Ep19
ドアを開け中に入る。
影人くんはリビングにいた。
ソファーの上で毛布にくるまっている。
そんな寒い時期でもないんだけどな。
「ゆ……、杉崎か」
「…………え?」
影人くん杉崎って?
今までは雪乃だったよね?
そう……なんだ。
影人くん自身との間にはこんなに距離があったんだ……。
「ふぅ。まだ、ちゃんと挨拶してなかったよね。杉崎雪乃です。よろしくお願いします、小鳥遊影人くん」
「……おぅ」
影人くんはさっきから何もしていない。
こちらに視線を向けることもないが、特に何かをしているわけでもない。
「あのさ、最近調子どう? ……学校来てないでしょ」
「あぁ、……普通」
「学校で習ったとこ、来てなかった分ノート貸そうか?」
「いや、いい。教科書とか参考書はあるから」
「先生のアドバイスとか書いてあるよ?」
「……別にいらないから、自分でできるし」
そうなんだ……。
影人くんは常に光司くんを追いかけてきたから。
ちゃんと努力してきたんだよね。
勉強だって光司くんに追いつくようにって……。
だって今まで誰にもばれずに真似し続けてきたんだもん。
あの光司くんの。
それってすごいことだよ…………影人くん?
「隣座ってもいい?」
「……別に」
「じゃあ座らせてもらうね」
影人くんのすぐ脇に座る。
影人くんは毛布をかけているから、直接触れているわけじゃないが、少し体が火照る。
…………ばれてないよね?
「あのね、わたし影人くんに言わなきゃいけないことあったなって」
「…………」
影人くんは黙っている。
でもちゃんと聞いてくれてる。
「この前、影人くんが小野くんから助けてくれた時、まだその時のお礼言ってなかったでしょ?」
「……言ってたと思うけど」
「ううん。それは光司くんにだったでしょ。でも違う。わたしがお礼を言わなきゃいけなかったのは影人くんだった」
「…………光司でも変わらねえよ」
「変わるよ。ちゃんと目を見て」
影人くんの顔に手を添えてこっちを向かせる。
「影人くん、この前はありがとう。本当に嬉しかった。あのね、光司くんとは違ったんだよ? 光司くんとは違って、温かかった。それは影人くんが影人くんだからなんだと思う。だから、わたしは影人くんにお礼がしたい。だって、影人くんと光司くんは違うから」
「…………今まで分からなかったんだろ」
もう一度、目を合わせる。
「もう間違えないよ、わたしは影人くんをもう見失わない」
「…………」
しばらく沈黙が流れた。
お互いに何も言い出せず、ソファーに二人並んで腰掛ける。
こうしてずっといるとやっぱ寒いかも。
わたしは体の震えがばれないよう懸命に耐えていた。
バサッ……。
体が温かいものに包まれる。
「……え?」
「…………風邪ひくぞ」
影人くんが毛布を掛けてくれた。
やっぱり優しいなぁ、影人くんは。
うん、あったかいよ、影人くん。
「…………空の試合みた」
「え!? そうだったの?」
「あぁ」
「もう、一緒に見ればよかったのに」
「あいつに言っておいてくれないか? 運任せすぎたぞって」
「……ダメだよ! そういうのはちゃんと自分で言わなきゃ!」
「……そうか」
影人くんってどんな人なんだろう。
わたしはまだ分からない。
でも一つだけ言える。
影人くんは温かい人だ。
だから、だからきっと柚香ちゃんを取り戻してくれるよね?
