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3話

         *


 昼。トビコ市場を後にした一行は、南東のヒラマサの町を目指していた。

 きっかけはシャコの一言だった。

「ねぇ、ここからなら私の家に近いから、ちょっと寄っていい?」

「シャコさんのお家?」

 コチがこてんと首を傾げる。

「コチっ、その仕種スゲー可愛い……グハッ!!」

 それだけで煩くなるのがカジカだったので、イサキは町長に貰った儀仗杖で殴って黙らせた。

「うん、カジカをシバくのに丁度良いなこの杖! ここから近いって、ヒラマサの町か」

「そうよ、寄っていいでしょ?」

「いいよ、行こう」

 そして、アイゴの町とヒラマサの町を結ぶサバ街道へ出た六人。

「コチ、そっちの茶色いナマハムを頼む!」

「わかった、レインボー・トロウト!!」

「やったぁ、このナマハム銀貨持ってた!」

「シャコ、身ぐるみ剥ぐのは後だッ!!」

 そんなふうに魔物を倒しながら進む道すがら、やっぱり戦闘に参加していないアイナメは、呑気にヤガラへ話しかけた。

「シャコちゃんの家ですか……普通、仲間の故郷ってのは、旅の中盤か終盤辺りで行くものじゃないんですかね?」

「は、はあ……」

 いつものように戦闘の度に泣いているヤガラが、目を擦りつつ戸惑う。

(既に勇者さんが銅の剣を装備できない時点で、普通を求めたらダメな気がする……)

「まあ、アイナメの言う事にも一理あるよな。シャコ、お前ただでさえこの中じゃ影が薄いんだから、こんな旅の序盤で故郷へ行って見せ場を作ったりしたら、きっと後半出番なくなるぞ?」

 けたけたと笑ってカジカがからかうのへ、シャコも負けじと言い返す。

「影が薄くて悪かったわね! いいわよ、存在感無い方が盗みに入りやすいし……こ、後半出番なかったとしても、それならそれで盗みに没頭できるから大歓迎だわ!!」

「お前の場合、負け惜しみに聞こえないから怖いっつーの」

 シャコの手癖の悪さを今まで身をもって実感したからには、無理にでも出番を提供すべきだろうか――と考えて溜め息をつくイサキ。

 残り一匹まで数を減らしたナマハムは、会話に夢中な仲間達を尻目に、イサキが杖で殴り昏倒させた。



 ヒラマサの町は、スラム街を思わせる治安の悪さだった。

 大通りに朗らかな活気はなく、人の声がしても大抵喧嘩や私刑。スリの被害を訴える悲鳴なんてのもある。

 細い路地に入ると、そこかしこで座り込む物乞いと目が合う有り様だ。

「コチ、アイナメの後ろを歩くんだぞ! 背中は俺が守るからな!! いいな、わかったか!?」

 そう命令してコチを庇うように歩くカジカへ、ヤガラが不思議そうに問う。

「な……何をしてるんですか、カジカさん……」

「あぁ? コチが襲われないように360度ガードしてるんだよ! こんな治安の悪い町にいたんじゃ、ただでさえ可愛いコチの身が危ないだろ!!? 誘拐犯とか、暴漢とか、痴漢とか痴漢とか痴漢とか!!」

「心配なのは判るが、何度も言わんでいい」

 カジカの過保護と言える心配ぶりに、げんなりした顔でイサキがツッコむ。

「カジカちゃん、ボク男だよ? それを言うなら痴漢じゃなくて痴女だよ☆」

 微妙にズレた指摘で、ツッコみなのかボケなのか判らない発言をしてのけるコチだが、大人しくアイナメの後ろについて歩いている。

 そんなコチと対称的に、仲間達の先頭に立ってずんずん進んでいくシャコがもっともらしく頷いた。

「確かに、ここって本当に治安が悪くてまるで無法地帯なのよね~、喧嘩とか暴行とかしょっちゅうでさ……ま、そんな所でアタシは育ったわけよ。しかもみなしごで」

「へ~っ」

 感嘆の声をあげながらも、カジカはイサキの脇をつつく。

(オイオイオイ、まさかこれから悲しい身の上話が始まるのか~?)

