表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

7話

         *


 翌朝、イサキは朝日が昇ると共に目を覚ました。

 隣でコチがまだ寝ている事を確認して、のそのそとテントを這い出る。

 他の三つのテントも静まり返ったままで、誰かが起き出した気配はない。

 イサキ達は、ハタハタの谷で野宿していた。

 最終決戦前夜に野宿はどうかと言う文句も上がったが、前夜だからこそイサキは野宿を選んだ。

 夜の冷たい空気に曝されて気合いを入れたかったのと、理由はもう一つ。

 崖っぷちに立ち、白いもやに隠された谷底を見つめる。

 あそこに、目指すべき魔王城があり、倒すべき毒婦がいて、愛しいヒイラギが待っているのだ。

 そして、今や個人的な怨みが募るだけになってしまったが、一発ぶん殴りたい魔王も―――。

 イサキは、相棒と交代で見張りをしていたアカガイを呼びつけ、脚に掴まった。

「さあ、行くぞアカガイ。ヒイラギを助けに!」

「待った!!」

 突然背後から声がして、振り返るイサキ。

 すると、まだ眠っていたはずの五人が、既に身支度を終わらせて立っていた。

 呆然とするイサキに、カジカがニヤッと笑って言う。

「水臭いぜ勇者、お前を一人で行かせられるかよ」

「……けど、相手は魔王じゃない。魔王の女なんだ。女一人をやっつけるのに、大の男がぞろぞろ行くのもどうかと思ってさ」

「何言ってんだ。魔王城には他にも魔物が沢山いるんだろ? そいつらは、侵入者のお前を敵と見なして襲ってくるかもしれないんだぞ」

「それは……」

「な、そんな危険なところへみすみす行かせるわけにはいかない。お前は親友だからな――」

「カジカ!」

 イサキは、カジカの説得に不覚にも感動してしまったのだが。

「――コチの」

 最後の一言は余計だった。

「アイナメ、こいつ殴っていいか……?」

 怒りに拳を震わせるイサキに、アイナメは首を振った。

「駄目です。こんなのでも一応大事な戦力です」



 結局、当初の予定通りアカガイとミルガイに三人ずつ掴まり、崖の下へゆっくりと降りていった。

 そして地上からの光が届かなくなってきた頃、針山のような物が見えてきた。いや、針だと思っていたのは、鋭利に尖った屋根であるらしい。

 魔王城の屋根だ。

 谷底に降り立っても暗くて外観がよく見えず、魔王城全体の印象は大きな針山から変わらなかった。

「コチ、火」

「うん。レッド・スナッパー☆」

 ボウッ

 コチの魔法で木の棒に火を灯し、明かりの替わりにした。

 城門には、当然のように衛兵らしき魔物がいる。

 門の左右に一人ずつ、ワニ顔とヤギ顔の魔物が、背筋を伸ばして座っていた。

 ヤギはともかく、ワニはあの前足の短さで、兵士として武器が持てるのだろうか。それとも武器を持たずに大口で噛みつくつもりなのか。

(それ以前に、いくら人間の生活に馴染むためとは言え、骨格は大丈夫か?)

 そんな要らぬ心配をしてしまうぐらい、イサキは気が楽だった。ヒイラギの話が事実なら、無闇に襲っては来ないだろう。

 だが、いくら友好的な魔物でも、城の主をやっつけに来たと言えば黙ってはいまい。

(まずは、どうやって城内に入るかだな……)

