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Ep1

はじめまして。

前作のDTD(略)を読んでくださっている方は改めましてこんにちは。

白鴉です。


かなりツッコミどころが多いと思う作品ですが、楽しんでいただけると幸いです。

「うそ……だろ?」

あまりにも信じられない光景に思わず声が漏れる。

俺の視界を埋める生々しい鮮血の赤。

ほんの一瞬目にしただけでも脳裏に焼き付いて離れないようなその赤色は徐々にその領域を広げ、侵食してくる。

そして、その地獄絵図の中心には…………。

「兄……貴……?」

震える視線の先、そこには胴体から切り離された兄貴の頭部があった。

さらには、その隣にいる一人の少女。

よく知っている。

――古海(こうみ)柚香(ゆずか)

彼女は赤く濡れた刀を握り、亜麻色の髪から返り血と思われる液体を滴らせている。

「なん……で…………?」

何かの見間違いだと何度も目を擦ってみるが、その景色が変わることはない。


…………とりあえず、この路地裏から離れよう。

理由はよく分からないが、本能的にそう感じた。

棒立ちになっていた両足に力を入れる。

だが、足が動かない。

膝が震えて上手く言うことを……ッ!

くそっ、こんなときに動転してんじゃねぇよ! 

さっさと動け! 

お願いだから動けよ! 

早く、早く逃げないと……ッ。


その時、ドサッ、という音と共に柚香が地に伏せる。

まるで急に全身から力が抜けたような倒れ方だった。

その小さな手に収められていた刀もささやかな金属音をあげ地面に転がる。


なんだ!? 

どういうことだよ! 

あぁもう分かんねぇ……。

って、そ、そうだ! 

と、とりあえず警察に電話しないとッ!


――俺は震える指を無理矢理動かす。

1-1-0……。

鳴り出す呼び出し音。

実際は数秒しか経っていないはずなのに、無限にも等しいほど長く感じる。

相手方が電話に出た瞬間に急き立てる。

「あの! ひ、人が死んでるんです!」

――住所は分かりますか?

