仇討ち
デスマーチとルシフェルの攻防が続く様子を俺は周囲との混戦状態の中で垣間見た。あれはかつて見た数多の戦闘の中でも最も熾烈なものだったろう。
ルシフェルが詠唱なしに魔術を飛ばしまくることができているのは、最初に自動詠唱のオートアリアという魔術を唱えていたからなのだとわかった。しかし、その実力を以ってしてもあの死王デスマーチを倒す決め手に欠けるというのか。
強化されたケルベロスは命の限りを尽くし抵抗し、文字通り死ぬまでルシフェルに楯突こうとするだろう。ならばその負担を軽減してやるのが俺たちの役割であり、勝利への鍵じゃないか。
「なぁ、ユノ、ダンゾウ。あの犬、倒すぞ」
一度、ケルベロスの攻撃を受けたダンゾウもフェアリーの回復のおかげか息を吹き返し、再び立ち上がっていた。
幸い、ルシフェルの一撃によりケルベロスの腹部は損傷している。ジークバルドの攻撃を見れば少なくとも物理攻撃は効くし、殺すこともできる。
「ああ。俺たちの実力をみせてやろう」
ダンゾウは大剣を構えてもう一度ケルベロスと相見える覚悟を決める。ユノは何も言わずにライフルのマガジンとアタッチメントを調整し、ただ殺意をケルベロスに向けていた。
あいつの最大の武器は素早さだ。動きさえ止められたなら有りっ丈の火力を注ぎ、倒すことができるだろう。いかにして奴の電光石火のスピードを封じるかが鍵だ。
「我々も協力しよう」
背後から聞こえてきた声で、いやその口調ですぐにコロナ騎士団の精鋭たちだと気がついた。
「是非とも、我々に、副団長の仇討ちをさせてくれ!」
そうだ。彼らには理由があるのだ。今まで共に戦ってきた、ついていった戦友の仇を討つという使命が。
目の前で散っていった仲間やジークバルドの無念を晴らすために彼らは戦わなければならない。その義務が騎士団員全員に刻まれているのだろう。
「こちらからもお願いします。こんなに強力な援軍がいれば百人力ですよ!」
聞き届けてすぐに団員たちは腰に据えた剣を鞘から引き抜いた。集まったのは副団長直属の部下なのだろう。ケルベロスを狙うのは3人だけだが、恐らく少数精鋭で連携を取り、奴の首を狙う算段だろう。
しかし、やはり賞賛すべき点は騎士団員たちの精神力だ。副団長の凄惨な死を前に、怯むことも嘆くこともなく、為さねばならぬことをぶれずに見据えている。
これがコロナ騎士団のプライドであり、覚悟なのだろう。仲間の死を乗り越え、勝利へと導く力。
「では、特攻の前に強化魔術を」
そう言うと団員が1人、前へ出て詠唱を始める。その間にもケルベロスは体勢を立て直し、手当たり次第に周囲の者へ攻撃を開始する。今こうしている間にも多くの命が奪われているのだ。
みるみるうちに自分のステータスが上昇していくのがわかる。体の奥底から湧き上がる力。これが魔術の力か。
「さぁ、いこうか。君たちはバックアップを頼む!」
やはり少数精鋭の連携攻撃を仕掛けるつもりだ。そう言うなら俺は彼らの後ろから攻撃するしかない。
「了解です」
刹那、3人の足元に宿る魔力の光が発現し、魔術による跳躍が発動された。聞いたことがある。フラッシュジャンプという魔術だ。
ケルベロスの目の前まで接近し、彼らは舞う。コロナ騎士団精鋭三人たちによる乱舞だ。この目で見られるとは思ってもみなかった。
それぞれが別の角度から斬撃を繰り出す。ケルベロスの攻撃が届かないギリギリのラインを維持しつつ戦っているのだ。
奴に接近されたら最期だということを常に意識して切り裂く。だからこそ致命傷までは持っていけない。ケルベロスの息の根を止めるにはあの忌まわしき頭部を切断する他ないのだから。
「俺たちも行くぞ!」
彼らの役割があくまでも陽動だというのなら、その決め手となるのは残された俺たち3人だということになる。
ジークバルドはその身を挺して死地に立ってケルベロスと相見え、首を取ったのだ。あれを倒すにはそれなりのリスクを覚悟しなければならない。下手すれば即死なのだから。
覚悟を決め、走る。一直線に。速く、もっと速く。
足がいつもより速く感じるのは彼らのステータス上昇魔術のおかげだろうか。いや、それだけではない。フランケンシュタインを倒したときと同じ感覚!俺の秘めた潜在能力がこの死の恐怖をも凌駕する力となって溢れてくるのだ。
後ろに大剣を抱え、走るダンゾウ、狙撃を始めるユノ。先行するのはいつも俺の役目だった。
確実にケルベロスのダメージは蓄積されている。弱体化したところを狙う算段なのだろう。それが恐らく、スピードと破壊力を備えた奴に対抗し得る最善策だ。
しかし、俺がケルベロスの位置まで辿り着くその手前に、状況に異変が見られた。
「何か来るぞ!離れろ!」
俺は彼らの警告を聞き届けると、何か危機を感じ取り身体を伏せた。
直後、真ん中の頭部から放たれるブレス。先ほどの火球とは比にならぬその範囲と温度。球状ではなく、直線のビームのように瞬いたそれはその周囲と目の前にいたコロナ騎士団精鋭1人を焼いた。
「ダムド!」
団員の叫びも虚しく、跡形も残らない彼の残骸。直撃したら蒸発するとでもいうのか。
あれが強化されたケルベロスの火力だというのか。
距離を詰めれば近接攻撃で死ぬ。離れすぎてもブレスが飛んでくるとなればどう戦えというのだ。
そのとき、激しく鳴り響いた銃声とともに空間を通過していく弾丸がケルベロスの前足に命中した。ユノの射撃だ。
肉片と血液が飛び散り、その衝撃により俊敏なケルベロスに隙が生まれた。
「今だ!」
仲間の死を悼む間も無く、隙を生んだケルベロスを団員2人は仕留めにかかる。陽動などではなかった。やはり彼らは刺し違えても奴の息の根を止めようとしている!
この攻撃が決まれば間違いなく致命傷を受ける。ユノの射撃により回避する余力は残されていない。
ありったけの力を込めて2人は右側の頭を狙い、その剣を振るった。
「やったか!」
俺は後方から何もできなかったが決定打となる一撃を確かに見届けた。右頭部が血飛沫をあげながらボトリとあるべき場所からこぼれ落ち、残るは中央のみとなった。ここまでやれば危機は去ったも同然だ。
「無事か?」
血塗れになりながら一旦距離を取った団員は互いの安否を確認した。
「ああ、少し噛まれたが」
どうやら2人とも無事のようだ。致死率の高いこの一瞬を無事に生還してくれたことを俺は誇りに思った。いや、決して無事などではない。精鋭1人の命と引き替えに手に入れた功績だろう。
「グオオオオオオオオオ!!!」
頭を失ったケルベロスは俺たちに向かって咆哮する。痛みさえ感じるほどピリピリと空間を震わせ、怒り、怨嗟、憎悪がこの目でわかるほど悍ましい感情だ。
「随分とお怒りのご様子だ」
だがこれでケルベロスは最早ただの犬と変わりない姿になったというわけだ。希望の光が見えてきた。長きにわたる戦いの終わりが見えてきたのだ。