 イサキが足を停めて考えあぐねていると、脇からするりとアイナメが追い越し、衛兵の方へスタスタ歩いていってしまった。

 アイナメは、いつもの飄々とした態度で笑みも崩さず、あっさりと声をかける。

「あの~~魔王に借りていたお金を返しにきたんですけど、通して頂けますか?」

 これには全員が脱力した。衛兵二人も、うさん臭そうにアイナメを見ている。

「アイナメ!? いくら何でも、つくならもっとマシな嘘をだな――」

 イサキが言いかけたところで、ワニ顔が口を開いた。

「……アイナメ様でございましたか。失礼致しました。どうぞお通り下さい」

 ワニ顔の衛兵が深々と頭を下げると、横のヤギ顔もそれに倣う。

 一行が呆気に取られる中、アイナメだけが満足そうに頷いていた。



 城内は、蝋燭の数さえ多かったが、何せ四方から光が入らないために薄暗い。

「何でだろ……あっさり中に入れちゃったね」

 門扉を何度も振り返り、きょとんとするコチ。

 イサキも、訝しそうに眉を顰めて問うた。

「今、魔物にアイナメ様って呼ばれてなかったか……?」

 アイナメは、髑髏で作られた気味の悪い装飾が連なる廊下を、何故か先頭に立って進んでいる。

「あぁ、実は私、魔王の兄なんです」

「なにーーーーっ!!?」

 さらりと爆弾発言を投下するアイナメに、驚く五人。

「おいおい勇者、最終決戦を前にして、とんでもない事実が発覚したな!!」

「だなあ! オレ、自分が勇者なのに大した出生の秘密とか無いから、申し訳ないなぁと思ってたし良かったぜ!」

 カジカとイサキが喜びあうのを見て、ヤガラがぼそっと呟く。

「出生の秘密じゃないにしても……ゆ、勇者さんも充分、凄い過去をお持ちだと思います~」

「えへ、そう?」

「褒めてねーよ」

 カジカのツッコミに被せるようにして、コチが割って入った。

「しかもだよ、勇者くんにカジカちゃん! アイナメさんが魔王のお兄さんなら、きっと魔王軍のスパイとしてボク達を監視してたのかも!!」

「そうか、最後の最後で正体を明かしてオレ達を裏切るつもりなんだな!! カッコいいじゃねーか遊び人のクセに!」

「あの……盛り上がってるところ申し訳ありませんが」

 依然興奮する三人に、たまりかねた様子で話しかけるアイナメ。

「何だよ」

「私は皆さんを裏切りませんよ?」

「はああ!!?」

「別に、私は弟の味方ではありませんし……遊び人が魔王軍なわけないじゃないですか」

 アイナメは至極もっともな弁明をしただけであるのに、何故か白けた空気が場を包む。

「じゃあテメーはただの魔王の血縁だった、で終わりなのかよ!? ここまで来たらスパイ活動を認めて、カッコよく裏切れ!!」

「無茶言わないで下さいよ~。昔……町で偶然、さっきのワニに弟と間違われて、声をかけられただけですよ」

「ちょっと待って皆!」

 無理な要求をするイサキ達を、シャコが止めに入った。

「もしかしたら、アイナメは弟の愚行を自ら命がけで止めようと、悲壮な覚悟で勇者の仲間になったのかもしれないじゃない! それだって充分カッコいいわ!!」

「なるほど!!!」

 納得する皆に、アイナメがすかさずツッコむ。

「それも違います!! 遊び人は冒険者にくっついていかないと収入がなくて、食べていけないからであって……」

「…………」

「…………何ですか。その目は」

 訝しげな顔をするアイナメに、イサキが溜め息をついた。

「もうお前、悪い事は言わないから今からでも裏切れよ……!」

「嫌です」


 ギギギギィィィ……!


 重い音を立てて扉が開く。

「いや、城門でもないのに雰囲気出し過ぎだろ! 蝋を塗れ、蝋を!」

 などとツッコみつつ、イサキ達は謁見の間に踏み入った。

 玉座には金髪の美女が座っている。

 女は、細く美しい脚を誇示するように組み替えて、侮蔑の眼差しを向けた。

「誰、アンタ達?」

 イサキは、彼女が魔王の恋人だと確信する。

「まあ、正面から不法侵入かます奴らなんて、魔王様のお命を狙う馬鹿に決まってるわよね」

「オレ達は魔王を倒しに来たんじゃない」

 イサキが低く呟く。内心では魔王にも一発かますつもりなのだが、今は女の態度が癇に障って、神経を逆撫でしたくなったのだ。

「魔物達を使って悪事を働くお前を倒しにきた!!」

「何ですって、ホヤを倒すぅ?」

 訝しげに訊き返し、甲高い声を上げて笑うホヤ。

「アーッハハハハハハ!! 馬鹿もここまでくると滑稽通り越して哀れだわ!」

 それっていかにも悪役が言うセリフだな――緊迫感の中でどうでもいい考えに意識を取られるイサキ。

「じゃ、命知らずなアンタ達に敬意を表して、お決まりのセリフであの世に送ってあげるわ」

 自信満々に宣言すると、ホヤは玉座から立ち上がった。

「!」

 それぞれの武器を手に取り、イサキ達は身構える。

 高いヒールの音を響かせて、ホヤが十数段の階段を降りてきた。

「ホヤに逆らった事をあの世で後悔するがいいわ! サンド・ボーラー!!」

 ズシィィィ―――ン!

