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Ep14

無意識に否定していた、兄貴の言葉は、紛れもない、正真正銘の事実だった。


それは……。

俺は正当に生まれた子ではないってことで。

俺は正統に生まれた子ではないっていうことでもあって。


その後、消失感に自暴自棄になりそうなのを押さえて、人気の少ない屋上まで上がってきて、今に至るのである。

この間、水無月はほとんど一言もしゃべらなかったが、動揺する俺を気遣ってか、屋上へと向かう俺を追いかけてきて、放心する俺の横に腰かけ、ひたすらに無言で横にいてくれた。


それにしても……。

余りにもショックが大きいと意外に冷静でいられるものなんだな……いや、思ったより冷静ってだけで、ものすごい動揺してるけど……。

どうにか、呑み込まざるを得ない事実と向き合ってみると、やはりいろいろな感情が湧いてくる。


今まで親だって思ってた両親は実は親じゃなくて。

兄貴って呼んで、ずっと憧れの対象だった少年は兄ではなくて。

幼い頃からその『本物(あにき)』を追いかけて。

でも高校は分かれて。


そしたら、その『本物(あにき)』が殺されて、幼馴染(ゆずか)が殺人犯で。

変な学校に入れられて、能力使う奴に素手で何とか勝って。

どうにかこうにかやり抜けてきた俺――俺の今までは『偽物』だったってことなのか?


知らないうちにため息が出ていたらしい。

そのタイミングで水無月が声をかけてきた……。



……猶、今まで琴子が影人に話しかけなかったのは、別に影人を気遣って、ということではなかった。

もちろんその気持ちは琴子にもあったのだが、琴子はそれ以外にもっと違うことを考えていた。


何となく変だとは思ってたけど……まさか本当に別人だったなんて。

それって、あれなのかな、あたしにとっては、あの優等生は気に入らないっていう印象からしてきた、ちょっと態度の悪い行動も、向こうからしてみれば何も悪いことしてないのに最初から嫌われてる……って感じてたってことよね……?

それに、あいつがあの優等生のフリを始めた頃からは、あいつ、気に障るようなことも、調子に乗った発言もしてなかったじゃない……。

なのにあたし、話しかけられるたびに冷たい態度取ってた……。


このままじゃ、だめだ! 謝らなくちゃ……。



でもなかなか勇気は湧かなかった。

今まで、冷たく突き放してただけあって、謝るとなると、急に、照れくさいというかモヤモヤした感じになってくる。


そ、そもそも同じ外見してるのが悪いのよ……!

そう心の中で言い訳する琴子だったが、自分の心の声に、さらに謝る勇気がなくなる。

そうだった……こいつは今、自分が普通の人間じゃないってことを受け入れるために葛藤してるんだった……。

そんな時に今更、ごめんね、なんて言っても今のこいつにはきっと届かない。


でも、伝えなければならない。


それは琴子の誠意と誇りの高さからくる義務感だったが、琴子には、何の悪いこともしていない人に、酷く当たってしまったことを、詫びないなんていう選択肢はなかった。


だから、まずはこいつの元気を取り戻して……それでこいつが落ち着いたときにちゃんと謝ろう……。


そう決意したときに、横で力なくため息がこぼれるのを聴き、隣に座る黒髪の少年に声をかける。



「ね、ねぇ?」

今までずっと黙っていた水無月が急に話しかけてくる。

「…………なんだ?」

俺はまだ気持ちの整理がつかず、やや乱雑に返答してしまった。

それでも、水無月は真剣な様子で、少し俯きながら話してくれる。

「あ、あんたが何に悩んでるのとかは全然分かんないけど……、あたしには、あんたがこれからどうしたいのかも、分からない……」

この先の事? 

