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5話

         *


 コノシロ国には武器屋がなく、祭具を扱う店にもロッドは売っていなかった。

 カジカが、古く落ち着いた店内のガラス棚を覗いて呟く。

「宗教国家なせいか、錫杖はたくさん置いてあるんだけどなぁ。勇者ぁ? 一本買っとくか?」

「いーらーねーー!!」

「やっぱり、魔王と対決するぐらいだから、ボクの練習用のロッドじゃ駄目だと思うんだよね」

 しょんぼりとした様子のコチの意見には、全員が同意した。

「うん」

「そうよねぇ」

「確かに、未だにコチくんだけ新しい武器が買えてませんね。カジカくんやシャコちゃんにはこの前買った刃物があるし、勇者くんには錫――」

 同じく納得顔で頷くアイナメだが、イサキの抉るような視線を感じて言い直す。

「コホン! ……銅の剣があるのにね~」

 イサキが黙ってこくこくと頷く横で、コチがぽつりと言った。

「魔法使いの村なら、良いロッドがあるかもしれない」

「魔法使いの村、は……」

 すぐに地図を広げるヤガラへ、背後でカジカが言う。

「コノシロ国の宮殿がある辺りから西だ」

「西……あ、本当だ。サンキュな、カジカ」

 そう言って振り返ったイサキは、カジカの表情に違和感を覚えた。

(あれ?)

 カジカは、何とも言えず不満そうな顔をしていたのだ。

(他ならぬコチの話なのに……)