 ホヤが手にしているロッドを振りかざした途端、魔王城を激しい地響きが襲った。

 地響きは床をボコボコと盛り上げ、壁もメリメリと剥がして、数多の石塊を生み出す。

 その石塊がまるで自ら意志を持つかのように、イサキ達に襲いかかる!

「フラウンダー!」

 即座にイサキも防御魔法を唱えていた。

 両手でしっかりと握っているのはアイゴの町で貰った錫杖だ。命の危険に曝されていては、武器の好みなど言ってられない。

「ふんっ、そんなバリア効かないわよ!」

 ジュウゥゥゥ――――!!

 ホヤの言葉通り、石塊はイサキの張り巡らせたバリアを突き抜けた。

 しかも、バリアが中途半端に表面の凹凸を溶かしてしまい、石塊は滑らかになって先端の鋭さが増している。まるで石の矢だ。

「アホか!! 余計危険にしてどうする!?」

 コチを庇いながら叫ぶカジカ。

 だが、イサキは笑う余裕を見せて言った。

「さすがに防ぎ切れねーか……皆、後ろに下がれ!」

「勇者くんは!?」

「いいから走れ!!」

 有無を言わせぬ口調で命令し、イサキは仁王立ちになって身構える。

 何本もの石の矢は、軌道を変えて全てイサキへ向かってきた。魔法にも射程の有効範囲があり、イサキ以外の五人が範囲の外へ逃げたからである。

 イサキは微動だにしない。

 胸の白いペンダントが光を放った。

 ポシュウゥゥゥ……!

 その光が収まると同時に、石の矢も吸い込まれるかのごとく消滅した。

「ふぅっ」

 安堵の息を漏らすイサキ。

「そっか! そのペンダント魔法を吸い込むんだっけ!!」

 ホッとして笑顔を見せるコチ。

「ああ。どうやら強い魔法でも大丈夫みたいだな」

 得意げになるイサキに、ホヤが苛立たしげに唸った。

「魔法が効かないなんて生意気~!」

 シャッ!

 その声は感情剥き出しに聞こえるが、腰から刃物を抜いて構える様子に隙は無い。

「ま、それならそれで、力で捩じ伏せるだけだけどね!!」

 言い放って向かってくるホヤの手には、キラリと輝く純銀のサーベル。

 研ぎ澄まされた刃がイサキに迫る。

「勇者ッ!!」

 カジカとシャコが武器を取って駆け寄るが、イサキとの距離は大きかった。

「勇者くん―――!」

 コチやアイナメは思わず顔を背ける。


 ガキィィン!!


 だが、周囲の予想に反して聞こえたのは、二本の剣が打ち合う音。

「勇者……さん……?」

 イサキが刺されるものとばかり思っていたヤガラは、恐る恐る顔を上げて驚愕する。

 サーベルを受け止めたイサキの手には、しっかりと剣が握られていたのだ。

 銅の剣である。

「勇者くん、銅の剣持てるようになったんだね!!」

 コチが感動した面持ちで言った。

「ああ! 毎晩カジカと猛特訓したからな!!」

「どうせ猛特訓するなら、俺はコチが良かった……」

 カジカのぼやきなど相手にせず、ホヤに向かっていくイサキ。

 しかし、剣を振るって日が浅いイサキの太刀筋など、到底ホヤに敵うものではない。

 上段からの斬り込みも、ホヤに簡単に受け止められてしまった。

 鍔競り合いの状態を保ちながら、ホヤが叫ぶ。

「み~んなぁ~、ここに侵入者がいるわよ~ッ!!」

「何ィ!?」

 すると、一斉にあちこちから階段を降りる音が響いた。城中が揺れたかと思うほどに。

 ドドドドドド…………!!

