ケルベロス
かつてこのシェルターにこれほどの人が集まり、このような光景が広がったことがあっただろうか?
不測の事態、敵の進撃、感染症の蔓延。間違いなく未曾有の危機だったことだろう。
しかし、それを乗り越え、紡ぎだしてきた力は何よりも変えがたい力となって敵を撃退する意思を生み出した。
劣勢だった凄惨な戦いに一筋の光が生まれたのだ。
今、このペルーで奮闘している者は皆、戦闘経験のない者たちばかりだったろう。しかし、彼らの強い意思がこの絶望的な状況を打開するための鍵となる。
「数ではこちらが勝っている!周囲の者と連携し、一体の敵を屠れ!!」
キースは直剣を前に翳して民兵に指示を送る。そして、民兵は彼の号令を頼りに戦闘を展開していく。
ゾンビですらも5人で囲み、敵を翻弄したのち、その首を刈り取った。血に飢えた獣やリッチなどの大型モンスターは数十人から百人単位で応戦し、力尽きるまで攻撃を続けた。
しかし、黒兜は動揺した様子もなく目の前に立ち塞がる敵をただ黒剣で薙ぎ払い、傷一つ付けさせることはなかった。そして、黒剣を地面に突き刺し、ひとりでに何かを唱える。
「来い。ケルベロス。食事の時間だ」
何処からともなく近づいてくる足音は次第に大きくなり、何かやばい奴が接近してくると察知した。
「グオオオオオオオオオ!!!」
ケルベロス。冥界を守る狂犬。地獄の番犬。錆びついた鎖の先には三頭の獣の頭部がそれぞれの意思を持って繋がっている。
俺はここに来て死への実感が湧き上がる。神獣の威圧、容姿、そしてそれを召喚する技量を持つ黒兜に対する恐怖の表れだ。
神話クラスのモンスターと対峙するのは恐らく初めてか?いや、つい数日前に遭遇したではないか。神話なのかは兎も角、お伽話に出てくる鬼とかいう化け物から追われた末に逃げ切ったじゃないか。
体格は鬼とは比にならないほど大きいが戦えなくはないはずだ。トラック1台分ぐらいの凶暴な犬と思うっきゃねぇな!
「ユノ、ダンゾウ。この犬、狩るぞ!」
「おう!」
俺の一言で2人の攻撃の対象はすぐに目の前のケルベロスに移行した。そうだ。頭一つにつき1人が相手をすればウィンウィンではないか!
「グオゥ!!」
咆哮した後、間髪入れずに前足から繰り出された引っ掻きを間一髪でかわしきった。攻撃力はやはり尋常ではない。下手すれば即死する威力を誇っている。
しかし、頭が3つあったとしても攻撃する本体は1つなのだから神話だろうが何だろうが倒せないわけはない。多分。
ユノの援護射撃がケルベロスの頬を掠める。銃弾を捉え、避けるなんてやはりただの犬公ではないのは確かだ。
「レオト!でもこいつにどうやって攻撃すれば!僕じゃああのスピードを避けられないし、防御しきれるかどうか……!」
ダンゾウのスタイルではスピード&攻撃型のケルベロスの相手は圧倒的に不利か。
「俺とユノが陽動する!ダンゾウは隙を見て攻撃するんだ!」
こいつもまた、一撃必殺。その鋭爪から放たれる斬撃は触れたものを残らず刈り取っていく。現に奴の攻撃範囲内に偶然入り込んだ民兵は攻撃を受け、その血肉をバラバラに撒き散らす。
そして奪った魂を吸収するように口を大きく開かせる。
まただ。死体を食ってやがる。むしゃむしゃと気持ち悪い音を立てながらケルベロスの左側の一頭だけが死体を貪っている。
これだからこいつ等に殺されるのは嫌なんだ。
「今や!」
捕食中のケルベロスに隙を見出したのか、ユノはアサルトライフルを左側の一頭に目掛けて発砲する。しかし、真ん中の一頭がそれを察するや否や弾丸を躱すようにジャンプする。
「読んでいたぜ」
奴の俊敏さから攻撃を回避すると踏んでいた俺は跳躍したケルベロスの着地地点へと移動していた。このままナイフでズタズタにしてやろうという算段である。
「シュッ…」
しかし、ケルベロスは空中で奇妙な音を発した瞬間、俺の勘がその場から離れろと命令してくる。
「ヤバイ。何かくる」
バックステップで緊急回避した刹那、空中のケルベロスの真ん中の顔から直径1メートル程の火球が放たれていた。
ケルベロスの着地よりも遥かに速く火球は地面に激突し、爆風とともに拡散する炎。直撃すれば焦げるまで焼けるか溶けるほどの火力。
「あ、当たらなければっ、どうということはない!」
間一髪で躱し、虚勢を張ってみたものの内心ではビビリまくってる俺。
しかし、こいつをどうにかせねば俺たちに未来はない。
全力で俺たち3人で連携を取って勝てる相手なのか?間違いなく今まで戦ってきた相手で最も強い敵だろう。ブロンズ級はおろか、シルバー級のハンターが倒せる相手ではない。ゴールドかプラチナの討伐対象だろう。しかもマナが居ない時点でかなりアウェイだし。
クソッ、考えていても仕方ねぇ!
「喰らえ!連続投げナイフ!」
10本のナイフを両手に装備し、正面に立つケルベロスに連続投射する。もちろん、直撃するはずもなく自慢の爪ですべて弾いてゆく。
「ユノ、ダンゾウ!」
「わかってる!」
その隙にユノはライフルで、ダンゾウは大剣による突進でケルベロスを狙う。
ライフルの弾は一直線の弧を描き、ケルベロスの首筋に命中した。このとき初めてケルベロスにダメージを与えることに成功したのだ。
ダンゾウの突進はスピードこそないものの当たりさえすれば絶大なダメージを与えられる。が、そのアクションを6つの目を持つケルベロスが見逃すはずもなく、前足で彼の体躯を弾き飛ばし、ダンゾウの身体は壁に叩きつけられた。
「ダンゾウ!」
ユノの一撃で僅かに怯んだケルベロスだが、ダンゾウが攻撃できるほどの隙が作れたほどでは無かった。やはり会心の一撃を浴びせるためにはダウンを狙うしかない。
どうする?誰が奴のスピードに渡り合える?
「……俺しかいねぇ!」
気づいたときには奴の足元まで接近していた。もちろん懐まで入れさせてはくれないだろう。足元はこの敵にとって格好の的なのだから。
俺は今、死地に立っている!
ケルベロスの凶刃が目の前まで迫っていた。