結局、まだ柚香ちゃんのことは聞けてないな…………。
柚香を取り戻すという使命感。
雪乃はその一歩を踏み出した。
「あーくそっ」
剛毅は信号が青になるのを待っていた。
しかし早く影人に会いたいからなのかは分からないがいつもより信号が長く感じる。
「あ! 剛毅君!」
剛毅は声がした方を向くと、駅のある方向から空が走ってきた。
「お、空!? どうしてここに?帰ったんじゃ?」
「あ、いや……今日は塾があるから帰ろうと思っていたんですけど……ハァ……影人君のことが心配で……ちょうど良かった! 僕、影人君の家を知らないから剛毅君に電話しようと思っていた所なんですよ」
急いで走ってきたのか空は肩で息をしている。
「そうか……実は俺も今から行こうかなと思っててな……」
「そうなんですか……でも剛毅君……」
「あぁ……でもやっぱ……アイツも一人で戦ってきてた……だから今回はちゃんとアイツ……影人本人と向き合って、一緒に戦いたい」
「剛毅君……」
信号が青になる。そして剛毅と空は夜の街を走っていった。
「うぅ……あぁー……うぅ……」
琴子は一人、影人の住む家の玄関の前に立っていた。
アイツ……今日も学校来てなかったけど……、雪乃ちゃんが話してたけどかなり憔悴してるようだし……でも、何よ……『ユズカを助ける!』って話したばっかなのに……。
インターホンを押そうとするが、琴子は中々ボタンを押せない。
来たはいいけど……私が来て……何を言えばいいのかしら……こういう時何を言えば……。
「あれ? 水無月?」
「ほえ?」
玄関の前に剛毅と空が走ってくる。
「水無月さんも……ハァ……来たんですか?」
息を切らしながら空が尋ねる。
「え? あ……まぁ、そうだけど……」
「よし、入るか! インターホン押したか?」
「え、あ、いや……まだだけど……心の準備が……」
「心の準備って……結構水無月ってシャイなタイプなんだな」
剛毅が痛い所をつく。
「んなっ……べ、別にそんなんじゃないわよっ……ただ、彼もかなり事情が複雑だし……」
「まぁ……確かにな……俺もなんて言えばいいか分からねーや……でもとりあえず、アイツと会って話がしたい、じゃないと何も分からねーしな」
「そ、そうね」
そう言って水無月はインターホンを押す。
「ねぇ影人くん……」
「……なんだよ」
一つの布団にくるまりながら雪乃は話しかける。
「あのさ……ユ」
そこまで言いかけると、インターホンが鳴った。
「あ、誰だろ、私出るね……」
そう言って雪乃は立ち上がろうとするが……。
「あっ!」
布団が思ったより絡まっていたのか、雪乃はバランスを崩しその場に倒れる。
そしてそれにつられ同じ布団にいた影人もソファーから落ちる。
「あっ……影人く……ん」
「……ッ」
ソファーの下では雪乃が下になり、影人が上に倒れている。
「あっ……ごめん、すぐどくっ……」
だが、布団の存在もあり、なかなか上手く離れられない。
ドアの前に待つ三人。
「出てくれるかしら……」
「さあな……」
そんな話をしていると家の中から何かが落ちる音が少し聞こえる。
「あれ、今なんか落ちる音しませんでした」
「え? どうだろ……」
「大丈夫かアイツ……」
ドアが開くのが待ち遠しいのか、剛毅はドアノブに手を掛ける。
するとドアノブが時計回りに動く。
「って、空いてんじゃねーか!」
「んな、アイツの防犯意識はどうなってるのかしら」
「悪いが入るぞ!」
そう言って剛毅が家に入る。
「強引ね……まぁいいか……」
そう言って水無月も後を追って家の中へ入る。
「皆さん結構、雑ですね……」
そして最後に空もドアを開け入っていった。
「おーい! 鍵空いてんぞ! 大丈……!」
剛毅達が影人の家に入ると、そこには仰向けに倒れている雪乃とそれの上にいる影人がいた。
「んなっ……」
水無月が顔を赤くする。
「あ……剛毅くんたち!」
雪乃は影人の為に集まったであろう訪問者達を見て、明るく返事をするが、その一秒後自分達がとんでもない体勢にいることを思い出す。
「って……あーーっ……え、あ……ちが……これは」
雪乃は顔を赤くしてしどろもどろしながら弁解する。
「あっ……アンタ……な……なにをユキノにやらかそうと……」
「え!? あ、いや違うぞ!? これは事故で……」
その後、影人の視界は真っ黒に染まった。
「イテテ……」
「あなたが悪いのよ……ったく……」
「ごめんね影人くん……別に私は大丈夫だから、許してあげて? だいたい私が転んだのがいけないんだし……」
ソファーに影人と雪乃が座り、廊下には琴子と剛毅と空が立っている。
結局、雪乃が一生懸命弁解はしたものの琴子は影人をさんざん蹴りまくり、それを空が必死に止め今に至った。