 城内にいた魔物達が、一斉に謁見の間へ押し寄せてきたのだ。

「そいつらが侵入者よ、始末してちょうだい!!」

 ホヤの命令に従い、大勢の魔物がカジカ達五人に襲いかかる。

「畜生! 何だよこの数!!」

 自分も剣で応戦しつつぼやくカジカ。

「よーし、おニューなロッドの出番だね! ブルータル・モーレイ!!」

 コチはどこか嬉しそうに、召喚士のロッドを振り上げた。

 赤い宝石から無数の氷の刃が降り注ぐ。初級魔法でも、ロッドの性能のおかげで威力が増しているようだ。

「うわぁぁぁん! こんなにたくさんの魔物、相手にするなんて無理ですぅ~~~!!」

 ヤガラはいつものように泣きわめいて、これもいつものように重い拳を魔物の腹に打ち込む。

「レッド・スナッパー!!」

 しかし、魔物の中にも魔法を使う者がいて、そこかしこで火炎や氷塊が飛び交っている。

「きゃあっ!」

 炎を避け切れなかったのか、シャコが悲鳴を上げた。

 ただでさえ敵の数が多いだけに、カジカ達四人――アイナメは隅っこで石を投げて遊んでいるため数に入らない――が劣勢なのは明白だ。

「くっそぉぉぉ!!」

 打ち合った剣に力を入れたまま、イサキが歯噛みする。

(ヤバいな……回復魔法を使えるのはオレだけなのに!)

 仲間を助けに行きたくても、今下手に動けばホヤに隙を見せてしまうからだ。

「アーッハハハハ!! アンタさえ足止めしておけば、仲間は魔法で一掃できるから楽だわ~★」

 ホヤが勝ち誇って高笑いした、その時。


「おやめなさい!」


 謁見の間に凜とした声が響いた。

 全員が扉に視線をやる。

 ギ……ギギギィィ……

 やはり滑りの悪い扉を開けて入ってきたのは、ヒイラギだった。

「ただ命じられたからと言って、理由も聞かずに相手に襲いかかるとは何事ですか。彼らは侵入者ではなく客人です。今すぐ戦いをおやめなさい!」

 威厳に満ちたヒイラギの言葉に、魔物達は動きを止めて聞き入っている。

「あ」

 イサキは悟った。

『……最初は、魔物達に人間の言葉や社会の秩序を教えるためでした』

 魔物達がヒイラギに逆らえないのは、彼女が魔物達の先生だからだと。

「……チッ、あんな小娘に教育係なんて任せるから……!」

 舌打ちするホヤだが、ヒイラギの背後に立つ人影を見て、顔を輝かせた。

「魔王様ッ、姫サマの命令をやめさせてよ~! こいつら敵なのよ!? ホヤの事イジめるの~!!」

「あれが、魔王?」

 イサキが、剣を打ち合って身動き取れないまま、呟いた。

 魔王は、アイナメと同じ銀髪を短く整えており、端正な顔立ちをしていた。だがアイナメと違って表情に穏やかさはなく、冷たい印象を受ける。

 黒い高級そうなスーツに身を包み、それが冴えた緑色の瞳によく合っていた。

「あれが魔王か、やっぱりアイナメに似てるな。なぁコチ?」

「そうだねぇ、すっごく美形な兄弟だね。スーツもバッチリ似合ってる☆」

「お前ら! いわばラスボスに当たる魔王を見て言う事がそれか!? 他にまずあるだろ!」

 あまりに緊張感のない仲間の感想に、イサキは思わず戦闘中であるのを忘れてツッコんだ。

(しかし、アイナメは洒落たロングコートで魔王は高級スーツか……兄弟揃って、剣と魔法の世界に似合わない格好してやがるな)

