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1話

 1話。

 完結だけは一応しています。

 どこの世界にも、冒険譚がある。

 勇者が魔王を倒して世界に平和をもたらす、よくある物語だ。

 ただし、昔から語り継がれている冒険譚が、真実だとは限らない。


 ―――勇者は、魔王の恐怖に怯える世界を救うため、強い決意を胸に旅に出ました。


 お綺麗な言葉で綴った冒険譚が、真実だとは限らない。



 この日、ワラサ国の国営催事場では勇者を決めるための大会が行われていた。

 名づけて、勇者選抜トーナメント。

 勇者に必要なのは、魔力・体力・時の運などと宣伝し、国中から強者を募ったのだ。

 優勝者には、ワラサ国王よりワラサ国の勇者の称号が与えられる。そして、国が用意した支度金で魔王討伐の旅に出られるのだ。

 魔王とは、ここ数ヶ月で世界中に魔物の数がどっと増えたため、その原因と目されている者の名前だ。

 魔王は世界征服のために異次元にある魔界から魔物を連れてきただの、強大な魔力の持ち主で野生動物を魔物に変えてしまえるだのと噂されているが、実際にはその存在すら怪しい。

 しかし、ここワラサ国でも数々の魔物発見報告が王宮に寄せられ、それらを統べる魔王を捜し出して討伐せよとの世論が強まっていた。

 よって、トーナメントの開催に至ったのである。

「…………」

 怖々と控え室をドアの隙間から覗き見るイサキも、トーナメントの出場者の一人だ。

 控え室の中はムサい男どもでごった返していた。

「!!」

 物音に気づいた屈強な戦士達や智力に長けた魔法使い達が、一斉に嫉妬どころか殺意すら孕んだ目でイサキを睨みつけた。

 その立派過ぎる筋肉を誇示するかのように上半身裸の大男が、扉に振り返って言う。鋭い目つきで。

 ―――ギロリ

「なんだぁ? ジロジロ見てんじゃねぇぞ!」

 さらに、町のごろつきにしか見えない魔法使いが、イサキに刺すような視線を向けて吠えた。

「テメェ……」

 ―――ジロッ

「勝ちあがったクセにオドオドしてんじゃねぇぞコラァ!」

(こっ、怖ぇぇぇっ!!)

 すっかり震え上がったイサキは、慌てて扉を閉めた。

「失礼しましたァァ!」

 バタンッ

(寛げねーよ、あんな控え室! 決勝進出者には個室ぐらい用意しやがれ!!)

 文句は山ほどあったが、決して口に出せない小心者の自分がイサキは嫌いじゃない。

(……外の空気が恋しい)

 イサキは控え室に背を向け、催事場の外で休憩する事にした。

 イサキは、剣も魔法も大して得意ではない。

 強いて言うならば、僧侶である父親に似たのか傷を癒す回復魔法が一番得意だ。

 当然、回復魔法で敵を倒すなど無理な話で、イサキはトーナメントに出場したものの全く自信がなかった。

 しかし、勝負はまさに時の運。

 運良くイサキは対戦相手に恵まれ、易々と準決勝をも勝ち上がってしまった。そして、今は決勝戦を控えて緊張しているのだ。

 出場者が行き交う廊下を歩きながら、イサキは考える。

 すれ違う戦士達は皆強そうだ。自分なんか敵うわけがない。

 なのに、自分は勝った。一回戦から数えて四連勝。

 何故なら。

(まさか……対戦相手がみーんなアンデッドとはね)