(かもしれないな。これでもシャコは一応、パーティーの紅一点だからな)

 イサキも頷くが、その言い様はシャコに失礼だ。

「だから……」

「だから?」

 真剣に耳を傾けるカジカとイサキ。

 シャコはにっこりと微笑んで、言ったものだ。

「とっても盗みがしやすかったのよね~♪」

「…………」

「……は?」

「だからぁ、そこら中で犯罪が横行してるから、窃盗も置き引きも追い剥ぎも大して警戒されてなくってやりやすいのよ!! しかも孤児だから身元割れにくいし、他人に成り済ますのも簡単でさ。おかげで今まで生活に困った事なかったわ!」

 喜々として語るシャコに、呆れ果てる二人。

「……シャコ、お前にヒロイン臭い身の上話を期待したオレ達が馬鹿だったよ……」

 と、あからさまにがっかりした様子のイサキ。

「あーあ、やっぱり我がパーティーのアイドルは、コチだったって事だな」

 カジカの呟きにも思わず頷きかけて、慌てて首を振るのだった。



 そうこうしている内に、シャコの家へと辿り着いた。

 外観は周囲の建物と変わりないボロ家だったが。

「おいシャコ。ここ本当にお前の部屋か?」

 イサキがにわかには信じられないぐらい、内装はゴージャスだった。

「わぁ、なんだか、お金持ちに囲われてる愛人のお部屋みたいだねぇ」

「コチは物の喩えが上手いな~」

「……」

 リビングは、その狭さには不似合いに思えるほど豪華な家具がしつらえてある。

 ドレッサーにベッド、クローゼットの全てが黒を基調にしてあり、品の良いべルベットの赤がアクセントになっている。

 ひたすら驚く仲間達に、シャコが胸を張った。

「凄いでしょ! アタシが毎日、額に汗してコツコツ働いて買ったのよ!!」

「……盗みは額に汗して働いたとは言わん」

 コチやカジカにはツッコまずにいたイサキだが、ついついシャコへツッコミを入れてしまった、その時。

 コンコン

 玄関をノックする音が響いた。

「誰かしら」

 口だけで言ったシャコは、のんびりと黒い革張りのソファに座って動く気配を見せなかったので、渋々イサキが玄関へ向かった。

「ハイ、どちらさんですか?」

 だが、返ってきた言葉に、イサキだけでなくリビングに居た者全員が凍りついた。

「魔王軍の者です」

(…………えっ?)

 あまりに予想外の返答にイサキが思考停止する後ろで、わっと騒ぎ出す仲間達。

「カ、カジカちゃん! 今魔王軍って聞こえたような~」

「大丈夫だコチ! 抱きつくのは大歓迎だが落ち着け!!」

「カジカ、顔がニヤけ過ぎよ……」

「しかし魔王軍とは唐突ですね。まさか私たちを始末しにきたのでしょうか?」

「そんな!? ふぇぇ~~ん!! 僕達もうおしまいなんでしょうかぁ!!?」

「んなわけねーだろ! オイ勇者、とりあえず何の用か聞き出せ!!」

「あ~、うん……そうだな。あの、どういったご用件ですか?」

 コチを宥めてご満悦なカジカの言う通りに、イサキは恐る恐る用向きを尋ねた。

「実は、この近辺で空き巣の被害が多発しておりまして。ちょっとお宅の中を拝見したいのですが、よろしいでしょうか?」

 目的がアイナメの言うような勇者捜索ではないと判ると、イサキは慎重に扉を開けた。

「こんにちは。突然お訪ねしてすみません」

 丁寧な物腰の少年は、柔らかな水色の髪を短く整えてTシャツにハーフパンツとすっきりした格好をしている。

 視界に入ったのが彼だけなら、本当に魔王軍の手の者か判断は難しかったのだが。

 少年の背後に立っている、二人の部下が明らかに異形の姿をしていたのでイサキは息を呑んだ。

 まず、天を突くような巨体で二足歩行する牛型の魔物だ。紺色のスーツを着てシルクハットまで被っているが、頭が牛そのもののため絶望的に似合っていない。

 その隣には人間の大人並みの背丈の黒猫。こちらも背筋を伸ばして立っていて、何故か服を着ていない。

 見た目も可愛い猫なら着ぐるみと言えば通用するからだろうか――イサキは思った。

「いえいえ、ご苦労様でーす……あの、何でウチなんですか?」

 不審がるイサキに、少年は愛想のいい笑顔で説明する。

「それはですね……お宅、ここ何日か留守にされていましたよね? もしかしたらその間に空き巣に入られてるかもしれませんから、何か盗まれていないか調べて頂きたいんですよ。それでもし盗まれた物があった場合、犯人の残した痕跡が無いかを我々に調べさせて下さい」

「わかりました。どうぞお上がりください」

 魔王軍と言えば、敵対関係であるはずなのに、やけに丁寧に応対するイサキ。

 それに、勇者一行であるにも拘らず、背後の仲間達が目配せで疚しい所は無いかと確認するのが悲しかった。

(うぇぇんシャコさん! 疑われるような物は無いでしょうね!?)

