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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
残された者たち
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脱出作戦

一方で、地下シェルターで一部の者たちがここから脱出しようと計画を企てていた。ゾンビが徘徊する中で一刻も早くこの隔離施設から抜け出さねばならないという衝動に駆り立てられていた。


「なんでみんな脱出に賛同しないんだ!ここの住民はどうかしちまったのか!?」


シェルターのエントランス付近で愚痴をこぼすのはふれあい広場での騒動を目撃していた住民の一人だ。計5人で構成されたそのグループのメンバーは皆、性格は違えど最終的な目的は同じようだ。


「それだけ保守派が多いってことだ。新しいことを始めようと行動を起こす奴は大抵、少数派なんだよ」


どうやら今までに外に出ようと考えた者はいないらしい。それが彼らにとっての最大の謎であり、疑問なのだ。


もう一度、空を見たいという望みでさえ誰も持たなかったということなのだから。


「行動しなければ何も変わらねぇのにな。バカな連中だ」


確かにシェルターの内部情報を知らない者たちからしてみれば、避難するためのシェルターでゾンビが出現し、感染が拡大しているなんて本末転倒もいいところである。これでは避難した意味がない。


「静かに。門番が来たぞ。絶好のチャンスだ。ここで奴を脅し、ここから脱出する」


グループは銃こそ持っていないが、ナイフを握りしめて巡回している警備員を一瞥する。5人全員がその位置を把握し、準備は完了したようだ。


どうやら彼らの目的はここで警備員を刃物で脅し、脱出するための方法、この場合だと鍵やらパスワードやらを聞き出し、このシェルターからの脱出を試みるということだろう。


警備員は恐らく拳銃を持っている可能性が高い。しかし、5人一斉に攻撃を仕掛ければ1人の警備員など無力化できるはずだ。


「俺がこの中で1番俊敏だ。先行する」


全身黒い服を着た男がメンバーにそう呼びかける。靴もスポーツシューズを履いているらしく、走る準備は万端だ。


「カルラ、任せたぞ」


カルラと呼ばれたその男は手を頭に当てて敬礼し、警備員が背中を見せるタイミングをうかがった。


「全員俺の後に続け」


そして警備員が男たちに気づく様子もなく、逆方向へと進みだしたのを見届けて、


「今だ!」


低い声でカルラが叫び、強くその第一歩を踏み込んだ。相手との距離は約20メートル。カルラの足なら2、3秒で移動できる距離だ。


そして、彼が物陰から出るやいなや、残りの4人も一斉に駆け出した。


1秒経過……背後からの足音に気づく。


2秒経過……5人の敵影を捉える。


3秒経過……腰に携えた拳銃を引き抜く。


警備員が引き抜いた拳銃をカルラに構えるよりも速く、彼は警備員にタックルを仕掛けた。


「誰か……!うっ!」


カルラに押し倒された警備員は救援を求めようと声をあげようとするが、口を押さえられ、刃物を突き立てられる。


「銃を捨てろ。ここから出る方法を教えるんだ。仲間を呼んだら殺す」


残りの4人は既に集結し、警備員の身体を押さえたり、周囲を警戒するなどの役割をこなした。


カルラは脱出方法を吐かせるために口に当てた手を一旦離す。ここまで完全に5人の計画通りにことが進んでいる。


「わかった!頼むから命だけは!」


警備員はこのままでは殺されることを悟ったのか、命乞いをする。


「黙れ。脱出方法を吐けと言っているんだ!」


「なんだ……あれ……」


そのとき、おもむろにメンバーの1人が何かに気づき、その方向を指差して怯えたように声をあげた。


フラフラとよろめいた動きで一歩、また一歩近づいてくる血に飢えた肉塊。メンバー全員がその方向に注目して、その姿をはっきり捉えた。


「感染者だ……」


この場にいるもの全員がその忌まわしき姿を目に焼き付け、その瞳孔を開かせている。逃走犯たちからすれば、この予期せぬ登場は迷惑以外の何でもない。きっと今の騒動を聞きつけて獲物がいることを察知したのだろう。


警備員に仲間を呼ばれれば終わり、ゾンビに攻撃を受けても死に至る。


ゾンビと交戦するという手もあるが、あれと戦うのはリスクが高すぎる。銃でヘッドショットを成功させれば無力化できるが、他の部位を破壊したところで極僅かに怯む程度なのだ。遠距離戦でさえ、射撃スキルがなければ厳しくなる。接近戦は言うまでもなく絶望的だ。