 今までの対戦を振り返って苦笑するイサキ。

 本来は人間の自己回復力を高め、怪我を瞬時に治癒する回復魔法。そんな回復魔法でも、相手を攻撃できるケースが一つだけあったのだ。

 この世界でアンデッドと呼ばれる、死してなお成仏できすに彷徨う霊やゾンビに対しての場合である。

 初戦の相手など、見たまんまの骸骨だった。

『うわ、まさに白骨だな』

 骸骨は、やけに綺麗なワイシャツとブリーフを身に纏い、その皺のない服装に負けじと頭蓋骨や腕も真っ白に輝いていた。

『…………』

 彼はイサキの方を向き、屍らしからぬ綺麗に揃った白い歯をカタカタ鳴らしている。当然体全部が骨のみで声帯が無いため、声は出ない。

『何であんなに見た目綺麗なんだ? 骸骨専用のエステとかあるのか!? いや、それよりも何故アンデッドの出場を許可したんだ受付のねーちゃん!!?』

 イサキは、微妙にズレた感嘆をしたものだ。

『でも、これなら勝てる!』

 即座に木の棒を握って印を結び、回復魔法の詠唱に入る。

『水よ癒しを! クルーシアン!!』

 唱えた瞬間、木の棒の先から眩い光が迸った。

 癒しを、とは言ったものの、アンデッドには治癒の魔力は強い毒気になる。

 カタカタカタカタカタ……

 筋肉のない骨のみの足では、咄嗟に飛び退けなかったのだろう。

 清らかな光を正面から浴びて骸骨はもがき苦しんだ。

 カタカタカタカタカタカタ!!

 そして散々顎をカタカタ鳴らしまくった末、ばたっと倒れ臥して動かなくなった。

『成仏しました。二度と動く事はないでしょう』

 得意げに言ったイサキだが、これではトーナメントの試合じゃなくて霊能者の悪霊退治だ、と内心思った。

 次いで二回戦。

『先にリングに入ってきましたのは、今大会特に絶好調なイサキ選手です! この試合でもまた、見事な浄霊を我々に見せてくれるのでしょうか!!』

 ノリノリな司会者の口上を聞いて、イサキはがっくりときたものである。

『浄霊って事は、またアンデッドと対戦かよ!!』

 そんな試合が後二回続いた。



 催事場の近くにある森に入って、イサキはやっと一息つけた。

 泉の水を飲もうと奥へ歩いていくと、一面の緑の中に夜空を切り取ったような黒を見つけた。

 真っ黒な馬車だ。

(なんか……薄気味悪いな。死霊の馬車って感じで)

 先ほどまで散々アンデッド達の相手をしていたイサキだけに、その発想は仕方のない事かもしれない。

 だが、イサキの興味を引いたのは色だけではない。

(珍しいな、馬のいない馬車なんて)

 馬車には動力であるはずの馬がおらず、両脇に黒装束に身を包んだ男が二人いるだけだ。

 まさか馬が逃げ出して、そのせいで立ち往生しているのだろうか。

 イサキがしげしげと馬車を眺めていると、中から声がした。

「あの、すみません」

「はいはい?」

 中には可愛らしい少女が座っていた。

 雪のように白く滑らかな頬、憂いを帯びたような灰色の瞳を縁取る長い睫毛。

 淡い花びらのような唇は微笑んではいないし、形の良さそうな眉も顰められているが、それすらもイサキの好みだった。

 背中まで長く伸ばした綺麗な栗毛は、薄桃のドレスと調和がとれている。ドレスのために誂えた房飾りのようだ。

 単に少女が座っているからなのだが、縋るような瞳で上目遣いに見つめられて、イサキの心臓が跳ねた。

(可愛い幽霊だなぁ……)

 すっかり、アンデッドと決めつけてしまっている。

「馬車の車輪が壊れてしまいましたの。街で工具を借りてきて頂けませんか?」

 その鈴を転がしたような少女の声もイサキの想像以上で、イサキは意識が舞い上がるのを堪えながら答える。

「街なんて、ここから十分もかかりませんよ? お付きの人に行って貰ったらどうです?」

 それは意地悪心からではなく、付き人を街へ行かせ邪魔者を排除してから、かの美少女を口説こうというイサキの魂胆である。

 そんな不埒な計画を思い描きつつ馬車に視線をやって、イサキは気づいた。

 車輪を見ようと身を乗り出している少女を、押しとどめている付き人の手。

 黒装束から覗くその赤い手には、翼が生えていた。

(魔物―――!?)