 どうやらイサキの考えも、人の事は言えないようである。

 魔王はゆっくりと歩を進めながら、無表情を崩さずに言った。

「それは弱音か、ホヤよ」

「えっ?」

 そして、ホヤが困惑するのも構わずに、あっさりと戦う二人の横を通り過ぎて玉座へ向かう。

「相手はたかが六人、貴様の実力なら容易いはず。それとも、貴様一人では片づけられないと言うのか?」

 魔王の言葉は突き放しているようにも聞こえるのだが、自分に都合の良い思考回路を持つホヤは、自らに言い聞かせる。

「そ……そうよね! こんな奴等、ホヤなら楽勝よねっ! 魔王様、そこでご覧になってて。ホヤがすぐお片づけするからね!!」

「ぐぅっ!」

 ホヤが喜々として喋った拍子に均衡が崩れ、再び激しく切り結ぶ二人。

「やぁっ!」

「このッ!」

「ふんっ!!」

 だが、徐々にホヤ自身のペースまでが崩れ始める。

 玉座に腰掛けて観戦を始めた魔王の事が、気になって仕方ないらしい。

(魔王様がホヤの戦いぶりを見守ってる―――!)

 それは幸せな高揚感だけでなく、絶対に負けられないという緊張感も生んでしまう。

「あぁっ!」

 緊張に強張ったホヤの手が、一瞬太刀捌きを乱した。

「でぇぇぇい!!」

 その隙を狙ってイサキが下から剣で払い上げ、サーベルを弾き飛ばした。

 銅の剣が純銀のサーベルを圧倒した瞬間である。

「すごいね勇者くん……初期装備の代名詞と言える銅の剣でも、魔王城の敵と渡りあえるんだね……!」

 しきりに感動するコチの横で、アイナメが冷めた口調で零す。

「皆さん、金銭的価値では銅よりも金や銀が上なので勘違いされますが、硬度の点では純銀って銅より柔らかいじゃないですか。ですから銅の剣で充分戦えるのも、当然と言えば当然なんですけどね」

「だーっ!! せっかく盛り上がってるのに冷める事言うなっつーの!!」

 アイナメにツッコみつつ、イサキは銅の剣を構え直してホヤを見据える。

「チッ……これしきで勝ったと思わない事ね!!」

 魔王に無様な姿を見せた焦りからか、ホヤはなりふり構わず飛びかかった。

 飛びかかった先にいたのは、イサキではない。

「ヒイラギ!!」

 イサキが駆け寄るよりも、ホヤの跳躍の方が速かった。

「!」

 ヒイラギが、標的は自分だと気づいた時、既にホヤは彼女の目の前でニイッと嗤った。


 ズプッ―――!!


 肉を裂く音に、重なる悲鳴。

「きゃあああーーっ!!!」

 だが、悲鳴はヒイラギのものだけではなかった。

 一瞬で顔を蒼褪めさせた、ホヤ自身の声も重なっていた。

 そして、この場にいた全員が悟った。

 ホヤよりも、イサキよりも、身軽で素早く動ける者がいた事を。

 目にも止まらぬ速度で、ヒイラギを突き飛ばしたのは。

 ヒイラギの代わりに刺されたのは―――魔王だった。

「魔王様ぁぁッ!!!」

「……無事か。ヒイラギ」

「どう、して――どうして私なんか庇って!」

 魔王を抱き起こして泣き崩れるヒイラギの隣で、イサキは無言で魔王の傷を診ていた。

「……駄目だ。出血が酷すぎる……」

「イサキ……お願い、魔王様を助けて!」

「わかってるよヒイラギ」

「……こんな……誰かを庇って力尽きるなんて悲劇的なシーン、私の役目だと思っていたのに、先を越されるなんて―――!」

「ヒイラギ。本音漏れてる、本音」

「あら、ごめんなさい。ついポロっと」

「と、とにかく魔王は絶対に助ける! このまま死なせてしまったら……」

(このオレを差し置いて、魔王の株が上がりまくるじゃないか!! ヒイラギだって魔王へ心が傾いてしまう! それだけは絶対に避けなければ……)

