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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
残された者たち
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死別


「やったか!?」


俺は死亡フラグである台詞を何の躊躇いもなく言い放ち、ユノのハンドガンの銃口の延長線上に倒れるゾンビを咄嗟に見つめる。


ゾンビの脳天に丸い風穴が空いているあたり、ユノの射撃は見事に成功したと言っていいだろう。しかし、それがこいつの生命力を侮っていい理由にはならない。油断が命取りになるのはこの数時間で嫌という程思い知らされている。


「死体撃ちしとく?」


「えぇ……」


ユノがケロッとした顔で容赦の無い一言を吐くから俺は困惑する。戦略的にはアリだろうけど倫理的にはアウトのような気がするのは俺だけだろうか?


見た感じではゾンビは再び活動を開始する様子はない。ハンターの仕事でも死体撃ちをする人は珍しくないと聞いたことがあるけど俺は見たことない。


しかし、復活を危惧するならばやむを得ないような気もする……


「ご自由に」


俺がそう答えた途端に彼女の銃口から火花が散った。バンッ!バンッ!と銃声が2回、貯水槽に鳴り響き、ゾンビの頭から血が飛び散った。


「何か俺気分悪くなってきたわ」


「そう?別に普通やわ」


流石ユノ先輩。マジヤベェっす。かっけぇなぁ。


ともあれ死んでいることが確認された。彼女の無慈悲な2発の弾丸によって。


「これからどないする?」


ユノは使った弾をリロードするためにトリガーを弄りながら尋ねた。


「まぁあの怪我を負った職員の保護とシンジさんに報告とかじゃね?」


「わかった!じゃあ職員さんは見とくからシンジさん呼んできて」


シンジさんと面識のある俺を思ってすぐに役割を分担してくれたのだろう。ユノはまだ立ち上がることのできない職員の方へ近づいていく。


「了解。ちょっと行ってくるわ。気をつけろよ」


最後の台詞はその職員、感染してるだろうから油断するなよの意だ。彼女もそこまでバカじゃないと思うが。彼はもう手遅れなのだ。


あと何日、このシェルターにいれば助かるのだろう。ここから外に逃げたとしてモンスターに遭遇せずに次の町にたどり着ける自信もないがこのままここに留まり続けるわけにもいかないのはわかっている。


一体何の因果が俺たちにこのような試練を与えているのだろう。いや、悲観的になるのはもうやめよう。できることから始めていけばいいんだ。


シンジさんのいる方へと向かっていく。とりあえず貯水槽にいた脅威は排除した。それだけでも功績は大きいはずだ。


しかし、貯水槽の通路を進んでいくにつれ俺には気掛かりな点に気付き始めた。来たときとは明らかに違う点だ。


「静かすぎる。職員は誰もいないのか?」


ここでゾンビを見つけて倒すべく何人かの職員が通路を行き来していたのはついさっきのことだ。結構歩いたが誰ともすれ違うことのないなんてあるだろうか。


シンジさんのいる大まかな位置は予測できるけど移動してしまっていたら困るんだけどなぁ。


貯水槽の奥から聞こえていた泣き声もいつの間にか消えていてここに彼がいるかどうかの確証は持てない。


「やぁ……レオトくん」


しかし、彼は近くの貯水タンクの側に座り込んでいて一人きりでそこに居たのだ。とても疲れた、多忙と絶望によって疲弊した表情をその顔に刻みつけて。


「シンジさん……」


彼の隣に敷かれたシートの上には静かに眠る女性が目隠しされた状態で仰向けになっていた。


それってまさか………


「ああ。レーナだよ」


その重く低い声でサラッと発した一言に俺は強く殴られたような衝撃を受けた。まだ俺は何も言っていない。言うことができない。


本題に入らなくちゃいけない。それはわかっている。しかし、この空気の中その話を持ち出すのは明らかに場違いであることに漸く気づいた。聞きたいことや頼みたいことがあるのにそれを言い出すのにこの場は相応しくない。


「そんな……」


僅かな時間だったが彼女から受けた優しさが脳裏をよぎった。コウくんを思う優しい母であり、シンジさんの愛すべき妻だった。


そしてこのシェルターを支える重要な一員だったに違いない。そんな彼女に待っていたのがこんな結末だったなんて。報われないにもほどがある。


「すまない、レオトくん。俺は、しばらく立ち直れそうにない。レーナがいたから頑張ってここまで……」


シンジさんは動かなくなった彼女の手を強く握りしめた。まるで彼女に1人じゃない、ずっとついてるからと言い聞かせるように両手でしっかりと握っていた。


ダメだ。俺は自分ができることを果たさなければならないのに。ここに居ては何もできなくなってしまう。生きていた人間が亡くなることがこれほど人を傷つけ立ち止まらせるなんて思いもしなかった。


いや、わかっていたはずだ。エイルを亡くした俺になら。


俺には何もできないのか。



「えっ……」


そのとき目の前のシンジさんが驚いたような声を出して握りしめていた手をまっすぐ見つめた。まるで何かに希望を見出したかのような眼差しで。


「今、動いた……………?」


彼女の手にピクリと小さな動きがあったのかシンジさんは祈りを込めるように彼女の手を握り続ける。


俺も彼女が死の淵から復活する僅かな可能性に少なからず希望を持ったかもしれない。しかし、直後に警戒という二文字が脳内全てを覆い尽くした。


違う。復活なんてしない。現実を受け止めろ。そんなうまい話があるか。


「レーナ?」


シンジさんはゆっくりと彼女の名前を呼んだ。返事を聞きたい一心で呼んだだろう。


しかし、案の定返答はなく、


「シンジさん、離れてください。レーナさんから」


代わりに武器を構えて俺が頑なに動こうとしないシンジさんに言い放った。


被害者が加害者に豹変する瞬間を目の当たりにする前に止めなければならないことがある。


シンジさんにだけは彼女の醜い姿を見せてはいけないと思った。これ以上彼の苦しみを増幅させるわけにはいかない。きっと壊れてしまうだろうから。


「嫌だ」


俺はその一言で彼の全てを悟った。彼はもう、彼女に殺される覚悟ができているのだと。孤独、絶望、責任、期待、彼を苦しめる全ての要因から解き放たれる唯一の方法。即ち死だ。


「あなたがいなければコウタくんはどうなるんです?!この状況であの子を地獄に放り込む気ですか!?」


そうだ。まだコウくんがいるじゃないか。でも俺が言いたいのはそんな彼を苦しめるような台詞ではない。癒しや安らぎを与えてあげたかった。でも今はそんな余裕さえ許してくれなさそうだ。


徐々にレーナさんの身体がウイルスに侵食されているのがわかる。青白くなった肌が益々どす黒く変色していき、いつ動き出してもおかしくない。


「もし、あなたが何もしないというのなら僕が、レーナさんを殺します!!」


その前に止めなければ。全てが手遅れになる前に。

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