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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
残された者たち
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闇の軍勢


シャッター、チェーン、パスワードロック全ての行程を終えてシェルター、アルカディアの扉はついにアンロックされた。捜索隊を出動させて以来、開かれていなかった扉が開いたのだ。


ギギギギと重い音を立てながら鉄の門は外の空気を漏らしていた。日付が変わってシェルターでの生活は3日目を迎えるところだった。いろいろなことがあり過ぎて随分と長い間ここにいたように感じるのは職員に限った話ではないだろう。


脱出犯5人と警備員、職員のトーマスも約2日ぶりに閉鎖空間から外の空気を吸い、未知の世界に顔を覗かせた。


時刻は午前2時。ハロウィンパーティ開始時刻から約8時間過ぎたことになる。ここから先はハロウィンでもなければお化け屋敷でもない。何が起こっても不思議ではない空間が広がっているはずだ。


「警備員。お前が先頭に立て」


カルラは外に出るという目的を達成した後でも気を緩めることはなかった。

他のメンバーのメイソン、エスト、ノクト、ジャンの4人も緊迫した表情でカルラの後ろについていた。共に脱出する仲間にこれほどまでのリーダーシップと無慈悲さを兼ね備えているとは思わなかっただろう。


「さぁ、トーマスだったか?貴様はどうする?ここに残るつもりか?」


カルラは血の付着した刃物を握り締めながら残るか逃げるかの選択をトーマスに問うた。


「俺は………」


彼の気に迷いがあるのはどう見てもわかった。今まで勤めてきた職場からおめおめと逃げ出すのか、忠誠心を持って残るか。どちらにせよリスクは伴うことであり、運命の分かれ道となるであろう。


そして、一呼吸吐いて、


「ここから出ていこうと思う」


トーマスは選択した。戦闘スキルもなければ魔術も扱えない凡人が生き延びる術を考えた末に出した答えなのだろう。しかし、その選択をカルラは笑うのだった。


「クッハッハハハハ!!」


まるでトーマスを卑下するかのように扉のすぐそばで警戒を一瞬だけ解いて大笑いした。


「お前が!あれだけ仲間のことを気にかけ、ホームシックのような態度を取っていたお前が結局逃げ出すのか!これは傑作だ!人間の心はわからんなぁ!この裏切り者が!」


トーマスは顔を顰めていたがカルラの言葉をできるだけ耳に入れないように目をそらし続けた。やはりここを出ることに罪悪感を感じているようだ。しかしカルラからどんな言葉で侮辱されようが、踏み躙られようが自らの命が惜しいのもまた事実。


「まぁいい。このメンツでこんなアンデットの巣窟からはなんとか脱出できた。これからは生き残ることだけを考えていく。職員が追ってくる可能性がある。さっさと行くぞ」


そういうとカルラは先頭の警備員に前に進むように合図した。早歩きで合計7人の集団は真夜中のペルーの街に進み始めた。辺りには生臭い臭いと不気味な雰囲気が漂っていた。


「ノクト。懐中電灯はあるか?」


脱出犯のメンバーであるエストがノクトに尋ねた。どうやら2人は兄弟らしく、くっつきながら夜道を歩いていた。


「うん。あとどれくらい保つかわからないけど」


ノクトはそう言って懐から小型の懐中電灯を取り出してその電源を入れた。白い光が点灯し、電灯のない真っ暗な道を照らす。


エストは警備員を脅すために銃を所持していたはずだったがいつの間にかその銃もカルラの手に渡っていた。敵と遭遇する可能性が高い先頭付近で素早く攻撃できるようにするためだ。


「誰もいないな……」


メイソンがポツリと街の様子を見回して呟いた。住宅地には灯がともされていない。深夜だから寝てるという解釈もできるが窓ガラスは割れ、焦げている壁をみる限り寝泊まりしているとは考えにくい。


ほとんどの住民が鬼の襲撃によって殺されたのか避難したのかはわからない。


「!?」


そのとき銃を構えていたカルラが唐突に驚きの声をあげた。先頭を歩く警備員も同じリアクションをしており、すかさずノクトはカルラが銃を構える方向に注目し、懐中電灯で付近を照らした。


「これは……!」


そこにあったのは人間の死体だった。その数およそ6人。全員がシェルターに頭を向けた状態で倒れていて、肉は既に腐食が進んでいた。凄まじい悪臭を放ち、無残な姿で絶命している。