(大丈夫よ!! 大体アタシは、ずっとアンタ達と行動してるんだから空き巣する暇なかったし!)

(お前が犯人とは誰も思ってねぇよ!! だけど、余所で盗んだブツとか出て来たら追及されて厄介だろうが!)

(カジカちゃん! ボク風呂場とトイレ確認するから、寝室お願い!!)

(任せろ! ヤガラは台所だ!)

(はいっ)

 仲間達が慌てて家の中を駆け回る間、アイナメだけは一人のんびりとお茶を淹れて運んできた。

「イサキくん、お茶が入りましたよ。魔王軍の方もどうぞ」

「これはどうも、恐れ入ります」

「ああ、ありがとなアイナメ……!」

 カップを口に運んだところで、イサキはふと気づいた。

 アイナメが珍しく自分を名前で呼んだ。

(そうか、魔王軍にオレが勇者だとバレたらまずいもんな!)

 いささか緊張感の増した様子で、お茶を飲むイサキ。

 向かいに座る水色の髪の少年は、お茶に口をつけながらも、部下にあれこれ指示して家中を調べさせている。

 牛が家の玄関をくぐるのに苦労しているため、黒猫だけが俊敏さを生かしててきぱきと働いていた。

 結局、見つかってまずい物はなかったようで、安心したカジカ達が彼らの動きを邪魔する事もなかった。

「何も、盗まれた物や犯人の手掛かりは無いようですね……」

 用事が済むと早々に辞去を申し出た少年は、玄関でにこやかに礼を述べた。

「ご協力感謝します。失礼致しました」

「いえいえ、早く捕まるといいですね。犯人……」

「ありがとうございます。では、我々はこれにて」

 三人が帰っていくのを見やり、イサキは自分で言ったお世辞に疑問を覚えた。

 ―――魔王軍が空き巣狙いを捕まえて、一体どうすると言うんだ。

「その空き巣狙いって、何人ぐらいいるのかしらねー。何回も“仕事”しながら捕まってないなんて、大したもんね」

 まるで他人事のシャコに、イサキは訊き返す。

「……何人かは知らないけど、魔王軍なんかに捕まったら、空き巣狙いの方が危険なんじゃないか?」

 その呟きにヤガラやカジカが興味を示した。

「罰を与える、なんて言って酷い事をするかもしれませんしね……うぅっ、怖くなってきた」

「大体、何で魔王軍がそんな事やってんだ? 魔王軍が正義感から犯人捜しするとも思えねーし」

「カジカちゃん、魔王軍にも良い人いるかもしれないよ。先入観持っちゃ駄目だよ」

 コチが諌めるのへ、イサキは頷きながらも言う。

「たとえそうだとしても、空き巣狙いは町の自治組織に引き渡すのが筋だ。魔王軍に引き渡すのは間違ってる」

「ならば勇者くん、我々はどうするべきだと?」

 お茶の片づけをしていたアイナメが、真面目な顔で問う。

「さっきの魔王軍の三人に追いついて、協力を申し出よう。そして処刑を引き受けると嘘をつき、空き巣狙いを渡してもらって助けるんだ」

「なるほど。了解しました」

「了解しましたって……アイナメはいつも何もしないじゃない」

 シャコのツッコミは、真剣に手筈を語り合うイサキとアイナメの耳には届かなかった。

「勇者くん、いっその事、我々が彼らより先に犯人を確保するのはどうです?」

「そうだな、それがいいかもしれない……」


         *


 一方その頃、魔王城にて。

 ホヤは、贅沢極まりない広さの自室で、こちらもお茶を飲んでいた。

 無論、調度品はシャコのものと比べ物にならない豪華さのアンティーク家具。

 白く染めた木で造られた家具の全てに、萌えいづる草花が金で彫られている。