 直感する。

 イサキの視線に気づいたのか、少女が苦笑した。

「連れは、こういう時頼りなくて」

 イサキは、素直に街へ行く事にした。催事場へ戻れば工具ぐらい貸してくれるだろう。



 付き人がその不器用そうな手――翼の先の二本の長い爪――で苦労して車輪を嵌めるのを眺めながら、イサキは考える。

 この馬車に馬がいない理由。

 もしかしたら、この付き人二人が、馬の代わりに馬車を引いているからかもしれない。

 そんな事、人間の体力ならば到底無理だが。

(魔物なら)

 イサキの思考を断ち切るかのように、少女が声をかけた。

「ありがとう。助かりましたわ」

「どう致しまして」

 少女の大きな瞳に見つめられて、無意識に胸が高鳴る。

 連れが魔物であろうと、どうでも良い気がした。

 イサキは、どぎまぎと彷徨わせた視線で腕時計を見て、ハッとした。

「あ、やべっ、決勝が始まっちまう!」

「決勝?」

「勇者トーナメントの決勝! オレ出るんだ!!」

 それじゃ、と駆け去ろうとするイサキを少女は制して、手に何か握らせた。

 その時、触れ合った手の温もりにドキリとする。

(温かい……よかった、幽霊じゃなかったんだ)

 これまたズレた感想である。

 少女は、しっかりとイサキに拳を握らせて微笑んだ。

「馬車を直してくださったお礼です。頑張って、勇者様」



 催事場へと急ぐイサキは、走りながらそっと手を開いた。

 渡されたのは、魚の形をした真っ白なペンダントだった。

 首にかけて呟く。

「勇者様、か」

 これから始まる決勝戦に勝ちさえすれば、自分はワラサ国民全員に勇者だと認められる。

 そして魔王を倒すために旅立つのだ。

 少女の声が耳に木霊する。


『頑張って、勇者様』


 決勝戦にやる気を出している自分が、おかしかった。



 催事場のすぐ側には観客目当ての大衆食堂があり、イサキはそこで馬車を直す工具を借りていた。

「おばちゃん! 工具サンキュな。ここ置いとくからー!」

 店内に入って声をかけると、厨房から恰幅のいいおかみが出て来た。

「ああ、直せたかい?」

「うん、マジで助かったよ」

「そりゃよかった。そうだ、焼きたてのパンを持っていきな。美味しいよ」

 そう言ってパンの入った籠を差し出すおかみに、イサキは慌てて遠慮する。

「いいよおばちゃん、オレ財布控え室に置いたままだし!」

「何遠慮してんだい、決勝を控えた出場者への差し入れだよっ。これ食べて頑張んな!」

 おかみは笑顔で言ってくれたのだった。


         *


 決勝の相手は、意外な人物だった。

(おっ、女ーーーー!?)

 決して広くないリングの上で行う試合は、一対一の戦いで勝敗が決まる。

 そのルールが“相手を殺さなければ何でもアリ”で、しかも場外負けまである以上、女性の出場者は数えるほどしかいない。反対に怪力自慢の巨漢が多く出場している事から、勝機はないと諦めての理由だろう。

 だが、今目の前にいるのは、そんな巨漢どもをバッタバッタとなぎ倒して決勝へ駒を進めたとは思えないような美少女だ。

 短く整えられた蜂蜜色の猫っ毛はふわふわとしている。愛らしい大きな瞳は爽やかなアイスブルー。

 紅を刷いたかのように桃色に色づいた頬。さらに色濃い唇は柔らかく笑んでいる。

 しかも、白いぶかぶかのローブを纏った姿はとてつもない可愛らしさだ。そんなローブの余った袖からちょこんと指だけを出して太い木の杖を摘んでいる。

「それでは、ただ今より勇者選抜トーナメント、決勝戦を行います!!」

 思わず対戦相手に見とれるイサキの視界には全く入っていないだろう司会者が、存在を誇示するかのように声を張り上げた。

「まずはお二人にインタビューを致しましょう! え~、イサキ選手! 優勝したらどうなさいますか?」

 司会者にマイクを向けられて、ようやく正気に戻るイサキ。

「そうっすねぇ、家を出て独り立ちする良い機会なんで、素直に魔王討伐の旅に出ようと思いま~す」

「ハイ、有り難うございました! ではコチ選手!! あなたが出場した動機をお聞かせください!」

 と、司会者はすぐに美少女魔法使いに向き直った。

 そうかあの子はコチちゃんと言うのか、と名前をしっかり心に刻み込むイサキ。

「それが~友達に誘われて出場したんですけどぉ、自分だけ勝ち残っちゃってェ」

 おいおい、ミスコンじゃないんだから。

 イサキは内心でツッコんだ。

(でも、この子ならミスコンでも優勝できそうな気がする)

