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4話

         *


 さて、何故か再びアイゴの町の周辺。イサキは地図を広げてうんうん唸っていた。

「おっかしーな~~アイゴの町から、こう行って、ここで曲がって、真っ直ぐ行ったら、コノシロ国の国境が見えてくるはずなのに」

「おいおい! まさか、迷っちまったんじゃねーだろうな―――また」

「まーさかぁ、そんな訳……ある……やも」

「あるやもじゃねぇッ!! お前が迷えば迷うだけ、俺達は魔物と遭遇して倒すなり、追っ払うなりしなきゃいけないんだぞ!!?」

 段々と自信なさそうに語尾が小さくなるイサキを、苛々したカジカが怒鳴りつける。

「で……でも、カジカちゃん? 今まで出てきたナマハムもエビグラも大人しい子ばっかりで、ほとんど戦わなくて済んだじゃない」

 今にも殴りかかりそうなカジカを宥めるのは、コチの役目だ。

 ちなみにエビグラとは、エビルグリズリーの略で熊の姿をした魔物の総称である。

「アタシとしては、またアイゴの町でスリができたから良いけどさ」

 一人ご機嫌なシャコを無視して、今度はアイナメが愚痴を言い始めた。

「しかし……ヒラマサの町からコノシロ国へ行こうとして散々迷った末、わざわざ戻って来たのに、ここでも迷っていたら世話ないですよ……勇者くん?」

 見ると、銅の剣を地面に立てているイサキがいた。

「こうなったら最後の手段、運任せだっ!」

 そう言ってパッと手を離すイサキ。

 ―――バタン!

 銅の剣は手前に倒れた。つまり、イサキのいる向きに。

「…………後退するとか言うなよ?」

 ジトッとした目でイサキを見るカジカ。

 イサキは極端な方向音痴だった。

 すると、控え目にヤガラが手を挙げる。

「あのぅ、僕にも地図を見せて下さいませんか……?」

「ん? はいよ」

 イサキから地図を受け取り、真剣に睨めっこするヤガラ。

「わかりました……こっちです」

 ヤガラが左手で指し示したのは、街道を挟んで向こう側にある密林だった。

「ええ、こんなところ行くのか?」

「はい、僕一度だけコノシロ国へ行った事あるんです! 確か近道なんですよ。ここ」

 ヤガラは珍しく自信を見せて答えたのだった。

「それに、きっとコノワタの神様が導いて下さいます!」



 南国の植物が生い茂る密林へと入り、道なき道を進んでいく一行。

「それにしても、ヤガラがコノワタ教信者だったとは知らなかったわ」

 シャコの言葉を聞いてカジカが問う。

「コノワタ教って?」

 説明するのは、どうやら本当に博識らしいアイナメだ。

「コノシロ国で広く信仰されている宗教です。確か、教義をわかりやすく説く巫女がいて、国民にとても人気があるそうです。国外にも信者が多いんですよ、ヤガラくんみたいに」