「く……いや、悪りぃ……で、お前らは何しに来たんだよ」
影人が尋ねる。
「何って……アンタがいつまでたってもウジウジしてそうだから励ましに来てやったんじゃない……まぁまさか不純な行為を行おうとしてるとは思わなかったけど」
「いや!? 別にしようとしてたわけじゃないからね? 誤解しないで!?」
「まぁ、分かったけど……皆アンタのこと心配してたのよ……?」
そう水無月が言うと、家の中には沈黙が訪れる。
「影人くん……」
「……なんだよ」
「あの……さ……影人くんは今まで一人で戦ってきたんだろうけど……その……私達、あなたと共に戦えない? ……その、なんて言えばいいか分からないけど、私も、いや……皆も、もっと影人くんのことを知りたいし……」
「ああ……俺もそれを言いに来た……」
剛毅も雪乃に呼応して話し出す。
「俺も……そうだ、俺からすればむしろ光司って奴のことの方が知らないから、影人のことを分かってる気になってた……だけど違かった。俺はお前の事を勝手に強い奴だって思ってた、けどお前にだって逃げたくなる時はあるし……。でも、だからこそ俺は決めたんだ。お前が負けそうになった時は俺が、俺たちが支えたいって。だから……結局前と同じ事しか言えないけど……俺はお前と……影人と一緒に戦いたい……。お前の肩の荷物を俺にも背負わせてくれねーか?」
「皆……」
影人は皆の方を向く。
皆、影人の方を一直線に見つめていた。
影人自身を。
「そうか……ごめん……俺、勝手に一人だって思ってた。結局皆、俺が光司だから一緒にいるんだって思ってた。勝手に決め付けてただけなんだな……」
「影人くん……」
「でも……」
影人は続ける。
「それでも……、俺じゃあ柚香は助けられない……俺は一回手を離しちまった。……柚香を……あの時、どの組織がどうだとか、自分の弱さがどうだとか考えずに手を取れたら良かったんだ……けど、俺は手を取れなかった。それに……光司でも助けられなかったんだ、俺に助けられるわけが……」
「何言ってんのよっ!」
水無月が大声を出す。
それに対して影人は目を大きくする。
「何言ってるのよ……アンタ……何も分かってないじゃない……さっきから言ってるじゃない、皆いるって、確かにコウジくん一人じゃ駄目だったけど……あたし達なら、まだ分からない!」
「そうだぜ……だいたい一回手を離したら掴んじゃいけないって誰が決めたんだよ。そんなこと言ったら俺だって一回お前の事を見捨てちまったしよ……。でも、だからって、それで終わりじゃねーだろ……。まだ何度だってやり直せるし、俺はそう信じたい」
「そうですよ……」
今まで口を閉ざしていた空が話し始める。
「確かに影人君は一回見捨ててしまったのかもしれない……。だけど、柚香さんを助けたいって気持ちは確かにあったはずです。その気持ちを……柚香さんを助けたいっていう気持ちを捨てなきゃいけないって誰が決めたんですか!」
「空……」
「影人君が教えてくれたから……だから今日、僕も初めて試合で勝てました、影人君が僕に道を指してくれから勝てたんです……。だから今度だって大丈夫です、僕等なら……」
「影人くん……」
影人の隣に座る雪乃が影人の顔を除く。
「皆……」
そうか……。
俺はもしかきたら逃げてただけなのかも……な。
兄貴じゃ無理だったからって、自分で勝手に逃げ道を作って、そこに隠れていただけなのかもしれない……。
なぁ、神様……もし神様ってのが本当にいるなら頼ませてくれ……俺にもう一回チャンスを……俺は…………。
「柚香を……助ける……!」
そう言って影人は皆を見つめる。
「影人くん!」
雪乃が明るい顔を見せる。
それだけじゃない。
皆、やっと明るい顔を見せ始めた。
「俺は柚香を助けに行くよ……でも、俺一人で行く」
「んなっ……!」
「いや、もう……これ以上皆に迷惑は掛けられねぇ……。これはアイツらと俺たち兄弟と柚香の問題だしな」
「だから、アンタは何も分かってないわね! いい? 一緒に戦うって話したばっかじゃない!」
「分かってるよ! でも! これは俺のワガママかもしれない……けど、皆にはこれ以上危険な道に来てほしくない」
影人はそう言って水無月の方を見つめる。
「……フン! 別にアンタが何を言ってもいいけど、アンタがワガママ言うんだったらあたしだってワガママで勝手にアンタに着いて行くわよ」
「えぇー……そんな……何を仰ってるんですか……」
「ハハハ……水無月さんも強引ですね」
空が笑う。
「ま、水無月の言う通りだな、別にお前がどう思おうが俺達だって助けに行くし」
「そうだね、一緒に戦お! 影人くん!」
皆が影人の方を向く。
「……分かったよ……ったく……皆……ありがとな」




