絶望の進軍
緊急警報が発せられる一刻前、エントランスから広場に続くコンコースでは決死の攻防戦が繰り広げられていた。
「何だこいつらは!!」
「どこから攻めてきた!?」
職員たちが謎に包まれた敵の出現に動揺する中、暗黒に包まれたそれはただならぬ殺意を抱いたまま進軍してきた。
「応戦しろ!ここから先は何としてでも死守するのだ!」
拳銃を構えた職員たちは軍の筆頭である黒兜を装着した男に狙いを定める。直後に放たれた弾丸が男の頭部から胴体に至るまでを貫通させた。ゾンビだろうが人間だろうがこれ程の集中砲火を浴びればひとたまりもない。
しかしーーーー
「何だと……!?」
黒兜の男は顔色一つ変えずにこちらは接近してくる。そして職員たちは確信した。この場で我らが全滅するということを。
敵の数は決して多くはない。軍勢と呼ぶには程遠く、何らかの決定打があれば戦局はこちらに傾くことも大いにありえる状況だった。
しかし、この場にいる誰もがこのとき敗北と死を悟っていた。その理由は先頭を進む黒兜の威圧であり、それが率いる異様な雰囲気を醸し出す気味の悪い敵の容姿であり、これまでに削りに削られた職員たちの精神力であった。
そして、沈黙していた敵軍筆頭の男が遂に腰に据えていた黒剣を鞘から引き抜き、低い声で言い放った。
「我が名は死王デスマーチ。オーガス共和国中にこの名を知らしめよ。貴様らの命運はここで尽きるのだ」
絶大な圧と勢力で職員たちの精力を喰らい尽くすその名は死王デスマーチ。その一言で必死の戦闘員たちは更に動揺の渦に飲み込まれていった。
「死王………」
「聞いたことがあるか?」
「いや、わからない」
「王と言ったぞ、何者なんだ……」
そう、これ程目立った外見と戦力を保持しているにもかかわらずシェルターの職員誰一人としてその名を耳にした者がいなかったのである。
名だけではない。王と名乗るこの男の所属、何故このシェルターに進軍してきたのか。何故自分たちが戦っているのか。敵の目的は何なのか。その全容が全くの謎なのである。
「無名の王なのか……」
「俺たちがやることは変わらない!このシェルターを守ること!そうだろう!!」
そのとき一人の職員が周囲に檄を飛ばした。死ぬことがわかっていようとも最期まで抗ってみせるとその男は叫ぶのだった。
「おおおおおお!!!!!」
一度砕かれた職員たちの士気が再び息を吹き返す。
そしてそんな彼らの奮闘も知らずにユノとレオトはこの戦場へと接近していくのだった。
何か嫌な予感を察しながらも職員たちの拠点である事務室にたどり着いた。そして慌ただしい雰囲気を醸し出すその扉を開けたときに初めて事態の深刻さをユノと俺は知ることとなった。
「敵軍、こちらへ接近してきます!」
「被害は!?」
「迎撃に向かった小隊の半数が壊滅!このままでは全滅します!」
指揮をとるのは副統括キースハインド。奇襲を仕掛けられ、更に非戦闘員であるこちらに勝機など万に一つもなかった。しかし、やはり諦めるという選択肢を選ぶことはなく彼もまたやれることを模索し、戦略を練っていた。
「くっ!やはりシェルターの職員ごときでは通用せんか!数が少なすぎる!」
「何か策はないんですか?!」
敵がシェルター内に進軍してきたときの策なんて普通はあるはずないなんてことは百も承知だ。しかしそれでも周りの職員はキースに望みをかけるしかなかった。
「無くはない!が、もはやこれは最終手段だ」
「一体何なんです?」
「……民兵を組織することだ」
その一言で事務室内の職員たちは目を見開き驚愕の声を漏らした。
「血迷ったか、キース!守るべき住民に戦わせるなど!」
「そんなことはわかっている!しかしやむを得ない状況まで追い込まれていると知れ!奴らはすぐそこまで迫ってきているのだ!このまま虐殺されるか、全員で戦うか、二つに一つだ!」
俺とユノも何か危機的状況を察知してはいたが、このシェルターの存亡を賭けた戦いが繰り広げられているなんて想像もしていなかった。それほどまでに戦力差が開いているとは。
「幸い、倉庫に住民の男たちを武装させるほどの武器は残っている!ここで立ち上がらねば俺たちに未来はない!」
最早道は一つしか残されていなかった。キースの言う通りここで抗戦しなければ恐らくこのシェルターに残った者たちは皆、殺戮されてしまう。迷ったり議論する余地は残されていない。今すぐにでも民兵を組織する必要がある。
彼のその提案に則り、すべての職員が一斉に動き出した。大きく分けて、少しでも時間を稼ぐために今敵と戦闘している職員を援護する役割と隊をまとめ上げるために住民に呼びかける役割だ。
勿論、俺とユノは前者である。
ハンターである経験を積み、武装が施されている俺たちは敵と真っ向からぶつかり合う第一陣へと配置された。
ついでに言うとハロウィンパーティから行方不明だったダンゾウともここで合流することができた。ずっとコウタくんを保護してくれていたのだそうだ。
「ダンゾウ、無事か?!」
「うん!僕は大丈夫。それより2人こそ大丈夫なの?」
彼はコウタくんとずっと安全なところで待機していたらしく外傷は無かった。それよりも一度ゾンビと戦った俺たちの方が色々と消耗していたのでダンゾウは心配そうに見ていた。
「無傷だよ。みんな無事でよかった」
生きてさえいれば立て直すことはできる。俺はそれだけで十分嬉しかった。だけど、どこかでこれが最後の会話になるかもしれないという不安を感じているのも事実だ。
ダンゾウは俺たちのいない間に自らの装備を整えて万全の状態で戦闘準備を終えていた。
「みんな、覚悟はいいか?」
ハロウィンパーティの行われたふれあい広場からエントランスに続く広い廊下を見据える。敵はまだここまで進行していないが、奥で銃声が絶えず響いているのを聞けばそこまで迫っていることはわかる。
「うん!」
死ぬ気なんて微塵もないほど力強い返事で2人の覚悟が伝わってきた。
「よし、行くぞ!!」
このシェルターを守るため、敵を倒すため、明日を生きるため、マナに再会するために俺たちは戦場へと走っていった。