 ヒイラギのヒロインらしからぬ考え同様、イサキもまた主人公らしからぬ考えを巡らせて、二人は決意した。

「ヒイラギ、回復魔法はできるか?」

「はい。怪我を治すのも巫女の務めです」

「よし、オレ達の回復魔法を合体させて助けよう!!」

「はい!」

 魔法の合体とは、一つの触媒に二人以上の魔力を同時に宿らせて効果を高める方法である。

「……生命の源泉たる水よ、今一度彼に清冽な息吹を」

 イサキは、横たわる魔王の前で跪き、錫杖を掲げて祈り始めた。

「夜空の深淵たる闇よ、今一度彼に静かなる癒しを……」

 イサキの手に自らの手を重ね、ヒイラギも瞼を閉じて集中する。

「完全回復魔法、コモン・クルーシアン・カープ!!」

 錫杖についた三つの輪が、風もないのにシャンシャンと鳴った。

 その輪から、大量の白い霧が吹き出し、魔王を包み込む。

 カジカ達も魔物達も、固唾を飲んでそれを見守る。

「そんな……」

 真っ白な霧に覆われた魔王を見て、ヒイラギが蒼白な顔で言った。

「完全回復魔法なのに、効果が薄い……属性の反発だわ……。私が闇属性で、魔王様は光だから!」

「ヒイラギのせいじゃない、魔王は目を覚ますよ!!」

 必死にヒイラギを慰めるイサキの後ろで、カジカがぼそっと呟く。

「魔王が光属性って似合わねーな……」

 そんな中、朦朧とした様子で立ち尽くしていたホヤが、正気に戻ったのか呟く。

「う、嘘……魔王様……」

 魔王は一向に目を覚ます気配がない。少なくともホヤにはそう見えた。そしてその原因を作ったのは――。

「ホヤ、ホヤが魔王様のこと……刺し……て」

 ふらふらとおぼつかない足取りで後ずさると、いきなり叫び声を上げるホヤ。

「いやぁぁぁぁっ!!!」

 そのまま全速力で駆け出して、ホヤは謁見の間を出ていった。

「お前っ、どこ行こうってんだ!」

 イサキが思わず立ち上がろうとするも、服の裾を掴む手に制された。

「えっ」

「……放っておけ。奴も俺の権威がなければ、魔物達に指図はできん」

「魔王様、気がつかれたのですね!」

 ヒイラギが咽び泣く。

「心配かけたな、ヒイラギ……それに、勇者とか言ったか」

 魔王はヒイラギの涙を指で拭ってやり、微笑を見せた。

 イサキはその様子に不貞腐れた表情で俯く。恋敵へ向かって、平和的に自己紹介する気にはなれない。

「怪我の治療をしてくれた事、感謝する」

 イサキの気を知ってか知らずか、魔王は抑揚のない声に戻って言った。

 イサキは苦笑する。

「感謝するっても、まだ辛そうだぞ? お前がそんな体じゃなきゃ、一発殴ってたんだけどな」



 ホヤがいなくなった魔王城には、もう戦闘意欲を持つ者がいないという事だ。

 イサキ達は魔王を囲むようにして円形に座っていた。

 魔王の話を聞くために。

「俺は、魔物達に恩返しがしたかったんだ……」

 魔王は、少しずつ語り始めた。

「俺の故郷は召喚士の村だ。俺は幼い頃から村の大人に召喚魔法を教え込まれて育った」

「ちょっと待った!!!」

 だが、一分も語らない内にカジカが話の腰を折った。

「魔王が召喚士の村出身って事は、アイナメも同じか!!」

「うっ」

 突然話の矛先を向けられて、アイナメが気まずそうな顔になる。

「そっかぁ! だからアイナメは召喚士の村へ寄った時、長居するのが嫌でさっさと用事を済ませようと、アタシ達を急がせたのね!!」

 シャコも納得したように膝を叩いてアイナメに詰め寄る。

 アイナメは、皆から視線を逸らしたままぽつりと零した。

「……私は、召喚魔法の才能が全くなかったんですよ」

「え……」

 その声は普段のアイナメから信じられないぐらい重く、全員が沈黙した。

「いくら魔方陣を描いても、魔力が無いらしく何も起こらない……。ですから、村の連中に同情や哀れみの目で見られるのが嫌で村を出たんです。そして遊び人として、才能も努力も関係なく享楽的に生きる道を選んだんです!」