そんなの俺にだって分からないよ。

何故って、今まで当たり前のように想像できていた未来が、これっぽっちも想像できなくなってしまったんだ。

現在(いま)知った真実が過去の思い出を切り裂いていくのを、ただ、じっと見て待っていることしかできないんだ。


そんな俺の思考を読み取ったかのように水無月が口を開ける。


「……過去の出来事って、現在(いま)を支える大事なものなんだって、あたしは思ってる。でも、素敵な未来を想像することは、現状(いま)を次のステージに進める力になるとも信じてる……」

そんな水無月の真摯な語りに、悩むのも忘れて思わず聞き入ってしまう。

「……だからね、だから、もし、あんたの中で支えになってた何かが壊れていってしまったのなら……。そ、その……いっそ先のことだけ考えてイチから始めてみれば……なんて思ったんだけど……」

キャラにもなく、透き通った声で俺を励まそうとしていることに、恥ずかしくなったのか、最後の方は少し照れたような顔をしていた。


イチから始める……か。

それが、イチからやり直す、とか、ゼロから、とかじゃないってのもおそらく大切なとこなんだろう。


今までの俺をもう一回やり直すんじゃない。

クローンだって自覚したうえでの人生を始めろと。

今までの思い出は無くなったりしない。

クローンだって自覚した後でも、一般人として生きていた頃の俺の記憶は失われないんだと。


そんな思いが込められていたのかいなかったのかは、分からない。

だが、自分の中で色々と思い詰めていた俺にとっては、少なからず、水無月の言葉は救済であった。

それに、いつまでもウジウジしてたら、『なにヘタレてんのよ、あんた?』とか言われそうだしな。


だから、俺も真摯に水無月に向き合う。


「ありがとな。お前のおかげで、少し立ち直れそうだ」

そう言うと、なぜだか少しだけ笑えてきた。

しかし、一方の水無月は何故か下を向いている。

「あ、あのさ……。……あたしはあんたが小鳥遊光司じゃないって知らなかったじゃない? ……だから、いきなりキツイこと言ったり冷たい態度とか取っちゃったりして…………そ、その……」

すると、水無月は恥ずかしそうな顔で、上目遣いに俺を見ると言った。

「ごめんね」


その顔は見ただけですべてを許せちゃいそうで。

その声は聴いただけで寧ろ癒されて。

だけど、そもそもこいつが謝る必要なんてどこにもない。

水無月はいつも通り兄貴と接して、俺も兄貴として接して欲しかったわけだから。

だから、ちょっとだけさっきの言葉を借りて。


「何言ってんだ? 過去のことなんてそんなに気にしてても仕方ないだろ? 今大事なのはこれからどうするか、だろ?」

すると、水無月は顔を上げて、一瞬はにかんでから、いつものツンとした表情になると、『何よ、偉そうにっ!』と、左肩で俺の右肩を小突いてきた。


ふと、日の沈んだ空を見上げると、そこには辺り一面の星空が広がっていた。


その星の煌めきを見て、ふと思う。


確か双子座って五月上旬ごろもギリギリ見えるんだっけ。

探してみたが、そもそもどんな形をしているのかも分からない。


探すのは諦め、記憶の片隅に残る双子座の伝説に思いを馳せる。

確か、あの双子は兄が人間で、弟が神様なんだっけ……。

なんか俺ら兄弟とは正反対みたいだな……。

でも、共通してると言えば、星座伝説の方も兄が先に死んでしまうんだったか。

それで弟は最高神に頼んで不死身の能力を消してもらい、兄の後を追う……。

まぁ、さっき水無月に励まされたばっかで、俺は自殺する気なんてないけど、俺もあの双子の弟のように――神の力が欲しいとは言わないが――輝けるようになりたい。

ふとそんなことを思った。


とにかく、柚香のこともあるし、明日は気合入れていかないとな。


『よしっ!』と自分に喝を入れて、勢いよくベンチから立ち上がる。

すると、右側からジト―ッと『何してんの?』的な視線を感じ、思わず体が左に回転する。

これは先が思いやられそうだな……。

二人しかいない屋上に、肌寒い風がゆっくりと吹き抜けた。



「ふゃーっ……」

家に帰り、軽く飯を食べ風呂に入りバイトに謝罪の電話を掛けた後、ベッドに着いた。

「……にしても……」

今までも、疑問たっぷりで生きていたが、また疑問が増えた。

まず、俺は普通に生まれた人間じゃない……つまり俺の親は……?

俺の親が光司を使って俺を作ったって事か……?

じゃあ俺の親は研究者だったって事か……?

