃ、その……恥ずかしいけど……トモ……ダチだからって理由じゃ駄目なのかしら」
「そう言うことじゃなくてよ……その、なんつーか……お前と柚香は一体どういう関係が……前もコロシアムで戦ってたり……でも、お前は……それだけじゃない……」
「私が所属してる組織のこと?」
水無月が振り返り、返事をする。
そう、俺はずっと気になっていた。
水無月の組織のこと。
ずっと聞くタイミングを逃していたが……。
「そうね……あたしの両親は二人共この研究の研究員でね……理事長と一緒に働いていたのよ」
成る程、まあ確かに両親絡みってのはあるのか。
「でもね……あたしのお母さんは十年前の事件で亡くなったのよ……」
「え……それって……」
「ええ、そうよ、ユズカの手によってね……で、まあそれで、組織が分かれた後もお父さんの組織と理事長は繋がりがあって、その縁でこの学校に入ったわけだけど、そこであたしはユズカの監視をお父さん達に言われていたわけよ」
「……なぁ……こう言う事を聞くのはアレだけどさ……お前肉親を殺されたんだろ? いくら柚香の意思じゃないとは言え、嫌じゃなかったのか?」
「そりゃあね……って、それはアンタも一緒でしょ……。まぁ、最初は、確かに嫌だった……何が嫌かって、ユズカがって言うのもそうだし、ユズカが悪いわけじゃあないのにユズカに対して嫌悪感を抱いているあたし自身も嫌だった……でも……」
「でも……?」
「そうね……なんて言うのかしら……大した理由じゃないけど……コウジと一緒にいるユズカを見てると、あの子も一人ぼっちなんだなーってね……。彼女は周りの友達に、それこそコウジにも心を許してなかったから……」
「成る程……つまり、ぼっち仲間ってことか」
「アンタ殺すわよ……ってかよくこの雰囲気でそれ言えたわね」
「冗談だよ……でも、まあ……そうだよな……」
「ホント……結局私達が戦ってたのも、スペリオルのせいよ、スペリオルを探っていた私に柚香をけしかけたのよ…………。なんでかしらね……この研究はなんで存在しているのかしらね、この研究のせいでホントにたくさんの人が死んで、たくさんの人の人生が壊された……この研究が無ければ良かったのにね」
水無月は少し上を向いて言う。
もしかしたら涙を我慢しているだろうか……でも……。
「そうだな……確かにそりゃこの研究が無けりゃ良かった……でも、そんな悪いことばっかじゃないさ……この研究があったから俺は生まれたし、この研究があったから皆に会えたしな」
と言って見たものの、少しクサイセリフな気もする。
「……ふっ……アンタは相変わらず何言ってるのかしら……」
「相変わらずでわりーな……まあ確かに失った物の方が多いけどさ……でも全敗じゃない、まだ取り返せる物はある……」
「そうね……」
「水無月……一緒に行こうって言ってくれてありがとな……」
そう言うと、水無月は照れてそっぽを向く。
「何よ……別に良いわよ、ほら……歩いてないで走るわよ!」
廊下を走っていく。
「ああ……そうだ水無月、一つ気になってなってたんだけどさ、さっきアイツの持ってた銃を見たんだけど、弾丸が当たったわけじゃないのに壊れてたんだけど……」
「ん……そりゃあね……この銃は私の能力だけど、これは弾丸を撃ち出してるんじゃないから」
「それってどういう……?」
「ほら、あれよ、あの青いタヌキの機械が出てるアニメがあるじゃない、あれに空気砲ってのがあったと思うけど、それの類……と思ってくれて構わないわ」
「成る程な……」
いや、まあタヌキじゃないんだけどな……タヌキでいいや。
都会の地下に広がる研究室。
もしかしたら俺の生まれた場所もここなのだろうか。
何故かそんなことを考えながら、走る。
何回か曲がり角を曲がり、辿り着いた場所。
第三実験室と書かれた部屋には、やや赤みがかった光が満ちていた。
「柚香…………ッ!」