 いつもコチの話題になると不必要に力が籠り、必ずテンションの上がるカジカだったから、イサキは今のカジカの態度を不審に思う。

「じゃあ、今から魔法使いの村へ行ってみよう☆」

 しかし、コチが笑顔で言ったため、イサキ達が目的地を変える事はなかった。



 ―――魔法使いの村がコチの故郷だとわかったのは、村に到着してからの事だ。

 村は辺り一面に畑が広がっていて、それを耕す村人も点在する家々も数えるほどしかなかった。

「意外と、普通の村なんですねー。皆が皆、コチくんみたいなローブを着て、それから魔法使いっぽい三角帽を被ってるのを想像してました」

 ヤガラが勝手な感想を述べた。

「村のお爺ちゃん達は、三角帽を町へ行く時に被ってるよ。薄くなった頭を隠すためにねっ」

 村へ着いてからというもの上機嫌なコチは、失礼な冗談を言ってクスクス笑う。

「コチ、武器屋はどこにあるんだ?」

 周囲をきょろきょろと見回しながらイサキが問うのには、歌うように答えた。

「武器屋より、まずボクの家に行こうよ。ボクの家族も魔法使いだから、きっと性能の良いロッドを持ってると思うんだ~」

「そっか、じゃあそれを貰ったらタダだな!」

「でしょ~、タダで貰えるものは貰っておかないと☆」

 イサキとコチがセコい話で盛り上がる中、シャコが舌打ちする。

「ちぇっ、残念。武器屋なら色々ガメてやろうと思ったのに。仲間の家じゃあね」

「ぶっ、流石のお前も仲間からは盗らないんだな」

「当たり前でしょ!?」

 シャコが膨れるのを見て、全員が笑った。

 広い畦道を歩いていくと、木造の小さな家が見えてきた。

「勇者くん、あそこがボクの家だよ!」

 言うが早いか、嬉しそうに走っていくコチ。

「おじいちゃん、おばあちゃん、ただいまーっ!!」

 家の前で洗濯物を干していた老婦人が、コチに気づくと驚いた声を上げて。

「コチ! コチやないの!? あんた、コチが帰って来たえ、コチですよ!!」

 慌てて中へと入っていった。

 程なく杖をついて出て来た老爺も、コチを見ると顔を綻ばせて。

「おお、コチ。よう帰ってきたのう」

 大きな手でコチの頭を撫でた。

「おじいちゃん達も、元気そうで良かった」

 再び表へ出てきた老婦人がイサキ達に頭を下げた。真っ白になった髪を高い位置でふんわりと束ねていて、とても上品な印象を受ける。

「コチがお世話になりまして、御礼申し上げます」

「いいえ、こちらこそコチの魔法には助けられてます。もちろん魔法だけじゃありません。コチが居てくれるだけで、辛い旅の道中も何度癒された事か!」

「……」

 すらすらと答えるカジカをイサキが白い目で見る。

「そうですやろか……? けどカジカさんも相変わらずお元気そうで、よろしゅおしたわ」

 そう老婦人が独特の言い回しでおっとりと微笑むのへ、思わずシャコが口を挟んだ。

「へーっ、カジカってこの村に来た事あるの?」

「ええ、半年ぐらい前やったかしら。その時コチに広い世界を見せたいとおっしゃって、旅に誘ってくれはったんですよ」

「カジカくん、いくらコチくんを気に入ったからって誘拐はマズいですよ~」

「本当だよな」

 真顔で言うのはアイナメだ。イサキも大きく頷く。

「誰が誘拐犯だ! そんなわけあるか!!」

 憤慨するカジカに大笑いの仲間達、そんな彼らを見て老爺が嬉しそうに言った。

「コチもカジカくんも、旅のお連れさんがぎょうさんできて何よりですなぁ。ほな、皆さん中でお待ち下さい。夕飯の仕度をさせますさかい」



 こうして、コチの家で小さな宴会が催された。

 コチは輪の中心で、懐かしい郷土料理にご機嫌である。

 ほとんどが野菜のみでできた精進料理だったが、イサキ達の席には鶏皮の空揚げやササミの塩焼きの皿もある。若い人向けにと献立に気を遣ってくれたのだろう。

「久しぶりやなコチ、元気そうで良かったわい」

「あーお爺さんお久しぶり、お爺さんこそ元気だねー」

「コチちゃん、ほらこれ、ウチの畑で採れた小芋の煮っ転がし。好きやったろ?」

「うん、大好き~☆ ありがとお婆ちゃん!」

 イサキ達は出された料理に舌鼓を打ちながらも、さっきから村人が代わる代わる顔を出してコチに挨拶していくのが不思議だった。

 その疑問には、カジカが答えてくれた。

「この村に住んでるのは年寄りばかりでな。子どもはコチしかいないんだよ」

「ふむふむ……モグモグ」

「だからコチがいずれ村長の後を継いで、村に活気を取り戻してくれると誰もが期待してる。そんな注目の的のコチが里帰りしたとなれば、様子を見に来て当然だよ」

「へーぇ……パリポリ」

 ご馳走に集中して気のない返事をするアイナメにも、熱を入れて語るカジカ。

「コチって、色んな属性の魔法使えるだろ」

「そうですね……ゴクゴク」

「普通、魔法使いってのは自分の先天属性に絞って修練するんだ。その方が威力もあるし、上達しやすいからな。けれど、コチは他の属性の攻撃魔法も習得している」

「むしゃむしゃ……」

「……どうしてなんだ?」

 とうとう返事さえしなくなったアイナメの代わりに、イサキが相槌を打った。

「……村の爺さんどもに教え込まれたんだよ。あいつら、息子達が都会に行っちまったもんだから、コチを弟子にでもするつもりで自分らの得意な魔法を叩き込んだんだ。それが、コチの魔力を伸ばす阻害になるとわかってるはずなのに、な」