 全体的に暗く澱んだ雰囲気の魔王城の中でも、この部屋は異彩を放っていた。

 そんな別世界に、ノックの音が響いた。

「どなた?」

「私です。お尋ねしたい事がありまして」

 入ってきたのはヒイラギだ。

 ヒイラギは、ホヤに一方的な嫉妬を買っているため、普段はホヤを避けている。

 そんな彼女が自分からホヤの部屋を訪れる事は滅多にない。

「どうしたの? あなたが来るなんて珍しいわね」

 ホヤも驚いたようにヒイラギを見やり、自慢の胸を重たそうに揺らした。

「聞きましたわホヤ様。ヒラマサの町の治安回復のために使いをやったと言うのは、本当ですの?」

「ああ、その事」

 しかし、ヒイラギの話題にすぐ興味を殺がれて、金で縁取られたカップに視線を戻した。

「三人ほど送ったわ。それが何か?」

 ヒイラギはと言うと、珍しく瞳をきらきらと輝かせ、期待に満ちた声で訊くのだ。

「やはり事実でしたのね。ホヤ様、もしかして平和を想う心にようやく目覚められて、自ら治安維持活動を始められたのですね!」

「プッ」

 その推察は、ホヤには見当違いもいい所で、思わず吹き出した。

「アーッハッハッハッハ!! 何をお馬鹿な事を言ってるのかしら姫サマったら。そんなわけないじゃないの~!」

「え……違うのですか?」

 目に見えて先ほどまでの元気をなくしたヒイラギを尻目に、散々笑い転げた後でホヤは言った。

「魔王様のご命令でね。使いをやったのも治安回復の目的も本当よ。でも理由がち・が・う・のっ★」

「でしたら何のために?」

「決まってるでしょ。悪党より善人を痛めつける方が面白いからよ」

 居丈高な態度で即答するホヤだが、ヒイラギには意味を理解するのに苦しむ言葉だ。

「だからぁ、ヒラマサの町の治安を良くして、犯罪者はみ~んな更生させて善人にするの。そうしたら思う存分、ホヤの魔物達でいたぶってあげるのよ~! どぉ、楽しそうでしょ★」

「そ……そんな理由で……」

 ヒイラギは、がっくりと肩を落として部屋を出た。

 抗議はしない。抗議したところでホヤが考えを変えるとは到底思えない上、今までホヤに口で勝てた試しがないからだ。

 ホヤに期待した自分が馬鹿だったと、ヒイラギは嘆息した。


         *


「……うーん、見当たらないな」

 ヒラマサの町には多い細い路地でカジカが呟く。

「若い兄ちゃんはともかく、服を着てない猫やデカい牛は目立ちそうなものだけどなー」

 イサキも溜め息をついた。

 そう。イサキ達は、まだ近くで空き巣狙い捜しをしているはずの魔王軍の一行を捜しているのである。

 ふと、のんびりした足取りで後ろを歩くアイナメが言った。

「あの~勇者くん? 私が思うに、六人で固まって動くよりは一人ずつバラバラに捜した方が、効率が良いのではないでしょうか」

「捜す気のないアイナメにそんな事言われたくないんですけどー」

 もっともなツッコみをするイサキに、アイナメはしれっと言った。

「やだなー。真面目に捜すわけないじゃないですか。遊び人たるもの、どんな時でも遊ぶのが信念です! えーと、カジカくんはコチくんの事がスキ、キライ、スキ――」

 そんな彼の手には何枚か花びらがついた花。花占いにでも興じていたのだろう。

「自慢げに言うなっ!! それにアイナメだけじゃないぞ! シャコだって一人にすれば絶対町の人から財布盗んでくるだろうし、コチを一人にするとカジカが騒ぐし、全員で動くしかないんだよっ」