「では、決勝戦! 始め!!」

 ともあれ、決勝戦が始まった。

 コチが、すぐさま頭上で印を結んで魔法の詠唱を始めた。

「行けっ! レッド・スナッパー!!」

 叫ぶと同時に杖の先から炎が噴き出す。

 慌てて魔法防御の呪文を唱えるイサキ。

「霧散せり! フラウンダー!!」

 ブゥゥゥ……ン

 イサキの周囲に魔力でできた水色のベールが現れる。

 しかし、予想以上にコチの炎魔法の威力は強かった。

 ベールの効果で大半の炎は防いだものの、僅かに火花が残ってしまった。

(ヤバっ、髪の毛焦げる!!)

 そんな、危機感に乏しい心配をイサキがした時だった。

 ポシュゥゥ……!

 なんと、イサキへ向かって降ってきたたくさんの火の粉が、身体に吸い込まれるようにして消えたのだ。

「何だ……!?」

 イサキは、両手でばたばたと身体を払い、髪や服が焦げていない事を確かめる。

 そのために俯いたせいで、気づいた。

 胸に下げた白いペンダントが、淡い光を放っていたのだ。

 例の、黒馬車の少女に貰ったペンダントである。

「今のは、このペンダントが……?」

 イサキが考えている間にも、コチは攻撃の手を休めない。

「ブルータル・モーレイ!!」

 杖から生じた何本もの氷の矢が、キラキラと光りながらイサキに襲いかかる。

 だが、とイサキは思う。さっきの炎に比べると、やけに氷の矢が小さい。

 これでは威力も低そうだ。

(同じ初級魔法なのに、何でだ?)

 それは、コチの先天属性に理由があった。

 この世界の人間には、皆それぞれに扱いを得意とする自然界の属性があり、それを先天属性と呼ぶ。

 コチの先天属性は火で、炎魔法を得意とする。また、炎魔法を食らった時の耐性も他の先天属性より高い。

 だが、自然界の六つの属性――炎と水、地と風、光と闇――は互いに反発しあう性質を持っている。

 つまり、先天属性が火のコチは、反対の水属性である氷魔法の扱いが苦手なのだ。

 しかし、もちろんイサキにそんな知識があるはずもなく。

(まぁ、威力がなさそうなのはラッキーだぜ!)

 の一言で終わった。

 ちなみにイサキの先天属性は水である。

 だから、イサキには氷魔法に耐性があった。

(よし、避けずにわざと受けてやる)

 ―――このペンダントの効果を確かめるためにも、氷の矢に耐えてみせる!

 イサキは、仁王立ちになって身構えた。


 バシュゥゥ……!!


「やっぱり、吸い込んだっ!!」

 やった、このペンダントは魔法を吸収する力を秘めたアイテムなんだ!!

 イサキは感動した。

 同時に確信する。

(これで、勝てる!)

 魔法の攻撃に期待できない魔法使いなど、敵ではないのだ。

 見れば、コチも負けを悟ったのか、顔が蒼褪めていた。

「どうやら、魔法は効かねーみたいだなぁ?」

 イサキは、途端に勝ち誇った顔になって、コチへと近づく。

「れ、レッド・スナッパー!」

 コチがみたび杖を振るうものの、やはり炎は白いペンダントに吸い込まれてしまった」

「そんな……!」

「攻撃はその程度かなぁ~? コチちゃ~~ん」

 じりじり、じりじりと距離を詰めるイサキ。顔には薄ら笑いが浮かんでいる。

 ついに、コチはリングの端にまで追い詰められてしまった。

「さーて、どうしてやろうかなぁ~」

 イサキが、主人公らしからぬ下卑た笑みで呟いた、その時。

「ま……参りました! 降参します」

 身の危険を感じたのか、コチが降参した。

 ゴンゴンゴンゴ―――……ン

 途端に銅鑼を叩く音が、会場全体に響き渡る。

「試合終了! イサキ選手の、優勝でーーーす!!」

 司会者が叫ぶと同時に、観客達が沸き返る。

 優勝を誉めたたえる客席からの歓声を浴びながらも

(あーあ、これからがお楽しみだったのに)