 そう言うと、カジカは盃をぐいっと煽った。

 あまり良い飲み方ではないだろうと、酒が飲めない歳のイサキでも心配になって。

「あんま飲み過ぎんなよ?」

「だーいじょうぶ、大丈夫……おーい、コチ、お前鶏のササミ好きだろー? 俺のもやるよー」

 カジカが、村人達の輪の中にいるコチへ擦り寄っていくのを見て、ヤガラがこっそり囁いた。

「カジカさん……あまり村の事好きじゃないのでしょうか……」

「かもしれないな」

 イサキも神妙な面持ちで頷いた。



 年寄りが早寝なためか、宴会は日付が変わるまでにお開きになった。

 そして台所では、後片づけをしている老婦人にコチが甲高い声で詰め寄っている。

「え~~っ! ママ、自分のロッド失くしちゃったのォ!?」

「ごめんなぁ、去年大掃除した時どこに片づけたか忘れてしもたんよ」

 老婦人は山積みの皿を洗いつつ、どこかのんびりした口調で謝っている。手を動かすスピードと会話の速度がアンバランスだ。

「もうっ! そのためにわざわざ帰ってきたのに~!!」

 平然と愛想のかけらもない事を言ってコチが悔しがる一方、客間ではイサキが不思議そうな顔で台所の方を向いていた。

「あれ、今コチのやつ、ママって呼んでなかったか?」

「ああ、あの二人はコチの両親だけど?」

「えええええ!!?」

 あっさりと頷くカジカに、驚きを隠せないイサキ達。

「言っただろ~この村の子どもはコチだけだって。きっと、おっさんは村を潰さないために頑張ったんだろーなー」

「頑張っ……へーーっ、ふぅ~~ん……」

「でも、おばさんは恥ずかしいからって、普段はおじいちゃんおばあちゃんって呼ばせてるみたいだな」

「へ、へぇ~……」

 イサキ達が何とも言えない声で感嘆していると、玄関からノックの音が聞こえた。

 コンコン

「は~~い」

 コチがぱたぱたと走って行き、扉を開ける。

「誰だろうね? こんな遅くに」

「シャコ、覗き見なんてはしたない真似しない!」

「だって気になるじゃないの」

 シャコを止めるふりをしつつ、イサキも壁から顔を出して玄関を見た。

 コチが引き戸をすんなり開ける。田舎は都会と違って家人が起きている間は施錠をしない。

「どちら様ですかぁ?」

「夜分に失礼致します。我々人口調査に来ておりまして」

 にこやかに話しかけてくる訪問者と反対に、コチ達は言葉を失った。

 笑顔で立っている緑の髪の女はまだ良い。だがその後ろにいた二人が、明らかに魔物とわかる姿をしていたのだ。

 平屋と同じ高さの赤いドラゴンはやはりお約束の二足歩行で、隣の黒光りした大きな甲虫はその節張った細い後ろ足で必死に地面を踏み締めて、立っていた。

 イサキ達の注目を集めたのは、ドラゴンではなく虫の方だ。

「…………」

 バタッ

「おい、ヤガラが声もなく倒れたぞ!!」

「泣き声も上げずに気絶するなんて……よっぽど嫌だったんだな、あの巨大カメムシ」

(僕、カメムシじゃない……カメムシじゃないぃぃぃ!!)