「うーん……いや、でもなー」

それだったらおかしい。

なんせ、もしそうなら理事長が気付いているはずだ。

だが、今日そんな話はしていなかった。

この研究は世間に秘匿されているし、狭い世界な筈、ならば理事長が把握していなかったなんて可能性は少ないだろう。


……だが、まあ、考えていても仕方ないのかもな……。

とりあえず、いずれかは分かることだ……。


二つ目の疑問……。

柚香、ひいてはその研究組織の場所。

それが分かっていれば苦労はしないのだが……。


いや、多分特定に時間はそこまでかからないだろう。

柚香が今アウェイク・コアを付けているかは分からないが、光司は一回施設に潜入したらしいし、光司のアウェイク・コアのデータを調べれば場所は割れる筈だ。

……まあ、最も壊れているから本当に特定に出来るかは分からないが……。


そして……三つ目の疑問……。

柚香はその組織の何者なのか。

利用されているのか、それとも……。


「あーーっ、くそっ!」

分からない。

俺は本当に何も分からない。

だが、今はそんな事も言ってられない。

好転しているか、していないかは分からないが状況は確かに前には進んでいる。

水無月や理事長は少なくとも、現時点では信頼に足りる立場だし、あの二人はおそらく柚香の為に動くだろう。


……今の俺にできる事……。

それは他人に頼る事しかない。

でも、良い。

それで良い。

『どうせ、嘆いてもその事実は変わらないのだから、むしろ他人をとことん利用する!』……なんて言うと印象悪いな……。

今、情報を提供出来る可能性があるのは水無月と理事長、そしてもう一人可能性がある。


「兄貴……」

そう、兄貴の残した情報がまだあるかも……。

そう思い、俺はベッドから立ち上がり、自分の部屋を出て光司の部屋へ向かう。


部屋に入る。

やっぱり生活感無い部屋だな……。

部屋に置いてある本棚。

そこにある本を手当たり次第読み漁る……筈が……


「痛って!」

本を取ろうとしたら、上に置いてある写真が落ちてきた。

「あ……あ、やべ……写真のケース割れちまったか……?」

写真を拾う。

あ、良かった、割れてない。

「なんの写真だろ……」

写真を見る。

……そこには、俺と兄貴と柚香が写っていた。

「あ……」

中学3年の時に撮った写真。



――――。


「…………」

高校受験も終わり、受験に見事失敗した俺は卒業式の日になっても机に伏して嘆いていた。

中学最後のHRが終わり、皆がカラオケだとかレストランだとかに行く中、ずっと教室にいた。

「はぁ……」

皆がそれぞれの道に行く中、俺はずっと立ち止まっている気がする。

「おいおい、何してんだよ、さっさと学校出るぞー」

「あ……?」

顔をあげると、兄貴と柚香が机の横に立っていた。

「ああ……ワリ……」

「ったく……お前、まだしょげてんのかよ」

兄貴は痛い所を突いてくる。

「そりゃあな……兄貴は清槍院だっけ? ……に入ったから良いけどよ、俺なんて……」

本当に俺は兄貴に勝ってる所無いな。

未だに試験の事について嘆いてる所も駄目だな……こりゃ。


そんな感じで兄貴と話していると、柚香が口を挟んできた。


「まあ、影人くんは本番に弱いですからねー、理論だけって感じですかねー」

ひっで……一言どころか二言多いわ。

太陽が少し西に傾いてきた放課後、そんなくだらない日常を俺達は過ごしていた……。


――――。



気付いたら目から涙が落ちていた。

……あの頃はもう戻って来ない。兄貴は死んだ。

……だけど、そうだ。

戻ってこない……けど、あの日常は本物だった。


光司は俺よりもエリートでナルシストな兄貴で、柚香は一言も二言も多い幼馴染だ。

俺が兄貴のクローンだろうと、柚香が最初の能力者だろうと、それは変わらない。

柚香が敵かどうかなんて、考えなくても分かっていた。

論理的に考えても感情的に考えても……だ。

柚香が本当は敵だとしたら……確かに俺を騙す事はできるかもしれないが、光司を騙す事なんてできない。

多分兄貴なら気付いて、完璧に対処しているはずだ。

でも、兄貴が死んだって事は、それは完全に柚香を信頼して、油断してたからだろう。

だったら敵に利用されているだけで、柚香は敵じゃあない。


「ったく、俺は頭悪りぃな……柚香、待ってろよ……」

……結局、光司の部屋から目新しい情報は見つからなかったが、確かな感情を見つけた俺は自分の部屋に戻り眠りについた。



「ふぅ……」

六時間目が終わり、俺は帰る準備をしていた。


「ねぇ……」

後ろから、水無月が声をかけてくる。


「? なんだよ?」

「いや、えっと……どうするの、あなた……?」

「どうする……?」

「ああ、その……ユズカを……」

柚香の事か……。でもその答えは決まっている。


助けに行く(・・・・・)

