Ep11
――――。
「じ…………く」
…………。
「じ……こ……くん……」
……。
「こ……じ……光司くん!」
目を覚ます。
「あ……あれ、寝ちまってたのか……」
ドアの向こうから声が聞こえる。
誰だ……?
まだ重たい目を擦りながら、ドアを開ける。
「あ! 光司くん!」
「あ、わりい……って、え!?」
ドアを開けた俺の目の前には、柚香に雪乃、剛毅と空に……水無月までもがいた。
「お、お前ら……何でここに?」
ドアの向こう側に現れた五人の顔を見回しながら呟く。
「ダチが試合に勝ったんだ。褒めに来るのは当たり前だろ?」
「ぼ、ぼくも、その……おめでとうございます!」
「まぁ、正攻法って感じじゃなかったですけどねぇ」
「うん、でも、わたし負けっちゃったからね。悔しいけどやっぱりすごいよ」
みんなが一言ずつコメントをくれる中。
一人だけ、ただ無言で突っ立っているだけの奴が。
「それで……。何で水無月まで来てくれてるんだ?」
頭の中で色々考えてみたが、水無月がわざわざ俺の控え室に顔を出す理由が見当たらなかった。
「べ、別に……。たまたま通りかかったら、みんながいて……」
どことなく恥ずかしげな顔をして、水無月が答える。
こんな水無月を見るのは初めてだったが、大して気にするようなことでもないだろう。
俺は足を運んでくれた五人に向かって言う。
もちろん、光司のフリをしていることは忘れない。
「みんな、今日は応援ありがとう! 雪乃も……素晴らしい決闘をありがとう! だから、このお礼に……」
そこで、自分の残り財布ポイントを計算して……
――みんなで一緒に喫茶店にでも行こうか? もちろん俺が奢るよ!
そう言おうとしたのだが。明らかにお金が足りないということに気が付き、慌てて続く言葉を探す。
「…………み、みんなが聞きたい事あったら、何でも教えてあげるよ? もちろん、俺が答えられる範囲ならだけど……」
その瞬間。五人が『はっ』と顔を上げるのを見て、悟った。
あれ?
これなんかまずくね……。
もう一度、数秒前に戻りたいと強く願ったが、もちろん叶うはずもない。
仕方なく控え室の長椅子に座りながら、各々の質問を待った。
「じゃあさ、俺からいいか?」
まず、最初に手を上げたのは剛毅だった。
一応、一人につき質問は一つまでと言っておいたので、合計五つの質問を回避すればセーフ。
だが、もし、俺が光司じゃないと分かってしまうかもしれない質問が来たら……。
内心ビクビクするが、そういえばそうだ。
柚香は俺が光司ではないと知っているわけで、彼女がそれにまつわる質問をするはずがない。
ってことは四つ、たった四つだけ乗り切れば……!?
だが、そう上手くいくはずもない。
剛毅はいきなりキツいとこを付いてきた。
「……光司よぉ。お前、何でアウェイク・コア使わないんだ?」
「………………」
俺以外の全員も黙っているということは、剛毅以外のみんなもその理由について知りたがっているからだろうか。
俺はまさか『才能がなくて使えないんだ』なんて言えるはずもなく、視線で柚香に助けの船を乞うが、柚香は何食わぬ顔でそっぽを向いている。
……全く、こういう時のスルースキルはやけに高いんだよなぁ……。
しょうがない。
ここは一人で何とか誤魔化さないと。
「……え、えーと、それはだな……。そう、あれだ! 自分に敢えて不利な状況を作ることで、一から鍛え直す的な奴だ…………!」
辺りの沈黙に焦燥を感じるが、剛毅が『なるほど、熱いな』と言って納得してくれたので、一安心。
うん、やっぱ『熱い』感じのこと言っとけば意外と素直に聞いてくれるんだよな……。
「じゃあ、次、わたしからいいかな?」
そう言ってこっちを見やったのは雪乃だ。
さらっとした黒髪ロングの少女が口を開く。
「そ、その……、変なこと聞いちゃうかもしれないんだけど。こ、光司くんは高校に入る前に不良の人達と何かなかった……?」
その質問に一同がハテナマークを頭上に浮かべるが、俺は誠心誠意答えようとする。
確かに、清槍院高校に入る前は、不良達と何かあったどころか毎日――舎弟として――付きまとわれていたのだが、雪乃が聞いてるのはおそらく中学生くらいの出来事だろう。
ってか、そもそも雪乃は俺が転校してきたってこと知らないんだから、高校に入る前って中学以前に決まってんじゃねぇか……。
そうだな……、でも、その頃は何もなかっ…………!?