えぇと……っ。

俺は路地から出る。

「はい! えぇと……」


――――時は戻り、午前七時。

その日は普段と何ら変わりない朝だった。

耳元で鳴り響く目覚まし時計のアラームを止め、目を擦りながら起き上がった俺は、ベッドを下りて部屋のカーテンを大きく開く。

外には気持ちいいほどの春空が広がり、窓を開けると心地良い風が室内に吹き込んできた。

俺は一か月前から使い始めた制服に着替えると、アパートに付属していたキッチンへ向かう。

親が両親ともに海外に転勤中であり、私立高校に受かった兄貴はいつも早めに家を出てしまうので、俺は自分の朝食、そして弁当を手作りしなければならないのだ。

冷蔵庫から豚肉をだし、醤油・みりん・生姜を混ぜ合わせたタレに浸けてから油を敷いたフライパンで焼いていく。

同時にもう一つのコンロで卵焼きも作り、結局、生姜焼きと卵焼き、春野菜を適当に詰め込んだご飯たっぷりの弁当が完成した。

ちなみに朝から肉を食すのは胃に重いので、朝ご飯は梅茶漬けである。


手早く朝食をかき込み、洗濯物を干した俺は、カバンを持って家を出て行った。

その際ちゃんと鍵をかけるのも忘れない。

「それにしてもなぁ……」

学校に着き、一人頬杖をついた俺は窓の外の空を見上げながら物思いに吹けていた。

この地元校――烈陶(れっとう)学園――は、偏差値が驚くほど低く、近隣に生息しているヤンキー連中が集まってくるような学校だ。

だが、別に俺は馬鹿でもなければヤンキーでもない。

高校受験時、偏差値七十五越えという超エリート校を受験することに決めた俺は自分の退路を断つために滑り止めは受けないと心に誓った。

だが、受験当日、急性胃腸炎に襲われた俺は試験時間中に腹部を押さえて悶絶することしかできなかったのだ。

そうしてこの学校に入ることになったのだが……。


「はぁ……」

深いため息。今俺が思案しているのはこの『劣等』学園にいるのが嫌だからではない。

さきほどから俺の足元で頭を下げている三人組にどう対処すればいいのか迷っていたのだ。

影人(かげと)さん! 今日のお昼のデザート買ってきました!」

ワックスを塗りたくってリーゼント風にした男はそう言うと、持っていたビニール袋からアイスを一本取りだす。

巷で人気の「カリカリ君 ソーダ味」を俺に差し出すと、男は満足そうに平伏した。


……いや、ちょっと待てよ……。

まだ朝だからな? 

すっげー満足そうな顔してるけど、それ昼になったら全部液体だからな? 

口にしてツッコむ間もなく、二人目が続く。


「アニキ! アニキの毎日をもっと楽しく、と思いまして、マンガ買ってきましたぜ!」

小柄だが如何にも小賢しい目つきをした奴からそのマンガを受け取る。

裏表紙のあらすじを見てみると、こんなことが書いてあった。

――殺気だった不良達は一人の少女との出会いで心を入れ替えていく……。


うん。

これは俺じゃなくて君達が読んだ方が良いかな……。

君達面倒くさいから早く更生してね……。


小鳥遊(たかなし)さん! こういうのもどうですか?」

三人組最後の一人、髪を紫色に染めた奴が上目遣いで言う。

何だ、と思って受け取ってみると、背面に大きく『小鳥遊組』と書かれた、MサイズのTシャツだった。


「小鳥遊さんと、その舎弟である俺らの統一Tシャツです!」

「んなもん、要るかぁぁぁぁあ――ッ!」

「え!? そうですか……。でも俺らは揃えましたから!」

そう言うと三人は制服の学ランを脱ぎ、下に着ていたTシャツを自慢げに見せる。

ピシッと極まった三人の背中に輝く『小鳥遊組』の四文字。


「ったく、お前らぁぁぁあ! 恥ずかしいからやめろぉぉぉお!」



全く……、何でこんなことになったんだか……。


――あれは入学式の日だったか。

式が終わると、体の華奢な俺は早速不良達に目をつけられていた。


「おいお前、金出せよ?」

「俺らが遊んでやるぜ?」

「これから下僕として使ってやろうか?」

柄の悪い三人組は全員がそれぞれ違う内容で恐喝してくる。

……せめてもっと一体感出せよ……と思いながら無視して立ち去ろうとした時、リーゼントの男が俺の肩をガシッと掴んだ。

刹那、俺は反射的に男の右腕を掴み、自分の体を男の体の下に入れると、背負い投げの要領で男を投げ飛ばす。

ドサッという音と共にリーゼント野郎は地面に転がっていった。

昔から中国拳法や古武術を習っていた俺は、得体のしれない相手に急に触れられるとつい反応してしまうのだ。

続いて、慌てて飛びかかってきた残りの二人も軽々とあしらう……。


そうこうしているうちに、この三人は俺を兄貴分として敬うようになり日々何やらかにやらを献上しに来るのだった。


「全く……馬鹿すぎて……逆に笑えるぜ」

三人を追い返した俺は、また窓の方を向くと軽くにやける。


でも……。

持ち上がっていた口角を引き締める。

正直なところ、自分には彼らが平伏すほどの器があるとは思えない。

別に自分のことが嫌いだとかそういうことではないが、俺は自分のことを誰かの上に立つような人間だとは思えないのだ。


物心ついたときから常に隣に存在し続けていた、絶対的で、そしてあまりにも類似的な強者のせいで……。



「おい! 影人君聞いてるのか!」

先生の叱咤っが飛ぶ。

この古典教師、生徒のコウセイ率ナンバーワンと呼ばれているベテラン教師。

歩行中は常にスティックの音をかき鳴らし、登校中でさえダンベルを持ち歩くという、常日頃からトレーニングを欠かさない強靭な男だ。

学校の中でさえ愛用のスティックをカッカッと鳴らしウォーキングに励んでいる。

「すみません。えっとなんでしょうか?」

「なんでしょうかだぁあ? こっちが聞きたいわ! どうして授業中にっ、自分の周りに他生徒を跪かせてんだ!」


そう。

今は授業中だ。

先程の三人衆は授業中にもかかわらず俺のところへ来た。

むしろきちんと授業を受けてるやつのほうが稀なのだが……。


ってかそれこそこっちが聞きたいわ!