「はい、僕の家の近くにたまたまコノワタ教の教会があったんです……」

 ヤガラは地図を見つめたまま、ぽつぽつと語った。

「僕……子どもの頃から友達いなくて、いつも教会で遊んでて……飾ってある巫女様の石像が、唯一の友達でした……ひっく」

「……なるほど……って、コラ! せめてコノシロ国に着くまでは泣くな!!」

 ヤガラが涙声になったのに気づいて、イサキが慌てる。

「す、すいません! ……うっく……た、多分、こっちで合ってると思います~」

「ヤガラくん、お見事です。見えてきましたよ、宮殿が」

 仲間達が度重なる戦闘で疲弊している中、一人涼しい顔だったアイナメでも、コノシロ国の宮殿が目に入ると嬉しそうな声になった。やはり歩き疲れていたのだろう。

「ぶ……無事に着きましたね。コノワタの神よ、感謝致します」

 安堵の表情で呟くヤガラ。

 だが。

「よっしゃ、やっとジャングルも終わりだな――うわあっ!!」

 意気揚々と駆け出そうとして、足場が急に無くなったのに気づくカジカ。

「危ねっ!!」

 それを見たイサキが、慌ててカジカの服を掴む。

「ぐ……っ」

 カジカもすぐに手を伸ばして、地面を引っ掻いた。

「!」

 そして谷底を見てしまい、思わず顔が引きつる。

 否、カジカに谷底が視認できたわけではない。何故なら、崖から下全体に白いもやが充満していて、底が全く見えないのだ。

 高さのわからない崖ほど恐ろしいものはない。

「何で急に崖が――?」

 そんな崖から転落しそうになっているカジカを見ながらも、冷静に呟くアイナメ。

「ああっ、もしかして!」

 コチが、ヤガラの地図を覗きこんで声を上げた。

「ホラ、いつの間にか道を逸れて、地図の×印の所に来ちゃったんだよ!」

「×印……ハタハタの谷か!」

 そう言えばコノシロ国の南端だったっけ。イサキも納得する。

「ここが、ハタハタの谷ですか。噂通り、谷底がもやで見えませんねぇ……谷とは名ばかりで、実際は地割れによって出来た大穴らしいですが」

 アイナメは冷静に白いもやを観察している。

 実は、谷の深さを隠して簡単に降りる気を起こさせないために魔王軍が仕掛けた魔法のもやなのだ。

「まるで温泉の湯気みたいだね☆」

 そんな理由など当然知らないコチが感想を漏らした。

「やだ~、こんな所降りて行きたくないわ。温泉の湯気に当てたら銀貨が錆びちゃう」

「これだけ湯気が出てたら、相当な湿気でしょうね……髪のセットが崩れそうです」

 すっかり温泉と勘違いしているが、一応は魔王軍の思惑通りに崖下へ降りる気を無くすシャコとアイナメ。

「す、すみません……僕が道を間違えたばかりに……ひっく」

 責任を感じているのか、ヤガラは泣きそうになっている。

 そして、カジカとイサキは妙な小芝居を始めていた。

「カジカ、しっかり掴まれよっ。今引き上げてやるからな!」

「駄目だッ、俺の事はいいから手を放せ! お前まで落ちるぞ!!」

 悲痛な声で叫ぶカジカだが、しっかりと爪先を岩の出っ張りに乗せているため、落ちる心配はなさそうだ。

「馬鹿野郎!! お前が死んだら、コチはどうなる!?」

「…………コチ」

 ハッとするカジカ。