「…………」

 まさかアイナメにそんな暗い過去があったとは誰も思わなかったのだろう。黙り込む一同を見渡して、魔王が話の続きに戻った。

「本来なら召喚魔法はこの世界の自然に宿る精霊を喚び出し、その力を借りるためのものだ」

 だが俺にはそれができなかった。

 俺が生まれて初めて描いた魔方陣は、精霊とは似ても似つかない大きなコウモリを召喚し、村の重鎮達をひどく驚かせた。

『ま……魔物じゃ、エビフライじゃ!!』

『エビフライを召喚するなんて、何て子どもじゃ! この子は呪われておるに違いない!!』

 俺が描いた魔方陣は、こことは別の次元――魔界から魔物を転送してしまったのだ。

「魔物を喚び出してしまった俺を怖がって、村の大人は近づかなくなった。子どもは化け物を見る目で石を投げてきた」

「ちょっと待て魔王、さっきからエビフライって何だ。揚げ物の魔物か」

 今度はイサキが口を挟んだ。

「エビルフライヤの略称だ」

「何でも略すな……」

 イサキの文句を無視して、魔王は話を再開した。

「だが、子どもの魔力では凶暴な魔物は召喚できなかったのだろう。オレが喚び出した魔物は皆、大人しい性格の者ばかりだった。俺の孤独を癒してくれたのは他ならぬ魔物達だった……」

 村の誰からも見捨てられた俺の遊び相手に、魔物達はなってくれた。

「喚び出した魔物は、人間界の食べ物や自然を気に入っていた。だから、俺は考えた。魔物達が人間界に気楽に滞在できるように、ずっと人間界で暮らしたくなったら暮らせるように、手助けはできないかと」

「それで、召喚した魔物に一般常識を教育して、街へ派遣したのか」

「ああ……しかし、全てが上手くいきはしなかったけどな」

 そう申し訳なさそうに言って、魔王は話を締め括った。

「勇者よ。私は魔物達とともに魔界へ行く事にする。傷を癒しながら、魔物達と今後についてゆっくり考えるつもりだ」

「そうか……」

「ああ。魔界なら、ホヤみたいな女にひっかかる事もあるまい……だが、幾ら何でもヒイラギに魔界へ来てもらうわけには行かない。召喚では喚び出せないような狂暴な魔物もいる場所だからな。残念だが彼女は解放しよう」

「そうか!! じゃあ万事解決だな。ま、お達者で!」

 魔王がヒイラギを諦めたと知ると、イサキは急に機嫌を直して挨拶したものだ。

「さーて、じゃあオレらも帰るか……」

 そこまで言ったところで、イサキはふと考えた。

 ―――ワラサ国へ帰ったら、自分はどうなるのだろう。

 想像してみる。

 おそらく、自分は勇者として国民から崇められる。

 そして王宮で催されるだろう魔王軍討伐記念セレモニーで国民のほとんどに顔を知られてしまい、街を歩き辛くなるかもしれない。

 そのまま、王宮に客人として住まわされ、神官達に回復魔法を――勇者なのに剣術じゃないところが悲しい――教える日々が待っているのか。

 ヒイラギにも、会いにいけなくなるのではないか。

 そこまで考えて、イサキは暗い気分になった。

 自分が勇者として崇められるのはまだ想像でしかなくても、ヒイラギは違う。既にコノワタ教の巫女として、国民に神格化されているのだ。

 しかも誘拐されていた彼女である。もし無事に帰ろうものなら、警備を強化されて宮殿に閉じ込められるのは目に見えている。

(もう二度とヒイラギに会えなくなるかもしれない)

 それだけは嫌だ。

 ではどうすればいい?

(いっその事、二人でどこか遠くへ逃げてしまおうか)

 そうだ、遠くへ。

 遠くとは何処だ。

(―――あっ!)

