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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
残された者たち
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緊急警報


安堵の息がとともに発せられた緊急警報は疲れ切ったシェルターの人々の神経を徐々に擦り減らしていった。


ハロウィンパーティの準備のときにあった活気などとうに住民からは消え失せてしまっていた。あるのは疲労と混乱による溜息と文句だけだった。


「今度は何が……!?」


絶望の連鎖に終止符を打つことに成功したとばかり思っていた俺は突然の警報に焦燥する。


シンジさんなら何かわかるかもしれないと淡い期待を込めて彼を見つめたが、力無く首を横に振るだけだった。


「わからない。ただ、この警報が鳴るということはこのシェルターに未曾有の危機が訪れているということで間違いないだろう」


で、ですよねー。てか多分この2日間ぐらい軽く未曾有の危機だったような気がするんですが。


「とにかく、シンジさんはコウタくんのところに行った方がいいと思います!コウくんはどこですか?」


「コウタは職員の事務室で保護されているはずだ。大丈夫。キースを側につけてある。彼ならあの子を守り抜いてくれるさ」


キース・ハインド。確かここの副統括だった男だ。最初に出現した感染者を射殺したという情報があったっけか。


つい数時間前の話のはずなのにかなり時間が経過したような気がする。思えばダンゾウともはぐれたままではないか。


「じゃあ、事務室に行きましょう!そこまで行けば何があったかわかるはずです!」


そのとき、速い速度でこちらに接近してくる足音が聞こえてきた。誰かがこちらに向かってくる。


敵かもしれないと予測した俺はさっき床に落とした戦闘用のナイフを拾い上げて咄嗟に身構える。


しかし出てきた顔を見た瞬間に緊迫した顔はすぐに綻びを見せて笑顔に変わった。


「ユノ!」


汗を掻きながら急ぎ足でこちらに向かってきたのはパーティメンバーのユノだった。掻いている汗は走ってきたためか焦りのせいなのかはわからないが息を切らして彼女は言った。


「警報ってなんなんよ!」


「ああ、俺もわからねぇ。とりあえず事務室の方に向かおうと思う。シンジさんと一緒に……って、そういえばあの負傷した職員さんはどーしたんだよ?」


元はと言えば、その職員が感染者に噛まれたため、シンジさんのところまで来たんだった。かなり目的から外れてしまっていたが。


「ああ。あの職員さんな。もう助からんのやから楽にしてくれってユノにお願いしてきてなぁ」


俺のいない間にそんなやりとりがあったなんて想像もしていなかった。だが、筋の通っている話だ。ゾンビになって人を襲うよりも迷惑をかけずに死にたいと思う人だっているんだから。


「それで、殺したのか?」


緊張感の漂う質問をゴクリと唾を飲んで投げかける。


「………う、うん。止むを得ず楽にしてあげた。ほんまに生きてる人の命を奪うのはやりきれへんわ」


何より俺が驚いたのはまだ息のある、生きている人間の命にトドメを刺すことのできるユノの行為だった。俺なら間違いなくできないことを彼女はやってのけたのだ。


「……そうか」


でも彼女は責任を持って職員さんの希望に応えた。何もできない俺とは違う。死よりも残酷な運命の待つその職員を撃ったからといって誰がユノを責められるだろう。


「ユノ。事務室の方へ向かうぞ。この警報の原因を突き止めるんだ」


「わかった」


「俺も後で向かう。先に行っててくれ」


落ち着きを取り戻したシンジさんは無傷ではあるが、精神的にかなり限界のはずだ。彼のペースで行動させてあげよう。


「了解です」


俺とユノは貯水槽から駆け足で事務室の方向へと進んでゆく。ナイフと銃を構えながら警戒を解こうとはしない。もはや何が起こったとしても不思議ではない。


一体何人の人がこの数日で帰らぬ人となったか。

敵は一体何なのか。真の黒幕がいるとしたらそれはどこにいるのか。


「ユノたち、生きて帰れるんやろうか?」


肩を並べて進む彼女がおもむろに、珍しく弱音を吐いた。ずっとポジティブな人だと思っていたけれどやはりこんな状況にもなると言いたくなくても言ってしまう気持ちは痛いほどわかる。


正直、その問いに対する答えはわからない。死ぬ確率がゼロとは言い切れないし、無事にこの街から抜け出したとしてそれから先のことまで考えている余裕もない。今を生きるのに必死なのだ。


「死ぬ気はない。そうだろ?」


「うん。せやな。またみんなでクエスト行くまで死なれへんわ」


絶望から這い上がり、再び気力を取り戻しつつあった俺たちだが、事務室の方へと続く廊下を進んで行くにつれて禍々しい雰囲気が増しているように思えた。


この先に何かがいる!今までに感じたこともない存在だ。


それはシェルターの門が突破されたことと同義だ。このタイミングにして史上最悪の脅威が迫っていることを意味している。


「ユノ、わかるか?」


「うん。ここから先はヤバそうやな」


ああ。この臭い。つい最近嫌という程浴びせられた悪臭、血の臭いだ。


ユノもその脅威に勘付いていた。戦場に出ている経験はきっと、ずっと俺よりも多いはずの彼女だ。間違いない。


「どうするん?」


「行くしかないだろ。退路はないさ」


生きるか死ぬか。もはやこの2つしか道はない。戦力になるのはきっと一握りしかいない。この街を守るために犠牲になったハンターたちがいる。住民たちがいる。今ここですべきことは決まっている。


そういえば、ここへ来るときに遭遇したプラチナ級のハンターはどうしたのだろうか。


ペルーの危機は去ったと思って帰ったのか、戦死したのかはわからない。彼もここにいたなら状況は少しは変わっていたんじゃないかたま思うが、こんなところでタラレバ言ってる暇もない。


覚悟を決めて俺とユノは恐らくペルーで最後の戦いになるであろう戦場へと走り出した。

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