「お前がコチを守らなくて、誰が守るんだっ!!」

 イサキがそう一喝して、一気にカジカを引き摺り上げる。

「どーっこいしょぉぉっ!!」

「……勇者、この感動的な場面でどっこいしょはねーだろ……」

「あは、悪い悪い!」

 楽しそうな二人を見て、アイナメが零す。

「まったく……底に魔王城があると噂のハタハタの谷に来ているのに、呑気に遊んでていいんですかねぇ」

「それ、遊び人のアンタにだけは言われたくないと思うわ……」

 シャコが呆れる後ろで、崖下を覗き込んだヤガラが呟いた。

「こんな断崖絶壁で、深さのわからない穴の底へ、どうやって降りて行けばいいんだろ……」



 結局、コノシロ国までハタハタの谷の外周分――城一つがすっぽり入る大穴だから相当の距離である――だけ遠回りする事になった。

 コノシロ国でまず驚かされたのは、人の多さだった。

 トーナメントに沸いていたワラサ国でさえ、道が人で埋めつくされる事なんてなかった。

「こんなに人が多いと、こっそり財布を頂いてもしばらくは気づかないわね! 腕が鳴るわ~」

 不謹慎な期待に興奮するシャコを、珍しく無視せずにイサキが嗜める。

「堂々と犯罪宣言しない! コノワタの神様に罰を当てられるぞ?」

「あら、勇者ってば神様なんて信じてるのォ?」

 シャコがさもおかしそうに大きな声で言うものだから、周りにいた人間が全員、ジロリとシャコと睨みつけた。

 しかしその視線に孕んだ非難は、声が大きかった事だけじゃないようだ。

 イサキが呆れて溜め息をつく。

「信じてても信じてなくてもな、神を冒涜する事は言わない方がいいぞ……」

 人波に流されるままに通りを進んでいくと、ハタハタの谷からも見えていた白亜の宮殿が近づいてきた。

「コノワタ教の教団幹部が住まう宮殿です。巫女様も宮殿で生活なさってると聞いた事があります」

 喜々として説明するヤガラは、コノシロ国に着いてからずっと笑顔だ。

 ヤガラの泣き声を聞かなくて済むだけでも、一行にとってはコノシロ国が良い所に思えるから不思議だ。

「あのぅ、宮殿の中庭へは誰でも自由に入れるそうですから、行ってみませんか?」

「いいよ、なっ?」

「うん☆」

「ええ」

 だから、自然とヤガラの提案に従う五人。

「行きましょう行きましょう! そこから見えるバルコニーには、時折巫女様がお姿を見せる事もあるそうなんですっ」

 かくしてイサキ達は、宮殿のバルコニーに面した中庭へ行く事になった。



 中庭は、身動きすら取れないほどの人だがりが出来ていた。

「巫女様~」

「巫女様ステキー!」

 そこかしこから、巫女を褒めたたえる声が聞こえる。

「巫女様、いらっしゃるようですねっ」

 ヤガラが興奮気味に言う。

「こっち向いて下さい~!」

「巫女様~っ!」

 イサキは人の波を掻き分けながら、周囲の歓声を聞くともなしに聞いていた。

 しかし、不意に聞き覚えのある名前が耳に入って、立ち止まる。

「ヒイラギ様ぁ~~!」

(ヒイラギ!?)

「ヒイラギ様可愛いー!!」

「ほら、巫女様、今こっち見たわ! ヒイラギ様が私の方見たわよ!!」

「きゃーホント!?」

(ヒイラギが巫女―――!?)