 イサキは閃いた。

 その閃きは、自分にとって素晴らしいものに思えた。

 興奮する気持ちを抑えて、仲間達の方を見るイサキ。

 コチやカジカは、ワラサ国への堂々たる帰国を想像して話に花を咲かせている。

 シャコの姿は見えない。ホヤの部屋でタンスでも物色しているのだろう。

 本当に後半は出番が少なかったな――イサキはこっそり苦笑した。

 魔王は銀色のロッドを使って大きな魔方陣を描いている。その周りに魔物達がぞろぞろと集まってくる。

 そんな魔物達の数がどんどん増える事に怯えきっているヤガラ。

 呑気にウグイの甲羅を叩いているのはアイナメだ。ウグイは頭も手足も引っ込めて迷惑そうである。

 イサキは、突飛な思いつきをまるで神の啓示であるかのように、呟いた。


「そうだ、魔界に行こう」


「…………は?」

 この場にいた全員が、ぽかんとした顔でイサキを見た。

 イサキは、にんまりと微笑んで言ったものだ。

「いや~だってさぁ、このままワラサ国へ帰ったって、勇者として有名になったらあーんな店やそういう店に行きづらくなりそうだからさ!」

「いきなり何の話だ!? 大体お前の歳じゃ、あーんな店やそういう店には入れねーだろが」

「本気にするなよカジカ、冗談だって! まあ将来の展望ではあるけどなッ」

「そんないかがわしい展望捨てちまえ!!」

 カジカがツッコんでも、イサキには考えを改めるつもりはないらしかった。

「とにかく! オレは、ワラサ国で窮屈な生活をするぐらいなら魔界へ行くんだ!!」

「物騒な魔界を楽しげなユートピアみたく言うなァァ!」

 高らかに宣言して、イサキは隣りにいたヒイラギの手をギュッと握る。

「!」

 ヒイラギは、イサキの“あーんな店やそういう店”発言に戸惑っていたが、繋いだ手に込められた真意に気づく。

(そうね。魔界へ行ったら、どうせお店には行けなくなるんだもの)

 つまり、今の力説はイサキの本心じゃないのだ。

 ヒイラギは、繋いだ手を力強く握り返した。

 しかし、イサキがその意味を確かめる暇もなく、魔王が呼び掛ける。

「貴様は人の話を聞いていたのか? 貴様一人が魔界で野たれ死ぬのはともかく……ヒイラギを巻き添えにするつもりか」

「けっ! オレが守ってやれば問題ねーよ! それに、お前が目指す“魔物と人間の共生”には、狂暴な魔物も入ってるんだろ?」

 あまりにあっさりしたイサキの受け答えに、魔王は肩をすくめた。

「……ならば、勝手にしろ。本当に魔界へ行くのなら、早く魔方陣の上に立て」

「あぁ!? もう行くのかよ!」

「魔界へ帰す魔物達はもう転送した。残りは俺と貴様らだけだ。貴様の都合で、俺が転送を待ってやる義理は無いからな」

 魔王の足許で、完成した魔方陣がぼうっと薄緑色の光を放っている。

「わかったよ……じゃあな、皆。元気でやれよ!!」

 別れの挨拶もそこそこに、イサキはヒイラギの手を引いて魔方陣へと走っていく。

「えぇっ、勇者くんワラサ国行かないの!? きっと王様からご褒美貰えるよ!!」

 魔界と人間界。次元の違う世界へ行かれては今生の別れになるかもしれないというのに、コチがズレた心配をした。

 やっぱりコチは天然ボケだな、とイサキは笑う。

「オレの分の褒美は、代わりにお前らが貰っとけ!」

 すると、ホヤの部屋で高価な宝石を漁っていたシャコが、ヤガラに引っ張られてきた。

「も~のんびりと家捜ししてないで下さいよ! 勇者さんと巫女様が魔界に行っちゃうんですよ!!」

「わかったわよ、煩いわね! ……勇者、たまにはヒラマサに遊びに来なさいよね、一緒に組んで大豪邸の金庫を狙いましょ!」

「絶対嫌だ!!」

 別れを惜しむそぶりも見せず即答するイサキ。本心からの拒絶である。

 そして魔方陣の上に立つと、おもむろに振り返る。

「―――カジカ!」

 イサキは二カッと笑って、銅の剣を掲げた。

「コチを頼んだぞ! オレの親友なんだからな!!」

 カジカも鋼の剣の先端を向けて応える。

「ああ、任せとけ!!」

 ガチッ!

 刃先が触れ合う音と同時に、魔方陣の光は収束し、三人の姿も消し去った。

「…………」

 アイナメとヤガラは、イサキがどういう意味でコチをカジカに頼んだのか、深く考えない事にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