 カメムシ呼ばわりされて甲虫が密かに涙を流している事には気づかないカジカとイサキ。

「なっさけないわね~、あんな虫一匹ぐらいで」

「シャコ、むしろ女のお前が無反応な事にオレ達びっくりだよ……」

「え、なんで?」

 そんなイサキ達のヒソヒソ話に気づかず、女はにこやかに微笑みかけてきた。見事な営業スマイルである。

「あの、お名前は結構ですから、家族構成と年齢だけ教えて頂けませんでしょうか~?」

「……おたくら、魔王軍でしょ」

 思わずツッコみたい衝動に負けてしまったイサキに、女がようやく気づいて問い掛ける。

「あら、皆さんお若いけど、この村の方?」

「いいえ、お客さんです」

 コチの母親も廊下に出てきて、家族構成を説明した。

「ウチはわたくしと主人と、それからこの子の三人家族です」

 この子、と服を引っ張られたコチを、女はじいっと見てから。

「わかりました。ご協力有り難うございました」

 愛想よく礼を述べて帰っていったのだった。


         *


 翌朝、パチパチと木が爆ぜる音に驚いてイサキが目覚めると、鼻につく焦げ臭い風も流れ込んできて、村の異変を訴えていた。

 全員が慌てて家の外へ飛び出ると、村中の家屋から火の手が上がっていた。

 既に村の老人達が、あちこちで必死に消火活動を始めている。

 しかし、彼らが手にしている物を見て、イサキ達は唖然とした。

 あっちの爺さんは、洗面器。

 こっちの腰の曲がった婆さんは、象さんの形をしたじょうろ。

 向こうで老人達の指揮を執って怒鳴っている爺さんの手には、柄杓。

 どう見ても、本気で消火しているようには思えない。

 イサキが、仲間達を見やって言った。

「大変だ! 皆、消火を手伝おう!!」

「でも柄杓なんて持ってないわ」

「アホかッ、柄杓で火が消えるか!!」

 イサキがシャコにツッコミという名の拳骨を見舞う脇で、コチが歓声を上げた。

「あっ、勇者くん! あのお爺ちゃんバケツ持ってるよ。貸してもらお!」

「よし!」

 コチが頼むと、老人は喜んでバケツを貸してくれた――見るからに穴の開いたバケツを。

「……あの……このバケツ、穴が……」

 バケツを受け取ったものの、困惑するシャコ。

 だが老人は得意そうに胸を張った。

「大丈夫や、お嬢ちゃんの細い手ぇでも充分塞げる穴やって! まだ使える使える!!」

「……普段は使えたとしても、こんな緊急時には無理だろ」

 溜め息をつくカジカにヤガラも同意する。

「穴の空いたバケツなんて、捨てちゃえば良いのに」

「アホ言いなや! 物は大切にする。これこそが、この村の魂や!!」

「う~っ、穴の開いたバケツで村の魂を語られても嬉しくないよ~」

 コチがあからさまに嫌そうな表情をした。

「それに、ヤガラを怒鳴りつけるのはやめて欲しかったな……」

 老人の大声に驚いて泣き出したヤガラの背中を撫でて、イサキが零した。

「はよう、無駄口叩いている暇があるんやったら、ちゃっちゃと働き! これ全部つこてええさかい!!」

 そう言って老人は、全員にバケツやじょうろ等を配ると、自分も消火活動へと戻った。

「嫌よ、こんな水漏れするバケツ~アイナメが持って!」

「何言ってるんですか。バケツから漏れた水で服を濡らす役なんて、女性のシャコさんがやるべきです!! 男の服が濡れて透けたって何も嬉しくないじゃありませんか! では、私はこの遊び人にぴったりな象さん型じょうろで消火を手伝ってきますッ」

「何その理屈!? 余計お断りだわ……って、ちょっと待ちなさいよアイナメ~~!!」

 逃げるアイナメをシャコが追いかけていく。

「あーもう、あの二人はまったく……」

 などと呟くイサキは、ふと背後からする話し声に気を取られて、振り返った。

「ほら、コチ。一度にたくさん水を運べた方がいいだろ?」

 カジカがコチに水を張ったタライを持たせようとしていた。よく見ると、タライにはヒビが入っている。

「カジカちゃん、これ……重いよぉ~」

 水を零すまいと頑張るコチだが、余程重いのか足許がふらついている。

 そのせいでタライからわずかに零れた水が、コチの白いローブに染みを作っていた。

「カジカ……」

 イサキが呆れ果てた、その時。


 キィ――――ン!!