 唖然とした表情で、イサキはバルコニーを見上げる。

 そこでは、長い栗毛を靡かせた巫女が両手を合わせていた。

 腰まである栗毛、白い肌、長い睫毛。その一つ一つがヒイラギを形作る輪郭と同じ、いや、“そっくり”だった。

「コノワタの土が、皆様と皆様の信ずる神に優しいものでありますように……」

 そう穏やかな声音で述べて、巫女がふんわりと柔らかく微笑んだ時、イサキは思わず叫んでいた。

「あの巫女は偽物だ!!」

「!?」

 ―――ジロッ

 当然、周囲の人間の鋭い目線がイサキに集まる。

「馬鹿!! いきなり何言ってんだお前は!」

「そうよ、アタシにさっき神を冒涜するような発言は慎めって言ったくせに!」

 カジカが慌てて口を塞ぎ、シャコが文句を言いながらイサキを羽交い絞めにする。

「んーんー!!」

「とっ、とにかく、話を聞かれないよう端の方へ行こっ。勇者くん、話はそれからだよ。ねっ」

 暴れるイサキをコチが宥め、一行は逃げるように中庭の隅っこへ移動した。



 バルコニーから笑顔で手を振っているのは、確かにヒイラギそっくりの別人だった。

 だが、それを知ってるのはイサキ一人なのだ。

「どういう事だよ、勇者? あの巫女が偽物ってのは」

 カジカが声を顰めて問う。

「……オレは本物に会った事がある」

 重い口調でイサキは断じた。

「どこで?」

「最初はワラサの勇者トーナメント会場の近くで、次はトビコ……」

 途中で言葉を切り、俯くイサキ。

「ヒイラギは、あんなふうに」

 イサキ以外の全員がバルコニーを見上げる。

「綺麗に微笑んだり、しない」

「否定かよ!」

 ツッコむカジカ。

 巫女は、眩しいぐらいの笑顔で民衆の歓声に応えている。

「ヒイラギは……あんなに生き生きと手を振ったりしない」

「……はあ」

 当惑した相槌はヤガラだ。

 巫女は、元気いっぱいといった風情で手を打ち振っている。

「……ヒイラギはもっと儚げで、なんつーか人形みたいで……そう、死んだ魚の目をしてるんだ」

「人々を導く巫女が、死んだ魚の目をしてちゃいかんだろ!!」

 どこか陶酔したように語るイサキの胸ぐらを掴んで、カジカががくがくと揺さぶる。

「話を聞けば聞くほど、偽物のままで良い気がしてきた……」

 呆れてシャコも脱力している。

「とにかく真偽を確かめるために、宮殿へ行ってみませんか?」

「あ、アイナメさん、どこ行ってたの?」

 突然会話に加わったアイナメに、未だぶつぶつ呟くイサキの代わりかコチが返した。

「それが、向こうの売店で売り子さんに捕まってまして……おみくじや御守りを薦められて、つい買っちゃいました」

 アイナメが売店の方を見やると、売り子の女性達が妙に色めきたった様子で歓声を上げた。

 コチが冷やかす。

「さ~すがアイナメさん、モテる男は得だね☆」

「ある意味損ですよ。財布の中身は出て行くばかりですから」

 アイナメが苦笑して両手に下げた紙袋を持ち上げると、シャコがまるで鬼の首を取ったかのように囃し立てた。

「あーっ、ちょっと女の子に薦められたからってどれだけ買ったのよ。勇者が怒るわよ~~?」

 それを聞いたカジカが、イサキの方を向いて呟く。

「普段の勇者なら、怒るだろうけど……」

 イサキは、今は黙って宮殿を見つめていた。

 その鋭い視線が何を見ているのか、カジカ達にはわからないから、声の掛けようもなかった。



 宮殿の正面へやってきたイサキ達は、貝殻で出来た甲胄を身に着けた門番と対峙する。

「申し訳ございません。宮殿は、コノワタ教幹部以外立ち入り禁止となっております」

「あちゃー、やっぱりか」

「巫女様の恩寵をご所望ならば、中庭へ回って下さい。今バルコニーにて、巫女様がご慈悲を垂れておいでです」

 生真面目に暗記した科白を言うだけの門番に、アイナメがツッコむ。

「いや、中庭はもう行ってきましたから……」

「うぅっ……あの、巫女様に御目通り願いたいのですが……」

 断られたらどうしよう、と考えているのか既に半泣きになって尋ねるヤガラだ。

「無茶言わないで下さいよ~」

 困ったように視線を逸らして溜め息をついた門番が、イサキを見て驚いた顔をした。

「あの、そのペンダントは……?」

 問われて、イサキはペンダントを差し出す。

 それを確かめるように手に取った門番の顔つきが変わった。

「ご無礼つかまつりました。どうぞお通り下さい」

 どうやら、ペンダントが通行証の役割を果たしたらしい。

