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Ep22

「柚香はどこだ?」

俺の口から柄にもなく低い声が漏れる。

「この先の部屋にいるっすよ? まあ今行くのはおすすめしないっすけどね」

「どういうことだ?」

「そのままっすよ。それよりここまで健闘したあなたにご褒美をあげないとっすね。千家、こっちへくるっす」

「は、はい!」

七瀬さんに捕らわれていた千家が月光の元へ行く。

七瀬さんは千家を離すことをためらっていたが、今主導権を握っているのは月光だ。

柚香の居場所についても嘘ではないと思う。

「では、あなたへの報酬っす、素敵な敵をプレゼントするっすよ」

と言うと、月光は千家の胸に赤い塊を押し付ける。

その塊は体に管を伸ばし、心臓の位置に固定される。


「ぐ、ぐぁああああああ!」

千家が地面を転げまわり、悲鳴を上げる。

「ではでは、これでお(いとま)するっす、健闘してくださいっすよ?」

そういうと月光は千家を置いて、スペリオルの出口方向へいく。

「ちょ、待て!」

剛毅が叫ぶ。

「待たないっすよ? 千家?」

「ぐぁぅううう」

千家が俺たちと月光の間に飛び込んでくる。

千家が俺たちを牽制している間に月光は俺たちを通り過ぎる。

「影人! あいつを放っておいていいのかよ!」

「……、ここには研究のデータとか残ってるんじゃないのか?」

俺は静かな声で問いかける。

「もうすでに移動済みっスよ」

「そうか……」

「おい! なんで納得してるんだよ!」

「おやおや、剛毅さんっスよね? 今の状況を考えるっスよ。あなたたちは柚香さんを助けつのが目的のはずっス。なら自分を逃がしてそっちに専念するべきだと思わないっスか? それがウィンウィンってやつっス」

「……ッ、なんだよそれ」

剛毅は舌打ちをする。

確かに納得してるわけじゃない。

でもここにいるみんながそれを分かってるから無言だった。

何も言わずに月光に従った。

 

月光が姿を消す。

今考えるのは柚香を助けること。

それだけでいいんだ。


「アンタたち、目の前に集中したほうがいいんじゃないの?」

水無月が俺たちの意識を現実に引き戻す。

「ぐぅ、ぐッ、グヒャァアアアアア」

千家はもう奇声としか言いようのない声をあげている。

まるで自我が崩壊してしまったような。

さっき月光が心臓部に埋め込んだあの紅い塊。

あれが原因だろう。


「あれはおそらくアウェイク・コアと同じ類の装置よ。再び幻影が発動される前に、影人、アンタだけでも柚香の部屋に行きなさい!」

「…………っ」

「よくわかんねえけど、影人! とにかく行けよ!」

「えぇ! 影人くん!」

「こっちはわいらにまかせいや、いい戦いができそうやしな」

「影人くん……、柚香ちゃんを!」

「みんながこう言ってんだ、行ってきな」

 皆が頷く。


「……分かった!」

俺は狂い惑う千家の横を駆け抜け、奥の部屋へ。

俺が千家の真横に来た瞬間、彼が反応を見せた。

胸の赤い塊が強く光り、部屋を紅く染めていく。


「影人! 早く行けぇえええ!」

おそらくこの光が幻影を生み出すのだろう。


みんな、無事でいろよ。


俺は紅く染まった部屋を背中で感じ、奥の扉の向こうへ体を差し込んだ。



「どうすりゃいいんだよ……っ!?」

襲い来る死霊たちを前に、剛毅が嘆く。

寸でのところで死霊の振る剣戟から逃れるが、何せその数が反則級だ。

剛毅一人に群がる死霊は全部で七体。

しかもこちらの攻撃は死霊たちに届くことはなく、相手方の戦力を減らすことすらできない。

それと同じで死霊たちの剣も剛毅の体に傷をつけることはないのだが、体に触れると実際に斬られたような痛覚がフィードバックするのはさきほど体感している。

この状況を打破するには、この死霊たちを生み出している……いや、正確には死霊たちを見せている人物を攻撃するしかないのだが、何せその幻影能力者――千家の姿が見えない。