 今までの経験から予想できる仲間の単独行動をつらつらと語るイサキに、カジカが口を挟む。

「じゃあ、俺とコチで向こうの裏通りを捜してこようか?」

「ダメ」

「何で!」

「当たり前だ! お前と二人きりにしたらコチが危険だろーが!!」

 二人がぎゃんぎゃん言い争っていると、不意にコチが声を上げた。

「あっ」

 例の二足歩行の黒猫と牛顔のスーツを見つけたのだ。

「ほらあの人、部屋を調べてた猫さんだ☆」

「待て。何か様子がおかしい」

 すぐに駆け寄ろうとするコチを制して、イサキは遠巻きに様子を見る。

 彼らは大通りを行ったり来たりして、やけにうろうろと歩き回っているからだ。

「サヨリちゃ~~ん、どーこだ~~!」

「おーい、サヨリちゃん~~」

 必死に声を張り上げる二人――いや、猫と牛だから一匹と一頭かもしれないが。

「サヨリちゃん……?」

 誰だろ、と首を傾げるコチ。

「やだぁ、女の子がこの町で行方不明なんて……誘拐かもしれないわね」

 シャコが不安がって呟くのを聞いて、イサキは彼らに声をかける事にした。

「あの、どうかしたんですか?」

「あ? ……ああ、さっきの」

 イサキの呼び掛けにはすぐに反応したが、牛はひどく動揺しているようだ。

「いや~その、実はなぁ、サヨリちゃんがいなくなったんだ……サヨリってのはぁオレ達の仲間で、華奢でひょろっちい子だ。あんたぁ見なかったか?」

「Tシャツと短パン姿で、ふわふわの髪をした子にゃの」

 黒猫は舌っ足らずだ。もっとも、可愛く見せるためにわざと言ってるのかもしれないが。

「ふわふわで華奢で、Tシャツに短パンのサヨリちゃん……いや、見てないよ。なぁ?」

 イサキが振り返って言うのへ、頷く仲間達。

「迷子だなんて僕なら不安で泣きそうです~! 僕らも、サヨリさんを捜すの手伝いましょう!」

「同感です。女性が困ってるのを放ってはおけません。きっと彼女は心細い思いをしているでしょうし、そこに付け込――イヤイヤ、早く見つけて安心させてあげましょう」

 妙に力を込めて言うのはヤガラとアイナメだ。ヤガラはともかく、アイナメは下心が見え見えである。

「そうだな。……手伝わせて頂けますか?」

 イサキも同意して、猫達に尋ねた。

「助かりますにゃ!!」

「モーちろんです!!」

 同時に答えた二人の表情には、必死さが滲んでいた。



「はぁ、はぁ、全然見当たらねーなサヨリちゃん……」

 しばらくの間、街中を駆けずり回り、汗だくになってイサキは息を吐いた。

「おい、町の外へは……ゼェゼェ……出てないんだろうな?」

「はぁっ……はぁっ……それは無いんじゃない? サヨリちゃんも……はぁっ、空き巣狙いを捜してるんだから、まだ町の中にいるわよ」

 カジカやシャコも、余程体力を使ったのか地面にへたり込んでいる。

「あの、どうかしたんですか?」

 そんな一行に、誰かが声をかけてきた。

 さっきとは立場が逆である。

「あれ、君は……」

 振り返ったイサキが驚く。

 立っていたのは水色の髪の少年――シャコの家で黒猫と牛に指示を出していた、彼らの上司だった。

「あっ!」

「サヨリちゃん!!」

 少年の姿を認めると、表通りにいた黒猫と牛が喜んで駆け寄ってきた。

「はぁっ? サヨリ!?」

 イサキが驚くのにも構わず、少年に抱きつく二人――黒猫はともかく牛は抱きつくと言うより突進にしか見えない。

「サヨリちゃん!! 無事だったにゃ!?」

「モー! 心配したんだからなぁ」

「すみませんでしたね。町の人への聞き込みに熱中していて、君達を捜すのを忘れていました」

 サヨリは、申し訳なさそうに二人に謝っている。

「こいつがサヨリかよ!? てっきり女の子かと思って必死に捜してしまったじゃねーか!!」

「そーですよ! それにこの人、イサキくんとそんなに体格も変わらないし、間違っても華奢とは言わないでしょう!!」

 期待を裏切られて憤慨するイサキとアイナメに、サヨリの部下達は顔を見合わせて言ったものだ。

「大柄な魔物から見たらぁ、人間なんて皆華奢だモーん」

「だよにゃー」

 巨体の牛が言うと説得力がある。

「さっきから聞いてれば……」

 サヨリはサヨリで苛立たしげな様子で、イサキ達に向き直った。

「オレだって女みたいな名前がすごく嫌で気にしているのに、その言い方はあんまりです!!」

 その剣幕に気圧されて謝るイサキ。

「そ……そうか、そりゃ悪かった! でもほら、案外女っぽい名前の男っているもんだぞ? うちのコチやシャコだって……」

「ちょっと、アタシは女だってば!! 女っぽい名前で当然よ!」

 素直に非礼を詫びてサヨリを慰めるイサキだが、今度はシャコに失礼だ。

「そうですよ! サヨリさんって素敵な名前だと僕も思いますっ。僕なんか、弱虫で泣き虫なのに、ヤガラだなんてゴツくて強そうな名前つけられて。完全に名前負けしてますぅ~~うぇぇぇん!」

