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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
残された者たち
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特攻


ここでシンジさんが倒れてしまうと本当にコウタくんが孤立してしまう。この最低のシェルターにたった1人になることがどれほどの苦難を強いるだろうか。


ここで俺が彼女を止めなければそれが現実になってしまう。躊躇うな。慈悲などいらない。情などここで出してはいけない!


この貯水槽で動けるのは今、俺しかいない。彼を救えるのは俺しかいない。


「やめろ。レオトくん、そのナイフを下ろすんだ」


その手を離さないならシンジさんはきっと立ち直ることはできない。ならば強制的に分断するしかないだろう。


「僕は覚悟を決めました」


深呼吸したあと、両手でナイフを握りしめ静かに言った。


「もういいんだ。やめろ……やめてくれ……」


「グルルル………」


諦めたように弱い声を吐くシンジさんと対面するのは、徐々に瞳を赤く染め、牙を剝きだすゾンビだった。


ゆっくりと仰向けの状態から起き上がり、シンジさんと同じ目線に座っていた。そして真っ青な顔の赤い双眸でシンジさんを見つめた。まるでまだ意識があるかのように。


「レーナ……お前……」


これ以上はだめだと判断した俺は、


「うわあああぁ!!!」


特攻した。


「グガアァァァア!!」


一呼吸遅れて動き出したのはゾンビ特有の食欲という本能だった。何かに駆り立てられるように愛していたはずの夫へと攻撃を開始する。


間に合え!間に合ってくれ!


彼らとの距離は然程離れてはいなかった。しかし、何より恐れていることはシンジさんが一撃でも彼女からの攻撃を受けてしまうことだ。


間違いなくこの一瞬が運命の分かれ道となるだろう。


ゾンビを倒したことはなかったが、ユノやキースさんが銃殺したように確実に息の根を止める方法はある。


ダメだ。一呼吸相手が遅かったといってもゼロ距離攻撃の俊敏さを舐めていた。俺がどれだけ速く走ったってあの攻撃を阻止することはできない!


「レーナ!やめろ……」


しかし、運のいいことに人間に備わっている反射という機能がシンジさんに働き、レーナさんの噛み付きを寸前で止めたのだった。いくら愛していた相手であっても容姿は変わり果て、醜態を晒す彼女からの攻撃に彼は恐怖感を抱いたのだろう。


おかげで一瞬、時間が稼げた。


焦点を彼女の後頭部へと定めてスピードとありったけの筋力を込めて迫った。スキルなんて欠片も働いていなかった。


「はあああぁぁ!!!」


ドスリと鈍い音が鳴り、後頭部から入った刃は頭蓋骨とウイルスに侵食された脳を破壊した。幸い、貫通はしておらずシンジさんに彼女の血が飛び散ることはほとんどなかった。


すぐに後頭部に突き刺さったナイフを引き抜いて、血の付いたそれを地面に落とした。


全身の力が抜けたように攻撃を停止し、前かがみになっていた身体はシンジさんの方へと崩れるように倒れた。彼女の本当の意味での死亡が確認された瞬間だった。


すかさずその身体を受け止めて、シンジさんは涙を流して抱擁する。


「あ……あああ……レーナ……ごめんなぁ。辛い思いさせたよなぁ……苦しかったよなぁ……うっ……」


どうか静かに眠ってください。ご冥福をお祈り致します。


俺は心の中で唱えてシンジさんを1人にしないように側に居続けた。


彼の腕の中に眠るレーナさんは姿は変わってしまっていたが、心なしか少し微笑んでいるようにも見えた。


これで終わったのか?

このシェルターにいるゾンビは全員無力化されて感染の恐れもなくなったならやっと俺たちの求めていた平穏が訪れるはずだ。


そうだ、ユノが保護している職員のことをシンジさんに報告しようと思ってここに来たんだった。でもどう考えても言い出せるような状況じゃないよなぁ。


いや、そんなことも言ってられない。あのままだとあの職員もゾンビ化してしまう。新たな犠牲者を出さないためにもここは報告しておくべきなのだろう。


「あの、シンジさん」


俺がその言葉を発しようとしたまさにそのときだった。


『緊急事態発生。緊急事態発生。直ちにシェルター内の住民は避難してください』


サイレンとともに館内全域に響き渡ったのはシェルター内に異常が発生したことを告げる警報だった。


危機は去ったはずじゃなかったのか。この警報は一体?


避難してきたシェルターで避難をしろという矛盾を孕んだその警報はここにいる者たちを動揺させるだろう。


そして神はまだ俺たちに絶望という名の苦難の道を歩ませるのか。ここで死ぬことがまるで運命であるかのように

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