その光が、暴走状態である柚香の存在を示すものだと悟ったお俺はガラリと、その扉を開けた。
中には少し焦げ臭いような匂い。
実験室という割には机も実験道具もない、広々とした空間だった。
いや、研究道具がないわけじゃない。
部屋の隅の方を見ると、何かの残骸のようなものが無惨に転がっている。
そうか。
そこで納得する俺。
「柚香……お前本当に暴走してるんだな……」
今更だが確認の言葉を発してしまう。
おそらくこの部屋に元々あったものは全て柚香がその右手にぶら下げている剣で切り刻んだ後なのだろう。
俺はポケットに入っている、理事長から受け取った装置の存在を確認すると、柚香に立ち向かった。
「なぁ、柚香。俺らがこうやって戦うのっていつ以来だろうな……。道場で組み手をやった時かな? それともお前の大事にしてたぬいぐるみを俺が汚しちゃったときだったっけか? あの時は本当に怖かったよ。そりゃ悪いのは俺だけどさ、お前めっちゃ怒るんだもんな…………」
少しはにかみながらそう言う俺の言葉にも、柚香は一切の反応を見せない。
「でも今度は今までの喧嘩とは違う。今はお前が俺を信頼してくれてて、俺はお前を助けたいと思ってる。心からな……」
そう、これは喧嘩とは違う。
柚香が急に暴走したときとも違う。
柚香は皆のために自分を犠牲にして、俺はその柚香を元に戻す役を預かっているのだ。
失敗するわけにはいかない。
仲直りして、はい終わりっていうわけにもいかない。
だから……。
「ちょっと歯食いしばれよ、柚香!」
「行くわよ! 私が遠距離で攻めるからアンタは近距離戦で行きなさい!」
「分かった!」
水無月の号令で駈け出す俺。
水無月は早速銃を放つ。
といっても弾丸は無いのだが。
だが、柚香はその見えない弾丸を切ってみせた。
「……なに……?」
そう、柚香は水無月の撃った弾丸の軌道に向けて、確かに剣を一閃させた。
弾丸を……いや弾丸でも本来なら剣で斬るのはおかしい……それはアウェイク・コアによって身体能力にブーストがかかっているからまだ分かるが、それにしてもおかしい。
あくまでも水無月の撃ったのは空気だ。
それを斬る……だと?
「驚く事じゃないわ……あれが彼女の能力よ……」
水無月は続けて銃を撃ちながら話す。
「能力……?」
「ええ……彼女の能力『絶対破壊』はどんな物でも斬ることができる。私の空気の弾丸も、例えば砕刃の炎だとしてもね」
「どんな物でもって……液体でも気体でもかよ! そりゃおかしいだろ! どんな物でも斬れるってそりゃ固体の話じゃ……」
「そこが彼女の凄い所よ……例えばだけど雪乃ちゃんの時間を戻す能力があるでしょう、あれって確かに凄い能力なんだけど、雪乃ちゃんが直接時間の経過を見た物でしか戻せないらしいのよ、だから砕刃の怪我も治せていないし……そういう部分はやっぱり個人個人の想像力によって変わるところなんだけれど、ユズカはそこが違くて、彼女のイマジネーションならなんでも物体として……固体として認識できる……そこが彼女の強みよ……」
「! ……成る程な……」
「そ……彼女は何でも斬れる……。だからこそ能力に弱点が無いし、学年で光司くんに並んで二位だったのよ……それが彼女の強さの所以よ」
「成る程な……だけどよ……」
俺は柚香の元へと走り出す。
「そんなことは俺には関係ないぜ! 所詮無能力の凡人だしな、刺されて死ぬことも普通の剣だろうが別に変わんねーし、柚香の能力なんて俺の知ったこっちゃない!」
柚香が水無月の弾丸を弾いている内に俺は背後を取る。
「一瞬でも良いから動きを止めなさい! あたしの能力は威力の調節ができるから、少し痛い思いをさせるだろうけどこれで意識を飛ばすわ! そしてから理事長から貰ったブツを使うわよ」
正直柚香の意識を飛ばすってのであまり水無月の意見には賛成しないが、今は手段を選んでられない、ここはきっちり柚香を止める!
俺は柚香の剣を持つ腕を掴む。
……おいKIDS、力を貸せ!