「おい、警備員。立ち上がれよ。そして目の前にある扉を開け。それだけで俺たちは全員生還できるんだぜ。助かる唯一の方法は目の前にあるんだ。俺が言いたいこと、わかるよな?」


警備員は顔をしかめる中、選択を迫られた。彼にとっても絶望的な状況には変わりない。このシェルターを裏切り、ここから逃げ出すのか、命を守るため彼らの命令に従うのか。


「くっ……わかった。急げ、付いて来い」


迷っている時間はなかった。感染者はもうすぐそこまで迫って来ているのだ。シェルターの内部に逃げるという選択肢など無いに等しかった。


ずっしりと重い鉄製の扉、閉ざされたシャッター。1人で開放するのは時間と労力を必要とするだろう。しかし、警備員にそれをしない選択肢はない。


「時間がかかる。俺から奪った銃があるだろう、奴を足止めしろ!」


5人は迫り来る感染者を前に息を飲んだ。ここで攻撃を受ければ何もかも終わりなのだ。警備員に逆に命令されるとは思いもしなかったが、扉を開ける方法は彼しか知らない。従わざるを得ない。


「いいだろう。メイソン!警備員の様子を見張っていろ。貴様、下手な真似はするんじゃないぞ」


カルラは警備員を睨みつけ、監視の目を緩ませることはなかった。あくまでも5人が助かる可能性を広げることが優先されることであり、それをカルラは理解していた。


「わかった。さぁ、さっさと始めろ」


メイソンは作業に取り掛かる警備員につきっきりで監視を続けた。カルラはそれを見届けると徐々に接近してくる感染者を睨みつける。


「エスト。銃は使うんじゃないぞ。もし誰かに銃声でも聞かれたら俺たちの負けだ」


カルラは警備員から銃を奪ったエストに釘を刺した。どうやら最初から銃という武器を使う選択肢はなかったらしい。相手に撃たせず自らも撃たずにこの作戦を成功させなければならないのだ。そこまで考えて警備員を無力化したのだから。


「了解、カルラさん」


そして、この銃使用禁止によって感染者との戦闘がより困難となったのも事実だ。ゾンビの息の根を止められるのならばベストなのだが、ナイフで戦うのはいくら何でも死ぬ確率が高すぎる。


感染者もこちらに気づき、歩く速度を加速させて距離を詰めてくる。


「来るぞ!」


素人4人vs.ゾンビ1体の戦闘が開始する。


ゾンビは本能のままに前に立つカルラの血肉に噛みつこうと手を出し、口を大きく開けて進行してくる。


身構えるが、戦闘経験皆無のメンバーがナイフで感染者に立ち向かうほどの度量を持ち合わせているはずもなく、後ずさりして距離を保つことしかできない。


シェルターの医務室で使われていたのか、血に塗れた白衣を身に纏った感染者は既に人としての意識を失っており、奇声と悪臭を撒き散らしながら蠢いている。


これがウイルスに侵されたものの末路なのかとカルラは顔をしかめて敵を見つめる。


おそらく彼にとっての一番の敵は、感染すれば自分も目の前にいる醜い姿になってしまうという事実なのだろう。


「どうする……!撃つか……!?」


このままでは間違いなく4人のうちの誰かが攻撃を受ける。不用意に動けば職員に気づかれ、外には二度と出られなくなる。最終手段である銃をエストが使用するのも結果は同じことだ。彼らは選択に迫られていた。


「いや、待て……」


そのときカルラは感染者のさらに奥に数人の職員たちの影が見えることに気づいた。このままでは遅かれ早かれ5人の存在が気づかれてしまう。ならば、いっそのこと、


「感染者だ!!!誰か!助けてくれ!!」


カルラは叫んだ。どうにでもなれ。こいつに噛まれてこんな最期を迎えるのだけはごめんだ。生きてさえいればチャンスはいつか巡ってくるかもしれないのだから。


すぐにその声を聞いた職員たちが出入り口付近へと駆けつける。彼らは見たこともないこのゾンビのことしか眼中になく、奥にいる2人の存在に気づかない。


「大丈夫か!」


距離を詰めてくるゾンビから職員のいる方へとメンバー4人は疾走した。住民を守るという役割を利用し職員の後ろにつけば、安全であることは間違いない。


それに状況が終了したときに寝首をかくこともできる。まさにベストポジションに彼らはついていた。



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