俺は断言する。

今の俺にとって確実なエモーションだ。

兄貴がそうした様に、俺も柚香の為に戦う。

「……そうなのね、貴方はユズカを助けに行く(・・・・・)のね」

助けに行くという単語を強調して喋る水無月。


「ああ、そうだよ、あいつが敵なわけが無いからな」

水無月は睨む。

楽観的な奴と思われたか……?

まあ、でも此処だけは譲れない所だ。

まあ此処しかないとも言うが……。


だが、睨んでいた水無月だが、急に笑い出した。

「ふふっ……」

「あ、ああ!? な、なんだよ!」

「いや……そうね、貴方の言う通りよ、助けましょうユズカを!」

……水無月に関しても、まだ疑問だらけだが少なくとも良い奴って事は分かる。


「ありがとな、水無月、お前が居てくれて良かった」

「は、ハア!? な、何よその言い方、気持ち悪いわね!」

水無月は顔を赤くして言う。

気持ち悪いは言い過ぎじゃね……?

「ったく……そういう所は双子で似てるのね……」

……確かに、兄貴はいつもキザだな。

いや、でも兄貴程じゃない……筈だ。

「分かったわ、じゃあ、また何か分かったら連絡するわ」

そう言って水無月は帰っていった。

俺も帰って、戦う準備をしなきゃ……。

このアウェイク・コアを使える様にしなければ…….。



「はぁ……」

向井空は校舎を出て、学校を出ようとしていた。

……あの時に光司さん言われた事。

やっぱり僕には分からない。

そんな事を考えながら校門を出ると、一人の男が声をかけて来た。


「よう、空ァ」

ニヤニヤとした顔で、小野の手下の三人組の内の一人の男が空を見る。


「あ、良和(よしかず)君……」

小野の手下である島地(しまぢ)良和は少し大柄で、学ランを着崩している黒髪の男だった。


「な、なんですか?」

また、お金でも取ろうとしているのかな……。

「いやぁ、俺と試合しようぜ? 空ァ」

成る程、確実に勝てる僕と戦ってポイントを稼ぐつもりか……。

断ったら、何されるか分からない……でも、戦いたくもない……。

なんで僕は能力が使えないのか……。


だがそこに、もう一人男が現れた。

「よっ、空、何してんだ?」

剛毅君が良和の肩に腕を掛け、前からやってきた。

「んなっ……砕刃剛毅……」

「よーう……久しぶりだな……何してんだ?」

そうだ、確か言ってたな、小野君達と剛毅君は知り合いだって……。

「な、何って、空に試合を申し込んでるだけだ」

そういうと、剛毅は目を見開いた。

「お、マジか、良いじゃんか、やるんだろ? 空」

え、ええ……そう、来たか……。

なんかフォローくれるのかなって思ったのに……。


「え、でも……僕能力使えないですし……」

「大丈夫だって! ……光司も能力使ってないし!」

「いやいや、光司君は元学年一位じゃないですか!」

「あ? まあまあ、やるだけやってみろよ」

と、そんな感じで、結局明後日の放課後、良和君と戦う事になった。

そして、良和君は帰っていったが……。


「……無理ですよ……」

僕は運動神経も無いし、能力も無いし、勝てる要素が無い……。

「ん? まあ能力無しで戦うのは難しいけどさ、しっかり対策すれば勝てない敵じゃないさ、たぶん」

と言って、剛毅君は僕能力肩を掴んできた。


「よし! 図書館言って対策練るぞ、空!」

「え、ええー!?」



家路を急ぐ。

結局、兄貴の部屋に手がかりは無かったが、生憎アウェイク・コアについての本はたくさんあったのでそれを見て、練習と対策をせねば。

角を曲がり、歩道を走る。


……そして、見覚えのある亜麻色がとすれ違った。


「え……?」

足を止めて、後ろを振り返る。


「……影人くんですか……? 久しぶりですね」

「ゆ、柚香……!」

確かに、俺にとって大事な人ー古海柚香がそこにいた。



「さてと! 対策を練るぞ!」

と言って元気に剛毅君は図書室に入った。

「対策って言っても……何するんですか……」

「そりゃあ……えーと…………なんだ……?」

何も考えてないんかーい!