――ホント偉そうだな、ったく。
俺は最大出力で柚香の動きを止めようとする。
「良くやったわ!」
そう言って水無月は銃を撃とうとするが……。
「何!」
柚香は剣を持つ右手から剣を消し、左手に剣を出現させる。
水無月が放つ弾丸を弾き、後ろにいる俺に刃を向ける。
「避けなさい!?」
柚香の一閃を、柚香の右腕から手を放し、なんとか避けるが、俺は尻餅をつく。
「ぐっ……」
「影人くん……これで終わりですよ……」
柚香が喋る。
改めてちゃんと顔を見るがやはり柚香は前見た暴走状態の時と同じ雰囲気だった。
「く……これで、終わりって、そんなわけあるかよ……!」
俺は再びの一閃をなんとかして寝転がり避ける。
だが、もう次は無い……どうすれば。
「影人!」
水無月が銃を撃つ。
それを軽々と避ける柚香。
その表情からは余裕が垣間見れた。
「くっそ!」
「終わりですよ!」
「か、かげ……と!?」
流れる血。
柚香の刀は……俺を、いや水無月を斬った。
というより、水無月が俺を庇って、柚香の攻撃を受けた。
「み……水無月……っ!」
「な……なに、してんのアンタ……早く距離をと……ら……」
傷口から血が噴き出す。
ヤバい……水無月が……っ!
……落ち着け……今ここで焦ったら誰も救えない、水無月の言う通り、さっさと一旦距離を取って態勢を立て直さなきゃ……。
俺は急いで距離を取り、反撃のチャンスを伺う。
もう負けるわけにも行かない。
俺のせいで水無月がやられたんだ……さっさと柚香を止める……!
「うおおおおおおお!」
叫びながら突っ込んでいく俺の身体。
柚香の方も、無言でその剣を持ち上げると、上段の構えを見せた。
俺はその先に来る振り下ろし攻撃に対応できるように、左右にステップしてその剣を避けるシミュレーションをする。
能力は何故か発動しなかったが、KIDSによる脳内加速は可能だ。
体を早く動かすってのはまだできないけど、考え事を高速で行うのには慣れてきた。
俺はシミュレーション通り、まっすぐに振り下ろされた剣を左にステップして躱し、装置を柚香に装着できる位置までさらに近づこうとするが、そこで柚香の右足が俺の横腹を蹴り飛ばした。
「うぐっ……!?」
くそっ、やっぱり一筋縄邪いかないってわけか……。
俺の目的は柚香を倒すことじゃない。
この装置を柚香に使わせて、彼女の暴走を止めることなのだ。
だからできる限り彼女に手は出したくないと思っていたが、やはりそんな甘えたことは言っていられないみたいだ。
もう一度覚悟を決めて立ち上がる。
すると今度は柚香の方が、俺に追撃を仕掛けてきた。
柚香の持つ剣は両刃剣なので、斬撃のみならず突き攻撃もできるというのが厄介だ。
現に今、柚香は突進の構えで俺に向かってきている。
剣の突進技の対処法はいくつか知っているが、こちらに武器が何もない状況で、その剣を避けるには、攻撃が俺に当たる寸前まで、その剣先を引き付けてから躱さないといけない。
もし俺の回避が速すぎると、柚香はそこで突進を止め、剣を横に振り払おうとするだろう。
そしたら俺は避けきる自信はない。
だから、相手が最後までその剣を突き切るまで、俺は避けるわけにはいかない。
流石に今の柚香でも、剣を突き切った後は少しばかりの動けない時間ができるからだ。
勇気を振り絞って、高速で向かってくる剣先に集中する。
そして、その剣先が俺の服に触れるかどうかという時、俺の身体はギリギリのところで刃の切っ先から外れていた。
突進の勢いで、前向きの力を体に持っている柚香は、後ろからの反撃には対応できない、と考えた俺は、柚香の背中に蹴りを打ち込む。
元々前方向に力を持っていた柚香に、さらに、同じベクトルの力が働き、柚香は前へと倒れ込む。
「今ならいけるか!?」
俺はこの機をチャンスだと思い、ポケットから装置を取り出し、柚香に装着しようとするが…………。
「ぐは――――ッ!?」
突如、俺の腹部に強烈な痛みが走る。
俺は咄嗟に、持っていた装置をポケットへと戻し、その腹部へ目をやると、
なんと、柚香の剣が俺の腹部へ深々と突き刺さっていた。