「きっとシェルターを目指していたんだろう。襲撃された晩には受け入れを拒否して門を閉じたから入らなかったんだ」


後ろでトーマスが志半ばで死んだ住民のことを悼むように話した。シェルター側にだって定員というものがあるのだ。


「誰もそんなこと聞いちゃいねぇんだよ。問題はなんで6人全員がここで死んだのかってことだろうが」


トーマスの主張をバッサリと切り捨ててカルラはこの遺体の死因に迫った。身体には外傷があるのが確認できるが何にやられたかまでは特定できそうにない。中には原型をとどめていない死体もある。


誰も死んでいった6人について言及せず、周囲は静寂に包まれた。


「あー、考えても仕方ねぇ。さっさとこっから逃げるぞ!」


気を新たにして再出発しようとしたそのとき、




「逃さない」




「!?」


どこからともなく顕現した黒い魔手が先頭に立つ警備員の首を上へと持ち上げてそのまま骨をへし折った。


そのまま警備員は全身の力と魂が抜けたように動かなくなり、掴まれた片腕からは烈火の炎が燃え盛っていた。


その炎は瞬く間に警備員の身体全体に燃え広がり、肉体を焼き切ったのち灰と化した。


「何だよ!お前は……!」


何もなかった空間から姿を現したのは黒い衣に身を隠した2メートル程の体躯を誇る何かだった。その全貌をとらえることなく6人は腰を抜かしてその何かを見上げる。


「さて、ここで全員死ぬか?」


ノクトはぶるぶる震えた腕で恐る恐る懐中電灯を黒い殺戮者に向ける。その頭蓋には漆黒の波打つ模様の兜が被さっており中から紅い双眸を覗かせていた。


「我に光を向けるな」


覗かせた瞳がノクトを睨みつけたかと思うと彼の懐中電灯の電源が切れ、手から滑り落ちるのだった。おそらく敵の魔術の仕業だろう。


「に、逃げろ……逃げなくちゃ…!」


トーマスが声を震わせて全員に警告する。目の前に奴がいる以上、先に進むという選択肢はないに等しい。


「逃げるってどこに!?」


「シェルターに決まってるだろ!」


「本気で言ってるのか!?」


完全にパニック状態の6人はその場から動けずに逃走経路を模索する。脱出犯からしてみればやっと思いで逃げ出すことに成功したシェルターに後戻りするという行為は計画を水の泡にしてしまうに等しい。


「カルラ!銃を使え!こいつを殺すんだ!」


メイソンが咄嗟に考え出した案は目の前のモンスター?を撃破するというものだった。現在使用可能な武器は脱出犯の持つ刃物とカルラが所持する銃のみだ。


しかし、カルラは銃の引き金を引く様子もなく、ただ黙って敵のさらに先を見つめていた。


「何やってんだよ!早く!」


メイソンが恐怖の声をあげてもカルラは頑なに戦闘する意思を見せない。それどころか腰を抜かした状態から体勢を起こして敵の方向へと走り出す構えを取った。


そして地を思い切り踏み込んで勢いに身を任せてスタートダッシュを成功させる。


シェルターとは真逆の方向へと進んでいったカルラを見て残された者たちは呆気にとられていた。


黒兜は別段それを気にすることもなく目の前に倒れこんでいる5人のことを凝視し続けていた。


「おい、待てよ!置いていくな!」


メイソンも立ち上がり、その後を追おうと走り出したが、黒兜の横をすれ違う寸前に何かにぶち当たり、鈍い音を立てた。


本人はその速度に気づかなかったようだが、彼の顔面は黒衣から覗かせた腕によってしっかりと掴まえられていた。


「な……」


そして次の瞬間、握られた頭はその握力によって粉々に粉砕されて脳味噌と血を周囲に弾け飛ばした。


「そんな……馬鹿な……」


トーマスがこの世のものとは思えないような存在を前に悲痛の声を漏らした。きっとすぐ後ろで全滅していた遺体と同じ姿になることなど容易に察することができた。


トーマスはシェルターを出たのが間違いだった、自分は誤った選択をしたのだとここに来て後悔する。


「ブラッディサモン」


黒兜は低い声でそう唱えると禍々しいオーラが4人まで減った集団を包み込む。それは彼らが一度は嗅いだことのある臭いだった。シェルター内にいたゾンビの腐った血と肉の臭いだ。


「まずい……早く、早く逃げろ!」


すぐに彼らはシェルターの方向へと走り出した。戦闘する意思もなく、ただメイソンのようにはなりたくないと願いながらあの血に塗れたシェルターに戻っていくのだった。


しかし、その後ろからは地面から這い出たアンデッド集団やフランケンシュタイン、血に飢えた獣、ネクロマンサーなどの闇の軍勢が彼らを追撃すべく姿を顕現させているのだった。

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