「さあ、なんか俺を慕ってくれてるみたいですけど?」

「はぁ? お前病気かぁ!? どうして慕っている奴に土下座なんてするんだよ! 脅してたりするんじゃないのか? 影人君、お前はまじめに授業を受けている。だがそれが先生を欺き、裏で暗躍するためだったら先生が特別指導をしてやるからな? ひっひっひ」


狂人古典教師は嫌な薄ら笑いを残して教壇へと戻った。

はぁ、これだから生徒の先生に対する攻勢率ナンバーワンなんだ…………。


忙しない奴らがいるせいか、授業も気が付くと全て終了しており、部活に入っていない俺は素直に学校から出た。

だが、いつからか帰り道にコーヒー屋に寄って一休み極めるのが日課となっていた俺は、まっすぐ家に帰らないでコーヒーショップへと向かう。

行きつけのコーヒー屋に行くための最後の曲がり角を曲がる……と、不意に、良く知っている二人の姿が視界に入った。


「兄貴に……柚香?」

俺の双子の兄貴――小鳥遊光司(こうじ)――は、今春、めちゃくちゃ頭が良い人しか入れないと噂の『清槍院(せいそういん)高校』という比較的新しい学校に合格した。

一卵性なので、体格や顔立ちは俺とほとんど……いや、まったくと言っていいほどに変わらないのだが、才能という観点において、兄貴は俺を遥かに上回っていた。

『勉強』、『運動』、『芸術』、『コミュニケーション能力』などなど、様々な分野で俺に勝ち目はなく、ルックスは同じはずなのに『女子からの好感度』すら天と地の差である。


そう、兄貴こそが俺にとっての絶対的強者であり、俺は九割九分その劣等種だった。


そして今兄貴の隣を楽しげに歩いているのは、幼馴染の古海柚香。

セミロングほどの長さを持つ亜麻色の髪を風に揺らし、その細い足はまるでスキップをしているかのように軽快である。

柚香とは武道を習っていた頃、そこの道場で出会った。

柚香は早めにやめてしまったものの、武術を身に付けることが一番の楽しみだった俺は高校受験までずっと続けていたのだ。

というのも、武術だけが俺の兄貴に勝てる一分の可能性。

武術だけは兄貴よりセンスがあったのだ。

そしてそれは、常に劣等感を感じ続けてきた俺にとっては何より嬉しい事だった。


妙に二人の会話が気になり、コーヒー屋を通り過ぎて後をつける。

同じ高校に入ってから付き合い始めたという二人が今どんな関係なのか、前々から興味があったのだ。


すると二人は薄暗い路地裏へと入っていく。


あれ? 

付き合いたてのカップルは公園でお喋りしたり、一緒にパフェ食べたりするもんだと思ってたんだけど……。

最近は路地裏デートってのが流行ってんのか……? 