「励ます側が泣いてどうする」

 もっともなカジカのツッコミである。

「そう……でしょうか……」

 ヤガラの説得に思わず心を動かしそうになったサヨリは、慌てて首を振り、コホンと咳払いをした。

「……ともかく、先ほどから自分を捜すのを手伝って頂いたそうで、申し訳ありませんでした。部下がお手数をおかけしました」

「構いませんよ。私達もあなた方に用があったものですから」

 イサキがヤガラを宥めている間に、勝手に代表を気取って答えるアイナメ。

「おや、どのようなご用件でしょうか」

「ぜひ、空き巣狙いを捕まえるのを手伝わせて下さい」

 すると、サヨリはその切れ長の瞳を輝かせて呟いた。

「―――空き巣を捕まえるためにわざわざ我々を追いかけてくるなんて! なんて良い人達なんだ!!」

 おそらくサヨリの本心から出た称賛に、思わず顔を見合わせるイサキとヤガラ。

(……こんな無垢な目をする人を騙してると思うと、いくら魔王軍でも罪悪感あるなぁ)

 なんとなく良心の呵責を感じずにいられないイサキ達だった。



 その日の夜。

 数多い酔っ払いのせいで大して昼間と変わらない喧騒の中を歩きながら、不意にアイナメが言った。

「その空き巣狙いは、一体何件ぐらい犯行に及んだのですか?」

「昨日までで15件です。しかも、狙われたのは全て大邸宅です」

 答えてから、サヨリが問い返すように言った。

「この町には大した特産品もなく、観光に最適な名所もない。そんな町で儲かる商売をするには、何を売ればいいと思いますか?」

 イサキが首を捻るも、答えは考えつかなかったようだ。

「……さあ」

「答えは金です。この町の富裕層は大抵、高利貸しで稼いだ連中ですよ。何せ、強盗やスリの耐えない土地柄ですからね。生活に困ってる人も多いんです」

「なるほど、その富裕層ばかりがターケッドになったわけですね」

 納得するアイナメ。

「はい。今から行くところは、まだ一度も狙われてない高利貸しの屋敷です。しかも家人は皆、今朝からコノシロ国へ旅行に出かけています。なので、自分は次に犯人が狙いをつけるならそこだと踏んでいます……」

 そして、一行は屋敷の近くまでやってきた。

 誰もいない屋敷は、ひっそりと静まりかえって独特の雰囲気を醸し出している。ここで肝試しをやったらさぞ楽しい事だろう――アイナメは思った。

「こっちですよ」

「お、おう……」

 サヨリに先導されて、イサキとアイナメは裏門へと続く塀に背中を張りつけてカニ歩きになる。

 そのあまりの緊張ぶりに、サヨリが裏門の鍵をこじ開けながら笑った。

「何も泥棒しに行くんじゃないんですから。そんなにガチガチにならなくても大丈夫ですよ」

 そして裏門から敷地内に侵入したイサキ達は、近くに茂っている生け垣に潜り込む。

 さすがに大柄な牛だけは頭が隠し切れなかったが、この暗闇なら問題なさそうだ。周囲には街灯が無く、室内から洩れる明かりも皆無であるから、余程注意しないと気づかれないだろう。

 だが、当然のんびりしてはいられない。

「さて、ここからは二手に別れて見張りをしましょう」

 サヨリができるだけ声を殺して言った。

「我々二人は、向こう側の正面玄関が見える位置に潜みますから、あなた方はここで窓を見張っていて下さい」

 そう指示すると、サヨリは牛を連れて素早い身のこなしで走り去った。

「わかったにゃ」

 黒猫が頷く横で、イサキとアイナメは妙な事に感心していた。

「流石だな。二人とも、足音を立てずに走れるのか」

「サヨリさんはともかく、あの牛は相当努力したんでしょうね……蹄に包帯を巻いたとか」

「二人とも何呑気な事言ってるにゃ。それより隠れる所を……うにゃ、あそこだにゃ!」

 黒猫はきょろきょろと辺りを見回し、窓から程近い倉庫の影に隠れる事にした。

 イサキとアイナメも黒猫の後ろに張りつく。

「そう言えば、他のにゃかまはどうしたにゃ?」

「ああ、大人数での行動は人目につくと思って、二人で来たんだ」

「にゃるほどにゃー…………んにゃ?」

 イサキ達に緊張させまいと喋りかけていた黒猫が、不意に黙って耳をすます。

「あっ」

 イサキは倉庫の影から顔を出して、怪しい男三人が窓の下にいるのを見た。屋敷の四方の角には見張り役らしき仲間の姿も見える。

「複数犯も予想はしてたけど……思ったより多いにゃ。まるで盗賊団にゃ」

「見張りがいるのか……気づかれないように近づいて倒す必要があるな」

 そうイサキが呟いた途端。


 パタンッ!