 妙な気を出して落ち込むイサキなのだった。


         *


 ワラサ城、国王の玉座がある謁見の間。

「イサキ、よくやった。そなたこそ誠の勇者じゃ!」

 イサキは、勇者選抜トーナメントの優勝者として賞品の授与式に出席し、国王の御前で畏まっていた。

「では、そなたにこれを授けよう。本大会の賞品である、勇者である事を示すサークレットじゃ」

「ありがとうございます」

 大臣から手渡されたサークレットは、想像よりずっとセンスが良くて上品だった。

 白金で繊細に造られていて、前にはワラサ国の紋章である魚の浮き彫りがあり、魚の目の部分には丸い翡翠が嵌め込まれている。

 素直にサークレットを頭に被るイサキ。前髪や横の髪を整えて、自分の茶髪に翡翠の緑色がぴったりだと満足そうに微笑んだ。

「まだ渡すものがある。旅の支度金2000イラと世界地図、そして当座の武器じゃ」

 この世界の通貨の単位はイラである。

 イサキは嬉しそうに金と地図をしまい、武器の包みも開いた。武器とは常に使える状態で携えておくものであるから、失礼にはならない。

 中から出てきたのは、銅の剣だった。

(まぁ、冒険初心者の武器と言ったらコレだよな)

 イサキは妙に納得して、銅の剣を腰に下げた。

 片手で持った時にやけに重い気がしたが、城で用意した物だから高級なのかもしれないと気にも止めなかった。

 イサキは、早速旅に出る旨を告げて謁見の間を出ようとするが、国王に呼び止められた。

「さすがに勇者といえども、一人旅なぞ危険極まりない。まずは仲間を作るのじゃ」

 そして、イサキを驚かせる事を言ってのける国王。

「出場者の控え室に行くがよい。勇者にはなれなかったが、皆腕に自信があるからこそ集まった者達じゃ。きっと勇者の力になってくれるじゃろう」

「はぁあ!!?」

 それはつまり、トーナメントで自分が負かした奴等の中から仲間を選べと!?

 イサキは、急に頭痛がしてきたような気がした。



 再び国営催事場に引き返して、イサキは数時間ぶりに控え室の前に立った。

 控え室に良い印象がないせいか、そうっと扉を開くイサキ。

 そして、驚愕する。

 出場者達が一斉に自分を見た事には、前回と変わりないのだが。その目が。

 皆、妙な期待に満ちてギラギラと輝いているのだ。

 勇者の仲間として魔王を倒せば自分も英雄として崇められるに違いない――どうせそんな魂胆だろうとイサキは溜め息をついた。

 罵声は一つも飛んでこない。奇妙な静寂が部屋を支配していた。

 ムサい男どもの物欲しげな視線に辟易しつつ、ぐるりと部屋の中を見渡すイサキ。

 すると、見知った顔を見つけた。

 コチである。

 屈強な男どもに囲まれてなお可憐に微笑むコチが、ひらひらとイサキに向かって無邪気に手を振っているのだ。

 イサキは、脇目も振らずコチに近寄ってその手をとった。

「君、オレの仲間になってくれないか?!」

 コチは嬉しそうに頷いて、答えたものだ。

「うん! 本当にボクでいいの?」

 聞いた途端、イサキは固まった。まず自分の耳を疑う。

(ボク!?)

 いや待て待て、とイサキはぶるぶると首を振る。

 一人称がボクだからと言って、何も男とは限らないじゃないか。

 最近は女の子だって自分をボクと呼ぶ子がいる。コチぐらい可愛ければそれも充分有り得るじゃないか。

 イサキはそんな淡い期待を込めて、恐る恐る呼び掛けた。

「こ、コチ……くん?」

「なぁに、勇者くん」

 あっさりと頷くコチ。

「キミ……男の子?」

「うん、そうだよ☆」

 本人はこの質問に答え慣れているのだろう。コチににっこりと微笑まれて、イサキは落胆のあまり床に突っ伏した。

「マジかよぉ~~」

「あの、どしたの勇者くん?」

 コチが、心配そうに覗き込んでくる。

 その優しいフォルムの童顔は、試合で見た時と変わらず可愛らしい。

(まぁ……男でもいっか。他のゴツい奴等に比べたら、ずっとマシだもんな)