 突然、広場から耳を劈く高音が響き渡った。

「何だ……?」

「あー、あー、村全体に通達するー。我々は魔王軍生活調査部隊である!」

 どうやら、ハンドマイクの起動音だったようだ。

 続いて響いてきたのは、昨日訪ねてきた緑の髪の女の声だ。

「この村に一人、魔法使いの子どもがいる事はわかっている!! 今すぐそいつを連れてきな!」

 イサキ達が慌てて広場へ向かうと、何人かの老人達が女に言い返していた。

「何を訳の分からん事叫んでんねん! そんなんより、今すぐ魔物に火ィ吐くのを止めさせんかい!」

「そうじゃ! いくら呼びかけても無駄じゃわい、この村には儂ら年寄りしかおらん!」

「嘘おっしゃい、昨日調査して知ってるんだから!!」

 イサキ達は老人の言葉に、女の方を見た。

 なんと、マイクを持った女の背後で、彼女の部下のドラゴンが火球を吐いていたのだ。

 火球がぶち当たった家は一瞬で火の海になって崩れ落ちている。

 愕然としてイサキ達がその光景を眺めていると、女のもとにもう一人の部下である甲虫がガサゴソと走ってきた。

「クエ様、全ての建物を調べましたが子どもは見つかりませんでした!」

「なんですってーぇ? 六本も脚があるんだから、もっとしっかり捜しな!」

「ハイ!」

 女――クエが眉を吊り上げて怒鳴っている。

「アイツらが火事の原因か!!」

「待て」

「痛ッ!」

 いきり立って駆け出そうとするカジカのポニーテールを掴んで、イサキが止めた。

「落ち着けカジカ。ドラゴンが火を吐いても村の人達が変に落ち着いている。つまり、村人は全員家の外へ避難できたってわけだ」

「……なるほど、それが?」

「いいか、熟練した魔法使いの爺さん達が束でかかっても敵わない相手にオレ達が敵うと思うか? ここは黙って様子を見よう」

 イサキの説明にカジカは渋々納得して、黙った。

 老人の一人がクエに尋ねる。

「何故、こんな酷い事をするんじゃ!」

「ふん、どうせすぐあの世に行きそうな爺様だから教えてあげるわ」

 クエは大きい態度で言ったものだ。

「今まで魔王軍がこの村を放置してきたのは、大した脅威じゃなかったからよ。ま、今は魔法使いよりも剣士や武闘家が人気だし、爺様たちの子や孫がみーんな都会へ出ていったのも当然よねぇ。オーッホッホッホ!!」

 下品に笑うクエ。しかもハンドマイクを口に当てたまま。

「マイク越しに馬鹿笑いするなよ。うっせーなー」

 密かにツッコむのはイサキだ。

「でも、最近後継者ができたらしいじゃない? しかもどっかの大会で準優勝するような将来有望な子が!」

 その言葉を聞いた途端、イサキがハッとして叫んだ。

「ヤガラ! コチを捕まえろ!!」

「は……はいっ!」

 ヤガラが理解できないままコチを羽交い締めにする間にも、クエの話は続く。

「そんな実力ある魔法使い、この村の出身に決まってるわよねぇ? で、そいつを生かしておいたら、いずれ魔王様の敵になるかもしれないでしょう? だから、子どもの内に殺しておけと言う魔王様からの命令なの!! さあ、さっさとその子を連れてこないと村中焼き尽くすわよ!!」