……なんて柄にもなく心の中でツッコんでしまうが……。


「いや、あれだ……うーんと、相手の能力とかなんかいろいろあんだろ、うん!」

そう言って、剛毅は図書室に置いてあるパソコンの前に行く。

「確か、三日以内の戦いはパソコンで見れる筈……お、戦ってるぞ、コイツ」

そう言って剛毅君はコロシアムの動画を見せてきた。

良和君の能力はメリケンサックを出す能力だそうだ。


どうなのその能力…………?。


「……戦いを見ている感じだと、特に市販の物と変わらないですね……」

「そうだな……」

そう言うと、剛毅君は、今度は本棚の中からコロシアムの地形が書かれている本を取り出した。

「地形……ですか?」

「ああ、地形を制す者が戦いを制す……筈だ」

初めて聞いた言葉だな……。

なんて事を思いながら本を見た。


「アイツの能力はさ、道具を出す能力だろ? つまり……」

「つまり?」

「どういう弱点があるんだ?」

僕に聞かないでください!

……なんで、剛毅君は柄にもなく研究をしているのか……。


「ま、まあ、道具を出すと言っても、大きな道具でもないし、基本的にどのステージでも良和君は同じ様な立ち回りになりますよね、たぶん……」

「成る程……確かに!」

剛毅君はそう言いながら、本をめくる。

これじゃ誰のための対策なんだか………………。


「剛毅君……」

「ん? どうした?」

「なんで、僕の為にわざわざ……?」

そう言うと、剛毅は目を見開く。

「フッ……別に、お前の為だけじゃないさ、自分の為でもある」

「自分の為?」

「ああ……俺は勝たなきゃいけないからな」

「勝つ? 何に?」

「え? あー、そりゃあれだ……いや俺さ、妹と二人暮らしだから……この学校は家からまあまあ近いし、私立にしては安いから来たけど……それでも、できるだけ妹の為にお金貯めたいからな……ランク上がれば払う金も減るしな」

「そうだったんだ、剛毅君て、二人暮らしだったんだ……だから頑張ってるのか……」

「ああ……まあ、それだけじゃないがな」

「え?」

剛毅君は本から目を話し、少し笑った。

「いや、俺さ、頭はあんまり良く無いけど、戦いだとか、そういう腕っぷしだけは負けた事なかったんだよ、だけど、あの光司の野郎は……」


「ああ、成る程……」

「そ! だからよ……俺が空を呼んだのは空を助ける為だけじゃないっていうか、むしろ、俺が助けて貰おうと思ってな」

ん?

どういうこと?

僕が?

助ける?


「い、いや、僕が助けられることなんてないですよ……」

「ハッ、謙遜すんなよ空、知ってるんだぞ俺は」

「? 何をです?」

謙遜も何も、別に何も隠してない筈だけど……?

「雪乃が教えてくれたけど、お前この学校に筆記テスト三位で入ってきてるそうじゃねーか」

成る程、入試のテストの事か……。

「え……いや、確かにそうですけど、それが何か関係あるんですか……?」

「そりゃあるだろ! 正直よ、俺はあんま頭良くないし、お前の力を借りれば光司にも勝てるかなと思ってな!」

すごい、シンプルな考えだな……。


「いやー、アイツと俺の違いはやっぱ頭だよなー、言うて、戦いは頭脳必要ってこの年になって分かったわ」

「でも……頭脳が良かった所で戦いのセンスがなかったら意味無いじゃないですか?」

「ん? そうか? いや、そりゃ運動神経とか体力は勝敗を分けるファクターにはなるけど……頭脳だって同じぐらいそうだぞ、だからしっかりと対策を練ることだって大事な筈だ」