 内心で他の出場者に甚だ失礼な事を考えつつ、すっくと立ち上がるイサキ。

「大丈夫、何でもないよ……これからよろしくな、コチ」

「うん、よろしく!」

 二人は固い握手を交わした。

 気を取り直して、イサキは自分を凝視する野郎どもから背を向ける。

「コチ、行くぞ!」

 そして、もうここには用はないと言わんばかりに、さっさと控え室を後にしたのだった。



「勇者くん、他の人は仲間にしなくてもいいの?」

「いいんだよコチ、あんなムサ苦しいところにオレの旅の仲間なんていないさ……」

 催事場の外へ出て、のんびりと街道を歩く二人。

 イサキは、国王から渡された地図を広げてみせた。

「ワラサ国とコノシロ国周辺の地図か……」

 ワラサ国の北西には、そのおよそ半分の国土を持つコノシロ国が位置している。そのコノシロ国の南端に×印が書き込まれていた。

 地図を覗き込んで、コチが言った。

「この印、ハタハタの谷だね。谷の下に魔王城があるって噂の」

 イサキは意外そうに呟く。

「魔王城か……意外と近い所にあるんだな」

「でも、そこは断崖絶壁で底も見えないぐらい深くて、行く方法が無いんだって」

「ふうん……」

「鳥みたいに羽があったら、フワッと安全に降りられるのにね」

「鳥か……」

 イサキは一瞬遠くを見るような目をしてから、明るく言った。

「そうだ。食堂のおばちゃんにパン貰ったんだ。一緒に食おうぜ!」

「わぁ、いいの? ありがとう勇者くん!」

 楽しそうに二人が歩いていると、突如後ろから聞こえてきた足音。

 ドドドドドドド……

「なんだ?」

「誰か走ってくるみたい……危ないから端っこに避けてようよ」

「そーだな、座ってパン食ってよーぜ」

 イサキは、都合よく道の端に転がっていた丸太の上に座って、コチにも隣に座るよう促した。

 その間にも、足音はだんだん近づいてくる。

 先頭を走る青年が、何か叫んだようだ。

「おいコラ勇者! 待ちやがれーーー!!」

「だから座って待ってるじゃん」

 すかさずツッコむイサキ。

(アイツらオレを追いかけてきたのかよ。面倒くせーな)

 走ってきた集団は、イサキとコチの姿を認めると二人の目の前で止まった。

「おたくら、オレに何か用?」

 パンを頬張りながら、一応問うてやるイサキ。会話する気は無いのが丸分かりである。

 集団の男達は皆呆気にとられた顔になった。

 だが、すぐに気を取り直して、黒髪をポニーテールにした剣士が口を開いた。

「そりゃないだろ勇者さんよォ。俺達は勇者の仲間になれる事を期待して、トーナメントで敗退してからもずーっと控え室で待ってたのにさ!!」

 剣士の隣にいた、赤毛の青年も一緒になって喚く。

「そうだそうだ! なのに、その子一人しか連れてかないなんて詐欺だよサギ!!」

 イサキは、まさかムサい男と旅したくなかったから、なんて言えないよなぁと頭を抱えた。

 そして、ぱっと顔を上げると咳払いを一つ。

「やだなぁ、皆。誤解ですよ誤解」

「誤解……?」

 コチが、不思議そうに首を傾げる。

 イサキは、心配ないよと言うふうに微笑んでみせてから、やけに自信たっぷりな口調で話し始めた。

「いいですか? 魔王討伐なんて途方もなく大変な旅に、まず必要なのは本人のやる気です!」

 いくらオレがその実力を買って旅の同行を申し出たところで、本人のやる気なくして魔王が倒せますか!? いいや倒せまい!!

 魔物の力で世界制服をたくらむような魔王なのですよ! 生半可な決意では剣を取り立ち向かっていく事すら難しいでしょう!!

 だからオレは、控え室では敢えて声をかけずに、皆さんのやる気を試したのです!!