それと同じく味方である空や水無月らの姿さえもが認識できない。


「まずいぜ。このままじゃ精神的に壊されて終わっちまう……」

あまりに絶望的な状況にさらなる焦りと不安が募る。

だが、後ろ向きになっている暇は剛毅にはなかった。

何故なら他の仲間も今同じような状況下にあるはずだから。

剛毅は自分がこの幻影の中から抜け出さなければ、自分以外の仲間までもが千家に倒されてしまう。

それを最も恐れていた。


「仲間って奴ほど、熱いものはないからな……」

剛毅は考える。

それならどうしてこの幻影から抜け出すのか。

だが、考えをまとめようとすると、死霊たちの包囲攻撃によって思考を阻害される。

誤って剣戟をその体に受けてしまうと、視界が揺らぐほどの痛みが体に走った。


「くっそ……! こいつらのせいでじっくり考えられねぇ……」

ただでさえ考えるのは苦手なはずだった剛毅には、もはや打開策を生み出す余裕などなかった。

それでも頭の片隅で思考を巡らせていると、またもや死霊の突き出した細剣の剣先が今度は左肩を抉る。

「ぐはっ……!?」

そしてまたしても痛覚だけが刺激され、視界中の死霊の姿が一瞬ぼやける。

だが、そこで剛毅は気づいた。

なぜ、斬られても傷を負わないのに、視界だけは一瞬ぶれるのか。

今までは痛覚が刺激された副作用的なものだと思っていたが、もしかしたら何か他の理由があるのかもしれない。

その考えに至った剛毅は、今度はもう一回攻撃を受けてもいいという覚悟で脳をフル起動する。

痛覚を刺激するということは直接脳に信号を送っているということだ。

もちろん幻覚だって脳を制御されているからに違いない。

もし、痛みを感じた時の視界の揺らぎが、ただ単に自分がふらついただけじゃなくて、幻覚作用が一瞬解けかけたのだとしたら。


「脳に別の強い信号が伝わった時に、今まで脳を支配していた幻覚能力の制御範囲が縮まるってことか?」

そう呟いたときに、ちょうど死霊の剣が剛毅の右足を切り裂いた。

またしても激しい痛みの感覚が伝わるとともに、視界が不安定になる。

やはり意識してみると、この揺らぎ方はおかしい。

どこかしら不自然さがあるし、これは自分の考えが正しいってことかもしれない。

だが、死霊たちの攻撃による痛みでは幻覚を破るほど、脳の広範囲に衝撃を与えることはできない。


だが、剛毅は一つ、脳に直接干渉できる装置を知っていた。

ただ、それをどの程度まで稼働させれば、脳の支配権を幻影能力から奪い戻せるかはやってみなければ分からない。

もしかしたら、脳が過労死する危険性もあるのだが剛毅は何故か笑っていた。


「熱いじゃねぇかよ」

そう一言口にすると、剛毅は左腕を高く上に突き上げた。



扉を開く。

廊下を曲がり、奥の部屋へと向かう。

ここは前に来たことがある。

廊下を曲がった先には一つ部屋がある。

そして廊下をの奥側には階段があり、そこを降りると俺が使っていた部屋がある訳だが……。

「と言っても俺がどうにかできるのか……」

と少し弱音を吐く。

正直かなり勝ち目の低い勝負ではあったが、今またそれを感じる。

漫画の主人公だったら一人でも勝てるっていうのだろうが、いかんせん、俺は無力だ。

だが、もうそんな事を言ってる場合じゃない。

奥の部屋のドアの前に立つ。


「ここの事か……?」

しかし……もちろん罠の可能性だってある。

いや、そんな事も言ってらんねえ……な、たぶん、皆もすぐ追いついてくるはずだ……。


ドアを開ける。

だが、そけには前にも……つい一ヶ月も立た無い程前に見た……いや、それより酷い光景を見た。


「柚香……?」

その部屋には装置らしき物や、パソコンだとかが沢山置かれていた。

そして真ん中には机が置いてあり、その上に柚香は座っていた。

だけならいいんだけど……部屋は赤く染まっていた。


「あ……影人くんですか……?」

部屋には三、四人の研究員と思われる人……いや、物が転がっていた。

「よう……久しぶりだな、柚香」