 なんと、勝手に倉庫を開けていたアイナメが、中に入っていたモップを倒してしまった。

「誰だッ!!」

 見張りの一人が、倉庫の方角を見て叫んだ。

 イサキ達に緊張が走る。

「ミーに任せるにゃ」

 そう小声で二人に低く囁くと、黒猫は喉を鳴らした。

 ゴロゴロゴロゴロ……

 イサキは黒猫の機転に感心した。

 何せ、鳴き声とは違い人間には真似できない音である。

「何だ、猫か」

 見張りも、野良猫の仕業だと思ってくれたようだ。

「ふぅ、危なかったですね……」

「お前が言うなお・ま・え・が! すまない、こいつのせいで……これからどうする?」

 ホッとするアイナメの頭を小突いてイサキが黒猫に謝る。

「もう、下手に動かない方がいいにゃ。正面のサヨリちゃん達が見張りを倒してくれるのを待つしかないにゃ」

「待つって……サヨリ達に身動きとれない事をどうやって知らせるんだ?」

 不安がるイサキに、黒猫はニヤッと笑って言った。

「大丈夫にゃ。さっきのミーの声をサヨリちゃんも聞いて、何かあったと思っているはずだにゃん。きっとすぐ駆けつけてくれるにゃ」

「しかし、屋敷の正面まで聞こえたでしょうか?」

「サヨリちゃんは、とーっても耳がいいんだにゃん」

「……?」

 どこからその自信が出るのかイサキ達にはわからなかったが、ここは黒猫の言う事を信じるほかなかった。

 そうして、三人が倉庫の裏で息を潜めて待つ事数分。

 不意に黒猫がぴくぴくと耳を動かす。

「何か聞こえたのか?」

「足音がこっちに近づいてくるにゃ……忍び足のつもりでも、ミーの耳は誤魔化せにゃい」

「まさか、見張りに見つかったんじゃ……」

 アイナメの強張った呟きで、ピリ……と緊迫した空気が流れる。

(こうなったら、戦うしかないな……二人で)

 イサキが遊び人を数に入れないで戦う覚悟を決めた、その時。

「皆無事ですか?」

 サヨリがひょいと倉庫の裏を覗き込んで、イサキ達に顔を見せた。

「無事だにゃ! 見張りは?」

「そこの見張りは何とか倒しましたが、その隙に奴等の仲間が窓から侵入してしまって……すみません」

「とにかく後を追わないと! モー何か盗まれてるかモー!」

 申し訳なさそうに言うサヨリを牛が急かして、イサキ達は屋敷の窓から中に忍び込んだ。

 部屋は物が散乱していた。テーブルや毛皮の敷物は位置がずれていたし、灰皿やランプは床に落ちて割れていた。

「……変だな」

 サヨリが呟く。

「部屋が荒らされている割に、引き出しやクローゼットを開けた形跡がない……これは家捜しと言うより乱闘の跡だ」

 そんなふうに検証しながら、ふと廊下へ続く扉を開けるサヨリ。

「しかし、乱闘なんて一体誰と。まさか仲間割れ……!?」

 そして、扉の向こうで繰り広げられていた光景に、驚きのあまり言葉を失った。

「なっ―――!」

 なんと、空き巣狙いである男達二人が床に倒れ、さらにもう一人は壁際に追い詰められていたのだ。

「これは一体……?」

 サヨリが状況を把握できずに硬直していると、廊下の奥からカジカの高笑いが聞こえてきた。

「ハッハッハ、どーだ参ったか! 俺達を敵に回したのが運の尽きだな!!」

「カジカちゃん、それまるっきり悪役のセリフ……」

 そうツッコみながらも、コチは火のついた木の棒を突き出して、壁際の男を牽制している。

「はーい☆ 大人しくしてたら、もうこれ以上は怪我させないからね~」

 既に気絶した男達に縄を巻くのはシャコの役目だ。押し込み強盗の経験でもあるのか結び方が手慣れている。

 そして、グルグル巻きにされた彼らをヤガラが軽々と担ぎ上げ、屋敷の外へ運んでいった。

「おい、シャコ。こいつにも縄を巻け。おっさん、大人しくしてねーとまた当て身食らわすからな?」

「…………」

 カジカの言葉に従い、シャコは壁へと歩み寄ったが。

 ――ザクッ!