もしかしたら、人目に付かない路地裏で、軽々しく口に出来ないようなことをし始めるのかもしれない。

だが、それなら尚更気になるではないか。

俺は十分に距離を開け、足音を殺しながら路地裏の中を進んでいった……。


――その時――。

「キミは……何がも……?」

「アナタには……かんけ……で……」

不意に聞こえる微かな会話。

もちろん他の誰のものでもない、兄貴と柚香の声だ。

 

さらに慎重に足を進めて、路地裏の奥へと入っていく。

そして声の主が見える……と思ってその場を覗いた瞬間、その光景は俺の脳内処理範囲を超える勢いで目に飛び込んできた……。

そう。

想像してたのとは別の意味で、口には出せないような光景が。



――――。


サイレンの音と共に数台のパトカーが現れ、中から十人以上の警官が出てきた。

俺がさっきまでいた路地の方を指さすと、警官たちはその路地裏へと入っていく。

だが、その中で一人、動揺する俺の前で立ち止まって声をかける者がいた。


「おや、影人くんじゃないか? キミはとことん厄介ごとに首を突っ込みたがるんだなぁ」

俺に話しかけた女性警察官は呆れたように苦笑する。

「……な、七瀬(ななせ)さん、そんなこと言ってる場合ですか!? ひ、人が……俺の兄貴が死んでるんですよ!」


俺は七瀬さんにどうしようもない感情をぶつける。

七瀬さんはうちの不良どもがよくお世話になってる女性警察官で、ショートカットの黒髪にキリっとした表情をした彼女は女性と言ってもとても頼りになる存在だ。


「七瀬さーん? 死体なんてどこにもないですよー?」

路地裏を調べていた警察官が叫ぶ。

「は?」

思わず声が漏れる。

死体がない? 

いやいやお前の眼は節穴か?


「本当か? 私も行く。影人くんもついてくるかい?」

振り向きざまに七瀬さんに声をかけられ、俺は疑心暗鬼に陥りながらも路地裏へと入っていく。


「…………ッ!」

「確かに何もないな。ルミノール反応は?」

「いえ、ルミノール反応もありません!」

「そうか……。ご苦労だったな。よし、撤収だ! お疲れさん!」


なんで死体が無いんだよ!? 

さっきまで確かにそこに……。

それにもう撤収? 

いくらなんでも早すぎないか!?


「影人くん、今回は許してやるが、悪戯に警察を呼ぶんじゃないぞ?」

「いや、俺は……」

「分かったらとっとと家に帰りな!」


なにがどうなってんだよ! 

兄貴が死んで、柚香も倒れて……、死体が無い!?


家への帰り道。

俺は足元もおぼつかないまま一人歩いている。

と、その時……。


「…………ッ!」

突如、後ろから伸びてきた手が、ガーゼのようなもので俺の口元を覆った。

不意に訪れる浮遊感。

段々と意識が薄れていく。

「誰……だ?」

俺は自分を襲った者の顔を見ることすらできない。

朦朧とする視界の中で、ついに意識がシャットアウトした。



――――。


「小鳥遊影人君だな?」

「…………」


ここはどこだ?

意識が戻ると、俺は見覚えのない部屋の中にいた。


そうか。

確か道端で襲われて……。

首を回して辺りを見回す。

置いてあるものから推測するに、ここは何らかの研究施設だろうか。

部屋には無数の機材が配置されていた。


「私の名前は彼方(かなた)道元(みちもと)、君に話がある。これに対して質問は許さない。そして君に拒否権はないことを予め理解しておいてもらおう」


はっ……!? 

いきなり、どういうことだ? 


俺の理解が追い付かないうちに、目の前に座っている白衣の男が話を始める。



――それは数年前のこと。

ある高原地帯の森の中に最新設備の整った研究施設が建てられた。

その建物の前には六人の男が立っている。


「ずいぶんと立派なもんが建ったじゃねえか」

サンダルに灰色のスウェットを着こんだ男が、寝癖の残ったボサボサの黒髪を掻く。

「これも全て、ジューンさんのおかげっスね」

赤色のパーカーを着た若い男が、紺色のコートをまとった固そうな男に調子のいい声で話しかける。

「その呼び方はやめろと言わなかったか?」

ジューンと呼ばれた男は、眉にしわを寄せる。

「まあまあ、落ち着いてくださいよ。今日はこの研究施設の運転開始日なんスから」

「ならば、こんなところで話しているだけ無駄だろう」

コートを着た男――ジューン――は、一瞥すると研究施設へと足を踏み出した。

六人の男が研究施設内へと入っていく……。


研究施設での活動が始まってから、数か月が経っていた。

今や、この研究施設内には大勢の研究者たちが出入りしている。

とはいっても、この研究施設での研究リーダーであるのは運転開始日にいた六人であることには変わりない。

彼らは、脳の限界についての研究をしていた。

人間の機能を司るその中心部分である脳の機能を最大限に引き出そうとしていたのである。

研究者たちは寝る間も惜しんで研究に尽くした。

 