俺は吐き気を堪え……というより、頭の中がパンクしかけているからかむしろ逆に冷静を保ち、そう言った。

柚香は俺の目を見つめてくる。

距離は三メートルといったところか……。


「なんで……ですかね? なんでこうなると思いますか……?」

柚香は泣きながらそう語る。

「俺の……渡したkidsは?」

「ああ……あれは……」

そこまで言うと柚香は胸を抑える。

「ゆ、柚香!?」

「帰ってください、影人くん……今は抑えられていますが……もう本当に暴走状態の方が自分の主軸になってしまっているので……早くしないと……」

……ったく、何で俺は……。

目の前で困っている女の子を見捨てたってのは恥ずかしいな……。


「柚香……一緒に帰ろう」

柚香は歩み寄る俺を睨みつける。

「だから……なんでですか? 私は光司君も殺して……いやそれだけじゃない、今まで何人……」

「関係ないッ!」

「は……?」

「前も言っただろ? 俺にとって柚香は……ただの幼馴染だ、だから兄貴を殺しただなんだなんて関係あるかよ……俺が……柚香と一緒にいたいから、それで一緒に帰ろうって言ってるんだよ、関係なんてあるものか、ただ単に自分の大切な人と一緒にいたいって願って……何が悪いんだよ!」

そうして俺は柚香の手を取ろうとする。


だが……。

――その手を取るのかい?

……え?  嘘だろ……その声は……。

――そうだよ、僕だ、久しぶりだね。


そう、俺の頭の中に、またしても奴が表れた。


……な、なんで!? お前はッ。

――なんで……? そうだね、僕はkidsって名乗ったよね、だけどこの人格を形成したのは、kidsじゃない、君だ。

……俺?


俺が形成……?

どういう……?


――いや、kidsが、でもいいんだけど、kids自体はあくまでも、発達装置としての役目しかないよ、そして……装置があったから君はここまで強くなれた……。兄貴には勝てなかったけど……それでも君は常に優秀な結果を出していたはずだ。


成る程な……その結果はこの装置があったから……と?

で、その装置は俺にはオーバースペック過ぎたか?


――おお、まさかそこまで分かるとはね……そうだよ、この研究はね、幾度となく失敗した。だいたいの人がこの装置を使うと精神をおかしくしたり、最悪死んでたりしてたけど、君達兄弟はたまたま装置に適合した。でも……適合できたなんて言っても完全じゃあない、君にも弊害が出た。

……その弊害が装置その名を名乗る、俺のもう一つの人格形成っていう事か?

――そうだね……。

……成る程な、同じ人格なのにお前はやたら物を知ってんな。

――それは違う、君が知らなさすぎるんだ、僕は……この研究はずっと近くにあったのに。まあそれも仕方ないか。君の君を作る君としてのスペックは全て僕による物だしね。

……あっそう。本体は俺、でも能力は全てお前のおかげだって言いたいのか? だったらお前もかなり無能な奴だな、いつも兄貴に負けてばっかで、アウェイク・コアの能力も発動しねえしよ。

――兄貴に負けるのは誰の所為でもないでしょ……。本当に僕と光司君のkidsのスペックは変わらないんだし、君の方が作られるのが遅かったのが問題なだけで。コアは……そうだな、君が不適合なだけだ、僕なら……僕だったら発動できる。

……そうかよ。まぁ、なんでもいいよ俺の事なんてな。柚香を助けるんだよ俺は……お前もそれでいいだろう?

――君は優しいね。自分の兄貴を殺されたっていうのに。


俺は柚香の手を取る。


「行こう、柚香」

「影人くん……」

でも、ラッキーだ。

まだ、理事長から貰った物は使わずに済んでいる。

これだったらこのまま学校に戻って……そうだ、兄貴がここでの研究のデータを取っているはずだ。

そのデータを使えば……理事長の研究と合わせて……柚香を助けられるかもしれない……。


「!?  影人くんっ!」


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