 宮殿内は、そこかしこにガラス細工の調度品があり、窓からの光を受けてキラキラと輝いていた。

 その窓もステンドグラスになっていて大きく、宮殿内を明るく見せている。

 物珍しそうに辺りを見回しながらイサキ達が廊下を歩いていると、真っ白な法衣を着た男に声をかけられた。

「おや、見慣れない顔ですね」

「あ……っと、その、ごめんなさい。ボク達……」

 うろたえるコチ。その様子にカジカが後方で見悶えている。

「幹部でないのは判ってますよ。しかし、その教団幹部の証であるペンダントは、どうなさったのですか?」

「ヒイラギに貰いました」

 イサキは正直に答えた。

「…………」

 男は、じっとイサキに視線を合わせてから、静かに言った。

「そうですか――お話を伺いましょう。こちらへどうぞ」



 コハダと名乗った若い司祭は、イサキ達を応接室に案内してくれた。

 そこには、バルコニーで目にした巫女の姿もあった。

 驚くイサキ達に、コハダが愛想笑いをした。

「門番に聞いたところ、巫女に話があるとか……」

 巫女という言葉を聞いた途端、イサキの表情が険しくなる。

「巫女って、ヒイラギですか」

「はい?」

「違いますよね。そっくりなだけで」

「そっくり、とは? まるで彼女が代役のような言い方ですね」

 淡々とした会話が続く。

「そう言ってるつもりです」

 なかなか本題に入れない苛立ちからか、イサキは語気を強めて言い返した。

 だがコハダは冷静な態度を崩さず、しまいには笑ってみせる。

「ははは、彼女が紛れもないコノワタの巫女ですよ? 代役なんて何を根拠に」

「見かけたんですよ。一昨日、ヒイラギが人目を避けて買い物しているところを……」

 それを聞いたコハダはさっきの冷静な態度から一転、血相を変えて詰め寄った。

「それは何処でですか!?」

 イサキにしてみれば、そのコハダの反応は至極当然なのだが、今は気圧されるわけにはいかないと思う。

 ―――買い物しているヒイラギを、見かけた。

 決して嘘ではないが、それは事実の半分にも満たない。

 イサキはそれ以上を言うつもりはない。

「トビコ市場です。……おかしいですよね? 本物の巫女がマントで変装して買い物しているのに、宮殿にはなんでもない顔をして偽物が居座っている……。一体どういう事なんですか!!」

 だから、ヒイラギの居所は知らないふりをして、あまつさえ教団を非難するニュアンスで怒鳴るイサキ。

「…………」

 コハダは観念したように自分の膝を見つめてから、話し始めた。

「……妹のヒイラギは、間違いなくコノワタ教の巫女です。ですが現在巫女を務めているのは、あなたのおっしゃるとおり影武者です」

「コハダの家内です」

 コハダの隣に座っている偽巫女がお辞儀をした。

「妹は約八ヶ月前、何者かに誘拐されたのです……」

「何者か、と言いますと? 犯人の目星はついていないのですか?」

「……全く、ついていません。ヒイラギの部屋は宮殿の最上階で部屋の前には兵がいました。犯人は、音もなく窓から押し入ったとしか……」

(窓からね)

 仲間達が押し黙る中、イサキは一人納得していた。

(馬車引きの仕業だな)

「私達が部屋へ駆けつけた時には、もぬけの殻で……犯人からの脅迫状があっただけでした……」

 震えた声で言うと、偽巫女は泣きそうな顔で俯く。

 最初に感じた違和感は拭えないまでも、イサキは、さすがヒイラギを演じるだけの事はある――とひどく好意的な感情を抱いた。

「脅迫状には、なんと?」

「それは……」

 言いにくそうに黙るコハダに代わり、偽巫女が堪え切れない様子で声を振り絞った。

「巫女を返して欲しくば教団を解体しろ――と」

「……ご理解して頂けましたか?」

 沈鬱な面持ちで問うコハダ。

 神妙に頷いてみせ、カジカ達はとんでもない事を言い放った。

「お兄さんは、妹さんそっくりな奥さんを持つシスコン!!」

「わかったのそれだけかよ!」

 さすがに脱力したイサキが、仲間達の頭を叩いてツッコんだ。

 だが、シスコンを否定しないあたり、イサキも失礼である。

 コハダは苦笑いして言った。

「妻には巫女の身代わりをさせているうちに、同じ秘密を守る者同士、情が湧いただけの事です」

「……何故、そうまでして秘密にするんですか。ヒイラギが誘拐された事を」

「巫女は神の子。コノシロの巫女は、日照りが続けば雲を呼び寄せて恵みの雨を降らせ、人々が病に倒れれば三日三晩神に祈りを捧げてそれを癒す。そんな存在でなければいけません」