「そうですかね……でも僕はいざ戦いになると、緊張して考えられなくなりそう……」

「じゃあ、緊張しない方法も考えらればいいんじゃねーか?」

「成る程……成る程……?」

剛毅君て、すごいシンプルに考えるな……。でも、それぐらいシンプルでもいいのかも……。


「よし! 取り敢えず、明後日の試合、絶対に勝つぞ! 空!」

剛毅はそう言って紙とペンを取り出し、ステージ毎での、対策を書き出していく。

「は、はい!」

影人が言っていた――上に行きたいという気持ち――空のその気持ちは少しずつ高まっていった。




「柚香! お前無事だったのか!」

と言っても、まああちらにとっても柚香は大事な存在だろうし、柚香の命自体は心配してはいなかったが、それでも、特に柚香の調子も変わった様子は無く、目だった怪我も無さそうに見えたので、安心した。


「はい……」

「心配してたんだぞ! 皆! あ、理事長の所に行かなきゃ! 報告した方がいいな」

俺は携帯を取り出す。

だが、柚香は俺の手に手を当ててきた。

「別に、いいですよ、電話なんて」

「いや、でも一応した方がー」

そこまで言って気付いた。

柚香の目付きがおかしい。

血走っている?

というか、刺す様な目付きというか……。


「いいって言ってるじゃないですか」

「でもー」

「何回も同じ事を言わせないでくださいよ、死にたいんですか? 光司君みたいに」

「は……?」

柚香……じゃない……こいつは……。

光司を殺して泣いていた奴がそんなこと言うわけがない。


これがまさか暴走状態?

いや、でも暴走って感じじゃあ無いが……。


「お、おい? 柚香? 大丈夫か?」

「大丈夫ですよ、それより……」

柚香が俺の手を掴む。

「行きましょう、私と一緒にスペリオルに」

スペリオル……?

「な、何だよ、それ……?」

「いいから……」

俺は柚香の手を振り払う。

「柚香!? 本当に大丈夫かよ!」

「だから大丈夫って言ってるじゃないですか、それよりさっさと行きましょう、命令なんですよ貴方を連れてこいって」

命令……?

俺を連れて行く?

よく分からないが、そのスペリオルってのが研究組織の名前なのか?

「本当は光司くんな筈だったんですけどね……まあ彼は少し成長しすぎましたね……」

「何言ってんだよ……柚香……」

まさかだけど……柚香は……。

「まあ、光司くんは消さざるを得ませんでしたね」

「……どういう……事だ!」

「いやぁ、どういう事って言われても……光司くんを研究に使う筈だったんですけど、強くなりすぎたんで、私が殺したんですよ」

「は……?」

じゃあ……何だよ?

柚香は……。

「な、なあ、柚香、お前自分の意思でその、スペリオルに入ったのかよ?」

「え? そうに決まってるじゃないですか」

「じゃあ、あの時の涙も何も全部嘘だって言うのかよ!」

「嘘に決まってるじゃないですか」

続けて柚香は言う。

「楽しかったですよ? 光司くんとのカップルごっことか、まあそのお遊びも終わりですが……」

嘘だろ……。

柚香が?

なんで?

そんな訳ない。

柚香は俺の大切な……。


じゃあ光司も騙されたって事かよ?

この十六年間の友情も何もかも…………。


「行きますよ、影人くん」

柚香が俺の手を引こうとする。


……取り敢えず、逃げなきゃ。

兄貴の時と違って此処は普通の人目がある歩道だ。

柚香も実力行使は出来ないだろう。


走る。

とにかく走る。

取り敢えず、逃げる。


走る。

逃げる。

逃げる。


あれ、なんでだ……?

なんで逃げてるんだ?

研究組織に連れてかれない為?

殺されない為?


でも、俺は…………。

柚香の為に戦う筈だった。

でも俺が思っていた柚香はいない。

いや、それだけじゃない。

俺は何の為に生まれてきた。

兄貴のクローンだって言うが何の為に?

それこそ研究の為じゃないか。

じゃあ、俺の人生って。


気がつくと、家に着いていた。

柚香は追って来ていないが、ここにいたらすぐ分かるだろう。

だが…………。


「どうでもいいや」

別に、逃げ回った所で、やりたいことがあるわけでもない。

ずっと人生の目標だった兄貴も死んで、取り返す筈だった柚香も。


むしろ、下手に逃げるより、そのスペリオルだかに引き取ってもらった方が有効的かもな、なんて。


兄貴なら、どうしてた……?

兄貴は最後まで柚香を信じて死んだんだろうけど、もし逆の立場なら……?


そして、部屋に入りベッドに倒れこんだ後、そのまま寝てしまった。


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