「こうやってオレを追いかけてきてまで仲間にして欲しいと言う、その心意気を!!!」

 シーーーーン……

 静まりかえる集団。

 イサキは、集団を納得させる事ができたと知るや、おもむろに立ち上がって品定めを始めた。

 ここまで言ってしまった以上、この集団の中から一人も仲間にしないわけにはいかないと感じたからである。

(いいカッコしたせいで墓穴掘ったかも、オレ)

 イサキは後悔しつつも、集団の前列にいるポニーテールの剣士に目がいった。

 立派そうな鎧を纏ってはいるが、歳はイサキと同年代に見える。

「アンタ、いかにも剣士って感じで強そうだね。そうだな。アンタなら仲間になって欲しいな」

「よしきた! 俺はカジカって言うんだ。よろしくな、勇者!」

「よろしく!」

 がっちりと握手を交わすと、カジカはホッと息をついて言った。

「よかったよ、仲間になれて。コチだけを危険な目に遭わせるわけにはいかないからな」

「よかったね、カジカちゃん」

 コチも嬉しそうに微笑む。

 イサキは、きょとんとして二人を見比べた。

「コチの知り合いなのか?」

「うん。ボク達友達なんだ☆」

 そうコチは言うが……。

「コチ、世の中には悪い人間が沢山いるんだぞ? お前なんか一人で行かせたら心配で……」

 などと真剣な表情で囁くカジカは、本当にコチを友達の目で見ているのだろうか。

「お前、魔物より人間に襲われる心配かよ……コチだって一応男だぞ?」

 げんなりしてツッコむイサキだが、カジカに当たり前だと返されてしまった。これでは最後のツッコみは耳に届いていないかもしれない。

「当然だ! コチはこんなに可愛いんだから、油断したら不埒な輩にさらわれるかもしれないだろ!!」

 そう熱弁を奮うカジカは、冗談を言っているようには見えない。残念ながら。

(……仲間は慎重に選ばなければいけない)

 イサキは強く思うのだった。

 すると、さっきから騒いでいた赤毛が声をかけてきた。

「ねぇねぇ勇者、アタシも仲間にしてよー? バッチリ役に立っちゃうよー」

「君、職業は」

 醒めた口調で答える勇者だ。

「盗賊! シャコって言うの。よろしくね」

 職業を聞いた途端、現金にもイサキの顔がぱあっと輝く。

「盗賊かぁ、いいねー!」

「でしょでしょ! 魔物から武器やお金や色んなお宝、いっぱい盗んでやるんだから!!」

「すげーすげー!! よし、仲間になって貰うよ」

 イサキが感激して言うと、赤毛――シャコは飛び跳ねて喜んだ。

「やったぁありがとう! ……あ、ちなみにアタシが一番得意なのは、人様からこっそりお財布を頂戴することよん♪ お金に困った時はアタシに任せてねっ」

「……絶対任せねー……」

 がっくりとうなだれながら、辛うじてツッコむイサキ。

 またも、人選を誤ったようである。

(―――もう仲間なんか要らん!!)

 そう決意したイサキは、三人に向かって言った。

「じゃあ、出発しようか」

 コチやカジカ、シャコも頷いていよいよ旅が始まるかと誰もが思った。

 思ったのだが。

「まっ、待って下さいぃぃ~~~!」

 短くすっきりとした黒髪で丸眼鏡をかけた青年が、仲間になれなかった人達の群れから這い出してきた。

「何だよ~、もう仲間受け付けは締め切ったんだけど!」

 イサキが嫌そうにあしらう。

 すると、青年は泣きながらイサキの足に縋りついてきた。

「何すんだよ、はーなーせーよー!」

「そんな殺生な、どうかお願いします仲間にして下さいぃ~僕、勇者になれなかったら帰ってくるなって言われて今更ノコノコと実家には帰れないんですぅ~~!! うぇぇぇぇん」

 泣いているにもかかわらず一息で言いたい事を言い切ると、青年は本格的に号泣し始めた。

 気の毒そうに見ていたシャコが呟く。

「ここまで泣き虫なのはどうかと思うけど、一応困ってはいるみたいだし、仲間にしてあげたら?」

 カジカも同調する。

「ま、いいんじゃないの? 一人ぐらい困った奴が仲間にいてもさ。道中楽しくなりそうだもんな」

 あっオレはコチがいるだけで充分楽しいけどな、という呟きには、イサキは全力で聞こえないふりをした。

(て言うか、お前ら二人で既に充分困ってるんだよオレは!!)