「いいや! 儂らの村にそんな逸材などいるものか!! もーしそんな凄い子どもがおったなら、この村もこんなには寂れんかったわい!!」

「そうじゃその通りじゃ!!」

 そんな老人達の反論を背中で聞きながら、イサキとヤガラはコチを抱えて来た道をを引き返した。

「なんなの勇者くん、アイツらやっつけにいかないの!?」

「いいから黙ってろ!」

 不思議がるコチにピシャリと言ったのは、三人を追いかけてきたカジカだった。

 カジカは、いつになく厳しい顔をしていた。



 コチの家にも火は移っていたようだが、アイナメが象さんじょうろで鎮火させていた。

 一体子ども用のじょうろ一つでどうやって家一軒を焼く規模の炎を消したのか。小さなミステリーである。

 今、アイナメはコチの家の前に咲いていた草花に水をやっている。

「こんな大火事でも生き残るなんて……強い花ですね」

 アイナメが納得して頷いていると、後ろから複数の足音が聞こえてきた。コチを抱えて全力疾走するイサキ達だ。

「アイナメーーーー!!」

「勇者くん、どうしました?」

「お前っ、しばらくそこに立ってろ! 見張りだ見張り!!」

「は、はあ……」

 有無を言わせない調子で命令して、イサキ達は家の中に入って扉を閉めた。

「まさか、奴等の狙いがコチだったなんて……」

 呟くイサキの隣では、カジカが頭を窓から出して、じっと広場の方角を見つめていた。

 あそこでは村の老人達が必死で敵と戦っている。

 カジカは思う。

 老人達は、決して口を割らなかった。

『この村には儂ら年寄りしかおらん!』

『儂らの村にそんな逸材などいるものか!!』

『そうじゃその通りじゃ!!』

 彼らの言葉に、村の発展を担う後継者としての打算は、ない。

 何故なら、今や村全体が燃えているのだから。

 だから彼らはコチの存在を隠し通すだろう。

 自分の住む所を焼かれても、コチを守るために。

 村と引き換えにでも、コチを守るために。

 彼らも、コチに純粋な愛情を持っていたのだ。

 彼らも。

「……勇者」

 カジカは、鋼の剣の柄に手をかけて、低く言った。

「コチを頼む」

 その声は重く、カジカの決意が滲んでいて、イサキに止められるはずもなかった。

「わかった。気をつけろよ……」

「カジカちゃん!!?」

「…………」

 カジカはコチの顔を見ないようにして、何の言葉もかけないまま広場へと走っていった。

 カジカについて行こうとするコチを、両脇から固めて押さえつけるイサキとヤガラ。

「コチ、お前は出て行くな!! 奴等の標的はお前なんだから!」

「でもカジカちゃんがッ」

 イサキは、クエの言う『どっかの大会で準優勝』が、ワラサ国の勇者選抜トーナメントの事だと察して、それをコチに告げたものか迷っていた。

(コチが準優勝したせいで魔王軍に目をつけられて、村が狙われたなんて……言えないよな)

「勇者くん離してってばッ、カジカちゃんや皆が!!」

 イサキが考え込む間にも、二人の腕を振りほどこうと暴れるコチ。

「落ち着いてっコチくん! カジカさんなら大丈夫ですぅ!!」

 ヤガラの言葉が聞こえているのかいないのか、コチはカジカの名前を呼んで泣きじゃくるばかり。

「カジカちゃん! カジカちゃーーん!!」

 ひたすら泣きわめくコチの腕を必死で押さえつつ、イサキは思った。

 これだけカジカのために号泣するコチの姿を、本人に見せたらどうするだろう――と。

(ああ、だからカジカはコチの顔を見なかったのか)