待てよ。
何かあった気が…………思い出せない。
って、今、雪乃が聞いてるのって俺じゃなくて兄貴のことじゃねぇか。
そんなら答えは決まってる。
「いや? なにもなかったけど?」
「……………………そっか……………………」
何故か、一瞬、雪乃が悲しげな顔を見せたような気がしたのだが、続けて質問してきた空の声に思考をふさがれる。
「あの………………、ぼ、ぼく、強くなりたいんです! どうしたら、誰にも負けないような強さを手にできるんですか?」
いや、それは俺も聞きたいくらいなんだがなぁ。
何せ、物心ついた瞬間から敗北の連続だったんだから。
苦笑。
ホント、こういうのは本物の光司に聞けよな……。
でも、この際、俺の言葉で答えるしかない。
「なぁ、空? 強さって何だと思う?」
それはずっと、兄貴の背中を追いかけてきた俺の中にもあった疑問。
「え、えーと……。戦いに勝てるとか、いじめられないとか?」
「それは違うぞ」
そう。
数値的な、物理的な勝利を求め続けた俺が辿り着いた答え。
「え? じゃあ強さって何なんですか?」
わけが分からない、という顔の空に向かって。
「そもそもさ、お前って自分の事、強いと思うか?」
「いや、そんな……! ぼくなんて弱いに決まってるじゃないですか!」
うん。
だから違うんだよ。
「いいか。よく聞け。強さと弱さは勝敗には関係ない、そんなものとはまったく違う場所に存在する言葉だ」
一つ、呼吸を入れる。
「よくあるだろ? 弱い奴らの下克上物語……。弱くたって勝てるし、強くたって負けることはあるんだ」
「で、でも……ぼくは勝てない。ぼくは弱いから、いじめっ子にも勝てないし、能力だって使えないんだよ?」
弱い……か。
俯く空に、少し張りのある声で言い放つ。
「お前は弱くなんてない!」
「え……ッ!?」
いいか、よく覚えとけよ……。
「弱さってのはな。自分の欠点に向き合えない奴に対して使う言葉なんだよ! そんで、強さってのは……お前みたいに、今よりもっと上に行きたいって思える奴にこそふさわしい言葉だ!」
あぁ、空。お前がそんなんなのはお前が弱いからじゃない。
「ぼくが強い? じ、じゃあなんでぼくはいじめられるの? どうしてぼくは変われないのさ!」
それは……。
「お前が自分の強さを信じてないからだ!」
「!?」
「自分は弱い弱いって言って、お前は自分の弱さを認められる強さはあるくせに、その弱さに縋ってばっかで、結局、自分の強さから遠ざかってるんだよ!」
「ぼ、ぼくは…………」
突如、涙目で控え室のドアを開ける空。
「……わからないよ」
そのままどこかへ走り去ってしまう。
まぁ、自分は強いって信じるのには長い時間が必要だ。
偉そうに言ってた俺でさえ、未だこんなんだしな。空……決して道を外さずに、自分で見つけた道を進んでくれよ……。
その重苦しい空気からか、柚香はもちろん、水無月からも質問は出ず、俺達は一旦場所を変えてファミレスに行くことにした。
だが、水無月はいつもの感じで『悪いけど、パスさせてもらうわ』と言い、雪乃も塾があると言って帰ってしまった。
ホント、水無月は何しに来たんだか……。
すると、剛毅が……。
「何か、これ……俺も帰った方がよさげ?」
そう言う剛毅の目には、柚香と俺がファミレスで向かい合わせに座り、一つのパフェを二人で挟んで、あーんとかしちゃってる光景が浮かんでいたり……。
「い、いや、別に気にしてないけど?」
「ううん、いいんだ。今日は帰らせてもらう。どうせ優良のお見舞いに行こうと思ってたしな」
すると、剛毅は「じゃあな」と言って去ってしまう。
残された一組の――偽のカップル。
柚香と俺は、とりあえず学校の近くにある、ロジカルポストというファミレスに入った。
店員に人数と禁煙の意思を伝え、席を案内してもらう。
案内された席で、向かい合わせに座った俺らだが、何故か妙に喋りづらい。
静かにメニューを眺めている柚香に向かって問いかける。
「な、なぁ柚香? お前、さっきから全然喋ってないけど、どうかしたのか?」
「………………」
あれ?
今、無視されたの、俺……?
――沈黙。
――静寂。
すると、ゆっくりと柚香が口を開いた。
「…………あの、私も、一つ、こ……影人くんに質問してもいいですか?」
何だよ改まって……。
質問ならさっきでもよかったんじゃないか?
でも、今『影人くん』って……。
俺自身に何か聞きたいことでも?
「わ、私って、光司くんを殺しっちゃったんですよね……?」
いつもの鬼嫁風な柚香とは正反対、守ってあげたくなるほどか弱い声でそう言う。
「あぁ、そうだな」
だが、内容がないようなだけに、自然と口調が厳しくなってしまう。
「そ、それじゃ、その……」
そこで意を決したかのように。
「影人くんは私を恨んでないんですか? 憎いと思ってますか?」
「!?」
まさか。
柚香……、さっきの質問からも分かるように、実際に兄貴をその手に掛けたときは理性がなかったはず。
でも、だからこそなのか。
柚香はこんな顔をするほどに悩んでいたのか!?
何か優しい言葉をかけなきゃ。
そう思って。
「……あぁ、憎いな」
え?
今、俺なんて?
柚香もその言葉にはっとして涙を浮かべている。
待ってくれ。
そんなこと言いたい訳じゃ……。
なのに、なんでだろう。
今まで、心のどこかに潜んでいた感情が勝手に漏れ出してくる。
「恨むに決まってんだろ? 仮にも俺の兄貴を殺してるんだぞ? もう会えないんだぞ!」
「…………本当に、ごめ……」
やめてくれ。
そんな声で謝らないで……。
こんなの俺の本心じゃないのに……。
「ふざけるな! 謝って何が変わるんだよ!」
でも、もう、止まらなかった。
おそらく、これも俺の感情の一部だったのだろう。
何故、急に爆発したのかは分からない。
コロシアムの後で疲れていたからか、それとも、柚香がそんなことをいきなり聞いてきたからか。
とにかく、俺の罵声を浴びた柚香は店からかけ出て行って。
俺は一人残されてしまった。
二人用の机にポツンと立っているパフェを見据えて。俺の脳内で何かが弾ける音がした…………。