ある時、研究リーダー六人のうちの一人――白衣を着て、ポケットに手を入れている男――は一人の娘をを預かる事になった。

研究施設側は、重要な設備の管理してある部屋にはセキュリティがかけられているため、少女一人を預かることが研究に支障は特にないと考え、これを了承。


数日後、一人の少女が研究施設の門をくぐる。

大人ばかりのその集団の中に一人の少女がいるという状況は不自然であるかに思えたが、彼女はそのようなことを感じさせなかった。

研究施設にやってきたその少女はまるで太陽のように光り輝く天使のような存在であったのだ。

彼女は元気がよく、よく研究者たちを困らせもしたが、そこには必ず笑顔があった。

彼女の存在によって研究者たちは疲れをいやし、研究により没頭した。

彼女は好奇心旺盛でよく研究者たちに『なにしてるの?』と上目づかいで尋ねる。

その行動に研究者たちはよく、心を奪われていた。

 

彼女がいることによって研究に支障が出るのではないかという心配はもはや無用であった。

むしろ、彼女の存在が研究者たちのモチベーション維持に欠かせないものとなりつつあったのだ。


しかし、そんな温かな時間はそう長く続かなかった……。

ある時、彼女のその元気の良さと好奇心が全てを狂わせたのだ。

 


彼女はいつものように研究施設内を探検していた。

今日は地下を探検する日だ。

彼女はフロアを下へ下へと降りていく。

いったいこの広大な研究施設の底はどこにあるのだろう。

彼女がもう一つフロアを降りるかどうか悩んでいた時、研究リーダーの一人である赤いパーカーを着た男が列をなした子供たちを下のフロアへと連れていく。

「キミたちは最新の研究を手伝っているんスよ。もっとシャキッと歩いたらどうっスか?」

男は調子のいい声を響かせる。


少女はこの男が苦手だった。

おそらく、この男が子供たちをどこかへ連れて行っていることが原因なのだろう。

その行為に嫌悪感を抱いているのだ。

いつもなら、この光景を見たところまでで探検は終了だ。

正直に言って、この先に進むのが怖い。

だが、今日は魔が差した。


少女は子供たちの列に紛れて、下のフロアへと降りていく……。


そこには、一つの大きな部屋があった。

黒いタイル製の光沢のある床に壁。

そして、その部屋を囲うように、壁沿い設置された大きい装置。

いくつあるのか数えきれないほどのその装置は、カプセルのようだがかなり大きい。

子供一人くらいは入れてしまうのではないか………………っ!