 顔を見ると、一人で加勢に向かう決意が鈍ってしまうから。



 カジカが広場に駆け戻ると、コチの父親が背を丸めて息を切らしていた。

 その向こうでは、他の老人達が魔法でクエと甲虫に応戦している。

「おっさん!」

「ああ……カジカくん。助太刀に来てくれたんか、堪忍な」

 父親は、長いロッドに寄り掛かりながら苦笑いした。

「私らも年取ったっちゅうこっちゃな、奴等に魔法が当てられへん。魔法の威力はあっても、放つスピードがあらへんのや」

「弱気な事言うなよおっさん、村やコチを守るんだろ!」

「……そやな。ほな、カジカくん。ちょっと耳貸してくれへんか?」

「え……?」

 父親がカジカに何か耳打ちしている間も、他の老人達は気丈にクエ達と対峙している。

 その内の一人が呟いた。

「アカンな……早く決着をつけんと家が全部燃やされてまうで!」

「あーら面白い事言うのねェ、決着なんて既に着いてるじゃない! アタシ達の勝ちでね!!」

 オーッホッホッホ、と再びハンドマイク越しに高笑いを始めるクエ。

「儂にまかしとき、さっさと終わらせたる!」

 そんな彼女に対抗するように大見栄を切った老人が、渾身の力を込めて呪文を唱えた。

「レインボー・トロウト!」

「ふんっ、そんな風、避けてしまえば何て事ないわ!」

 老人の一人が放った風魔法をクエはひらりとかわしたが。

「うわぁっ!!」

 運悪く、背後で懸命に二足歩行をしていた甲虫が、正面から爆風に煽られて後ろに転んでしまった。

「ドジねっ! 何してんのよ!!」

「うわぁぁん……すみません、クエ様……お……起き上がれない……」

 ジタバタと足を動かして起き上がろうとしているようだが、悲しいかな彼は甲虫である。

 足の関節が背中の後ろに回らないのだ。当然足で宙を掻くだけでは立ち上がれない。

 しかも甲虫がもがくたびに、背中が滑らかなせいで起き上がりこぼしのようにゆらゆら揺れて、かなり情けない状態だ。

「ちょっと! 何抱きつこうとしてるのよ!!」

「ちがっ……抱きつきたいんじゃなくって、抱き起こして欲しいだけなんです~」

「嫌よ、自分で立ちなさい!」

「そんなの無理ですぅぅぅぅ!」

「やだっ、触らないでよ! アタシ虫嫌いなのよぉッ!」

「そんなぁ!」

 立ち上がろうともがいて、クエの腰に六本の脚を絡める甲虫。

 本人は助けて貰いたいがための行動だが、傍から見ればただただ怪しい。むしろ妖しい。甲虫の節張った複数の脚に絡みつかれて必死にもがく美女―――。

(マニアが見たら喜びそうだな)

 老人達に紛れて様子を窺いながらカジカは思った。

 しかし、同時に考える。

 これはチャンスだ。

 敵が互いに互いの身動きをとれなくしているなんて、願ってもない好機だ。

 カジカは、コチの父親へ低く囁いた。

「今だ、おっさん!」

「ああ……レッド・スナッパー!!」

 父親も頷いてカジカの剣の刃先に炎の魔力を宿らせた。

 みるみるうちに鋼の刀身が、鮮やかなオレンジ色に変貌していく。

「よし……!」

 カジカは剣をしっかりと握り直し、もがく二人に向かって突進した。

 クエと甲虫の真上に跳躍した時、ボウッと音を立てて鋼の剣が自ら炎を纏った。

「やあああっ!!」

 そのまま二人に斬りつけるカジカ。

「!?」

 ザクッ―――!