「ぐあっ!」

 どういうわけか、既に抵抗する気力を失っている男の右足に、ためらいなくブロンズナイフを突き刺した。

「シャコさんっ、縄を巻くだけで良かったのに! そのおじさん大人しくしてたじゃない!?」

 コチがびっくりして叫び声を上げる。

「だってこいつ、さっき戦ってる時にアタシの事押し倒してきたのよ!?」

「へーぇ」

 何故シャコが怒っているか納得のいったカジカは、あっさりと言った。

「そりゃ、かなり目が悪かったんだな。そのおっさん」

「ちょっと、それってどういう意味よ失礼ね!!」

 キイッと歯を剥き出しにして怒鳴った後、シャコは気を取り直して言った。

「そうじゃなくって! 押し入った家で金品以外に目を向ける事が、同じ盗っ人として許せないのよー。盗賊の風上にも置けないわ!」

 それを聞いたコチが呆れて言う。

「シャコさん……自分の貞操の危機よりも、そのおじさんの盗賊としての心構えがなってない事に怒ってたの?」

「当たり前よ、心構えは大事だわ!! 盗賊たるもの、まず殺さず!」

「うんうん」

「犯さず!」

「うんうん……ってお前女だろ!」

 カジカがツッコむのも気にせず、シャコは三ヵ条の最後を高らかに宣言した。

「加えて、貧しきから奪わず!」

「……それは、盗賊じゃなくて義賊だ……」

 その様子を茫然と眺めていたサヨリだが、ハッと我に返りイサキに詰め寄った。

「これは一体、どういうつもりですか!」

 イサキは事も無げに言った。

「町の自治体に引き渡すだけですよ? いくら犯罪者とは言え、魔王軍であるあなた方にお任せしては、どんな処罰を与えるか不安ですからね。魔王軍の悪い噂もよく聞きますし」

 魔王軍を強調されてサヨリはぐっと詰まったが、代わりに黒猫が言い返す。

「あにゃた方が、ミー達を信用できにゃいのはわかりますが……ミー達が犯罪者を捕まえるのは、処刑するためではにゃいのです。更生させるためにゃのです」

 言ってる事は真面目でも、やはり黒猫は舌っ足らずだった。

「でも、魔王軍なら魔王の命令で動いてるんでしょう? 魔物を使って世界征服を企てる魔王が……犯罪者を更生させろなんて、言うかなぁ」

「魔王様の目標は、世界征服なんかじゃありません!」

 サヨリは断定した口調で言った。

「魔王様は、我々魔物の事を真にお考えになっているんです」

「我々……?」

 サヨリの言い回しに引っ掛かりを覚えて、イサキが尋ねる。

「あの……サヨリさんってもしかして魔物なんですか?」

「はい」

「えぇぇぇ~~!!!」

 あっさり肯定したサヨリに、驚愕の声が重なるイサキ達六人。

「そんなにびっくりする事ですか? オレ、れっきとした魔物ですよ。ちなみに人の形をした魔物を魔族と言います」

「へ~~ぇ……」

「ああ! だーから人間より耳が良かったのか~!」

 本気で感心したり納得するイサキ達に、サヨリは毒気を抜かれた顔つきになって。

「あなた方は面白い人ですね……確かに、自治体を無視して犯人を捕まえるのは軽率でした。今日のところは我々が身を引きます」

「え……」

「これからは自治体に手伝いを申し出て、協力して犯罪者を更生させるとします。では……」

 サヨリは明るい顔で言うと、軽く会釈をして去っていった。

「あっ、サヨリちゃん待つにゃ!」

「モー、何でも勝手に決めてしまうんだから……」

 慌てて後を追う黒猫と牛。

 三人を見送って、イサキは呟いた。

「魔王軍なのに、悪い奴には見えなかったな……」

 すると、ヤガラとアイナメが走って屋敷に戻ってきた。

「イサキさ~ん、空き巣狙いの人達全員、町の自治体に引き渡してきましたよー!」

「あれ、イサキくん、サヨリさん達は?」

「ああ、お疲れさん。もうサヨリ達はいないから、イサキって呼ばなくても――」

 イサキはそう言いかけて、自分の言葉の矛盾に気づいた。

 自分の本名なのに、呼ばなくていいとはどういう事だ。

(余程、勇者って呼ばれるのに慣れてしまったんだな……)

 そんなイサキの哀惜を知ってか知らずか、二人ともにっこりと微笑んで言ったものだ。

「はい、勇者さん!」

「はい、勇者くん!」

「待て待て待て! おかしいだろお前ら、そこは納得するなーーーーー!!!」


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