次の瞬間、彼女は目を見開く。

子供が次々とそのカプセル内へと入っていくのだ。

そのカプセルからは、何本ものコードが伸びていて、部屋の最奥にある一つの機械へと集まっている。

子供たちがカプセルの中で、何本ものコードが生えたヘルメットをかぶり横になる。

「準備はいいスか? 始めるっスよ」

男がスイッチを押す……。


子供たちの悲鳴が聞こえる。

カプセル内では何が起こっているのだろう。

少女は今、一つのカプセルの陰に身を潜めている。

男に見つかってしまったらひとたまりもない。


子供たちの悲鳴が彼女の心を蝕んでいく。


これ以上はもう耐えられないっ。


彼女がそう思ったとき、男が再びスイッチを押した。

「お疲れっス。今日はもう帰っていいっスよ」


カプセルの中から子供たちが出てくる。

少女は自分の存在が気付かれてしまうのではないかと焦ったが、幸か不幸か、子供たちの目はどこか虚ろでまるで機械のように部屋から出ていった。


こわいっ。


少女は感じた。

それと同時にこの装置について知らなくてはいけないという使命感にもかられた。

彼女は男が部屋から出て鍵をロックしたことを確認すると、最奥にある一つの機械へと足を急がせる。

巨大な機械。

コードの繋がれた大きな台座の上には一つの試験管のようなものが乗っている。

青い液体で満たされたその容器の中には、一つの塊が浮かんでいた。


これはいったい何なのだろう。

少女には見当もつかなかった。

だが、彼女の手はその容器のふたを開け……そして、その塊をその手に掴んでいた……。



――数分後、苦痛の叫びを聞いた研究者たちが次々に部屋へと駆けこんでくる。

しかし、研究者たちが部屋に入った後、言葉が発せられることはなかった。

誰もがその目に映る光景に心を取られてしまったのだ。

そう……研究者たちが彼女のもとにたどり着いた時、既に彼女は――いや、彼女が手にしたその装置は覚醒してしまっていたのだ……。


研究者の目の前にいるのは、もはや太陽のように明るい天使ではない。

日本刀のような刀を手にぶら下げた狂気である。

彼女の自我は既に霧散していた。

 

自我をなくした彼女は、その狂気のままに、発現された刀で彼女を抑えようとする研究者たちを切り払っていった。

自我のない彼女には、今までに蓄積されてきた行動パターンしか残っていない。

その他の感情や理性は狂気へと変貌していたのだ。

彼女を飲み込んだその狂気は、ついに彼女を研究施設の外へと連れ出した。


彼女に蓄積されたパターンは彼女をある場所へと向かわせる。

それは彼女が一番長くいた場所――彼女の実家であった。


彼女は何の躊躇もなく歩を進める。


彼女が一つの大きな家から出てくる。

その瞬間を狙って研究者たちは彼女を取り押さえようと試みた。


さらに数人の犠牲者が出たが、結果彼らは彼女の狂気を抑えることに成功し、彼女を研究施設へと連れ戻すことにも成功。

だが、彼女の動きが止まった時、彼女が持っていた刀は、もはや鉄の色ではなく、完全な真紅に染まっていた……。

 