 突然現れたカジカに不意をつかれたクエの肩を、炎の剣がためらいなく抉る。

「キャッ!!」

「熱っ!!」

 二人は悲鳴を上げ、もつれあうように地面に転がった。

「おりゃああああっ!!」

 カジカは怒りの咆哮と共に、動けずにいる二人にもう一太刀浴びせる。

「うぅッ……」

 呻き声を漏らして意識を失ったクエの下から、甲虫がのそのそと這い出た。

 カジカは鋭い視線で見下ろしたが、甲虫のあまりの怯え具合に剣を収める。

「うわぁぁぁん! クエ様がやられたぁぁ」

 甲虫はすぐにくるりと背中――ではなくお尻を向けると、ガサガサと忙しない足音を立てながら逃げていったのだから。クエを残したまま。

 勝負の決した瞬間だった。

「……」

 カジカが、視界の隅に入ったドラゴンをチラリと一瞥すると、彼もクエには見向きもせず走っていく。

 あんな横暴な上司じゃ、部下の人望も皆無だろうな――カジカは内心笑った。

 そして、もう周りのどの家からも炎が消えている事に気づく。自分達が戦っている間に火災は収まったのだろう。

「終わったか……」

「終わったようだな」

「!」

 急に背後から声をかけられ、カジカは驚いて振り返る。

「……何だ、勇者か」

 立っていたのはイサキとヤガラ。ヤガラはカジカの驚きぶりに肩を震わせてビくついている。

「何ビビってんだよ。お疲れさん、カジカ」

 ぽん、とカジカの肩を叩いてから、イサキは地面にしゃがみ込んでクエの怪我を診た。

「おーおー、女相手にも容赦ないね。肩から胸にかけてザックリ」

「村に放火した奴だぞ」

 カジカの冷ややかな声音にイサキは肩をすくめた。戦闘直後で張り詰めた神経をほぐしてやりたかったが、確かに失言だったと思う。

「マジに取るなよ。……他の二人は?」

「逃げやがった」

「ふーん……どうやら止血の必要はないな。ヤガラ、この女を縛って村長さんの所まで運んでくれ。後の事は村の役場に任せるべきだからな」

「はいっ」

 軽々とクエを担ぎ上げて走っていくヤガラを見送って、イサキが呟いた。

「死にはしないだろうけど……あの傷、妙だな」

「ん?」

「剣の切り傷には違いないが、傷口が火傷みたいに焦げてた。一体どうやったらあんな傷になるんだ?」

「ああ、魔法剣だ」

「魔法剣? ……あれ、でも」

 カジカって魔法使えないよな、とイサキが不思議そうに呟く。

 するとコチの父親が説明してくれた。

「私がカジカくんの剣に炎の魔力を宿したんや。もっとも、ロッドとちごうて触媒にならん鋼の剣やと炎が数秒しか保たへんから、タイミングよく敵に斬りつけられてよかったわ」

「おっさんも無茶言うよな、数秒なんてさ。その間に必ず一撃食らわせないと……って、かなりのプレッシャーだったんだぜ」

 カジカも苦笑する。

「ともかく、カジカくんのおかげで、奴等を追い返せてよかったわ。ほんま、おおきにな」

 コチの父親は深々と頭を下げた。

(カジカ……コチの親父さんと一緒に戦ったのか)

 二人が親しげに話すのを眺めて、イサキは安心した。

 今のカジカの笑顔は、宴会の席で飲んでいた時と比べて、ずっと明るい。


         *


 さて、イサキ達がコチの家へ戻ると、相変わらずアイナメは象さんじょうろ片手に花の世話をしていた。

 その呑気な光景に、戦いは本当に終わったのだと妙な安心感を覚えて、イサキは慌てて首を振る。

(アイナメを見て安心するなんて、オレもどうかしてるな)

 けれども、その安心感を旅の仲間に与える事が遊び人の本来の役割なのかもしれない――とも思うのだった。

 そして、カジカが扉を開けるより早く、中からコチが飛び出してきた。

「カジカちゃんっ!!」

「コチ!」

 コチが勢いよく胸に飛び込むのを、しっかりと抱き留めるカジカ。

「カジカちゃん、大丈夫だった?」

 いくら心配していたとはいえ、コチの方からカジカにひしと抱きつくのを見て、イサキはびっくりした。

「ねぇ大丈夫なの!? 怪我ない?」

「平気平気。怪我は無いし、コチの顔見たら疲れも吹っ飛んだよ」

 カジカの心底嬉しそうな顔が、何となくいたたまれなくて、イサキは思わず口を挟んでいた。

「コチ、カジカの無事を喜ぶのはいいが……辺り見てみろ」

「え……?」

 言われてパッと顔を上げたコチの目に映ったもの。

 それは全焼した家々の――もうどんな形の家が建っていたかも思い出さないとわからないぐらい――屋根も壁も頽れた、無残な光景だった。

「……村の人達も、途中からは奴等を倒す事を優先して、消火まで手が回らなかったんだ」

「そんな……!」

 イサキとカジカは、てっきり、村が全焼した事へのショックからコチは悲痛な叫びを上げたのだと思って、胸を痛めた。

 だが、次にコチの口から零れたのは、予想外の言葉だった。

「……どうしよう、武器屋も丸焼けじゃあ、ロッドが買えないよぉ……」

「……」

「は?」

 ぽかんと口を開ける二人に、コチは残念そうに言ったものだ。

「だって、ボク達は新しいロッドを貰いにここへ来たんだよ? なのに、収穫無しだなんて~」

「……お前な~、村の惨状よりも武器の心配かよ……」

 イサキは呆れてみせながらも、コチが元気そうな事にほっと胸を撫で下ろすのだった。


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