 とは、口に出して言えない小心者のイサキは、嫌々ながら青年に手を差し延べる。

「わかったよ……一緒に行こう。君、名前は?」

「ヤガラです。武闘家の修行をしているんですけど、トーナメントであっさり負けちゃって……ぐすっ、ひっく」

 武闘家と言うだけあって、ヤガラの服装は真っ赤な拳法着だ。

 そんなヤガラの格好をジロジロと見て、カジカが難しい顔になる。

「武闘家なのにそのビン底眼鏡、もしかして戦う相手に視線を悟られないために……?」

「へ~ぇ。じゃあ見掛けに反して、もの凄い技の使い手だったりして!」

 シャコが期待に満ちた視線で見つめる。

 すると、何故かヤガラは余計大泣きしてしまった。

「ち、違います~~~! 僕、人の目を見て話すのが大の苦手で、それを隠すために伊達眼鏡をしているだけです~だから、そんなに強くなんかなくて……うぇぇ~ん」

「ハイハイ、泣かない泣かない。とりあえず、皆行こうか」

 何とかヤガラを宥めすかして立たせてから、イサキは疲れた顔で首に下げたペンダントを握る。

(予想以上に困難な旅になりそうだ……)

 でも、オレ頑張るよ。

 密かに呟いた。


         *


 街道の終わりに差し掛かると、国境の関所が見えてきた。この関所の外には舗装された道などなく、ただただ草原が広がっている。

 いよいよ、ワラサ国の外へ出るのだ。本格的な旅立ちである。

 国営催事場が外国からの客人のために北の国境付近に建てられているおかげで、すぐに国境に着いたのだ。

「カンブリ関所にとうちゃーく!」

 喜び勇んで関所へと走っていくイサキに、後ろから近づく人影がいた。

「勇者さん、ですね?」

「え……っ?」

 声をかけてきたのは、長い銀髪を靡かせた美男子だった。

 切れ長の瞳は落ち着いた緑色で涼やか。鼻も高くてまさに美形と言った感じだ。しかもセンスの良い革のロングコートを身に纏っている。

「うわぁ、すごく美形な人だよ。勇者くん!」

 コチがほうっと感嘆の溜め息を漏らす。

「そうだな、格好良くて強そうだっ!!」

 コチと二人、手を取り合って喜ぶイサキ。

 背後から刺すような視線を感じるが気にしない。

 何より、ようやく頼りがいのありそうな仲間に出会えて、意識が舞い上がっているのだ。

「ええと、一応そうです。オレが勇者です」

「やはり勇者さんでしたか! 初対面でこのような申し出、不躾で恐縮ですが、私めも魔王討伐の旅に同行させて頂けませんでしょうか?」

 その片膝を折っての挨拶の動作、丁寧な口上の一つ一つにイサキは感動した。

 ちらり、と後ろを見やる。

 今まで、こんなにも丁重に同行を申し出た輩がいただろうか。

(カジカ達とは大違いだ)

 内心で仲間を罵倒――コチは自分から声をかけたので対象外――しながらも、笑顔で即答するイサキ。

「もちろんですとも! ともに魔王を倒しましょう!! ……えーと」

「申し遅れました。私、アイナメと申します」

 もう仲間を作らないと決意した事をすっかり忘れたイサキは、わくわくした気持ちで尋ねる。

「アイナメさん、ご職業は!?」

 こんなクールな美男子さんは、一体どんな職業についているのだろう。

 カジカと同じ剣士だろうか。いや、もしかしたらただの剣士ではなく魔法剣の使い手かもしれない。

 それともコチみたいな魔法使いだろうか。いや、魔法使いと僧侶、両方の修行を積んだ賢者と呼ばれる職業もあると聞く。

「遊び人です」

「……へっ?」

 ぽかんと、イサキは口を開けたまま硬直した。

 アイナメはにこっと微笑んで、同じ単語を繰り返す。

「遊び人です」

「聞こえなかったわけじゃないんだけど……」

 イサキは泣きたくなった。


(もう二度と仲間なんか作るかぁぁッ!!)


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