研究リーダーである六人はこの事態についての会議を開いていた。

「こんな事起きたんは、あんたのせいやろ。なんか言ったらどうや?」

派手な佇まいをした肉づきのよい男が、赤いパーカーの男に話を振る。

そもそもあの少女を研究施設に入れたことを許したのが間違いだったということにはあえて触れる者はいなかった。

「まあまあ、こんな事態は誰も予想してなかったっスから。それに、過ぎたこと考えてても意味ないっスよ」

あっけらかんとパーカーのフードを下ろす男。

その表情に自責の念は一切見当たらない。

むしろ、興奮した目元口元がしきりに脈動している。


「研究者たるもの、実験の一つや二つでいちいち感情的になってちゃあいけねえよな」

スウェットを着こんだ男が付け加える。

ちなみに今日は緋色だ。

「あんたら、そんなこと言うて責任逃れるつもりちゃうやろな? 今回のでどれだけ損失が出たと思っとるんや?」

この発言に対して、パーカーの男とスウェットの男がニヤリと顔を見合わせる。

「今回の損害っスか? そんなの今回の実験結果に比べれば些細なもんじゃないっスか」

「俺らの研究がついに形を成したんだぞ? 人間の脳の限界、垣間見れたんじゃねえのか?」

「そ、それはそやけどな……」

「しかも、それはもう力としては実用的なレベルまで達していると思わないっスか? 一人でこれだけのことを成したんスよ。しかも、あんな小さい少女が」

「なあ、皆、ここは一つ決を採ろうじゃねえか。このまま世界に生きていくのか、それともこの力を俺らのもんにして世界を生かすのか……」


その会議の結果、研究グループは解散。

研究リーダーであった六人のうち五人はそれぞれが今回の実験で得た力を利用して、大きな裏組織を築き上げる。

表の世界でこんな力など使えない。

国に見つかれば、恣意的な使用が禁じられてしまうからだ。


たった一人、この装置について研究していくことを選んだ研究者は、今回の装置の実験に関するデータの整理から始めた。


一体なぜ彼女は自我をなくしてしまったのか。


今はベッドの上で寝ているが、――彼は部屋の隅のベッドで寝ている、何一つ普通の少女と変わらないその姿を見つめる――いつまた自我を失くしてしまうかわからない。

彼は研究をつづけた。

脳への負担や力の制御は別として、自我だけでも保てるようにと……。

 

しかし、そのためにはデータのサンプルが大量に必要だった。

彼はジューンと呼ばれていた男に、この装置についての情報を外に漏らさないこと、彼がこれから作ろうとしている組織について不干渉の姿勢をとることを条件に、資金を援助してもらう。

 

彼はその資金を費やして、研究施設としての学校を設立した。

通信機能を加えた例の装置を生徒に装着させ、データのサンプルを収集しようと考えたのだ。

学校では様々なトラブルが起き、その度に彼はその問題の改善を図った。

情報漏洩防止をするための機能もその装置に追加。

遠隔操作でその装置の機能を停止させることを可能にした。

情報を漏らした生徒の装置はただの鉄片と化するシステムの確立だ。

大人たちは、証拠がないため、ただの子供の狂言だろうと、生徒の暴露を受け流す。

 

その結果、生徒たちはその装置についての情報を外部に伝えることをしなくなった。

学校の内部で行われている実験の秘匿性は今もなお確保されている。



――――。


「そして、その少女が柚香くん。研究リーダーの一人であり、ここ清槍院高校の理事長を務めているのが私というわけだ」

「そんな……ッ」

「影人君。光司君を殺したのは間違いなく柚香くんだ。何者かが再び柚香くんを暴走状態に陥らせたのだろう。そして光司君は自分の身を犠牲にして彼女の暴走状態を抑えた。影人君、君が見たことの真相はこんな具合だ。死体はこちらで回収させてもらった。そこで君に要求がある」


柚香が兄貴を……。

その事実は本当…………なんだな。

そして、その原因は柚香の暴走状態とそれを引き起こした第三者。

 

くそっ! 

俺はそのことに何も気づけなかったっていうのかよ! 

二人とずっと一緒にいたのは他でもない俺だったっていうのに!


「影人君、君には光司君としてこの清槍院高校に通ってもらう。これは決定事項だ。光司君の死を公にはしたくないのだ。諸々の手続きはこちらでやっている。心配することはない」

 

そう言うと理事長は俺を部屋から出し、明日から学校に通うようにと告げた……。


断る余地はなかった……。

断ったら口封じに…………って言われたからな。


くそっ、まだ兄貴の死を受け入れられたわけでもないのに! 

でも、こうなった以上兄貴のフリでもなんでもするしかないッ。

バレたらまずそうだし…………。

それと、柚香を暴走状態に陥らせた奴、そして光司を柚香に殺させた奴を絶対探ってやる! 



――――。

 

と、そんなこんなで俺はこの「清槍院高校」に入学した。

といっても、全員に対して初対面なのはこちらだけ。

兄貴の学校生活がどんなものだったのか…………。

分からないことだらけだ。

何も問題には関わらないように、地味に過ごそう。

まだ兄貴の入学から一か月しか経ってないんだ。

いくら兄貴とはいえそんなに早くメインキャラハッてるなんてことないだろう…………。


この状況をそんな簡単に説明してしまっていいものかとは思うが…………他ならぬ俺がもうそれどころではない。


――今俺は非常に重大な危機に瀕している……。


最初だけ数話まとめて投稿します。


その後は週1くらいで投稿する予定です。

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