 言いながらコハダは、両手で頭を抱えるようにした。

「その巫女が、誘拐され監禁されるなど、あってはならない事なのですよ……!」

「人々を惹きつける処女性が失われるから、ですか」

 イサキがピシャリと言い返す。さっきからコハダに対しての態度がどこか刺々しく、容赦がない。

 コハダは、イサキの言う意味に表情を歪めながら答える。

「……その通りです」

「嘘だね」

 間髪入れずに声を張ったイサキ。

「勇者くん……?」

 そのあまりの言い方にコチが心配そうにしても、イサキは構わない。

「アンタ達は、巫女のイメージや国民の信仰の対象を汚す事を恐れているんじゃない。ただ、教会の信用を落としたくないだけじゃないのか! だから巫女が誘拐された事を公にできず、大規模な捜索隊も派遣できない。それを知った国民が、まず教団の警備体制を非難するのは目に見えてるからな!!」

「教会の信用……それがあるからこそ、コノシロ国は平穏でいられるのです」

 そう断言したコハダは、念を押すようにつけ加えた。

「妹も、コノシロ国の混乱など望んでいません」

 それが口だけに聞こえたイサキは、コハダを醒めた目で見た。

(教団幹部が権力を手放したくないだけのクセに)

 そう罵る内心で立派な宮殿の外観を思い起こしながら、おもむろに立ち上がる。

「ありがとうございました。妹さんがどんなところで育ったかよく判りました」

 慇懃にお辞儀をするイサキに、コハダが慌てて声をかけた。

「あのっ!」

「何か?」

「……妹は、どんな様子でしたか……見かけたんですよね?」

 と声を詰まらせたその時だけは、コハダは厳格な司祭の顔でなくなった。

 ヒイラギを案じる家族の顔だ。

「…………」

 それでもイサキは冷たく言い放つ。

「本気で捜索する気のないアンタ達に、教える義理はありませんので」

 仲間達が呆然とするのも構わず、さっさと退室しようとするイサキだ。

「行くぞ、お前ら」

「あっ……待ってよ勇者くん!」

 慌ててコチ達が追いかける中、最後にゆっくりと席を立ち上がったアイナメが、低く呟いた。

「妹さんは、ご無事だと思います」

「え……?」

「もし妹さんの様子が妙だとか……具合が悪そうであったなら、彼はその事を口に出して、あなたや教団を非難しているでしょうから」

「…………」

「彼の暴言はお詫びしますが、妹さんに何かあったとするには、彼はまだ冷静でした。自分が助けたいという気持ちがあるからでしょう。という事は、妹さんは無事である……確証はありませんがね」

 コハダは返す言葉を持たなかった。

 ただ、アイナメに頭を下げて感謝の意を示すだけだ。



「ああ、よかった~」

 宮殿の外へ出て長い階段を降りながら、イサキは大きく伸びをした。

 コハダに会ってからというもの、不機嫌さを隠そうともしないイサキだったから、仲間達は返事をするか迷う。

「よ、よかったって?」

 シャコに背中を叩かれて、ヤガラが訊くはめになったようだ。

「ヒイラギがどこにいるか、教えずに済んでさ」

 このペンダントの事も追及されなくて安心したよ、と言うイサキはすっかり笑顔になっている。

「……そう言えば、どこにいるの? 本物の巫女さん」

 コチが恐る恐る問う。

「…………」

 途端に黙ってしまうイサキを見て、アイナメが口を開いた。

「魔王城ですか」

「!」

 表情を歪めたイサキの無言の問いに、アイナメは簡潔に答えてみせた。

「勇者くんが黙る時点で、どこぞのテロ組織や人買い商人とは比べ物にならないぐらいの大きな犯行グループだと想像はつきます。しかも監視の目をかいくぐって窓から忍び入るなど、翼の生えた魔物でないと無理でしょう」

「……遊び人のくせに、変なところで鋭いよな」

 観念したように文句を零すイサキと対称的に、驚きで上手く言葉が出ない仲間達。

 信じられないと言った面持ちでシャコが呟く。

「魔王城って、本当なの?」

 イサキは長い溜め息をついて、言った。

「そうなんだけどさ。たまに監視つきで外をふらついてるんだよ。オレが知り合ったのもその時なんだ」

「へー……」

「けれど、勇者くんは、教えたくなかったのでしょう?」

 しれっと言うアイナメだ。

「……どんなに冷たくても、家族は家族だから知る権利はあると思う。あの兄貴だって心配はしてるに違いないよ」

「じゃあ、何故」

「人質が呑気に散歩なんかしてるって言ったら、教団だって奪還できる機会を狙って捜索隊ぐらい作るだろ? 散歩を待ち伏せするだけなら、少人数で編成して極秘裏に各地へ飛ばす事もできるからな」

「ふむ」

「それで、もしヒイラギが教団に助けられたりしたら」

 イサキは、ぐっと拳を握り締めて言い放った。

「オレがヒイラギに会うチャンスが無くなる!!」

 しばらくの沈黙の後―――。

「はぁぁ!!?」

 驚愕と怒りの混じった声をあげたのは、カジカとシャコ。

 コチとヤガラもきょとんとしている。

「お前、もしかしてあの激怒は演技でしたーとか言うんじゃねーだろーな!!」

「演技だったよ? あったり前じゃーん」

 カジカに背中を叩かれながら、イサキはへらへらと笑った。

「勇者くん、一ついいですか」

 イサキがド突かれている間、何やら考え込んでいたらしいアイナメが不意に言った。

「何だよ」

「チャンスが無くなる、とは……まるで、今現在魔王城にいるヒイラギ嬢となら、会うチャンスが充分あるような言い方ですね」

「その通りだな」

「彼女が、都合よく我々の行く先々で散歩するとは限らないでしょう? なのに会えるのですか?」

「会えるよ」

 イサキはあっさりと断言した。

「既に二度も偶然会ってるんだ。二度ある事は三度あるって言うだろ? だから、会えるよ」

 どこか確信めいたものを抱きながら、イサキは胸の内でヒイラギの声音を思い出していた。



『お願い……私と会った事は誰にも言わないで……』




         *


 同じ頃、魔王城では。

「うぅぅっ…………」

 ヒイラギが泣き声すら上げる事もできずに、蹲っていた。

 目の前ではホヤが、憤怒の形相で彼女を見下ろしている。

「いつから、姫サマは女中になったわけ?」

 ホヤが刺々しい言い方で問うも、同時に鞭で背中を叩かれては、ヒイラギに答える余裕などない。

「囚われの姫サマが女中の真似事なんかしなくていいのよ!! お仕事でお疲れの魔王様にお茶を出すフリをして、本当は他に魂胆があったんでしょう!!?」

「ちが……違い……」

「違わないのよッ!! この性悪女! ホヤの魔王様を横取りする気ね!! アンタなんかにッ!! 彼を取られてッ、たまるもんですかッ!!」

 ヒイラギは、耳が麻痺してしまったのかもしれないと思う。

 もう、ホヤの奮う鞭の音が――自分の背中を打ちつける音が、ぼんやりとしか聞こえないのだ。

 背中の痛みが、断続的じゃなくなっているからかもしれない。ずうっと痛いまま。痛みも早く麻痺して欲しいのに……。

 ヒイラギは恨みを込めた視線で、扉の向こうを睨むつもりでじっと見つめた。


 魔王は、扉一枚隔てた広間に籠って、大きな魔方陣の前に立っているはずだ。


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